■極東SS■ 『舞え、舞え、画龍』その拾参 登場人物 頼片 蓬莱(ヨリヒラ ホウライ) ※今回出番皆無 ・三味線弾き ・ダメセクハラロリコンキタナイクサイクズハゲヘタレヒゲボンクラモジャルンペンヒゲワキガお父さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/669.html 霜舟(ソウシュウ)  ・墨絵描き ・いい女 ・お母さん http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1440.html ゲスト出演 和食かごめ(わじき かごめ) http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1665.html ナズナ=ヤシャキリ(夜叉桐 薺) http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1044.html -------------------------------------------------------------------------------- 浮草までの道中、霜舟は宿場と宿場を繋ぐ街道の風景を何枚も描いていた。 ところどころで腰を下ろし、そのとき目に入った風景を紙に写していく。 売れば宿代にはなるという目論見があるにはあったが、それよりも彼女自身が 純粋に興味があったから描きたくて描いた、といったほうが正しい。 どんな風景だって、それを初めて見た人間にゃあ衝撃を与えるもんである。 初出勤の日の通勤路、初めてくぐった学校の門… うん、引篭もりのとっしーなら初めて得た自分の部屋でも良い。 それは期待だったり不安を湧き起こさせてくれはしなかっただろうかね? しなかった?んな事言ってたら話が進まねぇから無理やりそうだったと思ってくれ。 じゃあ、そうだな…絶景と言われるような風景を見た時ゃあどうだい?観光地的な。 しなかった?行った事無い? ネットを捨てろ!外へ出ろ!愛を取り戻せ! まぁとにかくだ、風景ってぇのは見慣れてしまえば正に風景になっていくわけで 山頂からの絶景だって、山に住む人にはなんの感動も与えないんである。 この街道をしょっちゅう通る、例えば商人なんかは今更感銘なんか受けたりはしねぇでしょう。 しかし我らが霜舟は違う。この道を通るのはたったの二回目である。 しかも行きはダメオヤジの事で頭が一杯だったから、見て無ぇも同然なんである。 霜舟は浮草と帝都以外の場所をほとんど知らないと言っても良い。 そりゃあ碌に交通手段の無い辺鄙な村の出身であるから霜舟が世の中を知らないのは 当然の事であるが。我々だったら、ちと出かけるか、ってな具合に電車やらバスやらを 使って彼方此方行けるのだけれど、浮草の百姓の娘なのだもの。 ただ彼女の場合は更にもう一つ、交通手段不足以外の理由があるのだ。 「もう少しばかりお天道様が気張ってくれなきゃあどうしようもないねぇ…」 明らかに妖しげな、何を奉っているんだか解りゃあしない廃寺の前で霜舟は呟く。 今にも崩れかかりそうな腐った柱、破れた戸。人の手で作られたモノが打ち棄てられて 朽ちていく様子は、何故か侘しげに見えるものである。 曇天は廃寺を、一つの大きな影法師にした。 いや、我々なら曇天の僅かな光のうちにも廃寺の醸し出す陰影を感じ取る事ができるかもしれない…が。 「ちくしょう、見渡す限りもくもくしやがって。パクついてやりたいぐらいだ。」 天に悪態をついてもなにも返ってきはしない…はずだったのだが… 「うむ、大陸の綿菓子と考えれば、空を見上げただけで涎が出てくるねぇ。」 ボッロボロのお堂の中から間抜けた声が返ってきた。 ギョッとして目を凝らすと、無人のはずの廃寺の中に人影が一つ。 人影、というのは間違いかもしれない。いや、間違いに決まっている。 誰が好き好んでこんな薄気味悪いところで足を休めようなどと言うのか。 朽ちた石段を登るだけで疲れ果ててしまうような所なのに。 「アタシを見て涎垂らしてんじゃあないだろうね、妖のお兄さん。」 油断した、と後悔しつつ思い切って声をかけてみる。昼の妖は強気に出れば撃退できると聞いている。 なんせ日が昇っている間は彼らの時間ではないのだ。まだこちらに分がある…はずだ。 「ううむ、確かに涎の垂れそうないやらしい体をしているね。」 今度は後ろの竹やぶから声がする。影はいつの間にか竹の中ほどに移動している。 