■極東SS■ 『舞え、舞え、画龍』番外 『長すぎるので回想だけ分離して見た』乃巻 ・八重 文一  http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/2039.html ・沙羅篠 鏡月 http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1130.html -------------------------------------------------------------------------- (ここから回想) 「やぁ。随分と痛めつけられたものだね。」 「…なんでぇ糞餓鬼、ドジ踏んだ外道を嘲笑いに来たか。食っちまうぞ。」 「僕を食って、又大泣きするのかい?」 「食って、腹膨らせて、ここからとんずらするのよ。」 「じゃあそうするといい。」 青年はそう言って懐から鍵を取り出した。持ち手に厳つい鬼の顔が描かれた重厚な鍵。 可御松献恵の曽祖父であり『鬼殺し』の英雄である三十狭芹彦(みそせりひこ)は武力を以って 鬼達を制圧すると同時に、彼らの卓越した魔道具作りの業に目をつけた。 彼は数多くの職人達を人質として城に住まわせ、鬼達自身の手で鬼の猛攻に耐えうる 城を作り上げたのだ。凶月が捕らえられているこの地下牢も、三十狭芹彦の時代に作られたものである。 青年が持っている鍵にも精密な彫刻が施されており、歴史の証人としての価値も相俟って、闇で売り払えば 相当な額になる代物である。 鍵穴に差し込まれた鍵は「うおおおん…」と悲しげな声を上げた。これは警報の一種で 誰かが独房の鍵を開ける度に、城の衛兵達の詰所に信号が伝わるのだ。 事前に申し出が無い時間帯にこの信号が伝われば、即座に彼らが飛んでくるようになっている。 「初めて聞いたけど、随分と薄気味悪い声だ。」 ぽかんとする凶月を放って、青年は軋む鉄の戸を開けた。 「気が違ってやがるのか?こんなことしちゃあ、並みの罰じゃあ終わらねぇぞ?」 「いいじゃあないか、今食われて仕舞いなんだから、恐れる必要も無い。さぁ、食えよ、鬼。  あまり美味くは無いと思うけど、少しは腹の足しにしてくれ。」 「畜生メ。てめぇみてぇな痩せっぽち喰らったって腹の足しにもなりゃしねぇんだよ。そんなに死にてぇなら手前ぇで勝手に  首でも括りやがれ。」 「首を括るくらいじゃああの世に行けないから頼んでるんじゃあないか。さぁ急ぎな、衛兵が飛んでくるぜ。」 「あん?なに戯けたことをほざいてやがるんだ。」 首を括っても死ねないような頑丈な人間の話は聞いたことが無い。 いや、死ねないような化け物紛いの連中がいるにはいるのだろうが、目の前のひょろっとした 青年がそういう類の人種だとはどうにも信じ難かった。 「信じてないようだね。まったく…この土壇場に。」 「信じられるものかよ。」 「ほら。」 青年は何を思ったか凶月の方へ掌を向けた。 松明の揺れる光に照らされる青年の掌。よくよく眼を凝らしてみると、その丁度真ん中に 不自然な横一文字の筋が通っているのが見えた。 掌の肉がぐいっと上下に持ち上げられたかと思うと、そこに大きな目玉が現れた。 「て…手前ぇ…妖か!?」 「そう、いつまで経っても成仏できない盲の魂の集まりがこの僕。手目坊主ってやつ。…哀れだろう。  こんな化け物が、人並みの地位を貰っちまって、挙句の果てに人に恋心を抱いちまったんだからもっと哀れだ…。」 「恋心…だ?」 「そこにいるのは誰だ!」 警報を聞いてすっ飛んできた衛兵達の声が地下牢の廊下に響き渡る。 「畜生メ!」 凶月は咄嗟に青年を盾にして凄んだ。 「手前ぇら!この餓鬼がどうなってもいいってのか!」 「な…文ノ一様!?何故このような所に!?」 先頭に立っていた衛兵は動揺を隠せない。 同時に凶月もうろたえる。「文ノ一」と言えば鬼鎮めの楽曲を歌いこなす、一族の天敵! 幾ら嗅ぎ回っても誰一人見つけ出すことの出来なかった相手! まさかそいつに助け出されるとは!そいつが俺の腕の中に居るとは! 「く…糞ったれ!」 文一を担ぎ上げたまま衛兵の群れに体当たりをかます。下手に手を出せない衛兵達は 次々と吹っ飛んでいった。 「追え!追えー!」 「追うな!追ったらこの餓鬼を殺すぞ!」 「くっ…」 誰も手を出せないまま、凶月は階段を駆け上り、人を撥ね、扉を蹴破り 遂に南ノ門まで辿り着いてしまった。 