異世界SDロボSS外伝? 『きらきら☆SDロボ学園』  チュン… チュン… 「いつまで寝てんのよサイゾウ! さっさと起きないと私達まで遅刻するでしょ!!」  ある爽やかな初夏の朝、とある民家でかわいくも苛立たしげな声が響く。  布団を荒々しくゆするツインテール少女の名はキャスカ、英崇出学園中等部に通う13歳である。 「…ったく、うるせぇなぁ……あと五分寝かせろ……」  そう言って布団をかぶる少年の名はサイゾウ。  同じく英崇出学園高等部に通う18歳で、キャスカやその4歳年上の姉アリシアの幼馴染だった。 「もうっ! こうしてやるんだから!!」  どすっ…  キャスカが全体重をかけて布団の上に飛び乗るが、サイゾウにはまったく効果がない。  これがどこかのウサ耳お姉さんだったり、その手の趣味のお兄さんなら違う結果になったはずなのだが……。 「……これでも起きないなんて、どこまで鈍いのよあんたは!」 「キャスカ…おまえ軽いな、どうりで胸もないわけ……」 「アンジェラアタック!!!」  それから数分後…制服に着替えたサイゾウは、ボコボコになった顔をさすりながら、  キャスカやその姉アリシアと学園へと続く道を歩いていた。 「いてて…相変わらず容赦ねぇぜ……」 「キャスカ、あんまり乱暴しちゃダメ!」 「そうだ! ちょっとは姉ちゃんのアリシアを見習え!!」 「どういう意味よ!?」 「い、いや、もう少しおしとやかにだな……(胸の話は当分しない方がよさそうだぜ)」 「キャー! 変態のモフリ君よ!?」  モブ女生徒の悲鳴に一同が振り向くと、野良猫を追いかけて走る男子生徒の姿が見える。  彼はサイゾウ達の姿を見つけ、にこやかに声をかけてきた。 「おはようみんな、今日もいい天気だな!」  彼の名はアキ・モフリ。サイゾウ達の親友である。  動物好きで爽やかな笑顔がよく似合うナイスガイなのだが、少々露出を好む傾向があり、  この日も股間に黒丸と上半身に学ランだけといういたって涼しげな格好であった。  長いつきあいであるサイゾウ達は一向に気にしていないが、  世間一般の人々にはこうやって変態呼ばわりされる事が多い。  彼を加えた四人は談笑しつつ学園へ向かう。   「なぁモフリ、昨日の宿題写させてくれよ」 「自分でやらなきゃためにならないぞ?  もっとも、俺は昨日猫のこのぴーと遊ぶので忙しかったから宿題なんて忘れたけどな」  そうこう話しているうちに一行は校門をくぐり、それぞれのクラスへと向かっていった……。  個性的な生徒の多い英崇出学園であったが、教師陣もそれに負けていない。  キャスカは新任教師のレヴィアから国語の授業を受けていた。 「レヴィア先生って美人で胸も大きくていいなぁ〜……」 「あら、虫刺されには不相応な願望ね!」  キャスカを露骨にバカにして冷笑を浮かべるのは、  彼女をライバル視し、何かと意地悪してくるクラスの金持ちメディナである。 「何よ! あんただって……」  ビュッ! ドゴォ!! 「「ひえぇぇっ!!?」」  シュ〜……  銃弾のように飛んできたチョークが机にめり込んで煙を上げる。 「はぁ〜い! そこ、授業中の私語はいけませんよぉ〜☆」 「「は、はい……すいませんでした……」」 「じゃあ、キャスカさんにはとしあき君の読んだ所の続きから最後まで読んでもらうわね」  キャスカは赤面しながら席を立ち、教科書の朗読を始める。 「……こうして、鬼退治を終えた桃太郎は宝物を持っておじいさんやおばあさんの待つ村へと帰るのでした」 「はい…席についてくださいキャスカさん……ううっ……鬼さんがかわいそう……」  レヴィアは綺麗なルビーのような瞳からポロポロと涙を流す。   