異世界SDロボSS 『護りし者』  エリンランドの闇黒連合駐屯地のダークネス・フォートレス……。  闇黒連合・スリギィランド侵攻部隊の2であるトロリス・キューベルシュタインが、  暗黒の国本国からの手紙を携えて隊長室のドアをノックする。  入れという声に従ってトロリスがドアを開けると、  ここでの彼の上司、ジェラード=モードレッドがカップラーメンをすすっていた。 「珍しいな、貴様の故郷暗黒の国からの手紙とは」 「はい、右宰相アンラ・マンユ様と左宰相スプンタ・マンユ様。 そして七魔卿が一人、近衛卿クロリス・キューベルシュタイン様が連名で発行なされたものです」 「右宰相殿と左宰相殿には会った事があるが、もう一人は初めて聞く名だな。キューベルシュタイン……貴様の血縁か?」 「ええ、父です……」  怪訝そうな顔をするジェラード。 「生真面目にも程があるぞ? 実の親父なら、そこまで畏まる必要もあるまい……」 「私は軍に入ってから彼を一度も父と呼んでいませんし、彼も私を息子扱いしません」 「そういうものか?」 「そういうものです」  そうかと言って、ジェラードは手紙の内容を伝えるよう促す。  トロリスが読み上げた手紙の内容は、彼の主ダークエルダーの親書をある人物に届けるようにとの厳命である。  ジェラードも以前ダークエルダーの姿を見た事があるが、ただの能天気な幼女程度にしか思っていなかった。 「ああ、あのちょっとアホっぽい女の子な」 「隊長! 口を慎んでください!!」 「わ、わかったわかった…(相変わらず冗談の通じない奴だ)…ところで、その小箱は何なのだ?」 「左右宰相がもしもの為にと準備してくださったものです」 「ほ〜う、中身が気になるな……おい、ちょっと見せてみろ。隊長命令だ!」 「いけません、『今回の任務で必要と感じた場合のみ開けるように』との添え書きがあります! 確かにあなたは私の上官ではありますが、外交の権限は左右宰相の方が上ですから……」 「ふん、ケチな奴め……」  ちょっぴり不満げにカップラーメンのスープを飲み干すと、ジェラードは椅子から立ち上がった。 「どうせ今日は暇だし、昼飯後の腹ごなしに行くとするか」  子供の手紙を届ける任務を厳命とは、いささかのおかしみを覚えつつも、  ジェラードはトロリスと共に愛機に乗り込んで指定された目的地であるスリギィランド南部へと向かった。  しかし、暗黒の国ゆかりの者がスリギィに住んでいたとは。  スリギィ出身の祖先から出た各国を流浪する一族の末裔である自分に境遇を重ねつつも、彼はちょっとわくわくしていた。   「ところで、ピリスやメルリはどうしたのですか? 今日は彼女達を朝食から一度も見ていませんが」 「昨日、周辺の村人達がぞろぞろとトラクターとか家電用品の修理を頼んできてな。 修理代は気持ち程度の作物や卵などでいいという条件であいつらを行かせた」 「まったく、あなたは呑気なものですね……」 「そう言うな、兵士達も同じような糧食ばかり食わされたら息が詰まるだろう。 日々よく働いてくれる礼として、せめて飯ぐらいは一品でもマシなものを食わせてやりたい。 俺もカップラーメンより生野菜のサラダが食いたいし、不満を溜めて略奪なんぞされてみろ? せっかく協力を得られたエリンランド義勇軍の連中とも事を構えねばならんだろう」 「ふむ、あなたなりに考えているのですね」 「『なりに』とはなんだ! 『なりに』とは!!」  場所は変わってスリギィランドの王都ロンドム。  王城の謁見控え室では、とある田舎の村長が女王アゼイリアへの拝謁を控え、ガチガチに緊張していた。  