――昔々、400年か500年か、多分そのぐらい前のお話 「にっひひっひ、こんばんわー! お元気ですかー?」 「……たった今、元気でなくなったところだ」 「うわ、ひどっ。ヒトがせっかく元気に挨拶してるんだから、そっちも……って、うぉわ」 「……どうした?」 「や、や、や、なんでエルミューダがいるのかなと思って……もしかしてお邪魔でした、奥さん?」 「誰が奥さんだ。貴様の期待に沿う様な事は一切無いが、確かに貴様は邪魔……」 「別に問題無い」 「……おい」 「エルミューダは客分の身だけど、アドルファスが許すならルシャナーナの来訪を喜びたいと思う」 「……だからな」 「アドルファスも話し相手が増える事は嬉しいと思う。アドルファスは話好きだから」 「……ああ、まったく。ルシャナーナ、茶ぐらいは出してやるから、飲んだらとっとと帰れ」 「エルっちありがと〜! アドちんにワガママ通せるのはキミぐらいでちゅよ〜」 「? 何故ありがとうを言う? エルミューダが、何かその礼を受けるに値する行動を取っただろうか?」 「……それで? 何の用だ、『魔術師』ルシャナーナ?」 「ん、ちょっとねえ、相談そうだんゴソウダン、なのですよ。アドルファスさん」 「賑やか好きの貴様が供も付けずに来るような内容の、か?」 「ま、別に秘密にする様な内容でもないんだけどさー。ちょっとお忍びたいなー、って感じな話?」 ■RPGSS■ 魔術師と悪魔と月 「あー、お茶美味しい。やっぱ紅茶は極東無終産に限るねー。エルドクリアの公爵家認定茶葉やマドリガリアの水出 し紅茶も勿論良いんだけど、このコルドール・パプリテスを思わせる清涼な香りとスッキリしながらも濃密な糖蜜の 如き甘味は、無終のじゃないとちょっと出せないわ。香天院のがこんなモン発展させるたあね。って怠け女狐にそん な芸当出来る訳ねーっつの。良い作り手を手に入れたって幸運かね……一枚チェンジ」 「あ、アドちんの紅茶淹れる手並みもお見事よん? 幾ら素材が良くても、あたしがこうもしみじみ紅茶の味を褒め るって実はそうそう無いんだから。典雅なる享楽の魔王だけに、嗜好品の審査は厳しめなのよ、あたしは。そのあた しを唸らせるんだから、自信持って良いわよー? スコーンも手焼き? は? 料理は男の領分? 相も変わらず妙 な信念を思いつくわねアンタは。でも、うん、これならいつでも喫茶店のマスターでやってけるわ。うん、あたし内 ランキングではあのトカゲのマスターの次ぐらいに着けたげても良いわよ。もしも魔王廃業する時があれば、そっち に転職をお勧めするわね。そしたら、あたし常連になったげちゃうよん……んー、今回は降り」 「でも、こうも美味いものご馳走になっちゃうと却って気が引けちゃうよね。二人とも、良ければ今度ウチ来てよ。 紅茶では一歩譲るけどウチの領も山海の珍味なら負けないからね。あ、海鮮物はエルミューダんとこには負けちゃう か。なんせ海だもんね。この前ご馳走してもらった海タガメのムニエルは、マジほっぺた落ちるかと思った。マリオ ンちゃんも大喜びだったもんね、アレ。これであの大母がもう少し……っとそのままでコール」 「ま、山の幸つーか肉の幸なら負けないからさ、ゲストで来てくれたら色々ご馳走しちゃうよ? 今の時期なら丁度、 ビッグヘッドが美味しいはずなんだ。獲れたてのあれの肉をしゃぶしゃぶで食べるとこれがもう絶品なんだから! あ、しゃぶしゃぶとか食べた事ある? 極東の料理で魚や獣の生肉の切り身をダシにこう、しゃぶしゃぶってくぐら せて食べるんだけど余計な油とかが落ちてこれがもうさっぱりしてて美味しいの何のって! まあ、唯一不満があると したら、ヤシャキリの奴に教えてもらった料理って点だね。