「私がこのお話の世界にいれば、鬼さんとお友達になってあげるのに……そして、一緒に桃太郎さんと……うふ、うふふふ……。 じゃあ、次はメディナさん、きび団子と紅茶の関係性についてどう思いますか?」 「先生……それ国語の授業と全然関係ないと思います……」  時々穏やかじゃない行動や発言をするものの、生徒達に慕われるおっとり美人の先生であった。  化学室で怪しげな化学教師イヴァン=ドラグノフから化学の授業を受けるサイゾウとモフリ。  本来の授業から脱線し、彼の開発した動物フェロモン薬の話題を延々と聞かされていたのだが……。 「へっ、バカバカしい。セーソでカレンでボインな姉ちゃんが寄ってくるんだったら飲んでやるがよ」  醒めた反応のサイゾウであったが、モフリは喜色満面の笑顔でガタッと席を立ち上がった。 「素晴らしい、素晴らしいじゃないか! 犬や猫が自分から寄ってきたらモフリ放題じゃないか!!」 「ククク……君ならそう言ってくれると確信していたぞ。  実は今朝、教頭先生のお茶にこの薬を入れて実験したんだが、とりあえず無害だったから大丈夫だろう」 「(あのタガメ教頭とモフリじゃ体質そのものが違うと思うんだが?)」  サイゾウの疑問も何のその、モフリは腰に手をやりつつ牛乳を飲むかのようなノリで怪しげな薬を飲み干した。  モファサッ 「「「うおっ!!?」」」  モフリの全身がカラフルでモフモフの毛に覆われ、クラス中が騒然とする。 「ん…配合を間違えたかな……? とりあえず、命に別状はないようで何よりだよ」 「いいや!! 俺はモフるのは大好きだが、自分がモフモフにはなりたくない!!! こ、こんな体じゃ……ぬこさんをモフれない……立派な死活問題だぁーっ!!!!!」 「アホだ、どいつもこいつもアホばっかりだぜ……」  時と場所は変わり、昼休みの学生食堂……。  キャスカとアリシアはいつもお弁当(アリシア特製)を持参していたが、  たまにこうやって仲のいいサイゾウやモフリと一緒に昼食をとっていた。 「……まったく、あの先公が脱毛薬を調合してくれなきゃ、マジでヤバかったよなモフリ」  サイゾウは値段相応のうまくないラーメンをすすりつつ、モフリに話しかける。 「本当にまったくだ、あんな姿を愛するこのぴーに見せられん!」  少々ご機嫌斜めだが、元に戻れた嬉しさを噛み締めるかのように具の少ないカレーライスをかきこむモフリであった。 「……ねぇ、サイゾウ……サイゾウったら!!」 「ん? 何だ、でかい声出すんじゃねぇよ」 「バカ! だから何度も呼んでるじゃない!! …何ボーっとしてんのよ……」 「そりゃおまえ、お嬢さんってのはまさにああいう子だろうなって思っただけだ」  サイゾウがニヨニヨしながら親指を指した先には、高等部2年のあるクラスで学級委員を務めるアゼイリアという少女がいた。  容姿端麗にして成績優秀の社長令嬢で、性格も少々百合っ気があって怒ると怖い以外は良好という優等生である。  彼女と談笑しつつ列に並んでいるのは、校内でも一、二を争う美形と称されるガラハド。  彼の父はアゼイリアの父が経営する会社の重役という関係で、二人は小さい頃から親しい間柄(恋愛関係ではないらしい)であった。  キャスカやアリシアも以前母の仕事の関係で彼女の家に遊びに行き、  姉と言っても通用しそうなピチピチの母親と、妻とは親子ほど歳の離れた豪快な父親に会った事がある。  