海魔達の葬列 『海魔深姫』海馬ラ=ミューダ http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/180.html 『海魔大母』ラ=サルザ=ルーエ http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/705.html ムー=バミューダ http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1898.html タユタ http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1186.html ------------------------------------------------------------------ 巨大な海竜巻が晴れた後、そこには一人の…いや一つの屍した体が残された。 ゆっくりと波間を漂うその身体、生命の鼓動は消え失せ、辛うじてしがみつく魂も弱弱しく。 今にも海の底へ消えてしまいそうな… その身体は半身を抉り取られ、残った部分もほとんどが焼け爛れ海の魔物達ですら 食欲が失せるようなおぞましい様子。 少女。 確かにそれは少女の死体。 ただ一つ、不思議な事がある。海の掃除屋たる魚達、微生物達、若しくは大食漢の魔物達 そのどれもが彼女をついばむどころか、触れようとすらしなかったのだ。 海の生物達は彼女が漂う先を避けるようにして列を成した。 それは海魔達の、葬列であった。 その列の先、二人の海魔が表情も湛えずに在る。 波に揺られながら進む彼女が深海へと堕ちようとした時、片方の海魔が触手を伸ばした。 喰らおうとするには余りにも繊細に、優しく少女の身体を包み込むと、自らの目の前に引き寄せる。 「ねぇ、お姉様。私、今だからこそ言いたい事があるのよ。」 「…。」 少女よりもすこし年上に見える海魔物、ムー=バミューダが呟いた。 「私、この子が憎たらしくてしょうがなかったわ。私よりもちんちくりんの癖に…  お姉様よりも歌が上手で、私よりも踊りが上手くて、インペランサよりも速く水を掻き分け  アビセスランサよりも深く潜る事ができて、シーグライダーよりも高く波間を跳ね  かと思えば、ギルドラよりも大きく、守護者ネレイドーよりも腕っ節が強くて  大砲クジラみたいに邪魔者を蹴散らす事ができたわ。」 「そうね、そうだったわ…。」 ムーと少女…海馬ラミューダの動かぬ体を後ろから見つめて、ルーエはぽつりと吐いた。 「そうよ、私…なんでも出来るこの子が、とても憎たらしかったの。」 触手でラミューダを胸元に引き寄せると、ムーはその欠けた肢体を愛おしそうに抱きしめた。 「でもね、この子がくれた楽しい思い出はそんな憎たらしさを忘れさせてくれたのよ。  この子の背に乗って波間を駆けた時ほど、空の青さと太陽の眩しさを感じた事は無かったわ!  この子が語ってくれた大地の話は、私を遠くに連れ去ってくれた!  縄張りを荒らす人間達を殺そうとした私を引き止めてくれたのもこの子!  お姉様の次に私の踊りを褒めてくれたのはこの子だった!それ以来私は踊るのが楽しくなったのよ!  私はこの子からいろいろなものを貰ったの!」 「ムー…」 「…やっぱり私この子が憎たらしいわ。  私楽しみにしてたのよ、一日の終りに『今日はね、こんな事があったんだ!』って、この子が話してくれるのを。  それがなによ!こんな姿で私達の前に現れるなんて!私達の楽しみを一つ、永遠に奪ったんだわ!」 ムーの眼は涙を流す事はできないはずだ。 はずなのに。 大海原が少し、その塩辛さを増した。 「私…この子に…何も返してあげて無いのに…どうしろって言うのよ…。  私達を置いていかないで!お願い…お願いよ…。」 ラミューダの虚ろな目は、最愛の姉達の姿を見返すことは無い。 ただ、空を… 「泣くのはお止め、ムー…ラミューダが悲しむわ。」 開かれたままのラミューダの眼をそっと閉じてやるルーエ。 彼女は涙を流せない。ムーよりも、もっともっと純粋な『魔』であるから。 「ねぇお姉様…どんな残酷な魂が、この子にこんな仕打ちを出来るというの!  この大海原のどこを見渡したって…そんな者はいないはずなのに…」 泣き叫ぶムーとラミューダの動かぬ身体を抱きしめ… ルーエの漆黒の眼がより一層どす黒さを増した。