異世界SDロボSS 『月と竹・後編 ─月下武神、咆哮す─』 ─前回のあらすじ─  将軍イエミツの招きでバクフ国へとやってきたキャスカ一行。  今回の案内役を務める御三家筆頭、御和利・慶智と合流すべく御和利藩に入るが、  サイゾウは自分の前から姿を消した幼馴染「カグヤ」の事を思い出していた。  それを仲間のアキ・モフリに話して若干胸のつかえが取れたサイゾウは、  とりあえず寝て明日に備えようとしたのだが……突如、何者かが彼らのいるナゴヤ城に夜襲を仕掛けてきたのである。  ドズゥンッ!!! 「きゃっ!?」  サイゾウらとは違う寝室をあてがわれていたキャスカも、突然の轟音と衝撃に驚いていた。 「もう〜! せっかく人が寝ようとしてたのに……。あったま来ちゃう!!」  ぼやきながらもナイトキャップとパジャマを脱ぎ、いつもの黒いミニスカドレスに素早く着替える。  下ろしていた金髪をツインテールにまとめ、アンジェラの起動キー「パンツァーシュナイダー」を携えて寝室を飛び出した。  少々ワガママな所は変わらないが、この手際の良さと度胸はこれまでの長い旅が彼女を戦士として鍛えていた確たる証拠である。  寝室の前に控えていた侍女や警護の武士に自分と安全な場所に避難するよう呼びかけ、そのまま廊下をひた走るキャスカ達。  すると、廊下の曲がり角から女性数名の焦ったような声が聞こえてきた。 「奥方様に姫様、急ぎませんと曲者が……!」  侍女数名に守られて避難しようとしていた藩主ヨシトモの妻子である。   「あっ、キャスカ姫様!」  不安げな表情から一転して明るい声を上げたのは、赤みがかった髪以外は父親に似ていないこの城の姫である。  昼に茶室で会って以来すっかりキャスカに懐き、キャスカも故郷にいる妹のキャリコを思い出して姉妹のように打ち解けていた。 「よかった…お二人とも無事だったのですね……」  彼女らの無事に安堵するキャスカであったが、今はのんびりとはしていられない。 「……古き時より蘇りたまえ! 光なれアンジェラ!!」  「パンツァーシュナイダー」から光が迸り、丸みを帯びた鋼の天使が降臨した。  キャスカの故郷ディオールにおける伝説の魔導機を再現したアンジェラである。 「さあ、安全な場所へ……えっ?」  キャスカ達が見たのは思いがけない光景であった。  警護の武士が乱暴に姫を抱え上げ、脇差を突きつけていたのである。 「うわぁーん!! 母上様ぁーっ!!!」 「ちょっとあなた! いきなり何をするの!?」 「鈴木!? 殿からの御恩も忘れて謀反など……恥を知りなさい!!」 「ふっ、浪人の身ながら勤勉さで大抜擢された侍の鈴木とは仮の姿。 その正体は……凶党が一員、雑賀・孫人様よぉ!!!」 「姫を今すぐ離しなさい! さもないと……」 「さもないと……どうするというつもりだ小娘!? とうっ!!」    ブーン……!!  雑賀が常人離れした跳躍力で姫を抱えたまま飛び上がった先には、  いつの間にか蝿のような醜悪な凶人が耳障りな羽音と共に姿を現していた。 「姫は預かって行くぞ! 取り返したければ追ってくるがいい、ははははは……」 「あっ、待ちなさい!」 「お待ちください!」  アンジェラですぐさま追おうとしたキャスカを制したのは、意外にも奥方であった。 「恐らく、これは異国の姫君であるあなたを捕えんとする罠にございます! 姫も御三家筆頭の娘……覚悟は……かく……ご……ううっ……!!」  辛そうな表情で唇を噛みしめ、母としてより公人として振舞おうとする彼女の姿はあまりにも痛々しかった。  周りの女中達もその悲壮な決意を前にもらい泣きを始める。  キャスカもしばらく無言で俯いていたが、凛とした表情で顔を上げた。 「私は……幼い頃から両親に王女として以前に、人間として友人を見捨てるような事があってはならない……そう言い聞かせられてきました。 私は妹を持つ姉として、そして友人として姫を助けに行きます!」  奥方達に安全な場所に隠れているように言った後、  アンジェラは光を纏って蝿型凶人…腐来武愚の追跡を始めた。  ……その頃、サイゾウとモフリはキャスカを探して大騒ぎの城内を走り回っていた。 「キャスカは一体どこなんだサイゾウ!」 「客人を泊める部屋の場所は夜番の者に聞けばわかるはずだ!  もっとも、この騒ぎじゃのんびり探してる暇はねぇがな……」 「あ〜れ〜!!」  焦る彼らの耳朶に女中の悲鳴が響く。 「何だ!?」 「行ってみようサイゾウ! キャスカの居場所がわかるかもしれない!」 「あああ……お助けを……」  二体の禍々しいロボが女中を見下ろしていた。  この国の遺跡から出土する土偶のような外観をした凶人、魔怒偶である。 「待ちやがれ!」 「「!!?」」  魔怒偶達の前に二体のロボが立ちはだかる。  モフリの魔導機『全ての獣を司りし王』モフリオーとサイゾウの機械人蛮武ー丸。   「おまえ達は何者なんだ?」 「「………………」」  モフリの質問に対し、魔怒偶達は沈黙と実力行使で答えた。  密教の法具である独鈷杵(どっこしょ)のように柄の上下に刃のついた独特な武器を振りかざし、  モフリオーと蛮武ー丸に猛然と襲いかかる。 「モフリ! 俺は右をやる!!」 「おうっ!!」  魔怒偶はその得物をモフリオーの首筋に突き立てんと肉薄する。  モフリオーはギリギリまで敵の刃を引き付け、その身をかがめた。  空振りの隙にがら空きとなった魔怒偶の胴体にしがみつくモフリオー。 「うおおおっ!!!」  そのまま反撃の間も与えず一気に魔怒偶を持ち上げ、  宙に飛び上がったモフリオーは重力と共に魔怒偶の頭を地面に勢いよく叩きつけた。  グシャアッ!!!  魔怒偶の頭は見事に粉砕され、そのまま動かなくなる。  もう一体の魔怒偶も蛮武ー丸の槍によって体中を穴だらけにされていた。 「こいつらは中にパイロットがいない……。 おそらく魔法か何かで自動操縦にしていたんだろう」 「よう、大丈夫か女中さんよ」 「は、はい……恐ろしゅうございました……」  サイゾウに声をかけられた女中はまだ震えていたが、  キャスカの居場所について知っているらしい。 「よし、大体の場所はわかった。危険だからあんたはどっかに隠れてな!」 「いいえ! 私も連れて行ってくださいませ!!」  しかし、モフリも女中の同行を許そうとしない。 「ダメだ! さっきの奴らを見ただろう? もっと危険な奴がいるかもしれないんだぞ!?」 「キャスカ姫様は奥方様や姫様のご寝所の近くに泊まっておられます! まごついていては……奥方様や姫様まで手遅れになるかもしれませぬ……ううう……」 「ど、どうするサイゾウ……」 「おいおい、俺に振るんじゃねぇよ……」  結局、女の涙に抗えない二人は女中を伴ってキャスカ達の元へ向かう事にした。 「絶対に逃がさないんだから!」  