■PGSS■ 鈴木さんたちのバレンタインデー  セント・バレンタインデー。  チョコを貰えない男の子にとってはマスク被って道行くカップルに天誅を下す衝動に駆られる日らしいですが、 なんのなんの、女子にとっても結構かっこうユーウツな日だったりしますのですのよ。  それもそれ、あたしみたいに別にあげる相手もいないっつー事態になると、バレンタインヒエラルキーガールズ サイドの最下層に位置する事になっちまう訳でして。 「…………どうしたもんかなぁ〜」  それは不健全だのあんたどっかおかしいんじゃないのそんなはずはない告白したい人の一人や二人はいるはずだ よーしあたし達がお膳立てしてやるからいっちゃえやっちゃえてな感じに、お節介焼きの先輩やら面白いこと好き の真性ロリショタコン教師やらによってたかって弄ばれ、強制的に送り出されてしまった次第。  ちくしょー、あいつら人の事とやかく言う前に自分たちはどうなんだよ自分たちは〜。モナムー先輩はまだ前の 失恋引きずってるし、西東めに至っちゃ獲物に手を出そうとしてこの前また職質受けてた癖に〜。  ま。  つまるところ、この公園の街灯の下で待ち人待ってる状況には何一つあたしの意思は入ってない訳で、つまりは 狂犬に噛まれたか罰ゲームだと割り切って買わされたチョコさっさと渡して帰れば良いのだけど。  それだけなんだよ、ほんと。くだんない。  それだけだのにさ。  それだけなのに、なーんで早くなっちゃうかな、あたしの鼓動。  えーい、落ち着け落ち着けよう、ホント何でもないんだってばさぁ。  これは義理なんだってば、一応家族みたいなもんと言えなくもないんだから、バレンタインにチョコも貰えん可 哀想なお兄さんに妹として施しの一つもですね……って、よく考えたら結構貰ってそうですよな、あのとっちゃん ぼーや。  ええい、なんであたしがこんな焦んなきゃなんないんだよー。さっさと来いよ馬鹿新太ー。  とか何とか地団太踏んで不審者丸出しにしている内に、ようやっと駆けて来る少年の影が。  丸みを帯びた顔をりんご色に上気させて、短い手足を一生懸命振り回して、あーあーあんなに必死に走って来な くても良いのにさー。  遅れたら申し訳ないとか何とか人の好い事思ってるんだろうな。そもそも仕事中に益体無い要件で呼び出したの は、こっちなのに。そんな一生懸命になられるとこっちが罪悪感感じちゃうじゃん。 「……はぁ、はぁ、はぁ……、はっ……すっすみません……待たせちゃって……」 「んーまあ、こっちもついさっき来たとこだし」 「そ、そうですか……? それで、大事な用事というのは……」  あー、「大事」って言われてたから、こんなに慌ててたの? 相も変わらず馬鹿正直っつーか、お人好しつーか。  明後日の方を向きながら包みを差し出した。 「これ」 「え、と……僕に、ですか?」 「そ。バレンタインデーの施し。言うまでもないと思いますが、当然の如く疑う余地なくきっぱりはっきりと義理 ですんで、変な誤解は一ミリたりともしないでくださいな」  それだけようよう言って、それ以上はいたたまれなくって、駆け出した。  うわー、あたしの馬鹿馬鹿馬鹿、言いたい事はそんなんじゃないだろー? どうでも良い様な事で呼びつけちゃ ったのちゃんと謝って、それからお疲れさまって普段の頑張りたまにはねぎらってやってそんで、そんでさー!  あーもう、これもモナムーとペド西東のせいだ! あいつら、後で見てろや。乙女の八つ当りを思い知らせちゃ る! 「映見ー!」  後ろから声が追っかけて来た。あ、やば。怒る? 怒ってる? お兄さん、いくらあんたでも怒りますよねこの 有様は。 「ありがとう!」  人目もはばからずに叫んだ声に、あたしは一瞬ポカンとした。夕暮れって言っても、まだまだ人の姿は結構ある。 そんな中で大声で叫んだ子供の声はよく透って注目集めて、でもそんなん全然気にしてないって顔で、むしろ誇る ような笑顔で、ああもう、だからなんであんたはそんな顔で笑えるんだ。 「良いってことよー!」  思いきり叫んでやった。変な顔で見てるOLも、しっとのマスクを被りかけてる兄ちゃんも、ニヨニヨ笑いで耳 打ちしあってるおばさんどもも知ったことかい!  これがあたしのバレンタインだよバカヤロー!  そのまま思いきり走って走って走って学園に戻る道を急ぐ。なんかもう走りたくて笑いたくて泣きたくて、誰か にこの胸のムズムズを聞いてもらいたい気分でいっぱいだった。  そうだな、さしあたってモナムー先輩か西東んとこだな。笑わずに聞いてくれたら、八つ当りは勘弁してあげて も良いかもしれないと、そう思いながらあたし沈む夕陽を追いかける様に駆けつづけた。 (終)