あのチビガキ、自分の発明だって嘯いてたけど、あいつ にこんな気の利いた料理が考えられる訳ないって、アドちんもエルっちもそう思うでしょ?……はい、ストレート。 うわ、エルっちはフラッシュかよ」 「一番ウチが何処にも負けないのは、ゲージュツなんですけどね芸術! そうそう、エウロワ森近くの村で最近掘り出 し物見っけてね。メッツァ・フルーって娘。まだ駆け出しっつーか原石状態の素人なんだけど、あのフルートの奏で 方には光るもんがあるとピンと来たのよ。ありゃ、ちゃんとレッスンしてればバケるね! 歌の方は……まあ、うーん な感じなんだけど。近衛音楽隊の候補に入れてスカウトしよっかなーとも思ったんだけどね、あれは人界に置いといた 方が伸びるなーって思ったもんで、パトロンとして援助する事にしました! 足長おじさんならぬ……あれ? なんだろ ね、あたしは? まあ窓口はいつもの様にブリたんな訳ですが! いやー、人界に地位と資産持ってる奴がいると本当便 利だわ。ま、あいつにもちゃんとメリットあるわよん。あたしのお陰で『マルゴ―家の魔令嬢』は確かな審美眼を持 つ芸術文化の育成にも熱心な文化人だって評判出来てきてるしさ…………、あーっと、で、……何の話だっけ?」 ダン! 「俺様が知るか」 「エルミューダも知らない。多分、ルシャナーナがまだ話してくれていないからだと思う」 「あーっとっと、ごめんごめん。わざとじゃないのよイヤほんと。どうにも『こっちの口』だけで喋ると途端に舌が 滑らかになって困るのよねマジで。どうでも良い方向に話がポンポン流れてさ、下の口だけなら途端に無口になるっ てのにさ。全く足して割れないもんかしら。って、割った結果が「『同時に喋る』なんだけどね! アッハハハハ! そうそう、この間も『こっちの口』だけでルカにゃんと話してて……うっしゃあ、ロイヤルストレートフラッシュ! はい、アドちん沈没〜」 「いい加減、話を先に進めろ。泰然たる俺様の堪忍袋とて限界は有るのだぞ?」 「エルミューダはルシャナーナの話を楽しいと思うけれど、アドルファスの目がマズい色になりかけているから、ル シャナーナがアドルファスの要望に従ってくれるとエルミューダも嬉しい」 「いやいやいや、エルっち。アドちんが不機嫌なのは、あたしに負けてぶっトビそうだからなのですよ。ほ〜らほら、 ボサッとしてると今度は役満級の直撃をお見舞いしちゃうぞ〜?」 「……良いから、さっさと本題に入れ。さもなくば、黙れ。若しくは死ね」 「おやおや、『始まり』にそういう事言っちゃって良いの〜?」 「『いつか来る、我等を真に討ちし者。その愚か者、神秘(アルカナ)の示す運命に導かれるがまま物質を踏破し、 霊威を極め、世界の真実に辿り着かん』か。同盟が消えるとしたなら、アルカナが潰えるとしたなら、アルカナの並 びに従いまずは『魔術師』から終わりは始まる……ふん、『星』の下らぬ妄言だ」 「まあねー。理屈ではそうなんですけどねー。それでもこれは無視できない約束でしょ? 例え狂王タマでもね。…… 絶対、とまでは言わないけど、割り切れないよそんな簡単には」 「エルミューダは……嫌いだ、そんな予言。ルシャナーナもヴァニティスタもアドルファスも先に逝っちゃ、やだ」 「問題無い。俺様はそんな予言、軽々と踏破してみせる。その愚か者なんぞ小指一本で捻り潰してくれるわ」 「おー、言う言う。バカは強いねえ」 「それにな、エルミューダ。他人事のように見送る気満々だが、貴様が先に逝くかもしれんのだぞ? この予言は魔同 盟そのものが、つまりはシステム・アルカナ22が潰える時の話だ。その席に着く個々人の終わりとは限らない」 「ま、ね。一人滅びれば、一人が空いた席に着く。アルカナの席は唯一無二でも、座る存在は替えが利くしね」 「……フフ」 「む、なんでそこで笑う? 