異世界SDロボSS 『月と竹・前編 ─サイゾウ、過去との再会─』  今を遡る事、十年前……。  バクフ国ミノノクニ地方に住む神主チクサイは、本職以外に機械人を作るからくり職人という顔も持っていた。  基本的に機械人のデザインは依頼主の注文に沿って作るのだが、チクサイが作る機械人の中でも竹の意匠を取り入れたものは性能が高く、  人は彼を「竹取の翁」と呼ぶのであった……。  さて、そんなチクサイが機械人作りの入魂式の前に禊を終えて自宅兼仕事場の裏山を歩いていると、  竹林の奥から光が漏れてくるのが視界に入った。 「はて、何じゃろうか?」  不審に思ったチクサイが光の方向に向かっていくと、そこにはまばゆい光を纏う見目麗しい妙齢の女人が立っていた。  服装は自分達やたまに町で見かける中州国の人々が着る服と似ているが、まったく同じものは彼のこれまでの人生で一度も見た事がない。  これは噂に聞く異人かと思ったチクサイは、果敢に異文化コミュニケーションを試みようとした。 「あ、あー…は…はろー、ですいずあぺん!!」 「うふふ…あなた方の言葉は理解できますわ」  透き通るような声で微笑みかけられたのに対し、照れやら頓珍漢な外国語で話しかけてしまった恥ずかしさで赤面するチクサイ。 「ははは、いやぁ…お恥ずかしい限りですじゃ。 ところで、あなたのような娘さんがこんな所で何をしておいでですかな? よろしければうちでお茶でも……」 「急ぎの用事の途中ですので、丁重にお断りします」 「はぁ…それは残念……」 「ところで、あなたに差し上げたいものがあるのですが……」 「えっ? いやぁ……妻が他界してからずいぶん経つし、こんな老いぼれであなたを楽しませられるかどうか……」  ボゴォッ 「!!!?」  近くにあった岩が浮き上がり、女人は赤い瞳を爛々と輝かせつつ凄みのある笑顔を浮かべる。  チクサイは驚きと恐怖で目を思い切り見開き、腰を抜かしてしまった。 「私、冗談は嫌いです」 「あわわわ……悪かった、悪かったから殺さんでくれぇー!!」 「時間がありません、本題に入りましょうか。 カグヤ、出ていらっしゃい」  おずおずと近くの草むらから出てきたのは、女人とよく似た雰囲気……いや、髪や瞳の色、顔つきからしておそらくは女人の血縁であろう幼女であった。   「故あってこの子をあなたにお預けしたいと思います」 「思いますって……いきなりそんな事を言われても困りますな!」 「もちろん、タダとは申しません」  そう言って女人が手をかざすと、まるで満月のように静かに輝く赤ん坊の頭ぐらいの玉が虚空より現れた。 「この子をお預かりしていただけるのでしたら、この『月光玉』をあなたに差し上げます」 「こ、こりゃあお宝じゃぞい!!!」  神職にあるまじき欲望大爆発で、目の色を変えて美しい玉を手にして頬ずりするチクサイ。 「では、この子をお任せしてもよろしいですね?」 「ああ、もちろんですじゃ!!」  チクサイが女人の方に振り向くと、その姿は忽然と消えていた。 「……せっかちなお人じゃ。そんなに急ぎだったのか?」  そんな彼の袖が小さな手で引っ張られる。  カグヤがまんまるのお月様のようにころころと微笑んでいた。  そのあまりの可愛らしさに破顔するチクサイ。 「よしよし、カグヤや、今日からおまえさんはうちの子じゃ!」 「おおーっ! 爺ちゃんが隠し子を連れてきたぞ!!」  帰宅した二人を出迎えたのはチクサイの孫サイゾウであった。 「こ、こりゃ!! 誤解を受けるような事を言うでない!!?」  慌てる祖父を尻目に、緑色の二つの大きな瞳がカグヤを凝視する。 「こ、こんにちは……」 「おう、俺はサイゾウってんだ! おまえはなんて名前だ?」 「カグヤ……」 「カグヤは今日からおまえと一緒に暮らすのじゃ。いじめたりするでないぞ……ぶっ!!?」  奥から出てきたのはチクサイの一人娘でサイゾウの母おササであった。  顔は怒りで蒼白になっており、手には出刃包丁が握られていた。 「父様……あなたって人はいい歳をして……!!」 「ま、待て!? それは誤解じゃ!!!」  その夜……。 「おぅい! 今帰ったぞ〜!!」 「おかえり父ちゃん!!」  大きな声で帰宅を告げるのは、チクサイの娘婿でサイゾウの父でもあるタケゾウ。  バクフ国将軍家の一門御三家筆頭、御和利藩に仕える足軽頭で、おつむは少々足りないものの剛勇さで評判の男である。  彼の実家は代々神職を務めるカニ家の分家筋で、幼馴染のおササも彼の真っ直ぐな気性を好いていたが、  チクサイは幼馴染の親類とは言えど、乱暴者の足軽に娘をやりたくないので猛反対する。  そこでおササは泣いて嫌がるタケゾウを無理やりひっ捕まえて神社に立てこもり、  結婚を許してくれなければ火を放って心中するとまで極言してチクサイも渋々認めざるを得なかった。  