■極東SS■ 『舞え、舞え、画龍』その拾弐 登場人物 頼片 蓬莱(ヨリヒラ ホウライ) ・三味線弾き ・ダメセクハラロリコンキタナイクサイクズハゲヘタレヒゲボンクラモジャルンペンヒゲお父さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/669.html 霜舟(ソウシュウ) ※今回出番皆無 ・墨絵描き ・いい女 ・お母さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1440.html ゲスト出演 ・八重 文一  http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/2039.html ・沙羅篠 鏡月 http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1130.html ---------------------------------------------------------------------------- 「『おいおい、皆早く歩けよー!もたもたしてると置いてくぞー』って言う奴に限って  最初にバテるよね」の巻。 ---------------------------------------------------------------------------- 「旦那〜!もたもたしてるとあっしの方が先に着いちまいますよー!」 おかしい、おかし過ぎる。 なんで俺がへとへとに疲れてて、あいつが先を歩いてやがるんだ? 半里で見えなくなるどころじゃあない。野郎ぴったり俺の後を尾けてきやがる。 なんだか気味が悪くなって、引き離してやろうと休みも取らず歩き通した…のに。 何も見えやしないはずなのに、通りがかる馬やら人にはぶつからず、分かれ道になるとピタリと止まって蓬莱を待つ。 あの野郎もしかして盲だってのも法螺なんじゃあ…と思わせる快足っぷりである。 ニヤニヤしながら待つ文一を完全にシカトして分かれ道を先に進む。 しかし、道半ばにして遂に休憩を取らざるを得なくなった。体力の限界! 小川にかけられた橋を渡らず、そのまま河原まで降りる。文一も律儀にくっ付いてくるが いちいち腹を立てている余裕も無い。 下帯一丁になって小川で行水する蓬莱。サービスシーンである。しこっていいのよ? 人の手の入っていない小川だったので喉の渇きを潤し、手ごろな岩に腰かけてがっくりと項垂れる。 昨日走り通したダメージが微妙に抜けきっていないらしく予想外の疲労である。 「(果たしてこのまま次の宿場まで辿り着けるだろうか…)」 まさか自分で自分の足を引っ張る事になろうとは。蓬莱一生の不覚である。 それにつけても腹が立つのはあの法螺吹き野郎だ。野郎のお陰で俺が思い悩む破目になったのだ。 などとやり場の無い怒りをぶつけようとして振り向くと、その張本人は暢気に握り飯を頬張っている。 途中見えなくなりそうになるまで引き離された時に、蓬莱が来るまで茶屋で買い込んだらしい。 「あ、旦那の分も買ってありやすよ!」 「お前の施しは受けねぇよ!」 と返した瞬間、腹の虫が鳴く。恥辱!恥辱である! 「じゃあ仕方ねぇや。こいつぁ川の神様に供えるとするか。」 わざわざ蓬莱の近くまで寄ってきて握り飯の包みを置き、手を合わせる。 「旦那の旅が順調でありますように…。」 そうして元座っていた岩まで戻り、蓬莱に背を向けた。食え、という事らしい。 今度こそ絞め殺してやろうと思ったが、もうなんだか腹を立てるのもアホらしくなってきて 素直に握り飯を喰らった。 「どうです?川の神様に喜んでいただけましたかね?」 近寄る蓬莱の足音を察して文一が振り向いた。 「おう。『美味かったが腹が立った』ってよ。」 「せっかく精魂こめて握ったってぇのに…。」 