■極東SS■ 『舞え、舞え、画龍』その漆 登場人物 頼片 蓬莱(ヨリヒラ ホウライ) ・三味線弾き ・ダメセクハラロリコンキタナイクサイクズハゲヘタレお父さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/669.html 霜舟(ソウシュウ) ・墨絵描き ・いい女 ・お母さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1440.html ----------------------------------------------------------------------- さてさて神号屋敷を飛び出した霜舟と、なんとか合流しようと後を追う蓬莱。 山賊共は怖いっちゃあ怖いが…そんなごろつき共の元に単身飛び込もうという 惚れた女を放って置いちゃあ、男が廃るってもんよ! これ以上廃りようが無い蓬莱の「男度」ではあるが、それでも越えちゃあいけない一線を 越えずには済みそうである。偉い! 「霜舟!」 と、叫んで門を飛び出たものの、辺りには人っ子一人いない。 二つ尾の黒猫が、ふぎゃあ、と叫んで跳び上がった。 まぁそりゃあそうだ、霜舟が出て行ってから四半時(15分)は経っている。 駆け足で問屋街の辺りに出る。 人通りが絶えないこの辺りで霜舟を見つけるのは至難の技である。 「ともかく、アイツよりも先に浮草に着きゃあいいって事だよな…。」 歩みを進める。じっと考えているよりは余程いい。 村まではどんなに急いでも三日はかかる。今の内に少しでも距離を稼ごう。 引っかぶった水の乾いていない着流しが肌に纏わりつくが、この気温の中では むしろ心地よいくらいだ。 ちなみにぐしょ濡れで三味線かついで歩いているオッサンを見たらとしあき諸兄はどう思うだろうか。 すれ違う人々が異様な視線を向けてくるが、それも気にしない。 放覩真大橋を渡った辺りでふと思いつく。 (どっかの宿場に先回りすりゃあいいんじゃねぇか?) 流石の帝都といえど真夜中に一人歩きをするのはあまりに命知らずというもの。 取締りがあるとはいえ破戸者の鬼は未だうろついている訳だし、悪鬼悪霊の類も 活発に活動を始める。 強大な霊力を持った現人神・天孫といえど、極東の隅々にまで目を行き渡らせる訳には いかないのだ。 (どっかで必ず宿を取るはず…) (この近くだと泉山寺あたりの木賃宿か。) 牛喰から街道に沿ってしばらく南に歩くと泉山寺という天孫の守護職達を奉った有名な寺がある。 今も続く血統は「衛宮」だけだが、昔は他にも「羽矢峰」「草薙」「紫」などの強力な力を持った 守護一族がいて天孫の身の安全を守っていた。 今も衛宮一族以外で守護職に着けるのは上記御三家の血を残すもの(分家が星の数程ある) だけなのだそうだ。 極東人にとっては天孫に関わる人々は神にも等しい…というと御幣があるが まぁともかく雲の上のお人なのである。 (東国騎士団でパシリをやってる「衛宮空角」も放覩真に戻れば大スターだ。) 初代当主達は守護神として奉られており、御神体を拝むとご利益があるともっぱらの評判だ 「輪廻円刃守天」は剣を持った老婆で「護身としての武術」に 「科識道験守天」は杯を抱えた禿頭の男で「学術」に 「仙在一色守天」は半裸の美女で「人間関係」に(男性の参拝客に大人気である) それぞれご利益をもたらしてくれる、らしい。極東中から人が集まるため参拝客は絶えない。 武術、学問、人間関係(有体にいれば恋愛)とくれば来るのは男性だけに思えようが 武術も学問も男だけのものではない為、意外と女性も多く来たりする。 かの有名なグリナテッレ護衛騎士の六波羅も訪れた事があるとか、ないとか。 余談。 (思いっ切り走りゃあ夜までには辿り着けるな。) 日差しも弱まり、陽が紅く染まり始める暮れ六つ。 気温が下がり始めた分日中の陽光で存分に温められた地面が発するムンムンとした熱気が 余計にわずらわしく感じる。 禿げかかった額に滲む汗をぐいと拭い、駆け出す蓬莱。 先回りしたところで霜舟を上手く捕まえられる保障はどこにも無い。 しかも霜舟が先にたどり着いたとしたら百近くある宿に一軒一軒聞き込みをかけるつもりなのだろうか。 随分と自信満々な足取りだが、彼になにか秘策でもあるのか? 我々はとりあえず彼にエールを送ろう。 頑張れダメオヤジ!負けるなダメオヤジ!少しはいいとこ見せてやれ!   *   *   *   *   * と、蓬莱が駆け出したのと同時刻。 霜舟は神号屋敷から半里と離れていない画材屋の中に居た。 啖呵を切って出て来たはいいものの、よくよく考えれば路銀も無ければ旅装でも無い。 (今日稼いだ金は駕籠に使いきってしまった。) 下駄のまま三日間を歩き通すなど到底できることではないし、そもそも墨が無ければ 道中で日銭を稼ぐことも出来ない。残った墨の残量は腰に下げた竹筒に入った僅かな分だけである。 (ちっくしょお、なにやってんだよあたしゃあ!) 取って返そうと思ったが、今更戻ったら師匠達に何を言われるやら解ったものではない。 今度こそ彼らはくっついてきてしまうだろう。 それに…あの甲斐性無しの面はもう二度と拝みたくない! と勇んで歩み始めたものの、やはり不安は不安である。 結局贔屓にしている画材屋の老夫婦の元に駆け込んだ。 月の終りごとにまとめて代金を払っているので墨はなんなく分けてもらえた。 しかも「師匠にも内緒でちょっと絵の修行に行く」と嘘をついたら 手拭やら脚絆やら草履やら杖やら笠やら提灯やら、旅装一式を貸してくれた上に、『旅行用心の心得』 なる書物を片手に、店主の老夫婦が二人がかりで道中の心構えを教えてくれたのだ。 ……もとい、くれ「た」というより、くれ「ている」のだ。 「そもそも女の一人旅は非常に危険が伴うもので…」から始まり 「不用意に笑ってはならない」だの「人を見たら盗人と思ったほうが良い」だの 「躓かないように気をつけなきゃあいけないよ」だの 果ては「私達が大川まで旅をしたときはね…」 昔話に発展してしまった。 まぁこの老夫婦の話を延々聞かされるのは、この店に使いに来た者の宿命であるから 仕方ないんだけれども、それにしても今日は長い。 … …長い! 日が暮れかけている! 最近は足腰も弱ってきたものだから、二人共旅などしていない。だからこんなにおしゃべりが弾むのだろうか。 また二人ともエライ楽しそうに喋るもんだから邪魔立て出来ない。 そりゃあそうだ、いくらなんでもこの話を遮って出て行くのは無体に過ぎる。 世話焼きとお喋りは老人を老人たらしめるもの。としあき諸兄だって歳とりゃあこうなるのである。 基本的に霜舟を放っておいて二人で盛り上がっているのだが 「そろそろお暇を…」 と言おうとした瞬間に霜舟に話を振ってくるので逃げるチャンスも無い。 (さぁて…こりゃあどうしたもんかねぇ…) と途方にくれていると、お美津婆さんはいそいそと食事の支度に入った。 「ちょ、ちょっとおみっつぁん!いいってばさ!」 「でも今からじゃあ発つには遅いでしょうよ。明日に備えて美味しいもん食べさせてあげるからさ。」 「そうともよお霜ちゃん。たっぷり食って、寝て、元気つけといたほうがいいぞぉ。」 「いや、でも…ただでさえいつもお代をまけてもらってんのに、飯まで世話になっちゃあ…」 「いいのよ、お師匠さんにもあんたにもご贔屓にしてもらってるし!  そうそう、久々に海大蛇のいいのが売ってたもんだからね、たまたま買ってきたとこだったのよ!」 「お霜ちゃん知ってるかい海大蛇?下のほうでしか獲れないもんでよ、珍しいもんだぞ。  そこら辺の鰻やら川魚とは油の乗りが違うもんでな、しかも新鮮なのは中々手にはいらねぇんだよ。」 「ああ、まぁ知っちゃあいるけどさ、あたしゃあそろそろ…」 「水臭い事いっちゃあ駄目だよ!」 「布団もださなくっちゃあな!」 「え…」 …狭い部屋の中、老夫婦と川の字に並んで寝転がりながら霜舟は寝れずに居た。 湿気が籠もった部屋の蒸し暑さゆえではない。 (里の連中はこんなに腹を膨れさせる事も無いんだろうなぁ…) 塩漬けされた硬い肉と雑穀で腹を膨れさせる人々。 白米など口にしたことも無い人々。 そこから山賊共は更に毟り取ろうというのだ。 (許しておけるもんか!あたしが成敗してやる!) ふと師匠の言葉が思い出される。 「人が技を導くんじゃあねえ。技が人を導くのよ。おめぇにゃあ才がある。  俺でも羨むような才だ。だからよ、霜舟…」 (…「お前の芸は人の世を正す為に使え」か。なんだか随分大げさに聞こえるけど。) (うん、あたしなりにやってやろうじゃあないか。) 蚊帳の隙間を潜ってきた蚊を握りつぶして 霜舟は決意を固めつつ、眠りに落ちた。   *   *   *   *   * さてその頃蓬莱はどうなっていたかといえば …ボッコボコにされて野晒しにされていた。 順を追って説明しよう。 