RPGSS 『壊れた籠』 − − − − − うめき声を上げながら巨大な影が地に伏せると、乾いた地面は濛々と黄色っぽい 煙を吹き上げる。十秒ほどの沈黙の後に煙はゆっくりと晴れていくが、それでも 魔物が起き上がって来ないのを確認すると「壊れた籠」の面々は一様に安堵の息 を漏らした。 「うあぁ〜きっつかったなあ!」 剣を放り投げてアレクサンドルが高らかに叫ぶ。上質な黒い衣服が土で汚れるの を気にもせずに地べたに寝転がり酔っぱらったように笑う。極度の緊張が解けた ときに彼はこんな風に意味もなく笑いまくるのだ。今まで何ともなかったように 踏ん張ってきた四肢もがくがくと笑い始めている。 「あー、やべえ立てねえ。ジーナぁ、ちょぃと回復頼むわー」 後ろの方で小さく応答する気配があった。汗で湿った髪が額に被さるのを鬱陶し く思いながら空を眺めていると、すぅっと影が差して茶髪の少女が視界に現れる。 さすがに戦いの後ともなれば疲労の色も滲んではいるが、その表情はいつもと変 わらぬ仏頂面だ。一緒になって最初のうちはこのせいで戸惑ったり苛立ったりと 色々トラブルもあったが、今となっては彼女が露骨に感情を表に出した時の方が 注目してしまうようになったのだから全く慣れというのは恐ろしいものだと彼は 思う。ジーナが黙って十字架の形の杖を向けると、その先端から暖色の光が湧き 出し同時に彼の体もその光に包まれ、荒い呼吸や痙攣も徐々に落ち着いてくる。 初級の回復魔法だが、あると無いとではかなり違ってくる。ポーションの類を尽 くし大型魔物を倒して力を使い果たしたあとに、ザコ魔物の群れに囲まれた時の 疲労感と絶望感は筆舌に尽くしがたく辛い。ようやく起き上がれるようになり、 よろよろと立ち上がると赤い服の少女が通り過ぎていく。エルスヒェンだ。 「おーい、アレやるのか?」 慌ててアレクサンドルがその後を追うと、指で帽子をくるくると回しながら彼女 は振り向く。可愛いや綺麗というよりはかっこいいという形容がピンとくる風貌 は女の子としては必ずしも喜ばしい特徴ではないのかもしれないが、彼女自身は それを存分に楽しみ利用しているようだ。同性のベネットよりも彼女と猥談で盛 り上がるのは彼自身も不思議に思っていることの一つだ。 「そうだけどさ、休んでたほうがいいんじゃないのアレク?相当食らったでしょ  こいつから」 エルスヒェンがちらりと視線を送った先には、つい先刻倒れ伏した茶色の大きな 塊。〈土猿〉彼らが受諾した依頼でターゲットとなっていた獣型の魔物である。 元はこのフューモウ荒野よりずっと東の地からやってきて居着いてしまったらし い。キャラバンなどが多数被害にあっており、以前から問題視されていたが、一 週間ほど前に数人の石切り職人達が殺害されたためにギルドへの討伐申請が認可 され冒険者の出番となったのだ。仕事不足気味だった彼らは、時期よく一番乗り することができて不謹慎ながらも喜んでいたが、思いの外の苦戦を強いられるこ となった。力一辺倒の魔物かと思えば、石を投げつけ砂をかけるといった小手先 も利く上に、パルドラドのような瞬発力のために気を抜けば後衛とて安全ではな かったのである。前衛のアレクサンドルとベネットにおいては尚更であり、礫や 打撃を何度も受けて随分と消耗させられた。怒りのパンチと引き換えにしてその 喉を貫いた本日の英雄であるベネットは、ジーナと愛獣ハーヴェストに手当され ながら今も気絶している。そんな手強い土猿も今となっては返事もないただの屍。 そして、討伐依頼とあらば倒した証拠がなければならないのだ。 「これでもリーダーなんでな、依頼達成まできちんと見届けたいんだよ。