異世界SDロボSS 『闇騎士のグルメ ディオール首都のメイドカフェの各種メニュー』 「(……とにかく、腹が減っていた)」  ここはディオール首都の城下町。  一般人に怪しまれないよう成人式の時に購入したスーツを久しぶりに身に纏い、  気難しい顔で大通りを歩く男は闇黒連合スリギィランド侵攻部隊の部隊長、ジェラード=モードレッドである。 「(俺はディオール侵攻軍を視察しに来たが、噂以上の激戦のようだ。 各方面軍の中でも最大規模なのは伊達ではない……。 それでも首都がこんなに平和なのだから、どれだけ強いんだディオール軍は。 しかし、ディオール侵攻軍、というか総大将のバルス殿、どうなるのかなァこの先。 身体の具合悪いって言ってたけど、このまま膠着状態が半年続いて……一年続いて……この国で……)」  そんなジェラードの腹の虫が不機嫌そうな音を立てる。 「(せっかくだし、観光と部下どもへの土産でも買って帰ろうとディオール首都に潜入したはいいが、どうやら俺は路に迷ったらしい。 有名な銘菓・王室パイを買おうと思ったんだが、諸事情で発売中止とか……。 店のおばちゃんにアンジェラサブレを勧められたが、形が違うだけでどこにでもあるものを買って帰るのはつまらん。 どうせなら、もっと美味くて面白い話もできそうなものがいいと、あちこち歩き回ってたらこのザマだ。 腹もそうだが、心も不機嫌な俺である。 しかも……追い打ちをかけるように雨が降り出す)」  雨の中、雨宿りと食事ができそうな店を探しながら走るジェラード。 「(くそっ、それにしても腹減ったなあ。 “めし屋”は……どこでもいい“めし屋”はないのか!?)」  焦るジェラードの視界にcafeの文字が入る。 「(ええい! ここだ入っちまえ!!)」 「「「お帰りなさいませご主人様〜♪」」」  不機嫌な空模様の外とはうって変わった明るい店内でジェラードを出迎えたのは、十代の少女達であった。  それぞれが異なるデザインのメイド服をキッチリ着用している。  どうやらここはカフェはカフェでもメイドカフェと呼ばれる店だったらしい。   「(むう? この子らの着ているメイド服は、暗黒の国と暗黒帝国と闇の国のものだ。 ……しかし、敵地のど真ん中に連合の非戦闘員がなぜ?)」 「突然の雨で大変でしたわねご主人様、タオルをどうぞ」  最年長と思しき糸目で長身のメイドにタオルを渡され、ジェラードは少々赤面しながら顔や髪を拭いた。 「ん…ああ、ありがとう、一人なんだが……」 「はい! では私、エステルがご案内いたしますわご主人様」  エステルと名乗ったメイドに案内され、ジェラードは席に着いた。  メニューにざっと目を通し、エステルに注文を告げる。 「では、『ネリーのふるさと中州国プレート』と『とりたてヘルシーエルフの森へようこそ!』をもらおうか。 (俺はできるだけ物怖じせず、ハッキリと言う。注文を聞き返されるのは厄介だ)」 「かしこまりましたわご主人様!」 「(注文をしてしまうと少し気が楽になり、店内を見回すゆとりが出てきた)」 「何モタモタしてんのよ、男ならさっさと注文したら!?」 「(な、なんだあのメイド? 何をあんなにイラついてるんだ!?)」  注文を終え、不機嫌な栗毛のメイドが奥に引っ込んだ後、  客の青年二人は締まりのない顔をさらに緩めてノロけだした。 「いや〜、カフィーちゃんのツンデレっぷりはいいねぇ〜♪」 「うんうん、ああやって散々ツンしといて会計の時には 切なげな顔で『ま、また来なさいよね!』とかデレ入って言われるともうダメ!」 「「ツンデレメイドって最高!!!」」 「(ツンデレ! そういうのもあるのか! そう考えると、あれは演技だろう……わかってて楽しんでるのか?)」  さらに店内の客達を見てみると、いかにもそういう趣味であろう若者だけではなく、  品のいい老夫婦や旦那の悪口で盛り上がる主婦のグループなど、客層は意外に多彩だった。  少々ガラの悪い(全てがそういうわけでもないのだろうが)この国の兵士も昼間から酒で盛り上がっている。 「(…こういう所の飯は少なくて高いし、味もイマイチと聞く……。 だが、店員の接客態度はいいし、さっきのタオルのようにマニュアル外の気遣いもある。 メイドに接待してもらう庶民にとっては非日常の体験や、店全体に満ちた「女のコ」な空気がいいのかなぁ?)」 