異世界SDロボSS外伝? 『2月14日って何の日だっけ』  2月14日、バレンタインデーの昼休み。  英崇出学園の中高担当職員室は和やかな空気に包まれていた。 「今日はバレンタインデーですし、手作りのチョコブラウニーを持参しましたわ! 女性の先生方は別にイチゴシューがありますのでどうぞ♪」  ティータイムに華を添える新任教師レヴィアの手作りお菓子は教師陣の間でも人気であったが、  男性教師らは義理とは言えバレンタインに彼女ほどの美女からチョコを貰える嬉しさに顔を緩ませる。  タガメ教頭と科学教師イヴァン=ドラグノフも例外ではなく、上機嫌でチョコブラウニーに舌鼓を打つ。 「クックック……いや、実に美味しい。 科学的には説明できないレヴィア先生の愛が詰まっていますねぇ。 しかし教頭先生、その口でよく我々と同じものが食べられますな……。 今度、ゆっくり解剖…いえいえ、詳細に拝見させていただけませんか?」 「その辺のツッコミはヤボですよ、ドラグノフ先生。 それに、私は教頭であって教材じゃありません!  ズズ…はぁ〜、紅茶が美味しい……」 「それにしても……」 「ええ」 「「レヴィア先生は素敵なお嫁さんになるでしょうね〜」」  遠くで同僚らとイチゴシューと紅茶で談笑するレヴィアをニコニコしながら眺める二人であった。    さてさて、今日という日で教師以上に盛り上がるのは生徒一同である。  ところが、男子生徒サイゾウとその親友アキ・モフリの顔は晴れなかった。  ……話はこの日の朝に遡る……。 「よぉモフリ、アリシアは今年どんなチョコをくれると思う?」 「去年の手作り生チョコはプロ顔負けだったなぁ……。 きっと今年も、愛情と手間暇かけたチョコをプレゼントしてくれるさ」  ウキウキ気分でディオール家に向かう二人……ところがである。 「「アリシアが風邪ひいた!?」」 「金曜に学校から帰ってきたら、38℃の熱を出して倒れてしまってね……」  応対に出たのはアリシアらの父マルローネである。  いつもは仕事で家を空けがちなのだが、この日は海外出張に出ている妻テレサに代わって会社を休み、  愛娘達の看病に専念しているのだった。 「そ、そうですか……彼女にはお大事にと伝えてください」 「本当に済まないね君達…アリシアも残念がっていたよ……」 「ははっ、たかがチョコじゃないっすか! ゆっくり休んで早く元気になってくれた方が嬉しいっすよ」 「ところで、キャスカやキャリコはどうしたんですか?」 「……私なら大丈夫よ、キャリコは姉様と同じで寝込んでるけど」  そこにアリシアの妹キャスカが玄関に出てきた。 「キャスカ、やっぱり学校を休んだ方がいいんじゃないか?」 「平気よお父様、熱もないし身体もだるくないもの」 「へっ、何とかは風邪ひかねぇって言うしな!」 「アンジェラアタック!!!」  バキィッ!!! 「嗚呼っ!! いつものお約束ーっ!!!」 「はぁ…キャスカ…すぐ暴力を振るうのはやめなさい」 「いいのお父様、デリカシーゼロなバカサイゾウにはいい薬よ!」 「言ったなてめぇ! 『本当は心配してくれてるんじゃないかしら(きゃるりん♪)』とか乙女チックな思考回路はねぇのかよ!?」 「気持ち悪い裏声出してんじゃないわよ!! 何世紀前の発想よそれ!?」 「(相変わらず元気な事……)」  いつもの朝のいつもの光景。  しかしながらその喧しさに少々ウンザリするモフリである。 「ほらほら、痴話喧嘩してると遅刻するよ? キャスカ、今日のお弁当は風邪防止メニューにしたからね」 「あ、ありがとうお父様……」  マメな父から愛情弁当を受け取り、キャスカはいつものように学校に向かう。 「ふふっ…一度決めた事は曲げない、テレサもそうだったなぁ……」  マルローネは遠ざかっていく娘の後ろ姿を優しい眼差しで見送るのであった。  昼休み…… 「……今年のチョコは絶望的だな」 「むぅ〜……」  サイゾウらは毎年のバレンタインデーにアリシア(キャスカも手伝うが)の手作りチョコをもらっており、  ホワイトデーのお返しにはディオール一家の肖像画や手作りの竹細工など  自分達なりのお返しの品を贈るのが恒例行事になっていた。  校舎の三階からチョコを渡そうとする女生徒の集団に追いかけ回される校内二大美形の一人ヴェータを  羨望と憂鬱の入り混じった複雑な表情で眺める二人。  