やがて謁見の準備が整ったらしく、彼を呼びにきた中年の近衛兵が苦笑しながら声をかける。   「大丈夫、陛下は身分や出身地で人物を判断するようなお方ではありませんよ」 「へ、へぇ、お気遣い痛み入りますだ……」  慣れない正装と緊張でカチコチになりつつも、村長は若き女王の前に跪く。 「そう緊張なさらないで……困った事をありのまま正直にお話しなさい」  優しく声をかけてくる女王アゼイリアの顔を改めて見る村長。  自分の住む田舎の村でも王国一の美しさと謳われる女王であったが、テレビで見る以上に美しい。  思わず見とれてしまいそうなのをこらえつつ、村長は現在村を騒がせる存在について語り始めた。 「イカ……ですか? あの海にいる」 「へ、へぇ! 黒くて大きなイカの化け物が村の近くの森に出ましただ!!」  村長の話では、彼の孫が狩りの途中でそのイカの怪物を見かけたが、最初は誰も信じようとはしなかった。  ところが、その夜から不気味な唸り声が村の近辺で響き、畑が何者かに荒らされたりするようになったという。  村人達も相談の末、村最強の戦力である年代物のナイトルーパーを筆頭に自警団総出で森に踏み入ったが、  待ち構えていたイカの怪物にコテンパンにやられ、死者や重傷者こそ出なかったがナイトルーパーを捨てて逃げてきたという。  アゼイリアは訛りがあって聞き取りづらい村長の話を真剣な面持ちで聞いていたが、  村長が話を一段落させて一息ついたのを見計らい、凛とした表情で微笑んだ。 「わかりました、それではあなた方の村に円卓の騎士を向かわせ、その魔物を退治させましょう!」 「おお!! 本当でごぜぇますか!? ありがたやありがたや……」  数分後、この時点で現地に一番近い場所にいた円卓騎士が一員バッブ=アグロヴァルに通信が入った。  彼は愛機ビートルアームズで空中からのパトロールをしていたのである。 「…了解! すぐ現場に向かいますね」  明るい声で応答し、バッブはビートルアームズを村の方角に飛ばした。  野良仕事をしていた村人達が突如飛来する黄色の巨大なカブトムシに次々と驚きの声を上げる。 「な、何だべ!?」 「イカの化け物の次はカブトムシの化け物だべか!!」 「い…いや、あれは親父が電話で言ってた騎士様じゃなかろか」  ちょうどその場に居合わせた村長の息子が言うとおり、ビートルアームズは流麗な動きで人型に変形して着地した。  その後、黄色の光と共に一本のランスへと姿を変え、そのランスを持つのは小太りで気の良さそうな青年であった。 「どーも! 円卓騎士団の一人、バッブ=アグロヴァルです!」  それを聞いた村人達が笑顔で彼の周囲に集まってきた。  この国では騎士という職業の人間に対し、民衆は並々ならぬ尊敬の念を抱いている。  それはひとえに彼ら騎士が有事には身命を賭して自分達を守ってくれるからであり、  多くの騎士の中でも武勇・識見・人格などに秀でた者達が集う円卓騎士団に対する尊崇と慕情は並大抵のものではない。 「ははっ、照れちゃうな! オイラなんて円卓の中じゃ若手もいいとこなのに……」 「いやいや、頼りにしてますだ……っておい! この非常時にまだ狩りに行くだか!?」  村長の息子に怒鳴られたしまりのない顔の青年は鬱陶しそうな声を出す。 「森はオラの庭だべ! 余計な心配は無用だ!!」 「ったく! おめーみたいな穀潰しはイカの化け物に食われちまえ!!」 「お宅の息子さんですか?」 「はぁ……畑仕事もロクに手伝わず、鉄砲さ担いで狩りばかりしてまして……まっこと、お恥ずかしい限りですだ……」  ゴオッ!!!  