もっとも、孫のサイゾウ誕生をきっかけにタケゾウとの会話も増え、今では仲のいい婿舅となっていたのだが。 「おかえりなさいませ」 「へ? お、おう……」  ちょこんと三つ指をついて自分を出迎える幼女に、両目を見開いてあっけに取られるタケゾウ。 「どうじゃタケゾウよ、今日からかわいい家族が増えたぞ」  おササに誤解されて顔のあちこちに怪我をしたチクサイの姿を確認した途端、タケゾウは溜息をつく。 「義父上、『はっする』するのはいいですが、加減というものを考えてくだされ」 「……まったく、おまえら夫婦は早とちりしすぎじゃ!」  夕飯の席で不満げにタケノコご飯を頬張るチクサイ。 「いやぁ……面目ありません、てっきり義父上がその歳でおササの妹をこさえたのかと思って……」 「わしにそんな元気があったら、今頃この神社は巫女さん天国じゃわい!!」 「父様は誤解を受ける要素が多すぎるのよ。この間だって参拝客の女の子を変な目で見てたじゃない?」 「あ、あれはじゃな、新しく女性型機械人を作る為の参考にしておっただけじゃ!」  大人達の生臭い会話をよそに、サイゾウとカグヤは並んで夕食を食べていた。 「遠慮すんな、もっと食えよ!」 「はい……これは一体なんですか?」  カグヤが小さな手で指さしたのは小鉢に入った栗きんとんである。 「それはな、俺が裏山で取ってきたんだぜ? うまいから食ってみろよ」  おそるおそる栗きんとんを口に運ぶカグヤ。  緊張した面持ちがたちまちほころぶ。   「……甘くておいしい……」 「だろ!? 明日も栗を取りに行くから、おまえもついてこいよ!!」 「はい!」  こうして、カグヤはカニ家で暮らす事ととなった。  日が暮れるまでサイゾウと遊び、時には彼のいたずらのとばっちりで叱られたりもしたが、  やがて小さな手で家事の手伝いもするようになり、本当の家族のようになっていく。  そして舞台は十年後、現代へ……。  ディオールの王女キャスカが率いる一行は旅の途中でヒノモト列島へと入り、バクフ国将軍イエミツのいる首都エドへ向かっていた。  案内の者が待つという町で近頃流行りの牛鍋屋に入り、休憩がてら食事としゃれ込んでいたのだが……。 「う〜ん、おいしい! すいませ〜ん、お肉の追加お願いしまぁ〜す!」 「はいよ!」  キャスカが弾むような愛らしい声で給仕の女性に追加を頼む。  それを呆れつつ眺めるサイゾウ。 「キャスカ、おまえ……ちったぁ自重しやがれ! 俺が大金持ちのお坊ちゃんじゃないのはわかってんだろうがよ!?」 「あんたが『こないだ賞金首をとっ捕まえたからおごってやる』なんて言うからよ。 それに、私はまだまだ成長期なんだからいいの!」 「そうだな、キャスカは牛肉パワーで胸を大きくしないと……」 「へっ、胸じゃなくて腹に肉がつくだけだと思うがよ!」 「アンジェラアタック!!!」 「「おぼォッ!!?」」  サイゾウと一緒にぶっ飛ばされた裸の男の名はアキ・モフリ。  その風貌は誤解を招きやすいが、裸の勇者としてそこそこ名が知られている。 「おお、あそこにおられたぞー!」  何だかんだで食事を終えて店を出た一行に向かって供の者数名を引き連れた中年の侍が近づいてきた。  服装や物腰などからしても高い身分なのは間違いない。 「ご、ご家老様!?」  サイゾウはハッとした後、引き締まった表情で跪く。  どうやら二人は以前より顔見知りらしい。 「ディオール国王女、キャスカ様でございますな?  それがしはお迎えに上がりました御和利藩筆頭家老、ナルセ・ナルトラと申しまする」 「ご家老様、お久しゅうございます」 「うむ、サイゾウも元気そうじゃな。 そちを最後に見たのは、ヒロシマ藩に仕官する前だったから三年ぶりかのう」 「ご家老様もお変わりなく……」 「はっはっは、そうでなくては殿のお元気についていけぬよ」  キャスカはナルトラが用意してきた駕籠に乗り、サイゾウとモフリにも馬があてがわれた。  御和利藩へと向かう道の途上、キャスカが駕籠の中からナルトラに話しかける。 「あの……今回エドまでの案内をしてくださるヨシトモ様とはどのようなお方なのですか?」  ナルトラは「よくぞ聞いてくれた」と言いたげな誇らしげで嬉しそうな笑みを浮かべた。 「はっ、武勇絶倫にして学問を好まれ、我ら家臣一同や領民にも仁慈のお志を持って接される名君であらせられます!」 「そうですか、お会いするのが楽しみですわ……」 「へへ……」 「どうしたんだサイゾウ?」 「いやぁ……ちょっと対面が楽しみになってきてな」 「そうじゃサイゾウ、休憩も兼ねてそちの実家に立ち寄るぞ」 「えっ!? あ、いや……恐れながらご家老様、キャスカ王女は公務中ではございませんか?  一国の王女が足軽頭のそれがしの家に寄るなど……」  それを聞いて少しムッとするナルトラ。 