もっとも、ヴェータはレヴィアからの本命チョコ以外に興味はないので災難でしかないのだが、  サイゾウらにとっては贅沢すぎるほどの悩みであり、世の中の不公平さを痛感させられていた。 「みんながチョコもらう中でもらえないってのが、こんなに堪えるとは思わなかったぜ」 「俺キャラスレに例えると、絵化があるのとないぐらい差があるな」 「……いや、もうちょい一般的な例えにしようぜモフリ……」 「あの〜……」  二人が振り向くと、そこには青い髪の小柄な少女がいた。  いい歳こいて(自称)現役魔法少女、そして魔術同好会の部長を務めるマリン=アンブロジウスである。 「おっ、おまえは同じ学年の魔法バカ・マリンじゃねぇか」 「悪いが、今の俺らに魔法少女ごっこしてる精神的余裕はない! 俺の体に流れる忌まわしきポルノ野郎の血を覚醒させたくなければ十秒以内に……」 「あ〜っ、そんな事言うんだ。 せっかく私みたいな超絶美少女(強調)がチョコをあげるってのにね!」  二人の表情がパァァァーッと明るくなる。 「な、なんだ! そういう事なら早く言ってくれよ!」 「せっかくの好意は無下にできないな、ホワイトデーにはちゃんとお礼するから遠慮なくもらおうか!」 「えへへ〜…じゃ、二人とも目を閉じて……」 「「ああ……(ドキドキ)」」  ポトッ  サイゾウとモフリの手に落ちたのは、五円玉チョコ一枚ずつであった。  満面の笑顔だった二人の表情が一瞬で強張り、額に青筋が走る。 「…てめぇ、俺らをバカにしてるだろ?」 「童貞男子学生なめんなよ? 若気の至りでとんでもない事を(ry」 「そんな事ないってば! 私だって……少ないお小遣いの中からチョコを買ったのに!! そんな乙女の真心を踏みにじるなんて二人とも鬼! 悪魔!! しくしくしく……」  そう言って顔を覆うマリンにあたふたする男二人。 「バ、バカ! 泣くんじゃねぇ!!  これじゃ俺らが女をいじめてるみてぇじゃねぇかよ!?」 「怒って悪かったよ! チョコは美味しくいただくし、ホワイトデーのお礼もするから泣くのをやめてくれ」 「ホント!? 期待して待ってるわね〜♪」  さっきまでの悲痛な泣き声とはうって変わったマリンの態度に呆れつつ、二人は彼女と別れた。 「これで収穫数ゼロだけは免れたが…複雑な気分だなぁ……」 「ま、もらえるだけマシと思わなきゃな…むぐ、駄菓子屋の味がするぜ……」 「ガラハドくぅ〜ん♪ 愛情たっぷりのチョコをあ・げ・る(ハート)」  廊下の向こうから媚び媚びなマリンの声が聞こえる。  曲がり角からこっそり覗き見た彼らが見たものは、ヴェータと並ぶ校内二大美形のガラハドに対し、  先ほどの五円チョコが嘘のような特大ハートチョコを手渡すマリンであった。 「「(何!? この格差社会ー!!?)」」 「ありがとうマリン、ホワイトデーにはちゃんとお礼するからね」  ガラハドは顔だけでなく実家もそこそこ裕福な部類に入り、マリンの魂胆は明白である。  次なる標的の元へ向かうべく、脳天気な声で歌いながら廊下をスキップするマリン。 「とっても可憐な魔法少女〜♪ その名はミスティマリン〜♪ (※「魔法少女ミスティマリンの歌」作詞・作曲、マリン=アンブロジウス)  ルンルン気分で廊下を曲がったマリンの目の前に……満面の笑みを浮かべたサイゾウとモフリがいた。 「んげぇーっ!!!(やばっ、見られた? あああ…清楚なマリンちゃんが野獣のような男二人に『ピー』されちゃうー!!)」 「どうしたんだ? いきなり怪獣みたいな声出して」 「……へ?」 「なんで俺らにビビってんだ? わけわかんねーぜ。なぁモフリ?」 「ああ…ホワイトデーのお礼を一生懸命考えてたのに、そんな顔されちゃ悲しいな」 「そ、そう? ごめんなさいね、ビックリさせちゃって」  さすがにバツが悪いのか、足早に去るマリン。  だが、その心中はまだ邪悪な野望に満ちていたのであった 「(むふ! ……私ってばまさに魔性の女♪)」  ズゴゴゴゴ…… 「サイゾウ……俺、彼女へのお礼は使い古しのお股隠しを、写真も添えた上でラッピングして送るよ…………」 「……俺はホワイトデーだけに、熟成牛乳エキスつき雑巾・半生タイプを密封容器に入れてだな……!!」  