PSIONIX GARDEN クロハSS 「私の血も肉も全て」 --NEXT 偽装工作車 私は真っ暗な乗用車のトランクの中で目を瞑っていた。 トランクが開けば任務が開始される。 今回の私の任務は「PSIONIX GARDEN」生徒の無力化。 しかし直接的にPG生徒を狙う訳ではない。 銀行強盗に現れる超能力犯罪者グループの犯罪を阻止するために現場に現れるPG生徒を横から叩く。 PGは任務を行う時にかならず複数の超能力者が混合されたチームで動く。 チームにはリーダーが存在し、チームの指揮はリーダーが行う。 優秀なリーダーであればあるほど作戦成功率は上がる。 大まかな作戦は教師や上級生などの経験豊富な人間が行っている場合も多いが アクシデントや想定外の出来事が起こった場合の対処はリーダーが行う事になる。 現在までのPGの任務成功率は高い。 任務を行うまでの情報収集、現場でのバックアップなど、 「能力者である必要のない部分」は技術の習熟したプロが補助にあたるからだ。 だからこそ、若く経験の浅い超能力者に完全な能力を発揮させることが出来る。 そして若く経験の浅い人間に「想定外の出来事」を与えると容易に崩れる。 臨機応変な対処をいざという時に冷徹に行える人材は少ない。 それが経験豊富な大人であってもだ。 若ければ若いほど対処に苦しむ事は想像に難くない。 しかし、その常識を覆すPG生徒が現れた。 「想定外の出来事」に柔軟に対応し、時には仲間を犠牲にしても速やかに任務を遂行する。 僅か17歳の若さでNEXTに在籍する集団戦闘のプロと互角以上に渡り合うPG生徒。 今回の任務もそのPG生徒がチームのリーダーを務める。 私はその生徒の歪みを知るためにここにいる。 「後30秒だ。カウントを始めろ」 右耳の後ろに着けた骨伝導通信機から柳様の声が聞こえる。 私はこの人の為にここにいる。 「はい」 柳様は無駄なお喋りを嫌う。 私は必要最小限の言葉を返した。 --銀行の裏手の公園 キッカリ30秒心の中で数えると乗用車のトランクが開いた。 外は午後0時のオフィス街。 深夜の街は静まり返り、街灯が地面を照らす。 私はコツリと黒のレザーブーツを地面に降ろした。 私が降りると同時に、私を運んだ乗用車はすぐに走り去った。 暗闇に混じる黒いコート、長い黒髪。 動きの邪魔にならないようにくくられたポニーテール。 潰れた右眼には日本刀の鍔でできた眼帯。 腰には黒塗りの刀。 私の名はクロハ。 NEXT幹部 柳 秋一(やなぎ しゅういつ)直属の部下。 柳様に選ばれた“枝垂れ柳”の一人。 枝垂れ柳(しだれやなぎ)とは柳様の部下の中でも特に有能で強力な兵士達の呼称だ。 「対象と接触したら5分間足止めしろ。その場所から動くな」 柳様の低い声が通信機から聞こえる。 「はい」 わたしはそう言って超能力犯罪者達の用意したライトバンが目視できる位置を選び 公園に植えられた小さな茂みに身を潜めた。 --任務開始 茂みに身を潜めて15分。 任務開始の時間が来た。 こちらの予測では超能力犯罪者達が銀行に侵入している。 もう少しすれば、それを包囲する形でPG生徒が配置されるはずだ。 そして超能力犯罪者達が現金を運び込むライトバンの確保できる絶好の位置に配置されるPG生徒を私が叩く。 こちらの予想通りであれば・・・最も優秀なあの女が来る。 銀行の方でボン、と言う爆発音が聞こえる。 それと同時にタタタ、と乾いた駆け足の音が聞こえた。 上には巫女服のような白い和服、下に赤いスカートをはいた女子高生が私の視界に現れる。 黒髪に長いポニーテール、腰に刀を差した女。 現れた人物が予想と違う。 しかし私には関係ない。 私の任務はこの場所に現れた人間を5分間足止めすることだ。 私は刀を抜き、巫女服を着た女に襲い掛かった。 背後から斬りかかったのにも関わらず、女は振り向く動作と同時に刀を抜いた。 女の刃と私の刃がぶつかる。 力が拮抗する。膂力は私と同程度。 目の前の女と視線が合った。 「あなたみたいな若い子がっ!なんで犯罪なんか!」 馬鹿な女だ。戦闘中にお喋りか。 