■極東SS■ 『舞え、舞え、画龍』その拾 登場人物 頼片 蓬莱(ヨリヒラ ホウライ) ・三味線弾き ・ダメセクハラロリコンキタナイクサイクズハゲヘタレヒゲボンクラモジャお父さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/669.html 霜舟(ソウシュウ) ・墨絵描き ・いい女 ・お母さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1440.html ゲスト出演 ・謎の青年  http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/2039.html ---------------------------------------------------------------------------- 人生という長く険しくマジやってらんない道のりを、旅に例えて昔の人はこう言った。 旅は道連れ、世は情け。 旅も人生も、支えあう人情があってこそ順調に進むってなもんである。 さて我らがダメオヤジ、助けた亀、ならぬ助けたロリに力を貸してもらい一足飛びに 街道をすっ飛ばしてきたわけだ。 しかぁし、世の中そんなに甘かぁない。ロハでもなんでも力を貸すのが人情、しかし 只より高いモノは無いっちゅうのも又事実… 「あー、ダメだ。もー、無理だ。今日はこれ以上一歩だって動けやしねぇぞちきしょー。」 幾ら旅慣れていようとも、幾ら大地の獣のありがた〜い加護を受けていようとも 四十路を過ぎた男が半日近く全力疾走して無事にいられるわきゃあないんである。 このまま路傍に倒れ込んで朝を待ったって構いやしないっちゅう気分ではあるものの こんな山道でそんな事をしたら朝を待たずに命が無くなるのは解りきった事である。 幸い一里ほど先に小さな宿場があるのは知っていたから、倒れ込みたい一心をぐっと押さえつつ 百メートル毎に小休憩を挟みながら、メロスとかが見たら激怒しそうなペースで歩く。 やっとたどり着いた頃にはもう日もとっぷりと暮れていた。 「飯…水……死ぬ…」 軽快なステップを踏んでいるかのように見せかけて実はくたばる直前の蓬莱。 疲労と渇きと蒸し暑さの三重奏が彼に死の舞踏を躍らせているのである!うーむ、悲劇! 朦朧とする意識の中で足を運んだのが飲み屋なのだから、こいつマジだらしねぇな。 Q、最近だらしねぇな? A、元からです 軒を潜ると同時にばったりと倒れこんだ。もう一歩も動けません、ええ、動けませんとも。 突如襲来した珍客に唖然とする酒場の面々。 「ちょいとどうしたねお客さん!どっか具合でもおかしいのかい!?ねぇってば」 「み…みず…」 一同大慌てで水と飯を用意してやる。飲んでいた連中も団扇で扇いで熱を冷ましてやろうと必死だ。 喘ぐように息をする蓬莱の耳に、心地よい琵琶の音が響いてくる。 聞いた事も無い曲、朗々と歌い上げる声。 三途の川の先に顔も覚えていない両親の姿が浮かんできた。 「まだきちゃあいけねぇ」そう叫んでいるように蓬莱には聞こえた。 水汲み桶に齧り付くようにして大量の水分を飲み干し、白米とお新香を二口で平らげると いつものダメオヤジがカムバックである。 「女将さん!お代わり!」 「なぁんて図々しい…」 苦笑いしつつも飯を盛ってやると、今度はゆっくりと噛締めながら食らう。 空腹時の白米ほど身体に染み渡る滋養はこの世に存在しないだろうね。 最初は身構えた酔客たちであるが、今は新たな話の種を見つけて上機嫌である。 「しかしまぁ、お前さんなんだってそんなにふらついてたんだね。」 「身なりからすると、旅芸人かね?」 「応ともさ!根無しふらふら浮草稼業、その日の飯は食えずとも  惚れた女とふるさとを、助けてやらにゃあ男が廃る!ってなもんよ!」 浮草から帝都に向かう道途のこの宿場では浮草の連中は珍しい存在ではない。 大体の連中が無一文で旅に出るものだから、宿場で一芸披露するのが慣わしみたいなもんなのだ。 ここで御捻りを貰えない様なら帝都に辿り着く前に飢え死にしてしまうわけだから、幾つもの宿場は ある意味帝都で通用するかどうかを計るふるいとも言える。 「惚れた女たぁ憎いね!いよっ助平親父!」 「いやはは、何、俺ぐらいになると惚れた女が勝手に擦り寄ってくるのよ!  頼られた女を邪険にゃあできねぇだろうよ!」 (鬼の居ぬ間のなんとやら。) 「かーっ!言うねぇ!」 「お前ぇ、惚れた女ってなぁ女マロウドみてぇなしわくちゃ婆じゃねぇだろうなぁ?」 「歳の頃は?」 「まぁ二十歳は過ぎてらぁ。おい、年増だなんて言うんじゃあねぇぞ?  女はそれっくらいが丁度いいんだよ。」 