――駄目だ。 ――砲撃どころか、トップスピードのアックス・チャージもあっさり返された。   未完成じゃ無理があったか…いや、こっちの話だ。 ――離脱?この状況からか?   あれ相手にチャージをヒットさせたミラーの腕も勲章モノだぞ。   死んじまったが。   まぁ、その前にブースタをやられちまってる。   いや、やめておけよ。 ――団員をこれ以上殺して何になる? 団長が帰ってきたら腰抜かすぜ。 ――俺なんかより、ミラーとミゲル、あの二人を失った損害の方がでかい。くそ。 ――…聞き分けのないヤツだな。コイツにゃあ今の俺らじゃあ束になっても相手にならん。   援軍なんぞ送ってみろ。   お前の脳天を叩き割る。わざわざ棺桶から出てきてな。 ――周辺地域の街に危害? それはないだろう。確証はないが。これはただの実験だ、恐らく。   それにしてもまんまと誘き出された。裏切...ヅヅッ   聖司暦3212年 1月36日 1125時   機士団   副団長   リドウ=サーシェス 大尉       副団長補佐官  レイム=ミラー   少尉          団員   ミゲル=ギデウス  上等兵          以上三名  警邏中 ディオール西部マルセルの森にて 黒い魔導機と接触    同日 1126時 ミゲル=ギデウス上等兵機 撃沈    同日 1132時 レイム=ミラー中尉機   撃沈     同日 1137時 リドウ=サーシェス大尉機 撃沈    同日 1315時 レイム=ミラー中尉 ミゲル=ギデウス上等兵 二名の死体 及び 破損した三名の魔導機 回収           リドウ=サーシェス大尉の遺体は発見できず。    後日より黒い魔導機の調査を行う 痕跡無し 情報掴めず ・報告書に貼り付けられたメモ ※なぜ副団長はわざわざ補佐官まで連れて警邏なんかへ?そして副団長の遺体は?生きているのでは?ならば何処へ… ※通信履歴に違和感を感じざるを得ない。いったい何が未完成なのだ?副団長は何を知っていた? ※関係があるとは思えないが、この日、丁度件の時刻に日蝕が起きていた。 異世界SDロボ ダークハイローSS  - 流星群を捕まえて -          ミミル編 第一話「入団試験、そして朔の襲来。」   …十年後 「お嬢様」   お花畑で、チューリップが満開で、蝶々が舞っていて、あ、これはアゲハかな、そんな事を  考えていたら、大きな暖かい手が、私の後ろから、とても優しい温もりが、私を包んだ。   私は振り返る。いつも夢に出てくる人。それはわかってる。   その人は、私を心から愛している。   だけど、いつも、顔は見えない。   見えなくても、それがとても穏やかな笑顔なのがわかる。   私がその顔を覗き込もうとすると、その人の背後から大きな人影が出てくる。   手には巨大な剣を握っている。危ない。声に出そうとする。でも遅い。   いや、例え早くても。   その人は剣に貫かれる。 「お嬢様、ミミルお嬢様! 朝ですよ!!」 「ひゃぁああああああああ!? …あれ?」   カナイさん(我が家のメイドさん)の声で目が覚める。   視界に飛び込む、白い壁、木製ベッドのポール、私の足の部分がちいさく盛り上がり、  小さく山を作っている白い毛布。私は目をぱちくりとさせた。太陽が窓から差し込んでいる。   窓から風が入る。まだ、涼しくて気持ちいい。でも、眠かった。 「今…何時…?」 「八時です」 「カナイさん、もうちょっと…あと、五分か、十分か…ダメですか…?」   眠いと、睡眠に対する事以外のすべてが億劫になる。私は食べる事よりも、眠る事が好きだ。   だから、ある友人に「うちの犬みたい(=いつでも寝ている)」とからかわれるような顔をしているのかもしれない。   ともあれ、私は、カナイさんの返事を待たずに毛布をかぶりなおした。 「はぁ〜ミミルお嬢様ってば…それ、一時間前に聞きましたけど。  まぁ...私はいいんですけどね、わ、た、し、は」   カナイさんの嫌味たっぷりの声が風に流れる。だって、眠いのだから仕方がない。   でもその言い方が何か含んでいた。少し気になる。 「カナイさん…?」 「はいはい、お嬢様」 「何か…ありましたか?」 「さぁてね。七時には必ず起こして下さいね、カナイさん絶対ですよ。大事な日ですから。  昨晩、そんな風に申し付けられておりましたがね」   私は霧がかった頭の中で、必死に目を凝らした。そういえば、大事な事があった。 「あっ!!ああ〜〜っ、機士団の入団試験っ!」   ようやく、意識が完全に目覚める。私の目標、そして夢。その一歩。それは、ディオール機士団に入団する事。   あの人に近づく為に。   私は飛び起きて、服を脱ぎながらクローゼットの前に立った。カナイさんがささっと近づくと、  手慣れた手つきでするする、と半脱ぎの私の服を取り払った。私がもたもたと服を選んでいるうちに、  カナイさんが輝民服(国旗の天使の模様が胸にあしらわれた軍服のようなデザインの、いわば国民服。  立場や地位によって色が違う。私は一般色の藍色)を取り出して、手馴れた手つきで着せてくれた。   いつも思うけれど、手品のような早さだ。   部屋を出ようとすると、長い髪を引っ張られ、私はぐぇ、と呻いて止まった。   私が涙目で振り返ると、カナイさんが後ろ髪をひっぱって、ため息をついていた。   こんな目にあわせられた挙句、ため息をつかれるなんて…。            エアバイク 「お嬢様、そんな状態で魔駆動風輪車をかっとばすつもりですか?  試験場に着く前に、ぼさぼさですよ、それじゃあ。  はやく鏡台についてください、ちゃんと髪を整えましょう。  しっかりまとめえておけば、まだ到着したときにはマシでしょう」 「ううー、でも、早くしないと…」 「サーシェス家のお嬢様ともあろうお方が、身嗜みに気をつかわずどうしますか。  試験もなにもあったもんじゃあありません。身なりで追い返されてしまいますよ」 「はい〜…」   私はしぶしぶ、鏡台に座る。ふと、そばに立てかけてある写真が目に入った。   そこには、幼い私を胸に抱く母と、その肩を抱き微笑む父の姿があった。私は、母と同じ髪型にしてある。   目が隠れるくらいできれいに切りそろえられた前髪、そして腰まで伸びる長髪。   きっと、その方が父さんは喜ぶに違いないのだ。私は、英雄リドウ=サーシェスの娘。   その名に恥じず、父の望む人間でなければならない。それが、英雄の娘である私の存在意義なのだから。   じっと鏡を眺めていると、手早い動きでカナイさんが私の髪を結いあげてゆく。 