登場人物    本宮・読子(ほんみや・よみこ) 高等部2年。図書委員を務めるおっとり系少女。16歳 ボリュームのある赤髪ロングヘアーでタレ目、全体的にむっちりした身体つきをしている マイペースな性格でよく語尾を延ばす癖があるが、意外と頭の回転は早い 趣味は読書でいつも本を持ち歩いているが、魔術や伝承など、割と胡散臭い内容の書物を好む その本のいくつかは図書室に置いてあり、自慢のタネとしている 妄想癖があり、気に入った本の世界を想像しては、よく一人でニヤニヤしている 惚れっぽい一面があり、妄想癖が加わると、ちょっと優しくされただけでコロッと堕ちてしまう   宮影 ゆきな (みやかげ 〜) 3年生。手芸部部長を務める面倒見の良いお姉さん。 黒髪をポニーテールにし、明るい笑顔で接する彼女を「生涯のお姉様」と慕う者も少なくはない。 何かと細かい所に気がつくまめな性格だが、自分のことは割とおざなり。 身長が180センチもあるため、服のサイズが合わずに時々体操着などが大変なことになる。 長身に加えてボリューム満点の胸を持ち、ひなたぼっこしながらしてもらう先輩の胸枕は後輩たちの憧れである。 クラスメイトのあだ名はなぜか「東京タワー」 白百合学園姉妹譚 「小さな逢瀬」   「あ、宮影先輩。頼まれていたニットの本、入っていますよぉ」  放課後、ふと立ち寄った宮影ゆきなに本宮読子は呼びかけた。  歴史のある白百合学園だけに蔵書の数もかなりのものであるが、 もちろんニーズの全てを満たせるわけではない。  ある程度の裁量を持って学生の希望する図書を購入する制度があるのはどこの学校でも同じだ。 しかるべき手続きを踏めば、予算と必要性の範囲内で新規に本を購入することが出来る。  手芸部のような小さな部では予算が限られているので、裏技的に必要な本を希望図書として申請し、 必要に応じて借り出すのは学園では伝統的な手段だったりもする。  そういうわけで、希望図書の申請をまめに出すゆきなと受付の読子は顔見知りなのだった。  そうでなくても、ゆきなの長身は目立つ。  女性で180センチを超す、というのは学園広しといえどもそう居るものではない。 「あら本当?じゃあ一緒に持っていくわ」  ゆきなは読子に読書カードを手渡す。   読子は後ろの棚からゆきなの希望していた本を持ってきて、手早く貸し出しの処理を済ませた。 「はい、先輩。貸し出しは2週間です」 「いつもありがとうね、読子ちゃん」  ゆきなは手渡された本を笑顔で受け取る。  読子の胸が、甘く疼いた。  仲が良いとはいえ、普段は図書室で二言三言、言葉を交わすぐらいの関係である。  ゆきな自身は手芸部の部長でもあり、そちらで後輩の面倒を見たり、進学のために勉強したり、何かと忙しい。  憧れの対象とはいえ、近づく機会もない。遠くで見ているだけの存在。  かといって、自らの城である図書室を出て、彼女の居る手芸部に行く、という勇気もない。  いずれは誰かのものになってしまう高嶺の花。  それは恋心にも似て、けれども読子自身がそれを意識するにはまだ経験その他諸々が絶対的に足りず。  言葉を交わした、という現実だけで自分を慰めたりもする。    そんな関係なのだ。    だからこそ、胸の鼓動は深く刺さった棘のように、鈍い痛みを伝えてくる。  満たされぬ、抜け切らぬ、疼き。  今日もこのまま、別離が待っている。 「あら……読子ちゃん、ボタンが取れてるわよ」  別れは一瞬引き延ばされ、読子は指摘された自分の上着を見た。  みれば上着のボタンが一つ、糸が解れて垂れ下がっている。 「あ、ほんとだ。でも大丈夫ですよぅ」 「いいからいいから。ちょっとかしてごらんなさいな? すぐ付けてあげる」  断るのも悪いと思い、読子は上着を脱いでゆきなに手渡した。  ゆきなは持ち歩いているソーイングセットを取り出すと、ぱちぱちと糸を切ってボタン付けを始める。  長身のゆきなが小さな針で器用にボタン付けをしていく光景は、どこか微笑ましい。  それでも手芸部部長だけあって手際はよく、くるくると針を動かしてあっという間に縫い付けていく。   「ごめんね、紺の糸が無かったから黒にしちゃったけど、気に入らなかったら後で付け替えてね」 「は、えーと、ありがとうございますぅ」  読子は上着を胸に押し抱き、ちょこんとお辞儀した。 「気にしないで、私のお節介なんだから」  ゆきなは穏やかに微笑みながら、ソーイングセットを片付けた。 「先輩、背が高いし、優しいし、何でもできるんですね」  ゆきなは苦笑した。 「何でもってわけじゃないわよ。それに背が高いのは良いことばっかりじゃないし」 「そうなんですかぁ?」 「身長大きいから、なんか引いちゃうみたい。同級生には『東京タワー』とか言われるし。 大きいと目立つし、何かと頼りにされるから結局手芸部でも部長なんかやらされてたりね」 「先輩、そんなに背が高かったら運動部の方が向いてたんじゃないですか?」 