御光院麻奴華にとってたまの休日というものは退屈以外の何物でもなかった。 洗脳によりサディストな性格になった所為か元々そういう性質だったのかは分からないが麻奴華は 訓練や任務で身体を動かしている方が好ましいのだ。 休日であろうと訓練をするのを禁じられている訳ではないがそうすると同僚たちに物好きな奴めと 思われる気がして気に食わない。 なので麻奴華の休日の過ごし方は終日部屋で過ごすか行く先も決めずぶらぶらと街を徘徊するかの どちらかで今日は後者だった。 Tシャツにジーンズという流行もへったくれもない格好に着替えると頭に大きなハンチング帽を被 り街へと繰り出す。 持ち物は携帯とサイフとナイフのみ。 コンビニに行くにも登山家並の荷物を持っていくといわれる今時の女性像に真っ向から立ち向かう かの様な荷物の少なさである。 帰る時に荷物が増える事も滅多にない。 麻奴華にとって外出とは遊びではなく暇潰しの手段に過ぎないため街に出るといっても市街地に行 くとは限らず人気のない通りや住宅地をぶらつく事も多い。 よって彼女がどこにいようとそれはおかしい事ではないのだがそれでも不似合いな場所というもの は存在する。 例えば今いる場所──高等学校などである。それも文化祭中の。 麻奴華の年齢的にもしもサイオニクスガーデンに保護されていたならば不似合いではなかっただろ うが『NEXT』に拉致され中身を造り変えられた彼女には恐ろしく不似合いである。 だがそう思っているのは彼女自身と彼女を知る人間、そして神の目である読者のみで実際は周りか ら浮く事もなくごく普通に文化祭の活気の中に溶け込んでいる。 しいて言うなら違いは周囲は友達や恋人連れで笑顔なのに対し麻奴華は1人で無表情という事だが 皆麻奴華の事など気にする事なく文化祭を満喫していた。 (暇潰しのつもりで来てみたけど中々興味深いわね) かくいう麻奴華も無表情ながらそれなりに文化祭を楽しんでおりクレープを頬張りながら手元のパ ンフレットを眺めた。 (食べ物系の模擬店はあと3年のたこ焼きとチョコバナナ。現在トップのお好み焼きを超える可能 性があるとすればたこ焼きの方か。果たして私を満足させるだけの味かどうか見極めてあげる) 麻奴華は冷酷な笑みを浮かべると最後の一口を口に放り込みクレープの模擬店を後にする。 本命のたこ焼きは最後に食べるので次なる目標のチョコバナナへと向かおうとした時ケフッと小さ なゲップが出た。 (でもその前に少し腹ごなしが必要みたいね) 焼きそば、じゃがバター、たい焼き、お好み焼き、フランクフルト、カキ氷、カレーライス、ラー メン、クレープと食べ続けてきた麻奴華の胃袋もさすがに休息を欲しているようだ。 急遽予定を変え腹ごなしを兼ねて他の模擬店を見て回る事にした。 ■金魚掬い■ 「ふん、子供だましね・・・すいません、1回お願いします」 「はい、200円です」 ■スーパーボール掬い■ 「あんな薄い紙で生きた魚を掬うなんてイカサマ商売もいいとこね。その点スーパーボールなら逃 げたり暴れたりしないし真っ当な商売だわ」 「はい、1回100円ね」 ■型抜き■ 「水に浸せば溶けるアイスのコーンなんかでスーパーボールが取れるはずがないのよ。それに引き 換え集中力勝負の型抜きは自分との戦い。さぁ出来たわよ」 「あ、耳んとこヒビ入ってますね。もう1回やりますか?」 ■射的■ 「食べ物で遊ぶ型抜きの存在が間違っているのよ。さぁ、『NEXT』で磨いた射撃の技術を見せてあ げるわ」 「あーすいませんねお客さん。当たっただけじゃなくて下に落ちないと駄目なんですよ」 そして2時間後。 (・・・学生に商売をやらせるとろくなもんじゃないわね。『NEXT』だってこんなにあくどい商売は しないわよ・・・。全く時間と金を無駄にしたわ) これは言い訳ではない。主張だ。 唇を噛み締め手を強く握り締めているのは悔しいからではなく空腹を堪えているからである。 (そもそも目的は腹ごなしだから別に金魚がやスーパーボールが取れなくても何の問題もないわ。 むしろ取ったところで荷物になるだけじゃない。そうよ、取れなかったんじゃなくて取らなかった のよ) あくまで言い訳ではなく主張だ。 だがもし今麻奴華に2時間で1万近くも浪費した事についてつっこむ者がいたら確実に刺されていた だろう。 ちなみにどこのお祭りに行ったところで金魚掬いや射的はこんなものだが麻奴華はその事実を知る 由もなかった。 知ったところで主張が若干変更されるだけだろう。 (さぁ、気を取り直していくわよ。待ってなさいチョコバナナ、そしてたこ焼き) 結局お好み焼きのトップは変わらず対抗馬と思われたたこ焼きはたこが小さく生地もびしゃびしゃ でおまけに作り置きされていた若干冷めたのを渡されたので最下位にした。 その後は口直しに1位のお好み焼きを食べて射的にリベンジ(超能力でイカサマし一番大物の熊の ぬいぐるみを手に入れた)して満足したところで文化祭を後にした。 帰宅後は無駄にでかいぬいぐるみの扱いに困るも「カゲロー」と名付けストレス解消に使う事で解 決した。 なおどの様にしてストレスを解消するのかはご想像にお任せするが彼女はサディストとだけ言って おく。 こうして麻奴華は珍しく有意義な休日を過ごしたのだった。