SDロボSS とある橋頭堡の一夜  暗黒連合統一暦十二年十月初旬、我々闇の国西方遠征軍第三軍団第十二師団第一混成連 隊第二大隊所属223アルアサド機甲中隊324名は守備目標地点であるアーリア橋に陣を敷い た。  全幅五mばかりあるこの大橋は、ザルガド渓谷を渡る三つの橋の内、大型兵器運搬に使 用できる唯一の鉄橋である、残る二つは小型の牽引砲を引いた軍馬が通るのがやっとと言 う石橋と、人一人通るのに神に祈る必要を要する年代物のつり橋のみである。  このアーリア橋を使用しないルートは、渓谷を大きく迂回しなければならないため、侵 攻の作戦活動に大きな弊害が生じてしまう。  そのためこの橋の警備には万全の体制が敷かれることとなった。  我らが223アルアサド機甲中隊はA−010通称アルアサド4機からなる機甲兵(ロボット) 小隊と、3門の牽引火砲を擁する一個砲兵小隊、それに随伴する二個歩兵小隊104名、 さらに通信分隊や工兵などの支援部隊含めて324名からなり、同中隊がこのアーリア橋の 守備を行い。ほぼ同様の編成である第二大隊の残る222中隊及び224中隊がアーリア橋前面 での哨戒、大隊長率いる221中隊がアーリア橋後方から大挙して押し寄せる我らの第三軍団 の精鋭達を粛々と案内し、前線へと送り出す算段となっている。  機甲兵小隊を預かるこの私としても、この任務は気を抜けない代わりに、非常に遣り甲 斐のある任務であるといえる。  前面で哨戒任務を行う二個中隊が、時折敵の斥候と出くわす以外コレといった戦闘も無 く、実に順調に作戦は進んでいた。  十月中旬には第三軍団十八万の将兵のうち、五万余りが渓谷を越えて戦線を構築してお り、翌月には大規模な侵攻作戦が開始されることとなる。  しかしこのまま問題なく進むと思われた作戦も、突然の悪天候を前に頓挫せざるを得な かった。十月下旬から俄かに降り出した季節外れの大雪は、勢いを弱めることなく一週間 以上降り続き、進軍のペースを著しく低下させた。どうやら来月から予定されていた侵攻 作戦は若干の計画変更を余儀なくされそうである。  十月三十日、快晴、昨日まで降り続いていた大雪はすっかりなりを潜め、今は雲ひとつ ない晴天に恵まれて積もった雪は急激にその厚みを失ってゆく。  それに伴い生じた泥濘で、やはり進軍のペースがさらに遅れることになるのは必至であ り、この橋頭堡での作戦も必然的に継続されることとなる。  本来であれば軍団の八割に当たる戦力が通過しているはずが、まだ目標の半分ほどしか 果たせていないことに若干の苛立ちを感じる。  これ以降天候が悪化しないことを祈るばかりであるが、天候を司る女神は気まぐれであ るといい、自分の祈りがどこまで通じるかは甚だ疑問ではあった。  晴天ながらも冬の足跡近づく肌寒い空気に、アルアサドの操縦席で軽く身震いする。戦 闘起動中はサウナのように熱せられる操縦席であるが、待機中はエネルギー消費を抑える ため、最低限の機能しか稼動させないのが常である。それゆえ空調なども弱めに使用する しかない。  それでも徒歩の歩兵達に比べれば、風雨に晒される心配のない操縦席はありがたい存在 である。強いて難点を挙げるなら、腕を伸ばすスペースがないほどに狭いことと、シート が硬く長時間座っているとケツが痛くなってくるところだろうか。  アルアサドのモノアイを鉄橋に転じると、わが小隊の頼れる狙撃手が操縦席の扉を開け てアルアサドから後機していた、おそらく寒さに誘われてションベンでもしに行くのだろ う。戦闘が開始されればトイレに行く暇もないので、こういった時に行っておくのは悪く ない。  