バッブはしばらく村人達の話を聞いていたが、彼らの頭上を漆黒と深紅の機体が飛んでいく。  その姿を見た全員の顔が凍りついた。  今、この国各地で円卓騎士団を始めとする軍と戦いを繰り広げている闇黒連合。  その中でも屈指の強さを誇る闇王騎カリブルヌスとトロリス専用デーモンナイトだったのである。 「ひぃぃっ!!? オラあいつらをテレビで見た事あるだ!!!」 「落ち着いて!! すぐロンドムに連絡して応援を呼びますから!!」  応援が来るまでの間、バッブは村人達を安全な場所に避難させる準備を始めた。 「あの、さっきの息子さんは放っておいていいんですか?」  バッブの問いに満面の笑顔を浮かべる村長の息子。 「いやぁ、これで死んでくれた方がせいせいしますだ!! ははははは……」 「ちょ、ちょっと!!?」  ジェラードとトロリスはロボから降りて鬱蒼とした森の中を歩いていた。 「本当にこんな所にダークエルダー殿の知り合いがいるのか?」 「一緒に記されていた地図では、この近くに間違いありません」  やがて、二人の目前には雑草などが綺麗に取り去られ、  あちこちに色とりどりの花々が植えられている広場が現れた。 「ほう! なかなか趣味のいい空間ではないか!  ピクニックにはうってつけだな……グロリア(アゼイリアのお忍びでの仮名)と娘を連れて……うふ、ぬふふふふ……」  ビュンッ!!!  いかがわしい妄想にニヤけるジェラードと呆れながらそれを見るトロリスに向かい、鞭のようなものが襲いかかった。 「うおわっ!?」 「くっ!」  二人はすかさず跳躍してそれをかわすが、華麗に着地するトロリスとは正反対に、  油断していたジェラードはヘッドスライディングのような態勢で地面とキスをする羽目となった。  先ほどまで二人がいた場所の地面は深々と抉られている。 「我が名はダークローヤル、古よりこの地を守護せし者なり……」  姿を現わした声の主は、まるで巨大な黒いイカといった姿をしていたが、  その声や口調には長い年月を生き続けてきたのを証明するかのような知性と威厳に満ちていた。 「貴様ぁーっ!! イカの分際で陸に住み、さらにしゃべるとは何事だ!!!」 「隊長、突っ込みどころはそこですか……」 「あ゛!? おいコラ今なんつった、ダークエルダー様によって生み出された 暗く黒き世を謳歌する純悪種『ダークファミリア』である我をイカ呼ばわりだとぉ〜!!?」 「イカの分際で口ごたえとは生意気な!! 叩き斬ってイカ焼きにしてくれる!!!」 「待って!! そのお方はダークエルダー様の眷属です!!」  トロリスが間に入って両者をなだめるが、ダークローヤルはまだ不信感を抱いているようであった。 「貴公らがスリギィの王がよこした刺客という可能性もある。 真にダークエルダー様からの使者であるなら、相応の証拠を見せてもらおうか」 「やむを得ませんね、この小箱を開けねばならないようです……」  トロリスが小箱を開くと、そこには白と水色の縞模様をした小さな布のようなものが入っていた。 「これは?」 「おおお……お懐かしい!!」  ダークローヤルが興奮して手(?)に取ったもの……それは女性用の下着である。  サイズからして子供用のもの、つまりダークエルダーのパンツだった。  懐かしい、懐かしいと何度も繰り返してそれを眺めるダークローヤルに  トロリスは絶句し、ジェラードは顔をひきつらせてありのままの感想を口にした。 「こ、このヘンタイカめが……!!」  それから十分ほどが経過した。 「……いやいや、お恥ずかしい所を見せてしまったな。 手紙も読ませていただいたが、ダークエルダー様もアンラ殿やスプンタ殿もお元気そうで何よりだ。 