「バルス!」 「……アホゥ」 我が馬鹿弟子、デーシーの魔法(?)はいつものように不発。もはや溜息すら出ない。 冒険者たちがあっけに取られているが、まあ当然の反応だろう。 私は無言で彼等の前へ。 本来ならばデーシーが失敗した魔法の見本を見せてやるのだが、あいにくバルスなどという魔法はない(どこで覚えたんだか)。 短い詠唱。魔力を杖に。 開放。 発動する魔法、「スリプス」。効果は眠り。 精神集中さえしてればそうかかる魔法ではないが、冒険者たちはいともあっさりと眠りに落ちていった。 デーシーの行動で気勢をそがれていたからだろう。……色々と間違ってる気がするが。 「行くぞ」 「えー。今ならどんな魔法だってかけ放題なの……ぎゃん!」 目的は魔法の実戦練習であって、実験ではないし殺戮でもない。 いまだにそのことを解ってない馬鹿弟子を拳骨で黙らせ、私たちはその場を後にした。 「るーらーるーるららるらー」 今回の練習も失敗だった。 相変わらずこの馬鹿弟子には成長が見られない。 「るらーるらーらーらー」 のんきに鼻歌を歌う馬鹿弟子を尻目に、私はこれからの修行プランを考える。 「バルス!」 ……まあ、まずは説教からだ。  * * * * * * * * 私の名前はシー。魔法使いの魔族だ。詳しい種族を述べるのは省かせてもらう。特に必要のないことだ。 私には弟子がいる。名前はデーシー。私が持つ、唯一の弟子だ。 本来、私は弟子などとらないので、これ以上弟子が増えることはないだろう。 弟子にした経緯も割愛させてもらう。 重要なのは、今、私にデ−シーという弟子がいる、ということだ。 「スリプスーっ!」 「……集中が甘い。何度も言ってるが、もっとイメージしろ」 「むーっ」 「魔法を発動させるのは己が意志だ。研ぎ澄まされた意思が意志となり、単なる魔力を魔法に変える。いいな?」 「はーい」 「よし、では食事にしよう」 「やたー!」 午前の日課修行が終わり、昼食の時間となる。 食事を作るのは私だ。 本来ならばこういう生活雑用は弟子がやるものなのだろうが、デーシーにそんなスキルはない。 前に1度だけねだるデーシーに作らせてやったことがあるが、結果は散々。とても食えたものではなかった。 何事にも適材適所ということだ。そういうことにしておこう。 「ししょー、ひょうはほれからほうすんは?」 言わんとしていることは解るが、咀嚼しながらの問いはいただけない。 「食べながら喋るんじゃない」 「んぐっ……。今日はこれからどうすんだ?」 「そうだな……」 すでに実戦修行は昨日している。かといっていつもの日課を行うのもどうだろう。 私は軽く思索に入るが、デーシーは何も考えてないようだ。 「オレはじっせんしゅぎょーがいい! ぼーけんしゃどもをオレのまほーでギッタンギタンにしてやるんだ!」 「……今日は植物採集に森へ行く」 うむ。これがいい。 「えーっ」 「……………」 「ごめんなさい」 私の無言の視線に、デーシが謝罪した。 魔法使いがすることは、単に魔法を使うことだけではない。 魔術の研究や、真理の探究、そしてマジックアイテムの練成。 どれも地味なことだが、魔法使いにとってはきわめて重要な仕事だ。 派手好きの馬鹿弟子にも、そろそろ魔法使いとは何たるかを理解してもらうべきだろう。 しぶるデーシーをたきつけ、私たちは森へとおもむく。 だが、そこで私たちは出会ってしまった。 植物採集者が絶対に出会ってはならない、最悪の賞金首。 通称――「緑の破壊者」に。  * * * * * * * * 斬撃が私を襲う。 私はそれを杖で防ぐ。 防いだ剣がひるがえる。 息つく間もなく次の斬撃。 襲いくる剣の背後に、花が舞っている。 剣が振るわれるたびに刈られた――いや、狩られた花々だ。 マジックアイテムの原料たる、私の目的の花。 そして対峙するこの男――花狩りカレルの標的の花。 