「……誰、あんた。死にたくなけりゃ、今すぐ此処から消えなさいよ」  改めて思い返すに、今も昔も変わらず生意気な奴だったのだなと思う。  尤もそのベクトルは、当時と今とで全く違うのだが。 ■RPGSS■ アドちんとももブル 〜そして二人はダチになった〜  それを見物に行こうと思ったのは、特にどうという理由があったからでも無い。  只の気紛れだ。  その頃、魔同盟小アルカナに登録された『狂乱祭』なる存在の話を伝え聞いた。  人を恐れ、人に媚び、人に忌まれ、人に追い立てられ、人から逃げる。身も心も脆弱な生き物。  そんなものがどうして登録されたのかと言えばそれは簡単で、それは存在しているだけで大いなる災厄を撒き散らすものだった からだ。  今日で言えば、『開通者』カラム・ゲーツがこれのお仲間に当たるか。  この手の類はその圧倒性と希少性を大アルカナ達に見込まれて勝手に登録される事があり、下手をすれば自分が小アルカナの仲 間入りをした事も知らない場合すらある。  そいつも大方そんなものだろうと、勝手に当たりを付けていた。登録したのはルシャナーナか、エトの小僧か。あの辺の面白い もの好きの連中だろう。  それで肝心の振り撒く災厄はと言えば。  そいつはどうやら周囲から魂の欠片を簒奪するらしい。それも恐ろしい程の速度と徹底さで。  云わば生命と魂の根源を根こそぎ持ってかれる様なもので、そいつがいるだけでどんな緑溢れる肥沃な土地も1ヶ月やそこらで 命のない死の荒野と化すという。  その頃は丁度俺様の国造りが軌道に乗った頃で、それはまあ良かったのだが、緑豊かだったり整然と石畳が並んでたり人間共が 互いに笑い合ってたり、そんな風景ばかりしか見ていなかったので、丁度良い、久々に死と荒廃が匂う灰色の空でも拝んどこうか といった感じで、さっさと旅支度をして出掛けた。               ■  何故だか温室育ちの世間知らずだと誤解されがちだが、俺様は旅というものについての知識と経験はそれなりにきちんとある。  たかが旅一つにあれこれ大げさな準備をしなければならない脆弱な愚民どもとは違うだけだ。  最初の手掛かりを掴むまでは少々手間取ったが、その後は珍獣見物の旅も特にトラブルも無く、てくてくと進んでいった。  一旦手掛かりを掴んでしまうと、後は本当に簡単だった。その珍獣は、何度も人里に現れては、人の為に仕事をしては去って行 くという事を繰り返していたからだ。  いや、それは少々正確ではないかもしれない。  人に蔑まれ虐げられ、それでも受け入れて貰おうと精一杯の仕事をして、今度は不気味がられ怖れられ、時には利用もされて、 終いには追い立てられ、それでも懲りずに次の集落に姿を見せる。  まるで、人に寄り添わないと生きられないかのように。実際には人に近づく事で傷つけられ続け、命も脅かされているのに、そ の間抜けさは少々理解しがたいものがあった。  もう一つ妙なのは、そのサイクルがあまりにも早い事だった。  お陰で、『簒奪』による具体的な被害の話は全く以って聞けない。  大変につまらなかった。  そいつの『簒奪』がどれほどのものかは知らないが、それが発動する前、即ち住民共がその脅威を知る前から追い立てられてい るというのも良く分からない事である。  と言いたい所だが、そっちの方はすぐに見当がついた。  ある村では、あれは悪魔だと言った。一つ目の化物だと言い、飢えを訴えるそいつに関わらぬように堅く扉を閉ざして去るのを 待ったと恐ろしげに語った。  別の村ではあれは罪人だと言った。あの、鎖で戒められた化物はどす黒い邪悪に違いなく、自分達は果敢に石を投げて追い払っ たのだと誇らしげに語った。  ある街では、あれは災いだと言った。誰にも見向きもされず、時々柄の悪い連中に足蹴にされていたそいつは、ある時街の連中 が水不足で困っているという話を聞いて、近くの湖から用水路を引いて来たのだと言う。それも一晩で。立派な水路と傲慢な笑顔 ――個人的には多分、褒めて貰えると思っていたのだと思う――を浮かべるそいつを見比べた街の面々は、そいつの力を恐れ、宥 め賺し脅し、総力を挙げて街から追い出した。  あのまま街に置いといたら次は何をしたかと考えると、本当にゾッとすると憎々しげに語った。  きっと、あの化物は力を嵩に着て街の皆にひどい事をしたに違いない、と。  ちなみにその水路は現在も利用され、の恩恵に預かっている事に特に疑問は無いようだった。使えるものは使うという事なのだ ろう。その姿勢は見事なものだと思う。  何所に行っても、大体似たり寄ったりの話を聞かされた。あと、そいつが造ったらしい水路や広場や橋や建物なんかも観た。  