貴様が笑うと、色んな意味がありそうで怖いんだが?」 「フフフ、いや、アドルファスもルシャナーナも遠慮無いこと言うなと思って。ウフフフ」 「…………本気で恐いぞ、『月』。今のはあくまでも例え話だ。つーか勝手に人を故人にしたのは貴様が先だったろう が」 カードが置かれ。  一瞬、静寂が部屋を覆う。  そして。  ――――ぱちん! 「うわ、やめやめやめ! 湿っぽい話はここま〜で〜!」 「? 湿っぽい? エルミューダは喜んでいたのだけれど?」  幼い顔が、手を打ち合わせたルシャナーナの顔を見る。  とは言え、いつも通りの鉄の無表情なのだが……それでも、その青銀の瞳には笑みの表情を見て取れる、様な気もし ないでもない。 「まあつまる所先の事なんぞ、悩んでも仕方あるまい。運命なんぞというものは得てして胡散臭いものだが、それでも 結局なる様になるのが世界なのも事実だ」 「ま、そーだねー。このルシャナーナおじさんとあろう魔王が、こりゃまた失礼いたしましたー」 「そうやって割り切れれば悩んでないんだろうけどな……答えのわかっている問答を仕掛けるのは、ルシャナーナのズ ルいところだとエルミューダは思う」 「う、愚痴っただけでその言いよう。やっぱり絶対エルっちの方が人が悪いよぅー」  システム。魔同盟のシステム。 彼ら同盟に所属する者たちこそが、最もその真実に興味を持っている。  魔王を選ぶシステム。定められた暗示の席に選ばれた者を着ける、その在り方。  幾千年を優に超える、それは脈々と続けられてきた定め事だ。  意味があるのか無いのか、それすらも定かでないものを、しかし現に彼ら魔王は代々、継承してきた。  踊王も狂王も海王も、ある意味では歴代の魔王の全てを背負い、それが当然であるかのように生きている。  人並みに悩みこそしてはいるが……魔王領及び魔族や魔物その他諸々を統括する魔王の玉座、これらを背負ってなお、 その悩みが人並みでしかないというのが、既に脅威とも言える。  いったいどういうメカニズムになっているのか。選抜される素体――――魔王候補のほうに、適性でもあるのか。そ れともシステムは、適正などと小賢しい事の関係無い高き次元で運営されているのか。  皆の興味は尽きず。  しかし、今はまだそれを解き明かす時ではなく。  彼らはただ、遊興に交えてそれを語らう。 「ところで、まだ続けるの? 本日のツキの流れは完全に決まっちゃってると思うんだけどね」 「まさか! まさかだ! 負けそうだからってすぐ諦めてちゃ、ゲームは楽しめん!」 「……言ってる事は尤もだけどさ、アンタ幾らスッたか分かってる? 生活費にまで手を着けたらそれはもう、ゲームじ ゃないよ? この前も『仰天箱(カルナデガニナ)』使ったトトカルチョで破滅した連中見たけどね。アドちんの目、そ の連中の破滅直前とおんなじ」 「ふん、俺様の資産をその様な人生負け組と一緒にされては困るな!」 「いや、その直後の賭けでディエスイレ出て来ちゃってさ。当人たちの人生どころか街一つ大壊滅」 「……マジ?」 「大マジ」 「…………ふ、ふん。問題無い、いや関係無い! これから華麗な逆転劇で取り戻す! そう、諦めたらそこでゲームセッ トだろうが!」 「アドルファス。そのセリフはスポーツなら名言になるが、ギャンブルの場で使うなら典型的な破産フラグだとエルミュ ーダは愚考する」 「……で、だ。結局何の話をしに来たのだ貴様は。まさか本当に世間話だけか?」 「エルミューダは構わないけど」 「んー、いやね。ちょっと引っ越ししようかと思ってさ」 「「引っ越し?」」 「そ。ほら、ウチってなんつーか半異界つーか、自分でもよく分かんないとこにあるじゃん? それに魔王なのに城だけで 領も無いしさ。