定時連絡からも前方に展開する中隊から敵影の情報は無く、暫くは悠々と第三軍団の後 続が来るのを待っていれば良いだろう。  そういえば昨日から一兵も橋を通過していない、中隊長の話では大雪による雪崩が発生 し、道路の復旧作業に手間取っているらしい。しかしそれも今日中には終了し、明日から また連日数千名の将兵、兵器、物資が忙しなく橋を通過していくことだろう。  ふと気がつくと、先ほどションベンに行っていた狙撃手が愛機の元に帰って来ていた。 彼は手馴れた様子で機体をよじ登り操縦席に滑り込む。暫く鈍い起動音を響かせ、彼の乗 るアルアサドがすっくと立ち上がる。  彼のアルアサドには長距離射撃用の長砲身75mm狙撃砲が握られている。最大3kmの射程 を誇るこの狙撃砲は、通常型のロボットであればその射程いっぱいまで十分は破壊力を発 揮し、上手くいけば一撃で破壊することも可能な重砲であった。  その分機動性と取り回しに難があるが、そこは残る三機でフォローするのがわが小隊の 流儀である。  自機の武装は炸薬を減らし低威力ながら広範な弾幕を展開できる88mmサブマシンカノン と、左腕のシールドに仕込まれた二発のシュツルムファウスト、そして小隊長機の証でも あるサーベルという組み合わせである。  現在仮眠を取っている残る二名のアルアサドの武装はシュツルムファウストを連射可能 にしたバズーカと、予備のサブマシンカノン。もう一機は8連装短距離地対地ミサイルと サブマシンカノンを装備した重装備である。  橋頭堡の守備という任務にあるため、優先的に優良な装備が支給され、通常編成の二個 小隊に匹敵する火力を有する実に頼もしい部隊である。  随伴の歩兵、砲兵部隊にしても他の部隊よりも装備面、補給面で優遇されており、敷か れた陣を守る限り、一個大隊クラスの攻撃にも十分に耐えられる陣容となっている。  それらの堅牢な守りを構築する223中隊を誇らしげに見渡し、私は満足げに頷いた。  日は既に中天を過ぎ、そろそろ飯時である。  腹の虫が鳴り響く声に少し恥じながらも、交代の時までの一時を硬いシートに身を預け てゆったりと時を過ごした。  異変が生じたのは日付が変わって三十一日の深夜である。  空には相変わらず雲ひとつ無く、星々の煌く夜空には真ん丸な満月が浮かんでいる。  この調子であれば明日も晴天に恵まれ、いよいよ軍団の後続がやってくるだろうという のに、橋梁の前方で哨戒任務に携わっているはずの両中隊からの定時連絡が途絶えた。さ らに通信機の不調により後方に構える大隊本部にも連絡が取れない有様である。  223中隊は突如味方の軍の只中で孤立してしまったことになる。  この異常事態に中隊長は迅速に対応し、部隊の全員に第一級の警戒態勢をとらせ、兵員 はすべて仮眠から叩き起こされて戦陣を組んだ。  我が機甲兵小隊四名も総員が完全武装の状態で周囲の警戒を行う。  我々の中隊の前方に展開していた部隊がどうなったのかは判然としない、敵軍の奇襲を 受けて壊滅したか、あるいは何らかのジャミングを受けて通信が途絶しているのか。  私は一時的かつ自然現象による通信障害であることを祈りながらも、油断無く前方の闇 に目を向ける。  周囲は夜の闇にふさわしく、深い静寂に包まれている。  少なくとも周囲で銃撃戦は開始されていない。  その時ふと視界の闇の中で何かが煌くのを目撃する。 「アルアサドライターより全中隊へ、前方十時方向に何か見えた、確認を頼む」  無線を通じて連絡は即座に中隊全員に伝えられ、兵達の緊張が高まったのを肌で感じる。 