サイオニクスガーデン。  NEXTに対向すべく作られた秘密組織。  そんな組織も、任務がないときはただの学園でしかない。  授業に、休み時間に、放課後。  どこにでもある学園生活がそこにある。  それはここ、高等部三年の教室でも変わりない。  時刻は正午を中ほど回ったところ。つまり昼休みだ。  学園生は思い思いに、つかの間の日常を謳歌している。  弁当を食べながら、音楽を聴きながら、勉強をしながら、歌いながら、話しながら。  そうした内の一つ、窓際の一角では談笑に花を咲かせているグループがいた。  その話題はというと―― 「だから2年の麻生ちゃんはもっと笑ったほうが可愛いんだって!」  なかなかにどうしようもないことだった。    拳を握り締めて力説する井伏軸に応えるのは、薔薇院十王輝。 「キミのような野郎と一緒というのは気に喰わないが、その意見には全面的に同意せざるをえ ないな。女性というものは笑ったときこそ、その美しさが最大限に輝くのだから」  言い終えると同時に短い金髪をファサー。「良いこと言った……」みたいな顔になっていた が、当然誰も見ていない。  ムムム、と首を傾げながら言葉を選ぶのは佐伯雅人。 「言うほど笑ってないかなあ、彼女。結構笑ってると思うんだけど……」 「そりゃオメーの前だからだろ」  ニヤニヤとツッコミを入れたのは神谷狼牙。とある場面を見られている雅人としては苦笑い を浮かべるしかない。 「まあ、確かにあの女はもうちょっと余裕を持ったほうがいいだろうな。あの調子じゃいつ死 んでもおかしくない」  「オメーはもうちょっと言葉を選んでから物言えよ」  淡々と語る二階堂兵牙にため息交じりで応えたのは岸峰健だ。その視線の先にいるのは、や はり雅人。「アハハ……」と再び苦笑い。 「事実を言ったまでだろう。あの女は強い。だが、脆い。柔軟さのない鋼が折れるように、こ のままではあの女もいつか折れるぞ」 「だからテメーはっ!」 「何だ? やるのか?」  ガタッと鼻息荒く立ち上がる健に対し、あくまで兵牙は余裕の表情を崩さない。  一触即発の二人の間に「あーあーあー!」と割って入ったのは飛島練也だ。 「邪魔すんな練也! 今日こそコイツの自信満々のツラ、ボコボコにしてやる!」 「笑えんジョークだな。それより自分を殴る練習でもしておけ。フン、敗北の味を忘れられる とは何とも貴様におあつらえ向けの能力だな!」 「あーもう、二人とも落ち着けって! ケンカするぐらいならもちっと楽しいことしようぜ!」  胸倉をつかみ合う二人に、どうにか引き離そうともがく練也。よくある光景なので、周りの 連中も「お、またか」「今日はどっちが勝つかねえ」「つか、練也もよくやるわ」と冷静その ものだ。  徐々にヒートアップしていく二人につられるように、周りのボルテージも上がっていく。つ いには「俺は兵牙に一本!」「じゃあ俺は健に二本だ!」と賭け事まで始まる始末だ(ちなみ に、一本=紙パックジュース一つ)。  軸が胴元をしようと立ち上がりかけたそのとき、もみくちゃにされていた練也が、はっと顔 を上げた。 「そうだよ! 楽しいことやってりゃ自然と笑顔になるじゃん!」 「「?」」  いきなりの言葉に二人の動きが止まる。そして練也は続けて高らかに言い放ったのだった。 「だから彼女誘ってバスケしようぜ!」 「「このバスケ馬鹿が!!」」  見事なハモリのツッコミであった。コンマ2秒だった。 「ひどい!?」 「バカとびー!」 「こっちからも!?」  軸にトドメを刺され、涙目で練也が崩れ落ちた。  しかし、先ほどまで漂っていた一触即発の空気はもはやない。二人は静かに互いの胸倉から 手を離し、元いた席に腰を下ろした。  結果的に練也は二人のケンカを止めてみせたのだ。だから、その流れる涙は無駄ではないの だ飛島練也。強く生きろ飛島練也。 「じゃけえ、練也の言うちることもあながち間違いじゃないぞ? 楽しかことやっとりゃあ誰 かて笑顔にはなるもんじゃ」  軸たちのグループから一歩引いた所から応えたのは来真通だ。別に仲間はずれというわけで はなく、単に自身が持つ能力のために「こっち寄んなバカ」と言われているだけだ。 「ちうても、その『楽しかこと』っちうのが問題じゃがのう」 「バスケが駄目なら野球なんかどうだ!? 白球を追いながら汗を流す楽しさは言葉に出来な いものがあ――」 「この野球馬鹿が!」  どこからか上がったツッコミに保志野闘馬が崩れ落ちた。本日二人目の犠牲者であった。 「んー、楽しいことかあ」 「何ということだ……この僕が女性のことで言葉に詰まるなんて!」 