■俺が、俺達がお姉様だ!!■ 鳥辺野 鈴鹿(とりべの すずか) 聖白百合女学園高等部2年生。17歳 ショートの髪はかなりくせっ毛で、きちんとセットしてもあちこち跳ねている 明るく外向的で、誰とでもすぐ友達になってしまうので交友関係がやたらと広い 特異な校風に影響されてか、有名な上級生や同級生に憧れたりはするものの あくまでファン的に憧れる程度 「抱きつき魔」とあだ名されるほどすぐ人に抱きつく癖があるが、本人にとっては 何の気なしのスキンシップである 最近他校の男子生徒から告白されてしまい、一旦返事は保留にしたものの興味津々 そんなこんなを仲の良い親友に相談したり抱きついたりしている 春日 菖蒲(かすが あやめ) 鈴鹿の友人。高等部2年生、17歳。 幼馴染であり、家が近いので幼稚園のころからの付き合い。 どこか大人びた雰囲気を漂わせており、切れ長の目と無口なのが一層そう感じさせる。 鈴鹿とは反対に、艶のある黒髪を後ろでひとつに結わえている。 どちらかといえば内向的だが、社交性が無いわけではない。 しかし本当の友達は鈴鹿だけだ、と思っている。 それどころか、自分が抱いている思いが実は恋なのだと自覚しており、 友人としてあるべきか、告白すべきなのかの感情で板ばさみになっている。 ■モノクローム■  私、春日菖蒲は恋をしている。  もう10年来の付きあいである隣人の少女、鳥辺野 鈴鹿に。  家が近いから誰よりも長く、近く傍に居られた。  誰よりも多く言葉を交わした。  同性に惹かれるなんて馬鹿げてる。  でもそれはどうしようもないことで、自分でどうにかできるようなものではなかった。  鈴鹿とは多くを分かち合ってきた。  一緒に白百合学園に入ろう、と誓い合って無事それが叶ったときは、共に涙したほどだった。  公私共に最も近しいひと。  だから、鈴鹿が私のところに相談へ来ると言うのも、ごく当たり前の流れだった。  その内容が、他校の男子から告白された、と言う内容であったとしても。   「菖蒲ちゃんどうしたらいいと思う?」  鈴鹿の目は可愛い。  どこか小動物を思わせるような愛らしさがある。  いつもならつい見つめてしまうのだが、しかしこのときばかりは鈴鹿の顔をまともに見ることは出来なかった。 「そんなこと私に聞かれても……私だって男と付き合ったこと無いんだし、アドバイスを求められても困るよ」  だって、私が好きなのは女の子で、そして目の前に居る少女だけなのだから。 「そっかー。そうだよね。でも本当にどうしよう。  興味はあるんだけどさ、やっぱり他校の男子って言うのも少し気にはなるんだよね」   私が男だったなら。  今ここで起きつつある流れを変えてしまうことが出来る。   私が男だったのなら、鈴鹿を奪ってしまえる。  あの唇も、身体も、心も。  でも私は女だ。  男では無いし、男になりたいわけでもない。  ただ、鈴鹿にとって、そういう存在であればいい。そう願っているだけだ。  その男が何者かを、私は知らない。知らなくてもいい。  簒奪者の名前を知ったところで、ただの女である私に何が出来よう。  「あなたを愛しています」  そう伝えるのか。  いや、そういう未来もあっただろう。  私にあと少しだけ強さがあれば。  けれども、私は怖かったのだ。この想いを知られることが。  無二の親友であり、私の代えがたい半身である彼女を失うことを私は酷く恐れていた。  私は彼女を守りたかった。だから私が彼女を傷つけるようなことはあってはならなかったのだ。  彼女に告白したのなら、彼女は私を避ける『かもしれない』。   もちろん、そうでない可能性だってある。  けれども。  それを覆すほどの根拠も、自身も、勇気も私には無かった。 「迷うってことは、つき合ってもいいかなって思う気持ちがあるってことでしょ?」  嘘がすべるように口から流れ出る。  それは全く意識せず、それでも今までずっとそうしてきたように、私は彼女に言った。 「私は悪く無い話だと思うんだ。いい機会だし、それに女子高だと他校の男子との出会いってなかなか無いしね」  想いと裏腹な言葉を口にする私は、笑みさえ浮かべていた。 「私はその相手の男のこと知らないけどさ。  でも女子高の前まで待って告白しに来るってことは本気なんだと思う。  それってすごく勇気がいることじゃないかな」  馬鹿げてる。  私はなぜこの期に及んでそのようなことを言っているのか。   それは彼女を失うことにも等しいと言うのに、私は鈴鹿の背中を押す。  彼女は私の先を行く。私は取り残される。  それ以外に何の選択肢がある? いや選択肢はあるのだ。