■極東SS■ 『舞え、舞え、画龍』番外 登場人物 頼片 蓬莱(ヨリヒラ ホウライ) ・三味線弾き ・お父さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/669.html 霜舟(ソウシュウ) ・墨絵描き ・いい女 ・お母さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1440.html その他 ----------------------------------------------------------------------- さてさて本編がまだ終わっていないというか結末すら考えられていないが とにかく本編が終わってから約五年後の事。 2261年。とある夜。 「いやー、しっかし蒸すなーオイ。」 パタパタと団扇を扇ぎながら蓬莱がぼやく。 二人眼の娘が生まれてから新調した着物をもろ肌に脱ぎ、大またをかっ広げ… あいかわらずダメオヤジ感は満載だが、なんとなく微笑ましく感じるのは 所帯を持ったからだろうか。 「いけえっ!あっ…おおー!」 娘の麗をはさんで隣に座った霜舟は団扇を握り締めながら眼前で繰り広げられる攻防に見入っている。 惜しげもなく艶やかな肌を晒している霜舟。おお、見よ、汗が弾かれている!なんと瑞々しい! うなじに張り付いた髪がこれまたたまらんね。 うーむ、とても二人も子供を産んだとは思えん… 「おっ父!、のど渇いた!」 「おお、ほれ。」 んぐんぐと美味しそうに竹筒の水を飲み干す麗ももう十歳。 顔立ちは母親に似て、なんだかゾクッとするほど色っぽい。十歳なのに。 いやー、母親似でよかった!本当に良かった! 蒸すのも当然。 闘技場から一番近い位置にある観戦場は、それはもう吃驚するほど人だらけであった。 階段状になった客席は崩れ落ちそうなほど。通路までびっしり人が座ってるもんだから物売りも通れやしない。 不幸にも入りきれなかった人々はじゃあどうしているのかというと屋根の上、丘の上などとにかく高い位置から 覗こうと奮闘している。この日のために勝手に櫓を作る連中も後を絶たず、観戦上の周りは竹の櫓が林立している。 長屋総出で作った物もあり、商売にしている物もあり…いくら捕方が取り締まっても一向に減る様子は無い。 竹を組み合わせただけの簡素な櫓で、頂上に上れなければ柱にしがみつくしかない。その様子はまるで人で出来た柱のよう。 観戦上の中、投射用のまじないがびっしりと描かれた木製の柵の向こう側では、鬼を模した黒鎧を纏った男と 極東中の誰もが知っている大鬼が決死の戦いを繰り広げている。 ぱっと一帯が照らされる。大鬼が熱線を発したのだ。 焼き尽くされた空気が悲鳴を上げ、爆風が闘技場の土を吹き飛ばす…様子が映し出される。 凄まじい歓声がうねりとなって観戦場一帯を覆い尽くす。 参加者達の中でも、やはり極東に縁のある者達が人気で、例えば狗頭丸、特に尖角や尖女は大人気である。 今回の試合、出場しているのは神にも近い存在の尖角であるから、賭けが成立しないぐらいである。 「おおっしゃー!やった!勝った!」 霜舟は身を乗り出してガッツポーズを決めた。 「こんなドンパチ見て何が楽しいんだろーなー…なー、麗?」 「やったー!鬼のお爺ちゃんが勝ったー!」 「はぁ…せめて気性だけはおっ母に似ねぇで欲しかったんだがなぁ…。  あー、暑い。暑いというか熱い。」 半年振りに戻ってきた。 その旅の疲れも抜けぬままにこんなドンパチを見なきゃならないのだから蓬莱も不運である。 本当なら華楽や夜蘇のオッサンたちと酒を酌み交わしながら響さんの美味い飯を食っているはずだったのに… 戻ってきて第一声が「祭!見に行くよ!」だものなぁ…   *   *   *   *   * 故郷で過ごすよりもずっと長い期間を外の世界で暮らしてきた蓬莱であっても 「神名祭」の話は聞いた事がある。 コノハナさんを楽します為に開かれる、武闘大会がある、祭りで盛り上がる、と。 なんせ六十年に一度の大祭なものだから、直接に経験した者も少ないはずなのだが それでも人々は口々に「神名祭」の盛り上がりの素晴らしさを語るのだ。 (稼ぎ時なんだから、絶対に始まる前に戻って来るんだよ!)とは霜舟の弁。 とある事件で一躍有名になった霜舟と蓬莱はどこの祭場からも引っ張りだこであった…のだが 結局蓬莱は大幅に約束を違え、結局祭りの四日目になって戻ってきたのである。 