「お前ぇじゃなくて茶屋の親爺がな。」 「へへ…その通り。」 隣に腰を下ろす蓬莱。どっちにしたって食休みが必要だから、ついでに身の上を聞くつもりだ。 「一つ二つ聞きてぇ事がある…なんで浮草のモンだって法螺ぁ吹いた?」 「浮草の若いモンって吹いときゃ貰えるお捻りの分量が変わりやすから。」 「まったく呆れた野郎だ!俺みたいな本物に会うとは考えちゃあいなかったのかい?」 「こちとら盲でござんす。気付いたとしても少しゃあ同情して口をつぐんでくれるでしょう?」 別に同情ではなかったが、蓬莱だって面食らって口をつぐんでしまったのだ。 ある意味文一の目論見は成功している。 「じゃあ北房の生まれって法螺は?」 「本当の故郷知られちまった日にゃあ、あっしがどういう素性のモンか解っちまうでしょう?  …まさか唄で素性がバレるたぁ思ってもいやせんでしたがね。」 沈黙。こいつ暗に自分の素性をばらしやがった。 つまりこいつは本当に永血後の盲官なのだ。 「…お前やっぱり付いて来るな、帰れ。」 「ええーっ!朝方は勝手にしろって仰ってたじゃあねぇですか!」 「馬鹿野郎!本物の永血後の盲官だって知ったら恐ろしくなってきたんだよ!  刺客やら追っ手やらに消されるのは真っ平御免だ!」 「えー、そんな殺生な!だからこその共連れじゃあござんせんか!」 「ええい、手前ぇの都合に俺を巻き込むんじゃあねぇ!あんまり聞き分けねぇと張っ倒すぞ!」 無論手で、ではない。音で、である。三味線を手前に回し、撥を手に取る。 「へぇ、あっしと競おうってんですかい?負けるつもりはこれっぽっちもござんせんよ!」 「望む所だ法螺吹き野郎!」 まるで荒野のガンマン…いや枯れ野原で相対した剣士の如く。 二人は剣の変わりに三味線と琵琶を構え、ピクリとも動かない。 別に鳥が静まったりとか蝉の声が止んだりはしなかった。 どっちにも殺気は全然無いから。 ぼろん…琵琶の音が先に響いた。 ててん…継いで三味線の音。 張っ倒す、だの負ける気は無い、だのと言っておきながら結局の所… これはただのセッションであった。 継いで、応えて、継いで、応えて… その繰り返しの間がが段々と詰まってくる。 そのうちに一フレーズの終りを待たず、相手が弾く。それに覆い被さるように また片方が弦を掻き鳴らす。 その内に無我夢中に音が続き…また最初の語り合いのような穏やかな調子に… 蓬莱は見たことも無い永血後の姫の横顔を、群れる鬼達の怒号を 文一は蓬莱が見てきた大陸の荒々しい自然を、そして浮草の慎ましい暮らしを それぞれの脳裏に思い浮かべた。 そして丸々一刻は続いたセッションは、二人が同時に振り下ろした撥で終りを告げた。 「あっしの見込んだとおりだ…旦那にゃあ敵わねぇ!見てきた世界の広さが  あっしとは比べ物にならねぇ!御見逸れしやした!」 「へへ…それ見たことか…」 蓬莱はもう体力の限界をとうの昔に通り越している。 なんとか立ってはいるものの、膝が笑っているし、手も顔も上がらない。 「あれ…旦那?ちょっと!」 「え?」 ぐるーん、と視界が天を向く。 そうして、極東に戻ってから何度目かの意識喪失を、蓬莱は体験した。   *   *   *   *   * とりあえずの所、半死人になった蓬莱を黄泉帰りの「山衣」で起こし、歩かせ… 二人は廃寺に腰を据えた。 戸は外れているし、堂内は蜘蛛の巣だらけだったが野宿よりは幾分かマシだ。 倒れこんだまま「あ”ー」とか「う”ー」しか言わなくなった蓬莱に水を飲ませてやる文一。 そういやこの人も「惚れた女の為」旅をしていると言っていた。 本当なのかどうかは知らないが、少し親近感を覚える。 「(姫はお元気で居られるだろうか?)」 遠くに残してきた思い人。その横顔を思い出すだけで胸が苦しくなる。 「ごめんなすって。」 突然の来客。…来客?この廃寺に? 