異世界SDロボSS 『大きな鉄拳と小さな騎士』  年季の入った自動車が山道をひた走っていた。  助手席には赤鉢巻きと鍛えられた肉体の上に軽装鎧を纏った騎士。  後部座席には笑顔で景色を眺めるピンク色の髪を三つ編みにした少女が乗っていた。  運転手は彼らを招いた村を代表して迎えにきた若者である。 「あとどれぐらいで村に着くんだ?」  騎士の問いに若者が快活な声で答える。 「そうですね、このポンコツが機嫌を損ねなきゃ30分ってとこでしょうか」  騎士はチラリと後部座席で満面の笑顔で景色を眺める少女を眺め、苦笑しつつ声をかけた。 「おいおい、ピクニックじゃないんだぜ?」 「あ…ごめんなさい、あんまり景色が綺麗でしたから……」 「もし闇黒連合との戦いになれば、君もスリギィの騎士として全力を出さなきゃならん。気ぃ引き締めとけよ!」 「はいっ! 私、頑張ります!!」 「よ〜しよし、その意気だ!!」  少女の力強い答えに満足げに頷く騎士の名はグロスター=ユーウェイン。  スリギィランド最強の騎士団として名を馳せる円卓騎士団の一員で、素手の格闘戦を得意とする魔導機「拳闘士ナックルナイト」を操る。  対する少女の名はトリス・マックノーケ。  そこそこの家柄である騎士の家に生まれたが、神の悪戯かある身体的特徴を持っていた。  ところが、ちょっとの工夫とそれなりの努力で今ではこうやって円卓騎士の補佐として出動するほどの騎士となる。  このスリギィランドは女王アゼイリアの聖王騎キャリヴァーンや円卓騎士団の武力によって支えられていると思われがちだが、  それは半分正解で半分誤解と表現した方が正確かもしれない、円卓に加わっておらずとも優れた騎士や軍人は大勢いる。  その筆頭がレオソウルを駆る王族のリチャードであるし、近隣諸国でも五指に入る魔術師マリンや、海軍の二枚看板であるネルソニアやドラーク。  執政官でありながら軍事にも非凡な才を見せるクロムオルに、マルゲン連邦直輸入の魔炎騎スルトを操るロクなど枚挙にいとまがない。  少女ことトリスもそういった強く誇り高きスリギィ騎士の一員であった。  ガタンッ!! プスプス…… 「あれ?」 「おい、ひょっとして……」  若者は苦笑しながら大げさに肩をすくめてみせた。 「正解です、どうやらポンコツが機嫌を損ねちゃったようですねぇ。 こいつを直してる間、景色でも眺めててください」 「こりゃあ、先が思いやられるな」  グロスターは溜息をつきつつ、その辺の岩を持ち上げたり指立て伏せを初め、  トリスは食料を巣に一生懸命運ぶ蟻の行列を笑顔で眺めていた。    その頃……。 「チッ、まぁた負けちまったぜ!!」  髭面の肥満男が持っていたトランプを荒々しく投げ捨てる。 「くくっ……セヴルーガ、おまえさん表情がわかりやすすぎだ」  小柄な男が陰湿な笑みを浮かべ、肥満男は一層不満げな顔をする。 「ほら、すぐそれだ」 「うるせぇ、俺はガキの頃から正直者だと評判だったんだよ!」  それまで黙っていた長身の男が口を開く。 「……しかし、こうやって男三人でババ抜きしているのも暇だな」 「ああヴェルガー、工事自体はメルリが設計したオートメーションがやってくれる。 ハエでも入って来なきゃ俺達に出番は……ないな!!」  小柄な男がトランプを投げ、室内を飛んでいたハエがその身を真っ二つにされる。  トランプは勢いを緩めず壁に突き刺さって止まった。 「相変わらずいい腕だな、オシェトラ」 「俺の故郷、闇の国じゃあガキでもできる芸当さ……」  バタンッ!! 「ちょっとぉ! 