「はぁ…はぁ…なんだか勢いで担いで来ちまった…おい、降りろ。放してくれた借りだ。  命は取らないでおいてやる。」 「嫌だ、降りないよ。」 「馬鹿吐かしてんじゃあねぇ!」 「じゃあ殺せばいいじゃないか。」 「解らねぇ餓鬼だな、借りを返すって言ってるじゃあねぇか!」 門の前で間抜けに口論する二人の背中(と、ケツ)を凄まじい殺気が襲った。 「文ノ一様を放せ。狼藉者。」 「(…!や…やべぇ!)」 …『永血後の戦姫』…『聖母』…『慈愛の化身』…『鬼殺し』…数々の異名を持つ永血後の姫 可御松 献恵(かみまつ けんけい)である。 戦装束を脱ぎ、夜着に装いを変えている戦姫は見惚れるほどに美しい。 しかし曽祖父譲りの鋭い眼は、その眼光だけで凶月を射殺さんとばかりに燃え上がっていた。 「もう一度言う。文ノ一様を放せ。今なら命は取らずにおいてやる。」 「あ…ひっ…!」 そうしたくても身体が凍り付いて動かない。 涙を流しながらゆっくりと蛇に飲み込まれる鼠の気持ちが今なら理解できる。 「文ノ一様を残して貴様だけを細切れにする事もできるのだぞ?放せ。」 「…姫。やはり僕を名で呼んではくれないのですね。」 文一がぽつりと呟いた。 「何を仰います。貴方様は我が国に和を齎さんとなさる尊いお方。名で呼ぶなどと失礼な事は  祖に誓ってできることでは御座いませぬ!」 「ははっ!尊い!?この僕が!?貴女は僕の本性を知らないからそんな事が言えるんだ!  僕は…僕はこの世にいちゃあいけないはずの男ですよ…。」 困惑する献恵。彼女の視線がふっと緩んだ瞬間、凶月の体に生気が戻る。 「…跳べ!跳ぶんだ!門を跳び越えろ!」 「お…?応よ!」 文一を抱えたまま、たった一度の跳躍で凶月は門の頂まで躍り上がった。 抱えられたままの文一は、見渡す限りの景色に響き渡らせる声で叫んだ 「さようなら、さようなら、姫!貴女の傍に居れたのは、本当に嬉しくて苦しかった!」 「文ノ一様!」 戦姫の声は虚空に消え。眼差しを返すのは空から見下ろす二つの月だけだった。   *   *   *   *   * 「俺ぁ手前ぇのくだらねぇ恋の悩みのために大立ち回りを演じたってのかオイ。」 数時間後、膝を抱えたまま小川のほとりに座り込む文一と、その隣で胡坐を掻いてため息をつく 凶月の姿があった。だらんと垂れ下がった文一の手からは涙がぽたぽたと垂れている。 「うう…胸が張裂けそうだ…」 「妖が人と共連れになっちゃあいけねぇって法はねぇだろうがよ。」 「ひっく…でも…姫は僕の事を男とは見てくれないし…ぐす…もし万が一好いてくれたとしても  人の国の主が妖と一緒になるなんて誰も許しはしないよ…嗚呼、僕はやっぱり生まれちゃあいけなかったんだ…」 凶月は平手で文一の頭をはたいた。人と違って脳みそなんざないものだから、ぽこん、と間抜けな音がした。 「非道い…」 「ったく女々しい野郎だな!俺を解き放つぐらいの無鉄砲さがあるなら、何故それを手前ぇを磨く為に使わねぇ?  なんだかんだ屁理屈を並べ立てちゃあいるが結局の所、手前ぇの悩みの元は手前ぇが姫に足る男前じゃあねぇってからって  だけじゃあねぇか!」 「違う!姫が近づいてくれないのはお互いの地位があるから…」 また、ぽこん、と間抜けな音が木々の間に響く。 「二度もぶった!」 「おお、何度でもぶってやらぁ!あのな、俺ぁ地位やらなんやらを越えて愛し合った男と女の話を  両手で数え切れないくらい知ってるぜ?手前ぇは気合が足りねぇんだよ!男は度胸、女は愛嬌  って昔から言うじゃあねぇか。な、死ぬ方法探す前に死ぬ気になってになんでもやってみろ!」 人と血で血を洗う戦いを繰り広げている鬼達にだって文化はある。恋もするし、仲間の死も悼む。 だから献恵は和解の道を模索しているのだが、そんな事をこの二人は知る由も無い。 膝を抱える文一の背中をどん、と叩く。 「でも色々やってるうちに姫が誰かと結ばれてしまったら…」 「そん時ゃあ奪い取れ!俺だって今の女房娶る為に何人の野郎どもと死闘を繰り広げたか…」 「え、女房が居るのかい?ええと…」 「そういや名乗っても居なかったな。俺ぁ凶月。マガツツキで凶月だ。へへ、普段この名を名乗るのは敵の屍の前だけなんだぜ。  光栄に思えや。」 「うん、凶月。女房との馴れ初めを聞かせておくれよ。」 