PSIONIX GARDEN 岳ヶ崎 涼子(たけがさき りょうこ)SS 「姉御と野生児の盗撮退治」 --早朝 岳ヶ崎涼子の自宅 朝六時。 鳴り響くケータイの目覚ましで薄目を開けた。 お気に入りの歌が鳴っているはずだけど、無意識で止めるから歌詞は聞こえない。 何度か鳴って、消して、を繰り返してやっと体を起き上がらせる。 何だか体が痛いと思ったらソファで寝ていた。 「メール、してたような・・・」 ケータイを見てみるとクラスメイトから返信が来ていた。 学校で謝ればいいかと思い、洗面所に向かう。 鏡の前に立つとジャージ姿のだらしない女が映った。 家の中ではいつもジャージだ。 気楽で良い。 グシャグシャの長い髪を直す為にジャージを脱いで風呂に入った。 --登校前 岳ヶ崎涼子の自宅 制服に着替えて、濡れた髪をドライヤーで乾かす。 六時過ぎに起きても風呂に入って化粧すると時間が足りない。 下地を塗ってアイラインを強めに、マスカラで睫毛を撫でて、ペンで眉を少し足す。 指先を見るとマニキュアが剥げかかっていた。 「今日はいいか・・・」 そろそろ時間がやばい。 沢山あるコロンの中から指先に最初に当たったコロンを手首につけた後、手早くシルバーを身に付ける。 最後に紫の口紅を塗った。 これはマジナイみたいなものだ。 鏡を見ると凛々しい顔の黒髪のお姉さんがいた。 「うし、行こ!」 頬を両手でパンと叩いてケータイを見ると、学校まで歩いて間に合うギリギリの時間だ。 軽いカバンを持ってブーツを履く。 鉄底のブーツをカンカンと鳴らしながら3LDKの我が家を出た。 --登校中 煙草をふかしながら一人で歩く。 学校では吸わない事にしている。煙草を吸うのは登校中だけだ。 後からバイクの走る音がした。 甲高い音で空気を揺らして私の隣に黒いバイクが停まる。 バイクに跨っているのは全身黒尽くめでヘルメット。 アタシが立ち止まると、バイクの子がヘルメットのバイザーを上げた。 クラスメイトの 祠堂 零(しどう れい)だ。 アタシが「おーっす」と言うと、零は小さな声でおはよう、と言った。 いつものやり取りだ。 「ゴメン、昨日途中で寝ちゃったわ」 「・・・だと思った」 「いつもの事だし許してよ」 そう言うと零が少し笑った。 「・・・乗る?」 「今日はいいわ」 アタシは煙草を捨てながら言った。 「わかった」 そう言うと零はバイザーを下ろしてバイクを発進させた。 零の後姿を見ながら煙草の火を靴で消す。 別れた彼氏もバイクが好きだった。 彼のバイクの後に乗ると大きい背中が暖かかった。 ふぅ、と溜息をついて二本目の煙草に手を出そうとして、やめた。 ライターをポケットに押し込み、学校へ向かう。 --学校到着 PSIONIX GARDEN、極秘裏に超能力者を集めた学園。 長い名前をPGと略される、アタシの通う学校だ。 アタシは高等部の一年のクラスにいる。 クラスの半分くらいは中等部からのエスカレーターだ。 高1の途中でスカウトされたアタシは肩身が狭い。 このナリと雰囲気が余計に周りとの距離を長くする。 歩き慣れない廊下を通り、自分のクラスについた。 ガラリと教室の引き戸を開ける。 アタシの身長は高い。 頭が当たるわけではないが少し頭を下げてドアをくぐった。 アタシが教室に入ると教室のざわめきが消えてしずかになる。 175cmもある身長にこのナリだ。 皆、怖がっているのかもしれない。 中学の時と同じだ。もう慣れた。 そんな中、アタシに声をかけるクラスメイトがいた。 「岳ヶ崎ー、おーっす」 同じクラスの 緋野洸輝(ひの こうき) だ。 真っ赤な髪の男。 