「はぁ〜…サイゾウ、あんたとアゼイリアさんじゃ釣り合わないわよ……ちょっとは自覚しなさいよね」  怒るのもバカバカしいといった苦笑と哀れみの混じった表情を浮かべるキャスカ。 「ふふ…サイゾウさんは女の子には目がないんだから……」 「ああ、アリシアの胸を眺めているだけで俺は…ぐぶはぁっ!!?」 「あんたは節操ないのかー!!!」 「ははは……おっ、理事長の息子のお出ましか」  モフリの言葉で一同が振り向くと、白い学ラン(特製)を着た少女と見紛うような美少年が教頭に案内されて食堂に入ってきた。  最近転校してきたものの、瞬く間にガラハドと並ぶ校内二大美形と称されるようになった理事長の息子ヴェータである。 「ここが学生食堂ですヴェータ様。何もこんなせわしない所まで見に来なくても……」 「姉さまはよくここで食事をしているという。僕が愛する姉さまと同じ環境で同じものを食して悪いのか?」 「い、いえ! 決してそういうわけでは……」  二本の角が凛々しいヒーローがプリントされたハンカチであせあせと冷や汗を拭うのは、  この学園の教頭を務めるタガメ……そう、バカでかい水棲昆虫のタガメである。  虫でありながら生徒の人気は高く、「タガメ先生」の愛称で親しまれていたが、  理事長の実子であるレヴィアやヴェータにはペコペコしていた。 「ヴェータ様、何を食べますか?」 「そうだな……肉うどんとやらを食すとするか」 「お待ちなさい!!」  ずかずかと肉うどんの列に割り込もうとするヴェータに鋭い声が投げかけられた。  ちょうど大盛りのカツ丼を受け取ったアゼイリアが厳しい視線をヴェータに向ける。 「そこのあなた、他の人と同じように食券を買って列に並ばなきゃダメじゃない。 ここの生徒はみんな平等よ? 学園のルールはちゃんと守りなさい」  そんなアゼイリアに冷たい視線を返すヴェータ。   「うるさい…僕に指図するな……」 「ダメよヴェーくん、彼女の言うとおりにしなさい! わがまま言う子はお姉ちゃん嫌いです!!」  と、そこにヴェータが激烈な愛を向ける姉のレヴィアが現れた。  たちまちヴェータはこの世の終わりかのような表情になる。 「姉さま!? 僕の事が嫌い…なの……?」 「お姉ちゃんはみんなと仲良くする子なら大好きよ。だから……ね?」 「はい……ごめんなさい姉さま……」 「ちゃんと迷惑かけた人達にも謝るのよ?」 「みんな…ご、ごめん……」  男女それぞれに人気のある姉弟だからか、ヴェータの謝罪もすんなり受け入れられ、学生食堂はまた活気に満ちた空気に戻る。 「……アゼイリアさん、弟を叱ってくれてありがとう」 「ふふ…先生はいいお姉さんなんですね……。ところで、今度紅茶でも一緒に飲みません?」 「ダメです姉さま! そいつはなんか怪しい!!」 「人を悪く言う子はお姉ちゃん嫌いです!!」 「ガーン!!!」 「あ、あの〜……私は蚊帳の外ですか? 蚊じゃなくてタガメなのに……。 と言うかヴェータ様、その取り乱しようだと保健室行った方がいいんじゃないですか??」  少々のハプニングはあったものの、学園の面々は午後の授業へと入るのであった……。  授業も終わった放課後……。  サイゾウとモフリは宿題を忘れた罰として補習を受けさせられていた。  ケンカと絵描きでは比類なき才能を発揮する2人であったが、苦手教科には悪戦苦闘せざるを得ない。   「二人とも遅いわね……」 「女の子を待たせるなんてあったまきちゃう! 姉さま、もう帰りましょうよ!?」  この日、キャスカとアリシアはサイゾウらを自宅に招いて夕食会をする約束をしていた。  待ち合わせ場所では約束の時間になっても来ない男二人にキャスカが憤る。  