三人とも油売ってちゃダメじゃないですかぁ!!」  荒々しくドアを開けて入ってきたのは幼い顔立ちの少女……のように見えるが、  実はこれでも二十歳の闇黒連合軍エース、ピリス=アイリスであった。 「今日は隊長も旦那様もいないんですから、気を抜いちゃダメです!!」  スリギィ侵攻部隊の隊長であるジェラード=モードレッドと、部隊で彼に次ぐ実力者トロリス・キューベルシュタインは、  ここ数日の間は会議に出席するべく闇黒連合の本部に出張して不在であった。   「はは…わかったよピリス。じゃあオシェトラにセヴルーガ、見回りにでも行くとするか……」  それから一時間ほどが経過する。  グロスターとトリスは予定より遅れて目的地である廃坑の村に到着していた。 「お待たせしました、円卓騎士グロスター=ユーウェインです」 「騎士トリス・マックノーケです!」 「ようこそおいでくださいました騎士様」  「さっそくですが、この村で目撃された闇黒連合の者について聞かせてもらえませんか?」 「はい、この子が写真に撮っておりますじゃ。 ウィリアムや、あれを騎士様に見せてあげなさい。 この子は写真マニアでしてな、ふもとの街の写真コンクールでも優勝しまして……」 「はい村長さん、騎士のおじさん! これが僕の撮った写真だよ!」  グロスターはウィリアムと呼ばれた少年から写真を受け取る。  そこには坑道の入り口近くで煙草をふかす軍服姿の男が映っていた。 「人相の悪い髭面デブ……こいつは戦場で見た事がある。 間違いない、闇黒連合の奴らが廃坑の奥で何かを企んでやがるな」  少年の頭にポンと手を置き、力を籠めつつグロスターは笑いながらこう言った。 「よ〜し坊主……『お兄さん』達をこの写真を撮った場所の近くまで案内してもらおうかなぁ!?」  ギリギリギリ…… 「う、うん……頭が割れるように痛いよお兄さん!!!」 「ちょ、ちょっとグロスターさん、その辺で許してあげた方が……」  少年と村長に案内され、二人は廃坑の近くまでやってきた。 「廃坑に闇黒連合、おおかたスリギィ本土に前線基地でも作ろうって魂胆だろう。 毎度エリンランドのダフォから出撃してくるのは色々と面倒だしな」 「どうします? このまま乗り込みますか?」 「いや、敵の戦力もわからんまま突っ込むのは危険だ。 トリス、まずは君が偵察に行ってくれないか?」  それを聞いた村長が青ざめる。 「き、騎士様! それも危険なのではありませんか!?」 「なぁに、心配は要りませんよ。あれを見せてやれトリス」 「はいっ!」  トリスの体が光に包まれ、次の瞬間にはその場から忽然と姿を消していた。  …いや、正確には彼女が立っていた場所に親指サイズのトリスがいたのである。 「おやおや、こりゃあ可愛らしい……」 「お姉ちゃんは魔法か何かで縮んだの?」 「そいつは半分当たりで半分外れってとこだ坊主」 「私はね、生まれつき体が小さいの。 だから普段はさっきの人型ロボットに乗っているのよ」 「へぇ〜っ、すごいや!」 「ほうほう、そりゃまた珍しい……長生きはするもんじゃて」 「よーし、それじゃあ1時間以内に戻ってこいよ。 少しでも危険だと思ったら、途中でも引き返してくるんだ。 陛下の受け売りだが、退く事は決して恥ではない……いいな?」 「はいっ!」  トリスはいつも偵察で使っているエアバイクに跨り、意気揚々と廃坑の中に入っていく。  このエアバイクは彼女の祖父と昔から懇意のウルフガング=ウルフィウスの特製であった。  再び廃坑の奥。  先の兵士三人組のうち二人が一通り前線基地の見回りを終えて合流した。 