コイツは天然なのか馬鹿なのか、周りの空気を読まずに挨拶してくる。 「おっす」と緋野の方を見て言い自分の席に座る。 アタシの席は一番後ろだ。 黒板に近い前の席に居た緋野はすぐに隣の席の奴と会話を再開させた。 ああ言う真っ直ぐな奴は嫌いじゃない。 早死にしそうだけど。 授業の開始が近付き、ざわついていた生徒達が席に戻り始める。 そのタイミングで教室の後の引き戸から黒のライダースーツに身を包んだ子が入ってきた。 零だ。 肩にかからない程度の真っ赤な髪に金色のメッシュ、鋭い眼つきに無表情の仏頂面。 皆、制服なのに零はいつもあの姿。 正直目立つ。 でも注目は浴びたくない。 だから授業の直前に教室に入ってくるんだろう。 零の席もアタシと同じで一番後ろの席だが、 ドアに近いから窓寄りのアタシとはちょっと遠い。 少なくとも気軽に会話できる距離では無かった。 ヤル気はないがとりあえずノートと教科書を机に置き、先生を待った。 --授業中 深夜まで零とメールしていたから眠くなると思っていたが、何故か目が冴えていた。 零の方を見るとイスに斜めに座って両足を組み、肘を机につきながら黒板を見ていた。 アタシが言うのも何だが態度悪い。 零はノートを全く取らないが、成績は常に上位だ。 一度聞いた言葉は忘れないらしい。 その才能をアタシにも分けてもらいたい。 アタシの成績は・・・聞くだけ無駄。体育は良いけど。 真面目に勉強する奴を馬鹿にする訳じゃないが、数学も物理も歴史もアタシには必要ない。 進学する気も無いし、PGの子飼いの超能力者でいる気も無い。 ここを卒業したら今のバイト先で適度に働いて適度に遊んで、愛しい人を見つけてその人の子を産む。 そういう生活がいい。 快楽主義といわれるかもしれない。 けど、アタシにはこれ以上の生活は思いつかないし、思いつかせてくれる大人にも出会わなかった。 黒板の前に立つ身近な大人の代表を見てみると、こっちに視線を向けながら頭を掻いていた。 特に何もしてないんだけど、と思いつつ周りを見渡す。 原因はアタシの左隣り、窓際の席だった。 グシャグシャの黒髪の物体が机に突っ伏している。 クラスメイトの 山中 ナナ だ。 良く焼けた褐色の肌で背が低い。 近くの山で生活していた所を保護された野生児らしい。 一応言葉は喋れるらしいが、「うー」とか「うい」とか言うだけで、 アタシはまともに喋っているのを聞いたことが無かった。 ナナは小さな寝息を立ててグッスリ眠っていた。 (ちょっと、先生見てるよ。起きな!) アタシは小さな声で呼びかけながら、めくれ上がったスカートから出る太股を鉛筆でつついた。 最初は無反応だったが、ツンツンと2、3度つつくと、目をこすりながら起きた。 まだ目蓋が半開きでとても眠そうだったが、起きたし良いかと思って視線を前に移す。 すると、先生がアタシに向かってパチリとウィンクを投げた。 アタシは眉間にシワを寄せて机に突っ伏した。 気持ち悪い教師だ。ワザとらしいんだよ。 ガラにも無い事はするもんじゃない、そう思いながらアタシは目を瞑った。 --二時間目 開始前 トイレから教室に戻ってくると、キノコみたいな変な髪型をしている  沖野 司(おきの・つかさ)と緋野が口論をしていた。 アタシは沖野が嫌いだ。 何かにつけて突っかかり、人の心を見透かしたように喋る。 試験の成績が良い事を鼻にかけているようだがアタシには何の価値も無かった。 会話の内容も聞く気になれず、自分の席に座る。 キーンコーンカーン チャイムが鳴り、先生が入って来る。 七三分けの気の弱そうな数学教師。 だが先生が入ってきたことにも気づかず、緋野と沖野は口論を続けていた。 