しがみ付いているのではない、足がぴったりと竹の幹にくっついて「立っているのである」 そんな事ができるのは妖以外におるまい。 「いっとくけど、アタシゃあ妖に股ぁ開くつもりは無いよ。  指一本でもアタシに触れたら舌噛み切って死んでやるからね。」 「おお、怖い、怖い。そんなにいきり立つ必要は無いよお嬢ちゃん。僕ぁ女になんかこれっぽっちも  興味は無いもの。じゅるり。」 こんどは廃寺の床下から声が響いてくる。成る程、女には興味は無くても女の肉には興味があるのだろう。 食いカスになるのは真っ平御免だ。腰巻に手を突っ込んで紙を二枚、宙に放り投げる。 「妖のほざく事なんか信じてたまるかよ!」 瞬きの間に、二匹の犬が描き出される。紙が小さいので子犬だが。 「行け!ポチ!ハチ!あいつの尻に噛み付いてやれ!」 「ワフワフ!」 霜舟の使う、この式神のような生き物達は霜舟自身の「呪い」によるものではない。 師匠、華楽の毛髪を使った筆があるからできる芸当なのである。   *   *   *   *   * ホツマは神の顔であり、その口が呪詛を吐き出し続けていたものだからホツマには長いこと 生き物が住めなかったという話がある。更に、鬼の力がまだ強かった頃、人間は鬼の食料であったと言われている。 呪詛の残り香の影響なのか、それとも鬼へ対抗する為の手段だったのか良く解らないが ホツマの人間は「呪い(まじない)」の力を持ったものが多い。 「呪い」と書くと、魔女の婆さんが魔法陣作ってブツブツ呪文を唱えている姿を想像するだろうが それは極東の「呪い」を現すのには不適切である。 極東の「呪い」の特徴は、効果を発する為に呪文の詠唱を必要としない事。自らを対象とすることは出来ない事。 そして、なんの役に立つんだかさっぱり解らないものがほとんど、という所にある。 (煙草の煙を自由な形に変えられる、だとか、小石を蹴ると必ず真っ直ぐに転がる、だとか) あまりに些細過ぎて、死ぬまで自分が呪いを使えることに気付かないものもいるくらいである。 誰でも気付くほどの呪いを使えるのは、千人いて二人ぐらい。 んで、極東の「呪い」が不幸なところは、だれもそれを研究しようとする奴がいなかったっちゅう事である。 例えばだ、痛みかけた食材でもえらく美味い料理が作れる奴がいたとする。 果たしてとっしーはそいつを超能力者だと思うだろうか? 精々「一人暮らし暦が長かったんだろうなぁ」ぐらいにしか思わないよね? 不思議に思われなきゃ、誰も追及しようとはしない。 んで、不思議に思われる能力を使えるような者がいたとしても、一個一個の能力にあまりに 共通点が無いものだから、学問の対象にしようなんて誰も考えやしないのである。 …とはいえそれは民間での話で、天孫一族とその眷属達や「外人」の魔術師達によって 少しづつではあるが「呪い」の本質は解明されつつあるようだ。 そこらへんの話は追って誰かが書いてくれるだろう。 余談終り。 たたたっと肉球を鳴らして床下に潜り込む子犬達。一呼吸置いて叫び声が響いてくる。 「ぎゃはあ!痛っ!痛いってば、やめ…やめ、いったい!服が千切れてしまうじゃないか!」 よし、今がチャンスだ。ヤツが犬に気を取られている間に逃げ出すのだ! 踵を返した霜舟、しかし後ろから何かがぶつかってきた衝撃で前のめりに倒れこんでしまった。 自分の腰に手を回して放さないそいつは、子供みたいに背の低い、隈取をした青年だった。 こいつが霜舟をからかっていた妖のようだ。 「痛い…頼むよお嬢ちゃん、この子達をなんとかしておくれ!尻がちぎれる!」 両の尻たぶにポチとハチをくっつけたままの青年は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。 「放したらアタシを食うつもりだろう!?コラ!尻に顔を埋めるんじゃあないよ!」 足をばたつかせて振りほどこうとしてもさっぱり離れない、華奢に見えるがやはり妖。 獲物を放す気は無いようだ。 「ぬぬー、さっきから妖だの人食いだの言って!よぉし、本当に食ってしまえ!」 青年は霜舟の尻をはむはむと甘噛みし始めた。 「うひゃあ!やっんっ!ちょっと、あんた…あはは、ちょっと!くすぐったいってばさ!ひゃああ!」 ごろごろと転がりまわる二人(?)と二匹。霜舟の拳固が青年の頭に何度もめり込む。 「はなへー、はなへー…」 「あははは!いやぁあはは!やぁめ…いやぁあ!」 転がりまわり、拳固を振り下ろしながら、ふと気付く。その気になればこいつはこの状態からでも アタシを喰らえるはずだ…と言う事はこいつは本当に妖ではないのでは…? 