「お待たせいたしましたご主人様♪ ご注文の『ネリーのふるさと中州国プレート』と『とりたてヘルシーエルフの森へようこそ!』ですわ!」 「(お…きたきたきましたよ)」  先ほど注文した料理を運んできたエステルの声でジェラードはメイドカフェ考察を中断し、食事モードに頭を切り替えた。 「ネリーのふるさと中州国プレート」 (※ご飯、春巻き、エビチリ、肉団子の酢豚風、申し訳程度のレタス、卵スープのセット。量は少なめ) 「とりたてヘルシーエルフの森へようこそ!」 (※ハーブと生野菜のサラダ、上に刻んだローストチキンとクルトンが散らしてある。やはり量少なめで上品な盛りつけ) 「どれ、まずはサラダから……(たまには生野菜も摂らなきゃな!)」  こういう店の料理に過度に期待するのもかわいそうだと思いつつ、  サラダを口に運んだジェラードであったが……目を見開き、驚きの表情を浮かべた。 「(う、美味い! なんだこの味は……そうか! これは以前暗黒の国の焼き鳥屋で食った暗黒地鶏だ。 塩コショウだけのシンプルな味付けだが、ハーブの絶妙な組み合わせで旨みが何倍にも増しているな。 野菜も新鮮で実にいい、レタスとキュウリとニンジンが口の中で踊るようだ)」  サラダに満足し、次は中州国プレートに手をつける。 「(どうせ冷凍物だとばかり思ってたが、全て手作りなのか? これも美味いぞ! なんだか懐かしい味だな……。 そうだ、これは子供の頃、死んだおばあちゃんが奮発して連れて行ってくれた中華料理屋の味に似ているぞ! 王族の血を引くが、庶民育ちな俺には気取った高級中華よりこっちの方が口に合う。 さっきのサラダと卵スープもこってりめの料理の中で実に爽やかな存在だ)」  ジェラードは戦場での敵にそうするように料理をペロリと平らげた。  厨房に目をやると、お団子頭の小柄な東洋系の少女が中華鍋と格闘している。 「(あいつ……あの目……なりは小さいが、一人前の料理人って所だな。 よしよし、育ち盛りな俺(注・23歳です)の腹はまだまだペコちゃんだし、追加注文と行くか)」  ところが、メイド達は次々来店する客への対応に追われていた。 「(うわぁ、まいったなぁこりゃあ。声がかけづらいぞ……)」 「お〜い翼葉ちゃん! 中州国プレートはあっちのご主人様あるよ〜?」 「はわわ……ごめんなさいお客様…じゃなくて、失礼しましたご主人様〜!」  ハチマキをした闇の国のメイドが、先ほどまで自分が食べていたのと同じものを別のテーブルに運ぼうとしていたが、  同じく闇の国のメイド服を着た厨房の少女に間違いを指摘され、慌てて別のテーブルへと向かう。 「(あのハチマキの子にこのタイミングで声をかけたらお約束で盛大にコケそうだし、 他のメイドも手が離せんようだな……もう少し待つとするかな)」 「いかがなさいましたかご主人様」  クールな声がした方向に顔を向けると、そこには見慣れない白髪碧瞳の暗黒の国メイドがいた。  名札にはプレア・レウセルアと書いてある。 「(この俺が接近に気づかなかっただと? 奥から手伝いに出てきたんだろうか。まあいい……)」 「ああ、追加注文がしたい……『ネリーのまかないチャーハン』を頼む。大盛りでな!」 「かしこまりましたご主人様」 「あっ、ちょっと待ってくれ。どうせだからこれとそれとあれを……」  追加注文を承り、プレアはキビキビした動きで厨房へと下がっていった。 「(無愛想なメイドだな、さっきのツンデレとはちょっとタイプが違う……。 仲間のフォローをしに奥から出てくるあたり、悪い子じゃないのは間違いないが)」  しばらくしてプレアが顔色一つ変えずに大量の料理を運んできた。 「うわぁ、なんだかすごい事になっちゃったぞ」 「ネリーのまかないチャーハン」 (※具はひき肉、卵、ネギとシンプル。大盛りも可なのがうれしい) 「エルフィーナ風ハーブカツレツ」 (※豚ヒレ肉にハーブを混ぜた衣をつけて焼いてある。普通のトンカツよりちょっとオシャレ) 「皇帝陛下直伝・日替わりケーキ」 (※この日はエッグタルトだった、手作り感がいい) 「闇の国産黒ゴマ豆乳プリン」 (※闇の国産の黒ゴマと豆乳をふんだんに使った素朴な味) 「ツンデレハニーのロイヤルスウィートマキアート」 (※カフェラテにキャラメルシロップとはちみつがたっぷり。