全身に魔力の光を帯びて飛ぶアンジェラは、腐来武愚との距離をみるみる縮めていった。 「ちっ!」  ついに観念したのか、腐来武愚は姫を捕まえたまま二足歩行の忍者形態になって降り立つ。  アンジェラも同じくゆっくりと降下した。 「すぐに姫を放しなさい! 男なんでしょ……人質なんか取らずに正々堂々と戦いなさいよ!!」 「おうおう、噂以上に威勢のいい事だ。 よかろう、もうこの姫に用はないのでな……ほら、あの姉ちゃんの所へ行くがいい」  解放された姫は小さな足でアンジェラに向かって走る。  キャスカも素直な反応に警戒しつつも彼女をアンジェラのコクピットに乗せようとした……その時!  シュルルッ!! 「きゃっ!?」 「キャスカ姫様!?」  油断していたキャスカのアンジェラを突然飛来した数本の鎖が絡め取った。  ただの鎖であるならアンジェラのパワーで引きちぎるのは容易いが、  鎖には何やら呪術が籠められているようで、なかなか力が入らない。 「くっくっく……でかしたぞ雑賀……」  暗がりから数体の凶人が姿を現した。  鎖を投げた魔怒偶が数体に、裟武頼我…昼間見た上級武士用の機体ではあるが、その配色は黒中心となっている。  そして、リーダー格とおぼしき機体はまるで甲虫と鎧武者を合わせたような禍々しい姿をしており、  その双眸にはサイゾウの蛮武ー丸とはまったく異なる邪悪な光が宿っていた。 「少々手荒な出迎え、許されよ。それがしの名は……」 「化け物の名前なんて聞きたくもないわよ!!」 「ぶ、無礼者! こちらにおわすは先の大納言、トクガワ・タダナガ様なるぞ!!」  黒い裟武頼我から神経質そうな男の声が響く。  トクガワ……城の教育係やサイゾウから聞いた話を総合すると、  この姓を持つ者はバクフ国将軍一族のみに限られ、血統の近い御三家ですら遠慮して領地の地名を名乗るほどの由緒あるものである。 「これショウセツ、相手は異国の姫君。そう声を荒げるでない……」  あくまで落ち着き払った態度で臣を窘めた後、タダナガは感心したようにつぶやく。 「ふむ、これが噂に聞くアンジェラか。 見れば見るほど不思議な機体よな、我らの使う機械人とはまるで違う」 「あら、ナンパでもしてるつもり? 将軍の身内ともあろう者が身代金目的の誘拐なんて情けないわね……恥を知りなさい!!」 「ふふっ、確かにディオールから技術や金銭をせしめるのも党全体の目的だが、 憎っくきイエミツの面子が潰れ、こんな身体にされた私の溜飲も下がる事こそ至上の喜び。ショウセツ!」 「ははっ! 者ども、このまま生け捕りにせよ!!」  魔怒偶達から邪気を帯びた電流が流れ、鎖を伝わってアンジェラを襲う。  おそらくキャスカを気絶させて捕縛するつもりなのだろうが、キャスカは別段焦る様子も見せなかった。 「そんなもの、アンジェラに効くわけないんだから!」  アンジェラの魔力装甲は元からの強さとキャスカの成長により、電流をすべて遮断していた。 「鎖をよこせ! 少しばかり……眠っていただこうか!!」  魔怒偶から鎖を奪い取ったタダナガの機体、歪妖刹蟲が邪気を一斉に流し込む。  鎖を振りほどこうとしていたアンジェラを襲うおびただしい邪気の奔流は、  さすがにキャスカの小さな身体には激痛となって感じられた。 「きゃああっ!!」 「ふっふっふ……強情を張るのも今のうち……むぅっ!!?」  勝ち誇ったタダナガ達の視界をまばゆい光が遮る。  次の瞬間、アンジェラを絡め取っていた鎖が一気に砕け散った。 「ぐぬぅぅっ……!!」  咄嗟に離したから大事には至らなかったが、歪妖刹蟲の掌はアンジェラから発せられた聖なる力の逆流で焼け爛れていた。  しかし、白煙を上げながらもすぐに再生していくあたり、やはり凶党でも最強クラスに分類される凶人である。  タダナガが歪妖刹蟲の眼を介して再びアンジェラに視線を移すと、その姿は大きく変貌していた。  華奢な身体を守るアーマー類は前より大きくなっており、さらなる光を纏うその姿はまさに大天使の風格を備える。  これがアンジェラの真の姿、OR・アンジェラであった。 「いやはや、お見事ですな。 どうやら、私が本気でかからねばならぬようだ……ゲシャアッ!!!」 「ば、化け物!?」  歪妖刹蟲の口が醜く展開し、毒々しい色の液体を吐き出した。 「魔の盾、私を護れっ!」  とっさにキャスカは魔法で盾を作って液体を防いだが、  飛び散った液体は散らばっていた鎖に付着した途端、跡形もなく溶かしてしまう。  一瞬でも反応が遅れていれば……そう思った隙を突き、  がら空きとなったOR・アンジェラの頭上に歪妖刹蟲が二本の刀を抜き放って襲いかかっていた。 「もらったぁ!! 奥義・煉獄発破!!!」  集中豪雨のように降り注ぐ斬撃の嵐。  キャスカはOR・アンジェラの持つ光の剣で応戦するものの、  物理的パワーや剣術の技量では明らかに向こうが上であった。 「(強い……このままじゃいくらOR・アンジェラでも保たないわ!)」  ガキィン!!! 「きゃあっ!?」  ついにOR・アンジェラの剣が弾き飛ばされる。  歪妖刹蟲の残り二本の腕が伸び、OR・アンジェラの細い腰を掴み一気に引き寄せた。  丁度バクフ国の相撲のさば折りという技のように、そのままジワジワとダメージを与えていく。  OR・アンジェラの華奢なボディは凄まじいパワーと瘴気のダブルパンチで悲鳴を上げ、  キャスカ本人の身体にもその影響が出始めていた。 「うう……ああっ……ぐうっ……!!」 「くっくっく……殺す事が目的ではないが、手向かった罰として楽しませてもらおうか」  勝利を確信したタダナガは、猫が鼠をいたぶり殺すかのような残忍な笑みを浮かべる。  しかし、キャスカが負けん気の強さは窮鼠となっても失われない事までは知らなかった。 「ホーリーシャインインパクト!!」 「ぐおああああっ!!!?」    キャスカはOR・アンジェラに残された力を振り絞って渾身の魔法を叩きつけた。  至近距離からの直撃に加え、慢心から思わぬダメージを受けた歪妖刹蟲は吹き飛ばされて石垣に叩きつけられる。  無論、OR・アンジェラとてただで済まず、元のアンジェラに戻って地面に尻餅をついた。 「タ、タダナガ様ぁーっ!!?」  並みの機体なら大破してもおかしくないはずのダメージを受けているはずだが、  歪妖刹蟲は崩れた石垣を押しのけつつ立ち上がる。  その肩はタダナガの怒りからワナワナと震えていた。 「小娘ぇ……数々の無礼、もはや許さぬ!!! 八つ裂きにしてやりたいが、私にも立場があるのでな……者ども、小娘を捕らえろ!」 「「ははっ!!」」 「くっ!」  ヒュウゥ〜……ドゴシャアッ!!! 「「「何ぃ!!?」」」  アンジェラを捕らえようと襲いかかった魔怒偶を突如飛来した砲弾がまとめて粉砕した。  ズゥン!! 「これ以上、我が領内での狼藉は許さぬ!!!」  