彼女とてあの二人がテキパキと補習を終わらせて来るとは思っていないが、やっぱりいい気分ではない。  アリシアはそんな妹の様子にやれやれといった表情を浮かべつつ、携帯でメールを送ろうとする。 「じゃあ、モフリさんに先に家で待ってるとだけ連絡しておくわね」  それから数分後、教師とサイゾウ&モフリだけがいる教室……。 「さぁておまえら、今日はとことんまで付き合うからな」 「美術の補習なら楽勝なんだがな〜」 「ちくしょう……またキャスカのキンキン声でどやされるのか……」  そこに緊迫した声での校内放送が入る。 「全校生徒及び全職員にお伝えします!! 今、グラウンドで他校の生徒が暴れています!! 危険ですので、残っている人は警察が来るまで外に出ないでください!! 繰り返します……」 「何っ!!?」  普段なら大好きなケンカの機会に目を輝かせるサイゾウであったが、この時ばかりは不安げな表情を浮かべる。  そう、自分達が補習を終えるのを待つキャスカとアリシアの安否が気になっているのであった。 「おいモフリ! あいつらに俺達が行くまで学校から出るなってメール送っとけ!!」 「ああ……おっ、アリシアからメールが入っているぞ」 「何と書いてある?」 「『キャスカが待ちきれないと言うので、先に家で待ってます。補習頑張ってね。アリシアより』だそうだ」 「ほっ」 「ただし、受信時刻がほんの数分前だ」 「それを早く言えーっ!!!」 「待て待ておまえら、あの二人なら多分大丈夫だろう。 それより、俺達教師にとってはおまえらにケンカ騒ぎを大きくされる方が困る」  融通のきかない教師を殴り倒してでもキャスカ達を探しに行こうとするサイゾウを制しつつ、モフリは一枚の紙きれを教師に手渡した。 「先生、今日はこの猫耳幼女のエロ絵で……」 「うほっ♪ 行ってよし!!!」 「(買収しやがったー!!!)」 「行くぞサイゾウ!!」 「お、おう!! …人間、何が役立つかわかんねーな……」 「「「ヒャッハー!!」」」  いつもなら部活に勤しむ生徒や家路につく生徒が行き交うグラウンドにバイクの爆音と野蛮な嬌声が響き渡り、  高校生とは思えないモヒカン頭の不良達がバイクに乗って逃げ惑う生徒を追い掛け回す。  職員室からもその様子は見えていたが、今日に限ってこういった用件に向いた教師は出張か病欠で不在だった。 「ド、ドラグノフ先生! あの連中に何か言っておやりなさい!!」 「い、いえいえ教頭! 校長や理事長がいない今、ここはあなたの出番かと……」 「ちょっと、昆虫虐待ですよそれ!!?」  警察が来るまでの間、誰が応対に出るのかで揉める職員室から一人の教師が無言で出て行くのに、教頭以下は気づいていなかった。 「へっへっへっ……汚物は消毒だぁ〜!!!」 「おやめなさいっ!!!」  不良達を一喝したのは…… 「「「レ、レヴィア先生っ!!?」」」  いつになく真剣な表情で不良達の前に立ちはだかるレヴィアであった。 「いかん!! 理事長の愛娘であるレヴィア先生に怪我でもさせたら、私は理科室の標本にされてしまう!!! 今こそ特撮マニアの見よう見まねアクションを披露する時ですか……とうっ!!」  タガメ教頭は覚悟を決め、グラウンドに颯爽と飛び出した。  走るのに不向きそうな脚ながら、器用にリーダー格と思しきモヒカン男…ジョー・キリングめがけて突進する。 「食らいなさい!! タガメマンキィーック!!!」  ポコン 「…………何だそりゃ?」  タガメ教頭は虫取り網よろしく近くにあったテニスネットで縛りあげられてしまう。 「ちょっと!? 昆虫をいじめるのはやめなさい〜っ!!」 