人だって目ぼしいの探して攫うよりも、自分で育成した方が長い目で見て効率良いんじゃないかなーとかも 思ったりして。大体イツォルとか果ては羅轟だのアドちんだのまで領持ってるのにあたしは無しってのかなり肩身狭い気す んのよね」 「ほう。俺様だの、というのがかなり引っかかるが」 「そこはスルーして。ま、それで折角だからアドちんみたいに人界に国造ろうかなーって思ってさ。ほら、包囲も東西南北 の内、南だけ無いじゃん? あたしがそのポジションに収まれば丁度良いかなと思ってさ。実はその為にモルガーナ密林近く の小国幾つか侵攻中なの」 「……うちの兵は貸さんぞ」 「エルミューダの兵もちょっと無理だ。ごめん」 「あっはははは。それは期待してないよ。進軍一つで色々面倒だし。まあプランはこんな感じ?」 ルシャナーナが広げてみせた『攻略のしおり☆』と書かれた冊子に目を通して、アドルファスは訝しむ。 「この、今攻略中の城砦なんだが、なんでここまで大げさに包囲してるんだ?」 「ん? 確実に陥すため、に決まってるじゃん」 「幾らなんでも、兵力五倍もいらんだろ。こんな小さくて価値の低い国を落とすのに、こんなにたくさん魔物を投入してど うするんだ?」 「う〜んとね……その説明のために先に質問するけど、あたしが今やっている戦略はわかるぅ?」 「単純な兵糧攻め。本当にに圧倒的戦力で完全包囲で、それなのに攻め込まない。アドルファスの言うとおり。確かに不思 議だ」 「んー、大体正解。でも少しだけ、間違い」 「え?」 「兵糧攻めを徹底するなら、まず食糧庫を破壊するでしょ。城砦の簡単な見取り図ならもう把握しちゃってるよ」 「……潜入完了? どうやって? つーか、それならそれこそ暗殺でも何でもやりたい放題だろうが」 「いや、そうじゃなくて。ウチの配下には建築関係やたらに詳しいのもいるからね。そういう連中なら、外から観察しただ けで大体は把握しちゃう」 「何時もながら器用な人材抱えとるな……それで、何故にやらないんだ食糧庫の破壊」 「それじゃつまんないじゃん」 「と言うと?」 「そこまで一気に追い詰めちゃうと、人間のやることなんて先が知れちゃうっしょ。大人しく投降するか、自殺同然の突撃 を仕掛けてくるか、絶望からパニックに陥るか……いずれにしてもさ、そんな安易なオチじゃ、つまんない」 「で?」 「おいおいおい、少しは自分で考えてみよ〜よ、アドちん」 「分からん。降参」 「早っ!?」 「失敬な。ただ、真面目に考える気が無いだけだ」 「んー……うーん、ダメ、エルミューダも降参」 「もう、しょうがないな〜。 つまりですね、今現在、この城は孤立しています。でも食糧はまだ少ないながらも残ってるので、篭城して時間を稼いで ます。  そして稼いだ時間で、近隣の国から友軍が来るのを待ってるんですね。その友軍の到着を確認すると同時に、内側と外側、 挟み撃ちの形で一斉攻撃をしかけるつもりって訳」 「うんうん……うん? ダメじゃないのか? そんな事をされたらルシャナーナも、負けないまでも大打撃を受けないか?」 「その通り!」 「……? やっぱりわからない。その心は?」 「援軍なんて来ないから」 「……はい?」 「近隣国には、この城に着く前に立ち寄って、損害を与えといたの。今頃はその復興に手一杯で、兵をこちらに回す余裕な んてないわよ。それにこちらの兵力も思い知ってるから、むざむざ兵を死なせに出したりゃせんでしょ。あっちの王様達は そこそこ小賢しそうだったし」 「うわぉ」 「これで城は完全に孤立。そして糧食が尽きるまで、持ったとしても後一週間ってとこ。