連絡を受けた中隊長はサーチライトで十時方向を照らす指示を飛ばす。  幾筋かの光芒が闇を照らす、雪解けの泥濘で滑る地平に丸い何かが浮かび上がる。 「…キュルビス(カボチャ)?」  私は困惑しながらも闇の中に浮かぶ奇妙な物体に対して、実に率直な感想を口にする。 それは正しくカボチャである、橙色に染まった丸々と肥えた巨大カボチャである。ふと私 は今日が西方で祝われる何かの祭りの日であり、その祭りにおいてカボチャが主役に備え られるという話を思い出した。  あっけに捕らわれながらしばし呆けていたが、はたと状況を思い出す。  余りの異常な光景に一瞬でも我を失ったことに自分を叱咤した。味方から孤立し、敵襲 を警戒しているような現状で、日暮れまで見かけていないカボチャが突然湧いて出てくる はずがない。しかもよく見ればその差し渡し4mはありそうな常識はずれのサイズであり、 その胴に不気味な顔が掘り込まれている。  だがそれ以上に注視すべきは“カボチャに手足が生え、我々に向かって歩いてくるとい うこと”である。さらにその手には明確な敵意を示すかのように、一振りの手斧が握られ ていた。  ――敵襲ッ!  自分と同じく正気を取り戻した中隊の誰かが叫びを上げる。  それに釣られるかのように、命令を待たずに各員が一斉に銃砲を撃ちはなつ。  静寂を引き裂き、腹に響く重低音と、耳を劈く機関銃の叫びが闇夜を明るく照らし出す。  しかし闇の中に浮かぶ歩く巨大カボチャは遠近感を狂わせ、照準の定まらない砲火は全 く見当はずれの場所に着弾する。  射撃停止の命令を中隊長が青筋を立ててがなりたてる、一時的な恐慌状態に陥っていた 中隊はその怒号によって一応の平静を取り戻し、タタンという機関銃音を残して再び周囲 に静寂が満たされた。  それを確認した中隊長が私に無線通信を繋げた。 「あのふざけた仮装野郎を撃滅しろ…一撃でだ」 「了解であります!」  私は直ちに正体の頼れる狙撃手に命令を伝達する。  カボチャは今も泥にまみれながらゆっくりと歩を進めている。狙撃手は75mm狙撃砲の照 準を慎重に合わせる、距離は2800といったところか。闇夜に浮かぶ目標は彼我の正確な距 離感覚を鈍らせる、しかし熟練した狙撃手はその相手をいくらのブレも無く照準に収め、 砲撃を行った。  ゴゥン! という轟音と爆煙を撒き散らし、重さ8kgの75mm徹甲弾が闇に吸い込まれ、 狙いを違えることなくお化けカボチャのドテッ腹に突き刺さる。カボチャはバゴンと軽快 な音を立てて大きく爆ぜ、黄濁した内容物をブチまけた。  中隊内に喝采が起き、我らの頼れる狙撃手に惜しみない賛辞が贈られる。  結果に満足しながら、私は先ほどまでの夢のような光景に改めて視線を投じる。 「一体なんだったって言うんだ…」  一人口ごもる、全く馬鹿げた話である。少なくとも記憶する限りにおいて、あんなふざ けた仮装を施したロボットを使用する正規軍は存在しない、。  中隊長は着弾点で無残に四散するカボチャの正体を確かめるため、部下に偵察を命じよ うとしている。しかしその命令が行き届く前に、中隊は先ほどの喝采とは別種のどよめき に包まれた。 「悪い夢だ…」  私はそう呟かずにいられなかった、未だサーチライトに照らされたその先に、二つ目の カボチャが姿を現したのだ、いや一つだけではない、視界を広げれば同じようなカボチャ が周囲に点在している。  中隊はいまや豊作のカボチャに完全に包囲されていた。  悪夢はまだ始まったばかりである。  砲声が轟く、砲兵小隊の誇る88mm重砲が悪魔の唸りを上げてカボチャの群れの只中に打 ち込まれ、その一撃ごとにカボチャが一つ二つと爆ぜていく。  