「いかん、いかんぞサイゾウ! 立派な武士になりたくば、父祖への孝を忘れてはならぬ! ……わしも娑武頼我の修理をチクサイ殿に頼んでおるし、どの道そちの実家に行くのは変わらぬよ」 「……ご家老様のお心遣い、痛み入りまする(あー、めんどくせぇな……)」  やがて一行は小さな神社に到着した。  境内には修理中の機械人が何体か転がっているのが場違いな印象を受ける。  その中にある丸片喰の家紋をあしらった前立てがついた兜の娑武頼我から、小柄な老人がひょっこり顔を出した。 「爺ちゃん!」 「ん? おおサイゾウか!」  老人とは思えない元気の良さで飛び出してきたのは、サイゾウの祖父チクサイであった。 「おお、だいぶ直ったようですな」 「はいご家老様、あとは動作確認をするだけですじゃ。 しっかし、あなた様もずいぶんと無茶をなさいますなぁ……。 凶党の者と機械人同士で揉み合った末に崖下に転落するとは」 「いやぁ面目ない、それがしは興奮するとつい……」 「凶党……スリギィに来てた奴らですね」 「うむ、その話なら我々もエドで上様から聞いたぞ。 最近は御和利藩の領内でも奴らが不穏な動きを見せておってな。 我らもしばしば討伐に出かけておるのじゃ」 「……ところでサイゾウ、そちらの異人のお嬢さんはどちら様かな?」 「あん? …ああ、前に手紙で書いてたディオールって国のお姫様だよ」 「こ、こんにちは、はじめまして……」 「パツキンのお姫様か……もうちょっとムチムチボインで気品があふれて……」 「アンジェラアタック!!!!!」  グシャアッ!! 「おればぁっ!!?」  十分ほど後、キャスカ一行は神社に隣接するサイゾウの実家に招かれていた。 「……あいたたた……寿命が縮んだわい」 「ごめんなさい……いつものクセで」 「ああ、気にしないでくだされキャスカ様。 チクサイ殿はナゴヤ城下でもおなごに失言を吐いてはぶっ飛ばされておりますゆえ」 「ご家老様!? 少しはいたいけな老人をいたわってくだされ!!」 「うるせぇスケベジジイ!! 孫に恥かかせんじゃねぇ!!!」 「これサイゾウ! 祖父殿に対して何たる口の聞き方じゃ!!」 「も、申し訳ございません(くそっ、とんだヤブヘビだぜ!)」 「はいはい、お茶が入りましたよ皆さん」 「おう、悪いな母ちゃん」  サイゾウの母おササがお茶を運んでくる。  緑色の髪をした童顔の女性で、年の頃はキャスカの母テレサと同じか少し上ぐらいだろうか。 「ありがとうございます、サイゾウのお母様」 「で、いつ息子をお婿さんにしてくださるんですか?」 「なっ…!?」 「ブーッ!!!」  真っ赤になって絶句するキャスカに勢いよくお茶を吹き出すサイゾウ。 「なんで話がそこまで飛躍しやがるんだぁぁぁぁぁ!!?」 「ところでサイゾウよ、蛮武ー星の調子はどうじゃ? わしが年金をはたいて作った強化兵器じゃから、さぞかしアンコ連合を震え上がらせておるじゃろうて!」  狼狽する孫に助け舟を出すように違う話題を出すチクサイ。 「あ、ああ……闇黒連合だぜ爺ちゃん、それなんだけどさ〜……」  再び神社の境内。  サイゾウによって召還された機械人蛮武ー丸が面目なさそうに人差し指同士を合わせている。 「なんとまあ! 頑丈に作ったつもりじゃったが、よくここまで荒っぽく使ったもんじゃわい!!」 「拙者は無茶を自重するよう毎回苦言を呈しているでゴザルが……」 「悪りぃな爺ちゃん、俺達が激戦をくぐり抜けてきた証拠さ。せっかくだし修理してくんねーかな?」 「簡単に言いよるわ……外見はそうでもないが、中に相当ガタが来とる! こりゃあ今から始めても日が暮れてしまうわい」 「チクサイ殿、拙者からもお頼み申し上げるでゴザル」 「蛮武ー丸『弐号』もそう言うなら仕方ないのう……可愛い孫と息子同然な機械人の頼みじゃし、急ぎで直してやろうかの」 「『弐号』ですって? アンジェラのように蛮武ー丸が何体もいるなんて知らなかったわ……」 「ああ、キャスカ殿には話していなかったでゴザルな。拙者には兄上と二人の弟がいるでゴザル」 「せっかくじゃし兄弟の再会をさせてやるかの。おーいおササー!!」  チクサイと彼に呼ばれて出てきたおササは、父娘揃って腰に手を当てつつ竹筒の中の酒を口に含み……吹き出した。  酒の霧から機械人のシルエットが浮き上がり、それは巨大化した後に実体化して着地する。 「………………」 「蛮武ー丸、推参」  一言も言葉を発しない機体は虚無僧と騎士兜を融合させたような頭部が特徴で、  冷徹な声で名乗りを上げた機体は陣笠と単眼の昆虫といった顔つきをしていた。  だが、彼らの身体の各所には竹を模した意匠が施されており、それはキャスカのよく知る蛮武ー丸の兄弟である事を物語っていた。 「ぬおおー!! 弟達よ久しぶりでゴザルー!!!」 