「よう、そっちはどうだったヴェルガー?」 「異常なしだセヴルーガ」 「こう暇じゃ張り合いがないぜ、スリギィの連中がここを嗅ぎつけて乗り込んで来ねぇかな?」 「縁起でもない事を言うなよ……第一、俺達は今まで名のある連中に一度でも勝てたか?」  それもそうだと暗い顔になるセヴルーガと溜息をつくヴェルガー。  そこにオシェトラから通信が入る。 「どうした?」 [二人ともすぐに来てくれ、珍しいネズミを捕まえたぜ]  二人が指定された場所まで行くと、トリスをつまみ上げるオシェトラがいた。  彼の足元では踏み潰された小さなエアバイクが黒い煙を上げている。  トリスは手足をジタバタさせつつ甲高い声でギャーギャー騒いでいたが、セヴルーガの顔を見たとたん一層大きな声で叫んだ。 「あ〜っ!? 写真の人!!!」 「あん? 俺のブロマイドなんて珍しい物でもあるのか?」 「とぼけないで!! あなたがここの入り口で煙草を吸ってる写真を見たんだから〜!!」  それを聞いたヴェルガーが彼には珍しく声を荒げる。 「セヴルーガ! おまえ、あれだけ付近住民に気づかれるなとトロリスさんから……」 「だ、だってよ……ここじゃ煙草を吸えねぇからこっそり……いや、ほんの一瞬だけのつもりだったんだよ」  オシェトラが苛立たしげに舌打ちする。 「チッ、間抜けが」 「め、面目ねぇ……」 「かわいそうだが、こいつは生かしちゃおけないな」  ナイフを取り出してトリスに向けるヴェルガーだが、意外にもそれを制したのはオシェトラだった。 「待て……おそらく、こいつ一人だけって事はあり得ないだろう。 奴さん方は正義の味方、十中八九小さなレディーを助けに来るだろうさ」  そう言ってオシェトラは狡猾な笑みを浮かべた。 「トリスの奴が遅い……まさか、敵に見つかったんじゃあるまいな」  グロスターは村人からの差し入れのサンドイッチと紅茶を胃に流し込みつつ、  予定の一時間を過ぎても戻らないトリスを心配していた。 「やっぱ初めから俺だけで踏み込んだ方がよかったのかなぁ……」 「ロンドムからの応援を待った方がいいのでは?」  様子を見に来た村の警官の言葉を受けて少し考えた後、グロスターは意を決したような顔で立ち上がった。 「俺には彼女を行かせた責任があるし、ロンドムからの応援を待っていたら手遅れになるかもしれん。 それに、共に闘う仲間をおめおめと見殺しにしちゃあ円卓の名が……男がすたる!!!」  拳を突き上げてそこまで言った後、グロスターは頬を赤くしてプルプル震えていた。 「(き、き、決まったぁ〜っ!!!)」 「は、はぁ……(ダメだ、この人自分の言葉で酔ってるよ)」  警官にロンドムへの連絡を任せ、グロスターは廃坑の中へと足を踏み入れようとする。  この廃坑は採掘用ロボなどを使っていた名残で坑道が大きく、魔導機が一体通るぐらいは可能であった。  愛用の手甲を撫でつつ、グロスターは魔導機の召喚句を唱え始める。 「鉄拳に宿りし闘士の魂よ、今ここにその剛力を示せ……出ろ!! ナックルナイトォ────ッ!!!」  気合一閃、グロスターは拳を天に突き上げた。  ヌウォォォォォォォ────ッ!!!  光と熱風が辺りを包み、荒々しい雄叫びと共に彼の魔導機「拳闘士ナックルナイト」がその姿を現す。 「さぁて、いっちょやるか相棒!!」  グロスターの操るナックルナイトは坑道に飛び込み、ただひたすらに駆けた。  途中で自然の産物か罠か落石が彼らを襲ったが、すべてその剛腕によって粉砕される。  やがて前方にぼんやりと光が見え、その方向に突き進んだグロスターが見たのは予想以上の光景だった。 