教壇に立った先生が怪訝な表情をしたが二人にはそれが眼に入っていない。 ブン殴ろう、と思って椅子を引いて立とうとした。  ガァンッ!! 思い切り机を叩く音がして、教室が静まり返る。 音の方向を見ると、零が両脚を机の上に乗せていた。 机の上にカカトを思い切り落としたのだろう。 その音で周囲の状況に気づいたのか、緋野と沖野が先生に謝って自分の席に戻った。 席に戻った緋野と沖野は二人とも零の方を見た。 両手を合わせて小さく頭を下げる緋野、口を尖らせ恨めしげに睨む沖野。 アタシは対照的な二人を見て心の中で笑いつつ、零にメールを打った。  >サイコー!オキノの顔チョーウケル(*´艸`*) >>ごめん。我慢できなかった。。。(ρ_;)  >いーじゃん!アイツらが悪いんだしさ(oゝω・o)b >>うん。。。(ρ_;) 零は無口で無表情だがメールをしていると感情の起伏が激しいのが分かる。 泣いたり、笑ったり、心の中ではしている。 それが外に出ないだけで。 どうしてそうなったかは知らない。 聞く気も無かった。 時が来ればそのうちそういう話もでるだろう。 自分と雰囲気が似ていたからこのクラスに来て最初に喋りかけたが、外見と内面のギャップに驚かされた。 今では仲も良いが、最初は何を考えているのか掴みづらくて大変だった覚えがある。 それから四回ほどメールが行き来して、授業に戻った。 --授業中2 「では、小テストを行います」 先生の言葉と同時に教室がざわめいた。 頭を抱えるヤツ、隣の生徒と相談するヤツ、ノートを見返すヤツ。人によって色々だ。 「名前と生徒番号を忘れずに書くように。忘れた人の点数はありません」 先生の手から先に解答用紙が配られる。 アタシは生徒番号を見る為に、カバンから生徒手帳を取り出した。 生徒番号が書かれているページを開くと、その間に挟まっていたモノがパラリと落ちた。 床に落ちたそれを拾う。 別れた彼氏と撮ったプリクラだった。 ないと思って探してたのに・・・ 少し見つめて、生徒手帳の間に戻した。 まだ・・・捨てられない。 生徒番号を確認して解答用紙に書いた。 生徒手帳を胸のポケットに入れると問題用紙が前の席の子からまわって来た。 自信は無いが、やるだけやろう。 アタシは頭をひねりながら問題に向かった。 --昼休み前 キーンコーンカーンコーン チャイムが鳴ってテストが終わる。 「終了です。名前と生徒番号を確認して、解答用紙を前に送ってください」 先生の声が響くと教室のあちらこちらからペンを置く音と溜息が聞こえた。 アタシは解答用紙を前のクラスメイトに渡して思い切り背伸びをした。 疲れた。 テスト中に何度か震えたケータイを見ると、中学の頃の友人から何通かメールが来ていた。 机の下でカチカチと返事を打つ。 「起立!・・・礼!」 日直の生徒の声が響き、先生が教室から出て行く。 教室のドアが閉められると生徒達の話し声で途端に教室がガヤついた。 「ハァ、全く学の無い連中には呆れますヨ。先生に対して礼も出来ないなんて」 沖野が起立したままボソボソと言った。 その言葉で教室が静まり返る。 アタシは机に肘をつきながら大声で言ってやった。 「言いたい事がアンならこっち向いて言え。誰に言ってんのか分かんねーだろ」 沖野が顔を引きつらせながらこっちを向く。 なんで聞こえたんだ?みたいな顔をしていた。お前の独り言は声がデカいんだよ。 「ホ、そんな言葉遣いだから彼氏にフられるんですよ!」  ブチ 何かがトんだ。 アタシは自分の椅子を蹴って立ち上がり、呆然と立ったままのクラスメイト達を押しのけて沖野の方に向かった。 「ホ、ホヒー!」 顔を青ざめさせて沖野が後ずさる。 