「………………(ペコリ)」 「兄上もお変わりないようですな」 「うむ、サイゾウ殿と諸国を旅して数々の戦いを経験してきたぞ」 「積もる話もあるだろうが、そろそろ城に向かうぞ? それにサイゾウの父タケゾウと蛮武ー丸壱号は本日夜番ゆえに登城しておる。 二人もかの者達とも会いたかろう?」 「ははっ(親父と会うのも久しぶりだが……嫌な予感がするぜ)」 「では弟達よ、また後ほどな」  今度はナルトラ専用娑武頼我と蛮武ー丸に護衛されつつ先を急ぐキャスカ一行。  いくら機械人が普及しているとは言え、戦時でもない昼間の街道を歩く彼らは目立つのか、  それとも異国の姫君がやってきたという噂を聞きつけたのか、沿道に住む農民や町人が見物にやってくる。 「なんか恥ずかしいわね……」 「ディオールじゃ大勢の人の前に出る事もあったんだろう? やっぱり王族でも緊張するものなのか?」 「バカ、あんたみたいなのを連れてる私やディオールが誤解されやしないか心配なのよ」 「キャスカ! それじゃまるで俺が珍獣みたいじゃないか!?」 「当たらずも遠からずってやつだぜまったく」 「(でも……どうしてサイゾウのお祖父さんやお母さんは、モフリを見てもビックリしなかったのかしら?)」  やがてナゴヤ城に到着した一行は御和利藩主の御和利・慶智(オワリ・ヨシトモ)に面会すべく本丸御殿に通されていた。   「殿のおなりでございまする」  厳かな声でヨシトモの出御を告げるナルトラ。  ドレスに着替えたキャスカ、その下座に控える裃姿のサイゾウと安い背広姿のモフリ。  そんな彼らの前にヨシトモが姿を現したのだが…… 「ぶっ!!?」 「(立派な体型のお殿様だなぁ)」 「ぷっくっくっく……」  ヨシトモは首周りに裃の一部をつけてはいるものの、  それ以外に毛むくじゃらの肥満体を包むのは白さの眩しいふんどしだけであった。  一瞬驚いたキャスカであったが、サイゾウの言っていたのはこれかと理解したと同時に、  モフリで耐性ができていたおかげかすぐ平静を装う。 「(なるほどね…サイゾウの家族もこんなお殿様の領地で暮らしてたら、モフリ程度には驚くはずないわよね……)」  しかし、そんな変態的な外見に反し、ヨシトモは威厳と鷹揚さの同居した態度でキャスカに声をかけた。 「キャスカ王女、それがしが御和利藩主の御和利・慶智にござる。 此度は遠路はるばるヒノモト、そして我が藩にようこそおいでくださいました」 「ディオール第二王女エヴァック=キャスカ=ディオールです。 女王テレサの名代としてヨシトモ様のご厚情に感謝いたしますわ……」  しばらく当たり障りのない話をした後、歓迎の宴までくつろいでもらいたいとのヨシトモの好意に甘える事として、  キャスカ一行はナルトラの案内で城内の見物をする事になった。 「あそこに見える倉庫のような建物は何ですか?」 「あちらは機械人の格納庫にございます。 量産型の足軽々や娑武頼我は予算と技術の都合上、蛮武ー丸のように手軽に持ち運びできませぬゆえ、 ああやってまとめて管理した方が都合が良いのですよ……。 さあ、そろそろあちらの庭園に参りましょうか」 「おっ、あそこにいやがったか!!」  腹の底から出したような声が響いたかと思えば、顔全体からして荒っぽさの漂う中年男がこちらに走ってくる。 「お、親父!?」 「この野郎、異国でさんざん暴れ回ってるそうじゃねぇか!? さすがは俺様の子だけあるぜ!!」 「(この人がサイゾウのお父さんかぁ……)」  キャスカは父子を見比べ、どちらかと言えばサイゾウは母親似なのだなと実感する。 「ところでよ、おまえが手紙に書いてたパツキンお姫様ってのはそちらで?」 「ああ、一応な」 「いや、パツキンつったら、とりあえずでっけぇのがお約束だろうがよ。こりゃ詐欺じゃ……」 「アンジェラアタック!!!!!」  ゴシャアッ!! 「ねぎゃあっ!!?」 「サイゾウ、血は争えないな」 「う、うるせぇ!!」  やれやれといった感じで苦笑いするナルトラ。 「あー……タケゾウにサイゾウよ、わしはキャスカ王女とモフリ殿を殿がお待ちしている茶室へご案内いたすゆえ、そちらはゆるりと再会を楽しむがよい。 …じゃが、はしゃぎすぎて夜番がおろそかにならぬようになタケゾウ?」 「ははーっ、わかっておりますってば」 「親父、悪いが俺は姫さんの護衛をしなきゃ……」 「いいの、スリギィじゃ気を使ってもらったし、お父さんとゆっくりお話してて」 「お祖父さんやお母さんだけに会って、お父さんとゆっくり話をしてあげないなんて不公平だろう? 大丈夫、キャスカは俺がしっかり変質者から守ってやるさ」 「おまえが一番の……」と内心思いつつも、サイゾウは帰郷した自分への仲間達の厚意を無下に断るのも悪いと思い、  父やその同僚達と茶を飲みつつ(というのを建前に酒をチビチビやりながら)土産話を披露する事にした。  