わたしはそのまま力任せに刀を振り下ろした。 女はそれをいなして距離を置く。 「本気でいくわよ」 女の言葉が終わる頃にはその周りに強烈な風が巻き起こった。 公園の枯葉と砂、捨てられた空き缶が空に舞い上がる。 物理操作系の能力者か。 わたしは何も言わず低く刀を構えて女に突っ込んだ。 “力”は使わない。使いたくない。 私の力は様子見の為に使えるような軽い力ではない。 女と二度目の剣戟を繰り返す。 薙ぎ払い、打ち下ろし、身体をひねってそのまま足を狙う。 私が繰り出した斬撃は全て女の刀に防がれた。 女の動きや速度は同じだ。 しかし・・・さっきと何かが違う! 巫女服の女の攻撃を完璧に防いだつもりでも鼻先を凄まじい風がかすめる。 次の瞬間、頬に痛みが走った 視線は女から動かさない。 傷は見なくても分かる。頬が熱い。 「私の剣は触れてるわ。あなたにね」 女がこちらを見つめて言った。 女は剣以外の方法で私を傷つけている。 刀を防いでいるにも関わらず、こちらに攻撃が届くとなると緩やかに時間を稼ぐ手立てがない。 女は刀を正眼に構えてこちらに突っ込んだ。 私は女の歩幅を計算して刀を打ち込む。 すると女の体が予想以上に前に迫り出した。 女は足元に空気を吹き付けるようにして風を撒き散らし、地面を滑るように移動した。 想定外の速度で女の刀が打ち込まれる。 私は自分の刀を体擦れ擦れに構えて女の刀を防ぐ。 凄まじい速度で刀が打ち込まれた。 私の体のすぐ近くで2回火花が散った後、咄嗟に飛びのき女の刀を避ける。 女の刀は私の数本の前髪をハラリと斬り落とした。 後に飛びのいた勢いのままトン、トン、とステップを踏んで後に下がる。 すると、私のロングコートのベルトがバラリと斬れた。 「降参しなさい。あなたの剣術程度じゃ私には敵わないわ」 女の凛とした声が響く。 確かにそうだ。 移動にも攻撃にも能力を使えるような、柔軟な能力を持つ超能力者を相手にして、 正攻法ではこちらに勝ち目はない。 右耳の後につけた骨伝導通信機から柳様の声がきこえた。 「もう5分稼げ」 答えは決まっている。 口内に付けられた超小型マイクに向かって言った。 「はい」 私の声が聞こえたのか、私の唇の動きを読んだのか、 女は私に向かって喋りかけた。 「作戦会議は止めなさい。  今、刀を下ろせばまだ間に合うわ。  PGの保護の下なら他の仲間の制裁だって防げる。  安全な場所で少し頭を冷やしたほうがいい」 後5分、この能力者相手に無傷で時間を稼ぐのは不可能だ。 力を使うしかない。 わたしは刀に“力”をこめた。 大事なものを忘れないように、と心に祈りながら。 私は腰溜めに刀を構え、女に向かって突っ込んだ。 「分からず屋っ!」 女はそう叫んで、私の肩口に刀を振り下ろした。 私はそれを確認してから女の刀と私の刀が接触するように刀を真横に薙いだ。 刃が触れ合った瞬間、私の刀は女の刀をバターのように切り裂いた。 私の刀は速度を緩める事なく、突き出された女の両腕を斬り落とす。 これが私の能力。 自らの持つ日本刀の刃を極めて密度の高いサイコキネシスで覆い、敵の超能力を含む全てを切り裂く。 私のサイコキネシスは刃の延長線上から20cm以上は伸ばせず、防御にも使えない。 そして、力の代償は記憶。 私の一番恐れる事は愛しい人を忘れる事。 それが死ぬより恐ろしい。 ゴトリ、と日本刀を握った二本の腕が地面に落ちる。 地面に落ちた自分の腕を見て女は目を白黒させた。 「え?」 一呼吸置いてから巫女服を着た女の両腕から鮮血がほとばしる。 真っ白の巫女服が赤く染まる。 女はあまりのショックに呼吸困難の金魚のように口をパクパクさせた。 力を使ったせいか両手が熱い。 肺から大きく息を吐き出す。 大丈夫だ、覚えている。 柳様の顔、声、瞳。 私の意識を無粋な若い男の声が切り裂いた。 「鏡縁さんっ!」 暗めの緑の髪に茶色のセーターに白いカッターシャツ。 この女の名前を呼んだと言うことはこの青年もPGの生徒だろう。 しかもかなり近くまで来ていた。 私の力を見られたかもしれない。 