走り通そうと頑張った蓬莱ではあるが、流石に四十路に至ったオヤジに そこまでの体力は無かった。 しかし、休み休みではあるものの、なんとか深夜に至る前に泉山寺の宿場にたどり着いたのだ。 とりあえず休憩がてら霜舟が通りかかるのを待ってみる が、誰一人それらしい姿は見当たらない。 (先に着いちまったのかな?) …蓬莱は、立ち並ぶ旅籠を見て愕然とした。 この中からどうやって霜舟の居る一軒を見つけ出せばよいのだ! 呆れた事にこのオヤジ何も考えずに走り出していたのである。 取り敢えず腰巻から紙巻煙草を取り出して一服しようと考えた。 が…折角の舶来物の紙巻も、水に濡れては台無しだという事に気づく。 (ち…ちっくしょお!なんてこったい!) 煙草が吸えない喫煙者の悶悶は、身を焼き焦がして余りあるものである。 ほんと酷いんだよ。頭はボーっとしてくるし、なんだかイライラしてくるし… もう夜なので人通りはほとんど無い。どこの旅籠も店仕舞いし始める。 イライラぼんやりしながら、迷案を思いついた蓬莱。 おもむろに背に担いだ三味線を持ち、一曲披露し始める。美しい旋律に惹かれた宿泊客達が次々と顔を出す。 三味線の音色を聞けばきっと霜舟も出てくるはず! …しかし一向に霜舟は姿を現さない。 そりゃそうだ、彼女はこの音が聞こえるはずも無い遠い場所にいるのだから。 場所を変え曲目を変え演奏を続ける蓬莱。深夜になっても彼の演奏会は止まらない。 半ばヤケクソな彼の演奏だが、それでも運指に少しの乱れも無いのは流石という所か。 うっとりとした顔つきのまま、宿から人が集まってくる。 彼の旋律は眠りかけていた人々の頭に良く響いた。言葉を語るよりも雄弁、そして優雅。 人が集まるにつれて蓬莱は本来の目的を忘れて熱くなりはじめた。 「どうでいちきしょうめ!よぉし、次は俺様の十八番…」 少しづつ少しづつ聴衆は増えてゆき、気づけば百人近くに膨れ上がっている。 下帯一丁の者、夜着の者、素っ裸の男女。旅の者も先達も、飯盛り女も番頭も、宿に居た あらゆる人間がぞろぞろと。 その様子は、楽器は違えどまるで大陸の伝説に残る笛吹きのようであった。 「蓬莱浄土!」 放覩真よりも東、「鎧鬼王」の領地を更に越えたところにあると言われる 架空の都を題材とした蓬莱の十八番。うっとりと聞き惚れていた聴衆たちは にわかに手足をゆらゆらさせながら、舞い始めた。 見たことも無い、想像も出来ない、故に言葉に表せない世界を 言葉とは違う波が描ききっていた。 曲が終わると、蓬莱も聴衆たちもへとへとになって座り込んでしまった。 「いやぁ、楽しかった!俺ぁこんなに思いっ切り弾けたのぁ久しぶりだ!  皆有難うよ!『舞姫』も喜んでやがらぁ!」 と、叫んだところで皆我に帰り… 自分の格好に気づいた一部の者達が悲鳴を上げ、逃げ出す。 寝ぼけ眼だった連中は俄かに機嫌が悪くなる。 そりゃあそうだ、明日の朝が早いものもたくさんいるだろうし。 「あれ?なんだかこの前と同じ展開かいこれ?」 重い空気はどんどん伝播し、気づけば蓬莱は数十人の不機嫌な男女に囲まれていた。 「え〜…その…今日の所はここらへんでお開き…ってぇ訳にゃあ行きませんかね?」 「人の夢見を邪魔しゃあがって!」「あたしゃあ朝一番で発たなきゃあならないんだよ!」 「まじない使って人を操るたぁ、信じられねぇ外道だ!」「フクロにしちめぇ!」 正直な話、音撃使ってノしちまえば彼らから逃げる事もできる。 しかしそんな事をすればお尋ね者確定である。 ここは素直にフクロにされとくのが吉か… と思った瞬間に飯盛り女の強烈なビンタが頬を襲った。 予想外に痛い。 「あいでっ!あ、ちょっ、もっと優しく…」 あっという間に暴徒と化した聴衆たちに揉みくちゃにされ、蓬莱はうち捨てられたボロ雑巾 の如く一人取り残された。 「もう二度と来るんじゃあねぇぞちくしょうめ!」「まったく迷惑な…」 一応手加減はしてくれたらしく、酷い怪我は負ってはいないがボロボロのドロドロである。 立ち上がる気力も無い。 (ゔゔゔ…やっぱり『舞姫』に触るとろくな事がねぇや…) それでも『舞姫』を手放せないのが彼の運命…いや、呪いといったほうが良いか。 一つ所に留まれぬのは彼の生まれ持った性でもあり… 又、『舞姫』と彼を結ぶ奇妙な縁のせいでもあるのだ。 大陸で出会った、忘れようの無い出来事を悪夢に見ながら、蓬莱は泥のように眠った。 次の日の昼過ぎ ──霜舟が彼に気づかず通り過ぎた後── まで。 〜続く〜