どれほどの間こうしていただろう? 数秒か、それとも何時間か。 父を失った、殺した悲しみを心の隅に追いやり、幾世は立ち上がった。 目の前にある城門…そのかんぬきを外そうと手を伸ばす。 背後からの衝撃に幾世は門扉に叩きつけられた。 膝が折れ、門扉に縋るように崩れ落ちて行く。 背中に鋭い痛みがある。矢で射られたのだろう。 体をずらし、後ろを振り返れば、多数のモンスターが彼女の方へ殺到してくるのが見えた。 振りかぶった巨人の斧が、飛び掛る魔獣の牙が、走り寄るゴブリンのナイフが…。 襲い掛かってくる動きがはっきりと見えた。 何も出来ないまま地面へと倒れこむ幾世の耳に幻聴が響く。 「こんなモン、一撃ですよ!」 そうだ、この声だ。 いつも私に笑顔をくれたのはこの声だった。 地に倒れ伏す幾世の上を何かが通り過ぎた。 それは巨大な板状の物で、モンスターたちを巻き込み、派手な音を立てて吹き飛んでゆく。 「この馬鹿!いきなり門をぶち壊す奴がいるか!」 「だって門閉まってたじゃないですかジョバンニさ〜ん…」 遮るものの無くなった門の外に、大好きな親友の姿があった。 ■オレキャラスレRPG/SS 次なる英雄■ 夕暮れの酒場は活気に溢れていた。 仕事を終えたものたちがエールを片手に機嫌良く笑っている姿がそこかしこに見られる。 その片隅で同じように騒がしいテーブルが一つあった。 「幾世ちゃ〜ん!無事でよかったですよ。」 金髪のツインテールが幾世の顔の前でゆらゆらとゆれている。 ツインテールの根元は、椅子に座っている幾世のちょうど真上。 エールのジョッキを持ったまま、更葉=ニードレスベンチは幾世に後ろから抱きつくような格好で立っていた。 「おい、まだ傷もちゃんとふさがってないだろうに…。あまりベタベタ引っ付いてやるな。」 向かいに座るメガネをかけた射手、ジョバンニ=ベンリが注意した。 彼の前には串に刺さった炙り肉が並んでいる。 小さな手がその串を横からひょいと摘む。 「回復魔法をかけたとはいえ、今晩くらいは安静にした方が良い。」 白銀の髪の少女はそういうと肉にかぶりついた。 こう見えてもこの少女、シャルは人ではないらしい。 銀鱗龍…賢龍シャルヴィルト。 人の姿をしていてもその知識、魔力は圧倒的であった。 現に幾世の受けた傷は、ほぼ元通りふさがっている。 「いや、しかし…無事で何よりだよ。幾世。」 彼らに混ざってディーンは微笑んだ。 今回の依頼人。幾世の仲間。少なくとも更葉たちにはそう思われている。 本性を知っている幾世には、ディーンの自然な笑顔がむしろ不気味に見えた。 「ヒンメルがあんなことになっているとはな。君たちに依頼して正解だった。」 ディーンに褒められ、更葉は照れながら頭をかいている。ジョバンニも悪い気はしないらしい。 普段あまり仕事が無い彼らにとってこれだけ手放しに褒められることは稀なのだ。 「それに、更葉=ニードレスベンチ。君が幾世と幼馴染だったとはね…。」 「そうなんですよ!幾世ちゃんには昔いろいろと助けてもらいましたからね!今度は私が助ける番ですよー。」 そういうと更葉はドンと胸を叩く。ちょっと痛かったのか一瞬顔が歪んだが気にしてはいけない。 連絡の途絶えた団員、幾世=フルレギュラーの捜索。 ディーンの依頼を受けた更葉たちは即座にヒンメルへと向かった。 しかしヒンメルの門は閉ざされていて中に入ることは出来ない。 門の向こうからはなにやら物騒な雄たけびやら叫び声やらが響いてくる。 早く助けに行かないと幾世の命が危ないかもしれない。 そこでジョバンニは考えた。 どこか入れる場所を探そう。 しかし、更葉は違った。 「こんな門、一撃ですよ!」 思いっきり斧を振り上げ、門へと叩きつける。 土属性斧戦士のあまりある攻撃力を門にぶつけた結果、蝶番は壊れ、かんぬきはへし折れ、門扉は吹き飛んだ。 門の向こう側にいたモンスターと一緒に。 その時、門を破壊した本人達を除いて、たっぷり5秒ほど世界が硬直した。 「この馬鹿!いきなり門をぶち壊す奴がいるか!」 「だって門閉まってたじゃないですかジョバンニさ〜ん…って  …幾世ちゃん!? 大変ですよジョバンニさん!矢!矢が刺さってます!」 幾世を発見し、駆け寄った更葉の声にようやく世界が動き出した。 モンスターは新たに出現した侵入者に向けて突進を開始する。 それに対しジョバンニは魔石と弓を構え、シャルは魔法の構築を始めた。 「更葉!その子を担いで下がれ…逃げるぞ!」 泥の晶妖精:ダートを召喚し終えたジョバンニの元へモンスターが殺到する。 