新しいターゲットを見つけた私は刀を低く構え、緑色の髪の男に斬りかかった。 男は私を恐れる事無く私の顔を睨みつけた。 その瞬間、私の身体を鈍い衝撃が襲った。 私は体勢を崩し、地面に身体を叩きつけられる。 倒れた体を狙われる事を避けるためにゴロゴロと地面を転がり立ち上がる。 体のバネを使って立ち上がった私の目に飛び込んだのは、宙に浮かぶ長い黒髪と赤い瞳を持つ女生徒の姿だった。 麻生 奏詠(あそう かなえ)、私の本当のターゲット。 強力なサイコキネシス能力者で、尚且つ高い作戦遂行能力を持つPG生徒。 黒いPGの制服を着た女は空中から加速し、身体を丸めて私の足元に飛び込んだ。 私の間合いだ。 迷うことなく刀を女に振り下ろす。 その時、女の赤い目が一層赤く輝いた。 私の両の拳に強烈な負荷がかかる。 赤い目の女は私の刀ではなく、刀を持つ手を包むように手をかざしていた。 私の両腕は巨大な力に圧迫されてぴくりとも動かない。 力を見られていたに違いなかった。 超能力は能力者の脳に印象に残る物に対して作用させるのが一番簡単だ。 この場合ならば一番目につく刀の刀身に力をかけるはず。 私の力を知らぬサイコキネシス能力者ならば刃に圧力をかけて攻撃を防ぐだろう。 わざわざ力のかけにくい“動く両腕”に力をかけた時点で私の手の内はばれている。 私は左足の爪先で赤い目の女に向かって地面を蹴り上げた。 公園に敷かれた細かな砂が女の目に入る。 「くっ!」 女は小さな呻き声を上げた。 同時に私の両腕への力が弱くなる。 私は刀を逆手に構えて自分の足元に居る赤い目の女に刀を突き刺そうとした。 その瞬間、強烈な突風が私を吹き飛ばした。 私の身体は宙を舞い、公園の背丈の低い樹の茂みに突っ込んだ。 木々の小枝が私の肌に細かな傷を創った。 あの巫女服の女、まだ意識があったのか。 私は絡まる小枝を無造作に折って樹の幹から飛び降り、地面に着地した。 「出血が酷い!力は使っちゃ駄目だ!」 緑色の髪の男が悲痛な叫びが響きわたる。 両腕を布で止血された巫女服の女は蒼白な顔で私を見つめた後、緑の髪の男の胸に崩れ落ちた。 公園の外で車のエンジン音が聞こえた。 視界の淵に逃走用のライトバンが走り去るのが見えた。 「任務は完了した。退け」 骨伝導通信機から柳様の声が聞こえた。 「力を見られました。情報が漏れる前に始末します」 ここで退く訳には行かない。 赤い目の女に私の力への対策を取られれば、私は正攻法で攻める術を失う。 「・・・」 私の言葉が終わる前に通信がブツリと途絶え、周波数の乱れたザーザーという音が耳に響き渡った。 その瞬間、戦闘で昂ぶった体の温度が一気に冷めて行くのを感じた。 私はどうして口答えなんかしたんだ! 柳様の命令は絶対だ。 捨てられるのは嫌! 私は即座にコートの内側から二つの手榴弾のピンを抜き、赤い目の女の足元に放り投げた。 赤い目の女が転がる手榴弾に向かって手をかざす。 手榴弾を弾き返そうと言うのだろう。 無駄だ。 私が最初に投げたベクトルの向き以外に力を加えれば即座に起爆する。 投げた二つの手榴弾の内、一つは閃光弾、もう一つは煙幕。 爆弾の爆発や金属片ならサイコキネシスで防ぐ事が出来るだろう。 しかし、サイコキネシスでは光と煙は防げない。 赤い目の女が手榴弾に力を加えた瞬間、閃光弾が輝いた。 私は夜を真っ白にする閃光を背に、公園の茂みを走り抜け 任務開始前に聞かされた帰投ポイントに向かった。 --NEXT 偽装工作車 任務が終わり、私はNEXTの高速道路を走る黒いバンの中に居た。 内装に改造を施されたバンの中には複数のコンピュータと通信コンソール、 八つの液晶画面が備え付けられていて簡易の作戦司令室になる。 その後には仮眠用の折りたたみベッドがある。 大幅な改造を施されたバンの内装は 最前列の運転席と助手席だけが乗用車としての体裁を保っている。 助手席には柳様が座っている。 私は折りたたみベッドの上に座り、刀を胸に抱いていた。 任務は無事完了した。 超能力犯罪者達が用意した逃走用のライトバンは任務開始直後にNEXT構成員が奪取している。 