ゴーストペイン  山岳都市ボチボチデンナー、この街は古来より交易の要衝にあり、商業の盛んな歴史あ る街である。  数世紀前の様式を残した古い街並みは市民の誇りであり、それを目当てにした観光客が 訪れる事も多く、街はますます栄えていた。  また、この街はどの国にも所属せず、その成立から一貫して中立性を維持していた。中 立である方が特定の国家に依存せず広く交易を行えるためであり、周辺諸国を刺激しない ためにも自衛レベルの小規模な武装しか保持することは無かった。  近年までは隣国の政情は安定し、長く続く友好関係もあって平和と繁栄を謳歌していた。 しかしそれも昨日までの事… その1 「おうおうおう! どー落とし前つけてくれるんだ、あぁ!?」  古式ゆかしい街並みに黄色い怒号が響く、群衆が注目する先には数十機のSDロボが駐 機している。グラサンをかけた厳ついオッサンの顔に、そのままぶっとい腕と短い足を生 やせた様なそれは、軍事国家イクサヤデーの量産型無人ロボ『イエッサー』の軍勢である。 巨木のような下腕部にはデカデカと『正義』『鉄拳』と刻印され、それぞれが口に葉巻型 バルカンを数本くわえて、悠然と硝煙を燻らせていた。  その群れの中で一際ゴツイ顔をしたロボが三機いる、指揮官用の有人機『コマンド・イ エッサー』という上位機だ。こちらは通常のイエッサーよりも一回り顔が大きく、イエッ サーよりもなお太い葉巻型120mm滑腔砲(かっこうほう)を一本くわえている。  その中の、顔に横一文字の傷(スカーフェイス)を持ったコマンドから、黄色い怒声が再び響く。 「俺様の可愛いイエッサーをよくもぶっ壊してくれたな!」  外部スピーカーより流れる怒鳴り声の声量と、その台詞こそ実に荒々しいものであるが、 その声音は甲高いソプラノである。  どうやらコマンドに搭乗しているのは女性のようだ。  コマンドはグラサンの奥の目を赤く光らせ、さらに凄みを利かせる。  見やると彼女の部下のイエッサーの一体の腕に、応急用のリペアーエイドがデカデカと バッテンに貼られている。  それを横目で見ながら、群衆の矢面に立たされたボチボチデンナーの現市長は、弱弱し い声で抗議を表す。 「で、でもそれは先にあなた方が――」 「――んなこたぁ聞いてないんだよ! 俺はこの責任をどう取ってくれるかって聞いてん だ!」  ギィィィン、と音割れする大声量に身を竦ませながらも、市長はどうにか体面を取り繕 う。不安げに見守る市民達の視線を受けながら彼は大いに考えた。  そもそもの始まりは、軍事国家イクサヤデーがその領土を拡大したことがキッカケだ、 それまでボチボチデンナー市と友好関係を結んでいた民主国家が、イクサヤデーの侵略を 受けて滅亡、その領土の全てがイクサヤデー領となり、ボチボチデンナー市はイクサヤ デーと国境を接することとなった。  戦争は何かと入用なものである。兵器を開発するにも金は掛かり、兵器を製造するにも 金は掛かり、兵器を運用するにも金は掛かる。  さらにこれらは直接的に経済的な利益を発生させることはない。  大量の無人機を少数の有人コマンドで制御するイクサヤデーでは、軍人は他国に比べて 意外と少ない、そのため軍費のほとんどを人件費でなくロボットなどの兵器開発につぎ込 むことが出来るという利点があるものの、金はあればあるだけよい。  となると、無防備な金庫ことボチボチデンナー市が侵攻の対象になるのは、ごく自然の ことである。  突然大挙して押し寄せたイクサヤデー軍に対し、ボチボチデンナー自衛隊はよく戦った。  旧式のロボットが僅か数機しかなく、精々が近隣に出没する盗賊に警戒するという、そ の程度の武力しかなかったのだけど。  当然のことながら、彼らはあっという間にイエッサーのぶっとい腕でぶっ飛ばされるこ ととなった。その内の一機は、密かにロボットの単独殴打飛翔世界新記録を樹立したのだ が、そんなことはどうでもよろしい。  より問題となったのは、その戦闘の際に一矢報いてしまったのだ。  その一撃が入った瞬間市民は歓声を上げた、その一瞬後に感嘆の吐息を漏らすことにな ったんだけどね。  そんなわけで戦闘での名誉の負傷を受けたイエッサーの戦後賠償をコマンドの女は求め ているというわけだ。  よく考えなくても無茶苦茶な話であるが、勝てば官軍、勝者は正義が戦争の常であり、 敗者は常に絶望的な戦後処理を抱え込むこととなる。 (ああ、こんなことなら昨年度の自衛予算をケチらずに新型のロボを配備しておくべきだ った。いやしかし、アレは市民の反対があって取り下げることになったのだから、自業自 得もいいところじゃないか、何が無抵抗主義だ、バカバカしい!)  などと取り留めのない愚痴を心の中でこぼしながら、黄色い罵声を浴び続けてさらに市 長は身をちぢ込ませた。 