刀と大筒が一体化した得物を持つ緑と白を基調にした重厚な機械人が高台から降り立つ。  この機体こそ藩主ヨシトモの専用機械人、金鯱丸であった。 「ち、父上様……え〜ん!!」  キャスカらの戦いの最中は木陰に隠れていた姫が父の元へ泣きながら走っていく。 「おのれぃ!! せっかくの人質を逃しは……」  辛うじて砲撃から逃れた腐来武愚と黒い裟武頼我は姫を捕まえようとするが……。  ザシュッ!! バキィッ!! 「「ぶおわぁー!!?」」  腐来武愚はその鼻っ柱にしこたま飛び蹴りを食らい、  黒い裟武頼我は瞬時に首を跳ね飛ばされていた。 「間に合ったなサイゾウ!」 「ああ、てめぇらも凶党ってわけか……」  女中に案内されてきたモフリとサイゾウがこの場に到着したのであった。 「おお! 勇者殿にサイゾウ、助太刀感謝いたすぞ!!」 「姫! 早くお父上の所へ!」 「はい!」  モフリに促された姫は今度こそ父の機械人の元へ走って行き、搭乗席の中に匿われた。 「おお、姫よ……無事で何よりじゃ……。 さて、謀反人タダナガよ! 上様の名代として貴様を討ち果たす!!」 「ぐぬぅぅぅ……邪魔立てする者は全て斬り捨てよ!!!」 「ははっ!!」 「俺達は四人、てめぇとハエ野郎で四対二じゃねぇか。その台詞はこの状況でカッコ悪いぜ!」 「ふふふ……」  キャスカ、姫、女中の誰でもない女性の笑い声が辺りに響き渡った。 「おのれ、何奴!?」 「遅いぞ女狐の妖古! 早う我らに加勢せぬか!!」 「ふふ…タダナガ様はせっかちなお人……」  サイゾウらを案内してきた女中である。  しかし、その口調と顔つきは一転し、まさに狐を彷彿とさせる狡猾さに満ちていた。 「てめぇ!? 俺達をだましやがったのか!!」 「うぶな男じゃ……喰い殺したいぐらいに……」  女中の周囲に陽炎が巻き起こり、女性的な体型の凶人が姿を現す。 「これがわらわの凶人、妖鬼姫じゃ」 「そして、もう一人っ!!」  ずんぐりむっくりした小柄な凶人が煙と共に現れた。 「反吐丸、お主に命じていた工作の方はどうであった?」 「ショウセツ殿もお人が悪いでござるよ。 この城の陣城化はおろか、足軽々や裟武頼我の格納庫も完膚なきまでに破壊してきたでござる」 「あの爆発はてめぇの仕業か!!」  サイゾウが蛮武ー丸で斬りかかるが、反吐丸と呼ばれた凶人はその体格に不似合いな動きで軽々とかわす。 「ふふふ、この城の障害物を壊すのに貴殿らが邪魔だったのでな。 女中に化けた妖古殿に案内させて時間を稼いでいたのよ。 そして、貴殿らは今から死出の旅路に出る……反吐丸、生首変化っ!!」  首なしとなっていた黒い裟武頼我が反吐丸の目から出た光線を浴び、  まるで西洋の首無し騎士のように彼の所まで飛んでいく。   「反吐・怨!!」  醜い生首を模した姿に変形した反吐丸が黒い裟武頼我と合体し、仮初めの身体を得る。 「さぁて、いざ尋常に勝負!!」 「者ども! 異国の姫君とその機体、ナゴヤ城とヨシトモの首を奪うぞ!!」  凶党の面々はキャスカ一行とヨシトモに悪鬼羅刹の如き勢いで襲いかかった。  ……その頃、ナゴヤの城下町では魔怒偶や付喪を主力とした陽動部隊と、  急を知らされ駆けつけた家老のナルセ・ナルトラら率いる御和利藩兵が市街戦を繰り広げていた。  しかし、出城のイヌヤマ城に待機させていた機械人はナルトラ専用裟武頼我だけであり、  それ自体が陣城化となっているイヌヤマ城の本丸を城下町近くまで移動させたものの、  下手な砲撃は逃げ惑う城下の町人達の被害を拡大する為に半ば篭城戦となっていた。  生身の将兵の多くを町人の避難誘導に回し、ナルトラは愛機の十文字槍を振るって奮闘する。 「無茶でございますご家老様! お一人で敵を引きつけるなど……」 「わしに構うな! 逃げ遅れた町人や手負いの者を陣城化に収容し、近隣諸藩の援軍を待てぃ!!」  御和利藩重臣の中でも剣術指南役に次ぐ武勇の士として知られたナルトラであったが、多勢に無勢。  いつの間にか裟武頼我は満身創痍となり、魔怒偶らに包囲されていた。 「ぬぅ……かくなる上は、おのれらも死出の旅に同道してもらうぞ!!」  武士としての死に花を咲かせんとしたナルトラだったが、  彼に次々と襲いかかる魔怒偶の一団に何か緑色の物体が突っ込んだのに仰天した。  タケノコ型のミサイルを凶人にだけ的確に放ちつつ、  まるで生き物のように次々と凶人どもを薙ぎ倒していく物体の上には機械人サイズの人影も二つ見える。  ナルトラはしばらく呆然と眺めていたが、その正体が何か理解した瞬間あっという声を上げた。 「チ、チクサイ殿でござるか!?」   「ご家老様! ご無事で何よりですじゃ」  チクサイの話によると、義理の息子でサイゾウの父であるタケゾウから凶党襲撃の連絡を受け、  急遽娘のおササ(サイゾウの母)や蛮武ー丸『参号』『四号』と共に修理中の蛮武ー星に乗って駆けつけたという。 「それと、あれをご覧くだされ!」  ウァァァァァァァァ…………  遠くから地鳴りと共に無数の機影と将兵の咆哮が目に、耳に入ってくる。  近隣諸藩にも凶党が散らばって御和利藩への援軍を防いでいたが、  諸大名の活躍によって各個撃破され退却していったらしい。 「聞いたか皆の者!! あと少しの辛抱じゃ、頑張るのだぞー!!!」  陣城化の中にいる人々も歓喜の声を上げる。 「父様、他の方々も大事だけど、義理の息子と孫を忘れちゃいけないでしょ!」 「おお、すまんすまん。 年甲斐もなくカッコ良く参上する興奮に酔っておったわい」 「ははは…もうここは大丈夫。あとの事はそれがしに任せて、お二人は殿を始めとした城の人々をお助けくだされ。 本来ならばそれがしも同行したいのですが、裟武頼我がこの有様では足手まといにしかならぬ。 なにとぞ、なにとぞお願い申し上げまする!!」  チクサイは心得たとばかりに胸を思い切りドンと叩き、  やりすぎてしまったとばかりに数回咳きこんだ後、高らかに宣言した。 「心配ご無用、ヒノモト一のからくり職人チクサイ、必ずやこの大仕事成し遂げてみせまする。 行くぞおササに蛮武ー丸『参号』『四号』!」 「ええ!!」 「「心得た!!」」  ……再びナゴヤ城。  キャスカ一行とヨシトモは凶党の猛攻に追い詰められていた。 「妖狐幻舞刃っ!!!」  四方八方から刃が襲いかかる妖鬼姫の奥義が変身したモフリオー…モフライガーを襲う。 「ぐうっ……」 「モフリ!!」  キャスカはモフリを助けようとアンジェラを走らせるが、   いかんせん先ほどの戦いでの消耗が激しく動きが鈍い。  そこに反吐丸と腐来武愚が襲いかかる。 「さあ、我らと来てもらおうか!!」  そこに蛮武ー丸が割って入り、二体に二刀流の斬撃を見舞う。 「おっと! 手負いの姫君を庇いつつ我らを同時に相手するとは見上げた根性でござる!!」 「だが、一体いつまで持つかなぁ〜?」 