『ティンシバーの市街地へ』 ・石 ティンシバーの市街地。 その名を聞いた大抵の冒険者は、眉を寄せるか青ざめる。 そうならない冒険者の大半は、夢見がちで駆け出しの命知らずだ。 それにも当てはまらない奴は、きっと化け物だ。 そこは端的に言うなら、夢と希望が転がってる地獄だ。 密林のど真ん中に広がる遺跡と廃墟の中間存在のようなそこには、五桁を軽く超える額のアイテムが点在している。 生還者が持ち帰ったアイテムの一部は博物館に派手に飾られ、一部は闇市場を大いに沸かせたそうだ。 そんな甘い一攫千金の夢に魅せられて、助長した馬鹿や切羽詰ったアホがそこに死にに行く。 そして、爽やかなそよ風が吹くこの日、俺もその一人になろうとしていた。 「どう考えても自殺行為だと思うんだけどよー、ティンシバーの市街地なんて。考え直さねえ?」 自分でも呆れるほどに情けない声は、大通りの雑踏に掻き消されそうになりながらも 前を歩く連れの鼓膜を辛うじて震わせたらしい。 ジャラリと歩くたびに鳴る小石が擦れる音が止まり、灰色の髪の少女が勢いよく振り返る。 「じゃあ、君は腹ペコで目の前にご飯があっても食べないというの?」 「飯の前にディエスイレが大口開けてりゃ、俺は餓死で死ぬぜ」 軽口を叩きながらも、俺が彼女から微妙に顔を背けるのは、真摯な熱意を宿した瞳が俺には痛いからだ。 少女の名前はツフテ=ジャリグリット。 小娘だ。紛うことなき小娘だ。面はいい、暑苦しいごわついた服を着てなけりゃ声をかける男もさぞ多いだろう。 服装さえ除けば、俺と同じような冒険者とはとても思えないだろうよ。 何せこいつは獲物を持ってはいない。 それはどこでも手に入れられて、小さな小さな、手のひらで覆えるような代物だからだ。 石ころ。ガキの喧嘩で使うようなアレだ。ただまあ、笑う奴と苦い顔する奴で分かれるだろうな。 実際に喰らった奴なら分かるだろうけどよ、アレは十分に人を殺せる。 現にこいつが投げる石は、弓の一発と比べても何の遜色もない。 素質は十分。だが、ティンシバーの市街地は「十分」なんて考えは通用する場所じゃあない。 それはこいつも重々承知のことだろう。じゃあ、何でこうも熱くなるかといえば… 「隕石だよ!この星にない石だよ!せめて挑戦しないと死んでも死に切れない!」 というわけだ。 何を隠そう彼女は正真正銘の石マニア。石オタだ。 腰に下げた袋の中には、津々浦々からかき集めた宝石、魔石がごろごろ入ってる。 喋らせりゃ学者先生が白旗を揚げ、晶妖精を見つけりゃ地の果てまでも追いかける。 そんなこいつに、ティンシバーで隕石落下の痕跡発見なんて噂が届いたのが運の尽き。 今こうしてギルドに探索申請書という名の死亡届を書きに行こうとしてるっつーわけよ。 「大体だな、二十人で行って二人帰ってきたっつーなら分かるが、二人で行って二人で帰ってこようなんて甘すぎるだろ」 当然ながらティンシバーでの生存率の低さは他のダンジョンと比較にならない。 そこに勝てる地獄があるとするなら、最終鬼畜区域シヌガ=ヨイくらいだ。 そんな所に二人で突っ込むなんざ、心中希望のバカップルととられても文句は言えない気がする。 行くとしたっても、そんな間抜けな死に方は絶対に遠慮する。 「む、それならギルドで仲間を作ろうよ!」 「大したご都合主義発想だな。『一緒に自殺の輪に加わりませんか』ってか?」 「大丈夫だよ!必ず見つかるって」 ああ、若いねえ。羨ましい限りだ。 俺はそう年を食ってるわけじゃないが、経験つー苦渋に塗れてすっかり皮肉屋が板についた。 こいつだって少なからず辛酸を舐めてきたのに、どうしてこう熱くなれるのか。情熱は才能なのかもな。 「それに、たとえ二人で行っても、君だけは必ず生きて帰らせるから」 これだ。 