「ねえレイミー少尉、そんなに怒鳴っちゃかわいそうだよ」  その罵声を聞きかねてか、傷顔のコマンドの隣にいた別のコマンドから、これまた黄色 い声が聞こえてくる。  少し甘えたような口調で、罵声ばかりを浴びていた市長は天使が舞い降りたかのような 心地でコマンドを見やる。  さらに最後のコマンドからも援護射撃が続く。 「そうです少尉、圧すばかりが交渉ではありません、時には引くことも寛容です。」  他の二人と違い、職業軍人めいたクールでビシっとした声である。やっぱり黄色いが。  スイートボイスは名前をミシェルといい、クールボイスのほうはエレット、共に階級は 曹長である。 「あぁ? なに言ってんだ二人とも、ここまでやられて大人しく引き下がれっていうの か?」  ちょっと絆創膏貼っただけじゃん、と市長初め群衆は心の中で小さく裏手を返す。それ と同時に二体の厳つい顔した天使に期待の眼差しを向ける。 「そうは言ってません、やり方を変えるべきだと言ったのです」 「そうそう、押してもダメなら引いてみろ♪」  スイートボイスの命令を受けて無人のイエッサーが一斉に『イエッサー!』と高らかに 応じ、口に咥えたハマキバルカンから火を吹かせた。  バァ――ゥンと一繋ぎになった砲声が幾重にも重なる、六本一まとめの砲身が高速回転 し、毎分6000発という凄まじい発射速度で20mm砲弾がばら撒かれる。数十機のイエッサー から放たれた数万の弾丸が、歴史ある街の建造物を粉々に砕き、数百年間人々が踏みしめ てきた石畳を掘り返していく。  人々の悲鳴や怒号すらもかき消す轟音は、ほんの数秒しか続かなかった。 「すとーっぷ♪」  ミシェルのスイーツな停止命令に従い、再び『イエッサー!』と声を揃え、一斉に射撃 を停止する。 「引くって言っても引き金だけどね、クスッ」  耳鳴りがギンギン響くなか、ミシェルのめいっぱい可愛いく作った声を聞きながら、市 長は、きっと悪魔は天使の声音を持つ厳つい顔のオッサンの総称に違いない、と確信した。  ほんの数秒の砲撃で、街の有様は一変していた。  大陸中を行き来する品物が所狭しと並べられるバザー通りは、弾丸と空薬莢の投売り会 場となり、歴史と伝統を守ってきた街並みは、無数の弾痕を受けて醜い痘痕顔となり、 人々の憩いの場ともなっていた街路の並木通りは、赤々と燃え上がって紅葉していた。  週末に多くの人が祈りをささげる為、足しげく通っていた礼拝堂は、奇跡的に鐘楼をの みを残し、すべて粉々に砕け散っている。  今は砲撃の衝撃でカランカランと虚しく鐘をならし――  ――ガラガラガラ!  …今崩れた。  そして集まっていた人々も、直接弾丸を浴びることこそ無かったが、割れた石畳の破片 を受けて、負傷者が多数出ている様子だった。 「まあそういうことです、少尉」 「お前ら…意外とやることがえげつないな」 「手間を省いただけです」  そうそうとエレットの意見に賛同するミシェルに、若干半眼の視線を送りつつ、気を取 り直してレイミーは市長に問いかけた。 「んで、どう落とし前つけてくれるんだ?」  任期満了まで残り一ヶ月を迎えていた市長は、ガックリとうなだれ首肯した。 その2  委細を省いた迅速な結果に従い、号令一下イエッサーたちが街の資産をかき集めて来る。  貨幣、紙幣はもとより、証券、株券、金銀財宝や宝飾品。さらに骨董や美術品、なんと なく価値がありそうな家具なんかも根こそぎ奪っていく。それらは乱暴に巨大な台車に放 り投げられ、衝撃だとか加重だとかに耐えられなくなった一部の陶器や彫刻が、バリン、 バキンと無残な音を立てて壊れていく。  その度に事態を見守る市民の間から落胆の声が小さく上がるが、イエッサーの方はそん な瑣末なことは気にならないらしく、とりあえず積めるだけ積んでしまおうという腹づも りらしい。 「あーこら、なにやってんだ! そっちの壊れやすそーなのはもっと慎重に――ってまた 壊してんじゃねーか!」 『イエッサー!』  500年ほど前の名匠が作ったとされる巨大な瓶が粉々に砕けてあたりに飛び散る、命令 を受けたイエッサーは慎重に取っ手を掴み、それだけを台車に乗せた。 「あはっ、まぬけちゃんですよレイミー少尉」  ミシェルが可笑しそうに笑う。 「うっせー、俺はこう見えてもA型なんだよ、エーガタ!」 「A型が聞いてあきれますね。それよりも目録を作って管理しなくてもいいんですか?」  よほどA型的なエレット曹長の問いかけに、レイミー少尉はぶらぶらと手を振っていい んだよーと投げやりな調子で応じる。 「いくらこの数で運ぶつっても、どーせ一回じゃおわらねーんだし、とりあえず持ってけ るだけ持ってけば良んだよ」  先ほどまでのA型発言をあっさり覆すこと言いながら、レイミーはコックピットから身 を乗り出して作業の様子を監視している。他の二人もそれに従い、コックピットから顔を のぞかせる。  