「はい、できました」 「いつも、ありがとう」 「いいえ、これがお仕事ですからね」   私は立ち上がると、鏡の前でくるりと回り、結われた髪を確認する。一本一本を太く編みこんだ三つ編みは、  まるでエビの尻尾のようにみえる。 「じゃあ、行ってきます!」 「…朝食もとらず?」   ぐぅ、とお腹がなった。でも、のんびり食べてる時間はない。 「…あ…パンとか、焼いてないですか…?」 「だろうと思って、置いてます。本当は食べながら歩くなんて粗相は許したくありませんが、  仕方ないですからね。食卓へ寄っていってください。おいてありますから」   私の考えが全て読まれてるみたいだ。十年近くの付き合いだから、そんなものなのかもしれない。 「は、はい、ありがとう、カナイさん」   ベッドの手入れをし始めたカナイさんを部屋に残し、壁に立てかけていた大剣を、おっとり刀で  部屋を後にする。廊下を駆け抜けて階段を下りた。食卓へ駆け込むと、叔父のラドウ=サーシェスと、  その息子、従兄のダリア、娘の従妹セルスが食事をとっていた。スープの良い匂いがする。思わず勢  いよく扉をあけてしまったので、それぞれの手が止まり、私に視線が集中する。談笑中だったらしく、  なにやら申し訳ない気持ちに包まれる。カナイさんがいたら、はしたない、そっとあけましょう、と  言うに違いない。わたしは思わずとも、申し訳なさで上目遣いになっていた。 「あの、その…おはようございます」 「おはよう、ミミル」「おはよう、ミミル」「おはよ、ミミル!」   三人が挨拶を返す。 「今日は、機士団の入団試験だったか。がんばれよ。ほら、そこにカナイが用意しておいてくれたトーストがある。  遅れないように」 「は、はい! ありがとうございます!」  わたしは頭を下げると、いそいそとテーブルにおかれたトーストを手に取った。少しさめているけ れど、ふちが焦げ、丁度良く焼けていた。手に取るとこげた部分がすこしちくりとした。 「行ってきます」 「ミミル、はやく帰ってきてね! 一緒に遊ぼう?」   セルスが愛らしいくりっと丸い青の瞳を輝かせて、言った。セルスは私を姉のように慕ってくれていて、  よく一緒に遊ぶ。以前はよく人形を着せ替えて遊んだりした。彼女は昔に大病を患い、死の淵をさまよった事がある。   今、彼女が生きている事は奇跡に近いそうだ。運よくか、病が治ったとは言っても、遺症かもともとの体質なのか、  虚弱であまり激しい運動ができない。   ...とはいっても、それは彼女の肉体だけの話で、中身はそこらを元気に走り回る子たちとなんらかわらない。   むしろ、元気すぎるくらいだ。だから、はしゃぎまわろうとする彼女を抑えるのに苦労する。   最近は、読書の楽しさに目覚めてくれたのか、一緒に本を読む事が増えた。   おかげで最近は、走り回る彼女を見てひやひやしなくて済んでいる。 「うん。またね」   私は再度「いってきます」言い残して食卓から出る。扉がしまる。そこでようやくトーストを口にする。  何も塗っていないけれど、おいしい。表面がすこしとげとげしていたパンが、口の中で唾液と混  じってぐにゃぐにゃになっていくのを楽しむ。   屋敷から出ると、車庫へと向かう。車庫は屋敷の隣にある。手入がされて一定に揃っている芝生を  ふみ、ずしずし、しゃりしゃりと音を立てながら歩く。車庫は屋敷の高さほどある。そこには機士である  叔父の魔導機が収納されている。私の魔駆動風輪車も、そこに収納されている。私は車庫の前まで歩くと  開閉の呪文を唱えた。それに反応して車庫の扉はモザイクがかかったように網目状の模様が走り、風で煽ら  れたようにぱたぱたと消え去った。騎士の井出達をした叔父の魔導機がそびえ立ち、虚空をみつめている。   私はその脇を通り過ぎ、車庫の隅に停車させてある魔駆動風輪車を起こした。魔駆動風輪車というのは、  魔力で駆動し、生み出した風でホバリング推進する小さな乗り物の事だ。シャベルの刃を外した物に、  スノーボードをつけてエンジンを乗せたような概観をしている。それを引っ張り出し、車庫の外まで運ぶ。   ボードの部分に乗り、鍵を回すと、フゥーン、と静かに内部で回転音が聞こえ始める。エンジンが  動き始めたのだ。回転音は徐々に大きくなり、私の体ごと魔駆動風輪車は宙に浮く。   機士団の入団試験は九時から。家から機士団基地までおよそ三十分。   時計を見ると、今は...八時十五分。あまり時間に余裕はなかった。予定では、  八時少し前に出て、余裕を持って三十分前には基地に到着...だった。八時に起きたのでは、  時間がずれるのも当然の事だ。   私は魔駆動風輪車に乗り、右手のアクセルグリップを回した。   すぅーっと車体が推進する。身体の重心を前に預けると、さらに強くアクセルグリップを捻る。   さらに車体は加速して、屋敷の敷地を飛び出して街道に出た。   でもそのまま、道沿いに曲がらず、そのまま林の中に突っ込んだ。念のために云っておくと、  ハンドル操作を間違ったわけではない。   私のすんでいるサーシェスの屋敷は郊外にあった。首都近郊まではほとんど周囲は森林だ。   道沿いにいくより、森林の中を突っ切った方が、基地には早く到着する。   ...もちろん、木々の間をすり抜けていくのだから、危ない。でも、背に腹は変えられない。   私は魔駆動風輪車ですいすいと木々の横を右へ左へと通り過ぎ、最短距離で基地へと向かってゆく。 「あ」  思わず声を上げていた。それが接近して来た時、私は舵をただ握っていただけで、繰る事を一切忘れていた。  竜巻。   五、六メートル程の高さのあるそれが、鎌鼬を発生させ周囲の草樹を切り刻み、巻き込みながら、視界の右端から、  私の前を横切るように、疾走…していた。 「うーん…このままだと…」   衝突…するような。 「ふきゃー!!!」   私が悲鳴を上げ、舵を思い切り右に切った時には既に手遅れだった。車体は傾斜してスリップし、そのまま直進する。  遅刻の危機が為にエアバイクはフルスピードだし、相手様も右から左に風速高速で動いている。  あ、と言う間に竜巻と私の距離は縮まり、周辺空間を切り刻む風圧の刃を、痛いほどに肌で感じていた。   私の悲鳴が届いたのか、竜巻は一瞬、エクストラメーションマークを浮かべると、急停車した。   非常にありがたい事だけれど、もう遅い。 「ぎゃー!」「ぐっ」   竜巻と衝突する。竜巻は魔駆動風輪車と接触した途端に女の子に姿を変え、弾けとんだ。   私は魔駆動風輪車から放り出され、後方の木に激突して背中から落下した。身体で植物を押しつぶす。 