待たされている間に霜舟気が変わったのかなんなのか、結局仕事(?)は置いておいて 楽しもうという事になったようだ。 「家族水入らずで楽しんでらっしゃい。」という響に二人目の娘を預けて、久しぶりに出かけることになった。 ちなみに華楽は神輿に参加して腰を痛めて寝込んでおり、夜蘇は締め切りに追われてそれ所では無い。 昼間からさんざっぱら連れまわされ、四十五にもなる蓬莱はもうくったくたである。 そのうえ更にこの母子はどこかに行こうというのだ。 まさに休日のお父さん。「お父さんもう疲れちゃったからさー、帰ろうなー。」状態。 しかしそうは問屋が卸さない。 「約束の期日破ったのに…ぐすん…ひどいよおっ父…」 愛娘に泣かれると、世のお父さんの心の中は震度8だ! 「仕方ないよ麗、おっ父はあたし達のことなんかどうでもいいんだからね…」 前科があるだけに蓬莱の大震災はマグニチュード9である。 「そうだよね、おっ父は冷酷で無情で非道だもんね…ぐすん…仕方ないね。  ワガママばっかり言ってごめんねおっ父…うう…」 「ごめんよあんた。疲れた身体に鞭打って付いてきてくれたんだものね、無理言っちゃあいけないよね。  さ、帰ろうか…あー、久しぶりに三人で出かけられたのになぁ…」 思いっ切り俯いてぽつりぽつりと呟く霜舟と麗。 もうどう考えても嘘泣き丸出しなのだが… 「しょーーーがねーーーーなぁーーーーー!ったく!ほれ、行くぞ!」 「え、でもおっ父…」 「いーんだよ、たまにゃあお前らに孝行してやらねぇと罰が当たるってもんだ」 二人が顔を上げてニカッと笑う。泣いた跡なんざありゃしねぇ。 「そうと決まりゃあ早速だ!早く行かないと席取られちまうからね!」 …んで結局たどり着いたのが観戦場である。 …急いだ意味もほとんど無かった。 …やってられん。   *   *   *   *   * ぼーっと闘技場を眺める。なんと先程の業火を受けておきながら黒い戦士は無傷であるらしい。 中々に血湧く試合だな、とは思うものの正直な話、疲れがその熱気を上回る。 (そういや弁当があったな…) 腰巻から竹皮に包まれた握り飯を取り出す。 三角とも俵型とも球形とも…ともかくまともな形とはとは言い難い、芸術的な握り飯。 ただの歪な米の塊でありながら尋常で無い毒気を発するこの物体の創造主は霜舟である。 苦い記憶が蘇る。半年前の旅立ちの日に貰ったこいつを食って、二日間ほど生死の境を彷徨った。 「闘技場に握り飯置いておいたら、上手い具合に焼けるんじゃあねぇかな?」 じっ…と握り飯を見つめてつぶやく蓬莱。試合に熱中する二人としては、KY発言をするおっ父が 許せないらしい。フーリガンかお前らは。 「やってみたら?その前にあんたの残り少ない髪の毛が燃え尽きると思うけどねぇ。」 「おっ父のハーゲ!」 いきなりなんという暴言! ハゲという言葉に酷く打ちのめされる蓬莱。最近とみに生え際がやばいのに… 「へん!俺ぁドブみてぇな味がするよりも、炭の味がするほうがまだ食えると思うけどな!」 霜舟がピクッと反応する。 蓬莱がビクッとする。 「言いやがったなこの野郎!ああそうさ、あたしゃあ料理は苦手さ!響師匠に何度習ったって  握り飯すら美味くならないさ!だからってなんだいその言い草!よりにもよって『ドブ』だぁ?」 昔だったら鉄拳か玉潰しが飛んできたろうが最近は違う。 「麗〜、おっ父があたしの事いじめるよぅ〜。」 泣き真似をしながら麗に抱きつく。霜舟は娘というあらたな武器を得たのであった。 「おっ母、泣かないで。おっ父の人でなし!穀潰し!唐変木!」 「やーいやーい、ハーゲハーゲ。」 「うすらとんかち!あんぽんたん!」 「わいわい」「ぎゃーぎゃー」 「…だああったよ畜生!俺が悪かった!すまねぇよ!」 やりー、とハイタッチする母子。 結局所帯を持ったらただでさえ低かった立場が更にひどいものになった。 俺の味方はいねぇってのかよう、おうおう。 …コノハナさんもひでぇことをなさりやがる。 と、凄まじい光が蓬莱一家を襲った。 炎鬼の放った熱線が黒鎧の男に捻じ曲げられ、結界を直撃したのだ。 「うおあっ!」 投射された幻であるとはいえ恐ろしい迫力である。 熱線が直撃した側の観客は一様に腕で顔を庇うような姿勢になった。さすが極東一の炎鬼の熱線。 しかもそれを紙一重で避けていくあの黒鎧の男も只者じゃあねぇな。 ふと、戦士達が控える様子が映し出されている向かい側を見る。 