一面の花畑で戦う魔法使いと剣士。はたから見ればさぞかし絵になる光景だろうが、当事者たる私には地獄以外の何物でもない。 疾く、重く、そして止まらない斬撃の嵐。 一瞬の油断が死に繋がる。 呪文を詠唱することすらできず、私は防戦一方だった。 「ししょー! がんばれー!!」 後ろからデーシーの声が聞こえる。その声にいつもの元気はない。 「ふーん、なかなか頑張るわね」 その近くから別の声があがる。 緑殺者、リノ=ギーコ。 彼女は戦いに参加する気はないようだ。 しかし、その側にはデーシーがいる。 彼女がその気になれば、デーシーの命など瞬きの間に奪い去れるだろう。 なんとしてもデーシーの元へ行かねば。 早く……早く! しかし―― 目の前の男がそれを許さない。 緑の破壊者、花狩りカレル。 カレルはただ無言で私を攻め立てる。 仮面に隠され、その表情は見えない。 人間なのか、そうでないのか。それすらも解らない。 ただ無言の殺意が剣となって私を襲うだけだ。 斬撃の嵐は――さらに激しさを増していく。  * * * * * * * * 「ししよー……」 デーシーはその戦いをただ見ていた。 ――来るな! 離れろっ!! 緑の破壊者たちと出くわしたときのシーの言葉。 それが頭から離れない。 馬鹿な自分でも解る。 あの戦いに、自分は入れない。 入ればその瞬間に自分は死ぬ。 いや、死ぬだけならいい。そうなるのは全て自分のせいだ。 だが―― 師匠はそんな自分をかばうだろう。 馬鹿な弟子をかばい、傷つき、そして――死んでしまう。 「…………!」 最悪の想像に体が震える。 「怖いの?」 側にたたずむリノが聞いてくる 彼女もただ戦いを見ている。 だが、彼女は自分とは違う。彼女は戦わないだけだ。 戦えない自分とは――違う。 「…………くやしい」 「……そう」 杖を握り締めた手が痛い。 大きな、しかし無力な手が。 ど派手な魔法を使いたかった。 かっこいい魔法使いになりたかった。 ちっぽけな魔法なんか使えなくてもよかった。 その結果――師匠は一人で戦っている。 魔法を使えない自分。 無力な自分。 師匠を助けられない――自分。 何のためにど派手な魔法を使いたかった? 何のためにかっこいい魔法使いになりたかった? 全ては――師匠に認めてもらうためなのに。 悔しさが全身を震わせる。 泣きたい。 だが、泣かない。 側には敵がいる。 涙なんて見せたくない。 何より、師匠が戦っている。 涙で戦いが、師匠が見れなくなるなんてご免だった。 「ふーん。結構強いね、キミ。だけど――」 すぐ側の敵が何か言っている。 デーシーはそれを聞き流そうとして―― 「もう、終わりみたいよ?」 できなかった。  * * * * * * * * でたらめな動き。でたらめな斬撃。でたらめな疾さ。でたらめな重さ。 全てがでたらめな攻撃の嵐が私を襲う。 花狩りカレル。龍すら屠った賞金首。 その強さは予想を遥かに超えていた。 もはや私の限界はとうに過ぎている。 だが、負けられない。 負ければ、その凶刃はデーシーを襲うだろう。 我が馬鹿弟子、デーシー。 私の唯一の弟子にして――愛しき弟子。 守りたい。 失いたくない。 たとえこの身がどうなっても。 「負け……るかあっ!!」 気合の咆哮。 しかし――無情にも身体は応えない。 カレルの剣が私の杖をはじく。 とうに感覚のなかった手から、唯一感じていた杖の重さが消える。 カレルが剣を振り上げる。 ゆっくりと、 見せ付けるように、 高く、高く。 仮面にぽっかりと空いた穴が、私を見ている。 「終わ……りダ」 初めて、カレルの声を聞いた。 感情のない声。 死神の声とはこんななのだろう。 死の間際だからか、おかしなことを考える。 デーシー。 すまない。 私は、お前を守れなかった。 弱い師匠を許してくれ。 