「教頭先生!!?」 「さぁて、邪魔者もこれで大人しくなったし、美人教師に色々教えてもらおうかな?」 「…っ!」  ジョーが下卑た笑みを浮かべつつレヴィアに手を伸ばすが、それを力強く握って遮る者がいた。 「て、てめぇ何しやが……」  グイッ! ギリギリギリ……  華奢な体格でありながらジョーの丸太のような腕を軽々と捻り上げるのは、姉の帰りを待っていたヴェータである。  その予想外の腕力にビビりつつも凄むジョー。 「こ、このガキ! 泣かすぞコラァ!!」  ギラリ!! 「汚い手で姉さまに触れるな……!!」  赤い瞳に鋭い眼光を宿らせるヴェータの迫力に、ジョーは涙目で口をパクパクさせながら腰を抜かした。 「せ、せ、先生っ!! 出番ですぅ〜っ!!!」  集団の後部に控えていたサイドカーから一人の男が降り立つ。  制服はモヒカン集団の席末(せーきまつ)工業とは違う…そう、凶悪さでは桁違いの曲津(まがつ)高校(通称マガ高)のものであった。  抜き身の刃のようなぎらついた双眸を光らせ、男は姉弟を一瞥してニヤリと笑う。 「くくっ…姉弟丼も悪くないのう」 「ヒャッハー!! この人はあのマガ高の斬り込み隊長イゾウさんだ!!! 俺ら席末はなぁ、学校を挙げてマガ高の舎弟にしてもらってるんだぜ?」 「自慢のつもりか?」  ヴェータの冷ややかなツッコミにたじろぎつつも、散り散りになって暴れていた仲間が集まってきた事で強気になるジョー。 「へへへ、よいこにゃ見せられない目に遭わせてやるぜ!!!」  ビュッ! ザクッ!!  一触即発の状況となった両者の間に何かが飛んできた。  地面に刺さるその物体は……お盆のような黒丸である。  サイゾウとモフリがヒーローよろしく遅れて登場したのだった。 「この学園は……」 「俺らが守る!! つーか、隠せよそれ……」 「あっ! せっかく大事な場所を守っていた黒丸を投げてしまった!!」 「……しっかし、こんな奴らの用心棒ってのも情けないなイゾウ!!」 「くっくっく……サイゾウ、貴様と決着をつけるのに方法は選ばん。来い!!」 「サイゾウ……」 「こいつは俺が目当てだ、おまえはレヴィア先生を頼んだぜ」 「わかった!」  とりあえず黒丸を拾おうと走って行くモフリを見送りつつ、サイゾウは不敵に笑う宿敵と対峙する。 「執念深い野郎だ……それを卒業に向けないか? 留年○年目のイゾウ君よ」 「抜かせ、それは貴様を叩きのめしてから考える……キィェェェェーッ!!!!」  両者はほぼ同時に走り出した。  サイゾウは素手でのケンカ…いわゆるステゴロを好み、  激しく拳を交え合った相手であっても友情を育めるタイプであった。  対するイゾウは凶器を用いたケンカを好み、相手を徹底的に痛めつける事から仲間内でも恐れられていた。  そんな二人が相容れるはずもなく、今日まで何度も対戦してきたものの、未だに決着はついていない。  イゾウは懐からバタフライナイフを取り出し、サイゾウの顔面めがけて躊躇せず突き入れる。 「危ねぇっ!」    間一髪でかわすサイゾウであったが、ナイフがかすめた頬には赤い筋が浮かんでいた。  だが、これしきのかすり傷でひるむサイゾウではない。  すかさず低い姿勢で突進し、正拳をイゾウの腹に叩き込む。 「ぐはっ…!」 「(いける!)こいつでとどめ…」 「待ちやがれぇっ!!」 「「!!?」」  サイゾウが声の方を振り向くと、モヒカン不良が人質を取っていた。  しかも、それは彼らにとって最も嫌な人選だったのである。 「キャスカ!! アリシア!!」  ヴェータと共に不良どもを蹴散らしていたモフリも声を上げる。 