「いたた…」   少し痛む背中をさすりながら立ち上がる。視線を上げると、視野右端にその竜巻…の女の子が緑の上に突っ伏しているのが見えた。   咄嗟に、女の子の方へと駆け寄った。 「大丈夫ですか…っ!?」   私は、抱き起こしてから息を呑んだ。   肩まで伸びた、光を撥ねる一切の曇りのない艶やかな黒髪、それと反比例するように雪のように白い肌。  光を完全に取り込むそれは、真珠のようで、思わず手が伸びるほどに綺麗だった。 「おっと…」   無意識に頬に伸ばしていた手を引っ込める。妖しく美しいそれには、触れてはいけないような気がした。   その女の子は幼そうな顔立ちや身体からすると十四、五といったところで、和製の給仕服に身を包んでいた。   給仕服は草や泥にまみれている。   どこかのメイドさんだろう。年齢については自信がなかった。   妖魔の年齢は、外見とは一致しないからだ。   この女の子が妖魔である事は間違いない。   その証拠に――犬や猫のような、耳が頭から生えていた。 「あ、あの大丈夫ですか?」   見たところ之と云った傷は見つからない。でもどこかを強く打っている可能性はあった。 「ん…」   妖魔の女の子は何度か瞬きした後、目をぱちくりと開け、上半身を起こした。 「あの…」   私は再度、おそるおそる声をかける。その子はくるりと頭を回してこっちを向いた。 『………』   少しの沈黙。   顔を合わせてわかる。その女の子は目じりが鋭く、善く磨がれた刃物を思わせるブルウの瞳をしていた。   睨まれている。さんな気がした。見定めているようにも見えた。   私が敵か、敵でないかを。 「………」「あ……」     妖魔の女の子は立ち上がると、汚れた給仕服を手で払った。   そして振り返りもせずに云った。 「…ちょっとよそ見してたわ。ごめんね」   謝罪だった。くぐもって掠れているけれど、よく耳に通る声だった。 「あ、いやえっと、でも」   私が返そうとした瞬間、彼女はきっ、と振りかえった。 「でもあなたも偉く反応が鈍かった。あの距離だと私が視界に入った時にちゃんと舵を取っていたら避けられた筈」   私が云おうとしたことを先に云われてしまった。しかも至極辛口で。 「は、はい」 「それにしても貴方、どこかに向かっていたんじゃないの? あんあに飛ばしてこんな獣道を走って」 「ああ! 私急いでて! 機士団の入団試験で!」   何かが燻すような匂いを背後に感じて、振り返ると、セコイア(スギ科の樹木)に衝突して煙を上げている  魔駆動風輪車が目に入った。   これは非常に… 「ち、遅刻する〜!!」   私は悲鳴をあげた。 「………」「……?」   頭を抱える私をよそに、彼女は魔駆動風輪車に近づくと、前掛けのポケットけらトルクレンチを取り出した。   そのまましゃがむと、煙が吹いているエンジン部を開けはじめた。 「あ、あの、直せるんですか?」   私は問いかけながら近づく。 「多分ね」   彼女は振り返りもせずに答えた。 「その…」   鉄の心臓をてきぱきとオペしながら、彼女は少し遠慮がちに口を開いた。 「はい?」 「敬語はやめて。私の立場は、貴方より上でも、下でもないわ」 「は、は、は、うん」 「誰でも…受けれるの?」 「え?? 何が?」 「入団試験」 「機士団の?」 「そうよ」 「う〜ん…ディオール軍と違って、有志で…基本的には年齢は十二歳以上、性別、資格は特に問われなかったと思う。  あと、ディオール国籍ってくらいで」 「そう」   その後、しばらくの沈黙が続く。傍から見てもわかる手際のよさから、彼女がかなり手馴れていることがわかる。  それにしても、給仕服が似合わない作業だった。彼女はメイドなんかじゃないのかもしれないと思った。   十分ほどで彼女は修理を終えて、額を腕でぬぐった。 「上がったわ。動かしてみて」 「う、うん」   ボードに乗って鍵を回し、アクセルグリップを回すと、軽快に、フォオーン、とエンジンが音を立てて浮いた。 「凄い…なんか、調子前よりよくなったみたい…」   むしろ、回転音と振動が普段より、高速に感じた。 「交換条件」 「へ??」 「私も試験会場に連れて行って」   私の返事を待たずに彼女は言った。もうそれが確定しているかのようだった。   実際、私は断れなかった。 「それは構わないんだけど…受験できる、ってはっきりとは言えない…」   誰でも、とはいっても志願して、書類を送って、それから受験日の通知が来る。   飛込みで入れるという話は聞いたことがなかった。 「いい。とりあえず送って頂戴」 「う、うん…」   これだけ整備の腕がいいのだから飛び込みで、整備士として入れるかもしれない。私も恩があるし、  できるだけ機士団の人に売り込もう。   でもその前に… 「あの、実は試験の時間が、」「じゃあ行くわよ! 場所はお願い!」   言うが早いか、彼女は(そういえばまだ名前も聞いてない)私の後ろに飛び乗ると、アクセルグリップを  一気に開いた。 「ぴいいぇぇーー!!」   ヴァン!、とエンジンが小爆発を起こした。それと同時に景色が一気に飛び込んで、通り過ぎていった。 「こっちでいいの!?」 「はいいい!!!」   そもそも高速で移動する為の物ではない筈の魔駆動風輪車が尋常ではない速度で突っ走っていた。   いったい何処をどう修理すればこんなピーキーな仕上がりになるのか、それを考える間もなく、私たちは機士団基地ガーリアノに到着した。 「し、死ぬかと思った…」 「間に合わなきゃ意味ないでしょ、貴女も、私も」   確かにそうだ。彼女は私の背後から器用に半身を乗り出して魔駆動風輪車を基地まで操縦した。   お蔭様でなんとか、時計を見るとまだ五分前だった。   機士団基地はその規模(機士団員、所持兵器の数、等)に反して基地は大きい。視野いっぱいに基地の敷地が広がっている。   それは機士団が軍部と違い、基地を一つしか持たないこともあるし、独自の兵器開発、研究製造施設、演習場までもを  一つの基地内に持つからだ。ここに機士団の全てが集結していると言っていい。 「う〜ん…?」 「誰もいない」   決して誰もいないわけじゃない。整備士や機士、魔道機が敷地内を云ったりきたりして、なんらか作業をしている。   恐らく、基地の日常だ。   居ないのは入団試験の受験生だ。機士団の応募への参加者の数は結構多いと聞く。   私達は、基地の隅から魔駆動風輪車を押しながら、待ち合わせ場所、基地第一格納庫前に向かって歩いている所だ。 「…もしかして、遅かったのかも…」 「でも、指定場所はあそこでしょう? 