胸元から一本の粗末な筆を取り出して、ポチとハチを撫でる。二匹は音も立てず、ふっと消えてしまった。 「ほら!さっさと離れな!」 青年はぱっと手を放す。尻をさすりながら二人は立ち上がった。霜舟の着物の尻の辺りは青年の涎でべっとりと濡れ、 青年の衣の尻の辺りは血が滲んでいる。 赤い血が出ていれば、少なくともこいつは鬼か人間なのだろうが…残念ながら霜舟には彼の血の色を 見分ける事はできない。少しカマをかけてみる。 「赤い血が出るって事ぁ、あんな少なくとも妖じゃあないみたいだね。」 「まったく…ちょおっとからかってやろうと思ったら、これだ。だから俗人は嫌いだよ。」 「さっきまで餓鬼見たいにぎゃあぎゃあ喚いてた癖に、随分と偉そうな口を叩くじゃあないか。」 「言っとくけどね、僕ぁ少なく見積もっても君の五倍は長生きしてるんだ。少しは労ったらどうだい?」 不老長寿の存在「仙人」の話は聞いた事がある。山奥に独り住み、霞を食み、俗世との交流を断って ただひたすらに修行を続ける…はずだが、まさかこんな人里近いところにいるとは思いもよらなかった。 しかも霜舟が思い描いていた仙人とは余りにも姿が違う。雪駄履き、顔には隈取、なによりも若い。 「こんなチビが仙人様とはねぇ…」 「チビ…?チビって言ったな!ちっくしょう!僕ぁね、人様よりほんの少しだけ背が低いだけさ!  チビなんて言われる程のちんちくりんじゃあない!」 急に機嫌が悪くなる青年。どうも触れてはならないところに触れてしまったらしい。 尻をべとべとにされた仕返しだ、少しイジめてやろうと思いつく。 「ほんの少しってアンタ、アタシより頭一つ小さいじゃあないか。男でそれなんだから、チビって言われたって  仕方ないだろうに…あ、あんたもしかしてチビって言われるのが嫌で山に籠もったのかい?」 「そ!そそ、そんな訳が無いだろう!ぼ、僕は大いなる自然と一体化する事を目指して修行を続けているのだ!  今更人の目など気にするものか!」 「じゃあなんでわざわざこんな人里まで降りてくるんだい?ん?修行続けるなら山奥から出なければ  いいじゃあないか?…本当は寂しいんじゃあないのかい?」 「…ふん!友達だったら山の動物達がいるもの!寂しくなんか無いさ!」 下らない言い合いをしていると、遠くからどどどど、と地響きのような音が聞こえてくる。 「…え?なんだいあの音。」 こんどこそ本物の妖か?と身構える霜舟。このアホ仙人のお陰で今日は災難続きだ。 「いや、これは…まさか!」 音がどんどん近づく。どぉん。 ちかくで爆発のような音が響いたと思ったら二人の目の前に巨大な白い猪が飛び込んできた。 巨体の所々に刺し傷があり、流れ出した赤い血が毛に纏わりついて赤黒く変色している。 「嗚呼!猪娑武さん!」 青年は悲鳴のような声を上げて倒れこんだ巨大猪に駆け寄る。 「誰がこんな酷い事を…」 「オオ、ナズナ。…ツイニ ワシニモ コノトキガ キタヨウジャ。 ハナレナサイ マキゾエヲ クウゾ。」 「そんな!駄目だ!」 「ハハ ワシハ ナガク イキスギタ。 タダ ツチニカエル ヨリハ ダレカノ ハラヲ ミタシタ ホウガ ヨイ。  サラバ ナズナ。 タノシカッタ…」 「…もしかして、友達って、そいつのことかい?」 霜舟が聞くと同時に、森の中から空中に飛んだ影があった。 「白山大猪!お肉戴きまーす!」 巨大な二本の槍(というより杭に見える)を構えた青い着物の女。 逆立ちしたまま、杭を巨大猪の身体のど真ん中に突き立てた。 巨大猪の吐いた血が青年の顔に降りかかった。巨大猪は意外にも穏やかな顔をしている。 「白山大猪!あんたのお肉は美味しく戴くから、迷わず成仏して頂戴ね!  行くぞ『電獅煉地』!」 天を覆っていた雲が不気味な唸り声を上げる。 「危ない!」 猪の顔にすがり付いていたナズナを引き剥がす霜舟。 と、天から一条の閃光が鉄槍に降り注いだ。 爆発音の後に一面に漂う良い匂い。巨大猪は今や、美味しそうな匂いを放つ肉塊に変貌してしまった。 落雷に腰を抜かした霜舟の目の前、ナズナと呼ばれた青年は呆然と立ち尽くしていた。 肉塊の上に立つ女は長い袖で汗を拭い、地面に降り立って、猪だった物に手を合わせた。 「有難う、戴きます。」 腰巻から包丁を取り出す。猪の体を解体しようと言うのだろう。 「…止めろ。」 ナズナの手が女の腕を掴んだ。 「…ん?誰だい、アンタ?」 さて、困った事になった。どうやって、この修羅場を治めたら良いのだろう… 霜舟は腰を抜かしたまま、脳みそをフル回転させた。 〜続く〜