仮面の死神が、剣として具現化した死を振り下ろし―― 「ししょ――――――――――――――っ!!!」 太陽の輝きが辺りを包み込んだ。  * * * * * * * * 無力な子供。 それがリノ=ギーコのデーシーに対する印象だった。 ただ、負けん気はあるようで、ししょーとやらがやられてる最中も涙を見せることはなかった。 少しかわいいな、と思う。 だが、それだけだ。 二人を助けてやるつもりはない。 そもそも、戦いに入ったカレルを止める術などない。 凶人、花狩りカレル。 カレルの目指す花畑にいたのが、二人の運の尽きだ。 花を狩るときのカレルには、花以外の全てが破壊の対象として映る。 挑む者も、守る者も、逃げる者も、全てに等しく無情の死を。 目に映る全ての花を狩り切るまで、カレルは止まらない。 そうまでして花を狩る理由を、リノは知らない。 あの虚ろな穴がどのように花を映しているのか、リノは知らない。 それが少し――ムカムカする。 「…………くやしい」 無力な子供が震えている。 訂正。結構かわいい。 「ふーん。結構強いね、キミ」 この子だけは、助けてやってもいいかも、と思う。 だが、もう一人のほうは無理だ。 ししょーとやらはすでに限界。 この花畑を狩り切るまで持ちこたえることはできないだろう。 そう思った矢先、その手から杖が消える。 カレルが剣を振りかぶる。 もはや、その剣を受ける術はない。 「だけど――」 ご愁傷様。 だけど、これが現実。 せちがらい、浮世の定め。 この子にはそれをしっかり受け止めてもらおう。 愛する者を失う悲しみから、逃がしはしない。 それがせめてもの、死に行く者への誠意なのだから。 「もう、終わりみたいよ?」 無力な子供が目を見開く。 殺されようとしている愛する者の姿を見て、 その子は、 「ししょ――――――――――――――っ!!!」 「――――!?」 リノ=ギーコの背筋が凍る。 思考よりも先に本能が最大級の防御体勢をとる。 すぐ側に立つ、無力なはずの小さい子供の身体から魔力があふれ出ている。 その魔力に呪術的な意味はない。 魔力に意味を付加する詠唱がないのだ。当然だ。 しかし、そんなことなど無意味にするだけの膨大な魔力と――圧倒的な意志。 ――ししょーを……たすけるっ!! 視界が太陽の輝きに塗りつぶされる中、リノはその声を聞いた。 しかしそれも、次に起きた爆音にかき消された。  * * * * * * * * 無力な子供。 くり返しになるが、それがリノ=ギーコのデーシーに対する印象だった。 だが―― 「…………何なのよこれは」 視界を取り戻した彼女の目に映ったのは、花畑ではなかった。 美しく、そして忌まわしく咲き誇っていた花々はもうない。 代わりにあるのは巨大なクレーター。 かつての面影など、もうどこにもなかった。 「……あの子がやったっていうの?」 無力な子供。その認識を改めざるを得ない。 あの魔力。あの輝き。そしてこの惨状。 もしあの輝きの中央にいたらと思うと、ゾッとする。 「――! カレルは……!?」 そうだ。彼はそこにいたはずだ。 今しがた襲った恐怖とは違う恐怖が心を襲う。 と、そこへ彼女の視界に動くものが映った。 クレーターの中央。 そこにカレルはいた。 「――カレルッ!」 慌てて駆け寄る。 何故、私は慌てている? いや、今はどうでもいい。 早く――カレルの元へ! 満身創痍の身体を叱りつけ、カレルの元へリノは走る。 「…………」 カレルは無言で立っていた。 その身は傷だらけで、リノとは比べ物にならないほどにボロボロだった。 しかし、生きている。 唯一無傷な仮面の穴から、虚ろな視線がリノを――いや、リノを含めた景色を見ている。 「……全く……あんな目にあっても生きてるって、どれだけ化け物なのよアンタは」 憎まれ口とは裏腹に、その声を占める感情は、安堵。 その事実に、リノ自身が驚く。 「花……なくなったね」 自分をごまかすように言葉をつむぐ。 