「まぁいいだろう、あれはまだ月が三つだった頃…」 二人は、追っ手に見つからないよう場所を変えながら、そのまま朝まで話し込んだ。 朝日を浴びる文一の貌は晴れ晴れとしていた。 「凶月、僕決めたよ。極東中をまわって、琵琶の腕を磨くんだ。それで、この国の争いを止めてみせる。  …そうしたら、姫は僕を認めてくれるかな?」 「さぁなぁ…女心と秋の空、なんぞというくれぇだからなぁ…。ま、試してみる価値はあるだろうよ。」 「へへ…。やってやるさ。」 人里の近くまで文一を送ってやった所で、別れの時だ。 「いいのかい?もうお前さんもお尋ね者になってるかもしれねぇぜ?」 「大丈夫だよ一晩くらいは。僕が逃げ出したなんて触れ回れる筈がないんだから。」 「そうかい。…まぁ、なんだ。達者でな。」 「ありがとう。凶月のお陰で、初めの一足を踏み出せそうだ。いつか礼を返さなくっちゃあね。」 「解き放ってくれたんだから、これでお相子だ。じゃあな、青瓢箪。」 去ろうとする凶月に叫ぶ。 「次に会う時まで生きていてくれよ!」 「あたぼうよ!てめぇこそ男惚れする様な野郎になってるんだぜ!」 「おう!」 こうしてこの奇妙な二人連れは分かれた。 それぞれの思いを胸に秘め。   *   *   *   *   * ってなちょっと青春的な、またはロードムービー的な、悪く言えばありがちな別れを果たした 二人連れであったが…。残念ながら現実ってぇのはそう感動的に幕を下ろさないのである。(SSだけど。) 「よ…よぉ。」 「早いよ!」 二人が出会ったのは一週間後、永血後と華囲国の国境である。 凶月が頭を掻き掻き語ったところによると… 里に戻った凶月だが、彼が人に捕らえられたという大失態はすでに長の耳に及んでいた。 虜囚の辱めを受けてノコノコ戻ってくるなど、即刻斬首モノであるが、特別な任務を負う代わりに 追放だけで済んだ(ここらへんの適当さが大陸の『凶一族』との決定的な差である)。 その特別な任務とは… 「幻の男、文ノ一を殺せ。ってもんだ。」 「僕を?殺すの?」 「おう。…いやぁ、流石に『俺が諭してやったら随分と元気になりまして、この国に和をもたらそうと  死ぬ気で頑張ってますから放っておいてやってください』たぁ言えなくてよぉ  …それに俺もさ、二人目のガキが生まれる前に里に戻りたいわけだ。」 「だから、死ね、と?」 「おう。まぁ死ななくてもいいけどちょっくら首ぃ斬らせてくれねぇか?頼む!」 長に拝領された騎乗龍「ハヤテ」に乗ったまま、三度笠を脱いで頭を下げる凶月。 …アホか!? 「…馬鹿か!?さらっと言ってるけど首斬られれば流石の僕だって死ぬよ!」 ですよねー。 「え、首括っても死なねぇんだろ?首括るのと何がどう違ぇんだよ。」 「痛すぎて死ぬ。」 ううむ、明快だね。亡者の魂の塊が生きるとか死ぬとかあるのか?とか聞いてはいけない。 多分ある。ホラ、妖怪だってなんか死んだりするじゃん? 「おお、成る程。じゃあそっ首頂戴するぜ。」 背に担いでいた巨大な鎌の刃に繋がっている鎖を引っつかみ、振り回しはじめる凶月。 彼はこの得物で何人もの敵の首を、一撃の下に胴体と御然らばさせている。 「…はぁ。昨日の共は今日の敵、っていうんだっけ。しょうがない、眠ってもらうよ。」 鬼除けの法師が神聖視されている永血後では、琵琶を飾って魔よけにする風習がある。 文一は途中立ち寄った民家で貰った琵琶を譲ってもらっていた。 決着は本当に一瞬だった。 凶月の手から鎖が離れるよりも速く奏でられたほんの一掻きの琵琶の音。 鎖を放り投げようとしていた凶月の手は硬直し、勢いを失った鎌の柄が彼自身の後頭部に激突した。 「あ…が…」 ハヤテからずるりと落馬(落龍?)する凶月。試合終了である。 「遠くから響かせて山のような軍勢を押し留めるんだから、この距離で聞いたらそうなるさ。」 「かっ…かっ…」 身体が硬直しすぎて声も出せない。これはマジで死ねる。 ぼろん、ぼろん、と時折奏でるだけでこれだ。一曲丸々聴いてしまったらどうなるのだろう? 動かない身体で戦慄する凶月。 「もうちょっと弾いてるから早く気を失っておくれよ。僕は華囲国に行くから、元気になったらまたおいで。  修行してもっと凄いのを聞かせてあげるから。」 ああ、凶華(女房)、凶桔(長男)、まだ見ぬ二人目の子よ… おっ父は暫く戻れません…健やかで居ろよ…浮気するなよ… そうして凶月の意識は暗転した。 (回想終り)