■極東SS■ 『舞え、舞え、画龍』その陸 登場人物 頼片 蓬莱(ヨリヒラ ホウライ) ・三味線弾き ・ダメセクハラロリコン3Kハゲお父さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/669.html 霜舟(ソウシュウ) ・墨絵描き ・いい女 ・お母さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1440.html 清周斎 華楽(セイシュウサイ カラク) ・絵描き ・ジジイ ・口が悪い http://www3.pf-x.net/~tei-to/wiki/index.php?%A4%BD%A4%CE%C2%BE%C5%A8%C0%AD%C1%C8%BF%A5#zf36c309 ----------------------------------------------------------- 「斯く斯く云々あって、こいつは麗のおとっつぁんってことなのさ。」 (こういう時「斯く斯く云々」ってぇのはとても便利である。ややこしい会話はすっ飛ばして 情報を共有した事にできるのだから) 「はぁ〜…こんな薄汚ぇ傾きモンが麗のおとっつぁんとはねぇ…世も末よ。  お前はおっ母に似て良かったなぁ!」 わしゃわしゃと麗の頭を撫ぜる華楽。言葉の意味が解らないのか、麗はただニコニコしている。 「んで、これからお前ぇらどうするつもりなんでぇ。神室町のあたりで長屋を借りるか  それとも浮草に戻んのか?なんならしばらくここに居てもかまわねぇぞ?」 「そこは思案のし所なんだけどね、いつまでも師匠たちに厄介になるのも申し訳ないし  しばらく戻ってないんで、里に帰ろうかなと思ってるよ。」 華楽の脳裏に身重の霜舟が転がり込んできた頃が思い出される。 麗が生まれ、色の見えない霜舟に一から墨絵の技術を叩き込み… 賑やかな毎日だった、まるで娘と孫が同時に出来たかのような。 絵の道を究めるために妻を持とうとはしなかった華楽に擬似的ではあれ 家族の温もりを教えてくれたのがこの二人だった。 「そうかい…まぁ手前ぇみてぇな出来損ないの面倒を見なくて済むかと思やぁせいせいすらぁ。」 「ぶっ倒れるまで絵ぇ描かされたのは一生忘れねぇよ、クソジジイ!」 感極まると素直に感情を出せなくなるのが極東人の極東人たる所以である。 お互いに吐けるだけの罵詈雑言を吐きあい、それでいて顔は笑っている。 二人しか解らない空間が確かにそこにはあるのだ。 「…まぁ積もる話もあるからよ、今日一日ぐらいは泊まっていってもいいだろうよ。」 「酒癖の悪ぃ師匠の晩酌に付き合うのも、これが最後だね。…今までありがとうよ、師匠。」 「ば…馬鹿野郎、なにがありがとうだ!」 遂に涙腺の崩壊した華楽は、潤んだ眼を隠すようにそっぽを向き着流しの袖で 洟を拭っている。霜舟の眼に映る夕日の光もまた滲んでいた。   *   *   *   *   * …とそんな情景をポカン顔で見ているおっさん、いや蓬莱お父さん。 せんべい布団に横たわる日々が着実に近づいている。 朝早く起きてはクサくて汚い製革所に通い、延々と牛の革剥ぎ… 革を売ってなけなしの銭を稼いでは、それもすぐに飯に消えてゆく… いや、それ以前にあんな退屈な村に戻ったら気が狂ってしまう。 絶対に嫌だ!戻りたくない! …いや、待てよ?何か忘れている気がする。そんな暮らし以外にも戻りたくないと思う訳があったような…? そもそもなんで俺はこんな所にいるんだっけ? なんだかエラくきな臭くなってきたから東国を出て…天岩戸回廊を通って外人宿で一泊して… んで里の酒が飲みたくなったもんだから帝都を経由しないでそのまま浮草に行こうとして… あ、そういや途中で蚊の大群に襲われたなぁ…で、浮草に着いたら… 「あ゙っ!」 