臆面もなく言ってのけるこんな馬鹿な約束のせいで、俺はいつもこいつに引きずられる。 どこぞの戦士は空気を読まないことで有名になったらしいが、こいつもいい線いってるよ。 いや、ある意味じゃ見事な策士かもな。もう、俺は参加確定になっちまった。 ここで断りゃ、公衆の面前で少女の頼みを無碍にする悪人決定。 ああ、ああ、面倒くせえ。 「へいへい、お供させていただきやすよ。お嬢さん」 「よーし、じゃあギルドで仲間探しだ!」 見つからないとは欠片も思っていない明るさに満ちた掛け声を聞きながら、俺は少し赤くなった顔を隠して歩いていく。 そういうわけで、この馬鹿で珍奇な宝探しが始まるわけだよ。 ああ、俺かい? サイナ=ユークスつって分かるか? ・未知 ああ、聞いたか俺! ああ、聞いたとも俺! ティンシバーの市街地。何て魅力的な行き先だろうか! 雑踏の中、路上に置かれたカフェのテーブルで、男が突然立ち上がった。 飲みかけのコーヒーがこぼれるのを気にも留めず、天啓を受けたような歓喜の表情で立ち上がった。 その突飛な行動に周囲の人々は彼に奇異の視線を向けるが、その視線は直ぐに彼の行動から容姿に向けられる。 体格がいいわけではない。容姿が並外れて優れているわけでもない。 ただ、その体がノートの代わりとでもいうように全身に奇妙な紋様が走りのたうっている。 好奇が自分を取り巻くのを歯牙にもかけず、男は興奮した表情で天を仰ぐ。 今にも叫びだしそうな様子で、しかし轡でも噛まされたように一言も漏らすことはない。 彼は探している、胸の奥に渦巻く思いを何よりも鮮明に伝えうる「表現」を。 彼の名はアシュレイ・リード。「表現の探求者」 おお、何故私は気づかなかった。言葉よ音よ、全てを変えうる言霊よ。されど何も知りもせずに新たなそれを見出すことなど不可能。 では、知るべき英知はどこにある。会うべき道はどこにある。そうだ、答えはあの二人の導き手がもたらしてくれた。 未開の遺跡、そこに眠る未知はどれだけ大きなものだろう。 古の遺産、まだ見ぬ書を、表現を私は見ることが出来るかもしれない。 そして、死。その言葉の限界を私は知り、超えてみせよう。 そのとき、私は新にして真なる表現にたどり着くことが出来るだろう。 ああ、行こう、行かねば。彼女達の奏でる旋律に乗せて私は歌わねばならない。 彼は気づいていないのかもしれないが、彼の荒れ狂う感情は言葉なくしても十分に破壊的だった。 表情、刻むリズム、身振り手振りの一つ一つが群集を揺さぶっていたのだ。 だが、初めて彼の口から紡がれた言葉がもたらした変化は劇的だった。 「だから、そう、私は『風と共に去りぬ』」 まさに文字通りだった。 一陣の風が街路樹の枝々を揺らし、風見鶏を回しながら通りを駆け抜ける。そして、彼は消えていた。 残ったのはこぼれたコーヒーとその横に添えられた代金だけ。 騒然とする群集を尻目に、風は迷うことなく街を突き抜けていく。 目指すはギルド「ダイスロール」。 ・犀 ギルド「ダイスロール」は、列記としていない冒険者ギルドである。 依頼受付や公的機関への申請を行うなど最低限の役割は果たしているものの、酒場や雑貨屋、賭博場など雑多極まりなく副業を行っており ギルドとしての稼ぎは全体のごく一部でしかない。尤も、何かしらの副収入で成り立っているギルドは数多くある。 公的な援助を受けて堂々と運営しているギルドなど大都市にしか存在していないのが現状である。 そもそもツフテ達が行おうとしている探索申請すら、乱暴に言えばしなくても大して問題ない。 申請することで得られる証書により、ある程度の身分が証明されることになるが、 冒険者などという肩書きがあったところで大した利点があるわけでもない。 