「へっへっへっ……これ以上抵抗してみやがれ、こいつらにあんな事やこんな事……」 「そいつらにかすり傷一つでも負わせてみろ!! てめぇら全員ぶっ殺してやる!!!」 「「ひぃっ!!?」」 「サイゾウ!?」  普段から胸の事をからかってくる幼馴染だとしか思っていなかったサイゾウが、  自分や姉の危機に心の底から怒りを露わにしてくれている。  こんな事はキャスカにとって初めての経験であった。 「へっ! だったら大人しくしてるこった!」 「さあイゾウ先生! 殺っちゃってください!!」 「ふん、阿呆どもが……」 「へ?」  イゾウはポケットから万札を数枚取り出し、無造作に放り捨てた。 「礼金なぞもういらん、あとは貴様らだけでやっておれ」 「てめぇ…どういうつもりだ?」 「わしは貴様とやり合う為に奴らと組んだ。 奴らが貴様との勝負に水を指すようなら加担する理由などない。 だが忘れるな!! 今度こそ必ず貴様の息の根を止めてくれる!!!」  砂ぼこりが舞う中、イゾウは哄笑と共に去っていった。 「あいつなりにプライドがあったとはな……さて……」  サイゾウは姉妹を人質に取り続けるモヒカンどもを睨みつける。 「いっ!?」 「う、うろたえるんじゃねぇ! こっちにゃまだ人質がいるんだ!!」 「野郎……正々堂々のケンカもできねぇのか!!」  モヒカンどもはサイゾウを挑発するかのように姉妹に悪戯を仕掛ける。 「げへへへ……姉ちゃんいい乳してまんな〜♪」 「ダメッ! 姉さまにひどい事しないで!!」 「やめろぉーっ!!」  ムニュ…  「おっほぉ〜っ♪ やわらけぇ〜……まるでマシュマロみたいだぜ!」  アリシアは恥ずかしさで顔を紅潮させていたが、妹を不安にさせてはいけないと気丈にも耐えていた。 「何ぃ? 俺にもやらせろよ」 「てめぇはそっちのお子様で我慢しな!」 「やめてっ! 私はどうなってもいいから、キャスカには手を出さないで!!」  ここに来てアリシアが悲痛な叫びを上げる。 「へへっ、姉妹愛たぁ泣かせるねぇ……」  モヒカンは卑しく笑いながらキャスカの胸を触る。 「ひっ…!」 「ありゃ? こいつ、胸ないな……手の平サイズってとこか。 いいや、こりゃそれ以下……虫刺されってとこだな」 「ぎゃっはっはっは!! かゆみ止めでも塗ってやろうか?」 「…………………………」  プチ 「おっ、死んだなあいつら」  キャスカの中で何かが切れた。 「アンジェラアタック!!!!!」  ボグワッシャアッ!!!!! 「「あいぎゃげへぇ〜っ!!!!!」」  哀れ、モヒカンどもは空の彼方へすっ飛んでいく。  彼らの飛んでいった先には星が二つ輝いた。  残りの連中がひるんだ瞬間にサイゾウが叫ぶ。 「キャスカ!! アリシア!! レヴィア先生!! 職員室に向かって走れぇーっ!!!」 「ヴェーくん! お姉ちゃんと一緒に来るのよ!!」  だが、いつもなら姉に従順なヴェータが頑として動こうとしない。 「姉さま……僕は理事長の息子として学園を守らなくてはいけません」 「ヴェーくん……」 「先生、早く!!」  キャスカらに促され、レヴィアは職員室に向かって走りながらもう一度ヴェータを見る。  歳が離れている事もあってか、まだまだ子供だと思っていた弟の背中が大きく、雄々しく感じられた。 「ただの七光り野郎だと思ってたが、それなりに覚悟持ってんじゃねぇか。見直したぜ!」 「同じ学園の仲間同士、力を合わせようじゃないか!」 「加勢なら勝手にするがいい。だが、僕の足を引っ張るなよ?」  サイゾウ・モフリ・ヴェータの三人は不良達の前に立ちはだかった。  