■ 亜人傭兵団奮闘記 その十七 ■ 『依頼受諾』 ■登場人物■ 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 ゲスト出演 「シュワー=サイダー」  人間 女 … マスター 水属性魔法使い ------------------------------------------------------------------------ 今日も「力の泉亭」は賑やかだ。戸をくぐった途端にあちらこちらから声がかかる。 「おう今日も男前だぜ大将!」「ジャックさんこっちこっち!」 あちらこちらに軽く会釈をして真っ直ぐにカウンターに向かう。 今日は一人でゆっくりと飲む、と決めているのだ。 喧騒に包まれながら一人で過ごす時間はこの上なく贅沢なものだから。 「あら、暫くぶりね。」 ウィングカラーのシャツに黒の蝶ネクタイ、ジレをピシッと着こなした女マスター。 とても片田舎の酒場とは思えない出で立ちと美しさである。 マスター目当てでカウンターに陣取っていた連中が離れる。 「マスター、いつもの。」 片肘を突いてコインを差し出すと、しなやかな手がスッとそれを押し返した。 「前から言ってるでしょ、あなた一人ならお代は要らないって。」 「…どうせウチの連中がツケてんだろうから受け取ってくれ。」 親指でコインを弾くと、吸い込まれるようにジレの飾りポケットに収まった。 「変なとこ律儀よねぇ…。今日はキツイの?弱いの?」 「キツイので。」 カウンターの奥にしまわれている薄黄色の液体の入った瓶を探すマスター。 グリーニフィスと呼ばれるこの液体は魔植物の樹液を発酵させて蒸留したもので 火が点くほどのアルコール度数を誇る。 到底一気に飲むことなどできないから、自然じっくりと杯を傾けるには向いている。 通はアルコールのキツさの奥に隠された仄かな甘みを味わうのだ。 「遠出、してたんだってね?どおりで見なかった訳だわ。」 拳の紋章が入ったガラス製の杯を取り出すマスター。馴染みの職人がわざわざ作ってくれた一品物だ。 紋章を見せるのは少しばかり恥ずかしいのでいつも掌の中に隠している。 「ああ、昔の繋がりで仕事があってな。ちょっと。」 まさか悪魔の陰謀に巻き込まれましたなどと言えるわけがあるまい。 ついうっかり口を滑らせようものなら、寝てる間に喉笛掻っ切られて終りなのは目に見えてる。 賢聖軍団の忠告は只一つ『口を滑らせるな』。人間社会に溶け込んだ悪魔を公式に認めれば 無用の混乱をもたらしかねないから。 「ふーん、どこに?」 「エウロワの森を越えて更に南。まだまだ南部は魔物被害が多いからな、駐留軍だけじゃあ  どうにもならないんだそうだよ。そこで俺達みたいな荒事専門家の出番って訳だ。」 嘘は、ついていない。 「ふーん…でも南部まで出張っていうのも珍しいわよね。移動するだけでも結構大変でしょうに。」 「まぁ今回は向こうさんが費用を全部負担してくれるっていうからな。たまには南部の様子も  見ておきたかったし、丁度良かった。」 グラスを拭く手が止まる。 「あ、もしかしてゲッコー!?」 「…何が?」 無表情でサイダーを見つめるジャック。 「遠出した場所。」 当然、嘘をつかないわけにはいかない。 「いや、違うな。まぁ依頼者のことをベラベラ喋るわけには行かないから詳しくはいえないが  ゲッコーよりも北寄りの場所だよ。…なんでゲッコーだと思った?」 「いや、有名じゃないのよ南方でリザードマンが暴れたとか、その裏に悪魔達が潜んでて…とか。」 …まだ飲んでもいないのに猛烈に頭痛がするのは何故だろう。 「誰からそんな与太話を聞いた?大体そんな大事なら俺たちみたいな連中よりも皇国軍が出張るだろうよ。  誰が言いふらしてるんだかしらないが、ただのでっち上げだ。考えても見ろよ、脳みそまで筋肉で出来たような  俺達が、狡賢い悪魔にかなうと思うか?」 「まぁそれはそうよね…でもあなた達なら根性とバカ力で悪魔とも渡り合えそうな気がするけど。」 「お褒めいただき光栄でございます。それより酒はまだなのか?」 「あ、ごめんごめん…私、誰からこの話聞いたんだったかしら…なーんか思い出せないのよね。」 「まさかとは思うがウチのバカ共じゃあないだろうな?」 嫌な予感がする。ゴルドス、リーガン、エピリッタ、ファイ、あたりは口を滑らす可能性が無いにせよ 亜人傭兵団には途轍もなく口が軽く途轍もなくバカ騒ぎが好きな男が一人いるのだ。 「まさか、この間リゲイ君が来た時もいつも通り馬鹿食いして馬鹿飲みしてツケにして帰って行っただけだもの。」 ある意味ほっとした。が、相変わらず頭痛は止まらない。というか悪化した。 毎度毎度の事ながらこの酒場へのツケが亜人傭兵団の財政を圧迫しているような気がしてならない。 「そうか、いつも通りだな、うん。…まぁいい、思い出せそうに無いか?」 