『――氷壁よあれ』 シャルの作り出した巨大な氷がモンスターを氷漬けにする。 更葉はその頃になってようやくモンスターの大群が門の向こうにいたことを理解した。 「な、な、な……なんですかコレーーーーーーーーーッ!?」 「阿呆ッ!いいからさっさと逃げろ!」 ダートを矢に乗せてジョバンニは叫んだ。 矢と共に撃ち出されたダートは地面に巨大な魔方陣を書き上げていく。 「うひゃー…どんだけいるんだ?本気出さなきゃヤバそうだぜ。」 ダートを乗せた矢は縦横無尽に飛び回り続けている。 その向こうでは氷壁にひびが入り始めていた。 「数が多すぎる…氷壁がそろそろ破壊されるぞ。」 「大丈夫だ、間に合った!」 ジョバンニとダートが呪文を唱え終わると同時に氷壁が砕けた。 ――『泥堕螺没地』召喚! 魔法陣の中が渦を巻いて陥没していく。 泥が絡み合い腕や触手の形を模して渦の底から湧き上がってきた。 氷壁を粉砕して突進してくるモンスターが次々に泥に絡め取られていく。 「いやー、まさか門を開けたらいきなりモンスターハウスなんて驚きましたよ。」 「ハハッ!門を吹っ飛ばしたらの間違いだろ?」 上機嫌に酔っ払っている二人はもう何度目かの武勇伝を繰り返している。 ディーンはそれに飽きることなく相槌を返し、シャルは一人黙々と料理を摘んでいる。 仕事終わりの打ち上げとしては自然な姿なのだろう。 「ところで、幾世のことなんだが…」 ディーンはまるで世間話のように軽い口調で切り出した。 「君達のパーティに加えてくれないか?」 何? 「怪我のこともあるし、更葉=ニードレスベンチ、君がいるなら幾世も安心だろう。」 「もちろんですよ!私にどーんと任せてください!」 何を企んでいる? 幾世はディーンを睨みつけるが、ディーンは表情一つ変えずに笑顔を返した。 「団の仕事がある場合には召集をかける事もあるが、それ以外は定時連絡だけで構わないよ。」 ディーンはそれだけ言い残してテーブルを立つ。 「それじゃ、幾世のことをよろしく。」 「それでわっ!幾世ちゃんのパーティ参加を祝ってぇ〜…乾パーイ!」 既に顔が赤くなっている更葉がエールを一気飲みする。 なんだか頭がぐらぐらと左右に揺れている。 そろそろ止めさせた方が良いかも…と思う幾世を尻目にジョバンニは酒を注ぎ足していく。 「おー今日は調子が良いな更葉。ソレ、もう一杯。」 「うひゃひゃひゃ、任せなさいジョバババン!」 更葉がジョッキを空けてはジョバンニが横から注いで行く。 結果…更葉は豪快に倒れた。 更葉を横に寝かせてジョバンニは改めて幾世に向き合った。 「前衛が一人増えるってのは大歓迎だ。コレからよろしくな。」 ジョバンニも酔っているのだろうが、言葉はまだしっかりしている。 「うむ、更葉一人ではどうしてもカバーできないからな。頼りにしている。」 黙々と肉を頬張っていたシャルも口を開く。 「………よろしく。」 そう言うと幾世も眼前のエールを一気に飲み干した。 酒場を出たディーンはそのまま早足で歩き去ってゆく。 「目的は達せられたか?兄弟。」 ディーンはピタリと足を止めた。 路地に隠れるようにして刺青の男が立っている。 「頭領が自らこんなところへ出張ってくるとは…義妹がそんなに心配か?」 「兄弟達のことは誰だって心配さ。それが大兄ってもんだろう?」 盗賊ギルドの頭領、スピカ=ストイックは笑った。 ディーンは…笑わない。 「それで…目的は達せられたか?兄弟。」 ディーンの目を真っ直ぐに見つめて、再度、スピカは問いかける。 顔全体に入れられた刺青が不気味にうっすらと明滅した。 「ああ…賢龍との接触も果たせたし、更葉=ニードレスベンチという特異点をマークすることも出来た。」 表情を変えずにディーンは答える。 「情報と知識は何よりの戦力になる。賢龍団が真に賢龍となるためには必要なことだ。」 「そして『俺が英雄になるために』…だろう?」 スピカは楽しそうに笑った。 「ま、兄弟の目的が達せられたのなら、それはめでたい事だ。よかったな。」 スピカの刺青が一際強く光る。 「それじゃあな、兄弟。」 光を残して、スピカの姿が掻き消える。 いや、その場に誰かがいたことすら誰も覚えていないだろう。 ただ普通の街の風景がそこに広がっているだけだ。 「まったく…あの男と話すと護符(アミュレット)がいくつあっても足りやしない。」 ディーンは懐に手を入れると破れた耐魔護符の束を取り出した。 「俺から情報を掠め取れると思うなよ。盗賊ギルド風情が。」 破れた護符がはらはらと風に舞う。 ディーンは再び前へと歩みだした。 ■オレキャラスレRPG/SS 次なる英雄■(了)