人間たちは緩やかに追い詰められ つつ、来るはずの援軍が来ないことを不審に思い、その答えを得られないまま、じわじわと絶望していくって訳」 「その絶望の様子を見物するのが今回の目的というわけか」 「うん」 あっけらかんと、それまでの歓談と全く変わらぬ陽気で人懐っこい笑顔のまま頷くルシャナーナ。 アドルファスという、色んな意味で例外な性格を持つ異端の魔王を理解し親しくしながらも、彼女自身は間違いなく魔王 にふさわしい無邪気な残忍さを持ち合わせていた。 「魔物に囲まれ、なぜかその魔物たちは攻めてこず、友軍は来ず、食糧は底を尽きる。飢餓ってのはさ、抗いようの無い苦 しみなんだよね。過去の例から考えてもスタンダードな絶望の元だし。そんでその過程で人間がどういう風に絶望し、その 結果どのような行動に出るか、それを観察してんの」 「あんまり良い趣味とも思えんがな。大体、貴様戦争は嫌いだと抜かしとらんかったっけか?」 「嫌いだよ? 退屈だし、その癖政治とか何とか色々ややっこしー事考えなくちゃいけないしさ。だから、こんな楽しみで もないとやってらんないなーって話」 「アドルファスに追加補足。ルシャナーナは戦争は嫌いだけど、闘いと殺戮は好きだ」 「エルっちナイスフォロー!……ま、そして人間は極限状態に追い詰められた後、忠誠心の低い兵から順に投降すると考え られるでしょ。投降せざるを得ない状況だしね」 「また人の悪そうな笑いを。まだ何か企んでるのか」 「そんなに大したことじゃないけどね……実は、既に何人かの兵が投降してきたんだけど、そいつらはあたしの手で直々に 殺してあげたりしちゃったのねコレが」 「あ? 投降した人間をわざわざ殺してどうする? 奴隷にでも何にでも出来るだろうが」 「だから、その為だよ。例えばアドちんのとこ人間達はさ、どうにも奴隷とか家畜って自分の立場をわきまえていない子が 多いじゃん? あ、アドちんのやり方に口出そうって訳じゃないよ? あたしもあの子たちは好きだし。でもね、自分の奴隷 がって考えた時には……ち〜っとばかし許容は利かんねぇコレばっかしは」 「なるほど。だからルシャナーナは、人間たちを最後の最後まで追い詰めてから捕まえようと思ったのか」  つまりこういうことだ。  徹底的に完全包囲して、じわじわと絶望感を味わわせた上で、最初に投降してきた兵を惨殺する……恐らく、城砦に立て こもっている人間たちが遠巻きに見ている前で。  そうすると、篭城している人間は投降しようにも出来ない。白旗を振って降参を申し出ても殺されるのでは、投降する意 味が無い。  しかし現実に戦っても勝てない相手に囲まれ、やがて食糧は無くなり、そのころには既に城を出て攻勢に出る体力さえ兵 に残ってはいない。そうするともう、選べる選択肢は一つか二つしか無くなる。 「勿論、集団自決は行えないようにした上で、ね。城を中心に耐火の結界魔術を施したから、城に火を放つこともできなく て、後は自刃するしかないってスンポー」 「そして自分で自分を殺すことが出来るのは、それだけ強いプライドを持った将校や騎士だけ、というわけか。ふん」 「そ。そして残った者は力尽きる。その餓死寸前のところで城砦に突入し、残った人間を全て保護するのさ。 そうすると、もう極限まで追い詰められてから捕らえられた人間だし、自尊心とかほとんど残ってないっしょ。保護、あ と回復させてからは、十分に奴隷として機能するってスンポー」 「凄いな。エルミューダは、そこまで徹底できない」 「乗っ取りとは言え、新しく国を造る以上労働力は幾らあっても良いからね。魔族にしても人間より寿命が長いせいか、繁 殖欲が人間に比べて薄いし。一部はその限りじゃないけど、それでも数は足りない。  今回の作戦は、こっちの損耗を抑えながら効率良く人間を奴隷として回収できる数少ないチャンスだったって訳」 「なるほどな。