構いはしない。 沖野の胸倉を掴もうとした瞬間、視界の左端から黒い影が飛び込み、沖野の顔面にぶち当たった。 沖野はきりもみ回転して飛んだ。  ガダン! 沖野の体が黒板に貼り付けられた。 沖野を吹っ飛ばした黒い影は空中でくるりと回転し、教卓にスタっと降り立つ。 後の席から飛んで来た黒い影は 山中 ナナ だった。 鼻血を出しながら沖野がナナの方を向いた。 「フホォォォ!!これだから学の無いれ―」 沖野の声を遮るように、ナナが大声を張り上げた。 「きのこがわるい!ねーさんわるくない!」 「ホ!何を言うんですか!私はクラスの代表として―」 「ねーさんないてる!きのこがなかした!きのこがわるもの!」 ナナのその言葉にギョっとした。 クラスメイトも皆アタシの顔を見た。 指を自分の目元に当てる。 確かに、濡れていた。 頭に血が上る。顔が熱い。 「ちょ、何言うんだよ!メシ行くよ!」 アタシはダッシュでナナを教卓から引き摺り下ろし、半ば抱きかかえるような状態で教室のドアに向かった。 いつ移動したのか、ドアの横で待機していた零がガラリとドアを開ける。 アタシは顔を真っ赤にしながら教室を出た。 --昼休み 校舎の屋上 屋上のいつもの場所に腰を降ろし、溜息をついた。 あたしの左隣にナナがちょこんと座り、ナナの隣に零が座った。 「あーもう、恥ずかった・・・」 眉間にシワをよせて目元をぬぐう。 「ねーさんねーさん、はい!」 ナナが短いスカートのポケットからクシャクシャに丸まったハンカチを渡してくれた。 その姿を見て零が少し微笑んだ。 「あ、ありがとよ。でもな、人に貸すならもうちっと綺麗にしたほうがいいよ」 「おー!」 アタシの話を聞いているのかいないのか、悪びれる風もなくナナは答えた。 --昼休み 校舎の屋上2  ぐーギュルルル 隣で腹の音がした。 「うー、ハラヘッター」 ナナが腹を押さえる。 すると、零が黒のレザーバッグから大きめのランチボックスを取り出した。 「お、今日は作ってきたんだ?久々だねえ」 「・・・うん」 零は時たま自分で昼飯を作ってくる。 購買とコンビニでしかメシを買わないアタシの食生活を知っているせいか、 弁当を作ってくる日はアタシの分まで作ってきてくれた。 普段は週に一度くらいだが先週は忙しくて作れなかったらしく、食べられなかった。 今週は何なのか気になる。 零がランチボックスのフタをあける。 「わーお、サンドイーッチ!」 「おー!」 アタシの歓声の隣で、ナナが瞳を輝かせながら整然とならんたサンドイッチを覗き込んだ。 でも三人で食べるには少々少ない。 それを察してか、ナナはキョロキョロとアタシと零を交互に見てから後に引っ込んだ。 アタシはニッと笑って言った。 「アンタも食べな!零の料理は超ウマいんだから!」 「・・・二段あるから大丈夫」 「え、二段あるの!?」 零がランチボックスをずらすとサンドイッチの二段目が現れた。 一段で二人分丁度かなと思ってたけど、二段目まであるとなると・・・相当量が多い。 「サンドイッチ初めてだから量が掴めなくて・・・ナナちゃんも食べて」 「あはは、丁度良いじゃん」 「れいれいダイスキー!」 ナナはぴょんと飛び跳ねて零に抱きついた。 「・・・」 零は抱きつかれるとビクっとして、ナナの頭をぽんぽんと撫でた。 --昼休み 校舎の屋上3 零の作ってきたサンドイッチを頬張りながら言った。 「なんでアイツ、アタシが彼氏と別れた事知ってたんだろ。零にしか話してないのに」 「・・・多分、あの人の能力だと思う」 「能力?どんな?」 アタシ達が食べる手を止めて喋っている間にも、ナナはもぐもぐと口を動かしていた。 