「…………」 しかし、カレルは答えない。 そこにあるのは落胆か、それとも安堵か。 仮面に隠された感情は、何一つとしてリノには解らない。 「どうする? あの二人、追う?」 殺すこともできず、目的の花を横取りされた形になったのだ。 何かしらの感情が動いただろうか。 しかし、 「花……無イ……もう……イい」 やはりそこには何もない。 あるのはただ、狂的なまでの花への執着。 「……そっか」 リノは知らない。カレルが花を狩る理由を。 リノは知らない。カレルの目がどのように花を映しているのかを。 リノは知らない。あの仮面に隠されたカレルの顔を。 「じゃあ――次の花を狩りに行こうか。こんなになったこの森にもう用は無いし」 だから、彼と共にいよう。 私が知らないことを知るために。 今は――それでいい。 そういうことに、しておこう。 「ほら、行くよカレル!」 そうしてリノは歩き出す。 次の森へ。 次の花へ。 森を滅ぼすために。 カレルを――知るために。  * * * * * * * * リノは知らない。 カレルの先を歩く自分を見る、虚ろな視線を。 リノは知らない。 仮面に空いた虚無の穴の奥にある、小さな小さな感情の起伏を。 リノは知らない。 「……無事デ……良かっタ」 そのつぶやきが、風にかき消されたことを――  * * * * * * * * そして私は目を覚ました。 「ここは……」 見覚えのある風景。身体を包む感触は使い慣れたベッド。 自分の部屋だ。 どこも変わらない、私の帰る家。 しかし、唯一違うのは、自分の手を包む優しい感触。 「――! ししょー!!」 それは、デーシーの大きな手。 私の手を包む、暖かな手だ。 「デーシー……」 「うわああああん! よかった、よがっだよう!」 その声は涙に濡れていた。 ずっと看病してくれていたのだろう。 泣きはらした目は、それを差し引いてもひどく充血していた。 「そう、泣くな。私は、こうしてちゃんと生きている」 「うん、うん……!」 何度も頷くが、その涙は止まらない。 仕方のない子だ。 「デーシー……」 「……なに? ししょー」 そんな愛弟子に、私は言わなければならない言葉を言おう。 「助けてくれて……ありがとう」 「…………っ!」 デーシーはもはや言葉すらなく涙を流し続けている。 全く……愛弟子をこんなに心配させるとは。 師匠失格だな、私は。 だから……こんなにも涙が出てしまうんだ。 「ししょー、ごはんだ!」 しばらくして、ようやく落ち着いてから、デーシーの作った食事をいただくことになった。 私が作ると言ったのだが、かたくなに拒否されてしまった。 まあ仕方が無い。これも師匠失格の罰というやつだろう。 「たーんとめしあがれー」 「…………」 それはギリギリで料理と言えるようなものだったが、明らかに不味そうなものだった。 ちなみに、デーシーはすでに非常食で食事をすませたらしい。 ――オレはひじょーしょくでいいけど、ししょーはちゃんとしたの食べないとダメだ! とのことらしい。おのれ。 「どうぞー」 いつもの私ならばそれを口にすることはなかっただろう。 だが、 「いただきます」 今日は、別だ。 料理らしきもの(多分、スープか何かだろう)をスプーンですくい、口に運ぶ。 「…………………」 かたわらではデーシーが私の一挙手一投足も見逃さんと見つめている。 口に含み、元の具材が何なのか解らないものを咀嚼、そして飲み込む。 「……どうだ!? うまいか、ししょー!?」 「不味い」 私は正直に答えた。即答だった。 ああ、落ち込んでる落ち込んでる。 ――さて。 もういいだろう。 いつもの私……馬鹿弟子の師匠に、戻るとしよう。 「ところで、日課の自主練習はやったか?」 「え?」 「やったのか?」 「いや……やってないけど……でもししょーがあんなんじゃ――!」 