いつの日か再戦を誓い合った中州国の誇り高き拳法家、遠き島国で騎士達を率いて戦う勇敢なる若き女王……。  異国の地で出会った様々な人々の話を聞くタケゾウや同僚達は酒の勢いもあって興奮し、  サイゾウも過ぎ去りし戦いの日々に思いを馳せつつ熱っぽく語っていた……はずであった。 「……ん?」  気がつくと、サイゾウは先ほどまでいた足軽詰所ではない場所に寝転がっていた。  だが、そこは彼にとって見覚えのある場所……実家の裏山である。 「…一体、何だってんだ……? 俺はナゴヤ城の足軽詰所で親父達に土産話をしていたはずだ」  いきなりの出来事に戸惑うサイゾウであったが、背後に何者かの気配を感じ、瞬時に冷静さを取り戻した。 「おい、そこにいる奴、出てきやがれ」  木陰から出てきたのは、青い髪と赤い瞳を持つ美しい女性であった。  普段のサイゾウであれば、「おっ、いい女じゃねぇか!」とでも軽口を叩くはずなのだが、  その姿を隻眼で凝視しながら言葉を絞り出すのがやっとだった。 「……っ! お、おまえは…………カグヤ……なのか?」  そう、幼い頃に兄妹のように過ごした少女が目の前にいた。  とある『事件』以降自分の目の前から姿を消し、今では生きているのかさえもわからなかった少女が。  カグヤはサイゾウに歩み寄り、彼の肩にしなやかな指でそっと触れる。 「ええ、久しぶりねサイゾウ。あなたの噂は私の故郷まで聞こえていたわ。 すっかりたくましくなっちゃって……もう立派なお侍さんよね」 「ん、ああ……まだまだ修行中の身だがな。 それより、故郷に帰っていたのか……生きていてくれただけで何よりだぜ。 せっかくだし家に来いよ、爺ちゃんや母ちゃんも親父も別嬪さんになったおまえに会ったらビックリするはずだ」  ところが、カグヤは寂しそうな微笑みをたたえながら首を横に振った。 「ごめんなさい……今日は大事な用事の前にここに寄っただけなの。 お爺様達には……うん、会うと余計に辛くなりそうだし、あなたからよろしく伝えておいて」 「大事な用事?」 「ええ、あなたにも手伝ってほしいの。ナゴヤ城を手に入れる為の戦いをね」 「なっ!?」  サイゾウはカグヤが言った言葉が一瞬理解できなかった。  しかし、すぐさま目つきが戦場で見せるそれになる。 「……カグヤ、冗談だと言ってくれ。 俺はこの国の武士として、そんな事をしやがる連中とは戦わなきゃならねぇ。 それがたとえ幼馴染のおまえであってもだ」  サイゾウは戸惑いを覚えながらもカグヤから離れる。  カグヤの目つきも真剣そのものになっていた。 「冗談なんかじゃない……これは私が果たさなくちゃならない悲願の第一歩だもの……」 「どんな悲願だか知らねぇが、俺の知ってるカグヤは人が傷ついたり悲しむのを誰よりも嫌ってたはずだ!!」  そう叫んだ瞬間、サイゾウは目を覚ました。  無論、そこは実家の裏山ではなくナゴヤ城の足軽詰所である。  周囲ではタケゾウ達が夜番に備え仮眠中で豪快ないびきを立てていた。  つくづく意味不明で嫌な夢だった……晴れない気分を振り払おうと詰所の外に出る。  ふと空を見ると、いつの間にか空にはうっすらと月が顔を見せていた。 「夕月か……今夜は満月みてぇだな……」 「お〜いサイゾウ〜!!」  モフリが股間の黒丸以外は一糸纏わぬ全裸で走ってくる。  キャスカの供として歓迎の宴に参加する事を許すとのヨシトモの言葉を伝えに来たのであった。  元来なら藩主や重臣一同の出席する宴に参加するなど、許されるはずもない自分へのはからいに驚くサイゾウ。  だが、その表情は晴れなかった。 「……それで、この城のお姫様がキャスカに懐いてな……どうしたサイゾウ?」 「何でもねぇ」  心配するモフリをよそに、サイゾウはカグヤが自分の前から姿を消した『事件』を回想していた。    ふたたび十年前……。 「……義父上、俺はカグヤがただの子供とは思えんのですよ。 なんつーか……気品があるっつーか……どこかのお姫様ってこたぁないですか?」  カグヤがカニ家に来てから一年ほど経ったある日の夜。  タケゾウとチクサイは酒を飲みつつカグヤの素性について話していた。 「かっかっか! あの子が大名のお姫様なものか。 わしが子供の頃なら大きな戦も頻繁にあったから、滅びた大名家の落人も珍しくないが、 天子様にヒノモトを任せられた将軍様が治める泰平の世でそんな事はすっかりなくなった。 気品があるとすれば、キョウの都のやんごとなきお方が侍女にでも手をつけて生まれてしまった子なのかもな」 「しかし、義父上が出会ったという娘はこの国の者とは違う服装だったんじゃ?」 「そんなもの、わしが知るわけなかろう? ……じゃが、どんな事情があれど、今のカグヤはうちの可愛い子供の一人じゃ。違うかタケゾウ?」 