すぐ返事を書くから待っていてくれ郵便屋さん」 「誰が郵便屋さんだ、誰が!!」 「(やれやれ、とりあえずこれで任務は完了といった……)」 「そこまでだ!!」 「「「!!?」」」  鋭い声で一同が振り向いた先に現れたのはロンドムから飛んできたアゼイリアと魔術師マリンに  たまたま公務で近くの街に訪れていた王族リチャード、そして彼女達を案内してきたバッブであった。 「ほほ〜う、現れたな女王アゼイリア!! 今日こそ決着をつけてくれる!!!」 「望む所だ!! リチャード殿はデーモンナイトを、マリンとバッブはあの怪物を!!」  その場にいる全員が魔導機を召喚し、それぞれが戦闘位置につく。  聖王騎キャリヴァーンと闇王騎カリブルヌスの鍔迫り合いを皮切りに、戦いが始まった。  リチャードのレオソウルとトロリス専用デーモンナイトがジリジリと間合いを詰めていく。 「飛べない俺の魔導機に合わせて地上戦を挑むとは、余裕だな……」 「私はどちらでも実力を発揮できるし、貴公を倒すという結果に違いはない」 「ほう……大した自信だっ!!」  爪に光を纏わせて鋭い攻撃を繰り出したレオソウルに対し、  デーモンナイトもあえて剣を出現させずに爪での格闘戦で応える。  激しい乱打がぶつかりあって火花を散らす。 「さすがは女王に次ぐ実力の持ち主だ!!」  そう言うやいなやデーモンナイトは紅く輝く剣を出現させて横に薙ぎ払うが、  それを予測していたかのようにレオソウルは上体を反らせた後、地面に手をつき両足を揃えてデーモンナイトを蹴り上げた。  上空に吹っ飛ばされたデーモンナイトはそのまま滞空して禍々しい光線を地上に向けて放つ。 「獅子心砲ーっ!!!」  対するレオソウルも必殺技である獅子心砲を放ち、両者の光線は激しい光と轟音のぶつかり合いの末に相殺される。  着地したデーモンナイトと再び睨み合うレオソウル。  リチャードとトロリスはそれ以上言葉を交わそうとせず、ただ雄叫びを上げて互いの愛機を駆けさせるのであった。  激しく戦うアゼイリア達とは離れた場所では、マリンのフィンカイラとバッブのビートルアームズがダークローヤルと対峙する。 「ねぇイカさん、どう見てもお宅に勝ち目はないから降伏したらどうだい?」 「嫌と言うならシーフードカレーにしちゃいますよ〜?」 「フッ、我が貴様らごとき若造に屈すると思うか? こぉぉぉぉ……」  独特の呼吸と共にダークローヤルの身体が肥大し、魔導機より一回り大きなサイズとなった。 「こりゃまるで怪獣映画だね! 行くよマリン!!」 「オッケーです!!」  フィンカイラの放つ無数の火炎弾に援護されながら、猛烈に突進するビートルアームズ。  だが、ダークローヤルは身じろぎもしない。    ガシィッ!! 「ええっ!!?」  ビートルアームズのランスはダークローヤルの触手に絡め取られてしまった。  無論、火炎弾も少しの煙を上げる程度でダメージすら与えていない。 「ぐぐぐ……ち、ちっとも動かない!!!」  円卓騎士団所属の魔導機の中でもビートルアームズはトップクラスのパワーを誇っていたが、  それはこのダークローヤルにとって児戯に等しいレベルでしかなかった。 「ふん、この程度か」  ブンッ!! 「うわぁ〜っ!!!」  そのまま投げ飛ばされたビートルアームズは、空中で受け身を取る暇もなく沼へと投げ込まれてしまった。  沼の澱んだ水まみれになりながらも立ち上がるビートルアームズだが、  今朝ワックスがけをしたばかりの愛機が台無しになってしまったバッブがたまらず情けない声を出す。 「もうオイラ、泣きたくなっちゃった!」 