市民達はまた来るのか、と暗い表情で彼女らに注視する。  三人とも緑色で裾の長い軍服を着用し、赤いベレー帽を被っている。それぞれ長さの違 いこそあれ、イクサヤデー人の特徴である黒髪を備え、透き通るような白い肌をしている。  レイミーと呼ばれたリーダー格の女は、背中に掛かる程度の長さの髪を風になびかせて いる。スイーティーなミシェルは髪をボブカットにし、メガネをかけている。残るエレッ トはミシェルよりもなお短い髪を湾曲に切りそろえ、その下にある切れ長の瞳で周囲をゆ るく監視している。  三人とも年齢は二十歳前後と非常に若い、また顔立ちも整っており、黙っていれば美人 の部類に入るだろう。危うく惚れ掛けた市民の何人かは、先ほどの蛮行を思い出し、すぐ さま考えを改めた。 「にしても退屈だな…あとどんぐらい掛かるんだ?」 「そうですね、ざっと45分ほどだと思いますけど」  見やると巨大な台車のうち幾つかは、既に雑に山積みされた金銀財宝が満載されている ものの、まだ空のままの台車が残っている。コレだけの量を搬出してもなお、まだ街の蓄 えの一部に過ぎないというのだから、ボチボチデンナー市がいかに裕福か知れるというも のである。  だがそれだけに時間もかかり、いい加減飽きてきたらしいレイミーは不満たらたらだ。 同じく飽きてきたミシェルは、イエッサーの運ぶ宝飾品の一つに目を向けた。 「あ、あれかわいくない? 欲しいなぁ」 「ダメですよ」  えー、と不満げなミシェルにエレットは冷静なツッコミを返す。 「あれらは全て軍の資産です、それを私物化するのは業務上横領に当たる重罪ですよ」 「けちんぼ! 一個ぐらいいいじゃない」 「ダメなものはダメです」  なおも食い下がるが、頑として受け入れない。 「第一、隊長にはなんと言うつもりですか」 「そんなの黙ってればわかんないよー」  ババアは耳が遠いしな――とレイミーは相槌を打つ。 「私が報告します」 「エレットちゃんのいけず!」  ババアもうるさいしな――と、再び相槌。  今は姿が見えないが、どうやらまだ仲間がいるらしい。  ふと思い出したようにレイミーが顔を上げてニヤっと笑う。 「そいやババアから前にこんな話を聞いた事があるんだけど知ってるか?」  その厭らしい笑みに悪い予感を覚え、エレットが眉根を寄せる。 「ひょっとして…怖い話ですか」 「あ、聞きたい聞きたい!」  退屈しのぎに丁度いいとばかりのミシェルと異なり、エレットは顔を青ざめさせ、冷や 汗を流している。  レイミーは二人の顔をぐるっと見回し、厳かに話し始めた。 「俺が聞いた話はな…」  そいつはどこにでも現れる。  正体を知ってるやつは誰もいない。  ボロボロの帽子と、同じくボロボロのマントを引っ掛けて、ちゅうに浮かんでるそうだ。  手に大口径のショットガンを持っててな、ソイツを見境無くぶっ放す。  突然目の前に現れたかと思えば、次の瞬間にはいつのまにか後ろを取られてる。  どれだけ弾をぶち込んでも、レーザーを叩き込んでも手ごたえが全くない。  さらに鬼火を引きつれ、姿を隠し、一言も発さずに破壊を振りまく。  ソレについて色んな噂があるらしいが、どこかの国の実験兵器だとか、酔狂な正義の味 方だとか。  だが一番多く言われてるのは――幽霊(ゴースト)――なんじゃないかってことさ。  戦いの中で死んでいった亡霊たちが寄り集まり、常に戦いを求めている。  そいつはどこにでも現れる。  気をつけろ、そいつがいるのは――お前のすぐ後ろだ!  キャー、という悲鳴があがる。  エレットは普段の冷静な態度からは信じられないほど脅えており、耳を押さえてガタガ タ震えていた、一方のレイミーは腹を抱えてゲラゲラと笑い転げている。 「まぁ良くある話だな、首なしロボットとか、骨だけになったロボットなんてのもあった っけな?」 「そうだよ、エレットちゃんビビリすぎー」  目を強く瞑ってガタガタ震え続けるエレットにはその言葉が聞こえていないらしく、返 事はない。 「そういえばレイミー少尉、それって名前とか付いてないの?」 「ん、あー確か『キャンベルプルーf――  ――バゴン!  と、レイミーの台詞をさえぎる様に爆音が響く。耳を塞いでいても聞こえたのか、エレ ットは再び悲鳴を上げた。  だが突然の爆音に驚いたのはエレットだけではない、残る二人も突然のことに驚き、心 臓がバクバクと激しく鳴る。  せわしなく周囲を見回すと、作業をしていたイエッサーの一体が黒煙を上げて倒れてい る。その側を新たな命令を受けていない別のイエッサーが通り過ぎようとして、再び爆音 が上がり、そのイエッサーも破壊された。  それを見たレイミーの表情は、驚きから怒りに変化した。すばやくコックピットに乗り 込み、ハッチを閉めて怒鳴り上げる。 「誰がやりやがった!」  コマンド・イエッサーのグラサンの奥の目が赤く光り、周囲を睨み付けた。 (どういうことだ! まだ伏兵がいやがったのか!?)  レイミーは市長の方に葉巻の砲口を向ける、市長は驚きの余り腰を抜かしてダラダラと 冷や汗を流していた。 「てめぇ、まだ懲りてなかったのか、あぁ!?」 「し、知りません! 本当に知らないんです! 信じてください!!」  ちょっぴり漏らしながら言い逃れをする市長に対して、それ以上の追求は無意味と悟っ たレイミーは、銃口を市長に向けたまま周囲に向かって怒鳴り上げる。 「どこのどいつかしらねぇが姿を現しな! さもないとこいつらの命が――  ――バゴン! 「どうなっても――  ――バガッ! 「知らねぇつってんだろうがゴラァ!」  ゴウンと轟音を響かせ、レイミーの乗る傷顔のコマンド・イエッサーが、口に咥えた葉 巻型120mm砲をぶっぱなす。その砲口から音速の五倍に加速された砲弾が打ち出され、市 長のすぐそばに着弾する。  一発のエネルギーだけならイエッサーのハマキバルカンの100倍以上にもなり、すさま じい地響きとともに石畳に小さなクレーターが出来る。発射されたのが火薬を詰めていな い対装甲用のAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)だったため、威力に反して周囲の被害はそ れほどでもない。  しかしすぐそばにいた市長においてはその限りではなく、ぼろきれの様に高く舞い上が り、ベシャっと石畳に落下した。  その生死を確かめることなくレイミーはすばやく思考を走らせる。 (残ってるやつも見せしめに殺していくか? いや、人質は効果がない――どこの馬鹿野 郎かしらねぇが、先に引きずり出してやる!) 「全機警戒態勢! 全周に目を向けろ!!」  『イエッサー!』と声をそろえて応じたイエッサーたちが、それまで運んでいた財宝を 放り投げて周囲にくまなく視線を送る。  中にはお互いに見つめ合っているイエッサーもいたりするけど。 「エレット! いつまで呆けてやがる、敵襲だ!」  ガインとエレット機を殴りつけて正気に戻させる、それまでキャーキャー喚いていたエ レットもさすがに周囲の状況に気が付き、あわててコクピットに乗り込む。  イエッサーが破壊される音と、発砲音らしきものはほぼ同時に聞こえている、レイミー は見えざる敵が街の中に姿を隠しているとあたりをつけた。  レイミーと同時に警戒態勢に入っていたミシェルが、入り組んだ街路の奥を横切る黒い 影を発見した。 「みーつけた、撃っちゃえ!!」  『イエッサー!』と命令を聞き届けた数十機のイエッサーが、影の見えた方向に向かっ てハマキバルカンを撃ち込む。たまたまお見合い中のイエッサーが互いに相手の砲弾を受 けて、破談した。  それにも構わず、ミシェルも自身の乗るコマンドの大砲も叩き込んでいく。  一瞬で粉塵が巻き上がり、歴史ある街並みがまたも瓦礫の山と化していく。 「やったか!」  その圧倒的な破壊を前に勝利を確信する。  石材で組まれた建造物といえど、数万の20mm砲弾と、120mm砲から発射されたAPFSDSを 完全に阻むことは不可能である。  仮に建物の影に隠れていたとしても、諸共撃ち抜かれているはずである。  しかし再び爆音を上げてイエッサーが倒れ付す、一瞬まだ生きてたのかと疑うが、先ほ どとは正反対にいたイエッサーが破壊されており、敵が複数潜んでいるのだと予想される。 「チッ、こうしてても拉致があかねーか、二人とも散開して敵機を掃討しろ!」 『イエッサー!』  コマンドの二機と、いまだ数十機残るイエッサーが命令に対して呼応する。  コマンドを先頭にして、イエッサーたちは三方向に分かれて街中に散らばった。  ミシェルは不満だった、先ほどの砲撃で敵を破壊する瞬間を見られなかったからだ。ぶ りっ子な性格をしている彼女だが、この隊では一番のトリガーハッピーだった。  戦闘が開始された時、真っ先にぶっ放すのが彼女である。  幼いころより銃に親しむ彼女は、狙撃などのスポーツ射撃よりも、射的(プリンキング)などの遊びの方 が好きだった。何より狙った目標が大きく壊れるといった見た目の爽快感が気に入り、軍 に入隊したのも好きなだけ敵を撃って壊せると思ったからだ。  敵の姿を発見すれば、たまらず砲弾を叩き込むようになっており、当然の如く無駄弾も 多いものの、数にモノを言わせるイエッサーに適した戦い方をしていると言える。  だが遮蔽物が多く視界を遮られる市街地での戦闘は苦手分野であると言え、敵が壊れる 様もなかなか見えないので不満が募っていく。  そのため黒い影を見かけるたびに、正体も確かめずに砲撃を加える。  その度に敵が居ただろう辺りに赴き、せめて残骸だけでも見てやろうと意気込むが、砲 撃の後にあるのはただ瓦礫のみである。  そして時折黒い影から砲撃が加えられ、イエッサーがその一撃ごとに倒されていく。 