話を聞いて観光したついでに、俺様も実は魔王だと名乗り、契約したモンスターどもを呼び出したり、嵐や地震を起こしたりし て、ちょいとばかり災厄をもたらしてやった。  連中の物言いや行いにムカついたから、ではない。  俺様は、悪の大魔王である。己を善の領域に置く無辜の民どもを蹂躙するのは当然の事だ。これは最早義務と言っても良い。だ から、そうしたまでの事だ。  繰り返すが、決してムカついたからではないので、勘違いしないように。  これが今日、一般民の間での『邪悪なる大魔王』という俺様の真実を語る風評に一役買っているから、運命は分からない。  ともあれ、そんな感じで旅は順調に進んでいった。               ■    そいつの気配を感じられるようになった頃、周囲の景色もそれに合わせて変わり始めていた。  段々緑が減り、土が痩せてひび割れ、獣や人の音が無くなっていった。  そいつの足取りを追いかける形で旅をしていたが、どうもここ1ヶ月ほど、そいつは動いていないようだった。  どんどんと人里から離れて、そいつに近づき、それと共に土地は荒れていった。  結構目に楽しい旅ではあったので、のんびりその景色を観光しながら数週、とうとうその珍獣に追いついた。  そこはかつては肥沃な森だったのかもしれない。しかし今ではひび割れた土地が広がる荒野と言うか砂漠と化していた。  少し離れた所に放り出された身体が見えた。地図を取り出してここまでの行程も含めて計算するに、丁度この辺がこの砂漠地帯 の中心部である。  と、すればあれが多分目当ての珍獣だ。  なれば、とっとと見物して帰るかと無造作に近づいた。そろそろこの景色にも飽きてきたから、今度はもっと猥雑な風景を見な がら帰ろうか、などと考えながら。  そいつは、手足を投げ出して横たわっていた。一目見て納得する。なるほど、愚民どもが化物と騒ぐ訳だ。  こいつは恐らくももっちの類なのだと思う。細く未発達な身体の少女だが、両の目は固く乱雑に縫い合わされ、その代わりにぎ ょろりとした一つ目が額に張り付いていた。身に纏うのはボロ布だけと浮浪児そのものだが、太い首輪と鎖で繋がれた手枷足枷は 確かに罪人にしか見えまい。  この目は、恐らくブルズアイだ。となると、こいつは魔人ブルズアイという事になる。  魔人ブルズアイとは、ブルズアイに取り憑かれて脳にブルズアイの触手が食い込んだ結果、潜在能力を引き出された突然変異生 物の総称だ。  これは、寄生されているのがももっちだから、ももっちブルズアイか。  珍しかった。  魔人ブルズアイ自体が希少性の塊で、ももっちブルズアイなんてものは存在自体が奇跡以外の何ものでもない。ももっち自体が それだけで稀少な種である上に、脆弱な彼女等がブルズアイの脳髄への侵食に耐えるというのは、まずあり得ないからだ。  その上で更に、これは変わっていた。普通、ブルズアイは寄生相手の元の眼球を喰らい、眼窩に寄生する。魔人ブルズアイでも それは変わりない。ここまで来ると、奇跡的を通り越して胡散臭い。案外と人為的に造り出された存在かもしれない。  ま、どうでもいい事だが。  そこまで考えた時には、そいつの枕元にまで到着していた。 「よ」  片手を挙げて軽い挨拶をする。  真上から見下ろす俺様の尊顔を見ようとしてか、額の眼がぎょろりとこちらを向いた。  こういう目は何度か見た事があった。  淀んで濁って何も映していない、ドブの底の様な目。全てに絶望した、自暴自棄の目だ。 「貴様が簒奪の珍獣か」 「……誰、あんた。死にたくなけりゃ、今すぐ此処から消えなさいよ」  かちーんと来た。元より、今すぐにでも帰るつもりだったが、こう言われて退いたのでは、こいつの恫喝にビビったみたいにな ってしまう。  しょうがないので、会話をしてやる事にした。俺様がこいつにビビっている訳ではないという事だけは、分からせてから行かね ばならん。 「……で、貴様はこんな所に寝転がって、自殺でもする気か?」 「あたしの勝手でしょ」 「あれか? 人間どもに手酷く扱われて「なんてカワイソウなあたしー」的に酔ったか?」 「あんたにあたしの何が分かるのよ」 「貴様がアホだという事は。貴様の跡を辿る様にして来たからな、どういう扱い受けて来たかは概ね知っとるが、死んでどーする?」 「じゃあどうしろって?」 「うむ。取りあえずはリベンジだな。貴様を追い立てた人間どもに目にもの見せてやるのが自然の流れだろう。正直、ブチキレて 怒りの超魔人かくせーい!ぐらいの展開を期待しておった節もあるのだが、最近の魔人は根性が無くていかん」 「……あんた、何なの?」  今更の質問をする。  と言うか案外付き合い良いな、こいつ。全部独り言になるか、ぐらいは思ってたんだが。 