「そりゃそうですがねぇ……」  そこに子供達を寝かしつけたおササがやってくる。 「ねぇ父様にあなた、家計の話なんだけど……」  おササが言うには、最近家計が火の車との事だった。  チクサイはからくり職人である点を除けば、田舎の貧乏神主に過ぎない上、  足軽頭のタケゾウの給料も決して恵まれたものではない。 「この平和なご時世だと、機械人の製造や修理の仕事も滅多に入らんからのう……」 「合戦でもあれば出世できるんだが……義父上の言うように、このご時世じゃあ無理な話だ」 「子供達にはひもじい思いをさせたくないけど、明日から献立も考えないとね……」 「そうじゃ、わしにいい考えがあるぞ!」  翌日、チクサイは余所行きの羽織袴姿で外出する支度をしていた。  その傍らにはカグヤを託された日にもらった月光玉が風呂敷に包まれて置かれている。 「それじゃあ、行ってくるぞい」 「ええ、高く売れるといいわね父様! カグヤにはちょっとかわいそうかもしれないけど……」 「なぁに、綺麗な着物や甘ぁ〜いお菓子をいっぱい買ってきてやる! 子供にはそっちの方がず〜っとお宝じゃろうて!!」  あの女人もカグヤの養育費として自分にこの玉を託したのだ。  そう自分に無理やり言い訳しつつ、チクサイは知人の商人宅を訪ねた。  ……ところが…………。 「はっはっは! チクサイ翁は相変わらず冗談好きな御仁だ……」  高く売りつけようと散々勿体つけて風呂敷から出した月光玉が、ただの丸い石ころになってしまっていたのである。 「え? えっ? わし、ついにボケたんじゃろか!?」 「それより、せっかく来られたのですから茶でも一服いかがですかな? 先日、茶室を大改装しましてなぁ……」  商人の成金根性丸出しな自慢話をうんざりするほど聞かされた後、  子供達へのお土産に茶菓を包んでもらい、狐につままれたような面持ちで家路につくチクサイ。 「ただいま……」 「お帰りなさい父様! で、どうだったの?」 「いや、それがのう……」  丸い石ころと化した月光玉をおササに見せつつ、チクサイは不思議な出来事だったと訝しがるのであった。  そこにサイゾウがけたたましく駆け込んでくる。 「母ちゃん母ちゃん! カグヤはどこだ?」 「はぁ……子供は気楽でいいわねぇ……今夜はタケノコご飯と若竹煮にするつもりだから、裏山の竹林にタケノコを取りに行ってもらったわよ」 「やっりー! 食って食って食いまくるぜ!!」 「ほう、わしも楽しみじゃわい」  ……しかし、待てども待てどもカグヤは戻ってくる気配を見せない。 「遅いのう……」 「俺、ちょっと見てくる」  母や祖父の前では平静を装っていたものの、家を出た瞬間からサイゾウは全力で駆けた。  裏山の竹林に分け入り、カグヤの名を叫びながらその愛らしい姿を必死に探す。  その際に笹の葉で腕や脚が傷つくのもお構いなしだった。  傷だらけになったサイゾウが一旦祖父達に知らせようかと思案した矢先、  散らばったタケノコとおササが自分とカグヤに一つずつくれたお守りが落ちているのが視界に入る。 「このガキ、さっきからチョコマカ逃げ回りやがって!!」  サイゾウの耳朶に聞き覚えのない怒鳴り声が響く。  急いでその声がした方角に向かって走ると、そこにはカグヤがいた。  ただし、見るからに卑しい雰囲気の野伏せり二人に追い詰められるという最悪の状況で。  逃げる最中で足をくじいたのか、地面に座り込み悲しそうな眼で震えていた。  よく見ると、抵抗しようとして殴られたらしく彼女の白い頬が赤く腫れている。  おおよその状況を理解したサイゾウの中の何かが音を立てて弾けた。 「ぃやめろぉぉぉぉぉぉぉ────っ!!!!!」 「「!!?」」 「…っ! サイ…ゾウ……?」  凄まじい絶叫と共に、サイゾウは憤怒の形相で野伏せり達の前に飛び出した。 「あん? 何だ小僧……」 「へへ、まさか俺らをやっつけるとかほざくんじゃねぇだろうな」  ニヤニヤと笑う大人二人にも怯まず、サイゾウは言葉にならない雄叫びを上げて怒りのまま突進する。  ゴッ 「ぎゃっ!!」  しかし、それは野伏せりの嘲笑混じりの拳によって遮られた。  吹っ飛んだ小柄な体が地面に転がる。  それでも何度も立ち上がって挑もうとするサイゾウ。 「いやぁっ!! サイゾウ……もうやめてぇ!!!」  圧倒的な力の差で殴られ、蹴られ、いたぶられるサイゾウの痛ましさにカグヤが悲痛な叫びを上げる。 「黙ってろカグヤ!! 武士ってのは命に代えても大事なものを守るんだって父ちゃんが言ってた!!!」 「ちっ、しつこいガキだぜまったくよぉ!!!」  ザブゥッ  苛立った野伏せりは、とうとう懐から匕首を取り出し……向かってきたサイゾウの右目に突き立てた。 「……っ!! あ……あ……ぎゃああああああああ────っ!!!!!