「なによもう! ミシェルをバカにしてるのね!」  メガネをずり下げながら、ミシェルは我慢の限界に達した。 「もういいもん、こんな街全部壊してやるんだから!」  『イエッサー!』の呼応と共に照準を定めぬまま、全周射撃を開始した。  凄まじい勢いで瓦礫の山を量産していくが、影は既にその場から姿を消していた…  エレットは脅えていた、普段の冷静な態度とは一変し、落ち着かぬ様子で周囲をせわし なく見渡す。  あきらかに挙動不審であるが、それを見咎めるものはいまだ姿の定まらぬ敵だけである。  エレットの恐怖は相手の姿が見えないということにある、それが先ほどの怪談との符号 性を示していると思え、なおも恐怖が増幅される。  顔は青ざめ、大粒の汗を流し、それによって短い髪が額に張り付く。  だが汗を拭うことすらも忘れてしまったかのように、エレットは首ごと視線を巡らせ続 ける。  幽霊なんていない、お化けなんて嘘だ、そんなものは臆病者の妄言だ。  そう否定しながら、心のどこかで疑いを抱いてしまう。  普段は周囲の戦況を把握し、的確な命令で一糸乱れぬ動きを見せる彼女のイエッサーた ちは、今では断片的に送られる命令にしたがって断続的な射撃や突撃を繰り返し、その数 を減らして行っている。 「駄目…これでは。冷静になりなさりエレット、落ち着いて対処すれば大丈夫」  大丈夫、ダイジョウブと繰り返し自分に言い聞かせ、徐々に平静さを取り戻す。 「敵はおそらく極少数、包囲してしまえばどうということはない」  まだ声が若干震えているものの、その作戦に従い散開したイエッサーたちが包囲網を狭 めていく。そしてついに敵の姿をハッキリと捕らえることが出来た。 「う…そ…」  エレットはその敵影を見て絶句し、今度こそ完全に錯乱した…  レイミーは焦っていた、未だ敵の正確な情報が掴めない、その割りに自軍の被害ばかり が増していく。  時折遠くから聞こえてくる音はすべてイエッサーの破壊音だけのようである。 「くそ! 見つけたらただじゃおかねぇ、八つ裂きにしてから晒しもんにしてやる!」  目を血走らせながら敵を探す、この街はかなりの規模があり、長い歴史のうちに増築を 繰り返し、ロボット一体がぎりぎり通れる程度の路地が細かく入り組んでいる。  大通りともなれば数機が並んで歩くことも出来るが、それでは格好の標的となるだろう。  一瞬ミシェルと同様に、街を更地にしてやろうかと考えるが、それでは余りに効率が悪 いし、いまだ運び出していない軍資予定の財貨が瓦礫に埋もれることになる。彼女の任務 を考えれば出来るだけ避けたい事態ではある。  時折進路を妨害する建物を鉄拳(イエッサナックル)で薙ぎ倒しながら索敵を続ける。  その時先頭を進んでいたイエッサーがバゴンという破壊音と共に仰向けに倒れた。発砲 と破壊音はほぼ同時、そしてそれに続く小さなガシャッっという作動音を聞きとがめる。 (この音はポンプアクション? やはりショットガンか)  イエッサーの破壊痕を調べて確認する。鼻っ面を中心に、十個ほどの穴が散らばって開 いている。イエッサーの装甲は、同クラスのロボに比べて若干厚く、ある程度の砲弾なら はじき返すことが出来る。  たとえばイエッサー自身が持つ20mmハマキバルカンでイエッサーを攻撃した場合、数秒 間攻撃を当て続け続けなければ完全に破壊することは困難だ。出会い頭の一撃で破壊しよ うと思えば、より大口径な砲―たとえばコマンドの葉巻型120mm滑腔砲など―を用意する ことになるが、砲身が長くなるために狭い市街地では取り回しが悪くなる。  それに対してショットガンは散弾を発射するため、一撃でバルカンの手数、大砲の破壊 力を得られる有効な手段である。  ポンプアクションでは手作業でリロードを行わなければならないため、連射性に難があ り、正規軍で使われることは少なくなったが、閉塞的な空間である市街地では今も効果的 な武器なのは間違いない。  となれば射撃は牽制程度に使い、一気に距離を詰めて白兵戦に持ち込む!  レイミーの指示の元、イエッサーたちが一糸乱れぬ動きで敵を追い詰めていく、時折バ シャンと相手がショットガンを放つが、片腕を盾代わりにして防ぎつつ突進する。  そしてそのままイエッサナックルで、目標を遮っていた建物を殴り飛ばす。  飛び掛ったイエッサーが再びの砲撃を受けて落下し、その先にいる相手の姿をレイミー はしっかりと視認した。  ボロ布のような帽子とマント、手には大口径のショットガン、そして足は無く地面から 1mほどのところに滞空し、その周りには鬼火が六つ浮かんでいる。  その姿は正しく―― 「まさか、キャンベルプルーフ…だと…!?」  噂話に過ぎないと思われた伝説の幽霊が、目の前に姿を現したのだ。 その3  そのロボはキャンベルプルーフと呼ばれていた。  