思ったより少ないけど、三、四人いるわ」 「うん…」   千人とは行かなくても、百人くらいはいるだろうと思っていたのだ。   近づくとわかる。応募への参加者は四人立っているうちの二人だ。   長身の男の人と、腰まで伸びた茶髪を三つ編みにしたスタイルの良い女性が一人、ちょうどこちらに身体を向けて立っている。   女性のほうは、王族でないのにも関わらず、ディオール最高の魔道機アンジェラを授かったと云われる英雄、  機士団団長ローザ=ブライトナー准将。この国にいて名前を知らない人はいない。以前に顔を見たことがあるから、わかる。   男性の方は副団長だろうか? ボサボサの金髪と眠たげにも見えるすわり目をしている。以前にローザ団長を見た時にも、  彼女のそばにいた気がする。   その正面には、私たちに背中を向ける格好で二人の…雰囲気からして、恐らく若い、それも私達くらいの若さだと思われる、  二人の人物が見えた。体系からして、こちらからみて左は男の子、右側は女の子に見える。   団長はその二人と会話している様子だったが、こちらに気がつくと微笑みかけた。そして、私の連れを見て、首をかしげた。   団長が私達に気づいたところで、受験生の二人も私達に気がついたらしく、こちらに振り返った。   振り返ったうちの女の子は、紫髪のツインテールで、少しおとなし目だけど高価そうでおしゃれなフリルのついた衣装に身を包んでいる。  こちらを一瞥――というより、睨み付けると、前に向き直った。   もう一人、男の子のほうは茶髪でおかっぱ、身長は私より少し高いくらいだろうか。腰から鞘に納まった長剣をぶら下げている。   彼は私達を見ると眉を寄せて腰に手をあて、吹き飛ばされそうなほど大きな声で叫んだ。 「走れー!! もう集合時間五分前だぞ!!! 機士たるもの、十五分前には集合場所に到着していて当然!   しかも受験生の身で時間ぎりぎりに到着しようなどと、言語道断だーっ!!」 「は、はぁい、ごめんなさい!!」   その剣幕に思わず頭を下げて、私は走った。妖魔の女の子もそれにあわせて走った。   集合場所に到着して男の子の隣に立つと、私は団長と、その隣の男性に頭を下げた。 「お、遅くなってもうしわけありません!」 「いいのよ、ミミルさん。まだ時間にはなっていないし。それより、その…」   憧れである機士団、その団長と直に会話しているという事実は、私を高揚させた。もし入団が叶えば、この人と肩を並べて戦場に  立つ事になる。私は憧憬の眼差しを確りと彼女に向けた。   団長は、近くで見ると綺麗な青い瞳をしていた。少し間延びした穏やかな声に似合った海のような色だった。   彼女は、私の隣人に、目を配った。 「そちらのお方は、お友達? 受験生ではない様ね。少なくとも、私は聞いてないのだけれど」  「えっと、その…」   当然の質問だ。しかし、なんと答えて善いのか、私には判断がつかなかった。   友達か友達でないかと言われると友達ではない、という気がする。言うまでもない、十数分前に出会ったばかりなのだから。   しかし入団を希望している彼女の為に、気を利かせて知り合いだとでも言っておくべきなのかもしれない。   でも、どう紹介すべきかもわからない。何故なら、私は彼女の名前すら知らないのだから。   わたしが思慮も巡らせている間に、彼女は先に答えた。 「彼女とは道中出会っただけで、なんら関係はありません」 「では、なぜここへ?」   団長が返す。 「入団試験を受けるためです」 「それは…困るわ。入団試験を受けるには…」 「私が妖魔だからですか」   挑戦的な目つきで、彼女は言った。 「いいえ、違います!」 「き、貴様っ! 誇り高き機士団団長である稀代の英雄ローザ准将がそんな事を…!」   私の隣に立っている男の子が、彼女に食って掛かった。 「稀代だろうが英雄だろうが、私には関係がない。それに英雄であれば妖魔に加虐しないという保証はない」 「お前それ以上、団長を侮辱したら…!」 「どうしてくれるのか知らないけど、勝手にいきり立たないでほしい。私は事実を述べているだけで個人を侮辱していない」   団長は、顎に手を当てて、“困った”というポーズをとった。すると団長の隣に立っている男の人がすっと動いて  彼の頭に手を置き、ぽん、ぽんと軽くたたいて言った。 「はい、はい、落ち着こうぜ、オンスくん」 「マーク=グリフィス副団長! 僕の名前はオズです!」 「わるかったよ。ええと君、名前はなんての?」   男の人は思ったとおり副団長で、マーク=グリフィス、男の子はオズ、と云う名前らしかった。   マーク副団長は、妖魔の女の子に尋ねた。 「真空です」   真空さんは、相変わらずの仏頂面を向けて云った。 「おっけー、真空ちゃん。まず、何故君が…というより、入団試験の飛び入り参加を認めていないかを大まかに説明しとこう。  うちには人手が足りないんだ。余裕も余りない。色んな面でね。だからとっいって誰でも入れるわけにはいかないんだ。  軍部のように、不祥事があってはならない…いやいや、まあ軍部だって不祥事なんてあっちゃあいけないんだけどね、  特に我々機士団って組織はそこに繊細に気を使ってる。だから団長が責任を持って直々に人選するようにしてる。  信頼にたるかどうか、そして我々の求める技術を持っているのかどうか。でも団長は忙しいから入団希望者全員を一人一人  面接するわけにもいかない。なんせ忙しいからね、団長は。だから、見ての通り…事前に応募者には大篩いにかけて、  少人数に絞って面接をさせてもらっている。人格、能力、略歴、周囲からの風評なんかまでちゃんと調べる。  大多数がその前に書類選考で落ちるがね。今回、最終選考まで残ったのはこの三人ってわけだ。  あと、あまり関係者以外に基地に足を踏み込まれたくない。機密がいろいろあるからね」   そう云って、マークさんは一息ついた。 「とまあ、当然ながら応募の受付期間内に申し込みがなかった真空ちゃん、君の事は名前以外わからないわけだ」 「そうでしたか。迷惑をかけました。じゃあ」   毅然とした態度とは裏腹に、なにか諦めに似たものが混じっている事に気がついた。   云い終えると、真空さんは、くるりと踵を返して元来た道を戻り始めた。   その背中は、なんだか哀しく見えた。 「ま、待って下さい! 真空さんは、信頼に足る人物で、機士団に役立つ技能もちゃんと持っています!」 「引き止めたいって気持ちはわかるけどね、ミミルちゃん…」   マークさんはため息をつくように云う。ここで引くわけにはいかない。もしこのまま彼女の背中を見送ったら、  一生後悔する気がした。 