「ふっふっふっ、だらしがないぞ小僧。ほら、何度でも受けてやろう」  ダークローヤルは余裕の態度でランスをビートルアームズに投げ渡す。 「バッブ、バッブ、ちょっとこっちへ……」 「何だいマリン?」 「どうした? 逃げるつもりか?」 「作戦タイムですよ、そんなに余裕なら別にいいでしょ?」  マリン達が作戦会議をしている間、ダークローヤルはジェラード&カリブルヌスと激しく戦うアゼイリア&キャリヴァーンを眺めていた。 「あの娘から古の王と同じ気を感じる……我が主をこの国より放逐したアーザー王と同じ気をな。 魔導機も姿こそ変わっているが、まばゆい輝きを放って我が主を斬り裂いた……」 「おっと! お宅の相手はオイラ達だってのを忘れちゃ困るよ!!」 「ほう、ずいぶんと早かったな」 「消し炭にしてやります!!!」  ズゴオッ!!!  マリンの気合一閃、骨の髄まで焼き尽くさんばかりの巨大な火の玉がダークローヤルを襲う。 「先ほどの炎よりはマシといった所か……これで終わりとは言うまいな?」 「お次はこれですっ!!!」  ビョオォォォォォォ……!!!  続けざまにフィンカイラが繰り出したのは、魂までも凍てつかせそうな猛吹雪である。  ダークローヤルの体表がみるみる凍結し、彼の全身は氷漬けとなってしまった。  これほど高威力の魔法を連続して繰り出せる魔術師はスリギィ国内にはマリンしかいない。  だが……。 「どうです! 冷凍食品にしてやりましたよ〜!!」  ピシッ、ビキビキ……バキャアッ!!!  厚い氷をあっさり砕き、ダークローヤルが再び姿を現す。 「人間にしては素晴らしい魔力を持っているな」 「う…うそぉ〜ん……」  ザグゥッ 「ぐっ!?」  余裕綽々だったダークローヤルの横っ腹に何かが突き刺さる。  それはビートルモードに変形して全力の突撃を敢行したビートルアームズであった。  間髪入れずに人型に変形するが、得物のランスはダークローヤルの身体に残っている。 「今だマリンッ!!!」  温度差で脆くなった皮膚に刺さるランスは予想外の深手で、  ダークローヤルも突然の不意討ちとダメージで思考が遅れた。 「フルパワーの電撃魔法ですーっ!!!」  カッ!! バリバリバリバリバリバリ────ッ!!!!! 「あばばばばばばばぁ────っ!!!!!!」  ランスを通じて凄まじい高圧電流がダークローヤルの全身を駆け巡り、辺りは目も眩む光に包まれた。 「……っ!!」  いつもならジョークの一つでも飛ばすバッブも、あまりの凄絶な光景に絶句するしかない。  やがて光が収まり、地面には黒焦げのダークローヤルが倒れている。   「こりゃ酷いや……普通の相手なら跡形も残ってないだろうね」 「はぁ…はぁ…原型を留めてるだけ大したもんです」  ターン! ターン!  銃声が響き、ダークローヤルの身体に弾丸が食い込む。 「やったぁ! オラが怪物にとどめを刺しただ!!」  そこにいた狙撃者は先の村長の孫である。  古ぼけた岩のようなものに誇らしげに足を乗せ、ガッツポーズを取っていた。 「うっわ〜…脇役のくせにすっごい厚かましい人ですね」 「ホ〜ント、親父さんがああ言うのもわか……」 「……せぬ……穢させぬぅ!!!」  死んだと思っていたダークローヤルが、まるでゾンビのように起き上った。 「「いいっ!? しつこ〜い!!!」」  ダークローヤルはダメージをまったく感じさせないパワーでマリン達の魔導機をぶっ飛ばした後、  体中から煙を上げながらも、ボロボロの身体を引きずって村長の孫の足元にある岩…よく見ると古びた墓石に向かっていく。 