■極東SS■ 『舞え、舞え、画龍』その拾壱 登場人物 頼片 蓬莱(ヨリヒラ ホウライ) ・三味線弾き ・ダメセクハラロリコンキタナイクサイクズハゲヘタレヒゲボンクラモジャルンペンお父さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/669.html ゲスト出演 ・八重 文一  http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/2039.html 今回出番も話題も無し。 霜舟(ソウシュウ) ・墨絵描き ・いい女 ・お母さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1440.html ---------------------------------------------------------------------------- 飯屋の朝は早い。 蓬莱は主人の身支度の音で浅い眠りから覚めた。やけに寝苦しいと思ったら どうも文一の野郎はずうっと蓬莱に脚を乗っけたままだったらしい。 節々が痛む…だけでなくて体中が痛む。走り通しだったせいもあるだろうが あちこちに痣ができている事からすると恐らくは隣で大鼾を掻いている野郎に原因があるようだ。 脱力しきった脚を払いのけ、身体に引っ付いたままの三味線を背中に回し、障子窓を開く。 まだあたりは薄暗いし、蝉だってまだ眠ってる。だが「夜鳴咢」の声がしないから、もう妖も野党共も眠りにつく時間だ… 「妖成唖欺都(ヨナリアギツ)」 放覩真事象記というこの極東地域の成り立ちを記した神話に出てくる言葉。 どうにも信じがたい話だが、この浮遊島は悪い神様の顔だったらしい。 この悪い神様ってのは随分と父親と仲が悪く、さんざっぱら悪事をしでかした挙句 父親と大喧嘩して負け、身体のほとんどを「奈落」(蓬莱達の遥か足元にある大穴)にブッ込まれた。 ところがそいつの兄が、あまりに弟が不憫だからってんで堕ちないよう頭だけは支えてやった。 んでまぁ色々あって結局そいつの鼻がフジになったりしてこの島が成り立ったよ、とそういうわけらしい。 まぁ大陸の方でも南方の方でも、神様がバラされて大地になったよってな御伽噺はいくらでもある訳だから 対して珍しい話でもねえと言えばそれまでなのだが。 しかし「本当なんじゃあねぇだろうか…」と思わせてしまうのは「妖成唖欺都」の存在である。 フジを越えて更に北に行ったところにある大渓谷「妖成唖欺都」は夜になると呻き声のような奇妙な 音を発する事で有名だ。その奇妙な音は悪い神様が父親に吐いた呪詛なのだと言う。 呪詛は人を妖に変え、心を狂わせる…だから北方は妖の国だらけで、尚且つ戦が絶えないのだ…と言われる。 「妖成唖欺都」は「夜鳴咢(ヨナリアギト)」。放覩真の夜、どこからともなく聞こえてくる微かな響きは 妖や残忍な人間達の時間を告げる合図なのだ… 余談終り。 「お早いお目覚めで。仕入れですかい?」 「おう?お早う。ちょっくら菜物と肉をな。百姓んとこと狩人んとこ周るんだ。  いやしかしお天道様上るまで寝覚めぁしねぇだろうと踏んでたんだが、こいつぁたまげた。  …ん、お前さんその痣ぁどうしたい?」 大八車によっかかって煙管をふかしながら飯屋の主人が問う。 良く見れば蓬莱の眼の周りに輪を描いたように真っ黒な痣ができている。 「いやね、相部屋の野郎がウチのカカァにも負けねぇ寝相…いや、狐憑きもまっつぁおってなもんで。」 「へぇ、あの文ちゃんが。折り目正しい人は寝相も正しいモンかと思ってたんだが。」 主人の表情からして、どうもあの法螺吹きは礼儀正しく過ごしているだろう事が伺える。 法螺吹きは幾つも顔を持つってな良く聞くが、正にあいつもその通りの男なのかも。 「夜は人の本性が出るなんぞと昔の神様も言っておりやすから、意外と野郎もがさつで乱暴なのかもしれませんぜ。」 朝の湿った空気に漂う紫煙が蓬莱の鼻をくすぐる。そういや煙草を呑む暇も無いほど急いでいた事を思い出す。 ううむ。辛抱ならん。 「で、二度寝しようにも目が冴えちまって寝れない。ちょいと一服やろうかと思いやしてね…  …ありゃ、そういやぁ紙巻は失えちまったんだった。煙管も持ってねぇし…。」 禿げた額をぺちんと叩いて痛恨の表情。ちらりと主人を見る。 「…吸うかい?」 「こりゃ有難ぇ。流石、腕の良い板前は懐の深さが違うねぇ!」 「なぁにを調子のいい事言ってんだい。お前ぇさん芸事よりゃあ物乞いのほうが向いてるんじゃあねえかひょっとして。」 主人の嫌味をさらりと聞き流して蓬莱は肺腑の奥まで存分に煙を吸い込んだ。 鼻と口から湯気の如くもうもうと煙を吐く。 吸った事のあるとしあきなら解ると思うが、煙管の一服は余程気を使わない限り長持ちしないもんであるから… 「いやぁご馳走になりゃあした!あ、いっけねぇ。」 火種は完全に燃え尽きていた。 主人は煙管を恩知らずの手からひったくった。 「恩を仇で返すたぁお前ぇさんの事だよ!全く油断も隙も無ぇ…」 「いや申し訳無い!これも含めてご恩はいつか必ず返しやす!」 