締められた鶏のような頓狂な声を上げる蓬莱に、眼を潤ませたままの二人の視線が集中する。 さっきから二人とも蓬莱の事を完全に忘れ去っていただけあって、良い不意打ちになったようだ。 相当に怪訝な顔をしている。 「なんでぇ、間抜けな声上げやがって。」 問われても蓬莱は大口を開けたまま答えを返さない。 彼は思いだしたのだ、今回の帰郷で一日と立たず浮草を離れた理由を 筆者もとしあきたちも忘れていた事を。 「…お霜、浮草に戻るのだけはやめにしねぇか?ほら、俺ぁ皆に顔向けできるような事ぁ  してねぇし、なぁ。そこいらで長屋に入ったほうがよっぽどマシな暮らしが出来らぁな。  ほらお師匠さんにも会えるし、な?な?うん、決まりだ!浮草には戻らねぇ!」 「何を慌ててんだい全く。あたし達を爪弾きにするほど薄情な連中だとでも思ってんのかい?  心配御無用だよ、きっと皆温かく迎えてくれるともさ。」 今まで何人も出戻りしているのだ、今更一家族増えたところで村の連中は驚きもしないだろう。 なのにこの男は何故そんなにも戻る事を固辞するのか、霜舟には理解できない。 「嫌だ!俺ぁ絶対戻らねぇぞ!せっかく逃げてきたってのに…」 「逃げた?お前ぇさんそりゃあどういうこったい。おいお霜、こいつぁなんか仕出かしたのかい?」 「あ。」 逃げたという言葉に反応する華楽。蓬莱元々妖しげな出で立ちの男なものだから 『逃げた』などという言葉は余計に聞こえが悪い。 「いや…まぁ確かに色々仕出かしちゃあ居るけど逃げなきゃならないようなことをしたってのは  聞いた事も無いよ。八!逃げたってなぁどういうことさ!一体里で何があったんだい!」 「あの、それは、その…。酒をかっぱらったもんだから…。」 「嘘吐きな!しょっちゅう平蔵爺の酒蔵に忍び込んではかっぱらってたじゃあないか!  そんな事であんたが逃げたりするもんか!」 問い詰められても蓬莱はもごもごと口ごもったまま何も答えようとはしない。 「あーそうかい、そんなに金玉をすり潰されたいとはねぇ…。」 「俺も手伝うぞ、ここまできたら本当のことを聞きださねぇともやもやすらぁ。」 師弟の筆が蓬莱の体に走る、と描かれた鎖が蓬莱を縛り上げた。 恥ずかし固め的な格好に。 「ちょ、ちょっと、待っ!」 「麗、あっち向いて耳塞いでな。さぁてあんたの女癖の悪さもここで終りだね。」 霜舟は豪快に音を立てながら蹴りの練習を始めた。 眼も当てられないくらいかっ広げられた蓬莱の股のセンターをそれて直撃しようというのだろう。 もう、子種が減るとか、気絶するどころの騒ぎではあるまい。 「もうその歳だったら陰間での働き口もあるめぇからな。なんまんだぶなんまんだぶ。」 麗の眼と耳を優しく覆いながら華楽は悪乗りする。 このままでは死んでしまう! 「よぉし、成仏する覚悟は出来たかい?」 蓬莱の前に歩み寄る霜舟。黒塗りの下駄が夕日を受けて禍々しく煌いている。 「((( ;゚Д゚)))アワワワワワ…」 「せぇ、のっ!」 キャプテン翼の如く高々と上げた足が頂点で止まった瞬間、遂に蓬莱の精神は根を上げた。 「うわあああ言います!全部言います!山賊が!山賊が村に!」 「山賊?」 「山賊が来て、五人組で、物やら金を巻き上げてるって!で、逃げてきたんですぅ!」 「じゃあ、あんた里の危機を放っといて、一人で逃げてきたってのかい!?」 「ううう…そうだよぉ…恐ろしくなってよぉ…」 …なんと情け無いことか。 この男は音撃師として闘える力を持ちながら恐れをなして一人で里から逃げてきたのだ。 冷ややかな眼で華楽が蓬莱を見据える。 「呆れた腑抜けっぷりだな、おい。少しゃあ戦おうと思わなかったってぇのかよ。」 「だって相手は五人、しかもどいつも相当の手練れだってんだぜ!おれみてぇな三味線弾きが  どう戦えってんだ!」 