ただ、今の私がそれを選べ無いだけで。 「私は応援するよ。せっかくの青春、恋のひとつがあってもいいじゃない?」  この世にある最も重い罪のひとつは愛する者に嘘をつくことだと聞いたことがある。  だとすれば、私は今まさに破戒者であり、自らの言葉で自らの胸を裂いた愚者に他ならなかった。 「ありがとう菖蒲ちゃん」  鈴鹿はいつものように私に身を預けて抱きしめてくる。 「私、ずっと菖蒲ちゃんに助けられてばっかりだね」  彼女の無邪気さは、時として硝子の破片のように私を突き刺す。  それでも零れ落ちる欠片を、少しでも長く留めておきたい。これは愚かな願いだ。 「そんなことないよ。私だって鈴にずっと助けられてる」  強く抱く。  鈴鹿の身体はとても柔らかくて、温かい。  私が欲しいもの。つかの間、私だけに収まってくれるもの。  これが私の幸せ。私の求めたもの。  鈴鹿が私を抱き締めてくれるのは、私を愛しているからでは無い。そんなことは知っている。  押し倒して奪ってしまえたなら。  私が男ならそう出来ただろう。  たとえ、それが決定的な破滅をもたらすものだったとしても。  「菖蒲ちゃん、ずっと友達だよね?」 「あたりまえじゃない。ずっと、私は鈴の味方だよ」 「私、菖蒲ちゃんからすっごく勇気をもらった気がする」  鈴鹿の目は可愛い。  それは無垢であるがゆえの、命の輝きなんだと思う。  鈴鹿はいつもストレートだ。だから友達も多い。  男がそれを見れば惹かれないはずも無い。彼女は同性ですら惹きつけるのだから。  「よしよし。相手が酷い奴だったら即逃げなきゃ駄目よ?」 「あははは。菖蒲ちゃんは本当に私のお姉さんだねっ」 「歳は一緒なんだけど? 」 「うん、そだね。でも菖蒲ちゃんからいっぱいいろんな物受け取ってる。菖蒲ちゃんと友達で本当によかったよ」  嗚呼。  それはなんと無垢で残酷な、決別の一撃なのだろう。  私は貴女が欲しいのに。  私はあなたの恋人でありたいのに。  永遠の伴侶でありたいのに。 「抱きつき魔の渾名は今日限りで返上しなきゃね」  吐き気がするほど穏やかな声で、私は鈴鹿にそう囁く。 「それはちょっと残念かなあ」 「こら。男っていうのはね、そういうのをあまり喜ばないものなの。私で最後にしておきなさいよ」  私は鈴鹿を引き剥がした。  それが意味することを深く理解しながら。      それからのことを私は覚えていない。  あれこれ話し合った気もするし、鈴鹿はすぐ帰ってしまったようにも思えた。  部屋は冷え切り、薄暗く、かすかに漂っていた鈴鹿の匂いも霧散している。  壊れた記憶をかき集めて、現実を再構成する。  私の恋は、もう報われることは無い、と言う事実。  彼女とはずっと友達なのだろう。  鈴鹿とはトモダチ。  近くても手が届かない存在。  親しい隣人でありながら、絶対の他人。  だが彼女を恨むまい。  私もきっと、別の恋をみつけるだろう。  別の誰かを好きになり、私はその人の子を産み、育て、そして老いて行くだろう。  普通の幸せを手にするだろう。  でも欲しかったものは手に入らない。私が欲しいもの、本当に欲しかったもの。  あの手触りのいいくせっ毛も、柔らかな肌も、手を回すと収まってしまいそうな華奢な肢体も、永遠に私のものにはならない。  遠い日の夢。  それが青春だというのなら、私は、私は何のために女に生まれてきたのだろう。  気がつけば、私の目からは涙が溢れていた。  簡単に忘れてしまえればいいのに。  何かで塗りつぶしてしまえればいいのに。  重ねて来た年月、重ねて来た感情は、そう簡単には消えない。絶望で心臓が止まったりも、胸が張り裂けたりもしない。  私は、鈴鹿を愛している。  彼女の傍にいつまで居られるのかはわからない。  臆病な私は、別離の瞬間に怯えながら彼女の近くにいることを選択するだろう。  何の解決にもならない愚かな選択を続けるだろう。  それでも、今日を、この日をいつか笑って話せるようになるだろうか。  私はただ、薄闇の中で空虚な己を抱き締める。  流れよ、わが涙。  この臆病さゆえに失った、この想いとともに。      世界は残酷だ。  朝は必ずやって来る。  泣き腫らして見られないような顔ならば少しは慰めになっただろうに、  鏡に写る私の顔は普段よりも幾分目元が赤い程度で変わりは無かった。  きっと誰も気が付かないだろう。  でもそれでいいのかもしれない。  支度をして外へ出ると、鈴鹿は時間どおり家の前で待っていた。 「おはよう、菖蒲ちゃん」 「ん、おはよう」  鈴鹿は選択した。  なら私も選ぼう。  想いの欠片を踏みしめて、たとえ痛みが心を刺そうとも。