「サイゾウ! 蛮武ー丸!」 「下がってろキャスカ!! こんな奴ら俺達だけで十分だ、いくぜ蛮武ー丸!!」 「心得た!!」 「喰らえ、奥義・下郎吐き!! おげぇぇぇ〜っ!!!」  反吐丸は口に何かを含むような動作の後、猛烈な悪臭を放つ液体を吐き出した。 「酔っ払いかてめぇは! そんなもの当たるかよ!」 「馬鹿め! 二人がかりだというのを忘れたか!」 「(…しまった!)」    腐来武愚の投げつけた蛆虫型焼夷弾が炎を上げる。  蛮武ー丸が業火に包まれたかと思いきや……。 「キャ、キャスカ殿!? 何という無茶をするでゴザル……」  アンジェラが残り少ない力を振り絞って魔法の盾を作り、サイゾウらを護ったのである。 「キャスカ!!」 「もう……世話が……焼けるん……だから…………」  アンジェラの姿がフッと消え、魔力の消耗で気を失ったキャスカが地面に落ちていく。  サイゾウと蛮武ー丸はすかさず二刀を手放し、キャスカの小さな身体を受け止める。 「バカ野郎……あんなもん食らったって俺達ゃ何ともねぇのによ……」 「ふん、見せつけてくれおる! 隙ありぃーっ!!」  反吐丸が跳躍し、蛮武ー丸を文字通り唐竹割りにしようと刀を振り上げた。 「「「蛮武ー爆星覇(ばんぶーばすたー)!!!!」」」  突如無理のある技名と共に発射された緑色の極太波動が反吐丸を直撃する。 「ひょんげぇぇぇーっ!!!」  その凄まじい威力の前に反吐丸は爆発四散した。 「っ!? 反吐丸がやられたか。何奴!!」 「タダナガ! 貴様の相手はこの私だ!!」  ヨシトモは愛機金鯱丸の斬機刀「煌(きらめき)」を歪妖刹蟲に叩きつける。 「今のは蛮武ー星…って事は……」 「待たせたなサイゾウ!!」 「弟ヨ! 久シブリダナ!!」  竹をそのまま切り取って作ったような機械人。  これこそがチクサイ初のオリジナル作品であり、サイゾウの父タケゾウの愛機蛮武ー丸『壱号』だった。 「わしらも助太刀するぞい!!(……修理中に最大出力でぶっ放したから、蛮武ー星はまた壊れてしまったがの!)」 「キャスカちゃんといい感じじゃないの! お母さんうれしいわ!!」 「親父! 爺ちゃん! あと母ちゃん…照れるじゃねぇかよ……」 「『壱号』兄上も久しぶりでゴザルー!!」 「うぐぅ……このままでは終わらんぞ!」  爆発寸前に辛うじて裟武頼我の体から分離した反吐丸がキャスカを奪おうと飛びかかる。 「しつこいんだよてめーは!!」  ゴシャッ!! 「はぶら〜!!」  蛮武ー丸に殴り飛ばされた反吐丸は、そのまま妖鬼姫の所まですっ飛んでいく。  サイゾウは先ほどヨシトモが愛娘の姫をそうしたように、気絶したキャスカを蛮武ー丸の搭乗席に匿った。 「さあ、お遊びはここまで……わらわが地獄へいざなって……はぶっ!!?」  モフライガーを追い詰めていたが、反吐丸にぶつかられた事で妖古に隙が生じる。   「今だ! とうっ!!」  夜空に吸い込まれるように飛び上がるモフライガー。  その全身が真っ赤に輝く様は、まさに夜の太陽であった。 「くらえ!! フルパワーモフレイム!!!」  ズゴォォッ!!!  妖鬼姫と反吐丸は炎に巻かれ、その姿も炎と共に消えていった。 「手強い敵だった……ん?」 「ふふふ……わらわの幻惑鏡の幻を焼いてどうする?」 「た、助かったでござる妖古殿〜……」  焼き尽くされたはずの妖鬼姫と反吐丸が櫓の上に登っていた。 「だが、俺もおまえもパワーの消耗で同じ技は二度使えないようだな」 「見てくれの割には切れる男じゃ、また会える日を楽しみにしているぞえ」  負けを悟ったのか、二体の凶人はフッと姿を消した。 「くっ、死んで花見が咲くものかー!!」  それを見た雑賀も腐来武愚を魔蝿形態に変化させて逃げていく。 「タ、タダナガ様ぁ〜……」  タダナガは情けない声を上げるショウセツを伴って脱出しようと、腕の一つで彼を抱え上げる。 「うろたえるなショウセツ!! 我はヒノモトの真なる支配者ぞ!? これしきの事で……」 「往生際の悪い奴め! このヨシトモが討ち取ってくれるゆえ、そこに直れぃ!!」 「くぬぅぅ……貴様のような変態ふんどし大名に渡す首などないわぁ!!!」 「よっしゃ、わしらも加勢しますぞ殿! サイゾウ、おササ、タケゾウ! 蛮武ー丸四体がかりでフクロにしてしまうのじゃあー!!!」 「「「おおーっ!!!」」」 「(おっそろしい一家……)」  モフリは呆れた面持ちで一家総出で歪妖刹蟲に襲いかかるサイゾウ一家を眺めていた。  このまま逃げ遅れたタダナガらをフルボッコにして一件落着かと思いきや、一同の周囲に何かが落ちてきた。  それはウサギを髣髴とさせるロボ数体と赤青色違いの同型のロボと隊長機らしき白いロボである。 「ちっ、また凶党の新手かよ!」  結論から言うとサイゾウの予想は外れた。  しかし、最悪の形となって。 「おのれ、何奴ぞ? 幕府の援軍ではないな!?」 「何と!? 近隣諸藩でもあのような機体はおらぬはず……」  一同が不思議に思う中、隊長機が前に進み出た。 「私はサラシナ=ライラック、月面国家インよりの使者である」  搭乗者らしき声は若い女性のものであったが、その口調は冷静そのものだった。   「その使者殿が我が藩にいかなる御用か」  ヨシトモの問いに対し、声の主はいささかも口調を変えずこう言い放った。 「地上侵攻の拠点としてこの城を接収する。 城内の人間は速やかに退去せよ、さもなくば排除する」  ズドンッ!!!  金鯱丸の大筒が火を噴くが、熱を帯びた弾丸は二つに両断されていた。  サラシナの愛機、ムーンエッジのチャクラムの斬撃によるものである。  ヨシトモはその技量を見誤るはずもなく、敵ながら天晴れと思った。 「地上侵攻だと? てめぇらは闇黒連合の者じゃねぇのか」  「………………」  スッ  サイゾウの問いに対し、これ以上の対話は無用とばかりにムーンエッジが合図する。  それと同時にインの侵攻部隊が一斉に襲いかかった。 「(い、今ですぞタダナガ様……)」 「ふん、ただでは退かぬぞぉ!!!」  騒然とする城内から真っ先に逃げ出したのはタダナガ主従であった。  インのウサギ型ロボ、ウヅキ数体を瞬く間に斬り伏せ、バッタのような跳躍力で城壁の上に飛び移る。 「今回は我らの負けだが、ただでは済まさぬぞ……ぬぅんっ!!!」  歪妖刹蟲の手から妖気弾が放たれ……蛮武ー星に着弾した。  まだ修理が完全でなかった蛮武ー星は轟音と共に爆発炎上する。 「わ、わしの蛮武ー星がーっ!!?」 「おいジジイ!! 死に急ぐんじゃねーっ!!?」 「そうですぞ義父上! 落ち着いてくだされ!!」 「また作り直せばいいじゃないの!!」  慌てて自分の蛮武ー丸で何とかしようとするチクサイであったが、娘・婿・孫の蛮武ー丸によって止められる。 