頼みの綱のイゾウには見捨てられ、仲間も半数近くがやられたジョーは顔中に冷や汗をかきつつも虚勢を張る。 「ケッ! たった三人で何ができるってんだ!? 野郎ども、やっちまえーっ!!!」  ジョーの号令の下、残っている不良達は蛮声を張り上げて三人に次々と襲いかかる。 「うぉぉぉー!!」 「ブチ殺せぇーっ!!」  モフリに鉄パイプが振り下ろされるが、彼はすかさず股間の黒丸を外して受け止め、ニヤリと笑った。  普段から大事な場所を守っているだけあってか、ヒビ一つ入らない。 「お、俺より大きい……」 「食らえ!! きわどいハイキック!!!」  バコォッ!! 「おっぴろげらめぇぇぇぇぇ!!!」  数を頼みに襲いかかる不良達であったが、サイゾウの気迫はそんな彼らを圧倒していた。  次から次へと殴り、蹴り、投げ飛ばしていく。 「次はどいつだ!? ぶっ飛ばされたい奴はかかってきやがれ!!!」  大人数で乗り込んできた不良達も、今ほとんど無傷なのは人任せのジョーぐらいであった。  あまりの形勢不利にこっそり逃げようとバイクのハンドルに手を伸ばすが、彼の手には何者かに踏まれた感触が走る。 「痛てっ!?」 「どこへ行くつもりだ……?」  ヴェータがバイクの上に立ち、ジョーを冷ややかに見下ろしていた。  男である事を忘れさせるような美貌に冷厳さを纏うその姿は、実は小心なジョーを恐怖させる。 「覚えておけ、英崇出学園は貴様らごときに屈しない」 「あわわわ……ぎゃあああああああああ!!!!!」  ボッコボコにされて山積みになる不良達、その頂上にはヴェータにボコられて気絶したジョーがマヌケ面でピクピクしていた。  その傍らではドラグノフら教師陣が通報でやってきた警官達に事情を説明している。  そんな外の慌しさをよそに、保健室ではサイゾウらが怪我の手当てを受けていた。 「いつつ……もうちょっと優しく手当てできねぇのかよ?」 「うるさいわね! 手当てしてもらえるだけありがたく思いなさいよね!」 「助けてもらっといてひどい言い草だぜ……」 「だ、だからこうやって手当てしてあげてるんじゃない!?」 「おっ、流行りのツンデレってやつ…おぶぅっ!!?」  アンジェラアタックでさらにケガを増やすサイゾウに苦笑しつつ、アリシアもモフリの手当てをしていた。 「キャスカったら……サイゾウさんはケガしてるんだから、あんまりいじめちゃダメよ?」 「だ、だって姉さまぁ〜……」 「しかし不思議だよな、サイゾウと違って俺にはあいつらが素手でかかってこなかったぞ」 「そりゃおまえ、触りたくない場所に触っちまう危険もあるからなぁ」 「失敬な、俺は毎日風呂に入って清潔にしているぞ?」 「そういう意味じゃねぇって……」    一方、ヴェータとタガメ教頭もレヴィアや養護教諭のエリーに手当てを受けていた。 「教頭先生、お怪我の具合はいかがですか?」 「はっはっはっ、ちょっとすりむいただけですよ。 それに、私の好きなヒーローも誰かを守る為には傷つく事を厭わない……。 レヴィア先生、今日あなたが見せた勇気ある行動で、改めて思い出しましたよ」  そう言って胸を張るタガメ教頭はとても誇らしげだった。   「ところでヴェーくん……」 「はい姉さま……うぉっ!!?」  大好きな姉に手を握られ、ヴェータは興奮して顔を紅潮させる。 「あなたがたくましくなったのを見られて、お姉ちゃんとっても嬉しかったわ……」 「姉さま……」  そこにドラグノフが保健室の扉を開けて入ってきた。 「教頭先生にレヴィア先生、ここにいらっしゃったんですか? 