「すげぇな……こんな場所にこれだけの代物をこしらえてやがったのか!」  剥き出しの岩と朽ちかけた木材ばかりだった坑道とはうって変わって、  大幅に掘り拡げられた空間はロボや兵器を建造する一大工場となり、無数の作業用機械が目まぐるしく動いていた。 「戦闘ロボはまだ作っていない……と言うより、まだそこまで設備が整ってないようだな。 じゃあ話は早い、手当たり次第にぶっ壊すまでだ!!」  ダララララ!! 「おわっと!!?」  どこからか飛来したマシンガンの弾丸を避けるナックルナイトだが、  間髪入れずにワイヤーウィップがその体を絡め取る。  バランスを崩したナックルナイトはそのまま地面に倒れ伏す。 「くそぉ!! こんなワイヤー、ナックルナイトのパワーで引きちぎって……」 「おっと、小さなレディーを心配しなくていいのか?」  オシェトラの冷やかな声でナックルナイトの動きが止まる。  歴戦の兵士達がその隙を見逃すはずもなく、弾丸の雨が容赦なく降り注いだ。  ズガガガガガガガガッ!!! 「ぐぅおおおお……!!」  鼓膜が破れそうな激しい銃声が止んだ後、あたりには硝煙が充満していた。 「ふうっ……ここに隊長がいたら、こんなやり方は絶対許してくれねぇな」 「ああ、俺はあの人が嫌いじゃないが……」 「二人とも、おしゃべりしている暇はないようだ」  硝煙が晴れた後には、体中傷だらけになりながらもワイヤーウィップを引きちぎったナックルナイトが立っている。 「へへ……工場見学ぐらいゆっくりさせてくれよ……。 ところで、人質ってのは無事だから意味があるんだろ?」  グロスターはそう言って左拳を地面に押しつけ、ナックルナイトの動きを止めた。 「へっ! 人質を助ける代わりに煮るなり焼くなり好きにしろってわけかい!!」 「だが、俺がもしおまえらの攻撃でくたばった場合、トリスは解放するんだぜ?」 「わかった、騎士の誇りとやらに敬意を表し、その約束だけは守ってやろう」  三体のロボは一斉に銃口を向けた。  トリスは臨時基地の一室で虫籠に入れられていた。   「あの兵隊さん達はもう戻ってこないかしら?」  トリスの体が光に包まれ、虫籠を壊しつつ大きなトリスが姿を現す。 「ふうっ……」  テーブルの上から降りたトリスはそのままドアを開けようとするが、案の定鍵がかかっていた。 「あんまりやりたくないんだけど……えーいっ!!!」  バコオッ!!!  思い切り振りかぶっての全力パンチはドアを見事にひしゃげさせる。  この大きなトリスは外見に似合わず屈強な騎士三人分のパワーを持っているが、  全体的なエネルギーの配分などでそれを発揮できるのは一日に一度が限界であった。 「……さてと、グロスターさんと合流しなきゃ!」 「ああ……旦那様、わちしは旦那様の声が聞けないと一日中憂鬱です! 帰ってきたらこの任務の成功を褒めてもらって、ご褒美のキスを…ん〜っ……」  トロリスの写真にキスしようとしたピリスであったが、廊下に兵士三人とは異質の気配を感じた瞬間目つきが変わる。  そこら辺の切り替えが瞬時にできるあたりはさすが一流の軍人である。  拳銃を構えつつ静かに自室のドアを開けると、トリスの後姿が彼女の視界に入った。 「そこのピンクおさげ止まりなさい!!」 「きゃっ!? 見つかっちゃった!!!」  一目散に走り出したトリスを追いかけるピリス。 「ちょっと! 止まりなさいって言ってるでしょ!?」  ピリスは苛立ちを抑えきれず、トリスめがけて数回発砲した。  ターン! ターン! ガンッ!!  