「ぐがあああ……だ、誰にも……お二人の墓を穢させぬ……!!!」 「ひぃーっ、化け物!! これでも食らうだ!!!」  瀕死の身で次々と弾丸を食らいながらも、なお歩みを止めないダークローヤル。  だが、ついに限界に達したのか、元の人間より一回り大きなサイズに戻って倒れ伏した。 「おいイカ!! しっかりしろイカァ〜ッ!!!」  アゼイリアとの勝負を中断し、ジェラードのカリブルヌスがダークローヤルを助け起こしに来る。 「だ、だから我は……イカ……じゃない……」  それと時を同じくして、村長の孫の前にアゼイリアのキャリヴァーンが降り立つ。 「ああ女王様っ! 早くそいつらをやっつけてくだせぇ!! それと後でいっぱ…じゃなくてサイン……」  うかれる村長の孫をキッと睨みつけるキャリヴァーンからアゼイリアの厳しい声が響く。 「すぐにそこから足をどけよ!! 死者の尊厳を踏みにじる事は許さぬっ!!!」 「ひぃっ! すいませんだ!!」  リチャードやトロリスも戦いを中断し、両陣営がダークローヤルを囲むような形で顔を揃える。 「しっかりしろ……すぐダフォに連れて行って治療してやるからな」 「怪物よ、その前におまえに聞きたい事がある」 「ちょっとは空気を読めアゼイリア! 怪我人……じゃなくて怪我イカだぞ?」 「イカじゃないっつってんだろ!! ……何なりと聞くがよい、誇り高き女王よ。墓の事については礼を言う……」 「おまえは一体何者なのだ? そして、なぜ周辺の村人達を脅かした?」 「我はダークエルダー様が生み出した純悪種『ダークファミリア』が一体ダークローヤル。 近くの村を荒らし、我を退治しにきた人間どもを追い返したのは、 そこの若者に偶然我の姿を見られたゆえ、人間どもが墓を荒らしに来ぬよう脅しをかけただけだ。 あとは闇に溶け込みつつ、時折来る人間どもを追い払うだけと思っていたが、 まさかアーザー王の末裔である女王自らが来るとは思わなかったぞ……」 「では、その墓に眠るのは一体誰なのだ?」 「ダークエルダー様のご両親だ」  アゼイリア以下、その場にいるスリギィ軍一同が驚きの表情を浮かべる。 「ちょい待ち、何だってダークエルダーの両親のお墓がスリギィにあるのさ?」  バッブの質問に答えたのはトロリスであった。 「ダークエルダー様の現在の肉体……その元々の持ち主の両親が、そこに眠るご夫妻だった」 「トロリス、貴様は歴史マニアでもあったのか?」 「暗黒の国では幼稚園や保育園で習う事ですから」 「何だか…かわいそうになってきたなぁ……」  情の深いバッブが心底気の毒そうな声を出し、それを聞いたリチャードのレオソウルがビートルアームズの肩にポンと手を置く。 「バッブ、君の気持ちは理解できるが、民を脅かす存在には戦う他なかったのだよ……」  リチャードも近年は色々忙しいせいで回数こそ減ったものの、領地の近くに墓がある先王エドワーズと王妃ディアナ夫妻の墓参りをよくしていた。  そんな彼だからこそダークローヤルの気持ちも理解できる。  しかし、アゼイリアが下す彼への決定については、立場上それに異議を唱えるわけにはいかない。 「陛下、この者をいかがなさいますか?(どうするアゼイリア……)」 「貴様らぁ!! ここまで話を聞いておいて、まだこいつを殺すつもりか!!? おいトロリス、こいつらに指一本触れさせるなよ!!」 「……マリン、この者に魔法で手当てを」 「え!? いいんですか陛下!? 治したらまたこいつ暴れますよ!!?」 「村人達を脅かした罪は、その傷の痛みで十二分に償った。 