あとは超能力犯罪者達が銀行から現金を持ち出すのを待ち、 現金が積み込まれた後に現金を奪取した超能力犯罪者ごとアジトに運び込めばいい。 数名の部下を使い、僅か一時間のうちに得た金は二億六千万円。 NEXTの名は表に出ず最小限の労働力で活動資金を得る。 柳様の作戦は極めて鮮やかだ。 私はベッドに座りずっと考えていた。 柳様に申し開きをした方が良いのだろうか。 このバンに乗り込んでから一言も喋っていない。 柳様はもともと部下にねぎらいの言葉をかける人ではない。 けれどこの沈黙は私の心を不安にさせる。  ガチャリ 運転席と簡易指令室を隔てるドアが開いた。 白銀の長髪に褐色の肌、切れ長の目に鋭い瞳、黒いスーツ。 柳様だ。 私は刀をベッドに置き、床に跪いて頭を垂れた。 悪路を走っているのか、ガタン、ガタン、と車内が揺れる。 柳様がゆっくりと口を開けた。 「顔をあげろ」 「はい」 簡易司令室の照明の逆光で柳様の顔が見えづらい。 静かな眼光だけが私をみつめている。 「どうだった」 柳様は赤い目の女の事を聞いている。 「一度だけさらした私の能力の弱点を的確に突いてきました。  私の能力の弱点をわざと突き、何度も無力化することで精神的な圧力を加え  生け捕りにするのが目的だったと思われます」 「次はどう戦う」 「彼女は傷ついた仲間を背にして戦う事で、負傷者と私との接触を防いでいました。  過去の作戦のように仲間を利用するような戦い方はしていません。  次に接触した際に仲間が存在するなら、ある程度行動を予測できます」 柳様は少し沈黙してから口を開いた。 「手を見せろ」 「はい」 私はおずおずと右手を差し出した。 私の手は力を使った反動で血管が薄く浮き出ていた。 気持ち悪い・・・本当は見せたくない。 柳様の大きな手が私の手を取り、グイッと上に引っ張った。 私は反動で立ち上がる。 その時、車内が大きく揺れた。 「あっ・・・」 私はバランスを崩して柳様の胸に倒れこんだ。 柳様のスーツはふんわりとベルガモットの香りがする。 「何度使った」 柳様が私の手を握る力が変わっていない。 まだこのままで居ていいのだろうか・・・。 「一度です」 緊張して声がこわばる。 「力を使うのが怖いか?」 柳様の言葉を聴いて私は押し黙った。 こわい。恐ろしい。 けれど、私が“枝垂れ柳”として、ここに居る事が出来るのは私が能力者だからだ。 柳様を忘れる事が怖くて力を使うのが恐ろしいだなんて言えるはずがない。 私は能力者だからこそ、ここに居るのだから・・・。 私は柳様の顔を見ることが出来なかった。 柳様の手が私の手を離した。 私の迷いを見透かされたのだろうか。 私は二度目の後悔に押しつぶされそうになる。 どうして「恐ろしくない」と・・・「怖くない」と言えないんだ。 一つしかない柳様の手が私の細い首に触れる。 柳様の指は優しく私の肌を滑り、ゆっくりと私のアゴを上げさせた。 私の唇に柳様の冷たい唇が重なる。 けれどその感覚は間違っている事に気づいた。 柳様が冷たいんじゃない。 私の体が高揚しすぎているんだ。 瞳を開くと私の顔よりも高い位置に柳様の灰色の瞳がある。 私は柳様を強く抱きしめたい衝動を無理やりに抑え、 床にもう一度ひざまずいた。 柳様の香水の香りが遠のく。 「出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」 簡易司令室が小さく揺れた。 柳様のアジトに到着して車が止まったようだ。 後部席のドアが開く。 柳様は何事も無かったかのように私に背を向けた。 さっきの記憶が自分の欲望が生んだ幻覚かと思えてくる。 私が立ち上がると、柳様が車から降りようとしていた。 柳様はこちらを見ずに言った。 「何度でも刻んでやる。俺の名を。  お前は存分に力を使え」 そう言うと柳様は鉄のタラップを降りて車の外に出た。 その言葉を聴いて私の心が震える。 柳様のかけてくれた言葉が唇に触れた体温を現実に変えてくれる。 私は嬉しさで泣きそうになる自分を抑えるために 自分の身体を強く抱き、誰も居ない車の中でしゃがみこんだ。 --END