琥珀は老蟲の夢を見るか? 前篇  命の価値、と言うものは、そもそもが全て偶然の産物である。存続していると言う事実。ただそれのみが次の瞬間の命を繋ぎうる。  その意味では人間にもまた不確かな未来などなく、散逸した過去も無く、現在しか無い。つまりは、動物的なのだ。  糧を手にし、命を繋ぎ、その為の手段を保安点検する。それらに分類される物は結局の所、動物的所作の延長線上に位置する。  だが、それだけに大切なのは現在であった。    さて、ある街道筋の宿。夏らしく乾いた熱い風の過ぎていくその場所に、その少女は仮住いしている。  幾ら湿気が少ないとは言え、それでも尚涼しいとも言えない古びた部屋の中で、寝具を被って少女は寝込んでいた。  この調子は昨晩からである。そして、何時もの事だ。  幸いにして、彼女には金を稼ぐ為の元手、と言う物が十分過ぎる程あった。  つい昨日も仕事をこなしたばかりで、病気持ちのまま宿を追い出されるような醜態を晒す心配だけは無いのだった。  彼女の病気は、酷く奇妙なものだ。と、言うのもそれは肉体的な意味においてはどのような病の症状も呈していない。  にも関わらず、生存の為に必要な何か──いわば生気とでも呼ぶべきものだけが酷く希薄なのである。  それが齎すものは酷い倦怠感や、四肢の僅かな麻痺、気力の減衰。憂鬱症に掛かりでもしたかのようだ。  とは言え、誰にも文句を言われる筋合いは最早無い事だけが彼女の救いだった。  カサカサの唇を酸欠の魚のようにパクつかせた所で、その少女の片手が持ち上がった。    右手、右手。しかし、奇妙な右手である。見れば、明らかに火傷と見える傷痕が掌に広がり──その丁度中心に、一際大きなコルネリアスが嵌っていた。  傍目には丁度小手に施された細工物の様だが、手は生身の人間のそれだ。  更に、観察者を仰天させようとでも言うのか、にょっきりと何かがその宝石から立ち上がる。  アカイヒトガタ。しかし、それにはれっきとした名がある。 「アップル、アップル。起きて。もうとっくに昼じゃない。私、お腹が空いた」 「……あと、ちょっとだけ寝かせて、チェリー」  ふかふかの毛布でパイみたいになった少女──アップル=T=エルマチャイに、トッピング宜しく変な人型──チェリーが自己主張する。    さて、話は変わるがこの二人の言葉、一見正反対のように見えるが実際の所どちらも正答である。  要するに矛盾なのである。チェリーなる存在にとっては食事と言うのは欠かせないものであるし、アップルにとっては睡眠こそが目下の欲求。  が、軍配は初めから明らかだ。飽和した睡眠時間と言う奴は、外界からの刺激には抗しえない。  言い換えるならば、余りに小うるさい言葉に寝ていられなくなったのである。  彼女は起き上がる。肌着一枚と言う姿が、何処か病的なその肢体を真昼の光に晒し出す。  赤い髪。火傷のように放射状に広がる『宝石』に縁取られた赤い片目。それから、掌に埋め込まれたコルネリアス──それがアップルと言う少女を構成する要素であった。  その中で異物と言える物があるとすれば、手の甲にくっついたまま、にょっきりと隆起してぺちゃくちゃやっているチェリーぐらいである。    娘が裸身を晒すのは一瞬。替えの肌着を纏うと、すぐさま、窓辺に翻っていた着衣に手足を通してフードだかマフラーだか分からない、マントと言うには短い布を被った。  始まるは退屈な一日。冒険者と呼ばれる人種の、気だるい午後であった。  /  王国連合正規歩兵。略して単なる警備兵。言い換える所の単なるヒラ兵士A。いくらでも替えの効く鉄砲玉。  それがエリック=J=ゴードンと言う男の役回りであった。  その筈なのであるが、彼は今、鎧下もそのままに詰所に待機を命じられていた。  送り主は、と言うと西国騎士枢機卿──つまりは、西国騎士団長からである。  