最早まともに照準を合わせる必要もないほどにカボチャたちは密集し、我々の視界を埋 めていた。後方に守るアーリア橋とザルガド渓谷を除く三方位すべてがカボチャに占領さ れていた。  歩兵達が各々手にする自動小銃でお化けカボチャを攻撃するが、その大半が全く射程が 足りていないために目標に到着するまえに地面にさざなみを立てていた。まれにカボチャ に到達した銃弾もあったが、それらは悉くカボチャの厚い外皮に阻まれ、虚しく兆弾して いく。  歩兵を預かる各小隊長が無駄弾を撃たないように命令を発するが、恐慌に囚われた一部 の若い兵士が制止を聞かずに断続的な発砲を繰り返している。  精鋭揃いで強固に守られていたはずの223中隊は、いまや完全に指揮系統が乱れて混乱 の極みにあった。  いまだ我が方には一発の弾丸すら撃ち込まれていないにも関らずである。余りにも異様 な相手に対して、皆が不安と恐怖を抱いていた。  お化けカボチャは幸いなことに、火砲の類は携行していないようである。  カボチャの多くが手斧を装備していたが、中には大降りの包丁のような刃物や、棍棒と いって過言のない丸太を握り締めているものばかりである。  私は手にした88mm短機関砲をカボチャに向かってぶちまける。距離は1200、有効射程ぎ りぎりという所だが、弾幕を作ることを念頭に設計されたこのサブマシンカノンは、威力 において75mm狙撃砲に劣る、そのためこの距離では叩き込んだすべての砲弾がカボチャの 歪曲した外皮による避弾経始の効果もあって、ことごとくはじき返される。  私は舌打しながら虎の子のシュツルムファウストの一撃を、不敵に嗤うカボチャに叩き 込む。その直撃を受けたカボチャが盛大な火柱を受けて焼け焦げた。  しかし圧倒的に手数で劣るために、戦線は次第に狭められつつあった。そして有視界内 距離まで肉薄したカボチャの全容がはっきりと見て取れる。 「ロボットだと!?」  絵本の中から飛び出した悪夢さながらのそのカボチャは、紛れも無く機械仕掛けのロボ ットであるとしれた。ボコボコと凹凸のある外皮は金属の光沢を宿し、重苦しい金属の擦 れあう音を響かせて泥の中を闊歩している。  さらにその頭頂部にはオープンハッチのコクピットが備わり、むき出しの黒い人影の姿 が見て取れた。  それを見咎めた私はすばやく小隊の各員に支持を飛ばす。 「88mmは弾種を徹甲弾から榴散弾に変更しろ! 75mmはそのまま攻撃を継続!」  短い了解の合図と共に既に弾切れを起こしているバズーカとミサイルを放り出し、二機 は手に持つ88mmサブマシンカノンの弾倉を素早く交換する。 「目標はパイロットだ、三点射でカボチャ頭に火をつけてやれ!」  ヤーッ! と鋭い返答の後にガガガ、と短い爆音が響く。  トリガーコントロールで絶妙に放たれた三発の砲弾がカボチャの頭上で大きく爆発する。 それに伴い幾百もの破片をカボチャに乗り込む人影に浴びせかけ、容赦なく千々乱れに引 き裂く。  カボチャ本体にはさほども被害は及んでいないようであるが、パイロットを失ったカボ チャは目の輝きを失い、動きを止める。  同じくコクピットがむき出しであると気が付いた中隊長が、歩兵小隊に迫撃砲と銃弾を コクピットに集中させるよう檄を飛ばす。  歩兵達はわが意を得たりとばかりに機能し始めた。104名の歩兵が一斉に反撃の火の手 を揚げ、数千発の銃弾を雨霰とパイロットに向けてばら撒いていく。  それに伴い動くカボチャの数が目に見えて減っていく、最後の榴散弾弾倉をサブマシン カノンに叩きこみながら、私は何とか戦線を維持できると踏んだ。  