男のささやかなプライドを傷つけられ、静かな怒りに燃えるモフリとサイゾウであった。    ちょっとブルー入って教室に戻ろうとする二人の前方に、青い髪の人影が近づいてくるのが見えた。 「今日は青髪さんとの遭遇率が高いな」 「ありゃアリシアの友達ヒースじゃねぇか?」  青い髪の美青年の名はヒース。  サイゾウらとはアリシアを介した友人の友人という関係であった。 「やあ、二人とも機嫌が悪そうだが、どうかしたのか?」 「ああ…ちょっとな、落とし前は後日キッチリつけるぜ」 「はは……まあ、ケンカはほどほどにな」 「ところで、俺達に何か用かい?」 「そうそう、アリシアが風邪で休んだと聞いた。 キャスカに彼女の具合を聞こうと探してるんだが、なかなか見つからないんだ……。 アリシアにキャスカの携帯番号を聞いておくべきだったな」 「アリシアの奴、携帯の電源も落としてるみたいだな。 …そうだ、今日の放課後みんなでお見舞いとしゃれこもうじゃねぇか。 ワリカンでなんか美味いもんでも買ってよ!」 「……いや、気持ちはありがたいが俺はやめておくよ。 アリシアの事だから俺達に心配かけないよう、無理やり元気そうに振舞うだろうしな」  ヒースの言葉に頷き、サイゾウの肩にポンと手を置くモフリ。 「サイゾウ、やはり俺達にできるのは、彼女の回復を信じて待つ事じゃないかな?」 「う〜ん、それもそうだな……」  幼馴染だからあまり意識していなかったが、  時には距離を置く事も大切なのだとサイゾウは思った。 「ヒース! 義理と言っちゃなんだけど、チョコ作ってきたからやるよ」 「フン! 私からも普段世話になっているから義理チョコよ」  そこに現れたのは美術部に所属するヤカリと、その友人メディナである。  彼女達もやはりヒースの友人であり、行動を共にする事が多い。  ヒース同様、アリシアを介してサイゾウらとも面識があったが、  キャスカとメディナの仲がとてつもなく悪いせいか積極的につるむ機会はない。  (もっとも、アリシアが悲しい顔をすると即座にキャスカ・メディナ間に休戦協定が結ばれるのだが) 「ありがとうヤカリにメディナ……ホワイトデーには何かお礼するよ」 「アリシアの件なら俺は家が近所だし、元気になった頃に教えてやるぜ? アリシアの王子様よ!」 「……ああ、気を使わせて悪いなサイゾウ。 春になったらみんなでお花見にでも行けるといいんだが」  「それじゃあ」と言い残し、少し照れつつ去っていくヒースと、  それをネタにおしゃべりを展開するヤカリとメディナの凸凹コンビ。  彼らを見送りながらサイゾウは軽く溜息をついた。 「(あいつになら、アリシアを任せても安心だな……)」 「なんだサイゾウ、モテモテのヒースにヤキモチ焼いてるのか?」 「へっ、俺はそこまで野暮じゃねぇよ」  教室に戻った二人を待ち構えていたかのように、モフリが同じクラスの女生徒に声をかけられる。 「ねぇモフリ君」 「ん、なんだい?」  どうやら拾った子猫の世話について相談があるらしく、猫好きなモフリは彼女の話を真剣な顔で聞き始めた。  専門外のサイゾウはすっかりヒマとなり、また校内をブラブラうろつく事にしたのである。 「しっかし、どいつもこいつもバレンタイン一色だな」  英崇出学園の各所では多くの男女がお熱いムードとなっていた。 「はいマリク、バレンタインのチョコあげるね!」 「あ、ありがとうエレン……」  どうやら初等部低学年の子供達の間でもこの日は特別らしい。  その微笑ましい様に目を細めるサイゾウ。 「へへっ、最近のガキはマセてるね」  次にサイゾウが目にしたのは大手カレーレストランチェーンのお嬢様リシュナが、  歴史の教科書に載る偉人に酷似した執事にハート型の包みを渡す場面だった。 「爺は甘いものが苦手だったな。 だから私からの贈り物は手作りハート型カレールーだ。 牛や豚由来の材料は使っておらぬから、安心するがいい」  うやうやしく包みを受け取る執事。 「……ありがたき幸せでございますリシュナ様。 我が家の夕食に使わせていただきますぞ……」 「チョコじゃねぇけど、あんな爺さんまで!? ……ハッ!!」  ヤバイ気配に恐る恐る振り向いたサイゾウが見たものは、  どんよりした瘴気に満ちた空間を形成する男子生徒の群れだった。 