2月に入り冬の寒さも少し和らいだ今日この頃。 魁子、麻衣、零が昼食を食べていると麻衣がいきなりこんな事を言い出した。 「もうすぐバレンタインだけど魁子は先輩に告白すんの?」 「ぶふぉっ!?」 「ちょ、汚っ!ちょっとあんたお汁粉吹かないでよ!」 眼鏡に付着したあずきやらご飯粒を取りながら麻衣は文句を垂れる。 「ま、麻衣がいきなる変な事言うからだろ!」 「魁子、声が裏返ってるわよ」 「う、うるさいぞ零!まるで人がうろたえてるみたく言うな!」 「滅茶苦茶うろたえてるじゃないの」 「だ、誰がうろたえるか!ドイツ軍人はうろたえない!」 明らかにうろたえてつつも魁子はボケて誤魔化そうと試みる。 「突っ込まないわよ。で、どうなのよ実際」 しかし麻衣には通じなかった。それどころか追い討ちをかけられた。 「どうなのよって言われてもあたしには何の事だかさっぱり」 「とぼけんじゃないわよ。柳先輩よ柳先輩」 「や、やだなぁ麻衣さん。冗談キツいっすとHAHAHA」 「あんたがその気ないならいいけど先輩3年だから今年で卒業よ。まぁ魁子には関係ない事だけど」 卒業と聞いて外人笑いをしていた魁子が固まった。 「・・・そ・・・そ・・・そうだったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 「ようやく本性を現したわねこの純情娘」 「そうだった・・・先輩はもう3年。あと一ヵ月後にはもう学園にはいないんだった・・・」 「そうよ!だから今回のバレンタインがあんたにとって最後のチャンスに等しいのよ!」 「確かに・・・!いやでも地元が同じなくらいでそれほど先輩と親しい訳でもないあたしがいきなり告 白しても勝算があるとは・・・」 「私たち3人の中だと女子剣術部部長の麻衣が一番親しいくらいね。ついでに今年は最後のチャンス って事で例年より告白する女子が多いらしいわよ」 「ちょ、余計な事言わないでよ零」 麻衣はいらん事を言う零を嗜めるが無論零は反省などしていない。むしろ楽しんでいる。 「そうだよな。部活同士親交のある麻衣の方がまだ勝算あるよな。しかもライバルも多いしあたしみ たいな男女が告白しても無残に玉砕するだけだよな」 「ほらいじけちゃった。魁子は恋愛方面に関しては乙女なんだからあんまからかわないでよ」 「あらごめんなさい。うふふ」 「うふふってあんたねぇ」 「だってこんな弱気な魁子なんて滅多に見れないんだもの。麻衣だってちょっとくらい面白がってる んじゃないかしら?」 「・・・まぁ内心ちょっとだけ」 とんでもない友人どもだ。 だが今の魁子は少女マンガモードなのでいつもならあるはずのツッコミも休業中である。 まぁ下手に親身になって期待を煽って背中を押すつもりが崖から突き落とす結果になる場合も多いの でこいう友情もアリっちゃあアリかもしれない。 だが流石に面白がるだけってのも友達としてあれなので麻衣と零は一応親身接してみる事にした。 「ホラ魁子、告白するしない以前に下を向いてたら可能性が広がらないわよ?いつものあんたらしく シャキっと背筋を伸ばして前を見なさいよ」 「そうよ魁子。それにあなたは自分では気付いてないかもしれないけどとっても女の子らしいところ もあるのよ」 「・・・ホント?」 「ええ本当よ。今時キャラが変わるくらい恋に悩む事が出来る乙女なんて滅多にいないわ」 「・・・それって女の子らしいって言うのかな」 「ええ、この私が言うんだもの。間違いないわ」 そう言ってにっこりと微笑む零の姿は友人の鏡であった。 だから麻衣も (あんたが自信満々に言うと胡散臭い事この上ないんだけどね) という本音は口に出さず同じくにっこりと微笑んだ。 「え、えへへ。