「うん、ごめんね。おかしな話だけど。」 「じゃあまず酒を出してくれるかな?」 「あら、失礼。」 全く理解しがたい。賢聖軍団が出張ってまで隠蔽された事件を、何故場末の酒場のマスターまでもが知っているのか。 リザードマン云々の話はもう南部中に広まってしまっているから留めようが無いだろうが、あの蜘蛛の悪魔や 学術都市のミラー氏がその身に宿した大悪魔の情報は、賢聖軍団によって相当に厳しく管理されているはずだ。 それが何故? 「(皇国軍の連中…?最悪を考えればウチの馬鹿共か…。)」 伝わる速度を考えれば、めったに異動が無い皇国軍よりも最重要関係者の身内を疑った方がよさそうだが…。 「(ま、考えても仕方ない。)」 干し肉を小さく千切って噛み、続けざまにグリーニフィスを口に含む。こうするとグリーニフィスの甘味が際立つのだ。 ふぅっ、と焼けた吐息を吐く。 「隣に座らせていただいてもよろしいかな?」 顔を上げたジャックの前に立っていたのは、冒険者風の男だった。 それなりに上背のあるジャックよりも恐らく頭一つ分は大きく、更に細い。薄汚れたマントとブーツ、擦り傷だらけの革鎧 からして魔道士の類では無さそうだが、それにしても奇妙な体格である。 それだけひょろ長ければ相当に目立つだろうが、不思議なことに店内の誰一人として彼の様子を伺っているものはいない。 ジャックの席から人の出入りは見えるはずなのだが、そもそもこの男がいつ入ってきたのかも解らない。 「空いている席は他にいくらでもあるが。」 「お前に話があるのだ、ジャック・ガントレット。」 一度会った人物の人相は忘れないようにしているつもりだが、どの記憶にもこんな男の顔は無い。 どこかで俺の噂を聞きつけたか、それとも誰かの変装か魔術か。世の中顔や声を変えられる魔術師なんざ腐るほどいる。 「…お好きにどうぞ。」 一番真っ先に思いついて、一番真っ先に消去したくなった候補は賢聖軍団の誰かだ。 どう転んだってなにか厄介事に巻き込まれるに決まっている。 ぼんやりと酒場の喧騒を眺める振りをしつつ様子を伺う。肘を突き、背中を丸めて口元を両手で手で覆っている姿は 酒場で見ると一種異様な感じがする。 『そのまま前を見ていろ、こちらを向くな。声を出す必要は無い、念じるだけで会話は出来る。』 いきなり頭の中に声が響いた。ミラーも使った念話だ。 『驚かないな。』 『前の依頼で一緒だった人が使ってたもんでね。』 干し肉をかじって、また一口酒を飲む。 『一体俺に何の用だい?報酬はずんでくれるなら、御依頼承るぜ。』 『ミサヨ・J・オロチェルの決定を伝えに来た。今この瞬間から君達は皇国第七軍団「賢聖軍団」の支配下に入る。  これ以降、我々の許可無しに依頼を受諾すること、及び皇国-他国間紛争への介入を禁ずる。  以上。何か質問は?』 二人とも、数瞬前の姿勢からぴくりとも動かない。 この男は一番会いたくなかった人物の内の一人だったようだ。 『何から聞いたらよいのやら、考えが上手くまとまらん。ゲッコーの件で酒に毒でも混ぜに来たと思ってたんだが、違うのか。』 『理解の遅い君に解りやすく説明するならば「我々の手足となって働け」。そういう事だ。  通達には使い魔を使う。或いは我々の魔術兵を一人貸与してやっても良い。  我々の通達は皇国の平和を護るために何よりも優先されるべきであり、勝手な行動には  厳罰を以って応ずる。情報漏洩もまた然り。ゲッコー事件の情報が漏れたことに関しては、調査の結果君達に  よるものではないことが判明したため処分はしない。君達の最初の任務がすでに砦に届いている。  君達お得意の荒事だ。迅速に任務を遂行することを期待している。以上。』 席を立ち出口に向かう男にジャックがかけた言葉は 「軍団長を呼び捨てにしていいもんなのかい?」 「…ミサヨは我々ハイエルフの中ではまだ若輩。我々は彼女の思想に同調しただけだ。」 男は風のように消えてしまった。   *   *   *   *   * ─依頼選択─  『コルホル』:!通達! ・東国との境界の山岳地帯を皇国に向かって移動していた「賢聖軍団」のスパイが、何者かによって殺された。  周辺にモンスターの気配は無く、また危険指定部族の存在も確認されていないため  モンスターによる事故であるとは考えにくい。  これが誰の手によるものなのかを特定し、可能であれば生け捕りにせよ。 人員上限:無し 報酬:2000ゴールド 補足:ミサヨ好感度 +5  『ロブリヒトン森の金盗り魔物』:通常依頼 ・ロブリヒトン森林に住み着いた巨大な魔物が商人たちを襲って金貨を奪っています。  あの魔物のせいで商人たちは私達の村に来ることを恐れるようになってしまいました。  腕利きの皆さん、どうかあの魔物を討伐してください! 人員上限:五人 報酬:魔物の蓄えた金貨の一部 補足:ミサヨ好感度-25