「バレンタイン〜? なにそれ〜……」 「俺達ゃこのまま歳食っていって魔法使いさぁ…グゲヘヘヘ!!」 「(落ち着け、落ち着くんだサイゾウ!! マリンからのアレとは言え、俺やモフリはあいつらよりちょっとだけマシだ! マシなんだ!!)」  そう必死に自分に言い聞かせつつ、教室に戻ったサイゾウを待っていたのは思わぬ光景であった。 「……もぐもぐ、お帰りサイゾウ」  サイゾウを待っていたのは、市販品の板チョコを美味しそうに食べるモフリの姿だった。 「ブッ!? モ、モフリ……てめぇ、そのチョコどうした!?」 「ああ、彼女がタダで相談に乗ってもらうのも悪いからってくれたのさ! いやぁ悪いな〜、抜け駆けしちゃって♪」  女生徒が恥ずかしそうに俯く。 「やだ、モフリ君ったら……」 「……〜っ!」 「ア・ニ・キ♪」 「そ、その声は……げぇっ!!?」 「アニキ……チョコまみれのオイラを食・べ・て♪」   サイゾウをあらゆる意味で慕う後輩サスケである。  サスケは海パン姿でビニールシートの上に身を横たえ、  ハケを使って身体中にチョコクリームを塗りたくり、何かを誘っていた。 「………………」  プチッ  サイゾウの中の何かが音を立てて切れる。 「………………」  ザクッ ザクッ 「ちょっとアニキ!? 縛りプレイはいいけど、このまま生き埋めにされたら死んじゃう!!?」  サイゾウはサスケをビニールシートとどこからか調達してきた縄で簀巻きにし、  校舎裏に彼をそのまま埋葬してしまう為の穴を黙々と掘るのであった。 「俺にはこんなんばっかかよ!!? 畜生ぉぉぉぉぉぉ────っ!!!!」  さっきモフリの前でカッコつけたのも忘れ、サイゾウは無念の叫びを上げたのだった……。  高等部一年のあるクラス。  そこにある程度チョコを配り終わったマリンが顔を見せる。 「あらマリン、今日もご機嫌ね」  彼女に声をかけるのは幼馴染でこのクラスの学級委員アゼイリアである。 「んふふ…♪ ちょっとね……。 ところで陛下……じゃなくてアゼイリア、あなたは誰かにチョコあげないの?」 「とっておきの本命チョコなら、もう作ったわ」 「あ〜っ! ちょっと意味深!? で、で、そのチョコを作ってあげたってお相手は!!?」 「ナイショよ、ナイショ!」 「やっぱり従兄のジェラードさん?」  苦笑しつつ首を振るアゼイリア。 「この時期の彼に変な刺激を与えたら、大学六年生になっちゃうから叔父さん夫婦から止めてって言われてるの。 下手をすると、後輩のトロリスさんやピリスさんが先に卒業しちゃうから…彼も必死みたいよ!」 「まー、確かに。チョコ食べてもいないうちから鼻血噴き出して入院とかしそう。 ……じゃあ、私みたいにガラハド君に?」 「はぁ……お礼を期待して義理堅そうな男子にチョコを配るあなたじゃないわよ」  ちょっとムッとした後、マリンは意地悪な笑みを浮かべた。 「……あ、双葉としあきぃ?」  アゼイリアは首をちぎれんばかりに激しく振る。 「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!  ……はぁ……はぁ……はぁ…………」 「……い、いや、そこまで必死に否定しなくても……。 じゃあ、一体どこのどいつ?」 「だ〜め、これは私『達』とその人の秘密なんだから……」 「もうっ、ケチ!(『達』って、一体どういう意味なのかな?)」  計算と研究に裏打ちされた媚びたポーズで首を傾げるマリンだが、  彼女は自分がホワイトデーに思わぬびっくりどっきりサプライズを味わう事をまだ知らない……。  所変わって隣町のオフィス街。 「はっはっは! いや〜、久々のSS出演じゃのう!  本編じゃ死んじゃったから、回想シーン以外で出られないんだよね……」  スーツ姿に王冠を被り、厳めしい顔をした初老の紳士が威厳に満ちた高笑いを上げる。  なんだかよくわからない会社を経営するアゼイリアの父、エドワーズである。  この日は部下の体育会系営業社員グロスターと外回りの営業に出ていた。 「せ、先王陛下!? それ言っちゃダメっす!!!」 「SDロボ学園SSでは『社長』と呼ばぬかぁっ!!!」  慌てて彼に釘を刺すグロスターを怒鳴りつけるエドワーズ。  「すいません社長!!