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」  激痛とショックでのたうち回るサイゾウに背を向け、憎々しげに唾を吐き捨てる野伏せり。 「ぺっ! とんだ茶番だったぜ……おい!!」 「あっ、ああ……待望のお楽しみと洒落込むとするか」 「サイゾウ………………えっ!?」  卑しい笑いを浮かべながら怯えるカグヤに歩み寄る野伏せりであったが、突然彼の足に鋭い激痛が走った。 「ぐあっ!!? こ、このガキ……まだ……!!」  そう、潰れた右目から血を流しつつも這って野伏せりの足元に近づいたサイゾウが足に噛みついたのであった。  怒りに燃えるサイゾウの歯は、さながら肉食獣の牙の如き鋭さで彼の足や皮や肉を裂いて鮮血を流れ出させる。 「ぐぎぎぎぎ……!!」  その鬼気迫る様子に野伏せりは恐怖を覚えた。 「ひっ、ひぃぃぃぃ!! 今度こそぶっ殺して……ぐえっ」  匕首をサイゾウに突き立てようとした野伏せりであったが、その首を突如飛来した矢が深々と貫いていた。  声にならない声を数回絞り出した後、どうと倒れ伏して動かなくなる。 「てめぇら!! うちのガキどもに何しやがるんだぁ!!!」  父タケゾウがたまたま同僚達を連れて家に戻ってきたのである。 「た、助けてくれぇーっ!!!」  相方の息の根を止めた矢が飛んできたのと同じく、カグヤを取り押さえていた野伏せりも肩を矢で貫かれていた。  先ほどまでの強気は見事に消え失せており、悲鳴を上げて逃げていく。 「逃がすんじゃねぇぞ!! 領内にいる不届き者は皆討ち取れと殿の仰せだ!!!」  タケゾウの同僚達が逃げた野伏せりを追いかけていく。  それに目もくれず、タケゾウと心配してついてきたチクサイが子供達に駆け寄る。 「おお、サイゾウにカグヤ……怖かったじゃろう!」 「おぉーいタケゾウよー! 逃げた奴もこのとおり討ち取っ……」 「わかったよゴンベエ、お手柄だが子供に見せるもんじゃねぇ」 「あっ…そうだな、すまねぇ」 「こりゃあ、ご家老様に報告しなきゃなんねぇな。宴会はまた今度か……」 「いや、わしらだけで行く。タケゾウは子供らと一緒にいてやれ」  こうして、サイゾウ達を襲った野伏せり二人組は親父やその同僚達に成敗されたのである。 「ごめんね……ごめんねサイゾウ……………」  泣きじゃくるカグヤに対し血だらけの顔で微笑むサイゾウ。 「へへ、カグヤは……俺が……まも…………」  だが、出血によるショックは彼の身体には負担が大きすぎた。  そのまま意識を失うサイゾウ。 「こりゃいかん!! すぐ医者を呼んでくるから死ぬでないぞサイゾウ!!!」  チクサイが連れてきた医者の処置によってサイゾウは一命を取り留めたものの、右目は完全に失明していた。  本来なら脳まで達していそうな深手のはずだが、偶然か本能的なものか反射的に頭を後ろに引いたのが幸いしたらしい。  カグヤは数日もすれば顔の腫れがひく程度の軽傷であったものの、ショックが大きすぎたのか布団をかぶって沈黙していた。 「……すまん!! わしが欲に駆られて玉を売りに行かねば、子供達をこんな目には……!!」  床に伏して謝罪するチクサイといつもの明るさが嘘のように泣きじゃくるおササ。 「違うわ父様、ううう……私がカグヤにお使いを頼んだからよ……」  妻を力強い腕で優しく抱き締めるタケゾウ。 「自分を責めるなおササよ……それに、義父上も頭を上げてくだされ。 二人も子供達も悪くない、悪いのはあの野伏せりどもじゃ。 サイゾウの目は……カグヤを助けようとしてのものだし、武士の子として覚悟の上だろう」  祖父や両親達をよそに深い眠りにつくサイゾウは夢を見ていた。  真っ暗な空間の中に一人浮き、ぼんやりした意識の中でこれから自分がどうなるのか子供なりに考える。 「(……俺……このまま死んじまうのかなぁ…………)」  ぼうっ……  そんな彼の視界にぼんやりと光る光球が入った。 「(ん? なんだありゃ、あの世の入り口かな)」  ゆったりとした川の流れに身を任せるように、暗闇の中で光に吸い寄せられていく。 「(誰かいる……?)」  光の源には再び静かな光を取り戻した月光玉と……カグヤがいた。  小さな唇を噛みしめ、大きな赤い瞳は涙で潤んでいる。 「カグ……」  カグヤの名を呼ぼうとした刹那、静かな光が一瞬激しくなり、そこでサイゾウの意識は飛んだ。 「んっ……」 「おっ、サイゾウが起きたぞ!? この野郎……心配かけさせやがって〜!!」 「よかった……よかったサイゾウ……」 「うむっ! それでこそわしの孫じゃ!!」  再び意識が戻った時には、見慣れた子供部屋の風景と喜ぶ祖父や両親の顔が見えた。  近くには驚きを隠せない表情の医者もいる。 「信じられん回復力ですな! もう傷が塞がっているとは……」 「そうだ! カグヤはどこに行ったんだ!?」   