文面は、と言うと、『調査の為に人員を送る。そちらは応対の上、彼の補佐の為の出向者を決めておく事』。以上。  何が何だかさっぱり解りはしないが、要するに自らに貧乏くじが回ってきたらしい、と言う事だけは彼にも理解できる。  髪をぐじぐじと掻き回し──指先にかなりの数の髪の毛が抜けて絡まっているのを目撃し、たっぷり数分程落ち込んでから、彼はため息をつく。 「サレット、サレットだよな。俺には今必要なのは……」  因みに、鬘と言う選択肢は彼の中には存在しない。  虚偽を憎むだの、ご大層な題目などどうでも良いのであるが、時として齎される風の悪戯とその結果を想像は彼に二の足を踏ませるに十分過ぎた。  彼はまだまだつまらない虚栄心を捨てるつもりなど微塵も無い。いわば、徹頭徹尾した俗物なのであった。  いや、むしろ、俗物であるからこそ捨てる気がないのだろう。  彼自身の毛根の問題は羽毛の如く軽きが故にここまでとして──詰所の扉が開いた。  エリックはと言うと、その数瞬前に聞こえた石畳叩く靴音にすっかり居住まいを正し、椅子に座りなおしていたのであった。   貧窮する宮仕えらしい習慣を履行して、きりっ、と引き締められた顔になると彼は訪問者を待つ。  まず見えたのは、男の同僚の姿だった。彼とは違いしっかりと武装した姿のボブ軍曹は小柄な人影を連れている。  エリックのその人物への第一印象は、所謂冒険者、と言う人種であろう、と言う予想である。  くすんだ襤褸のようなフード付きのマントに、履き古した靴に古ぼけてはいるがゆったりとした衣服。  紋切り型の旅装ではあり、それだけをとって見れば、例えば西国は聖都へと向かう巡礼者のようにも見えるが、  だらり、と下げた片腕に嵌められた、曲線を描いて伸びる、くすんだ黄金色の鉤爪を取り付けられた奇妙な戦小手がその可能性を否定している。  もしもただの巡礼であるのならば、ここまで奇っ怪な武装はすまい。  だが、それよりも気になるのは、爪小手に刻まれた、正義の龍──トランギドールをあしらった、王国連合の紋章が一。 「……失礼するニャ。エリック=J=ゴードン上等兵?」  不安げなエリックの視線に気づいてか、その人物は僅かに沈黙を交えてからポーニャンド訛り ──猫人、つまりはワーキャット達の国家であり、 王国連合の中でも経済的、歴史的に一定の立場を持つ古い国──の抑揚の無い声で、彼に言う。  その言葉にどう返答したものか、と口ごもった彼よりも早く、ボブ軍曹が猫人へ答えた。 「シルヴァ殿。こちらが」 「そちらの手配した者にゃね。解っているにゃ。本来は冒険者の領分──されど、信用し難い故に手勢を使う。彼は十分にゃの?」 「勿論です。エリックは、私達の内でも、こう言う仕事に才が──」 「……まぁいいにゃ」  単なる社交辞令だろうやりとりは聞いていて余り愉快なものでもなかったが、それよりも自分を無視して進んでいく一方的な話がエリックに溜息を誘う。  それを抑え込みつつ、じっと待つ。ややあって、ボブ軍曹が彼の方を向き、口を開いた。 「さて……エリック。ここからはシルヴァ殿の命令に従えば良い。今からお前は原隊を離れ、特別の任務に付く事になる。 詳細は彼女が伝えてくれるそうだ。しっかりと覚えるようにな」 「了解しました、軍曹殿」  立ち上がり、敬礼を返すものの、エリックはボブが一瞬浮かべた憐憫にも似た表情を見逃さなかった。  以心伝心であろうか、不幸な事に彼はそれを読み取る事が出来た。  それはつまり、ぞろろくでもない案件が外れ者である所の彼らに回ってきたと言う事でもある。  長年の軍隊暮らしでそんな奇妙な命令に出会う事は一度ならずとあったが、今回は飛び切りの一品であるような錯覚を覚えていた。  足早に退出していくボブを立ち尽くしたまま見送りながら、上等兵は猫人──どうやら女性らしい。 