「・・・能力者と同一素材の物体を持つ人間に対してのテレパシー」 「アイツと同じ物なんて持ってないと思うけどねえ」 そう言うと零はアタシの胸元を指差した。 アタシの胸ポケットからはPGの生徒手帳の頭が出ていた。 「生徒手帳?でも触ったのってほんの一瞬だよ。 触れた瞬間に手帳持ってる人の心を全部読めたら超強くない?」 「その時、何考えてた?」 「あ・・・」 確かに、別れた彼氏の事を考えていた。 「・・・対象の心を覗く強い意志がないと能力は発現しないけど  能力発現の条件が整った状態で強いイメージを思い浮かべたら、テレパシストにイメージが逆流するかもしれない」 「そんな事もあるのか。超能力ってイマイチわからん」 「・・・憶測だから、私もわからない」 「げふー」 ナナが満足気に大きなげっぷをした。 「アンタ、良く食うねえ。アタシはもうお腹いっぱいだよ」 「・・・残らなくて良かった」 「ウマかったー!れいれいサンキウー!」 「ありがと、零。美味かったよ」 そういうと零は少し微笑んだ。 「れいれいテレやさーん!」 小さくしか感情表現をしない零を見てナナがそう言うと、ナナはぴょんと飛んでまた零に抱きついた。 「・・・」 零はまたビクッと体を震わせて、少し困った顔でアタシの方を見た。 「・・・この子、臭う・・・」 「うー?」 ナナは零が何を言っているのか分からないようだった。 そう言えば、ナナを抱き上げたときも変な違和感があった。 「なーんかクサイと思ったらアンタか!ちゃんと風呂はいってんの?」 ナナがくるりとこちらを向いた。 「きのうのきのうのきの・・・う?おやまでみずあびしたよー! チョーキレイ!」 「チョーバッチイっつの!」 サンドイッチを食べる前に、零がアタシとナナに速攻ウェットティッシュを渡して来たのはコレのせいか・・・ ナナにもちゃんと手を拭かせておいて良かった。 「アンタねぇ、一応女なんだから・・・」 「うー?」 アタシが眉間にしわを寄せて頭を掻くと、ナナはアタシの口から女だから・・・に続く言葉を待っていた。 けれど、説明しても分かってはくれそうにない。 「よし!分かった。今日はアタシのウチに泊まりな!アタシが身だしなみってヤツを教えたげるよ」 「おー!がいはく!」 「零もくるかい?」 アタシが零の顔を見て言うと、零はビクっとして目を泳がせた。 「・・・」 どうやら今の状態のナナはダメらしい。 「アハハ、キッチリ綺麗にしてくるから見といてよ」 「・・・うん」 「みといてよー!」 零の膝の上に乗ったまま、ナナが両手を空に伸ばして言った。 アタシと零は、ナナのその姿を見て笑った。 --放課後 教室 キーンコーンカーンコーン チャイムが鳴って授業が終わる。 「ふー・・・」 教室で帰り支度をする生徒のざわめきの中でアタシ思い切り背伸びをした。 左の席のナナを見てみると、ナナはじっと零の方を見ていた。 あまりに真剣に見ているので聞いてみる。 「どうした?」 ナナは口を“ヘ”の字に曲げて言った。 「にんげんかんさつ!」 「ふーん・・・」 不思議な子だ。普段はぼんやり窓を見てるか寝てるかなのに。 今日の昼休みで零に興味を持ったのだろうか。 見られている当の本人は、赤い髪を揺らしながらいつも通りの無表情でレザーバッグに荷物をまとめていた。 「ほら、そろそろ帰る支度しな。零、帰っちゃうよ」 「おー!」 自分のカバンに荷物を入れる。 と言ってもカバンに入れるのは筆記用具くらいで、残りの教科書はいつも机に入っている。 持って帰っても使わないし。 「帰る用意できた?」 ナナの方に振り向いて言った。 「できた!」 