「雅人は何か思い当たることないのか?」 「んー……いや、ちょっと思いつかないなあ、ゴメン」 「別に貴様が謝ることでもないだろう」 「つか、アイツに楽しいことなんてあるのか?」 「そりゃあ一つや二つぐらい……あるかのう?」  うーん、と全員揃って腕組みで長考の姿勢。 「なあ、ちょっといいか?」  沈黙を破ったのは、今まで発言のなかった三条凛だ。 「お、凛ちゃん。何か思い当たることでもあったか?」 「いや、そうじゃなくて、前々から訊きたかったことなんだが……」  ? とハテナマークを浮かべる面々に、凛はかねてよりの疑問を告げた。 「何でお前らはいっつも俺の所でだべるんだ?」  そう、窓際後部のこの席は三条凛その人の席である。  毎回、バカ話に置いてきぼりにされている凛としては、何故こうも自分の元に集まって来る のか理解できない。 「え? 何でって言われても……」  キョトンと顔を見合わせる六人(十王輝は女性の話題ではなくなって興味が失せたのか、手 鏡を見ながら髪をいじっている)。  んー、と彼らは首を傾げ、まるでそうするのが当然かのように、一人づつ順番に答えていっ た。 「何でだ?」 「なんとなく?」 「窓際だからかな?」 「知らん」 「ツッコミだからじゃね?」 「それじゃあっ!」  見事正解を言い当てた健に賞賛のハイタッチの嵐が送られた。イェーイとみんなで手を叩き 合うが、通だけは「触んなバカ」と拒否られ、ちょっと沈んでいる。 「ツ、ツッコミ……」  みるまに凛の顔のデッサンが崩れていく。 「いや、ほら、あれだよ、えっと、そのー……じょ、常識人ってことだよ、うん!」  バカに引きずられてハイタッチに加わっていた雅人が慌ててフォローに入った。 「確かにツッコミいうんは常識かなかと出来んこつじゃからのう。雅人、ワレェなかなかうま いフォローしよるのう」  サイオニクスガーデンはその性質ゆえか、奇人変人が多い。常識を持たない人間はまれだが、 常識的な人間もまたまれだ。打てば響くノリの良さを持っていればなおさらである(とバカは 語る)。 「待ちたまえ! 私を差し置いて何故、凛ごときが常識人扱いされているのだ!?」 「テメーにだけは言われたくねえよ!」 「おおっ! ついに凛ちゃんのツッコミが炸裂したあっ!」 「相変わらずスルドイなあオイ」 「いや、あの……みんな?」 「三条凛……恐ろしい男だ(ゴクリ)」 「確かにツッコミって言ったら凛だよなー」 「誇るがええぞ、凛。ヌシんツッコミはこの学園の宝じゃ!」  ィヤッホウ! と優勝のビール掛けをする野球チームばりのテンションで騒ぎ立てるバカ五 人。唯一の良心、雅人の制止もこうなっては焼け石に水だ。 「お、ま、え、ら、なあ……」  三条凛はからかわれるのが嫌いだ。そのため、イジられるとよくキレる。  それこそがイジられる原因になっているのは自身も承知しているが、そうそう自分を変えら れるものでもない。 「俺をイジって遊ぶんじゃねえよ!」  だから、いつも通りキレたわけだが―― 「……………………」  予想していた騒ぎが起こらない。いつもなら、これでまた5分は騒ぎが続くのだが。  不思議に思い、そして気付く。静まっているのは彼らだけではない。教室中の喧騒が消えて いるのだ。  クラスメイトは一様に無言。ボケッと口を開け、ただある一点を見つめている。  それは立ち上がっている凛――ではなく、その背後。  つまり、窓。  三条凛はその視線を追って振り向き―― 「だっしゃああああああああああああああっ!!」  窓ガラスをぶち破って突入してきた高山嵐のドロップキックをくらった。 「ぐはあっ!?」  顔面にクリーンヒット。そのまま壁際まで吹っ飛ばされる。  その射線上にいた生徒たちはすでに退避済みだ。見事な危機管理能力である。 「うっしゃあ! 奇襲成功!」  そう言って高山嵐はガッツポーズ。一応言っておくが、これでも女性である。花が恥じらう かは疑問ではあるが。 「つうっ……テ、テメエ……」  顔を押さえながら凛は壁から身を離した。その指の隙間から、すうと緑色の鱗が消えていく。  竜化(ドラゴナイズ)。凛の持つ超能力だ。  肉体変質系の能力で、使用すると堅い鱗が体を覆い始め、銃弾や刃を通さなくなり肉体がそ のまま武器になるという力だ。  また、能力者の意思に関わらず、本能が危機を感じた際は自動的に発動する能力でもある。  つまり、先ほどの嵐の蹴りは本能が危機を感じるほどの威力だったわけである。恐るべし、 高山嵐。 「さあリンリン! 今日こそ決着付けさせてもらうかんな!」 「うっせえよボケ! 