弾薬こそ消費したが、こちらの実質被害はいまだ0である。状況だけを見れば圧勝であ り、仮に第二波が来るとしても、銃弾を補充を済ませればすぐに破壊と殺戮を相手に見舞 うことが出来る。重要防御拠点であるだけに、補給は十分になされているのである。  しかしそんな私の楽観は金属を引き裂く轟音によって儚くも打ち砕かれてしまった。  先ほどまで沈黙していたはずのカボチャの一体が突然動き出し、手にした手斧を投擲し て88mm重砲を破壊したのだ。  私はわが目を疑った、確かに仕留めたと思っていたそのコクピットにパイロットがしっ かりと着座していたためだ。 「魔女の婆さんの呪いか!?」  私は再び西方の祭りで、カボチャと共に魔女が重要な役割を果たしているという噂を思 い出し、怨嗟の叫びを上げた。  周囲を見回すと再び動き出したのはその一体だけない様子だった。パイロットを失い沈 黙していたカボチャたちが再び息を吹き返し、押し寄せてくる。223中隊はありったけの 銃砲弾を浴びせかけるが、暫くするとまたカボチャは動き出す。  不死者が敵なのかと絶望的な思いで必死に砲弾を叩き込む、ふとその視界の足元に黒い 影が蠢くのが見えた。目を凝らせばそれは人の形をしており、動かなくなったカボチャの 上によじ登ってコクピットに納まった。  私は戦慄した。  戦法を見誤った。  敵は装甲を食い破られて行動不能になったカボチャを乗り捨て、パイロットのみを失い ながらも無傷の本体を持つカボチャに乗り換えて向かってきているのだ。  よくよく見ればその人影は、元のカボチャの数よりも遙に多く、元の持ち主の血の肉片 を押しのけてカボチャに新たな生命を与え続けていた。  ダメだ…。  勝てない戦いに諦めを感じたそのときには、敵は既に陣の中に侵入して殺戮を開始して いた。  原始的な打撲武器しか持たないカボチャであったが、その巨体から繰り出される一撃は 人体をやすやすと破壊し、鉄で出来た銃砲を引き裂いた。  もはや戦線は完全に崩れ、戦意を失った兵士達が雪崩をうってアーリア橋に殺到する。  押し合い圧し合いになって仲間を踏み砕くのすら気にも留めず、十分な広さを持ってい るはずの橋はあっという間に埋め尽くされる。  中隊長は最早この場での継戦は不可能と判断し、撤退命令を下した。  殿を仰せつかった我々アルアサド小隊四機はカボチャに対して肉弾戦を展開した。私は 弾切れを起こしたサブマシンカノンを相手に投げつけ、サーベルを抜刀する。  相手の装甲にまともに斬りつけても効果は得られまいとみて、アルアサドよりも背の低 いカボチャのコクピット目掛けてサーベルを振り下ろす。  金属に食い込む刃の感触の中に、極僅かな肉の手ごたえを感じる。  すばやく次の目標を定めて襲い掛かる。  隊の各機もおのおのが敵をなぎ払う。  機体に備え付けられた7.62mm機銃で足元を走り回る黒い人影を横薙ぎにする、その合間 に敵の白兵武器を奪って殴りかかる。  スピードでもパワーでもアルアサドはカボチャを上回っていた。  その一撃ごとに確実にカボチャを沈めていく。  しかし敵の数は余りにも多く、徐々に押され始めた。  疲労により一瞬の判断を見誤った狙撃手の頭が棍棒で殴り潰される、視界を失い動きの 鈍ったところに斧が激しく叩き込まれる。コクピットが完全にへしゃげているのが傍目に もはっきりと知れた、即死だ。  ミサイルをありったけ叩き込んで敵を圧倒していた機体は、最早すべての武装を失って 拳で直接相手に殴りかかっていた。