「で、でも、私が機士であったなら…彼女を…救います」   あの人なら、きっとそうするはずだから。 「気持ちはわかるさ。確かにそうできた方が理想的だ。でもね、君達三人が最終選考まで残るに至るまでに一体何人の人が  省かれてると思う? そいつらはきっと、今頃泣いてるぜ。ここで通しちゃそいつらに面目がたた…」 「ミミルさん、話して下さい。どうしてそう言えるのか」 「お、おい団長…そういう訳にはいかんでしょう?」 「マークさん、彼女の言っている事は正しいと思うの。このまま真空さんを放っておく事はできない。  それに、彼女を入団させると言った覚えはないわ。必要な人材であればスカウトするだけ。  問題ないでしょう?」   団長が左右の前腕をぴったりとくっつけてマークさんに強請るように云う。   彼は呆れたように一瞬だけ目を見開くと、また元の座り目にもどして深くため息をついて頭をがりがりと掻いた。 「ありますよ。問題大あり。団長がそれでどうするんですか…」 「マークさん〜」   団長がかわいらしく哀願する。 「わ、私からもお願いします!」   私も頭を下げる。追い撃つように、オズくんが拳を握り締めて突き上げた。 「副団長! 彼女を追い返すのは試験後でも可能です! どうか御英断を!!」 「君らも…あのねえ。さっきあんな剣幕だったのに気が変わるのが早いよ。  てか、何だよ英断て。大体、件についちゃあ俺のに決定権はないってのに…。  団長がいいってのなら俺は構いませんよ」   団長の顔がぱあっと綻んだ。私も思わず安堵のため息をついていた。 「ありがとう、マークさん〜!」 「だから決めるのは俺じゃないですって!」   その後、真空さんを呼び戻し、マークさんと団長が幾つかの質問をした。   彼女はめでたく受験資格を得て、模擬戦闘の試験が開始された。   マーク=グリフィスは、今更ではあったが、団長と自分の自己紹介をすると異例の飛び入り受験生を加えて  試験を開始した。先ずは場所を基地内部の病院にまで車で移動し、健康診断が行われ次に生身での近接、射撃、戦闘技能  の試験が終わり演習場を用いての魔道機の技能テストに入った。   演習場とはその名のとおり魔道機による演習や訓練などと言った用途で使用される土地で、  当基地の規模は広く、砂漠地帯、森林地帯、市街地(当然ながら演習用の無人街)と様々な状況に合わせた  演習を可能としている。試験は場所を転々と移しながらも最終的に砂漠で行われていた。   団員の主だった機士達は作戦を帯びて基地には居なかったが、手の空いた整備士などは、  新たな機士候補生に興味津々で(機士達も基地内にいれば同じ気持ちであったに違いない)遠巻きに  四人を観察してそれぞれ好きなことを言い合っていた。。   そんな技師達の背後から白衣の人物が現れ、彼らに一声をかけて受験生達の状況を聞いた。  ひとしきりうなずき終えるとその白衣の――女性、金髪ロングヘアーを後ろで纏め、タレ目の碧眼、赤いカチューシャと  十字架のピアスが特徴的な青のミニスカスーツ姿の上から白衣を羽織った――人物は、受験生の模擬戦に見入りながら言葉を交わす  機士団団長ローザと、マークの元に近づいた。 「…予想以上です…」 「確かに、思わぬ拾いもんですね。実際のところは見てみなきゃわかりいませんが、高い技師としての腕を持ち、戦闘にも長けている」   二人の視線の先には、四機のリトル・クリスと呼ばれる小型の魔道機に搭乗し、装備された軽機関銃やブレードによって無人機を  破壊している。小型のリトルクリスより小さくただ動くだけの円盤である無人機はひ弱で、実際一度の攻撃で破壊されるが、  時折隙を突いて電撃で攻撃してくる。電撃は微弱でパイロットや機体に影響はなく、リトルクリス自身に電撃を受けた部位、  回数をカウントする機能がついている。元より魔道機の各部位の状態をモニタリングしているものを流用し、  機体に影響のない程度の微弱電流でも感知するように修練用として改修した物である。 「生身の戦闘については流石妖魔といったところですが、魔道機の操縦にも長けている。  ただ、魔道機を用いての戦闘経験はあまりない様だ。とは言え、開始十分程でもう慣れ始めている。  基礎がしっかりしている証拠だ。将来有望だ。でも、いかんせん、素性が…」   マークは頭をかいた。ローザは受験生達から目を離さず返した。 「真空さんの事ですか? 確かにそうですね。これだと応募に参加してくれていたら、最終選考まで残っていた可能性が高いですね…」 「だってのに、どこかで警備員兼庭師をしていたという事しか云わない。嘘でないにしろ、ディオール国籍なのかすら確認できない」 「それについては調査しましょう。保護者と連絡が取れれば彼女の問題は解決します」 「じゃあオンスくんですか? 彼は愚直で一直線な戦法ですね。性格がそのまま出てるな。しかしその愚直さを技術でカバーしている。  エースだった母親の資質を受け継いでますね。実戦にゃまだ無理だが資質は十分」   ローザは唇に人差し指を当てて頷いた。 「確かにそうですね。資質で云うならノイエさんも。少し動きが大袈裟…というのか、美意識を追求した戦い方ですね。  華麗ではあるけれど…実戦には早いかな。でも、同じく合格ライン」 「じゃあ…」 「ミミルさんも、申し分ない…と言いたいところだけれど、三人と比べて少し劣る。力任せな戦い片が目立つ。  でも戦い方が大雑把ながら、やけに反応速度が早い。技術で劣る部分を五感でカバーしているような戦い方。  将来有望ではあるけれど」 「…少々期待はずれ、ですか?」 「合格ラインだから問題はありません」 「アリスやパラムみたいなのを想像してたんじゃないですか?」 「やけに消極的な事を云いますね。彼女を“わざわざ”調査したのはマークさんだと聞きました。  自分の目で見ておきながらどうして最終選考まで残したんですか? 成績だけで見るなら他の選択肢もあったはず」   マークは、そうですね、と云ってバツが悪そうに頭をかいた。 「やっぱり…“サーシェス”だからですね」 「やはりそうですか。私は会ったことも見たこともありません。それほどまでに凄い人だったのですか、その人は…」 「この国には名魔道機乗りが何人もいますが、俺はあれ以上の人を見たことがない。英雄リドウ=サーシェス。  あのでかいドンナーブリッツが視界を飛び回って見る見るうちに敵機を撃墜していく。その姿は蒼い隕石と呼ばれた。  まあ、それでも機聖のアル老には敵わなかったって話ですが。  あの時の動き、今なら俺とウィンディ・アルファでもできるが、高機動型のアルファとパワー型のドンナーでやるんじゃ訳が違う。  