……ところで、一つ質問いいか?」 「何なにナニ〜?」 「で、それと俺様への相談とどういう風に繋がるんだ?」 「……そんぐらい察してよ〜。あーもう、そうですね、アドちんの趣味じゃない話聞かせたのは悪かったよ〜。だからさ、 そんな拗ねないでよ。アドちんに本当にヘソ曲げられると困っちゃうんだからさ〜」 「拗ねとらん。なかなか見事だと感心しとったところだ。まあ俺様の残酷さにはまだまだ及ばんがな!」 「うそ。顔がすごいしかめっ面」 「しとらんったらしとらん。で? 相談ってのは」 「だから、この後の国造りについての相談」   ぱさっ。  カードを2枚交換してから、ルシャナーナは片手で額にそっと触れて、答えた。 「あたしはあたしの国をさ、芸術の美都にしたいの。勿論お上品に美しいだけじゃなくて、活気の溢れる陽気で生命力ある 国にね。人間だの魔物だのって訳分からん優劣の付け方じゃなくて才能と努力、行動の過程と結果で評価される、そんなシ ステムも美しい国に」 その為には、この暗黒帝国には学ぶところが沢山ある。そう彼女は語った。 「……えーと、まあ分かった。分かったが……そんな偽善的なモン掲げといて、なんでさっきの攻略話になる?」 「だーってさー。最初は友好的に話持っていったのよ? 「ウチの傘下に入れ。大人しく従えば、安全と生活は保障してや る」って。そしたらさ、こっちが下手に出てると思って「失せろ! 我等は邪悪な魔物に魂を売る気は無い!」だってさ。 だからプッツーン来ちゃって。 あたし、中途半端なプライド持って偉そうにしてる奴って嫌いなの。先も考えられないアホもね。それに奴隷みたいに使 い捨て出来る労働力があった方が良いのも事実だしね。他に乗っ取る予定の国に対しても見せしめになるかな〜ってさ。 国民の皆さんには奴隷階級決定でお気の毒かもしんないけど、まあ馬鹿な上をのさばらせたツケだと思ってもらいましょ。 人生何があるか分かんないしね〜。 だいじょーぶ! 才能と運があるなら、這い上がってくる奴は来るもんよ」 「ふ、あは、あはははは。安心した。やっぱりいつも通りだな、貴様は。  らしくない愚痴をほざくよりは、そっちの方がまだマシではある」  そうして。  彼らは、静かに席を立った。 「もう帰るのか?」 「ん。元々茶飲んだらすぐ帰れって言われてたしね。つーのは冗談にしても、まだ色々忙しいし」 「そうか。ま、国造りについて相談があればいつでも受け付けてやる。約束したものは約束だからな」 「あははー。あんがと、やっぱアドちんは良い人だねー。アンタはそのままのアンタでいて欲しいわ」 自分がなろうとは全く思わないけれど。と、そう笑んだ。 「大変だと思うけど頑張れ、ルシャナーナ」 「エルっちもありがとね〜。 あ、そうだ。今日のポーカーの負け分だけどさ」 「「ぎくり」」 「にゃはっははははは! 心配すんなって〜! 相談料でチャラにしとくよチャラ! こう見えてもあたし、あたしに優しいヤ ツには優しいんだから! それじゃ、あたしもう行くからー」  次に会う時はきっと大富豪で勝負! などと、最後は勝手なことを一方的に言いながら。  魔王ルシャナーナは、『悪魔』と『月』の前から立ち去った。  二人は少し佇んだ後、夜も更けていた為、睡眠を取ることにした。  彼らもまた部屋から去り、後に残ったのは、空のティーカップが3つと、片付け忘れたカード。  これらは恐らく、何も言わなくても狂王の『奴隷』達が片付けることだろう。人の尊厳を持ち、自分の意志で主に仕える、 名ばかりの奴隷たちが。  大陸南の辺境に位置する小さな国が一つ、魔王ルシャナーナに攻め落とされたのは、それから十日後のこと。 この魔術師によって一つの南国が誕生するのは、更に1年後の事になる。 終.