「はぁーっはっはっは!! その兵器を失い、疲弊した貴様らだけでそいつらに勝てるかなぁ〜? 月の下でウサギどもと戯れているがいい!!!」 「おのれぇタダナガァーッ!!!」  激昂したヨシトモが金鯱丸の大筒を乱射するが、歪妖刹蟲とタダナガ主従は哄笑と共に闇夜に消えていくのであった。  炎上する蛮武ー星の炎に照らされる六つの機影。  サイゾウの家族と蛮武ー丸の兄弟が加わったものの、劣勢である事には変わりがない。 「義父上におササ、すまん! こんな事になるぐらいなら二人を呼ぶんじゃなかったぜ……」  強面に似合わぬ弱音を吐くタケゾウに対し、チクサイはからからと笑う。 「なぁに、からくり職人の端くれとしてワクワクしとるよ。 それに、蛮武ー星を壊された腹いせがしたくてたまらんわい!」 「一応武士の女房だから腹はくくってるわよ! あなたも覚悟を決めちゃいなさいな」 「お、おう! ……ありがとうな、二人とも……」 「元気なお爺ちゃんだな、さすがおまえの祖父だ。 ところで、キャスカはどうなんだサイゾウ?」 「ああ、魔力の使い過ぎで気を失っちゃいるが、命に別条はねぇよ。 (……だが、キャスカを庇いながら戦うってのはキツイかもな……)」 「何ボーっとしてやがる!! 来るぞ!!!」 「うるせぇ!! 親父こそ油断するんじゃねぇぞ!!!」  父の怒鳴り声に悪態をつきつつも、サイゾウは考えるよりも暴れて生き延びる方に頭を切り替えた。  十数分後、一同は愛機と共に次々と襲いかかるウヅキを殴り飛ばし、斬り捨て、突き伏せ、撃ち倒していた。   「親父はともかく、爺ちゃんや母ちゃんもやるじゃねぇかよ!!」 「通信教育じゃよ、通信教育!!」  「大人気のホーゾー院流槍術ダイエット知らないの? えぇいっ!!!」 「え゛!? 通信教育? ダイエット!? 俺、あんだけ血の滲むような修行したってのに……」 「サイゾウ殿!! 真面目に戦って欲しいでゴザル!!!」 「わかったよ!!」  蛮武ー丸にどやされ、サイゾウはヤケクソ気味に槍を振るわせた。 「ぬおおーっ!!! 金・鯱・咆・哮!!!!!」  金鯱丸の肩に取りつけられた二つの鯱が前方を向き、同時に金色の波動を撃ち出した。  手持ちの大筒とは比にならない威力を秘めた金色の光は一筋に集束し、  ウヅキが一斉に放ったビームの雨をかき消しながらイン侵攻部隊を飲み込んだ。  サラシナらの機体を筆頭に、次々と飛び上がって難を逃れるものの、  逃げ遅れたウヅキが何体も光の奔流に飲み込まれ、城壁を破壊しつつ夜空の彼方へ吹き飛んでいった。 「父上様かっこいい!!」 「いやぁ〜、照れるではないか♪」  娘にいい所を見せられ、まんざらでもないヨシトモである。 「これは俺も負けてられないな。…変身! モフバニー!!」  モフリはモフライガーを一旦モフリオーに戻し、頭の中にウサギのイメージを思い浮かべた。 「あ…ダ、ダメです…くすぐったい……」 「う〜ん、ナイススメル(ハートマーク)」  彼の脳内に映し出されたのは、バニーガールの服装に身を包む美少…年を存分に愛でる自分の姿であった。 「ハクトきゅんはいやらしい男のコだなぁ〜♪ ダメと言いつつも体は正直じゃないかっ!! さあ、俺にどうして欲しいのか言ってごらん……」  ハクトと呼ばれたウサギ耳の少年は白い頬を真っ赤にしつつ涙目で口を開いた。 「…ポ、ポルノ野郎のアキ・モフリさん…僕をこの場でお嫁さんにして、み…身も心もメチャクチャにしてください……」 「それじゃあお望みどおりにっ!!!」  これ以上はとても書けそうにない妄想により、モフリの劣情が頂点に達したその時!  まばゆい光と共にモフリオーが新たな姿を手に入れた!!  本来男性体型のモフリオーがバニーガール風のウサ耳と装甲を持つ中性的体型となり、なぜかハルバートを装備している。 「モフリ、そりゃウサギ違いじゃねぇのか……」 「ほう、こいつは色っぽいの〜! 今度女性型機械人を作る参考にするかの!!」 「義父上、人間と同じぐらいの大きさのやつも別の意味で売れそうですぞ?」 「父様にあなた……真面目にやりなさい」 「「す、すいません……」」  モフバニーはその華奢な体躯に不似合いなハルバートを振りかざし、サラシナらの機体に向かっていった。  並みの機体ならば一撃で胴を真っ二つにされるであろう横薙ぎ、そして鋭い突きを連続で繰り出していく。  それを見たヨシトモが感嘆の声を上げる。 「おお! なんと天晴れな槍さばき!!  時が戦国乱世であるならば、あの槍一本で一国一城の主となれたであろうな」 「くそっ、忌々しい地上人め!!」  赤青同型の機体の片割れ、赤いコウゲツに乗るウェンが防戦しつつも苛立ちを露わにする。 「姉さん、このままではまずいわねぇ……」  青いソウゲツに乗る妹のシータはあくまで余裕で笑いすら浮かべていたが、  その声には聞く者の背筋を凍らせるかのような冷たさがあった。 「……こうなれば奥の手だな、やるぞシータ!!」 「はいはい、よろしいですか隊長?」 「わかった、好きにするがいい」 「させるか!! 皆の者突撃じゃあ!!!」  ヨシトモの号令の下、一斉に向かっていくサイゾウらであったが、  コウゲツとソウゲツから放たれた赤と青の光が彼らを襲った。 「……う……ぐ……がああああああーっ!!!!」  モフリは突如雄叫びを上げて金鯱丸にハルバートを振り下ろす。 「ぐがるぁ────っ!!!!!」 「殺っちゃえ父上様!!!」  対するヨシトモ(ついでに姫)も殺気を剥き出しにし、金鯱丸の大筒を容赦なくモフバニーにぶっ放す。 「死ねぃボンクラ婿養子!!!」  それはカニ一家も同様で、まさに骨肉の争いの様相を呈していた。 「ふふっ、他愛ないですね。 さっき気を失った娘の機体に施された魔術装甲には効かなかったでしょうが」 「隊長、こいつらは放っておいても自滅します。 早くこの城を要塞に改造し、元帥をお迎えする準備にかかりましょう」 「…? 待て、一機だけ様子がおかしい」  様子がおかしい機体とは、サイゾウの蛮武ー丸であった。    念の為、ムーンエッジに備えつけられた装置で分析を始めたサラシナの表情が強張る。 「バカな、何故あれがこんな所に!?」  普段は一貫して冷静を貫く上官の狼狽に疑問を覚えた双子姉妹も同じように分析し、驚愕した。 「モチヅキ家の…『月の力』だと!!?」 「計器の故障ではないようね……姉さん! 今のうちに片付けるわよ!!」 「おうっ!!」 「待てっ! 無闇に刺激しては……」 「オオオオオオァァァァァァァ…………!!!」  バキバキバキッ!!  サイゾウの蛮武ー丸は獣のような唸り声と共に、その姿を大きく変えていた。  身体の各所に備えつけられた笹の葉を模した刃はその鋭さと数を増やし、  持っていた槍もより攻撃的な形状に変化する。  その姿はまさに魔獣としか形容できないもので、その瞳も禍々しいまでに輝いていた。  