彼にはワーキャットの見分けなどつかないのだが──に向き直り、「エリック=J=ゴードンであります。宜しくお願いします」 と、紋切り型の自己紹介を切り出した。それを聞き、シルヴァが被っていたフードを脱ぎ、鋭い目を彼に向け、口を開く。 「私はシルヴァ。西国教皇庁天暁騎士団が一、こちらこそ宜しくにゃ」  /    冒険者と言う人種にとって娯楽と言えば三つ。即ち、飲む、買う、打つ。  そして、所によっては食うと言う要素が入り込む事となる。  燦々と陽気の差し込む中、窓も閉ざされず、地下の穴倉にある訳でも無い旅籠にあっては、 暖かい食事こそが旅人達の一番の憩いとなろう事は疑いを入れない所であった。  最も、それだけに宿の食堂は今やこの町の何処にこれだけの人が潜んでいたか疑わしく思える程にごった返し、 夜ともなれば娼婦に鞍替えする端女も日の光に照らされて、けばけばしい化粧も何処にやら、皿に水にと忙しく動き回っていた。  その片隅で、アップル=T=エルマチャイは昼食を摂っている。寝起きとくれば余り空腹でもない。  冷たい水とパンとチーズと果物、それから野菜。行儀も悪く、片腕がもぞもぞと動いているようにも見えるがそれは彼女の咎では無い。  チェリーと言う名の晶妖精。彼女の片腕に嵌まり込んだ宝石の化身が食事をよこせよこせと騒いでいるだけである。  別に食事を摂る必要など皆無である筈なのに、彼女の種族は物を食うのに執着する。  アップルにとっては余り見られたくない傷跡に居るだけに、少々迷惑ではあったのだけれど、 それでも親しい同居人、僅かに辺りを見回しつつも、服袖最中にチーズの欠片ををひょいひょいと。 「どうしよっかなぁ……」  途端、もぞもぞと動き始める片手の膨らみを視界の隅に置きつつも、少女は考えを巡らせていた。  何をすべきかを考えているのでは無い。何もすべき事は無いのだ。だからこそ、一体全体どう時間を過ごすのかが問題であった。  ふう、と息を付き付きパンの欠片を手の内で躍らせる。  冒険者、とは流浪の身である。即ち、規則正しい定職持ちには全く予想し難い事であろうが、 丁度今のアップルのように暇を持て余すような事態がままあった。  特に、極々少数ではあるが存在する、彼女のような半端者にとっては、である。  下層に属する冒険者であれば日々暇無く働かねばなるまいし、 有力者とコネを作り、確固とした地位を得ているような手合いは冒険以外にも雑事や社交に忙しいだろう。  本の一冊でもあれば良いのだろうが、生憎と放浪の身の上、持ち歩ける荷物は左程多くも無い。  ゆっくり羽根を伸ばせるいい機会でもあるが、彼女は賢明にも旅籠の主から新しい仕事の口利きを頼む事に決めた。    ──響く声。音。誰も彼もが彼女の存在などまるで気にかけた様子も無く、めいめい好き勝手に真昼の一時を過ごしている。  娘は水を飲み、生野菜を齧る。僅か数分。当然その程度では人ごみの量は少しも減少しはしない。  時間は確かに有り余る程あるのだが、これではきっと目的を果たすまでは時間を要するに違いあるまい。  そう考えるのも無理なからぬ盛況ぶりであった。  この町は所謂、街道の宿場だ。ポーニャンドにも程近く、かの国の悪名高き大森林地帯の周縁部に属している。  夜の森──ポーニャンド大森林──の悪名とは、地形や人を寄せ付けぬ木々の故では無い。  そこに潜むものどもこそが、人をしてそれを恐れさせ、そしてこの地に彼女のような冒険者を集めている。  それは人類及び、その友好諸種族にとっての災厄。即ち、魔物である。  それはさておき、問題があるからこそ人は集まる。いや、寧ろ、問題を避けえぬからこそと言うべきか。  ポーニャンドへの道は数あれど、山野に囲まれた大金持ちの王様にお目にかかるにはそのどれもが、この森の側を通らねばならぬ。  そして対価は膨大な医学術に立ち並ぶ商館や銀行。  