「うーん。バスケット部とかバレー部から誘いが来るんだけど、運動は苦手なの。 手芸部に入ったのも、寮にいた先輩の薦めなんだけどね」  謙遜しているが、面倒見の良いゆきなが部を上手くまとめているのを読子は知っている。 「でも先輩って…かっこいいですよね」  決して驕らず、一歩引いて周りを立てる。  後輩達を引きつれてニットの本を借りに来るときなどに、読子はそうした姿を何度も見ている。  そういうことは、読子にとって「憧れ」であり「かっこいい」のである。  もちろん、それが世間一般の認識とはややずれていて、ゆきなもそうは思っていないらしい。 「そうかしら? かっこいいというのは花城さんみたいなみたいな人のことをいうと思うんだけど」  ケイ・花城は武闘派として2年生のあいだではある意味有名な存在である。  無論、図書室に寄り付くようなタイプではない。  一言で言えば男前、いささかの暴走癖があるものの、それはエネルギーに満ち溢れているという意味でもある。  それはそれで下級生の人気が高かったりもするのではあるが。 「花城さんは苦手ですー」  静謐とは対極にあるので、苦手とする女子も多いのであった。 「読子ちゃんはいつも難しい本を読んでいるのね。高等エノク魔術実践教本っておまじないの本かしら?」 「エノク語は天使の言葉なんですよぅ。エノク魔術は天使を呼び出す魔術なんですぅ」  読み子は図書室の一角を指さして自慢のコレクションを見せる。 「えっと、あと結構凄いのとかあってソロモン王の「レメゲトン」とか金枝篇の初版とか、いっぱい有るんですよぉ」  むろん、魔術の知識など全くないゆきなにはそれの意味するところは判らない。 「何かどれも凄そう……読子ちゃん勉強家なのね」  趣味で図書室に揃えた本とはいえ、あまり褒められることのない書物である。  そんな些細な相づちにもいたく感動してしまうのだった。  借りたばかりのニットの本をぱらぱらとめくるゆきなを見て、読子はある決心をする。  幸いにして、いま図書室には二人のほか誰も居ない。 「先輩、ちょっと良いですか?」 「なぁに────んーっ!」  振り向いた瞬間いきなり押しつけられた唇に、ゆきなは硬直する。  接吻が終わると、読み子は顔を真っ赤にしながら言った。 「ボタンのお礼、です!」 「よ、読子ちゃん?」と、戸惑いを隠せないゆきな。  ここまで来てしまったらもう止まらない。 「私、先輩に、お姉様になって欲しいです!」  沈黙。  硬直。  時間にして、数秒。  永遠にも等しい断絶。  と読子には思えたのだが。  やっぱり沈黙は耐え難く。  自然と目が潤んでしまう。 「だ、だめですかぁ」  ゆきなは大きく深呼吸して、それから読子に向き直った。  「お姉様になって言われてちょっと驚いちゃっただけ。 懐かれることはあったけど、キスまでされちゃったのは初めてだから」 「じゃあ、じゃあ!」 「いいわ、私でいいのなら。でも私もなかなか時間取れないから、 あんまりお付き合いしてあげられないかもしれないわよ?  他にお友達とか先輩とかいるんじゃないの? 本当に私で良いの?」 「私あんまりお友達とか居ないから、待つのも平気です」 「そんな風に言われると悪い気はしないけど……同世代のお友達も大事なものよ?」  疼く。 「本当は、みんなとお話ししたり、遊んだり、買い物行ったり、寄り道したり、したいです……でも……」 「思ったように出来ない?」 「はい、です…………」  知っている人とは話が出来て。  自分の趣味も語れちゃったりして。  笑うことも出来て。  だけど。  ナンカ チガウ。  一緒にいることと、話をすることと、友達であることがイコールにならない関係。  自分が求めているものが何なのか、判らない。 「でも、出来たじゃない。私に、お姉様になって欲しいって言えたでしょう?」 「先輩はっ…………その、とくべつ、です」  きっと、この人は、私に答えをくれる。  いや、この人が答えなんだと。  そう信じている。  この人は、私を変えてくれる。  「んー。特別かあ。じゃあ手芸部へ遊びに来る? 読子ちゃんなら歓迎しちゃうわよ」 「でもでも、先輩……」  それでもやっぱり。  他人の目のあるところで、ゆきなを奪えるほどの度胸はまだ無いわけで。 「ふふっ、わかってる。手芸部の活動がない日なら、遊びに来てもいいわ」  それでもゆきなは、そんなところも汲んでくれるのだ。 「せんぱぁい」  感極まって抱きついてみる。  初めてのお姉様は、ちょっぴり大きいけど、その懐もおっきくて優しい。  ぎゅっと抱きしめると、顔に当たる胸も大きいのだけれど、それもまた極上の柔らかさだったりするわけで。  読子は幸せいっぱいなのだった。   木漏れ日の差す図書室での、小さな逢瀬。  二人の関係は手芸部下級生たちとの熾烈な争いを経て 「学園最大の身長差姉妹」ということでちょっと話題になったりもするのだが……  それはまた別のお話。