死んだときに死亡者名簿にカウントされるくらいの権利しか持たないというのが、通念である。 しかし、討伐や探検ではなく収集を目的としていると事情が少し異なる。 申請をした上で持ち帰ったものならば、その所有権は持ち帰ったものに帰属する。 ところが、人工物、特に遺跡などからの出土品や宝物となると無許可で持ち出したものは盗賊扱いされることになる。 裏の世界で生きるのならともかく、真っ当な冒険者として活動したいなら、遺跡や建造物の探索には申請書が必要となるのである。 そんな色々と微妙な役割を担うギルドだが、そのときは昼飯後の緩い談笑による和やかな空気に満ちていた。 「フルハウス」 「うーん、駄目だ。またノーペア」 その中で、ことさらに目立つテーブルが一つあった。 腰掛けているのはポーカーに興じる二人の女性。 一人は夕日が沈む一瞬の光ような真っ赤な髪を伸ばしている。 極東の服に身を包み、瞳は挑戦的な意思をひしひしと感じさせる。 そして、見るものが見れば分かるだろう。彼女の手つきは所謂イカサマを極めたもののそれであることを。 一人は桃色の浮雲のような髪を蓄え、剣士のような姿をしている。 テーブルの脇に立てかけられた異様な大剣が人目をさらに引きつける。 そして、彼女は「見るもの」だった。しかし、咎めもせずにニコニコと赤い髪の女性がカードを配るのを見つめている。 見れば分かるように赤い髪の女性のほうは先ほどから連勝。桃色の髪の女性はずっとノーペアという有様。 そんなやり取りを飽きもせずに続けているのだから、外野は首を傾げずにはいられない光景だった。 「ますます上達したね。これならリベンジも大丈夫じゃない?」 「さて、どうだかね、あの化け物魔法使いに通用するかどうか。しっかし、あんたもよく分からないね。 イカサマありでもなしでもずーっと碌な手札がこないんだから。そんな物騒な武器振り回して生きてるくせにさ」 赤い髪の女性――パスティル=マジクシールが指差す先には、テーブルにもたれる異様な大剣。 丸みを帯びた刀身には不思議な模様が施され、何かの札がそのまま剣になったようにも見える。 その剣の名前は「ランダマイザー」。 相手と自分の存在の全てを、二つのサイコロに決めさせる最悪の博打武器。 その持ち主が桃色の髪の女性――ピカル=レトロ。 「生憎ギャンブル運はないみたいね。あるのは悪運だけみたい」 「はっ、生き残るためだけの強運か妙なもんさな」 「そうだね…じゃあ、賭けてみる?」 「は?」 「うん、これまで誰かと賭けをして戦いに出たことはないの。 だから、帰ってくるかどうかという賭けをして帰ってきたら、私はギャンブル運もあるってことで、どう?」 「そりゃまた、随分と変な賭けさな。運があるかどうかのために賭けをするなんて」 そう言ってパスティルは竹皮で編まれた小さな籠を取り出し、二つのサイコロを入れてそれを振るう。 そして「丁」と呟き、カンと小気味のよい音を立ててそれをテーブルに叩きつけた。 籠を持ち上げれば、そこに転がるサイコロの目は一と一。宣言通りのピンゾロの丁。 「賭けなんて運か業がなけりゃするもんじゃない」 「そうだね。じゃあ、僕は僕に運があるほうに賭けるよ」 「…はあ、参った。どこに行くつもりなのさ?」 「そうだねえ…」 あれやこれやとぼやきながら、何気なくピカルはテーブルのサイコロを手に取り放り投げる。 ギルドの扉が勢いよく開け放たれたのはそれと全くの同時だった。 暇を持て余し始めた者達は一斉に振り向いたその先には、二人の女性が立っていた。 そして、その一人灰色の髪の少女が声も高らかに叫んだ言葉に、何時の沈黙は完全に凍りつく。 「こんにちは!どなたか一緒にティンシバーの市街地へ行きませんか!」 