ビュオッ!! 「がっ…?」  その速さはまさに閃光だった。  蛮武ー丸の放った突きは一瞬でコウゲツの右腕を吹き飛ばし、  背についた輪のような装置も同様に破壊してしまった。 「むぅ!? 我らは一体……」  暴走していた機械人達やモフバニーが正気に戻って動きを止める。 「姉さんっ!?」  コウゲツが破壊された以上、本来なら蛮武ー丸の暴走も治まっているはずなのだが……。 「グゴォォォォォォ!!!」  さらに雄叫びを上げ、今度はソウゲツに襲いかかる。 「くっ!」  特殊能力を使い続けていると、機体のフルパワーは出せない。  シータはソウゲツの特殊能力を止め、回避に全力を尽くすよう思考を切り替えた。  ソウゲツの能力も解除され、モフリらも正気を取り戻した。 「……あれ? 俺は確かお花畑でぬこさんを追いかけていたのに……」 「うがあああああああああああ!!!!!」  だが、サイゾウだけは蛮武ー丸同様、暴走したままだった。 「サ、サイゾウ…? ついにイカれてしまったのか!?」 「さすが義父上!! 『ぱわーあっぷ』機能もつけておったとは!! サイゾウもあんなにはしゃぐほど嬉しいのかぁ〜」 「えーと……わし、あんなのつけた覚えないんだけど…………」 「え? ちょ、ちょっと、それどういう意味よ父様!?」 「ウェン、応答せよ」  コウゲツのコクピットにサラシナからの通信が入る。 「…隊長、私はまだ生きています。 ですが、コウゲツにこれ以上の戦闘は不可能です」 「空も白み始めた……夜が明けると我らの力は半減する。 それと、先ほど元帥から地上側の援軍がもうじきこの城に殺到するとの通信が入った」  サラシナはムーンエッジのチャクラムを蛮武ー丸に投げつける。 「ガ!!」  チャクラムは蛮武ー丸に槍で弾かれた後ブーメランのように手元に戻るが、  追い詰められていたソウゲツを離脱させる時間稼ぎには十分であった。 「撤退…ですね」  次々と白み始めた空へ飛び上がっていくイン侵攻部隊の面々。 「グガァッ!!!」  それを追い、蛮武ー丸も背中のスラスターから青白い炎を吹き出し上昇する。  従来の蛮武ー丸もスラスターによる飛行は可能であったが、あくまで補助的なものであり、  空戦用ロボを相手した戦いにおいては分が悪かった。  チクサイが世界各地を転戦する孫を助けるべく蛮武ー星を開発したのは、この欠点を補う為であった。  しかし、今の蛮武ー丸は単体で蛮武ー星装着時以上の速度を出し、撤退するイン侵攻部隊との距離を縮めていく。 「モフリ殿、せがれを助けに行ってくだされ! いくら強くなったとは言え、あれでは多勢に無勢だ!!」 「いやー、そうしたいのはやまやまなんですが、 見てのとおりパワーの使い過ぎでモフリオーに戻っちゃったし、また変身するには最低一日は休まないと……」 「大丈夫じゃタケゾウ!! わしの作った蛮武ー丸『弐号』とサイゾウはそう簡単にくたばるものか!!」 「そうよ! 父親ならもうちょっとどっしり構えなさい!!」 「わ、わかったよ義父上におササ……」  追いすがる蛮武ー丸としんがりとなったムーンエッジは熾烈な空中戦を繰り広げていた。  投げたチャクラムと同じかそれ以上のスピードで飛び回り、  自分で受け止めては投げ、再び受け止めては投げとあらゆる方向からの変幻自在の攻撃を繰り出すムーンエッジ。  さすがに冷静さを欠いていたサイゾウと蛮武ー丸は防戦一方となるが、  同じように槍を投げつけ、チャクラムの威力を相殺する。  ぶつかり合った二つの武器のうち、槍はそのまま地上に向かって落下していく。 「「「わひゃあっ!!?」」」  落ちた槍はナゴヤ城のモフリらの近くに突き刺さっていた。 「や、やっぱりやられちゃったのかのー……」 「父様!! 滅多な事言うんじゃないの!!!  さっき大丈夫だって言ったのは自分じゃない……」  サラシナは超能力でチャクラムを回収しようとするが、暴走しているとは言えその隙を見逃すサイゾウらではない。  一瞬の刹那だった、緑色の閃光と化した蛮武ー丸は刀で横薙ぎにムーンエッジを斬りつける。  サラシナが咄嗟に反応したのが功を奏し、両断こそ免れたものの、ムーンエッジの肩には痛々しい裂傷が生じていた。  そうこうしているうちに空中に浮遊している大きな要塞のような物体が見えてきた。  要塞として機能するインの巨大重機ロボ「ナガツキ」である。  逃げるムーンエッジを追い、蛮武ー丸もその上部に降り立つが、地上に降下しなかったウヅキ部隊が彼らを出迎えた。  彼らの放ったビームの雨をかいくぐり、二刀流で次々とウヅキ達を残骸へと変えていく。 「ひるむなっ!! 元帥の御前で無様は許されんぞ!!!」  サラシナは体勢を整え、自らもムーンエッジの目からビームを放って蛮武ー丸を攻撃するのであった。 「んっ……」  この騒ぎで魔力の使い過ぎから気を失っていたキャスカが意識を取り戻した。 「……ここ、どこなのかしら? サイゾウ?」 「んぎゃお────っ!!!!!」  血走った眼で理性の吹っ飛んだ叫び声を上げるサイゾウにビクッとするキャスカ。 「ちょっと! どうしちゃったのよ一体!!」  いつものサイゾウではない。  何度も彼の名を呼び、体を揺り動かしてもキャスカには目もくれず、  ただ一心不乱に目の前の敵を攻撃し続ける。  しまいには邪魔だとばかりにキャスカを振り払った。 「きゃっ!!」  操縦席の壁に思い切り叩きつけられ、キャスカは痛み以上に悲しさで自然と涙が溢れてくる。 「いや……いやぁ!! 目を覚ましてよ……こんなのサイゾウじゃない!!」  当のサイゾウの意識は夢を見ているような状態だった。 「(俺、一体どうしたってんだ? 凶党に続いてインとかいう連中と戦ってたはずだが……)」  ぼんやりとした視界が開けると、そこには星空を見上げる子供二人がいた。  声をかけようとしたサイゾウであったが、なぜか身体が動かず声も出せない。  子供達にも自分の姿は見えていないようである。 「おまえ、そんなにお月さんが好きなのか?」 「……うん…………」 「(ありゃあガキの頃の俺と…カグヤじゃねぇか!)」 「……爺ちゃんが俺にこう言ってた。竹みたいに早く大きくなって、力も心も強い武士になれって。 俺、早く立派な武士になって、カグヤをお月さんまで旅行に連れてってやるよ!」  それを聞いたカグヤの顔が少し明るくなる。 「…ホント?」 「ああ、ホントだぜ! 武士に二言はねぇ!! …そ、それと……そん時ゃおまえをお嫁さんに……」 「私を…何……?」 「な、な、何でもねぇよ!!」 「(…へっ、我ながらマセたガキだったぜ……)」  ボゴォッ!!! 「ほんがー!!?」  サイゾウの顎に鈍い衝撃と激痛が走る。  ついにキレたキャスカが渾身の力をこめたアッパーを叩き込んだのである。 「さっきからいい加減にしなさいよ!! あんたらしくないわよ!!?」 