「確かにウチのカカァも二十歳頃が一番…」 頷く一同。 「どんな女だ?」 「そうさな、例えるなら肌理は生娘にも勝り、肉置きは高間原の花魁にも勝り  貌は天孫様にゃあちと劣るってな具合かね…」 (あ、ここらへんに限れば霜舟に聞かせてやっても良いかもしれない。) おおお、とどよめきが起こる。 が、幾人かは疑わしそうな眼で蓬莱を睨んでいる。 「おいおいおい、天孫様を引き合いに出すなんざ罰があたっても文句は言えねぇぞ?」 「おう、そんな女がいるってぇなら見せてもらいたいもんだ。」 「なんでぇ、僻んでんのかい。まぁお前ぇさんらのカカァは妖に見間違えられるくれぇだからなぁ…」 「なんだとこの野郎メ!お前ぇんとこのイボイノシシにゃあ負けるよ!」 「なにを!」 勝手に一触即発になる野郎共をなんとか周りが引き止める。 「喧嘩は後回しだ馬鹿野郎!肝心な事を聞いてねぇだろうがよ!」 「肝心な事ってぇと?」 一人が代表してそっと呟く。 「…アッチの具合は?」 ぐぐっと人口密度が高くなる。溜めに溜めて… 「…蚯蚓千匹よ!」 (アウトー。) 「そりゃあもう俺の逸物を咥えこんで離しゃあしねぇのよ…雁首を撫ぜあげるようにだな…」 かこぉんと間抜けな音がして蓬莱は仰け反った。 女将の手を離れた杓文字は蓬莱の額を弾いて、天井に突き刺さっている。 「ほらほら盆暗共!きょうはもう店仕舞いだ!帰った帰った!」 お代を置いて渋々引き上げる酔客達。 器を片付ける女将を除くと飲み屋には蓬莱一人… 蓬莱はギョッとした。彼のいる席とは対角の席。 琵琶を抱えた男が一人、目を瞑ったまま座っている。 「何時から其処に?」 一間遅れて男がこちらを向く。 男の瞳は白く濁っている。 「旦那が転がり込んで来る前からずっと…二日程前、ですかね。」 「へぇ…居候って訳だ。」 蓬莱が立ち上がって彼の方に歩むと、彼の濁った目は蓬莱を追いかける。 彼の対面にどっかと座る。 彼の視線は蓬莱の視線と合う事が無い。 「お前ぇさん…盲か。」 「ええ、生まれついてのもンです。」 「そうかい。国は?」 「帝都のはずれでござんす。北房の辺り、ここたぁ真逆でさぁ。」 「あっこは落花生が美味いな。」 「良くご存知で!」 「立ち寄った事ぁねぇけども、食った事ぁある。酒のつまみにあれ以上のモンはねぇと思ってるぜ。」 「いや、捨てた古里ですが、褒められると満更でもない心持になるもんでござんすねぇ。」 聞きたい事は山程ある。 北房の生まれだというなら何故「永血後」の唄を知っているのか? しかも彼の唄った「山衣」は「永血後」の盲官の中でも最高位の者しか唄う事を 許されぬ秘伝のはず…。 「なにボサッとしてんだいあんた!洗い物ぐらい手伝わないと泊めてやらないよ!」 「え、何だい!泊めてくれるってぇのかい!?」 「どうせ宿賃も持っちゃあいないんだろう?全く…あ、そうだ。先に文ちゃんを上まで連れて行っておくれ。  上がって右の部屋だよ。ねぇ文ちゃん、悪いんだけど今日はこの親父と相部屋で良いかい?」 「ええ、ええ、あたしゃあ居候の身ですから。」 「悪いねぇ。狭くなるけどまぁ同郷って事もあるからね、許してやって。」 「同郷?」 『?』なのも当然。 盲の子供が浮草で生まれたなんて話は聞いた事が無い! 越してきた?そりゃあ昔は咎人を働かせる村の一つだった浮草村だが、今は最早収容所としての 機能は廃止されてしまっているし、そもそも革作りを生業とする浮草の村に盲の男が入れられるわけが無い。 「文ちゃんはね、これから帝都で一旗上げようってんだよ。男だよねぇ。  くれぐれもこんな出戻り親父になるんじゃあないよ?背中の三味線が泣いてるだろうにねぇ…まったく。」 「一言余計だよ女将!俺ぁ惚れた女と…」 「ふるさとを助ける、ってんだろ?はいはい、じゃあ頼んだよ。」 女将は皿を盆に満載してさっさと奥に引っ込んでしまった。 「へへ…早速一つ法螺がバレちまいやしたね。」 「おお、そうだな文ちゃん。…都名は『文一(あやのいち)』ってか?」 「普段は読み方変えてアヤヒトって名乗っておりやす。」 微笑む文一。食えない男だ。 手を引いて部屋(というより物置だ)に連れて行ってやる。 「おっと、箪笥にぶつかるんじゃあねぇぞ。…さて、お前ぇさんにゃあ聞きたい事が山程ある。  俺が洗い物片付けるまでに寝やがったら承知しねぇからな。」 「当たり前でさぁ。久々に面白そうな御仁と会えてあたしゃあワクワクしてるんですよ。」 …って言っておきながら戻った時にはもう夢の中なんだから呆れ果ててものも言えない。 だが、蓬莱の分もしっかりと布団を敷いてくれていたのでまぁ、ちゃらにすることにした。 死んだようにぐっすりと眠る。 夢の中で霜舟に何回も殴られたが、それが分一の寝返りのせいだとは露知らず。 〜続く〜