危険ではあるが、最も役立つ交通の急所。行くは難儀も秘密漏らさぬ鉄扉の銀行。  それ故に流れ込む様々な人々もまた多く、その守護をするには街道行く猫騎兵などではとてもとても手が足らず、 一帯は近隣諸国から護衛に討伐、調査に狩猟と多種多様の目的を携えた冒険者が闊歩する地になっていたのだった。    最も、それは冒険者と言う連中にとっては至極有難い事だ。  もしも魔物が居なくなれば、冒険者と言う職業は単なる便利屋に過ぎなくなってしまう。  それだけならまだしも、魔物と言う厄介事が無くなってしまえば、文字通りの飯の食いあげとなる冒険者も数多くあろう。  蔓延る彼らをして国家の怠慢と言うは易しいが、実際問題として冒険者が居なくなれば、それだけで立ち行かぬ国もある程だ。  最も、冒険者ギルドの結成を禁じ、国家に所属しない武装集団が一大勢力となるのを妨げている辺り、お互い様であるとは言えた。  そうなれば食い詰め者が野盗とも化そうが、しかし、それはすぐさま討伐すれば良いだけの話である。  アップルはコップを指で弄びつつ、戦場のような忙しさにも気を留めず、時間を持て余していた。  彼女がそうしている最中にも、人の出入りは途切れない。よく晴れた夏の日にも関わらず全身黒づくめの変人から、学者風の男、 この辺りではよく見る猫人はマタタビの風味をつけた麻パイプを燻らせている。  実に牧歌的な光景であった。 「誰か、医者か、魔法使いはいないか!?怪我人だ!死にかけてるんだ!助けてやってくれ!」  必死の形相で叫ぶ、行商人らしき装いをした男が駆け込んでくるまでは、である。  恐らくはこの町の地理に疎いのだろう。医者に駆け込むよりも早く、人の多い場所を目指したと言う訳だ。  ぴょこん、と袖から顔を出したピーチが目を丸くしてそれを見ていた。  途端に慌ただしく人の群れがざわめき始める。様々な反応を残しながら、ややあって、 何人かのお人よしが行商人の後について店の外へと歩いて行くのをアップルは見送った。  目の前で倒れたならばいざ知らず、自ら出向く程には彼女もお人よしではない。   「ねー、放っとくの?アップル」  最も、手のひらの晶妖精はそうでは無いらしかった。 「ボクには関係無いよ、と言うか面倒臭いし、のこのこついてっても邪魔になるだけだし」 「えー、見捨てるの?酷いなぁ」 「……仕方ないなぁ。何時も思ってるけどさ。何かするのはボクなんだから、すこしは考えてよ?」 「アタシがいないと何も出来なくなっちゃうんだから、これぐらいの我儘はどーんと聞きなさい、どーんと」  実際問題として、先ほどの言葉通りであるのならば、彼女に出来る事など殆どないだろう。  とは言え、彼女の小さな同居人は納得がいかないらしく、頬を膨らませつつ、更に何やら訳の分からない理屈を喚いている。  こうなってしまえば存外に強情である事を少女は重々承知していた。  承知していたので、少女は仕方なしに首肯する。  席を立ち勘定を済ませると店の外へ出る。すると、すぐに人だかりが見えた。  駄馬に曳かれた荷車らしきものが見えるが、その詳細は判然としない。  しかしながら、すぐにでも解るものがあった。血と腸の混ざった匂いである。  一度ならずと縁のあるそれに顔を顰めながら歩みよった彼女が見たものは、ある意味で予想通りのものだった。 「これは──もうだめですな。神父様を呼びましょう」 「そんな!この子は私の甥で、助けてください、お願いします!」 「私だって助けてやりたい。ですが、大魔導師様でも無ければ、こんな傷はとても……」  そんな型どおりのやり取りを耳にしながら、もぞもぞと騒ぎ出す片手の小人を押さえつけ、厄介事の中からも銭の種を拾おうと抜け目のない眼で彼女はその光景を見ていた。  どのような怪力の持ち主か、被害者はものの見事に胸から腹にかけて引き裂かれていた。  