明るい声が重苦しい静寂を招くという奇妙な光景の中、サイコロの硬質な音だけがやけに大きく響いた。 誰もが呆然とした表情を浮かべる中、ピカルだけが不敵に笑った。 「ああ、ついてるね。行き先が決まったよ」 サイコロの目は、実に見事なクリティカルだった。 (続…けられたらいいなあ) 登場設定 ティンシバーの市街地   巨大な石造りの塔とその周りの住居区跡からなる遺跡 とあるジャングルの真ん中にあり、かろうじて町の原型をとどめている この遺跡固有の謎のモンスターが徘徊しており、難易度Sのダンジョンである 特に遺跡の地下部分は危険で、10人中9人は帰れないといわれる その分、この遺跡で取れたアイテムや素材の数々は高値で取引される ツフテ・ジャリグリット 人物像 鉱山出身の少女、石投げの名手 灰色の髪と厚手の服が特徴で、小さな袋を幾つも腰につけている その一撃は下手な弓矢よりも速く鋭く敵を撃つ 袋の中には爆弾岩や魔石が入っていて、奥の手として使う 生粋の石マニア、鉱石・宝石についての知識は学者以上で 晶妖精や珍しい石を見ると目の色が変わる サイナ=ユークス 人物像 片手に杖、片手に剣を持った亜流の魔法剣士 白髪と赤目をした女性で装備はかなり軽装 剣で切りつけ零距離からの攻撃魔法で確実に息の根を止める という極めて暴力的な戦術を取り戦場を駆逐する 通常の魔法剣士と異なり効率的な魔法と剣の両立は出来ないが 鍔迫り合いの片手間に背後の敵を魔法で迎撃したりと 臨機応変な幅広い攻撃を行なうことが出来る 剣士からも魔導師からも逸れ者扱いされるが 実際のところ単純な攻撃力で彼女に勝る者は 中々いないので悪評と名声ともに高い アシュレイ・リード 男 人物像 道化た皮肉屋の男。全身に紋様が描き込まれている。生まれつき心臓が弱く、激しい運動は出来ない。 言葉のみならず音も文字も紋様も印(ジェスチャー)も使う、符術士にして言霊使い。“表現の探求者”。 魔力を一切行使出来ない彼が扱うのは呪文や魔力ではなく、言霊。 世界そのものを揺さぶり効果を顕す『それ自体に力ある』表現を見出し使う。 『それ自体』に力があるので、知りさえすれば誰だろうと使うことは可能。 理論上不可能は無いが、見出して行く事は至難でアシュレイ自身も使える数はそんなに多くない。 学者肌の彼は起動条件を細かく調べている。 誰の声でなら発動し、誰の描いた紋様では発動しないのか。詩なら無理でも歌にすればどうか。 強大な力を見せ付ける彼の奥の手は、毎日少しずつ修練してきた正拳突き。 動かずに万能の力を自在にする虚弱者の拳など誰も考えないが故に只一度、一瞬のみ切り札足りえる、奇襲。 ピカル=レトロ 人物像 魔剣ランダマイザーを所持する魔剣士 ランダマイザーは斬ったものの「存在する確率」を意図的に変動させる驚異の魔剣である 具体的には斬ると同時に天から二つのサイコロが転がり落ち、 期待値未満なら死亡、ファンブルで存在消滅することになる 逆に期待値以上ならば傷が治り、万が一クリティカルが出たら不老長寿になる 加えて、一回斬るごとに「自分の分の」サイコロまで降ってくる恐るべき魔剣 そんなものを振り回しているのにいまだしなない彼女は世界一運が良いのかもしれない パスティル・マジクシール 人物像 ギャンブラー。 小さい頃から魔法コンプレックスで、この腕1本で魔法に勝って見せる!と意気込んでいる。 魔法を用いたイカサマが公認されているマジックカジノに単身で乗り込み、魔術師達とギャンブルで勝負する。 魔法にも劣らぬ『業』で着実にイカサマを仕込み勝利を勝ち取っていくが、たまたま居合わせたヘイ=ストに勝負を吹っかけてしまい見事に惨敗。 有り金を全部取られすっぽんぽんで追い出された。 それでも彼女は懲りずリベンジを企ている。