「近くに気配は感じてたんだけど、随分遅かったね?ハヤテはどこに?」 「近くに居すぎて旦那の曲にやられちまったんです。今の今までノビておりやした。  ハヤテは森ん中に丁度いい洞穴があったんでそこに。流石にここにゃあ入れやせんから。」 どうもこの来客と文一は顔馴染みの様だ。 三度笠に旅外套の、風来坊テイストのこの男…名を「沙羅篠 鏡月(さらしの きょうげつ)」と言う。 更に言えば真の名は「晒野 凶月(さらしの きょうげつ)」 鬼族の腕の立つ暗殺者である。 三度笠を脱いで露を払う彼の額に白い瘤のようなものが見える。 人に混じって殺しをやってのける彼は己の角を削り落としているのだ。 「そこに転がってる親爺は何者なんで?」 「旅の仲間、みたいなもんさ。この人のお陰でまた腕が上がりそう…それよりも凶月。その言葉遣い、  止めてくれって何度も言ってるだろう?」 「あっしの方こそ何度も言わせていただきやすが…」 「あー、はいはい、掟だってんでしょ?なんか中てつけにしか聞こえないけどね。」 凶月の一族では『タイマンで負けた相手には敬意を払わなければならない』という掟があるのだ。アホくさいが。 「いやぁ事実、面と向かえばあっしにゃ勝ち目はござんせんからね。それよりも、遠耳で聞いておりやしたが  随分と上達いたしやしたね侠客喋り。もう敢えて教える必要もねぇくらいだ。」 旅外套を脱いでどっかと胡坐を掻く凶月。 「そう?」 「そうですとも!いやぁ、昔は誰に対しても『僕』なんて御自分の事をお呼びになっておりゃあしたのに…  人間…あ、いや、ヒトは変われば変わるもんでござんすねぇ…」 なんだか近所の親爺のような、若しくは親戚のような口振りだが、実はこの鬼 文一の命を奪え、と命ぜられているのである。 それなのにお互いの緊張感の無さはどうしたことだろう? 「昔話をしたがるのは歳をとった証拠だぜ凶月。…説教臭くなるのもね。」 「あ、そうだ!あっしゃあ旦那に説教をしようと思ったんですよ!」 またか、という顔をして文一がため息をつく。 「この前は『拾い食いはするな』その一個前は『生水は飲むな』今日は?」 「旦那、口を酸っぱくして言わせていただきゃあすが、旦那の命はあっしの匙加減一つで  どうにだってなるって事を忘れてもらっちゃあ困りやす。幾らなんでも不意を突かれりゃあ  旦那自慢のその忌々しい琵琶も役に立たねぇでしょう?」 「だから何さ?」 「あっしに対して気を張らなすぎる、とそう言いたいんですよ!  旦那の首級引っさげて里に帰りゃあ、あっしゃあ生涯下にも置かない持成しを受けるでしょうし…  若しくはこのままふん縛って姫の御許に放り投げたっていいんですぜ?旅ってのはもっと緊張感を持って…」 とかなんとかほざいているが二人が和やかな雰囲気になってしまうのは、どちらかと言えば 凶月のほうに非がある気がするのは筆者だけだろうか? なんだかんだで自分の事を気にかけてくれる心優しい鬼に微笑む文一。 「そんな事をできないのは知ってる。なんせ凶月は優しいからね。」 「優しい!?へぇ、言うに事欠いて優しい!?極悪非道の凶月様も非道く見縊られたもんだ!  言わせて貰いやすがね、一応の事あっしも『凶一族』の血統なんです。  おぎゃあと声を上げてから、人情を知らず愛を知らず、盗みを覚えて殺しを覚えて  世間様から外道畜生と恨まれ憎まれ、血塗れの手が乾くのは、荼毘に付されるその最中  生まれた場所が違えば黒天武王やら鎧鬼王の元で暴虐の限りを尽くしていたやもしれねぇ。  女子供にだって容赦ぁしねぇし、ましてや旦那みたいな青瓢箪ヒネることなんざ屁にも思いやしやせんよ。  あんまり馬鹿にされたらついついこの拳が動いちまうかも…」 「はて、そう言いながら僕を傷つけた事があったかな?」 「ありゃあしませんが、ものの例えでござんす。