後頭部に被弾して前のめりに転倒するトリス。 「あ、あわわわ……足を撃つつもりが、思いっきり頭に当たっちゃったです……!!」  ところが、トリスは真っ青になるピリスを尻目に頭をさすりつつ起き上がった。 「いった〜い……」 「え゛────!!?」  ピリスはしばらく呆然としていたが、首をぶんぶん振って落ち着きを取り戻した後、追跡を再開する。  トリスが逃げて行った角を曲がり、全力で走るがなかなか追いつく気配はない。 「もうっ! 本当に逃げ足の早い奴です!!」  さて、追いかけられているトリスの方は…… 「(うふふ、引っかかった引っかかった……)」  実はトリスは再び小さくなって角に置いていた消火器の陰に隠れていたのである。  ピリスの足音が十分遠ざかるのを待ってから、小さな騎士は反対方向にトテトテ走り出した。 「しぶとい野郎だな! まだくたばらねぇのか!?」 「油断するな、仮にも相手は名だたる円卓騎士。その辺の雑魚とはわけが違うぞ!」  兵士三人組のジャンクーダS型&アルアサド&バクリシャスの猛攻は止まらず、  ナックルナイトはすっかり満身創痍となっていたが、左拳を地面につけた姿勢のままほとんど動かなかった。 「………………」 「貴様、何か企んでるな?」  ミシッ、ミシミシミシミシ…… 「な、何!?」 「地震でも来やがったのか!?」 「いかんっ!! ヴェルガーにセヴルーガ、すぐここから離れろぉーっ!!!」  ズゴゴゴ……バッキャアッ!!!!!  ナックルナイトの左拳を中心にして地面に亀裂が走り、そのまま巨大なクレーターを形作る。  その余波は積み上げられていた資材を崩し、作業用の無人機が次々と下敷きになるほどだった。  兵士三人組は何とか難を逃れたが、その凄絶な威力に圧倒されていた。 「こりゃひでぇや……」 「貴様、俺達を一気に片付けようと力を溜めていたのか!?」 「俺は昔から我慢の後に思いっきり鬱憤を晴らすタチでな」 「グロスターさぁ〜ん!」 「トリス! 無事だったか!?」 「「「!!?」」」  宿舎から走り出てくる少女の姿に兵士三人組は驚愕した。 「あれはさっき捕まえた小人……だよな?」 「しばらく見ねぇうちに大きくなりやがって……」 「バカかセヴルーガ! あいつを人質にとって有利に立つんだ!!」  オシェトラのアルアサドがトリスを捕まえようとするが、  次の瞬間アルアサドの眼前スレスレに剣閃が掠めた。 「……ぐっ(この俺が見えなかっただと?)」 「これ以上踏み込むなら、容赦なく斬るわよ?」  そこには青い薔薇の装飾が入った鎧や盾を身に着けた騎士タイプの魔導機が立っていた。  その凛々しい姿を見たヴェルガーが何かを思い出し、あっと声を上げる。 「トロリスさんが言っていた青薔薇の騎士……こいつだったのか!!」 「グロスターさん、大丈夫ですか? 私の為にごめんなさい……」 「俺の方こそ済まなかったな、怖い思いをさせちまって……。 これしきで音を上げてちゃ陛下に笑われるぜ!! もちろん、君達のような俺よりちょっと若い連中にもな」 「再会を懐かしむのは、あの世にしてもらおうか」 「へへっ、こいつらは見た目によらず強いぞ〜? ああ、それとだな……散々痛めつけてくれたお礼はキッチリ返させてもらうぜ!!」  こうしてグロスター&トリスvs兵士三人組の戦いが始まった。  まずは兵士三人組の機体がナックルナイトと青薔薇の騎士と呼ばれたトリスの魔導機めがけて一斉掃射を仕掛けるが、  ナックルナイトは巨大な左手で降りかかる弾丸をすべて受け、また残り三本の腕では目にも留まらぬ拳打を繰り出して叩き落とす。  