何時頃からそのロボが存在したのかは分からず、またその名の由来を知るものも最早い ない。  パイロットが存在しているのか、また単機なのか複数存在するのか、何のために戦うの かなど、正確なことは誰も知らないのだ。  正に正体不明、そして神出鬼没でもあり、戦いある所に突然現れて全てを破壊していく。  それ故に幽霊だなどとも噂され、ロボ怪談の定番の一つともなっているが、キャンベル プルーフは幽霊ではなく、実在するロボだ。  手にしたロボット用10番ゲージの大口径ポンプアクション式ショットガンは、近距離で の射撃戦で絶大な破壊力を発揮し。一見ボロ布のようにしか見えない帽子とマントは、特 殊な合成素材で出来た、柔軟性と強靭性を兼ね備えたハイテククロースだ。  小口径の砲弾程度ならば容易く受け流すことができ、さらに光度屈折によりレーザー兵 器すら無効化し、それを利用した熱光学迷彩(オプティカル・ステルス)によって周囲の景色に溶け込み、相手に発見 されること無く忍び寄り、発見されてもごく短い距離での空間転移(テレポート)能力まで有していると いう、チート性能を持っている。  戦いでは基本的に数に勝る側が勝利する、多少の性能差があったとしても手数で劣る側 は必然的に劣勢に追い込まれ、自然と敗北するのである。  だがそれは局地的側面から見た場合、事情が少々変わってくる。  数で劣っている場合でも相手を分断し、その数の利点を奪って各個撃破するという方法 があるのだ。特に市街地など狭い空間では一対一になる場面が多く、彼我の性能差が戦力 の決定的な差として現れやすいのである。  そしてキャンベルプルーフは地形上の利点と、己の性能を遺憾なく発揮し、打ち込まれ る砲弾を受け流し、姿を隠して移動し、逆にワザと相手に発見させることで相手の攻撃を 誘い、テレポートによって位置を変えながら射撃を行った。  この戦場は、僅か一機のキャンベルプルーフによって完全に掌握されていた。  キャンベルプルーフは戦いを続ける。  その意味も分からぬまま。  かつて共に戦っていた者がいた気もした、しかしそれは追憶のはるか先に眠り、思い出 すことが出来ない。  かつて大地を駆け回っていた気もした、しかし地面を踏みしめる足は持たない、最初か ら無かったのか、失ってしまったのかも思い出すことが出来ない。  痛みを感じる、形のない痛みを。  それが何であるのかは分からない。  だが戦いの中でそれは少し癒される気がする。  それは錯覚なのかもしれない。  だが耐え難い痛みから逃れるため、戦いを続けている。  なぜ戦いを始めたのか。  それを思い出すことが出来ない…  一方的な戦いにより、イエッサーはその数を半減させていた。  数の有利を生かして包囲しようとしても、テレポートで容易に抜け出されてしまう。  戦い続けるうちに、いつの間にかイエッサーたちの方が徐々に集まり、それぞれが元い た広場に揃い踏みした。 「しょ、少尉ー」 「何泣いてやがんだエレット! しっかりしやがれ!」 「で、でもー、グスッ」  恐怖ですっかり元の冷静さを失ったエレットをなだめすかしながらも、当のレイミーも また焦燥に身を焦がしていた。 「んもーつまんなーい! ちっとも攻撃当たらないんだもん!」  ミシェルの方はより露骨に不満を表し、駄々をこねている。  彼女のコマンドも、引き連れていたイエッサーも、当の昔に弾切れを起こし、いまや武 装はイエッサナックルのみになってしまっているので、さらに癇癪を起こす。 「レイミー少尉ー、もう帰ろ? ねーねー」 「うっせ! お前はちょっと黙ってろ!」  ぷーと不満げに顔を膨らませているだろうミシェルを想像の隅に追いやりながら、レイ ミーは考えた。 (今更イモ引けるわけねーじゃねーか! コレだけの被害を受けて逃げ帰ったとあっちゃ ただじゃ済まねぇ…ババアもうぜーしな)  噂をすれば影を指す。  彼女らの上空に一機のロボが飛来した。 「てこずっている様じゃないか小娘ども!」  上空を旋回する機影の外部スピーカーから張りのある女性の声が聞こえてくる。 「た、隊長ー!」 「あ、大尉だ、おーい」 「てめぇババアおせーんだよ! 今までどこで油売ってやがった!」  三人が三様の反応を示す、そのうちの一つを聞きとがめて怒鳴り返す。 「ババアじゃない、バーバラよ! それと大尉を付けろといつも言ってるでしょう!」  彼女こそ、このイエッサー部隊を率いる隊長であるバーバラ大尉29歳(と9ヶ月)その 人である。  彼女の乗るロボットは、世界的軍需企業NI社の開発した戦闘機型ロボである『スカイー グル』を攻撃機仕様に改修した『スカイ・デストロイ』である。  スカイーグルに比べて装甲や対地攻撃武装を大幅に増強し、生存性と火力が圧倒的に上 昇している。その分機動性は低下しているため、空戦は苦手という欠点も持つ。  