ダークローヤルよ、これからは正当な理由から自身や何かを守る為以外でこの国の人間に敵対しないと、私に約束できるか? ……できぬというのなら、容赦はしない」  念を押すかのように語気を強めるアゼイリアに対し、ダークローヤルは静かに呟いた。 「……我は……お二人の墓所さえ護れれば、多くを望まない…………」 「皆の者、今の言葉を聞いたな? ……邪悪な怪物はもういない、ここにいるのは一人の墓守だ。 聖剣はあくまで邪悪を断ち切るもの、墓を護り静かに暮らす者を斬る必要はない」 「「ははっ!!」」 「え〜? 結局痛めつけて治療する私が一番損な気がします……」  マリンがダークローヤルを治療している間、魔導機から降りたジェラードがアゼイリアに声をかけてきた。 「女王アゼイリアよ、どうせならダークエルダー殿の墓参りも許してやったらどうだ?」  ところが、アゼイリアは厳しい表情で首を横に振った。 「それとこれとは別問題、女王として古にアーザー王がこの国より放逐した邪神を再び入国させるわけにはいかない」 「ふん、まったく尻の穴の小さい奴だ」 「な、何を言う!? それはセクハラだぞ!!!」 「えっ!? えっ!? 何かよくわからんがすまん……」  急に耳まで真っ赤になって怒り出したアゼイリアに戸惑うジェラード。  バッブやリチャードも年頃の娘に下品な話題を振ったにしては尋常でないアゼイリアの怒り方に目を丸くして驚いている。  治療を受けるダークローヤルを観察していたトロリスも不思議そうな顔をした。 「あ゛……」  気まずそうな顔で俯くアゼイリアの心中を理解できるのは、無言を貫いて治療を続けるマリンだけであった。 「(陛下ぁ〜……言葉でも反応しちゃいますか? でも、これは今後の参考になるかも♪)」 「……そ、そうそうリチャード殿!」 「はっ、何でしょうか陛下(今日のアゼイリアはちょっと変だな?)」 「今後、この森で無用な諍いが起きないよう、州兵による監視小屋を設けたいのですが……」 「陛下のご厚情はご立派です……が、今回の件を多くの者に知られるのは危険かと。 私はマリンに結界を張らせ、この近辺に人が立ち入れないようにするのが良いかと思います」 「無茶言わないでくださいリチャード様!! 魔力をガンガン使って疲れてる女の子にやらせる事ですか!?」 「国内一の魔術師は魔力も無尽蔵と大言壮語していたのは、どこの誰なんだか……」 「陛下、オイラにいい考えがありますよ!」  バッブの進言に耳を傾けるアゼイリアであったが、ちょっぴり悪戯っ子のような笑みを浮かべた。 「ふむふむ……なるほど、それは名案だな!」  先ほどからどうしていいかわからず、かと言って帰るに帰れない村長の孫がアゼイリアの前に呼び出される。  神妙な面持ちの女王を前にして、さっき墓石に足をかけた事で罰を受けると思った村長の孫は縮こまって哀願した。 「罰金でも百叩きでもなんでも受けますから、死刑だけは勘弁してくだせぇ〜っ!!!」  ところが、彼に下されたのは怪物退治の褒美としての州兵への登用と、この森の整備や定期巡回の任務を与えるとの勅令であった。  畑仕事をさぼって狩りに興じていた彼にとって州兵の身分と一定の給金。  そしてこれまでの経験を活かした仕事が得られたのだから、決して悪い話ではない。 「ほ、本当ですだか!!?」 「無論、正式な訓練は受けてもらうし、仕事もちゃんとするのが絶対条件だが。 あと、ダークローヤルの存在をこの仕事を伝える者以外に口外しない事を誓えるか?」  美しい女王直々の頼みに村長の孫は顔を引き締める。 「何だか大変そうだども、オラ頑張ってみますだ!」 「よろしい…では後日、担当の者を村に送るので心しておくように」  彼にとって試練の日々の始まりであった。  