蓬莱の言っている事は決して間違ってはいない。元々音撃師は一対一、多対多には強くても 一対多ではその力を充分に発揮できない。 「それにしばらくすりゃあ弾右衛門の一味が追い払ってくれらぁ。なのになんで俺が  出張る必要があるんだよ!え!?人を助けるために命を懸けるなんて俺ぁ真っ平御免だね!」 そこまで言い切って、蓬莱はふと気づいた。絶対に蹴りが飛んでくる、と。 思って霜舟を見上げると、彼女は無表情のまま立ち尽くしていた。 そして蓬莱を一瞥もせずにつかつかと門に向かって歩き出したのだ。 「おい、どこ行くつもりだお前ぇ。」 「決まってんだろ、里に戻るのさ。」 「こいつの言うとおり弾右衛門の一党が来るまで待ったほうが得策なんじゃあねぇのかい。」 「そんなもん待ってたら食い尽くされちまうよ。」 「じゃあ俺にも手伝わせろ、丁度体がなまってた所だ。」 絵師以外の裏の顔として様々な荒事をこなしてきた華楽にとっては久々に腕が鳴る。 それに霜舟の技はどう考えても山賊共相手に通用するようなものではない。 むざむざ愛弟子を死に追いやることなどできるものか。 「お断りだね、これはあたしの里の問題だ。あたしが行ってけじめを付ける。  戻ってこれるかは解らないけど、達者でね師匠。麗をよろしく。」 追いかけようとする華楽の手足を墨の鎖が縛る。 すっころんでしたたかに腰を打った華楽、老いて衰えた体には充分過ぎる打撃。 「こ…腰が…。」 結局霜舟は姿をくらませてしまった。 縛られたままの蓬莱に眼もくれず。   *   *   *   *   * 「おー、いちち…麗、じいちゃんの腰さすってくれ。」 墨の鎖は元々華楽の技であるから、解くのは簡単だった。それよりも腰のダメージが酷く とても走って追いかける事など出来ない。 腰をさすってもらいながらご満悦の表情を浮かべる華楽に腑抜け男が声をかける。 「おいジジイ。」 「ああん!?何がジジイだこの腑抜け!」 「これを解け。」 急に大声を出したので驚いてしまった麗をあやしながら、情け無い格好のままの男を見ると 何故か、彼の眼に炎が宿っているように見える。 「解いてどうしようってんだ?また逃げるのか?」 「手前ぇの知ったこっちゃあねぇだろう、いいから解け。」 解いてやると彼は下帯の中で縮み上がっていた金玉の位置を直すと、しっかりとした足取りで歩き始めた。 「金玉ぶらさげてんだったら、それなりの所見せてやらなくちゃあなぁ。  惚れた女に少しは良いとこ見せてやんな。」 「別にいいとこ見せようとかじゃあねぇさ…あんな良い女死なすのは勿体ねぇって、それだけだよ。」 蓬莱が去った庭に一人の女性がやってきた。多少歳食ってはいるが、それでも色白で 成熟した美しさを感じさせる美人。 神号屋敷の三人の主人の一人、鹿山流本曲を受け継ぐ高名な尺八演奏家「響」である。 腰を摩ってもらいながら座り込んでいる華楽を見て響は、まぁ、と声を上げた。 「あらあらどうなさったの、華楽さん!持病のぎっくり腰かしら?お布団敷きますから  横になっていたほうがよろしいんじゃあないの?」 「いや、いい。それどこじゃあねぇんだ。」 「それどころじゃあないって…これ以上悪化したら大変でしょうに…」 麗と一緒になって腰を摩ってやる響。 多少楽になったのか、ふらふらと立ち上がった華楽はこの上なく楽しそうな顔つきをしている。 「あら、華楽おじいちゃんは何か楽しい事でもあったのかしらねぇ、麗?」 「へへ…楽しいも何もよ…『黒装束』の用意だ、響。」 麗に解るはずも無い、華楽おじいちゃんや響おばちゃん達の古い合言葉『黒装束』 「あらあらあら…夜蘇様を起してこなくちゃあ。『がしゃどくろ』の皆はどうしようかしら?」 「呼びゃあ喜んで駆けつけるだろうよ。」 「うふふ…なんだか心躍るわねぇ。」 「だろう?『蟷螂髑髏』、一日限りの復活だ。」 〜続く〜