トリスの魔導機も盾で防ぎながら俊敏な動きで弾道から身を逸らしつつ前に進むのを止めない。 「散開っ!!」  ヴェルガーの号令で距離を詰められた三機は一斉に散り、それぞれ得意とする武器を取り出した。  ジャンクーダS型はそれまでと同じくJガンを装填し、アルアサドはサーベルを持って構え、バクリシャスは口部を展開させて溶解液を滴らせていた。  三機が三方向からジリジリと間合いを詰め、同時に襲いかかる。  最初はバクリシャスが溶解液をナックルナイト達めがけて吐きかけた。   「うおおっ!?」 「きゃっ!!」  ナックルナイトと青薔薇の騎士は跳躍して溶解液をかわしたが、  アルアサドがナックルナイトの背を斬りつけ、ジャンクーダS型が青薔薇の騎士の腹部を狙撃した。 「くそぉっ! 背後から斬りつけるとは汚ねぇぞ!!」 「悪いが俺達は兵士だ、騎士とは違う」 「いい腕だなお嬢さん、即座に急所を外すとはな」 「(危なかった……もう少しで私の中の私がいる左胸に当たる所だったわ!)」 「お嬢ちゃんはともかく、シオマネキ野郎はそろそろ限界じゃねぇのか!?」 「やかましい!! こういう時は根性で切り抜ける!!!」 「ここにいたんですか侵入者! 今度こそ逃がしません!!」  高い声がした方向に全員が振り向くと、そこにはグレープス・サワーに搭乗したピリスがいた。 「奴はピリス=アイリス!!(何てこった……こりゃ俺でもキツイかもしれんぞ!?)」 「まずは挨拶代わりです!!!」  グレープス・サワーが花弁のようなバックパックからホーミングレーザーを一斉に発射し、それはあたり一面を容赦なく抉っていく。 「ピリスの奴、俺らまで巻き込む気か!!?」 「あいつは戦場でいつもそうだろう! ぼやく前にかわせ!!」 「チッ、奴らを見失っ……何ぃ!!?」  兵士三人組が見上げた先にいたものは、巨大な拳に変形したナックルナイトとその上にちょこんと乗った青薔薇の騎士であった。 「しっかりつかまってろトリス!! フルパワーとフルスピードで突っ込むぞ!!!」 「はいっ!!」 「上等です!! バイオレットデビルの恐怖、たっぷり見せてあげます!!!」  猛然と向かってくる巨大な拳にも動じず、ピリスは愛機の大火力バーニアを全開にして突っ込んだ。  細身の剣とレーザーサーベルが激しくぶつかり合うが、間合いの間隔やトリスがかわしきれない攻撃は、  空中での彼女の支えとなっているグロスターがしっかりフォローしていた。 「きぃーっ!! かよわい女の子に二人がかりとは卑怯です〜っ!!!」 「うるせぇ!! そっちだって四対二の勝負を仕掛けてきやがったくせによく言うぜ!?」 「オシェトラにセヴルーガ! ピリスを援護するんだ!! 撃て撃て撃てーっ!!!」 「きゃっ! 危ない!!」 「トリス、雑魚には構うな! 君は目の前の敵に集中するんだ。あんな奴らのへなちょこ弾、避けるのは楽勝だぜ!!」 「…はいっ! たああーっ!!」  一層激しさを増した青薔薇の騎士の猛攻と違う意味で、ピリスは相当頭に来ていた。 「見せつけてくれちゃって……わちしだって旦那様と……旦那様とぉーっ!!!」  様々な感情の入り混じる壮絶な空中戦はまだまだ続くかに思えたが、激しい地鳴りとこれまで以上の落石に一同は動きを止めた。 「えっ!? 何が起こったんですか!!?」 「ピリス、おまえが何も考えず乱射したのと……」 「俺が地面割ったりしたのも大いに関係あるよな……」 「おいおいおい!! じゃあ基地どころかこの廃坑自体がオシャカじゃねぇか!!?」 