それに、  お前のアレは何度見ても面白いからな」 「殊勝なこと言って、後半が本心でしょー?」 ひょいとエルスヒェンが彼女の大きな帽子を空中に放り投げると、それは一回二 回と回転したところで、土猿に狙いを定めるようにピタリと宙で動きを止める。 そして、一瞬の間の後で帽子の空洞がストローのように空気を吸い込み始める。 初めは弱くしかしどんどん勢いは増し、ついには土猿の巨躯がふわりと浮いて帽 子に吸い寄せられていく。キュポン。そんな音がすると明らかに容量オーバーな その体を帽子はアメーバのように飲み込んでいき、五秒もすれば土猿の姿は完全 に消え去った。 「お見事、後は向こうで吐き出しゃ無事終了だ。しっかし、不思議なもんだなそ  の帽子」 「不思議な帽子だもの。種も仕掛けもございません。こういう倒した魔物持って  くのって他の人たちはどうしてるんだろうねえ?」 「意外とばっさりやるもんだぞ。牛みてえにでかい竜の頭担いできた連中を見た  ことがある。まあ、見栄張ってラーバクリムゾンの翼持っていこうとして途中  で盗賊に襲われてパーになったつー話も聞いたがな」 「うへえ、世知辛い話だこと」 「だからお前を頼りにしてるんだぜ、っと。おーい、ベネット。そろそろ起きろ  よ、出発すんぞー」 やるべきことを済ませて後は帰るばかりとなり、今や気絶というよりも眠りこけ ている状態のベネットの頬をペチペチとはたく。回復が早いのは流石地属性とい ったところか。「パーティに二人も地属性がいるってバランス的にどうよ?」と 時々他の冒険団にからかい半分で尋ねられることもあるが、別に何の問題もない。 ジーナとベネットの役割は全く異なるからだ。ジーナは地の魔力を回復に使うが (キレて攻撃に出ることも無きにしも非ずだが)ベネットはそれを防御力に変換 して敵に真正面から挑む列記とした前衛だ。何かと地属性は下に見られるようだ が、螺旋魔法の発明者ドリー=ルーガーを代表に地属性でも活躍する者はいる。 この二人もきっとそうなってくれるとアレクサンドルは信じているのだ。 「…ん…あ……終わったの?勝ったの?」 ベネットの瞼が開き、琥珀色の目がきょろきょろと不安げに泳ぎだすと、アレク サンドルは朗らかに笑って手を差し伸べる。 「おう、お前の一撃でな。御苦労さん、今日のヒーローはお前だぜ」 「そう…なの?えへへ」 ベネットは恥ずかしそうにはにかんだ。すると、その隣にいたハーヴェストが不 満そうに彼に向って一吠えする。 「おっと、もちろんお前もそうだぜハー公。さあ、お前ら支度は済ませたか?  久々の御馳走とふかふか毛布が待ってるぜ」 「いやっほう!今度こそカジノで一花咲かせてあの晶妖精を手に入れてみせるよ!」 「あんたはこの前無駄遣いした罰で今回は小遣いなし。まあ、少なくとも二千G  は入るはずだから、またしばらくはあの宿のお世話になれるわね」 「うん、いい所だよねあの宿。そういえば、あの三人、クータル傭兵団だっけ、  まだあそこにいるかなあ?お話ししたいね」 こうして、今回の彼らの冒険はひとまず無事に成功を遂げた。戦いの傷と疲れを 笑顔で吹き飛ばし、彼らは賑やかに帰路につく。壊れた籠から飛び立った鳥たち。 果たしてその行きつく先は?  ぐぅ まずは食堂だ! − − − − − 冒険団「壊れた籠(ブロークンケージ)」 所持金:5000G+(2000G) 現在地:西方の荒野ヒューモウ 新規取得アイテム:なし 〈To Be Continued...?〉 ※金の価値についてはかなり適当です。  また、亜人傭兵団奮闘記『依頼受諾』の形式を少し真似しました。  (─依頼選択─以下の部分)  事後報告になりましてすみません。不都合でしたら対処します。