「やってないんだな」 「…………ハイ……」 「では、今からやってくるんだ」 「でも、ししょーを――!」 「私の心配より、自分の将来を心配しろ。お前は魔法使いとして半人前どころか、零人前なんだぞ?」 「そっ、そんなことないやい! ししょーだって見ただろ? あのすんげーチカラ!」 「自由に扱えない力など力ではない。大きな口を叩くのはきちんと力を扱えるようになってから言え」 「――――――っ! みてろよ! ぜったい、あのチカラでししょーをギャフンと言わせてやるんだからな!!」 「ふむ。ではそのためにも、自主練習に励んでもらわなければな」 「ちくしょー――――――!!」 叫びながらデーシーが部屋を出て行く。 だが、すぐ戻ってくるだろう。 それからたっぷり1分後。 気まずそうにデーシーが戻ってきた。 その視線はちらちらと私を見ている。帽子で顔を隠しているがバレバレだ。 無言で私に――いや、私のベッドに近づき、立てかけてあった自分の杖を取る。 そしてダッシュで再び部屋を出て行った。 まあ、杖を忘れては魔法練習はできないからな。 相変わらずの馬鹿弟子っぷりに、自然と私の頬が緩む。 ――帰ってこれた。 その事実が、ようやく実感できた。 それが私の頬をさらに緩ませる。 穏やかな心で、私は食事を再開する。 やはり不味い。 だが―― 「…………旨い」 私は、正直につぶやいた。 窓の外にデーシーが見える。 練習前のストレッチをする愛弟子を見ながら、私は考える。 ――あのときの魔力の奔流。 詠唱による意味付けすらしない、単なる魔力による魔法の発動。 それがあれだけのものになるなど、普通では考えられない。 だが、デーシーはそれをやった。 一体、どれほどの才能か。 私など足元にも及ばないほどのものだ。 「……とんでもない弟子を持ってしまったな、私は」 私は思い出す。花狩りカレルという姿の死を。 私は思い出す。その死から私を救った太陽の輝きを。 私は思い出す。その輝きを放った我が最愛なる弟子、デーシーを。 ふと、視界に私の杖が入る。 長い間、苦楽を共にしてきた名もなき杖。 その先端をかたどるのは――月。 「月……か」 暗い夜空に浮かぶ月を照らすのは、太陽。 その輝きがなければ、月は一人、暗闇に沈む。 ――そうか。 「デーシーは……私にとって太陽だったのだな」 デーシーの輝きが私の心を照らしている。 あの笑顔が。あの無邪気さが。あの馬鹿っぷりが。あの――私を慕う心が。 永く、一人で暗闇にいた私に、光を与えてくれた。 今、この心を満たす暖かいもの。 それは紛れもなく、デーシーがもたらしたものだ。 「……真に救われていたのは、私だったのか」 月は太陽がいてこそ輝ける。 そのことに、私はようやく気付く。 だが――太陽は違う。 太陽の輝きは自身のものだ。そこに、月は必要ない。 それはデーシーも同様だ。 あれほどの才を持っているのだ。 その輝きはとてつもないものとなるだろう。 そこに――私は必要ない。 「……ずいぶんと弱気になったものだ」 しかし、それは事実だ。 いつか、あの子は私の手を離れる。 ならば私は―― そのときまで寄り添おう。 太陽の輝きに目を細めながら。 その輝きに身を焦がしながら。 自身が輝くために。 この心を照らされるために。 いつかあの子が本物の太陽となるまで―― 月たる私は寄り添い続けよう。 私は――あの子の師匠なのだから。  * * * * * * * * そうしてシーは、決意とともに師匠へと戻る。 最愛なる馬鹿弟子、デーシーの師匠へと。 その心を、太陽は知らない。 ただ、その輝きで月を照らすのみ。 しかし――月は知らない。 太陽が何故輝くのかを。 その輝きは、誰を照らすためなのかを。 もっとも―― 「バルス!」 「……アホゥ」 太陽の輝きを持つのは、まだ先になりそうである――                        了