警察の方が事情を聞きたいと……」 「わかりました、すぐ行きましょう」 「じゃあねヴェーくん、また後で。みんなも気をつけて帰ってね!」 「「「はいっ!!」」」 「後始末は私に任せなさい、今度は我々教師があなた達を守る番です」  教師達が出て行った後、ヴェータは再び上着を纏って保健室から出ようとする。 「おい、もうちょっと休んでいかねぇのか?」 「僕は貴様らと違ってヤワではない。……それより、親しい女性の扱いはもう少し考えるべきだな」 「は?」  そのやり取りを聞いていたモフリはおもむろに立ち上がった。 「どうしたモフリ?」 「ん、ああ……すっかり遅くなったし、このぴーもお腹を空かせているだろうと思ってな。 悪いが、キャスカの家での食事会には今度参加させてもらうよ」  そそくさと出ていく彼を見送りつつ、サイゾウは不思議そうな顔をしていた。 「あいつ、今日はいつにも増しておかしくね?」 「あんたも人の事言えないでしょ……」  アリシアも何かを考えていたようだったが、ちょっと電話したいと言って一旦保健室から出ていく。  しばらくしてキャスカの携帯にアリシアからのメールが入る。 「えっと……『ずっと前から約束していたヒースさんとの用事を忘れていました。 先にサイゾウさんと家に帰ってご飯を食べていてください。アリシアより』ですって」 「あん!? どうしたってんだアリシアまで……って、俺とおまえだけで飯食うのかよ!!?」 「じょ、冗談じゃないわよ!!」 「ふふふ……青春とはいいものじゃ。ちゃんとAから始めるのだぞ? いきなりCは禁物じゃ」 「おいコラ!! 勝手に話を進めるんじゃねぇ!!!」 「Aって……Aって……アレ、よね……」  微笑ましい(?)やり取りを見てニヨニヨする若作り養護教諭エリーの言葉に絶句して赤面する二人であった。    とりあえずキャスカの家に向かう事にした二人だったが、いつもなら口ゲンカの一つでもするはずが双方黙っている。 「何食おっかな〜……得意のタケノコチャーハンでも作るかな?」  沈黙に耐えられなくなったサイゾウが口を開くが、キャスカは呆れたような声を出す。 「あんた、いつもそればっかりじゃないの……」  「うるせぇ、『一人でできるもん!』とか言ってチャーハンを炭にした奴に言われたくないぜ」 「そ、それ何年前の話よ!? 最近じゃ姉さまに教えてもらって上手になったんだから〜!!」  赤くなって追いかけてくるキャスカから逃げるサイゾウ。  だが、本気で逃げようとは思っておらず、キャスカに追いつかれない程度の速度で走る。  やがて二人はキャスカ達の家の前にたどり着き、サイゾウがピタリと足を止める。 「さ、腹も減ったし、おまえの……」 「アンジェラアタック!!!」 「本日三回目ぇ〜っ!!!」 「いきなり立ち止まるからビックリしたじゃない! 私の……なんなのよ?」 「つつ……お、おまえの……おまえの作った飯が食いたい」 「えっ……?」 「は、腹が減ってりゃ多少まずくても食えらぁ! い、嫌なら帰ってもいいんだぜ!?」  キャスカは少し頬を赤らめつつも、形だけ仕方ないといった表情をした。 「……もう、しょうがないわね……私がどれだけ上手になったか見てビックリしないでよ?」  それを聞いたサイゾウはニヤッと笑う。 「決まりだな……じゃ、またスーパーまで競争すっか」  二人は夕日に染まる街中を再び走り出した。  ……その夜、キャスカ宅は遅れてやってきたアリシアやテレサを迎え、にぎやかで和やかな空気に包まれていたという……。                               ─終─