「ほんっとーにアホだな、貴様。人間どもと仲良くなるとかより先に、まず脳みそを使うことを覚えた方が良いぞ。平気な顔で貴 様と延々会話をしてるあたりで気づいて良さそうなもんだがな。  魔王だ、俺様は。暗黒の帝国が帝王にして、魔同盟が15、『悪魔』の座に在る大魔王よ」 「ま、おう?」 「いかにも!」 「それでも長居はしない方が良いんじゃない? このままだと死ぬわよ、あんた」 「失敬な。貴様の『簒奪』如き、俺様は屁でもない。あ? 信じとらんな、その目は。良かろう、証拠を見せてやろう」  不遜な小娘に思い知らせてやるべく、俺様はここら一帯の土地霊を呼び出した。出て来たそいつは、霞の様にうっすらとしてや ぶ睨みで睨まんと見えんほど。自我も知性も殆ど削り取られている。なるほど、案外珍獣の力は強力らしい。  が、俺様の前では児戯にも等しい。 「おい、貴様! 聞こえとるか? 取引をしてやる。これより先、俺様が呼んだ時には何処であろうとも馳せ参じて力を貸せ!  承知するなら、今すぐに貴様とこの土地を甦らせてやろう!」  「…………」  こくんと。  掠れた靄が首肯した気がした。契約、成立だ。 「良かろう! ここに契約は成った!」  俺様が叫ぶと共に、いや、それも全く関係なく、緑と青と、黒が走った。荒れた土はみるみる黒く豊かになり、空は青さを取り 戻し、草は風になびき、樹は天を突き、小川には清涼な水が流れ、小鳥は歌い、獣が走る。  先程まで荒廃の権化だった荒野は、瞬く間に光溢れる爽やかな森へと姿を変えていた。  さっきまで靄でしかなかったトンボの羽を生やした少女が笑顔で礼をするのに軽く手を振ってやる。  彼女はもう一度礼をすると、空気に透き通るように姿を消した。 「どうだ?」  あっけに取られた珍獣に、ニヤニヤ笑いを返してやる。 「なんで? こんな一瞬で……」 「ふふん、聞いて驚け。  俺様はな、超大量超高密度の無色透明の魔力の塊なのだよ。何色でもない純粋な魔力は契約によって形を成し、業を為す。  どれくらい凄いかと言うと、単純な魔力量なら事象龍でも俺様の足元にも及ばん。契約に基づいて、更には世界や相手の力も利 用できるしな。正に最強! 正にミラクル!  その端っこをちょ〜っとばかし貴様に吸われようが全く問題ナッシング!」  「ま、だもんで自分の自由には全く使えんのだがな」と小さく呟いて舌を出す。 「………………」  びしりとポーズを取ってちらりと目をやると、こちらを見る珍獣の目は興味無さげに半眼だった。  あ、まだ信じてないな。これでは此処から立ち去ったら、こいつの脳内で俺様は口先だけのビビりになってしまう。  でも此処にいるのも飽きたしな。大体、自分でやっといて何だが、こんな清浄かつ命の気に溢れる場所は居心地が悪い。魂的に。  どうしたものかとしばし考え、名案を思いついた。  俺様が此処に留まるのではなく、こいつを連れて行けば良いではないか。  冴えてるぞ、流石は俺様。 「ちょっと。なんのつもりよ」  早速と珍獣の襟首引っつかんで引きずって歩き出したら、なんか不機嫌な声が聞こえた。 「何って、貴様を連れて行こうとしとる訳だが。このまま置いて行ったら貴様の中で俺様ビビりくんのままだろう。  とりあえず貴様がその認識を改めて「アドルファス様凄いです! 参りました!」と言うまでは側に置いて俺様の力を吸わせと いてやる」 「……あたしの側にいるって事?」 「アホか」  心底ため息をついた。  「なんで俺様が貴様の側に寄り添ってやらねばならん。断固お断りだ」 「そう。……そりゃそうよね。変な事言って悪か」 「貴様「が」これから俺様の側をうろちょろするんだ。間違えるな。まあ俺様は寛大だからな。珍奇な小蝿の一匹や二匹、放置し てやる度量がある」 「何それ。何時頼んだってのよ。あたしはあんたなんて嫌いなんだから。側にいる理由も必要もない。放しなさいよ、この手」 「ふん、荷物のくせに生意気な。ならば今ここで認めろ。「アドルファス様は私など足元にも及ばない、強くて偉大な魔王様です。 身の程知らずの生意気な暴言を吐いて申し訳ありませんでした」とな」 「冗談! あんたなんかに誰がそんな事言うもんですか」 「かー! これだ! 大魔王に向かってなんという生意気な身の程知らずな阿呆な!」 「アホって言い過ぎなのよ、このバカ。大体、女の子を荷物みたいに引きずるってどういう了見よ、その時点で器が知れるわ」 「貴様、珍獣の分際で女を騙るか? 大体な……」  ……まあ、これが出会いだった訳だが。  あの時点ではここまで長い付き合いになるとは思ってなかった。  腐れ縁というのは全く以って度し難い。  一体いつになったら、あの時の決着はつくものやら。はてさて。 owari