それにあの頃からの技術の進歩って面をみてもあの人がどれだけ凄い人だったかわかる。人間業じゃない」 「確保しておきたかった?」 「はい。うちは基本的に有志ですしね。スカウトを禁止してるわけじゃありませんが。  まぁ、才能がないなら流石に諦めましたがね、磨けば十分光る。化けるって可能性もある。確保しておいて損はないでしょう」 「そうですね…」 「どう? 新人の様子は」   丁度最後の批評が終わったとき、白衣の女性が彼らの元にたどり着き、声をかけた。 「ミーナさん…おはようございます。いいですよ。皆、将来有望です。  イグニトゥスの様子は如何でしたか?」   と、ローザが尋ねた途端にミーナの態度は知的で冷静な雰囲気から豹変した。 「どうもこうもあったもんですか!あの胸部装甲についた大きな太刀傷!  また近接型の魔道機に突っ込んでけちらしたんでしょう!!」 「ご、ごめんなさい…最近は魔道機は速いだけじゃなくて装甲も硬くて…」 「アンジェラが傷つかない様に射撃型に整備した意味がないじゃないですか!  あと、エンジェルコアは確かに高出力の負荷をかけてもびくともしませんけど、他の部分はただの現代技術で  造ってるんですからね! ブースターや他の動力部品は総とっかえ! 他の稼動部も恐らく…チェック中ですけど、  似たようなもんでしょう。コア外れてるから整備終わるまで暫くの間はイグニトゥスは動かせませんよ」 「面目ありません…」   ローザは云われてうなだれた。 「あんましうちの団長をいじめんで下さいよ、ミーナさん。  それだけ相手方の技術も進歩してるし並じゃないパイロットがいるんですよ」 「団長だけじゃありませんよ。私は担当じゃないし詳しくは知りませんが、ウィンディ・アルファも  酷い状態だと聞いてます。オーバーホールだとエンジニアが嘆いてましたよ」 「はは…それじゃあ今頃俺のもばらばらですかねえ…」   マークが呟いた時、遠くでばさばさばさと連続した子気味のいい破裂音が三人の耳に届いた。   三人が振り返ると、基地外すぐにある林から、鳥の群れが飛び立ってゆくのが目に入る。 「鳥…?」 「あっちの方で何かあったのでしょうか…?」 「…ああ、そう言えば…」   ミーナが、思い出したように口に出す。 「昨日の昨日まで前線にいた貴方達は知らないかしら。私はアンジェラの事で頭がいっぱいで忘れてたわ。  今日は、皆既日食よ。もうすぐこのあたりでも見える筈…」 「そういえば、そうでした…。私、見るの初めてです」 「………」   太陽を見上げてローザが感嘆を上げる横で、マークは隠れてゆくそれを睨み付けていた。   とは言え、月は太陽に重なり始めていたが肉眼では変化を観測する事はできず、自然と三人の視線は  受験生へと向いていた。その時、少し強い風が吹いていて、三人を煽っていた。   気がつけば辺りが薄暗く変化していた。そして、実技試験も終わりに近づいていた。 「試験、中止にしなくていいの?」   ミーナが尋ねる。 「いいえ。不測の事態に対応出来るかどうかも試験のうちです。意図的にこの状況を組んだわけではないですけれど…。  それに、暗視モードの善い訓練になります」   流石団長と云うべきか、ローザは周囲の異変…昼間であるというのに、真っ暗闇という状況にも関わらず、  じっと四人の動きに集中していた。その間にも食は進み、更に辺りは暗くなってゆく。   ミーナは寒そうに両腕を軽く抱いた。 「…もうすぐ食甚ね」   ローザとマークも、月が完全に重なり合う時、空を見上げた。   少し離れた所にいた整備士達も、同様だった。   全景が薄暗闇に包まれ、空に光輪が現れた。   そして受験生達も、その瞬間だけは注意を反らせ、見上げた。    ダークハイロー   漆黒の後光を。 『なんだ……?』   オズが呟き、同調するように息を呑む音が三つ、ヘッドセットを装着しているローザとマークの耳に入った。   そうはお目にかかることの出来ない蝕の真っ最中だ。驚嘆が漏れる事もあるだろう。   マークは、光輪に魅入りながら、そう思った。だが、ローザは即座にその異変に気づいた。 「管制塔! 現状報告!! 受験生各位離脱して!  ミーナさん、今すぐイグニトゥスの出撃準備を! マークさんのアルファ担当にもそう伝えてください!!」   明らかな異変を伝えるローザの声が二人の耳に入る。 「団長いっ…あ…っ!?」 「な、何…魔道機…?」   空から落とした視界に突如出現したのは、漆黒のアウラを纏った巨大な魔道機。   闇に溶けるそれは、全身に浮かび上がる赤い文様の主張がなければ肉眼が認識している事を  拒否していたであろう程に、異質な存在だった。 「ミーナさん、早く!」   ローザは“それ”から目を離さずに叫ぶ。 「で、でもコアを外してるのよ。技師達はもうオーバーホールの準備に取り掛かってるはず…!  機体はほぼばらばらだわ! 今からそのまま組み上げても三十分は…」 「十分で! メカニックを使えるだけ使ってください!」 「無茶ね…わかったわ! アルファの人達にもそう伝えておく!」 「はい」   ローザは手短に答え、ミーナが格納庫に走り行くのを見届ける間もなくヘッドセットのイヤフォンに人差し指を  当てた。 「メカニック! 何か、使える一番ましなのを…二機…いいえ、一機と、あれを…ロードハイロー強襲用試作型の  システムを起動して下さい。終了次第イグニトゥスかアルファの支援へ」 『プリンセスアンバーを起動します。三分で終えます。ですが、強襲用試作型は、乗れたものでは…』 「緊急事態です。対応が遅れるようなことがあれば、基地ごと壊滅の可能性もあります。  急いでください」   会話を聞きながらローザとマークはもーナを追うように格納庫へと駆け出した。 『了解。ですがあれは準備してなかったんでちょっくら時間かかりますよ』 「急いで。今からそちらに向かいます。管制塔!報告は!!」 『う、は、はい。ギガス級、と思しき魔道機を…演習場に目視できます、が…』 「普段どおりはっきりとお願いします」 『レーダーにはリトルクリス四機以外の反応はなし!』   管制官が半ばやけくそに叫ぶ。 「団長、あいつは恐らく…!」 『こ、これは…!』   マークに言葉の続きを尋ねる前に、管制官の驚嘆がローザの耳に入る。 「管制塔。報告を!」 『レーダーに魔道機の反応! 識別コード…ど、ドンナーブリッツ!?…ポイントC3…第七格納庫…地下!』 「第七格納庫地下つったらリドウ大尉の…どうなってやがる!?」   起こる怪異は漆黒の魔道機のみではない。マークは許容できない事態に頭を掻き毟る。 