ナナはそう言うものの、さっきと変わらない姿をしていた。 「アンタ、もしかして何も持ってきてないの?」 「服きてきたよ!」 ぜーんぶ置き勉のアタシよりもツワモノが身近に居たようだ。 ナナらしい、と言えばナナらしい。 「オッケー、じゃあいこっか」 「がいはくだー!」 --放課後 校門前 アタシとナナは帰宅する学生で賑わう校門までの道のりを二人で歩いていた。 「零と帰れなくて残念だねえ」 ナナに向かって言うと、ナナは「うう〜」と唸ってつまらなさそうに唇をとんがらせた。 零は軽音部に所属している。 今日はその練習で帰りが遅くなるそうだ。 何度かライブを見に行ったけど零はエレキギター担当。かなり巧い。 手が大きくて指が長いから簡単に遠いコードを弾けるのは天性のモノなんだろうけど、 音のブレない速弾きは相当練習したんだと思う。 面白かったのは、零がライブに出る時は超ミニのゴスロリみたいな格好して出てくることだ。 いつもライダースーツしか着てないから、見ていて中々楽しめた。 「あ、そうだ。アンタ、PGの寮に住んでるんだろ。 今日ウチに泊まるんだし荷物とか持って来たら?」 「だいじょーぶ! のんぷろ!」 「その様子じゃ、ホントになんもいらなさそうだねえ」 「うん!」 --夕方 岳ヶ崎涼子の自宅 「はい、着いた。ここがアタシの家」 アタシは六世帯しか入らない築20年くらいの二階建てのアパートを指差していった。 「ぼろーい」 ナナは赤く錆びた二階への金属の階段を見て言った。 「アンタの寮と比べんじゃない! 中は綺麗だからいいんだよ!」 入学時にPGの寮を選べば殆ど無料と言っていい値段で借りられた。 でもそれは嫌だった。 自分の面倒は自分で見る。それがアタシのポリシーだ。 たまたまアタシの中に目覚めた超能力なんて言う特異なモノで特別扱いされるのが耐えられない。 自分の生きる道をPGの「補助」で歪められるのが許せなかった。 零に話したら、「リョーコらしい・・・」って言われたっけな・・・。 そんな事を考えながら、カンカンと音を鳴らしながら階段を上って自分の部屋の鍵を開けた。 「あ、ちょっと待っててよ! まだ入ったら駄目だから!絶対だよ!」 「うー?」 ナナはどうして?とでも言うように首を傾げた。 アタシはダッシュで部屋に入り、枕元の写真立てを片付けた。 これ以外は危ないものはない・・・と思う。 手早く風呂セットといつものジャージを紙袋に入れた。 そのまま部屋の玄関に向かう。 「すぐにおでかけ?」 「ウチの風呂ちっさいからね。二人じゃ入れないからスーパー銭湯行こう」 「おー! せんとう!スーパーバトル!」 「バトルじゃないっての。 でっかいお風呂屋さんだよ」 「おー?」 疑問符を浮かべるナナに向かって、ニッと笑って言った。 「行ったら分かるよ。 色々あって面白いから!」 --夕方 岳ヶ崎涼子の自宅 前 ナナと二人で家の前で立っていると、目の前に真っ赤な軽乗用車が止まった。 キュルキュルと手動で助手席の窓が開き、 中から姫パーマを当てた茶髪の女の子が体を乗り出した。 「りょーちんヤッホー!待ったー!?」 「ミーコ、おひさ!ゴメンねーアッシーにして」 「だいじょーび、ウチのアッシー君はミーコにベタ惚れだから☆」 そういうと運転席から男の声がした。 「おーい馬鹿話してないで乗れ乗れ!走りながら話そうや」 「サンキューリキやん! じゃ、ナナ、乗るよ」 「おー!」 でっかいミーコの声に負けなくらい大きな声でナナが答えた。 --夕方 岳ヶ崎涼子の友人の車内 運転手のリキやんに近くのスーパー銭湯に送ってくれと伝えると、 軽く了解して車は発進した。 