一転して暗い顔になる大人達。  しばらく顔を見合わせあって話した後、チクサイが威儀を正してサイゾウに告げる。 「実はな、カグヤはおまえが寝ておる間に親御さんが引き取りにきたのじゃ」 「そうそう! カグヤがあんな怖い目にあったから、もうウチには預けられないって……」 「お、おいおササ……」 「あ……ごめんなさいあなた……」 「し、心配すんな! おまえがヒノモト一強い侍になりゃあ、カグヤの方から飛んでくるって! そうだろ? 義父上におササ……」 「……そ、そうじゃな! どうせならヒノモト一でなく、世界一強い侍になれサイゾウ!」 「世界一の侍……」  翌日からサイゾウは野山を日が暮れるまで駆け、雪の振る中でも木刀を振るうなどの鍛練に勤しむ。  タケゾウに頼み込んで藩の道場にも出入りするようになり、藩の剣術指南役の紹介でホーゾー院流槍術を学ぶ。  やがて15歳にもなる頃には、御和利藩領内出身のヒロシマ藩主マサノリ直々の勧誘を受けてヒロシマ藩の足軽頭となった。  最初のうちこそ純真にカグヤと再び会える日を夢見ていたが、やがて成長するにつれて現実的な考えを持つにつれてそれも薄れ、いつしかそれを忘れるべく修行に打ち込んでいた。  故郷から遠く離れたヒロシマ藩に仕官したのも、父に頼らない武士としての立身の第一歩を踏み出すばかりでなく、心のどこかでカグヤを忘れようとしてのものだったのかもしれない。  それから色々あって世界を巡る旅に出てからしばらく経つが、今の自分の噂は先ほどの夢のようにカグヤに届いているのだろうか…… 「……サイゾウ、おいサイゾウ!」  モフリの声で我に返るサイゾウ。  回想に夢中で成り行きに任せるままであったが、彼はキャスカを歓迎すべく行われている宴の真っ只中にいた。 「あ? どうしたモフリ」 「どうしたもこうしたも……今日はずっと考え事してて、おかしいぞおまえ?」  ナゴヤ名物の味噌カツ、エビフライ、ひつまぶしなどのご馳走を頬張りながら心配そうな顔をするモフリ。  上座ではキャスカが慣れない料理に四苦八苦しながらもヨシトモと談笑していた。  らしくない、そう自嘲しながらもサイゾウは盃に酒を注ぐ。 「なぁに、久々に昔を思い出してただけだ」  そう言いつつ、迷いを振り切るかのように酒を飲み干すのであった。  やがて宴も終わり、入浴などを済ませた一行は就寝の準備に取りかかっていた。  キャスカは立場上別室に案内され、サイゾウとモフリは同じ部屋で寝る事となった。 「さーて、明日から東海道を通って上様の待つエドへの旅だ。 これからの道中何があるかわからんし、さっさと寝るとするか!」 「ああ、だがやはり気になって仕方がない。 さっきは宴の途中だから黙ってたが、何を思い出していたのか聞かせてくれないか? サイゾウ、俺達は苦楽を共にしてきた仲間だろう?」 「……ああ、手短に話してやるが……」  サイゾウはカグヤの話をモフリに話し始めた。  それを聞いたモフリは驚き、真剣に聞き入る。 「……と、いうわけで、おまえらと出会ってからは知ってのとおりだ」 「ぐがー、すぴー、このぴー……」  ブチッ 「人のシリアスな過去を聞いといて寝るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」  キレたサイゾウは寝てしまったモフリの両脚を掴み、強烈な電気アンマをかました。 「あががががが!!! ぎゃはははははぁぁぁぁ────!!!!!」 「ったく、話して損したぜ!」 「すまん……だが、おまえがそのカグヤって子が好きだったというのは十分わかったよ」 「…っ! まあ、な……」 「そして、おまえが強くありたいと願い始めたきっかけもな。 カグヤに散々怖い思いをさせて、おまえの前からもいなくなってしまった事が悔しいんだろ?」  普段の奇行からは想像もつかないモフリの態度に真剣な顔をするサイゾウ。 「ご名答、そういう事だ」 「吐き出せてスッキリしたか?  変な事を聞いてしまったが、仲間の気持ちを受け止めるのも仲間の仕事だ」 「へっ、とりあえず礼は言っとくぜ。 じゃあ明日に備えてもう寝ると……」  ドズゥンッ!!! 「「!!?」」  爆発のような轟音と共に突如彼らを襲う衝撃。  慌てて窓から階下を見るサイゾウとモフリ。  どうやら爆発が起こったのは機械人の格納庫らしい。  間もなく夜番の兵や女中達の怒鳴り声や悲鳴が聞こえてくる。 「ちっ、闇黒連合か凶党か知らんが敵のお出ましのようだな! 行くぞモフリ!!」 「おうっ! キャスカも心配だ。急ごう!!」  急いで着替えて廊下に飛び出す二人だが、この時のサイゾウはまだ知らない。  これから戦う敵の手強さも、そしてカグヤとの再会が現実となる事も……。                               ─続─