「チッ、今日は厄日だぜ……さっさと脱出するぞ!」  闇黒連合の面々は皆同じ方向に逃げていく。 「ははーん、きっと脱出用の通路があるんだな。逃すと思うな!!」  変形したままナックルナイトで追おうとしたグロスターであったが、大規模な落盤が発生して行く手を阻まれてしまう。 「グロスターさん! 私達も急いで脱出しなきゃ!!」 「くそっ! いつか必ず借りは返してやるからな!!」  一秒でも早く坑内から脱出しなければならない。  自分はともかく、トリスも安全に脱出するにはあの技を使うしかないとグロスターは判断した。  すぐさま親指サイズになったトリスをナックルナイトの中に乗せる。 「行きの坑道もどんどん崩れてますよグロスターさん! もう魔導機じゃ通れない!!」 「だからって生身で走る余裕もないだろ? 地上に出る方向さえわかればいいんだよ!! フルパワーを超えたフルパワーを出す!!! 行くぜド根性の……UK(Ultimat Knuckle)!!!!!」  それから数分後、坑道の入り口にロンドムから急いで応援に来たガラハド・バンとバッブ=アグロヴァルが到着したが、時すでに遅く入口は音を立てて潰れてしまった。 「くっ…間に合わなかったか!! グロスター殿……トリス……」 「こんな事になるぐらいなら、グロスターに借りっぱなしだったゲームを返しとくべきだったなぁ……」  ボゴォッ  傷だらけの巨大な拳が大量の土砂を押しのけて姿を現した。 「ひゃあ!? お化けーっ!!!」 「おい、勝手に人を殺すんじゃない」 「グロスター殿にトリス!! 無事ですか!?」 「ああ、相棒の片方はこの通りボロボロだが、もう一人の可愛い相棒は守ってみせたぜ!」 「グ、グロスターさんったら……」 「ははっ! ジョークを飛ばせる余裕があるなら大丈夫だね!」  二人の無事と脱出成功に安堵する四人の耳にローター音が響く。  山の反対側から闇黒連合の面々が乗っているであろうキルコプターが飛び去っていくのが見えた。 「逃げ足の早い連中だぜ! だが、今度会ったら百倍返しだからな!!」  まだやる気満々のグロスターに苦笑しつつもトリスは寂しそうな表情をする。 「あーあ…あのエアバイクはお気に入りだったのになぁ……」  そんな彼女の肩に優しく手を置くバッブ。 「大丈夫! ウルフィーに新しいのを作ってもらえるよう、オイラからも頼んであげるよ!」  その頃、キルコプターの機内ではピリスが両膝を抱えてどんよりしていた。 「はぁ……せっかくの計画を台無しにしちゃって、隊長や旦那様にまた怒られるです……」 「責任の一端は俺にもあるし、一緒に謝ってやるよ」    強面でピリスをなぐさめるセヴルーガ。 「ま、死ななきゃチャンスはいくらでもあるさ」  オシェトラも少し疲れた表情でつぶやく。 「ああ、だが今夜はまた男三人で飲むとするか……」  オシェトラとセヴルーガはこのヴェルガーの台詞を何度も聞き、いつも男三人で安酒を酌み交わしてきたのだが……。 「今日はわちしも飲むです!!」  そう、ピリスはこう見えても二十歳、そして普段の延長線上にある酒癖の悪さは部隊内でも有名であった。  それを聞いたヴェルガー&オシェトラ&セヴルーガの顔が一気に青ざめる。 「「「勘弁してくれぇ〜っ!!!」」」  翌日、王城ではグロスターが今回の任務の責任者として女王アゼイリアに事の成り行きを報告していた。 「ふむ……まずは今回の秘密基地撃滅ご苦労であった。 だが、トリス一人を偵察に行かせたのは軽率と言わざるを得ないな」  怒ってはいないが厳しい声のアゼイリア。  