2人にそう言われると何だか自信が出てきたよ」 「そうよ魁子、その調子その調子。可能性の幅を自分で狭めちゃ駄目駄目」 「それじゃあ早速作戦を考えましょう。もちろん私と麻衣も強力するわ」 そうして魁子の告白大作戦が始まった。 チョコレートの試作、可愛いラッピングの練習に始まり当日を想定したシャドー告白やライバルによ る妨害対策。 そして一番重要と思われる魁子自身に対する同性からの告白の対処法。 脳内にプロジェクトA、もといXのテーマをかけながら3人は過酷な日々を乗り越えついにバレンタイ ン当日がやってきた。 「魁子、準備はいい?」 「あぁ、パーフェクトだ。手作りチョコと対同性愛者用義理チョコ10ダース。そして108パターンに も及ぶシュミレーションもバッチリ頭と身体に入ってるよ」 「それはもちろんだけどあたしが聞いてるのはあんたの心の準備よ」 「お、おう!当たり前だろ!ここで逃げたら一生後悔するんだ。それに特訓に付き合ってくれた麻衣 と零の友情に報いるためにもあたしは必ずやり遂げる!」 「ふっ、どうやらもう心配はいらないようね」 「ええ、それでこそ私たちの親友だわ」 麻衣と零は巣立つ雛鳥を見守る親鳥の様な心境で友人の背中を見送った。 第一の刺客が現れたのはまさにその時だった。 「姐さぁぁぁぁぁん!チョコくださぁぁぁぁぁいYO!!」 馬鹿こと九逆六である。 魁子を慕うこいつなら必ずチョコを要求してくるだろう事は安易に予想出来た。 なので無論対処法は用意済みである。 「今はお前の相手をしてる暇はない!文字通りこれでも食らえ!」 そう言って魁子が放ったのは剥き身のパラソルチョコだった。 六は無駄に優れた動体視力でそれをチョコレートと見極めると大口を開け、パラソルチョコは六の口 の中に吸い込まれていった。 そして大方の予想通りパラソルチョコは六のノドチンコに直撃し一瞬にして彼を戦闘不能にした。 九逆六──リタイア だが休まる暇も無く次なる刺客が魁子を襲う。 「いたわ!一本槍先輩よ!」 「キャー!先輩ーー!!」 「一本槍さーーん!!」 「チョコ受け取ってくださーーい!」 「1年生の頃から好きでしたー!付き合ってくださーーい!!」 黒山となった女子生徒たちが魁子の行く手を阻んだ。 しかしこの程度の事当然予想済みである。今日の魁子は一味も二味も違うのだ。 「悪いけどみんなの気持ちには応えられない!その代わりこれを受け取ってくれーー!!」 うろたえるな小僧ーー!とばかりに魁子が放り投げたのは10ダースの義理チョコである。 女子生徒たちは1人残らずこれに反応し義理チョコたちは1つも地面に落ちる事なく彼女たちに捕獲された。 そして彼女たちが我に帰った時魁子はすでに突破済みである。 女子生徒軍団──リタイア 第一第二の刺客を突破した魁子はいよいよ柳がいるであろう男子剣術部の道場前までやって来た。 だがそこにはこれまた予想された通り柳目当ての女子生徒たち(男子も若干名いる)が群がっており そこに魁子の入る込む隙間など1ミクロンも存在しなかった。 しかしやっぱりこれまた予想済みである。 魁子は立ち止るどころかさらに加速すると女子生徒の群れの前で大きく飛び上がり、そのまま飛び蹴 り、通称ドラゴンキックで彼女たちの頭上を飛び越えた。 余談ではあるがそのドラゴンキックは故ブルース・リーと見紛うかの如き見事なものであった。 さらに余談ではあるが魁子はミニスカなのでパンツ丸見えだったが些細な問題である。 かくして魁子はライバルたちに先じて道場に入る事に成功する。 そのド派手な登場シーンは飛び越えた女子生徒たちはもちろん道場で剣を振るっていた部員全ての視 線を集めるには十分だった。 当然その中には意中の人である柳の姿もある。 覚悟は決めたはずだがやはり柳を前にすると身が竦む。 