バーバラは哨戒を兼ねて街の付近を飛行中、山間に自然に湧き出た温泉を発見し、つい 先ほどまで小旅行気分にゆったりしていたのだ。そのためお肌はほんのり色づき、美肌効 果でツルツル。まさに気合十分である。 「ババア、さては俺たちに余計な仕事を押し付けて、今までさぼってやがったな!」 「そんなことよりも戦況を報告しな、にしても酷いやられようだね…」  ちょっとした引け目もあって話題をさらっと変えながら問いただす、レイミーは自分の 失態に歯噛みしながら履き捨てるように戦況報告を行う。 「――現在所属不明の敵と交戦中、現在の被害はイエッサー16機。敵はポンプアクション 式ショットガンで武装している模様、機体はキャンベルプルーフ、数は不明」 「キャンベルプルーフ? それってあのキャンベルプルーフかい?」 「そのキャンベルプルーフだよ、姿かたちはババアから聞いた通りさ!」  敵ってキャンベルプルーフだったの!?――と、実はまだ一回も敵の姿を見ていなかっ たミシェルがメガネをずらしながら驚きの声を上げる。 「にしてもショットガンなんてアナクロな兵器を使うじゃないか、まぁこっちとしては好 都合だがね!」  そういうとスカイ・デストロイの機首を下げ、対地攻撃体勢に入った。 「小娘ども、目を見開いてあたしの活躍をよく目に焼き付けるんだよ!」  スカイ・デストロイの両腕に装備された76mm旋条砲(ライフルキャノン)が火を吹いた――  形勢は逆転した、基本的に攻撃機と地上機では、それだけで圧倒的な戦力差が生じる。  上空は身を隠す場所こそないが、地上を走るよりも遙に高速で移動でき、また水平だけ でなく上下にも移動できるため、対空攻撃は非常に困難になる。  そういった高度の違いだけでなく、キャンベルプルーフの持つショットガンはその特性 上対空攻撃に不向きである。今キャンベルが使っているショットシェル(ショットガンの 弾薬)はバックショットという大粒の弾が10個程度入っているもので、これは至近距離か ら装甲化した相手に対して使用することを念頭に作られたものであるため、射程が短く、 弾も余り広範囲には散らばらない。  バードショットと呼ばれる、より小粒の弾を100個以上詰め込んだショットシェルも存 在するが、弾が広範囲に広がる反面威力に乏しく、装甲の厚い攻撃機を撃墜することは出 来ない。  対するデストロイは、上空より樹脂焼夷弾(ナパーム・ボム)を投下し、建物の影に隠れたキャンベルを炙 り出してからライフルキャノンを放てばいいのである。 「ほらほら、早く逃げないと当たっちゃうわよ!」  ナパームによって炎上する建物から逃れるために姿を現したキャンベルに対して、連続 してライフルキャノンを放つ。正確な射撃であるが、しかし着弾の一瞬前に短距離テレ ポートを行い砲撃を回避する。  その距離は精々数十mといったところであるが、次の出現地点を予測できない以上、捉 えるのは困難である。  だがバーバラに焦りはない。  弾薬を満載していたスカイ・デストロイは、まだ十分な弾薬を残している。そして何よ り恐ろしく大量のエネルギーを消費するだろうテレポートなど、いつまでも使い続けるこ とは出来ないと踏んだからだ。  事実キャンベルプルーフのエネルギー残量は、イエッサーたちとの戦闘もあってかなり 減少している。  もう何度もテレポートをし続けるのは難しいだろう。  バーバラはテレポート距離が短くなって来ているのに目ざとく気が付き、そろそろ勝負 を決めてやろうと、機体を大きく旋回させて攻撃態勢を整えた。  そしてそれまでの高高度飛行から低空飛行に切り替える、そして背負っている長砲身の 大口径レーザー砲を構えた。  この砲は速射性こそ難があるものの、その破壊力においては両腕に備えたライフルキャ ノンの比ではなく、戦艦並と形容されるほどの威力を誇っている。  しかし搭載方式の問題から、高高度から使用する場合、機体を大きく前傾させねばなら ず、空力特性が著しく低下してしまう。そのため、低空から侵入して敵機の横っ面にぶち こむという使われ方をする方が多い。  バーバラは牽制もかね、ライフルキャノンを立て続けに打ち込む。直撃コースから逃れ るためにテレポートでかわすが、その距離は最早5m未満に落ち込んでいた。  ライフルキャノンを叩き込みながら、相手の移動にあわせてレーザー砲の照準を修正す る。そしてキャンベルプルーフの動きが止まったのを見計らい、引き金を引いた!  赤い光条が寸分違わずキャンベルプルーフに吸い込まれる。 (勝った!)  バーバラはそう確信した。しかしその刹那、信じがたいことがおきた。  キャンベルプルーフを貫き、大爆発を起こすはずだったレーザー光線は、その直前で四 散して幾筋にも分かれていく。その一瞬の閃光の後に姿をあらわしたキャンベルプルーフ は全くの無傷だった。  