甘んまぁ〜い!) 「(うーん…チャーハンとエッグタルトとプリンで卵がトリプってしまった……あ、さっきの卵スープもだ! まあいい、頼んだ以上は存分に飲み食いするまで!!)」  はふ はふ もぐ もぐ 「(うん、具はシンプルだが、このチャーハンマジメな味。 パラパラご飯と具材のよさを引き出すしっかりした味つけだ)」  サクッ  「(トンカツは男のコなソース味に限ると思っていたが、たまにはこういうのもいいな。 ハーブとチーズの混じった衣の風味と食感が実に心地よい……)」  もぐもぐ ごくっ 「(甘さ控えめのエッグタルトと、甘さ全開な飲み物の組み合わせというのも悪くない。 皇帝陛下直伝……レヴィア殿は元気にしているだろうか……)」   最後になめらかで風味豊かな黒ゴマ豆乳プリンを堪能し、ジェラードは至福の表情を浮かべていた。 「うー……いかん、美味いからっていくらなんでも食いすぎだ。 (ラストの黒ゴマ豆乳プリン……あれが効いたな……)」 「なにぃ!? ご主人様の注文が聞けねぇってのかよ!!?」  突然下品な大声が店内に響いた。 「で、ですからご主人様……あいにく当店ではそのようなサービスは行っておりません……」  入店した時からいたガラの悪い兵士達がエステルに絡んでいる。  酔いが回ったのか、兵士達は一様に顔が紅潮して下卑た笑みを浮かべている。 「メニューになくたって『メイドの下着盛り合わせ』ぐらい、すぐに作れるだろうがよぉ♪ 俺らが作るの手伝ってあげよっかぁ?」 「「「ぎゃっはっはっはっは!!!」」」 「(せっかく人がいい気分で食事している時に無粋な奴らだ。 ああいう輩どもはヒノモトの茶店でやったように店から叩き出すに限る……あ!? 忘れていたが、ここは敵地のど真ん中……俺が下手に騒ぎを起こすのはまずい……。 くそっ、男の店長なり用心棒はいないのか!? 客の連中もとばっちりを恐れてか、警官を呼ぼうともしないとはじれったい!!!)」 「エステルさん!」 「ダメよ翼葉ちゃん! みんなも来ちゃダメ!!」  翼葉が眉を吊り上げて助けに入ろうとするが、それを鋭い声で制したのはエステル本人であった。 「……私達のお仕事はご主人様をお迎えする事、ケンカなんてしちゃいけないわ……。 大丈夫……こちらのご主人様方には私がちゃんと説明するから…………」 「エ、エステルさん……」  気丈な笑顔を浮かべるエステルであったが、その細い肩は卑しい大男達への恐怖からか震えている。  それを見た翼葉は唇を噛み締めて悔しそうに俯く。  他のメイド達の様子に目をやると、ある者は涙を浮かべ、またある者は兵士達を無言で睨みつけていた。 「(……くっ! こ、これを見過ごすような奴は男ではない!! 後でどうなろうと知った事か!! このまま知らん顔をする不名誉よりはマシ……)」  ガタン ギュッ 「(!?)」 「いてぇ!!」 「君、大の男が昼間からみっともないな……!」  それまで黙って様子を見ていた金髪座り目の男がおもむろに立ち上がり、  エステルに絡んでいた兵士の腕を一気に捻り上げた。 「な、なんだてめぇ!? 軍の兵士にケンカ売るとはいい度胸じゃねぇか!!」 「俺か? 俺は機士団の副団長マーク=グリフィスだ」  ゴロツキ兵士達の顔から酔いが一気に引いたと思いきや、顔色がたちまち真っ青になっていく。 「そして、私は機士団長のローザ=ブライトナーです〜」 「団長、緊張感が削げますから無理にしゃべらなくていいです……」 「あら、ごめんなさいねグリフィスさん〜」 「(機士団! ディオール各地の侵攻軍を撃破し、大陸有数の強さを誇るあの機士団の団長と副団長がなぜここに!?)」 「何事かね? ずいぶん騒がしいようだが……」  そこへ軍服の胸に多くの勲章をつけた厳格な雰囲気を纏う軍人が店内に入ってきた。 「「「ク、クルーガー大佐ーっ!!?」」」  平静を装ってはいたが、ジェラードも内心さらにおったまげていた。 「灰色の暴風」の異名を持ち、やはり多くの侵攻軍を撃破しているアルベルト=フォン=クルーガー大佐。  ディオール国内でも五本の指に入る猛者が戦いとは程遠いはずのメイドカフェに集結しているのである。 「(こ、これは早々に退散した方がいいな……)」  アルベルトはマーク達からこれまでのいきさつを聞かされ、仏頂面に静かな怒りを浮かべた。  