(こ、この人……自分の事、完全に棚に上げてるよ……) ……それはそうと、また書類忘れてないでしょうね? こないだみたいに街中トライアスロンして取りに帰るのはまっぴらゴメンっすよ」 「えぇい! 余を信じぬか!! ちゃんとカバンに入れて……むぅ?」  エドワーズがカバンの中身に違和感を覚えて確かめてみると、  手作りのハート型チョコに手紙が添えられていた。  おそらく内緒で妻子が入れたのだと即座に理解する。  手紙を開くと、妻ディアナと娘アゼイリアからのメッセージが書かれていた。  ──二人で作ったバレンタインチョコです。お仕事頑張ってね。  あなたを愛するディアナ&アゼイリアより── 「ふっ…ありがとう、二人とも……」  喜びで顔をほころばせるエドワーズ。 「あの社長、それはいいんですけど書類……」 「どれどれ、さっそく味見といかねばな! 私は君達の夫・父でいられる事をこの世で最上の名誉と思う。 あ〜ん……むぐ……んまいっ!!!」 「うわ〜……全身全霊で聞いてねぇ〜…………」  まだまだ寒い二月中旬であったが、エドワーズの周囲は暖かい空気に満ちていた。  余談ではあるが、愛情チョコのおかげか(書類もちゃんとあった)この後の商談は大成功に終わったという。  再び英崇出学園……。  美術の居残りで一人残されていたサイゾウがあくびをしながら校舎から出てくる。  他の教科ならモフリも一緒なのだが、クラスどころか学校でも美術の成績で上位に入る彼に居残りは無縁であった。 「うちの母ちゃん、チョコなんて気の利くもん用意してるわきゃねぇしな……。 さっさと帰って風呂入って飯食って寝るか……おっ?」  校門に寄り添う小さな影がサイゾウの視界に入った。 「キャスカ、おまえまだ帰ってなかったのかよ」  スッ 「あん?」  近づいたサイゾウに対し、キャスカは無言で何かを差し出す。  それは可愛らしい包装紙でラッピングされたハート型のチョコである。  こなれていない包装の仕方からどう見ても市販品ではない。 「アリシアの奴…風邪でダウンしてたんじゃなかったのか……?」 「私が作ったのよ……お父様に教えてもらいながらだけど。 か、勘違いしないでよね! あんたを実験台にして毒見してもらうだけなんだから……」  きっと今の今まで待っていたのも、二人きりになるタイミングを狙っていたらしい。  照れ隠しなのか、ツンツンした態度を取るキャスカに苦笑しつつも、  サイゾウはチョコを包む紙をやや荒っぽく剥がして待望のチョコを口にした。  育ち盛りの男子高校生の食欲の前に、チョコはあっという間に消えてなくなる。 「う〜ん……半分美味い、半分まだまだってとこか」 「何よ、その政治家みたいなリアクショ……っ!?」  サイゾウは身をかがめ、キャスカの額に自らの額をそっと合わせた。 「……おまえ、顔が赤いと思ったら、ちょっと熱があるんじゃねぇか?  今朝は黙ってたがよ、アンジェラアタックに力がなかったぜ。 さては……風邪ひきかけのくせに俺に渡す為に無理に登校したんだろ〜?」 「ち、違うわよ!? きゃっ!?」  必死に否定しようとするキャスカの身体は、サイゾウによって強引に抱え上げられた。  まさにお姫様抱っこの態勢である。 「ちょっとぉ! 恥ずかしいじゃないのよ!!」 「病人は黙ってろ、心配かけさせやがって……」  急に真面目な顔になってぶっきらぼうに言い放つサイゾウであったが、その顔はキャスカ以上に真っ赤だった。  身体のだるさからか、キャスカは半ば諦め気味にその身をサイゾウに委ねる。  その様子を何事かと振り返る通行人らの視線が二人に集中するが、  サイゾウとキャスカにはもうそんな事はどうでもよかった。   「風邪……感染っちゃうわよ」 「俺はな、喧嘩だろうが食い物だろうが、くれるってもんは遠慮せずもらう主義なんだよ」 「もう……とことんバカなんだから……ま、そんなあんたなら風邪なんかひかないわよね」 「一言多いんだよてめーは」 「あんたもね……」  こうして、英崇出町のバレンタインデーは暖かい空気の中で幕を閉じたが、  翌日からサイゾウとキャスカは仲良く風邪で寝込んでしまう。  二人の仲がこれをきっかけにして進展したかどうかは……当人らさえもわからないのであった。                               ─終─