火縄銃を持った神父風の男、麗と変わらぬほどの背丈しか無いカラクリ人形 大剣を携えた鬼の少女…そしていかにも騎士然とした青髪の男。 だれも戦う素振りすら見せない、殺気すら発さない。 だから本当の実力は解ったもんではないが… (あいつら全員が、今闘ってる二人ぐらいの強さがあるってのか?) (それにこの大会にゃあ他にもたくさん参加者が居るわけだろ?だとしたら…) 蓬莱はごくりと唾を飲む。 (世の中どんだけバケモンだらけなんだよ!)   *   *   *   *   * 二十年以上大陸を転々としてきた蓬莱はその野生の勘で、あらゆる戦乱を避けてきた。 五年前も「第四次東部魔族侵攻」から逃げるようにして極東に戻ってきたのである。 だから「黒雲鬼」が人間達と衝突しただの、「勇夫」が事件を治めただの…というのを実際に見たわけではない。 丁度蓬莱が旅に出ていた半年間、南部の方でも悪魔が亜人を率いて人を襲う、なんて事件があったのも 人伝で聞いただけである。 蓬莱は始めて思い知る。戦の恐ろしさを。 こんなバケモノ達がドンパチやっている戦場に巻き込まれたら、家族も自分もひとたまりも無いだろう。 山賊共を相手にするのとは訳が違うのである。 恐ろしい、恐ろしい。 とにかくこの放覩真が戦に巻き込まれないことを祈るのみである。 でももしそんな事になったら… 「どうすっかなぁ…逃げるしかないよなぁ…」 なんぞと蓬莱が考えていると。  ど ぉ ん どこか遠くで爆発音が聞こえた。 「え?」 観客席に居た誰もが爆発の場所を、フジの中腹を見る。 と、続けざまに乾いた音。 あの神父風の男がカラクリの少女を狙撃したのだ。 「ああっ!」という観客の叫び。少女は巨大なカラクリ鬼に姿を変え 映し出される範囲の外へと飛び去ってしまった。 会場がどよめきに包まれる。この闘いが闘技場と言う狭い枠を超えた、自分達の知りえない因縁で 動かされている事を初めて認識したからである。 「鬼技――――――――浮島ァッ!」 観客席を包む得体の知れ無い不安を尖角の咆哮が吹き飛ばす。 視界から消える黒鎧の男。 「おお?」「なんだなんだ?」「消し飛んだ?」 「わっ!おっ父!おっ母!あれ、あれ見て!」 麗が霊峰を指差す。ほんの胡麻粒ほどにしか見えないものの、そこには炎に煽られて垂直に吹き飛ぶ点があった。 「「おおおおおおおおおっ!」」 皇国組に張っていた連中の賭券が控えめに宙を舞う。 残るは極東組と西国組。気付けば今度は青い髪の剣士対尖角の様相。 尖角の凄まじい力は皆知っている、会場の誰もが勝利を確信して疑わない。 それでも青い髪の男が微塵も殺気を発しないのが不気味ではある。 「あら…意外と男前じゃないか…ぽっ///」 「「!!??」」 霜舟が値踏みしたように、女性の観客達の視線がイイ男に集中する。 男性陣の憎悪ゲージはマックスを振り切った。遂に蓬莱までもが「やっちまえー!殺せー!」 などと叫び始めた。 その叫びに答えて(答えてない) 「極光――天照!!」 凄まじい閃光、少し遅れて衝撃。 何が起こったのかを把握している者はほとんどいない。 闘技場を見れば青い髪の男が崩れ落ちてゆくのが映っている。彼の両側の地面は無残にも焼け爛れている。 極光を直視してしまった一部の観客が目を押さえている、それほどまでに鬼の熱線は凄まじかったのだ。 誰もが言葉を失った次の瞬間、尖角がその身を炎と変え、空へ跳ぶ。 フジの方を見遣った人々は、紅光と白光が衝突し弾けるのを見た。 光が闇へと変わり、轟音が静寂に戻った後。仁王立ちのゼファーと、膝を突く尖角の姿 「見ろ!大鬼様の勝ちだ!」 誰かが叫ぶと皆一斉に沸き立った。 尖角だけでなくゼファーに対しても惜しみなく送られる歓声。 結果はどうあれ、観客の誰もが必死の名勝負を演じた二人を祝福している。 皆立ち上がって割れんばかりの拍手を送る。 誰も、決死の跳躍を遂げた尖角に気付かなかった。 そこへまた一発の銃声。 倒れ伏した大鬼の下に、血溜まりができて行くのを、今度は誰もが目にする事ができた。 ぷつりと途切れた映像。大鬼の姿が掻き消え、そこには平穏無事な大地だけが残った。 歓声は少しづつ、少しづつ、ざわめきに変わってゆく。 「え…ちょっと、あんた。ねぇ、これ、どうなってんのさ…?」 「え?…ああ。」 上手く頭が働かない。眠気のせいでも空腹のせいでもない。 ただ、ただ何か…不気味な蠢きを蓬莱は感じた気がした。 足元が崩れ去っていくような… そして、どこへ逃げても逃げられないような… 〜おわり〜