胸壁が肋骨ごと千切り取られ、腹腔も縦に引き裂かれ腸がどろりと覗いている。  よくもここまでもったものだ、と冷静に少女は思考するが、馬車に下がった薬瓶がその答を告げていた。  成程。よくよく観察してみると、この男は旅の薬屋であるらしい。恐らくは彼が商う麻薬か何かで痛みを免れているのだろう。  ともかくも、傷痕からして、下手人は明明白白。魔物だろう。運の無い事だ。  彼女は一息にそこまで結論を下し、それから憐みが吐き気のようにこみあげてきた。  バラバラに引き裂かれた哀れな人間。羽虫のような息をして、空っぽな瞳で必至で何かを見ようとしている。  言わば、半死人とでも言った所か。それは酷くアップルを落ち着かない気分にさせていた。  恐ろしくもあるし、悲しくもある。理屈を乗り越えてやってきた感情の津波に、少女は僅かめまいを感じた。  ぐいぐいと、彼女の腕が勝手に動く。ピーチの仕業である。  何やらそれは下がっている薬の袋に伸びているらしかったが、どう見ても手遅れだ。  それを制し、何をする事も出来ずアップルは立ち尽くす。  魔物に襲われ、そして死ぬ。それ自体は実に有り触れた事象であったが、だからと言って彼女の心が収まるわけでもない。  がっくりと膝を付き、言葉一つ発せられない行商を尻目に、神職らしき男が周囲に「この町の神父殿を呼んでください」と告げる。  そのあとは事務的なものだった。形式的な慰めの言葉と、軽い神の印。誰しもが助けるのを諦め、口ぐちに何かしら呟きながら三々五々立ち去っていく。  殆どの人間は何処かしら野次馬の要素を持っていたのだろう。  彼らの内で残った者と言えば、黒服の変人に、これまた奇怪な姿をして、幾本もの筒が突き出た雑嚢を背負った極東風の顔立ちをした男、神父に少女ぐらいだった。 「……酷いね、これは」  そう呟いた所で、黒服と極東男が同時に歩み出た。  彼等は、一瞬目くばせをするが、意を察したらしい極東人が瀕死の男に歩み寄り、行商に問うた。  その手には、彼女には見慣れない奇妙な刃物が握られている。  クナイ、極東ではそう呼ばれるナイフをアップルは知らなかったが、彼が何をしようとしているのかは容易に理解できた。 「楽にしてやっていいか?その方が甥の為にもなると思うが」  びくり、と一度肩を震わせたが、行商は頷いたらしい。そのナイフは過たず脊髄へと滑りこみ、その意識を永遠に刈り取った。  そうして、もう二度と動かなくなった甥を見ている間に、きっと忘れていた感情が蘇ったのだろう。 「殺してやる。あの糞餓鬼……ぶち殺してやる!絶対に!」  そんな、物騒な言葉が少女の耳に届く。  誰も何も言わぬ。おっとり刀で駆け付けた、ポーニャンド騎馬隊の蹄の音や、葬儀屋の馬車音は彼にはもう聞こえていないのだろう。  他人事、その便利な単語が脳裏に閃くが、そもそも見ず知らずの人間だ。義理もなければ義務も無い。  単に不幸であっただけ。それだけだ。  だが、どうにも。世の中には変人と言う物が絶えないらしい。  そんな極々普通のありふれた不幸に何でもない風に手を差し伸べる者がいた。 「俺には詳しい事は良くわからんけどさ。魔物が出た、ってなら殺さなきゃならん。良かったら、太刀添えしても構わないか?」  その言葉を聞いて、思わず勘ぐる程には少女は世間の荒波に揉まれていた。黒服が肩を竦めてそれを見ている。  行商は一瞬訝しげな表情を浮かべたが──数秒の後、恐らくはこの町が冒険者と言う何でも屋にあふれている事を思い出すのに必要なだけの時間が経ってから、 極東人と、黒服と、それから少女の方を見やった。  縋るような眼。別に自分でなくとも良いのに。そうは思うが、このまま立ち去ってしまうのも気がとがめた。  やってくる馬車。その車輪の音が止まるのを契機にして、『依頼主』は彼らにとつとつと話しを始めたのであった。  next