「痛ってぇ……あ、あれ? 俺は一体何してたんだ?」 「ぶるあああああああああああ!!!!!」 「きゃあっ!?」  サイゾウは正気に戻ったものの、蛮武ー丸は依然暴走し続けていた。 「捕縛ネット射出!!」 「グゴォ!!?」  魔法とは違う高エネルギーで生成された網のようなものが蛮武ー丸に絡みつく。  必死に暴れる蛮武ー丸であったが、闇雲に暴れるだけでは余計に状況が悪化するだけだった。 「くそっ! 力の入れ所を細かく操作できりゃあこんなもの……!!」  操縦桿を必死に動かそうとするサイゾウだが、まるで反応がない。    スッ 「キャスカ!?」  キャスカが小さな掌を操縦桿に添えていた。 「アンジェラを制御するのと同じように、私の魔力を流して蛮武ー丸の意識を戻してみるわ。 ボーっとしないの! あんたも一緒に念をこめるのよ!!」 「バカかおまえ! さっき魔力の使いすぎでぶっ倒れたくせに無茶すんじゃねぇ!!」 「このままじゃ私達やられちゃうわよ!?  …それに、蛮武ー丸だって私達の大事な仲間じゃない!!」 「……わかったよ!!」 「メインの操縦者はあんたなんだから、しっかりやりなさいよね!!」  サイゾウはキャスカに言われたとおり深呼吸してから再び操縦桿を握って念をこめる。  ふと、脳裏に藩の剣術指南役や祖父の言葉が思い出される。 『刀槍をただの道具と思ってはならぬ……己が心を映す鏡と心得よ』 『機械人はおまえの半身も同然! 精進すればするほど強くなるのじゃあ!!』  やがて蛮武ー丸の動きが捕縛ネットによって完全に封じられ、ムーンエッジがチャクラムを振り上げ襲いかかる。 「これまでだな、止めを刺してやる!!」  シャバァッ!!!  捕縛ネットが微塵切りとなり、いくつもの峻烈な斬撃がムーンエッジを襲う。   「なっ! バカな!?」  辛うじてムーンエッジのチャクラムで防ぎきったサラシナであったが、  ムーンエッジは致命傷こそ免れたが全身におびただしい数の細かい傷を負っていた。  その身に絡みつくすべてを断ち切った蛮武ー丸の姿もさらに変化していた。  笹の葉を模した刃の数こそ減ってはいたが、従来の姿から正統進化したような無駄のない本数と位置に留まり、  全身から立ち昇る緑色の気は闘神の様相を呈していた。  次の瞬間、真なる姿となった蛮武ー丸は床を蹴り、竹林を吹き抜ける風のように駆ける。 「ヌオオオオオオ────ッ!!!!!」  その勢いは留まる所を知らず、手にした二刀と全身の刃を用いた乱舞はウヅキ達を逃げる間すら与えず斬り倒していく。 サラシナとムーンエッジも自分の身を守るだけで精一杯であった。 「すげぇ!! 速さも馬力もケタ違いだぜ!!!」 「パワーだけならモフライガーやOR・アンジェラよりも上だわ……」  やがて大暴れが一段落ついた後、爛々と輝き続けていた蛮武ー丸の目が元に戻る。 「ふぅ……」 「よかった…元に戻ったのね蛮武ー丸!」 「てめぇなぁ…心配かけさせやがって……」 「はて……ここはどこ? 拙者は誰……?」 「「寝ぼけるなバカブー丸ーっ!!!」」 「くっ…我がインの精鋭部隊が……」  その時、ハッチが開きダメージをあまり受けていないソウゲツに乗ったシータと、  もう一人、ウサギの耳がついた帽子と仮面を身に着けた女性が姿を現した。 「元帥!」 「サラシナ、ご苦労でした。あとは任せなさい。 私はインの元帥、マシロ=モチヅキ……。 祖先よりの悲願である地上奪還を果たすべく参りました」  声からするとまだ若いが、その声からは冷厳とした威圧感が感じられる。 「あいつが今回の黒幕ってわけね? 一気にやっつけ……どうしたのよサイゾウ?」 「カ、カグヤ? カグヤなのか!?」  服装の違いこそあれど、その声や髪の色などはサイゾウが夢の中で見たカグヤにそっくりだったのである。 「……言ったはずです……私はインの元帥、マシロ=モチヅキ…………」 「……そ、そうか、マシロとか言ったな……。 あんたらの軍勢は見てのとおりこのザマだ、さっさと降参してこの国から出て行きやがれ!!」 「元帥、ソウゲツであの者どもを操ってはいかがでしょう」 「シータ、今のあの機体は我らと同じ月の力とこの星で言う魔力によって護られています。 残念ながらソウゲツの能力はもう通じません。 それに、侵攻部隊がこれだけの被害を受けた以上、戦線維持は不可能です」 「さ、左様でございますか……」 「……サイゾウといいましたね? 我がインに与して戦う気はありませんか?」 「何だと! 俺にてめぇらの手先になれってか!?」 「そう、月は近い将来に大いなる宇宙からの侵略を受けます。 この国……いえ、この星も巻き添えとなるでしょう」 「だからって私達の星を侵略するの? あんたらだってその侵略者と変わらないじゃない!!」 「口を慎め!! 元帥はあえて汚名を被り、月とこの星を守ろうとしているのだぞ!!」  サラシナが珍しく怒声を発するが、マシロは軽く手を上げてそれを制した。 「サラシナ、決めるのは二人の判断です」  サイゾウとキャスカ、二人が答えを口走ったのはほぼ同時だった。 「断る!!」 「いやよ!!」  それと同時に蛮武ー丸で斬りかかろうとするが、なぜか蛮武ー丸は動けない。  よく見ると、胸の動力部あたりから月のような光が漏れている。  マシロの手も同じような光で包まれていた。 「今回は我々の負けです……しかし、再び相まみえる時は容赦はしません……」  そのままマシロが手を前に押すと、まるで巨大な手に押し出されるかのように蛮武ー丸はナガツキから放り出された。   「うおぉーっ!?」 「きゃあーっ!!」 「ぐむむむ……身体がまるで鉄の塊みたいでゴザル!!」  しかし、落ち始めてから数秒もすると術が解けたのか蛮武ー丸は再び動けるようになり、  スラスターで滞空しながら空の果てを見上げるが、箱のような形に変形したナガツキはもう米粒ほどの大きさになっていた。 「逃げ足の速い奴でゴザルな……サイゾウ殿にキャスカ殿、大丈夫でゴザルか?」 「……あ、ああ……なんとかな……」 「お母様みたいに大きくなるまで死ねないわよ、まったく……」  三人とも気づいていなかったが、すでにこの時蛮武ー丸の姿も元に戻っていた。 「おお、無事であったかナルトラ!」 「ははっ、殿も姫様もご無事で何よりでございまする」  凶党やイン侵攻部隊を退けたナゴヤ城ではヨシトモがナルトラから報告を受けていた。 「……そうじゃ、奥は無事か?」 「はっ、それにつきましてはタケゾウが凶党どもの襲来時に奥方様や女中らを蔵に匿い、夜番の足軽どもに守らせていたそうでございます」 「うむ、でかしたぞタケゾウ! そちには追って恩賞を与えよう!! ……もちろん、チクサイ殿や女房殿にもな」 「ははっ!! ありがたき幸せにございまする!!!」 「何買おうかしら?」 