彼女の心はもはや北方の流氷よりも冷たく 陸地を洗い流す大津波よりも激しい。 「陸の者よ…剣を操り、血を流す陸の者よ!奴等のような腐りきった心を持つ者以外に  …こんなことができるものか!」 ムーからラミューダをひったくるようにして奪うと、ルーエは己が脚たる魔犬に命じた。 「アルストーティス!」 魔犬はラミューダの欠けた身体を一呑みにした。 「お姉様!」 ムーの悲痛な叫び、その場にいた海魔達も次々に悲鳴を発する。 狂ったのだ!悲しみのあまりルーエ様はご乱心なされたのだ! 「黙れお前達!」 「でも、お姉様…!」 「お聞き、ムー。貴女はこのままラミューダの魂を、深海の淵に堕としてしまってもいいというの!?  私達の愛した…可哀想なラミューダの魂を、終わる事の無い漆黒に堕としてしまっても!?  そんな事ができるものですか!」 見かねた海の精霊タユタが口を挟む。 「それで自らのうちに取り込もうというのか?愚かな!海より出でた魂は、海に戻ってこそ  新たな生へと廻るのじゃ!お主に取り込まれれば、ラミューダの魂は輪郭を失い  結局はお主の魂の糧となるだけよ!」 「ふふ…ははははは!」 気が振れたように笑い狂うルーエ。 「浅薄なご忠告恐れ入るわ古い海の精霊!長い間洞穴に籠もっていたせいで、思考の流れまで  澱んでしまったようね!…取り込む、ですって?だれがそんなことするものですか!  …私は、この子の母になるのよ!」 「馬鹿な!弱っているとはいえ生きた魂を内に入れ、新たな肉体を与えるなど…お主の肉体を  犠牲にするつもりか!」 ルーエの腹がごぼごぼと音を立て、見る見るうちに膨れ上がる。 「ああ…感じるわ…ラミューダが私の中で暴れている…お腹が空いたのね?」 「お姉様!駄目よ!この上お姉様まで失ってしまったら、私どうしたらいいの!?」 ルーエの顔に湛えられた笑みは、この世で最も邪悪な存在『悪魔』にそっくりであった。 「いいのよ、ムー…すぐに…悲しみなんて…感じられなくなるのだから…  ああああ…クるわ!くるワ!  叫んでいるワ!『オナカガスイタ!オナカガスイタ!』  いいワ!存分に食べつくしなサイ!  この大海原ノ、全てノモノは…  あ な タ の 餌 食 だ ワ ! 」 「いかん!」 タユタは咄嗟にムーを抱え、そのヒレを羽ばたかせて空高くへ跳んだ。 眼下には体の数倍、腹を膨らませたルーエと、驚き竦み、動く事もままならない海魔達。 次の瞬間… ルーエの女陰からうねうねと蠢くゼリーがとめどなく溢れ出した。 滑るように海面を疾走るそれに触れた者は… 「見るな!見てはならぬ!」 タユタは地獄を見た。溶かされ、喰らい尽くされる葬列。 新たに生まれたおぞましい命は、前の命の終りを悲しんでくれた者達を喜んで喰らったのだ。 「あああら!ムー!あなた逃げるのネ!あハハはっ!  …臆病者ォオオ!何も返すことガ出来ないなどとほざいておきながラ!  己が肉体ヲ捧ゲる事は拒むというノかぁあア!  降りて来い!降りて新たなル命に!全てヲ捧げロォオオオオァア!」 「お姉様…お姉様ぁあ…」 「見るな、聞くな…!お主の姉は魔に堕ちたのじゃ…!なんと惨い事よ…!」 タユタがムーの頭に手をかざすと彼女は気を失った。 「忘れるのじゃ…お主達姉妹の日々はもう終わった…そしてもう…二度と戻る事も無いじゃろう…  全てを忘れよ、そしてどこか遠い所で…平穏な暮らしを営むが良い…!」 そのまま空間を越えて、タユタとムーはどこかへ消えた。 血と肉の交じり合った紅い海の中心で、笑い声を上げるルーエ。 「うふふ…うふふふ…大きくそだてぇ、大きくそだてぇ…いっぱいたべておおきくなぁれぇ…  あなたにあたらしいなまえをつけてあげなきゃ…  ああ。  あなた、まえはおんなのこだったから、ばらばらにされちゃったのよ…  あなたのあたらしいなまえは『エル=ミューダ』。おとこのこのなまえよ。  あなたが石灰岩のよろいをまとって、海色のかみをふりみだしてたたかうすがたはとてもきれいだった  でもそれじゃあダメなの…  わたしの燃え滾る血の様な溶岩の鎧を纏って!  汚泥の如く真っ黒な髪を振り乱し!  鉱石よりも硬い槍で敵を貫き!  シードラゴンよりも巨大な身体で陸地を押し潰すのさ!  ハハハ!あはははははは!  あなたは海も、陸も、空も!  全てを蹂躙する『魔王』になるのよぉおお!  アは、あはは、あははははははは…!」 〜了〜