床に正座させられている兵士達をキッと睨みつけると、彼らはさらにすくみ上がる。 「貴様らっ! 明日は全員訓練場に来い! 誇り高きディオール軍の名に泥を塗る、その卑しい根性を叩き直してやろう!!」 「「「ひぃええぇ〜っ!!?」」」  兵士達はすっかりションボリして代金を支払い、店を出て行った。 「(やれやれ、連中にはいい薬になったようだな)」 「メイド諸君に店内の皆さん、部下の見苦しい振る舞いでご迷惑をおかけしました。 ディオール軍人を代表してお詫びします」  厳かに頭を下げるアルベルトに対し、店内から拍手が巻き起こる。  もちろんその中にはジェラードも加わっていた。 「(実に潔い、こういう男が率いる軍が弱いはずがない。 話によると奴は国民的英雄の一人とか……いやいや、敵ながらあっぱれだ!)」 「お詫びの印と言ってはなんだが、メイド印のティーパーティーセットを10個ほどいただこうか。 お茶はもちろんだが、手作りのクッキーやスコーンも家族にえらく好評でね……」 「はいっ! いつもありがとうございますご主人様♪」  褐色肌のダークエルフのメイド、リーネンが涙を拭いつつアルベルトの申し出に笑顔で応える。  メニューの触れ込みによると、ハーブを用いた料理は彼女の担当らしい。 「(……あ、あいつもここの常連だったのか!? しかしだ、やっぱり女の子は笑顔が一番だな……)」 「「「行ってらっしゃいませご主人様〜♪」」」  ちょっとした騒ぎはあったものの、貴重な一時を過ごしたジェラードはパンパンな腹をさすりつつ店の外へ出た。  両手の紙袋にはアルベルトにつられる形で大量に購入したカフェ特製のお持ち帰り食品が充満していた。 「(あれだけ食っても値段が良心的なのには驚いたな。 雨はあがっていた…このまま歩いて郊外に出て、カリブルヌスで部下の待つ連合駐屯地に帰ろ……)」 「人が雨の中探し回ってたってのに……メイドカフェとは優雅じゃございません!? ご主人様っ!!!」  ちょっとカッコつけつつ締めくくろうとしたジェラードの前に現れたのは、  今回のディオール侵攻軍視察に同行した彼の部下ピリス=アイリスである。  彼女もジェラード同様に怪しまれないよう私服を着用していたが、ますます成人には見えない。 「そう怒るなピリス、ちょっと路に迷って雨宿り兼昼飯を食っていただけだ! 留守番の奴らへのお土産に、お茶やお菓子も買ってきたから機嫌を直せ。な?」  ジェラードら本来の任地であるスリギィランド。  そこへの足がかりとなるエリンランド駐屯地へ帰るキルコプター機内で、  ご機嫌斜めなピリスを何とかお茶やお菓子でなだめようとするジェラード。 「まったく……わちしは子供じゃありませんっ! 帰ったら旦那様に言いつけてやるんだから……」 「おいおい、帰って早々トロリスの説教は勘弁してくれ……そうだ!」 「何ですか? 頭の上に電球浮かべるなんて古典的な表現しちゃって」 「……ピリスよ、今度トロリスにメイドのコスプレしてお茶でも淹れてやれ。 あいつマジメだから、顔中真っ赤にして喜ぶぞ〜?」 「………………(ポッ)」  ピリスはさっきまでのイラつきを完全に忘れ、メイド大作戦のシミュレーションに入ったらしい。  どんな光景が彼女の脳内で繰り広げられているのか、耳まで真っ赤になっているあたりかなり際どいようである。 「(作戦成功! くっくっく……トロリスの慌てふためく顔が楽しみだ……。 しかし、トロリスの奴もメイド服を着たら似合うんじゃないか? あいつ小柄だし、女顔だし、猫耳だし……)」  そんな事を考えながら、ジェラードは買ってきたハーブティーを飲みつつ窓の外の星空を眺める。  あれからディオール侵攻軍の者に聞いた所、あのメイドカフェは連合による対ディオール工作の一環との事だった。 「(ディオール首都陥落の日、あのメイドの女の子達は無事でいられるのだろうか? 連合にとっては外様の雇われ部隊長に過ぎん俺には、その時にどうしてやる事もできんが……)」  険しい顔でハーブティーを再び口に運ぶジェラード。  あまり想像したくない未来に思考を巡らせたせいか、その味は妙に苦く感じられた。 「(これから運命がどう転ぶのかわからんが……またあの店に行って、彼女達の笑顔が見たいものだ)」                         ─終─