魁子は自分の顔が赤くなってるのを感じたがあれだけド派手な登場シーンを決めた以上もう逃げる事 は出来ない。 それに自分に付き合ってくれた麻衣と零のため、何より自分のためにも。 「すぅー・・・・・・はぁぁぁぁぁ」 魁子は大きく深呼吸すると本当に最後の覚悟を決め柳の方に歩き出した。 周囲も魁子の雰囲気に呑まれ文句を言うでもなく息を飲んで見ている。 「・・・柳先輩!」 「何だい一本槍くん」 柳はこんな時でもいつもと変わらず爽やかだ。 「あの・・・あの・・・あの・・・」 対する魁子はいつもの勝気さはすっかり形を潜め顔を赤くしてもじもじしている。 (駄目だ・・・!やっぱりあたしには無理だ・・・!) やはり告白する事は出来ないのか? 魁子の心が折れかけた時ふと脳裏に今までの特訓風景が走馬灯の様に駆け巡った。 すると不思議と迷いは断ち切れ折れかかった心も足を踏ん張り持ち直した。 「・・・先輩!あたしは先輩の事が好きです!夏祭りで助けてもらった時から好きです!がさつな暴力 女だけどつきあってください!!」 静かな道場に魁子の声だけが響き渡る。 チョコを差し出し下を向いた姿勢のまま魁子は柳の返事を待った。 周囲も緊張の面持ちで柳の返事を待った。 そして柳の返事は─── 「・・・すまない。残念だが僕は一本槍くんの想いに応える事は出来ない」 NOだった。 柳の返事を聞いた瞬間魁子は全身から力が抜けるのを感じたがその場に崩れ落ちる様な真似はせずゆ っくりと静かに顔を上げ弱弱しい笑顔を浮かべた。 「そ、そうですよね。あたしなんかじゃ先輩と釣り合う訳ないですもんね。あ、あはははは。すいま せん先輩。ご迷惑をおかけしました。それじゃ失礼します」 「待ちたまえ。別に一本槍くんだから駄目という訳ではない」 「え?いやいや慰めはよしてくださいよ。一層惨めになるじゃないですか」 「慰めという訳でもない。僕は誰の告白だろうと受けるつもりはない」 「え?それってどういう・・・」 柳の爆弾発言に周囲がざわめいた。 特にこの後告白を控えていた女子たち(と一部男子)にとっては一大事である。 告白するまでもなく玉砕するなどあまりにも無残過ぎる。 「僕は実家──『柳一刀流道場』のしきたりで家督を継ぐまでは自由恋愛を禁止されているのだ。本 来ならば家督は免許皆伝となった時に一緒に受け継ぐのだが僕は免許皆伝となるのが他の者より少々 早かったため成人した時に家督を譲り受ける事になっているのだ」 「そ、そんな。それじゃあ今まで先輩が全ての交際を断っていたのは・・・」 「そういう理由があったからだ。僕とて思春期の男子だ。男女交際に興味はある。だがしきたりを破 る様な脆弱な意思では将来誰と付き合ったとしても決してその相手を幸せにする事など出来ないだろ う。だから僕は成人するまで誰に想いを告げられようと断る事にしている」 己の感情より家のしきたりを優先するとはまさしくラストサムライとも言うべき男である。 「だから一本槍くん始め女子生徒の諸君、申し訳ないが今日のところはお引取り願えないだろうか」 柳はそう言って深々と頭を下げた。 誰であろう柳に頭を下げられては流石に居残る事など不可能である。 女子生徒たち(一部男子)は渋々と道場を後にした。 魁子もうな垂れながら道場を後にすると見せかけてチラチラ後ろを振り返ったが柳がずっと頭を下げ 続けているのを見て今度こそ諦めて友人たちの下へと帰っていった。 ほぼ同時刻、言霊学園女子寮霧々麻衣の部屋。 「魁子上手くいったかなぁ」 「正直勝率は低いでしょうね」 「正直に言いすぎだっての。まぁあたしもそう思うけどさ。でも万が一って事もあるかもしれないじ ゃない。