挑戦状がドロップキックって、テメーは一体どんな神経してやが――」  凛の言葉が止まる。そして、その目が大きく見開かれていった。  さて。ここで彼女、高山嵐が持つ能力を説明しておこう。  彼女の能力は獣化――鳥への変体能力だ。  人型のまま翼が生えてくるようなタイプではなく、そのまま銀色の巨大な猛禽類に変身する、 完全獣化能力だ。  先の「窓ぶち破り→ドロップキック」のコンボも、この能力を使って空から突撃したことで 可能になったものである。  鳥と化した彼女は巨大だ。翼を広げればその姿は二メートル近くになる。彼女本来の小柄な 体格からすれば、凄まじい変身能力と言えるだろう。  しかし、その体格変化に通常の衣服は耐えられない。  ガーデンの技術局によって、驚異的な伸縮性を持つ生地は開発されている。しかし、それを 使用して作ることが出来る衣服の種類はごくわずかだ。  例えばスパッツ。例えばゴム。さらに言えばそのゴムを使用したスカート。  ボタンで留めるタイプの制服にそれを用いることには、未だ至ってない。  まあ、つまりだ。何が言いたいかというと―― 「服を着ろおおぉぉぉぉぉぉおおおおおっ!!」  変身後である彼女の姿は上半身裸なのだった。 「何で? 別にいいじゃん、下は穿いてるんだし」  あっけらかんと、本当に不思議そうに嵐は尋ねた。もう一度言っておこう。高山嵐は女性だ。  よっしゃ来い! と言わんばかりに彼女はファイティングポーズを取っているので、彼女の 胸元を隠すものは何もない。体格のわりにはなかなかに立派な双丘がよっしゃ来い! と言わ んばかりに揺れているのがまる見えである。  それにいち早く反応したのは二神章徹、ロースト・チキンハート、緑川レオンの三人。通称 ――エロい三連星。 「良い乳だ……欲しい」 「私としては、もう少し恥じらいを持って欲しいものなんですがねえ」 「恥じらってようがいまいが、乳は乳だろうが! 相変わらずデケェな、ヒャハハァ!」  色々と駄目な三人の声をきっかけに、教室内が割れんばかりの喧騒に包まれた。「うおおお お! 生乳ぃ!」「デケェ! つか、スゲェ!」「揉みてえぇっ!」「さすが嵐! 俺たちに 出来ないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」その全てが男 子だった。青春である。 「え? あれ? ええ?」  当の本人は何事かを理解しておらず、ただうろたえるばかりだ。  それをいいことに、教室内はさらに騒ぎを増していく。さすが男子高校生。  そんな彼らに、ついに裁きのときが来た。 「ア、ン、タ、ら、ねぇ……」  ワナワナと肩を震わせているのは真狩純子。嵐と似たような元気娘なので、ウマが合うのか 二人の仲は良い。  その親友たる嵐の、女性として大事な所が見せ物になっているのだ。怒りを覚えるなと言う ほうが無理というものだ。  食事中だったのだろう、真狩純子はその手に箸を握り締めている。  その箸が、怒りの圧力に耐え切れず、バキリと折れた。 「いいから全員目ェつぶれえぇぇぇええええええっ!!」  椅子を蹴倒し純子は立ち上がる。その手にあるのは折れた箸ではなく、「ふぇ?」と声を上 げる天印あすか。そして、 「あすかぁっ! ビームよぉっ!!」と眼鏡没収。 「だから私、能力使いたくないんですけどおぉぉぉおおお!?」  あらわになったあすかの目からほとばしる破壊光線。その破壊力は凄まじく、色めき立った 男子生徒どもを問答無用で打ちのめしていく。  たちまちのうちに、教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図となった(男子限定)。 「うぎゃああっ!」 「どわあああああっ!!」 「あべしっ!」 「えっ? 何? 何が起きぎゃあっ!?」 「落ち着くんだハニィいぃぃぃいいっ!?」 「ヒャハハァ! 見えなきゃ当てられね……広域爆撃かよおっ!?」 「くうっ! 我が煩悩が負けるというのかあっ!?」 「僕、見ないようにしてたんですけどぉ!?」 「つか、被害者は俺のほうだろうがああぁぁぁあああっ!!」  かくして裁きは完了した。冤罪者もいたような気がしないでもないが、気にしてはならない。 正義に犠牲はつきものなのだ。 「見たかアホども! 正義は……勝つのよ!!」  地獄を前に、純子は拳を高く掲げて勝利のポーズ。そのジャンヌ・ダルクばりのまばゆい姿 に、他の女子生徒たちは割れんばかりの拍手を送った(あすか除く)。  ただ一人、状況に取り残された高山嵐は、 「……ありゃ?」  と言った。