『ドンナーブリッツから…高い熱源反応!? い、移動してます…!』 「どこへだ!」   マークが叫ぶ。 『北東! 演習場の方角です…!』 「んだとォ!? 何寝ぼけて…そっちには何もねえぞ! それに、なんも見えねえぞ!」                    ・・・・   マークは管制官の伝える方向を振り返る。確かに、そこには何も在りはしなかった。   日蝕。私はそれの事をすっかり忘れていたけど、今日がその日であることを偉く早く訪れた事で  ようやく思いだした。   最初は、初めてみるそれに少し動揺を覚えながらも、何が起きると云うわけでもないから、  すぐに落ち着いて試験――無人機の撃破に集中し始めた。特に難しい事はないものの、  ランダムで攻撃を仕掛けてくる無人機は、少し厄介だ。無反動で即攻撃に転じる事が可能な  無人機の電撃攻撃は、こちらのブレード攻撃より速度が速い。   常に攻撃してこないからと言って、油断していると電撃を食らう。回避に転じる必要があるものの、  回避に転じるまでにどうしても時間がかかる。もともと優柔不断な為に気づいても判断に戸惑ったり、  リトルクリスに慣れないせいも相俟って、何度も電撃をあてられた。その内に、攻撃し続ければ云いという  結論に至った。踊るようにただブレードを振り続ける。機体によるものの、舞うために造られていない  魔道機でそれを行うと操者、魔道機共に負担がかかるのであまりやるべきではないとされている操縦だ。   動いているときはともかく、急停止するときに負担がかかるらしい。   でも私は、それを感じたことが余り感じたことがない。ので、ついやってしまう事が多い。   今も、ただ敵を早く倒すためだけに動いているうちにそうしていた。   これだと、何も考えなくていいから、楽だった。   他の三人はと云うと、私のいる位置から少しはなれたところで同じように戦っていた。   でも立ち位置や無人機の出現場所は一定していなくて、気がつけば他の人の間近で戦っていたりする。   味方に当てず戦う、というのは当然であるけれども、少し難しい。   研修機用のブレードは一定以上の硬度を持つ物質にあたると曲がるので味方を攻撃しても  傷つける心配はないにせよ、やはり気を付き合う。というより、それも試験だからあてるわけにはいかない。   気がつくと味方に当てないために無駄な動きが増えていた。   試験に集中している間に時間は過ぎて、どんどん辺りは真っ暗になっていった。   そして…太陽が月を完全に侵食する…その時が訪れる。   モニタ越しに空を見上げていた。   拡大して、その光の輪を見る。この世の物とは思えない光景だ。綺麗だ。恐怖を感じるまでに。   気がつけば音がやんでいて、時間が止まったように感じた。   地獄の穴が開く。      ただならぬ気配を感じて視線を落とす。   視界にそれがいた。いいや、さっきまでは何もなかった筈だ。 『なんだ……?』   オズくんが呟く。   私達の前には、黒い大きな魔道機が突如出現した。   しかしレーダーは、それを探知していない。それは、居てはならなあいものなのだ。   私は、その死神とも及びつかないそれが放つ気迫に圧倒されて息を呑む。   赤い模様が呼吸しているかのように、点滅していた。 『受験生各位離脱して!』   団長の声が操縦席内に響く。   離脱?   そんなもの、できる筈がなかった。動けば、その途端に、あの死神は首を狩る。   私達は操縦席の中でさえ、指一つ動かすことが出来なかった。   少しの間、睨み合いが続く。   一秒、一秒が一時間にも二時間にも感じた。   でもその睨み合いは終わった。   死神は、狩る魂を選んだのだ。 「わ…たし…?」   黒い魔道機の左腕に装着された盾にも見える巨大なブレードの先が、開口してうなり声を上げ始めた。   エネルギーが充填されていく。   死ぬ。   それがわかった。   なら、最後にやるべき事があTった。 「みんな逃げて。この魔道機がライフルを撃った時に、方々へ」   それでも、間に合うかはわからない。でも、ここに留まっているよりは、きっとましだろう。   後は、団長達に任せるしかない。 『そんなわけに…!』   オズくんが云う。しかし、半ば諦めの混じった声だった。   その時、機体が揺れているのを感じとった。黒い魔道機の影響だろうかと考えたけれど、  別の原因であると気づいた。   レーダーが、少しはなれた位置に魔道機の反応を感知している。 『次は何…!?』   ノイエさんが呟く。   レーダーに出現した魔道機は一気にこっちへと向かってくる。周囲にそれらしいものは一切見えない。   でもそれが近づいてくるのは確かだ。地鳴りが、どんんどん大きくなってゆく。   近づく魔道機の反応が、私達のリトルクリスの反応と重なる。   うなり声を上げるライフルが充填を完了して発射されるのと、同時だった。   どっばあああああああああん!!   ライフルが放たれた時、眼前の砂面が一瞬赤く染まって融解し、多量の砂と共に、大きなエネルギーブレード  を構えた灼熱の魔道機が飛び出した。   黒い魔道機が放ったライフルの弾道が灼熱の魔道機のブレードによって湾曲し、彼方へと飛び去った。   しかしそのライフルの威力は当らずともすさまじく、発射時に発生した衝撃波で、  私達の小さなリトルクリスは四機とも軽々と吹き飛んだ。 「きゃあーっ」   受身を取る事もままならず、リトルクリスは砂につっぷすように落下した。   機体の受けた衝撃が、操縦席をも襲う。私はモニタに叩きつけられた。全身に痛みが走る。   私を助けた赤い魔道機が黒い魔道機と対峙している姿がモニタにしっかりと映っていた。 「あれは…?」   その魔道機の肩には、人が乗っていた。白い軍服をはためかせ、悠然と黒い魔道機をにらみ付けていた。   よく見ると、目元だけ隠す仮面を付けていて、着ているのは軍服ではなく白い輝民服だと気づいた。   白は高い等級の輝民のみが着る事を許されている物だ。例えば、高い地位の軍人や――英雄等がそれにあたる。   私はその人物を凝視しながら、奇妙な懐かしさを感じていた。 ―――二話へ続く 色々やっちまってきすと ○ミミルたんについて ・青髪ショートカットについて  このSSでは最初、「長髪」で登場します。  あとで短くなります。ああわかりやすい後の展開。  短髪に意味があったとしたら設定あきごめんなさい。 ○魔駆動風輪車  名前が長い。そして胡散臭い。繰り返されるとうざい。 ○輝民服(国旗の天使の模様が胸にあしらわれた軽装の軍服のようなデザインのいわば国民服)  ディオールは光の国なイメージ。