彼女は幼少時父王に演習に連れて行ってもらった際、魔導機操縦の練習で調子に乗って親子揃って迷子になった苦い経験があり、  それ以来、やむを得ない事情がある場合を除いては軽率な行動をあまり好まない(とは言え、自分の城下での食べ歩きなど例外はあるが)。 「も、申し訳ございません……」 「ふう…過ぎた事をこれ以上咎めても仕方がない、今後は余程の事情がない限り慎重に行動するように。 では堅苦しい話はここまで、次の任務までゆっくり休むがいい。 ところで、トリスはそれからどうしたのだ?」 「敵に壊されたエアバイクの代わりを作ってもらう為に、バッブとウルフィウス卿の屋敷に行くと言っていました」 「ならば、おまえからもウルフガングに頼むべきだな♪  今回のトリスの活躍に報いるには、それぐらいしてやらねば。ふふふ……」 「は、はぁ……あまり気は進みませんが(あの爺さんのわけがわからん能書きは疲れるんだよなぁ〜……陛下もお人が悪いんだから)」  円卓騎士団の中でも最古参の学者騎士ウルフガング=ウルフィウスの屋敷……。 「なんだ、そんな事ならお安いご用! 我輩がもっと高性能・低燃費・無公害の新しいのを作ってあげよう!!」 「本当ですか!? ありがとうございますウルフィウス卿!!」 「よかったねトリス」 「そうそう、ついでと言っては何だが君達に見せたいものがあるのだよ!!」 「何だいウルフィー? オイラ、すごく嫌な予感がするんだけど……」 「ははっ、失敬な……トリス君が魔導機で三重操作する巨大ロボ『ジャイアントリス』の建造計画だよ!!!  完成させる自信はあるのだが、かかる予算がとんでもない額になりそうなんだ。君達からも陛下を説得してもらえんかね?」  そこには「これがジャイアントリスだ!! 身長50メートル、体重2万トン、口から炎を吐く!!!」と力強く添え書きされたトリスの髪形をした怪獣ロボが描かれていた。 「ご……ごめんなさーい!!!」  トリスは一目散にウルフガングの研究室から飛び出してしまった。 「ふ〜む、やはり若い娘さんには刺激が足りなかったのかな? よし、じゃあミサイルでもつけるとするか!!」 「ウルフィー……オイラはおたくの発想自体が根本的に間違ってると思うんだけどな」  普段から馬より自分の足で走るのが好きなグロスターは、ウルフィウス邸に続く道をランニングのように走っていた。  これも彼が好む肉体の鍛錬の一環なのであるが……そんなグロスターの視界に馬を走らせる人物の姿が入る。  馬に跨る人物はトリスとお揃いの帽子をかぶった大きなトリスであった。  トリスは下馬しての挨拶をした後、グロスターにエアバイクと変な魔導機(?)の件を話した。 「あの爺さんらしいぜ……ま、陛下の命だから形の上だけでも頼みに行くよ。それで、君はこれからどうするんだ?」 「ロンドムの街でアクセサリーや両親へのプレゼントを買いに行こうと思います! ちっちゃな私を一生懸命育ててくれた両親には、いつも恩賞が出るたびにプレゼントしてるんです!」  トリスのおしゃれを楽しむ年頃の娘らしさと、両親想いの優しい一面を垣間見たグロスターはフッと笑った。 「それはいい、きっとご両親も喜ぶさ! じゃあなトリス! また一緒に仕事ができるといいな!!」 「はいっ!!」  グロスターと別れた後、トリスはロンドム市街に向けて馬を疾駆させる。  変な人もいるけど、強くて誇り高い先輩達とこれからも一緒に頑張ろう!  そんな事を考えつつ陽光に照らされる彼女の笑顔は、いつも以上に輝いていた。                         ─終─