これ以来、彼の子孫は代々この森を守り続ける事となる。 「女王……アゼイリアといったか、それは我とこの者が協力して墓所や森を護れという事か?」  マリンの治療を受けながら問いかけてくるダークローヤルにアゼイリアは笑顔で答える。 「そうだ、生命を育む森は近隣の村人達の財産でもある。 墓は森の一部であるし、この美しい森があってこそ、墓の主達も安らかに眠れるのではないか?」 「…………確かに、お二人はこの近辺の自然をこよなく愛しておられた……」  そのダークローヤルの言葉を聞き、アゼイリアは確信したかのように頷いたのであった。  やがてマリンがダークローヤルの治療と森の修復を終える。 「隊長、我々の出る幕はもうなさそうですね」 「う、うむ! 手紙を届ける用件は済ませたし、これ以上墓の前で争うのはみっともないからな。 今日はこの辺で勘弁してやるとするか……」 「ふふ……勝負ならいつでも受けるぞジェラード」 「ではダークローヤル様、ダークエルダー様への返書は確かにお預かりしました」 「うむ、アンラ殿やスプンタ殿にもよろしく頼む」 「それでは達者でな、イカ!!」 「イカ言うな!!!」  闇黒連合の面々をよそに、アゼイリア達も村に怪物の件が解決した事を伝えた後、帰路につこうとしていた。  リチャードは自城までビートルアームズで送ってもらう事にし、疲れ切ったマリンはキャリヴァーンの掌にちょこんと座る。 「では陛下、ごきげんよう! また後日……」 「ごきげんようリチャード殿! バッブ、リチャード殿をしっかりお送りせよ!」 「了解です!」 「バッブ、今日の戦いぶりは見事だったぞ? 送ってもらう礼と言っては何だが、俺の城で夕食を馳走してやろう」 「ホントですか!? じゃあ飛ばしますよ〜!!」  リチャードらと別れて夕陽の中をロンドムに向けて飛翔するキャリヴァーン。 「陛下ぁ…今日はもうへとへとですよ〜……」 「リチャード殿ではないが、今日はおまえもよく働いてくれたな!」 「いやいや〜、褒めてもらうとやっぱりうれしいです♪ ところで陛下……」 「? ダークローヤルの事か?」 「いや、そうじゃなくて、お尻の事ですよ! お・し・り!! やっぱり敏感になっちゃってますぅ?」  パッ、ヒュウゥゥゥゥゥ──── 「ぎゃあああああああーっ!!!!!」  キャリヴァーンが無言で手を離し、マリンに強制パラシュートなしスカイダイビングを経験させる。  もちろんすぐに拾い上げるが、マリンは顔面蒼白になっていた。 「じょ、冗談なのにぃ……」 「……まったく、おまえはすぐに調子に乗るんだから……。 ま、まあ、労をねぎらう意味で……今夜は一緒にお風呂に入らないか?」  まるでアゼイリア本人のように顔を赤くするキャリヴァーンを見たマリンの顔がパーッと明るくなる。 「さっすが陛下は太っ腹です!! さあ! ロンドム目指して全速前進ですよ〜っ♪」  ダークローヤルは墓の傍らに触手(腰)を下ろし、星が出始めた空を眺めていた。 「……遠い昔、あのアゼイリアという女王がこの国を統べていたならば、 我らの運命も変わったのかもしれん……フッ、今となっては詮無い話だがな。 だが、不思議と信じてみたくなった。いつの日か我が主が再びこの国に笑顔でお戻りになられる日が来るのを。 その日が来るのを願いつつ、ご両親の眠られる墓所とこの美しい森を護り続けましょうぞ、ダークエルダー様……!」  ……その後、ダークローヤルは人間に一切危害を加えず、村長の孫と協力して主の両親の墓と森を護りながら静かに暮したという……。                         ─終─