かがやくくに。よってディオール民は輝民。っていう。  青 一般人  白 凄い人  他は考えてないけども寒色が多い多分 ○聖司暦3212年  聖なるお方が世界を司られてから。ディオールの歴史が三千年も続いているわけではない。恐らく。 ○仮面の男  仮面の男という設定や、アラン氏(設定名クランギーヤ)ではありません。多分。  後々面白いと思ったら…今は未定。  こいつが誰かは…あーなんてわかりやすい。 ○いろんなところ  それはありえない  しかしそこは魔法でなんとかしてたり  この世界と違う都合が色々あるんだなあとご理解ください  設定紹介 ダークハイロー ディオール近辺で確認されている漆黒のロードハイロー 付近に存在するロボットに対し無差別攻撃を仕掛けており、非常に危険な存在である 武装の剣型ライフルは刃が大型化しており、射撃、斬撃共に攻撃力が跳ね上がっている のみならず機動性も格段に向上しており、機体性能はもはや別物と言っても過言ではない また、艶のない装甲に刻まれたうねるような赤い文様は、何かの呪いの様にも見える パイロットなどは確認されておらず完全な無人機と推測されているが、実際のところは不明である ドンナー・ブリッツAs ディオールが誇る重騎士型魔道ロボ ロードハイローと同時期にロールアウトされた機体で、本機はその第3世代型 赤いボディで全体的に重装甲。肩と脚が換装可能で、背中の魔道ジェネレータとホバー機能付きの脚部が特徴 近接仕様である「As」型では、肩部を展開式の大型クラブクロー、脚部を高機動型に換装している クローの間からは電撃(接近戦用)やビームバルカン(近〜中距離戦用)を撃ちわける事が可能 手持ち武器として、右手に大型ビームソード、左手にプラズマスパイク付きのナックルガードを装備している パワー・スピード・装甲共に高レベルを維持しているが、射程の短さが欠点 主なパイロットは名門生まれの機士、ミミル=サーシェス 青髪ショートカットに目隠れ前髪が特徴の寡黙な少女で、普段は恥ずかしがりやだがやる時はやる 隠れた努力家で、機士団の入団が夢と語る。まだ未熟だが、今後に期待されている逸材である 真空(まそら) 15歳くらい ♀ 妖魔の国出身のカマイタチの少女 現在はディオールの貴族の屋敷でカマイタチの能力を生かして庭師兼警備員をしている しかし度重なる主人のセクハラに呆れ、いっそ戦闘力を生かして機士団にでも入団してしまおうかと模索中 肩までの黒髪に獣耳が生えており、腕から鎌状の刃を出すことが出来る 服装は丈の短い和服の上からフリルの付いたエプロン&ヘッドドレス クロスアッシュ ディオールの騎士型ロボ。 全身灰色で外見は極めて地味。 特徴らしい特徴は頭部のブレードアンテナと額に描かれた十字紋章程度。 武装も右手に持ったグレートソードと左腕に装着されたシールド付きブレードのみ。 シンプルな機体だがそのぶん操者の実力が反映されやすく操者次第で十分に強い機体となる。 現在の搭乗者は16歳の機士見習い、オズ=ライトマイヤー。 栗毛ショートカットで性格は単純熱血漢。 勇猛な機士だった母からクロスアッシュを譲り受け一人前の機士になれるように日々鍛錬に励んでいる。 ナイトミラージュ ディオール機士団所属の魔道ロボ 鏡をモチーフにした鎧とブレードアンテナの付いたヘルムが特徴で、 鏡型のシールドを装備している。武装は両肩にマウントされた剣 鎧と盾にはリフレクションフォースと言う防御システムが搭載されており、 起動すると鏡のように輝き、光学兵器や魔法をある程度だが反射できる しかし実弾には全くの無意味で、あまりに強力な攻撃は反射できないのが欠点である パイロットは紫髪ツインテールのお嬢様機士:ノイエ=ミラー 身だしなみに拘るおしゃれさんで、常に鏡を持ち歩いている しかしたまに行き過ぎて、身なりが整うまで出撃を拒否するなど、度々問題を起こしている ローザ=ブライトナー 先進国家ディオールの特殊部隊「機士団」団長を務める女性。24歳 腰まで伸ばした長い茶髪を三つ編みにしており、青い瞳を持つ 長身スレンダーだが出ている所は出ている体型で、レオタードのようなスーツにベストを羽織った格好をしている 大人しく押しの弱い性格で、初々しい印象。間延びした口調で、色恋沙汰に関しては素人 しかしロボに乗ると一変。歴戦の勇士としての一面が開花し、目つきが鋭く性格も強気に変化する。ただし口調は変わらず その強さから若くして団長の座に就いたものの、普段が普段なのでよく副団長のお世話になる また、あまりの操縦センスの高さに機体が追従できない事が多く、本来配備予定のなかったアンジェラを改造し、 専用機として運用している こちらはマシンガンなどの銃火器の扱いに長け、高機動による一撃離脱を得意としている ウィンディ・アルファ ディオール機士団に配備された、副団長専用の試作高機動型魔道ロボ ロードハイローをベースにしているが、新技術の採用で中身は全くの別物と化した トリコロールカラーな機体色と、指揮官用に強化された頭部ブレードアンテナが特徴 背部はフライトユニットに換装され、胸部にはビームバリア発生器搭載の追加装甲を装備している このビームバリアは前方にしか展開できないが、これで空気抵抗を減散させる事で音速飛行する事ができる 武装はベース機同様の剣型ビームライフルに加え、左腕にパイルバンカー内蔵のシールドを追加装備している 搭乗者はマーク=グリフィス(CV野原ひろし)。30歳。団長のローザとは腐れ縁の仲で、ボサボサの金髪と座り目が特徴の男 普段の彼女をフォローしている苦労人だが、内心気に入っており、普段はメガネが似合いそうだと語る 左手は彼女を庇って重症を負った際に義手となっており、普段は手袋で隠している ミーナ=オレンジシェーキ ディオールのシステムエンジニアにして、遺跡調査チームのリーダー。21歳 金髪ロングヘアーを後ろで纏め、タレ目の碧眼。赤いカチューシャと十字架のピアスが特徴 青のミニスカスーツ姿で、その上に白衣を身に纏っている 普段は知的でクールなビジネスウーマンを気取っているが、「遺跡」「ロボ」の単語を聞くと探求者としての血が覚 醒・暴走する メカと遺跡に関する知識は豊富で、その能力を買われてアンジェラ復元計画の総責任者に抜擢された そのせいかアンジェラに対して絶対の自信と愛着を持つようになり、本機の命名を担当したのも彼女である メディナによるアンジェラ強奪の際「私のアンジェラがっ!?」と叫んだり、子供を産んだらアンジェラと名付けようと画策するなど、 その暴走ぶりはとどまる所を知らない