リキやんの軽自動車はかなりボロくて急発進すると後部席がきしんだ。 「あれー?今日はゼロ子と一緒じゃないの?」 「あー零は今日はバンドの練習」 ミーコは誰にでも変なあだ名を付ける。 ゼロ子とは祠堂零のことだ。 名前の漢字が零なのといつもライダースーツでカッコイイからゼロ子らしい。 「ふーん、二人一緒じゃないのめずらしーぃ」 「今日は零の代わりがいるからね」 そう言って私はナナの頭をくしゃくしゃと撫でた。 「おー!ナナだよー!」 ナナは元気良くミーコに名前を告げた。 「よろしくねーミーコだよー!」 ミーコも助手席から後部席に身を乗り出して返事した。 ミーコが続けて喋る。 「あれだよね、りょーちんのトモダチって数字多いよね。0とか7とか」 「そうかなァ?あんまり気にしてなかった」 「ホラ、ミーコも三津子だし!3だよ!3!」 「ううん、そう言われるとそうかもね・・・」 あたしはアゴに手を当てて考えるポーズをした。 これからも数字の友人が増えるのだろうか。 10分間ほどのドライブ中にあたしはずっとミーコと喋っていた。 その間、ナナは後部座席にあったぬいぐるみのティッシュケースのカバーと格闘していた。 横目で見ていると、何度かかぶりつきそうになったので止めた。 ぬいぐるみなんておいしくないって! --夕方 スーパー銭湯 到着 「リキやん、さんきゅー!助かったわ」 車から降りて運転席のリキやんに声をかけた。 「いいーっていいって。電話一本すぐ参上だ」 「りょーちん、ナナちゃんまたねー!」 「ばいー!」 ナナがミーコに手を振った。 --スーパー銭湯 入り口 駐車場からテクテクと歩き、スーパー銭湯の中に入った。 ここの敷地は結構広い。 駐車場も200台くらいは入るようだ。 この街は都心というわけではないが、道路網や地下鉄など交通の便は良く 大型のショッピングモールやレジャー施設はそれなりにある。 スーパー銭湯の入り口には巨大なボードがあり、 建物にある施設がかわいいイラスト付きで紹介されている。 「おおー!いっぱい!」 目を輝かせてナナは言った。 「うん。何回か来たけどアタシもまだ全部回ってないんだ」 「ここいこう!ここ!」 ナナが指差したのは「熱帯ジャングルの湯」という風呂だった。 イラストから察するにリアルなジャングルと蒸気サウナを掛け合わせたような風呂のようだ。 なんともナナが好きそうな風呂だ。 「面白そうだねえ。じゃあ最初はそこ行こう!」 「うん!」 --スーパー銭湯 券売機 銭湯の建物に入り、券売機の前に立つと、 ナナがスカートのポケットをゴソゴソやりだした。 アタシがナナの頭をポンポンと撫でた。 「金はいいって。アタシが払っとくから」 するとナナがアタシを見上げて手の平の硬貨を見せた。 「足りるかなあー?」 どうやらポケットを漁るのに集中していて、 アタシが払う、と言ったのが聞こえてないみたいだ。 とりあえずナナの手の平の硬貨を数えてやった。 「んー・・・623円か。200円くらい足りないね」 「どうしよう!?」 ナナは銭湯の入り口のボードを見ていた時のニコニコ顔から、一転して不安そうな顔をした。 「フフ・・・。姉さんが奢ってあげよう」 アタシがもったいぶって言うとナナは目を丸くした。 「おごり!・・・ってなに?」 「アタシがナナの券を買ったげるってこと」 「いいの?」 アタシが「いいよ」、と言うとナナは嬉しそうに「ありがとう!」と言った。 アタシはね、ナナが沖野をぶっ飛ばしたとき凄く嬉しかったんだ。 それに比べたらこれっぽっち、少しも返せやしてないよ。 ありがとうって言いたいのはこっちなんだから。 --NEXT 「姉御と野生児の盗撮退治」 温泉編