夏祭りで会ったりお姫様抱っこされたり一応フラグは立ってるし」 「そうだといいのだけれどね」 そう言って零がズズズとお茶をすすったところで部屋の扉がノックもなしに開いた。 入ってきたのは意気消沈した魁子だった。 「・・・お、おかえり〜、外寒かったでしょ〜。ホラ、魁子もコタツ入りなさいよ。零、魁子にもお茶 淹れたげて」 「そう言うと思ってすでに淹れておいたわ。ミカンもあるわよ」 「さっすが零、気が利くぅ!ってオイオイ!あんたとミカンて最悪の組み合わせじゃないの!どっか に弓矢が隠してあるんじゃないでしょ〜ね」 結果は聞くまでもなく分かったので2人は告白については触れずなるべく明るく振舞った。 こちらから聞くよりは自分から言い出すのを待った方がいいだろう。 魁子は依然沈黙したままだが麻衣と零はそんな友人を何とか励まそうと頑張った。 女の友情は脆いとか言われるがそんな事はないのだ。 そうして2人が奮闘すること20分。 魁子はいきなり顔を上げすっかり冷めたお茶を一気に飲み干した。 「ちょ、魁子そんな冷めたお茶飲まないでよ」 「だーーー!!どうせあたしは振られ虫だよチキショーーー!!!」 「・・・魁子が壊れた」 「壊れたわね」 「ふんだいいもんいいもん!柳先輩なんてちょっといいかなーくらいで最初からそんなに好きじゃな かったもんね!あたしが好きなのは壱太郎くんだもん!!」 「ちょ、壊れたと思ったらどさくさで何言ってんのよ!この尻軽女!」 「尻軽って言うな!あたしはちょっと惚れっぽいだけだ!」 「それを尻軽っつーのよ!ってかついさっきまで純情乙女だったくせに振られたとたんそれかい!」 「うるせーうるせー!なぁ零!壱太郎くんまだフリーだよな!」 「ええ、相変わらずモテてるみたいだけどまだ恋人はいないわよ。もし恋人が出来たら必ず私に報告 するよう命令してあるから間違いないわ」 「よし!それじゃあたし今から郵便局行ってこのチョコ壱太郎くんに送ってくる!」 「ちょ、いくらなんでもそりゃないでしょーが!そのチョコ柳先輩のために作ったチョコでしょ!そ れを他の人にあげるとかあんた馬鹿よ!むしろ馬鹿!かなり馬鹿!すごく馬鹿!」 「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ!それにチョコに名前書いてる訳じゃないから問題ない!という 訳でちょっくら行ってくる!!」 「あ、ちょ待ちなさーーーい!!・・・もう見えなくなったよあの馬鹿。ったくどうよ零、あの馬鹿」 「まぁ元気が戻ったんだからいいじゃないの」 「だからってさぁ。だったらここ2週間近くのあたしらの協力は何だった訳?」 「楽しかったからいいじゃない。それにどうせ私たちは本命チョコをあげる相手もいないんだし」 「それはそうだけど・・・ったく、魁子と一緒にいると飽きなくていいわね」 「それはそうともし魁子が壱太郎と結婚したら私は魁子のお姉ちゃんになるのね」 「いきなり話がぶっ飛んだけど・・・たぶん魁子そんな事微塵も考えてないわね。あぁ、あの子の将来 が怖い」 ■おまけ■ 「うーん、おかしい」 「どうした暁太郎。三十路前の男が寒空の下で何してる」 「いや、例年ならそろそろ魁子からチョコが届くはずなんだが今年は届く気配がないんだ」 「ふーん、魁子ちゃん今高2だっけ?・・・忘れられてんじゃね」 「そ、そんな馬鹿な!あいつのおしめを変えてやったのは兄貴の俺なんだぞ!?はっ!まさか男が出来たのか!?」 「あーその可能性あるんじゃね。魁子ちゃん黙っとけばけっこう可愛いし」 「み、認めん!お兄ちゃんは認めんぞ!魁子に男女交際などまだ早い!!」 「いい加減妹離れしろよシスコン刑事」 「そういやお前はくれないのか?チョコ」 「去年人の手作りチョコ見てヘドラの子供って言ったの誰だったかな」 「・・・すいませんでした」