なんとキャンベルプルーフはテレポートに使うエネルギーを、全て光度屈折機能に振り 分け、戦艦並と称されるレーザーをすべて偏光して見せたのだ。  そしてデストロイがキャンベルの上を通過する瞬間、それまで周囲にたゆたっていただ けであった鬼火が素早く煌く。  鬼火に見えていたそれは、カンテラ型の攻撃用ビットであり、合計六つのビットから放 たれた光線は、デストロイのもっとも脆弱な背面バーニアに突き刺さる。  キャンベルプルーフは今までチャンスを窺っていたのである、高高度にいる相手にビッ トを飛ばしても、そのまま逃げ切られたのでは意味がない。そこで相手が飛び込んでくる 隙を狙って一撃を加えたのだ。  デストロイは背中から炎を吹き上げながらも何とか体勢を整えようともがくが、続けざ まに放たれたビットからの攻撃を受け、未使用だったナパームが誘爆を起こした。そして 高度を保てなくなったスカイ・デストロイは墜落し、その直前にゼロゼロ射出装置を作動 させ、バーバラは辛くも緊急脱出した。  その姿に呆気を取られ、三人娘は呆然としていた。  余りにも圧倒的過ぎる、こんな相手に勝てるはずがない。  そんな三人の前にゆっくりとキャンベルプルーフが浮かびよってくる。  六つの鬼火を背負ったその姿は、正しく不死の幽霊の如くに見え、三人がもろともに震 え上がる。  ガシャッ!  というポンプ音を聞いた三人は、ついに恐怖の限界とばかりに悲鳴を上げて逃げ出した。  逃げろという命令を受けたイエッサーたちも『イエッサー!』と無駄に元気のある声で 応じ、退却を開始した。  それを追撃するショットガンの発射音が鳴り響く―― その4  戦いは終わった。  後に残ったのは無数のイエッサーとスカイ・デストロイの残骸、そして街の半分ほどに 広がった瓦礫の山である。  辛くも命を取り留めていた市長がキャンベルプルーフを見上げる。  キャンベルプルーフの方は、そんな人々の視線を感じていないかのようにじっと浮かん でいる。  既に敵の姿は見えなくなっている。  それを確認したキャンベルプルーフは、ゆっくりと進路も定めずに動き出した。 「待ってください! せめてお名前だけでも!」  市長が呼び止めるのも無視して、キャンベルプルーフはゆっくり進みながら、その姿を ステルスによって隠してゆく。  ついに完全に見えなくなったキャンベルプルーフの進路を見やり、市長と市民はかのロ ボに感謝し、神に祈りを捧げた。  街の被害は少なくないが、財貨は奪われずにすんだ。  歴史ある街並みはもう戻らないが、命ある限り復興させることは可能であろう。  人々はそれぞれに街を復興させる決意を固め、静かに祈りを捧げていた。  イクサヤデーまでの道のりをえっちらおっちら歩く一体のロボが見える。  片腕にデカデカとバッテンのリペアエイドを貼ったイエッサーである。  その腕に抱えられ、4人の女性が言い合いをしている。 「第一ババアがもっと早くに来てればこんなことにならなかったんだよ!」 「何言ってんのよ! あなた達こそアレだけの数のイエッサー引き連れてたった一機のロ ボに負けるってのはどうなのよ!」  他のイエッサーの姿は見当たらない、結局あの後逃亡するときに、三機のコマンド・イ エッサーは大破し、残りのイエッサーたちも退路を作るための捨石となったのだ。  まだまだなんのかんのと言い合いをしている二人を、あきれた顔でレンズの割れたメガ ネ越しに見ていたミシェルがエレットに話しかけた。 「あんな反則みたいなのと戦って勝てるわけないよね」 「あれは幽霊じゃない…あれは幽霊じゃない…あれは幽霊じゃない…」  ぶつぶつと青ざめた顔で念仏を唱えるエレットに構わず、ミシェルはぺらぺらと一方的 に話し続けた。  レイミーはもう怒鳴りあうのに疲れたのか、イエッサーに向かって命令を出す。 「もういいや、とにかく早く国に帰ろうぜ…」  『イエッサー!』と高らかに応じて応じて速度を上げる。急に増速したことで、バーバ ラが危うく振り落とされそうになる。 「ちょっと危ないじゃない! もっと慎重に進みなさいよ!」  『イエッサー!』と再び応じたイエッサーは早く慎重に歩き出した、その矛盾した命令 を実行しようとして足をもつれさせ、勢いよく前に転がる。  投げ出された4人は、再び言い合いを初め、そのまま日が暮れていく。  激動の一日は終わり、平和な夜が訪れる。 えぴろーぐ  その後。  国に帰ったバーバラたちは、イエッサー部隊を失った責任をとって降格処分を受けたら しい。  一方ボチボチデンナー市は、それまでの中立非武装姿勢を改め、再任した市長と共に自 治自衛を守るために軍拡の道を歩んだという。  ボチボチデンナー市は、やがて世界的にもまれに見る要塞都市となり、ゴーストペイン と名を改めることになるのだが。  それはまた別の話である。 了