「海外からパツキン春画でも買おうかの〜」 「あ、あの〜……サイゾウ達は気にならないんですか?」 「「「…………………………………………」」」  モフリの指摘に沈黙するサイゾウの家族達。 「(……ひょっとして、素で恩賞に浮かれて忘れてたんじゃ……)」 「し、心配はいらぬようじゃ。モフリ殿、あれを見てみなされ!」  朝日に照らされつつ、ゆっくり落ちてくる蛮武ー丸。 「おササにタケゾウ! サイゾウ達を迎えに行くぞい!!」 「ええ!」 「おう!」  三体の蛮武ー丸「壱号」「参号」「四号」がサイゾウらの乗る「弐号」を受け止める。 「やりおったなサイゾウ! さすがはわしの孫じゃー!!」 「や、やめろって爺ちゃんに親父に母ちゃん!! 殿やご家老様も見てるんだし恥ずかしいだろうが!?」 「サイゾウ、キャスカは大丈夫なのか?」 「ああ、元気すぎてやかましいぐらいにな!」 「何よ! 助けてもらっといてその言い草はー!!」 「はっはっは! まあまあ、キャスカ王女や皆の助けで上様より任されたこの城を守る事ができました。 このヨシトモ、改めて礼を申し上げまする……」 「そ、そんな……私はただ……」 「おーおー、しおらしいこって! いつもそうなら苦労しねぇんだが……」 「アンジェラアタック!!!」  こうして戦いはひとまず幕を閉じ、一行は機体の修理などで当初の予定より数日遅れて出発する事となったのである。 「へっ、敵に情けをかけられるたぁ、まだまだ未熟だな……蛮武ー丸も、俺も……あばよカグヤ……」 「どうしたサイゾウ?」 「徹夜で暴れたから眠くてしょうがねぇんだよ!」  その頃、月への帰路につくナガツキ内部に設けられたマシロの居室をノックする者がいた。 「元帥、サラシナ=ライラックです。入室許可を」 「入りなさい」  入室して毅然と敬礼するサラシナ。  兵員の様子や機体の損傷状況などを的確に報告していく。 「……月へはあと一時間ほどで到着いたします」  マシロは彼女にしては気だるげにわかりましたと答える。 「お疲れのところ申し訳ございませんが、個人的な質問をしてよろしいでしょうか?」 「何か」 「なぜあの者達を逃がしたのですか?」  マシロは振り向きもせずこう答えた。 「私の力では一時的に動きを止めるのが限界でした。 あのまま長引いていれば再び戦いとなり、仮にあの者達を殺せたとしても、あなた方の誰かが死んでいたでしょう。 地上侵攻だけでなく、「月(ゆえ)」との戦いも控えた今はこれ以上の犠牲を避けたかったまでです。 ……やはり、月面統一が当面の目標のようですね」  「月(ゆえ)」と聞いたサラシナは義眼となった右目にそっと手を当てる。 「……その右目はまだ治さないのですか?」 「元帥のご厚情には感謝いたしますが、これは私があなた様にお仕えする覚悟の証です」 「そうですか……疲れたので月に到着するまで休息します……下がりなさい……」 「はっ、それでは失礼いたします」  サラシナが退出した後、マシロは一人物思いに耽る。  自分が月に連れ戻された後、学友兼身辺警護としてつけられたのがサラシナだった。  青い星での裕福でこそなかったが楽しい暮らしに慣れたカグヤことマシロは  インの元帥となる為の帝王学を叩きこまれる暮らしに塞ぎ込む毎日であった。  そんなある日、マシロは未来のイン元帥を暗殺しようとする「月(ゆえ)」の刺客に襲われる。  だが、彼女を身を呈して庇ったのはサラシナだった。  刺客はすぐに他の者達に殺されたが、右目を失いながらも自分を庇ってくれたサラシナに  同じく右目を失ってまで自分を守ろうとしたサイゾウの姿を重ねたマシロは  それ以降インの支配者としての自覚を持って今日まで過ごしてきた。   「サイゾウ……」  インからの使者が自分をカニ家から連れ出したあの夜。  マシロは「カグヤ」としての最後の別れとして、サイゾウには青い星に滞在中は固く使用を禁じられていた治癒能力を使い、  カニ家の人々には輝きを取り戻した『月光玉』をわざと置いてきたのを思い出していた。  彼女にとって二つの星は両方ともかけがえのない故郷である。  それは今でも変わらない……念波でサイゾウの夢に現れたのも、どちらの方向にでも彼の成長を促す為であった。  たとえ自分を討つ事となっても、彼ならば青い星と月を守ってくれると確信していたから……。  無表情な仮面をそっと外すマシロ。  赤い双眸からは涙がとめどなく溢れ出ていた。  数日後、蛮武ー星の修理も一段落し、キャスカ一行らは旅立ちの日を迎えていた。  城や城下町の後始末や凶党の襲来に備え、ヨシトモらは予定を変更して見送るだけであったが、  キャスカは多くの人々の見送りに照れくさそうに赤面するのであった。  さすがに正装してキャスカの小さな手を取るヨシトモ。 「ではキャスカ王女、エドまでのご無事を祈っておりますぞ! 国境には代理として案内を務めるオギュウ藩からの迎えが待機しているそうです」 「はい、ヨシトモ様もお元気で……」 「キャスカ姫様! また遊びに来てくださいね!」  手を振って見送る姫に手を振り返すキャスカ。 「ええ! またお手玉を教えてね!」 「それじゃあキャスカにサイゾウ、参りましょうか!」 「てめぇな、それ何の真似だよ……」 「サイゾウ! 結婚が決まったらすぐ連絡するんじゃぞ〜!!」 「うるせぇバカジジイ!! 孫のプライベートに触れるんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」  どっと笑いが巻き起こる中、仲間達を追い立てるように歩を進めるサイゾウであった。 「はっはっは……(それにしても、蛮武ー丸の変化はなんだったんじゃろ? カグヤの残していった『月光玉』をお守りとして心臓部に組み込んでやったのが何らかの作用をしたのか……)」 「父様、何考え事してるのよ。可愛い孫にいつ会えるかわからないんだから手でも振ったら?」 「お、おう! そうじゃったな……頑張れよサイゾウ〜!! (皮肉なものじゃな、からくり職人としての仕事が増えるというのは、こんな世知辛い世の中じゃったとは。 何にせよサイゾウよ、早くわしが暇になる戦のない世の中にしてくれよ……)」  …だが、そんなチクサイの願いも空しく、キャスカ一行が出国した数週間後に闇黒連合バクフ国侵攻部隊の攻撃が開始される。  バクフ国やチョウテイ国を含むヒノモトは、凶党の暗躍や野望を抱く諸勢力の決起により、  戦国乱世の再来とも言える混乱の渦に巻き込まれていくのであった。  一方でサイゾウと蛮武ー丸はこの戦いを契機に一層心身を磨き、やがて蛮武ー丸の強化形態を制御できるようにまで成長した。  後の全世界の命運を賭けた戦いでは「月下武神蛮武ー丸」と名乗り、世界を脅かす者に敢然と挑んだという……。                          ─終─