「俺がくたばるまでにゃあ返してくれんだろうなオイ。」 「なんなら今ここで。」 三味線をぐるりと前に回し、撥を下帯から取り出す。 「余計に迷惑だよ馬鹿っ垂れ!ウチの女房にどやされるぞ!」 昨夜のしゃもじの一閃を思い出して蓬莱は素直に撥をしまった。 地震・雷・家事・女房。触らぬ女房に祟り無し、ときたもんだ。 「先を急ぐんだろう?ならウチの女房が起きる前に発ったほうが良いな。  人手が増えたって昨日の晩大喜びしてたからなぁ、今日一日はこき使うつもりだぜありゃあ。」 「そいつぁ真っ平御免だ。それじゃあお言葉に甘えてとんずらさせていただききゃあすよ。  一宿一飯の恩義は忘れゃあしやせん。天孫様に誓っていつか必ず恩返しに参ります。いやホントに。」 「おう、背負った三味線が飾りじゃあねぇ所をみせてくんな。じゃあな、道中気ぃつけろよ。」 主人は大八車を引いて颯爽と去っていった。 深々とお礼をする蓬莱に後ろから声をかける者がある。   *   *   *   *   * 白く濁った目。肩を越す長髪。文一の野郎だ。 「あ、旦那。随分お早いお目覚めで。てっきりお天道様が上るまで…」 「さっきも一言一句違わぬ言葉をかけられたとこだよ法螺吹き野郎。大体誰のお陰でまともに寝れなかったと思ってんだい。」 「へぇ、誰のお陰なんで?…まさかあっしのお陰だなんて仰るんじゃあないでしょうね。  旦那の分まで布団は敷いてあげましたし、旦那が寝れねぇといけねぇってんで寝息一つ立てないよう  苦労したんですぜ!感謝される覚えはあっても、文句をつけられる謂れはねぇなぁ。」 文一の頭に平手が飛んだ。と、彼が一歩退いたもんだから蓬莱の平手は空を切る。 「盲に手をあげるたぁどういう了見ですか旦那!」 「偉そうな事吐かすのは、手前の寝相と大鼾を抑えられるようになってからにしゃあがれ!」 「え、随分真に迫る手応えがある夢だと思えば…ありゃあ旦那だったんですね。こいつぁ失敬。」 余程ぶん殴ってやろうかと思うが、下手に乱闘騒ぎを起こして近所連中を起こしてしまえば 即刻番所行きになってしまう。ぐっと堪える。 「畜生め…本当ならお前さんに効きたい事ぁ山ほどあるんだが、そうも言ってられねぇ。  俺ぁもう発たなきゃなんねぇからよ、女将さんに宜しく言っといてくんな。」 じゃあな、と言って歩き出そうとした蓬莱の肩を文一が掴んだ。 「何水臭い事言ってんですか旦那。旅は道連れ、世は情け、あっしもお供いたしやす。」 「断る!」 振りほどいてつかつかと歩き出す蓬莱。 「つれねぇ事言わないでくださいよ旦那ぁ!」 「喧しい!盲の青瓢箪連れて歩ける程の余裕はねぇんだよ!  お前さんの歩みに合わせてたんじゃあ日暮れまでに次の宿場に辿り着けるか解らねぇ。」 しかし不思議なのはこの青年が共連れも無しにどうやってここまで辿り着いたのかである。 蓬莱の推測が正しければこの青年はホツマの東端、「永血後」の盲官である。 それもかなり高位の。(言葉遣いといい振る舞いと言いとても信じようが無いが。) 「永血後」の盲官といえばその琵琶の旋律で妖、特に鬼達を鎮める事ができるので有名だ。 群雄割拠の妖怪国家が今も覇権を争う血塗られた北部にあって唯一とも言える人間国家「永血後」。 人間に順応していない鬼の里を内部に幾つも抱えているだけあって、盲官達はその技術を決して外に漏らさぬよう 庇護の名の下に監視されており、彼らの奏でる楽曲は門外不出… のはずなのだが、実は楽曲の一部は意外と外に知られてしまっているのが現状である。 山一つに響き渡せるくらいの大音声で唄わなければ鬼除けの効能は無いのだから、そりゃあ誰が聞いてても おかしくは無いだろう。だが、録音技術なんざ皆無のこのホツマにおいて、遠くから山彦に混じって聞こえる楽曲を 完コピできる奴なんざいる訳が無い。だから「一部」なのである。 自ら勝手に創作して一曲に仕上げてしまう者もいるにはいるが、そもそもが唄と言うより「呪い」なのだ。 旋律、詩、共に違和感を覚える出来になってしまう。 ところがこの青年が唄った「山衣」は完璧だった。 どういう効力があったのかは明確では無いけれど、少なくとも三途の川から蓬莱の意識を 引き戻すくらいの芸当はやってのけた。 だからこそ蓬莱はこの青年のことを「本物」と考えたのだ。 「俺ぁ先を急がなきゃあなんねぇんだ。な、解ってくれや。」 蓬莱は足手纏いになることよりも、むしろこの青年が抱えているであろう厄介事に巻き込まれる事を危惧している。 彼を狙う刺客がいるかもしれない、彼を連れ戻そうとする者がいるかもしれない。 自由気ままに旅をしている時ならともかく、今、彼の手助けをできる自信は無いのだ。 「さいですか…じゃあ、あっしが偶然旦那と同じ方向に行く分には旦那も文句は言えない訳だ。  帝都に行く、なんてのはありゃあ大法螺ですからね。あたしゃあ行く当ても知れぬ風来坊ですから。」 どうあってもこのたわけは蓬莱に着いて来るつもりらしい。 「…言っとくが俺ぁ何があっても助けはしねぇし、歩みを遅らせたりはしねぇからな。」 「合点承知!」 どうせ半里もしない内に見えなくなってるだろう。 〜続く〜