『優しい』何ぞと言う言葉をあっしにかけるのは  あっしに唾を吐くのと同じ事です。」 「そりゃ失敬。ねぇ、『泣いた赤鬼』って知ってるかい?」 「ええ、まぁ聞いた事ぐらいはありやす。誰かの為に涙を流す、あんな心の優しい鬼が居てたまるもんですかい。気持ちの悪ぃ。」 「角は失せてしまっているけど僕の眼が見ている爺さん鬼は違うのかな?誰かの為に泣けるのは  凶月も一緒だろう?殺しの度に大声上げて泣いてしまうのだものねぇ。」 「ええ、それでとっ捕まった時ゃあ首括ってやろうかと思いやしたよ。」 「でもそれだからこうやって僕とお喋り出来ているんじゃあないか。」 「ええ、ええ、そうですとも旦那に出会っちまったのがあっしのケチのつき初めでござんすよ。」   *   *   *   *   * (ここから回想) (回想終り)   *   *   *   *   * 「…そろそろ故郷に戻ってもいいんじゃあねぇんですかい?」 「駄目だよ。まだまだ永血後全体を鎮められるほど僕の力は強くない。まだまだ…見たいものも  聞きたいものもたくさんある。」 「ううむ…遠くから触りの一音聞いただけであっしをノビさせちまうんだから、随分上達したんじゃあねぇかと  思うんですがねぇ。」 「ノビさせちゃあ意味が無いんだ。『鎮め』ないと。」 凶月は自分の里の荒くれ共を思い出して少し絶望的な気分になった。 二言目が出る前に鉄拳が飛んでくるような大馬鹿共をどうやって鎮めるってんだ? …だが、この青年がそれをできなきゃあ、自分だって一生里には戻れない。 「一連托生…か。」 「その通り。だからさ、もう少し時間をおくれよ。奥さんに会いたい気持ちは解るけど。」 「嗚呼…死んだものだと思われて浮気されてたら俺ぁ…俺ぁ…」 鼻を拭いあげる凶月。故郷の話をするといっつもこうだから困る。 「よしよし。一曲弾いてやるから落ち着こう。な?」 「頼むぜ旦那ぁ…。」 ぽろん、ぽろん、と廃寺に響く琵琶の音にあわせて文一が唄うと、凶月はぽろぽろと涙を零し始めた。 故郷が恋しくて仕方ないらしい。 こーなると後が面倒なのだ、文一の三倍は生きてるジジイが「帰る〜!」と駄々をこねて聞かなくなる。 なので。 ジャン! ノバしておいた。 …夜が明けた。そろそろ出かけよう。 「今度は平和になった永血後で会いやしょう。旦那に俺が惚れた女を見せてやりてぇから。」 そうして文一は、また見知らぬ土地へ旅立っていった。   *   *   *   *   * …雨の音がいつの間にか止んでいる。 俺ぁ一体どのくらい気を失っちまったんだ? 文一は何処に? ガタピシ音を立てる身体を引き起こして破れた戸に向かう…と。 視界の端に何かが見える。 「ぅ…!っわ。」 あまりにビビり過ぎて声がまともに出なかった。変な爺さんがうつ伏せに倒れている。 何者?もしかして刺客?追っ手? つーか…も…もしかして…死んでる? そろりそろりと近づいて足で小突…こうとしたら突然足を掴まれた 「あqwせdrftgyふじk!」 うつ伏せの状態のままジジイが呟いた。 「うう…お…俺の事ぁ…気にするな…しばらくくたばってりゃあ…治る。」 「ああ、ええ、はい、承知しやした!あの、足を離していただけると幸いなんですが!」 「待て…文一からの言伝…『いつか永血後で会おう』…ガクッ。」 掴む手を振りほどいて大急ぎで廃寺の外まで駆け出す。 案の定また、たーっぷりと寝てしまったようでお天道様が眩しい。 八重文一… 結局最後まで訳の解らない野郎だった。 奴は何故、いつまで、どこまで旅を続けるんだろうか? でもきっと奴が最後に辿り着くのは奴の故郷なのだろうな。 自分の旅が一段落ついたらいつか永血後に遊びに行こう。 …酒飲んで、旅と女の話をして …そんでまたぶっ倒れるまで腕を競おう …あ、ついでに綺麗なカミさんと可愛い娘を自慢してやろう! 兎にも角にも。 歩けダメオヤジ!歩け! 〜続く〜