しかし投じられた斧を片足に受けて膝から崩れる、そ こに幾体ものカボチャが覆いかぶさり、手にした包丁を何度もアルアサドに突き立てる。  もがき苦しみ差し上げられた手を包丁で深く地面に縫い付けられ、そのまま二度と動く ことは無かった。  バズーカを失ったアルアサドは、その圧倒的な火力を失っても、未だその突破力を残し ていた。彼は機体ごとカボチャに体当たりして、同時に二体のカボチャを戦闘不能に陥ら せる。  しかし逆に背後からの体当たりを受けて倒れ付し、殺到したカボチャに無数の殴打を受 けて粉々に砕かれていった。  最後に残った私は、それでも一人でも多くの兵を逃すためにサーベルを振るった。橋の 上ではいまだ200人近い兵が東方に向けて遁走している。今しばらく持ちこたえなければ ならない。  しかし頼れる狙撃手も、重火力を誇った二人の部下ももういない。  私一人の手ではカボチャのすべてを食い止めることは出来なかった。  数体のカボチャが橋に取り付く、一体が橋の中ほどまでいたり、腰を抜かして震える兵 士に斧を叩き込む。余りに桁外れの大きさの斧に押しつぶされて、斬られるというよりも 弾け飛ぶという表現がより近い無残な死に様を晒す。  残った他のカボチャは橋を破壊しようと手にした斧を激しく叩きつける、金属が軋みを 上げ、橋の重量を支えていた鉄骨がひしゃげて折れ千切れる。ついにその重量に耐えられ なくなった鉄橋は中ほどから大きく折れ曲がり、橋の上に残っていたカボチャと、100余 名の兵士を乗せたまま渓谷へと落下していく。  その光景に歯噛みし、力んだ一撃は手元を狂わせ、サーベルがカボチャの外皮を打ち付 ける。既に刃毀れだらけで切れ味を失ったサーベルは、甲高い音を立てて砕け折れた。  切っ先がくるくると回転して地面に突き立つ、それと時を同じくして、小隊長のエンブ レムをつけたアルアサドは、頭から斧の直撃を受け、沈黙した。  静寂が再び闇を支配する、夜空にはただ丸い満月が浮かぶ。  こうして223アルアサド機甲中隊は壊滅した――  ――第三軍団の救援が駆けつけた時、月日は十一月に移り変わっていた。  223中隊の数少ない生存者からの信じられない報告を受けて馳せ参じた第三軍団の大軍 は、目の前に広がる光景にあっけにとられていた。  完全な破壊がそこにはあった。  アーリア橋は完全に失われ、最早このルートでの進行は不可能であった。  生存者は一切見当たらず、橋と共に転落した行方不明者を含めと被害は部隊の六割に及 び、生き残ったものも重軽傷が多数含まれ、223中隊は事実的に全滅の状態にあった。  また後の調査で先行していた222、224の両中隊も同様の被害を受けてその戦力を完全に 失していた。  だがそれ以上に司令部を当惑させたのは、彼らを全滅の憂き目に合わせた相手である。  生存者の証言からカボチャ型ロボットに襲撃されたらしいことは分かったものの、戦場 にはその証拠たるロボットの残骸など一つも残っていなかった。  あるのはただ巨大なカボチャのみである。  88mm砲で引き裂かれ、シュツルムファウストで焼き焦がされた金属の破片一つ見つから ず、残されたのは実が爆ぜ、種を撒き散らしたデカイだけのカボチャだけである。  兵達の見た集団幻覚なのではないかとすら噂されたが、彼らの装備では不可能な破壊の 痕跡からその可能性は否定せざるを得なかった。  こうして暗黒連合統一暦十二年の秋に起きた奇妙な戦闘は、生き残った兵士達から伝え 広がり、悪夢の一夜として語り継がれることになったのである。  果たして如何な相手が、その悪夢を引き起こしたか――  結局誰も分からないままに… 了