異世界SDロボ ダークハイローSS  - 流星群を捕まえて -          ナヘル編 第一話「折れた剣」   私が覚えているのは、燃え盛る町と、熱気、悲鳴。そして何より目の前で  腹部から腸を飛びださせて横たわっている中年の男と、その男を切ったらしい  剣を構えた高貴な身なりで、恰幅のいい老年の男。   私はただ、どうする事もできず、生きている、恰幅の老人の綺麗な生地の服の裾を握った。   その腸を出して死んでいた男が自分の父親だったらしいと気づいたのは、  恰幅の良い老人が同胞たちから、私を指差しながら責め立てながら発した言葉を耳にしてからだ。   あの時はちっぽけだった私には何もわからず、ただ生きる為に目の前の二人の男のうち、  生きている方についていったのだ。   老人はすこし困った顔をしながらも、私を突き放したりはしなかった。  私を優美な白い魔導機に乗せると、一目散にその場から離れた。   搭乗席は狭く、老人の年齢を感じさせない鍛えられた胸にみみをそっとぴったりつけ、  力強い鼓動を聞いていた。   同時に逆の耳からは、彼がその場を離れる事に対する非難の声が轟々と鳴り響いていた。   よくよく聞いていると、その非難に対して庇護し、反論する声もあった。   彼はディオールの仕官であり、剣術・機操指南役だった。それと同時に前線に出て戦う  機士団団長でもあった。   その腕前はディオールの剣と呼ばれ、機士最高の称号「機聖」の名前を授かっていた。   彼を非難していたのは軍属の者で、庇護していたのは、彼の部下…機士団の団員だった。   彼は、私の目の前で多くの高官に責められ、せめて私を孤児院へと引き渡すよう、と言いつけられた。   彼は仕官を退き、私を引き取った。   彼の名は、アル=シュヴァート=ターマンと云った。   彼は、私が名を忘れていたので、ナヘルと名づけた。   何故、彼が、名声を捨ててまで私を引き取り隠遁生活を歩むようになったのかは、  その時は、わからなかった。   私と彼は、ディオールという国の端にある小さな村からさらに離れた小屋に二人で暮らし始めた。   彼から読み書き、そして、魔道ロボの扱いを教わった。   よく使っていたのはワルドーザーと名づけられたロボットで、黄色く陳腐な姿に、  胸部には大きな口が描かれ、右手には大きな鉄球がついていた。   近くの村から何かを運ぶ時に、それを使って運搬する。   ワルドーザーの頭部はむき出しの操縦席となっており、そこに乗せられ、  事細かに操縦法を教わった。   その生活を始めてから少しばかり経つと、割と頻繁に、門を叩く者が現れた。   決闘の申し込みだった。   "ディオールの剣"と戦い、己の腕を試したがる機士や、諸外国の戦士達だった。   彼は決闘を申し込まれ、散々はぐらかした後に勝負を受けた。   戦いが長引くことは余りなかった。   五分も立たないうちに敗北を宣言するものが多かった。   それ以上もずっと粘り続ける人ほど未熟である事は、子供ながらになんとなくわかった。   ある日、女性の魔道ロボの乗り手が門をたたいた。   それはとても美しく、立派な騎士だった。   何よりその人が他の人とは違ったことは、とても遠くの国からやって来たというのに、勝負が  始まって直ぐ、何をするでもなく、敗北を認めたことだった。   その頃は既に、アルは誰にも負けないのだと理解していたし、負けを認めるのが早ければ早いほど、  立派な騎士(若しくは機士)だと思っていた。   その女性は、私にとって最も立派な騎士だった。   私はその人が剣を振るう所を見たわけではなかったが、華麗に美しく、力強く舞うように戦うのだろう、  と想像を膨らませていた。   私もそうありたい、と思った。私は棒切れを持ち、修練を始めた。   とは言っても、子供が棒切れを振り回しているだけだ。鍛錬などと言う立派な物ではなく、  文字通り、児戯だった。   棒切れを振るっている事に何故か罪悪感を覚え、私は彼の見ていない所で練習を続けていた。   ある日、偶然か彼は棒切れを振るっている私を発見した。   そしてただ一言、 「ふむ…」   と呟いた。   次の日の朝から、彼は朝食前に私を表に連れ出し、「朝の準備運動」に付き合わされるようになった。   それは最初、剣の振り片から始まり、いつの間にか、戦闘時の魔道機の扱い方にまで発展していた。   十六の時、決闘にやってきた機士の相手をした。   その日、アルは留守だった。   それは私から言い出したわけではなく、相手からの申し出だった。   相手は失礼にも私を男だと勘違いし、アルの弟子なのだと思い込み、私の腕を見たいと言い出した。。   男と間違われた事に少し腹を立てていたし、相手をすることにした。   ワルドーザーはアルが乗って出かけていたし、魔道ロボは他にはない。   生身での剣術勝負となった。   私はあっさりと勝ち、相手を絶句させて帰らせた。私に勝てなければ、アルに挑むだけ無駄である。   その事を話すとアルはただ一言、 「…ふむ」   と呟いた。   次からは、私が挑戦者の相手をする事になった。   相手によってはアル本人が出ることもあったが、基本的には私が相手をして、帰した。   負けたことは一度もなかった。 「こんなものか…」   竿から垂れる釣り針にぶらさがる鮎を取り外して腰から下げた魚籠に入れた。   六匹の鮎を腹に蓄える魚籠はずっしりとした重さを持つ。   時刻はもう昼で、晩御飯には十分の量を得ていた。   私は帰路に着く。   ここは家から歩いて十五分足らずの所にある川だ。   私達が住んでいるのは国境付近のいわば、ディオールの辺境地の森の中だ。   首都まで魔道ロボに乗って半日、近所の村まで一時間ほどかかる。   村までは何度も行った事はあるが、首都に行ったことは一度もない。    「…それにしても…」   ずっと気味の悪い気配を感じていた。   誰かが見ている。森の動物達も、何かを警戒している様子だった。   何時もの様に寄っては来ない。   何か、異物が森に混入している。そんな雰囲気を得た。   アルへの挑戦者が来ている時、こんな風になる。   しかし、今日のこれは変だった。   家に向かうでもなく、私をつけている。   そして、剣を突きつけられているような気配。   行きは偶然かと放置していたが、どうにも何かが居るのには間違いなかった。   家にこのまま戻って、家や畑に被害が及ぶのは御免だった。   この当りでお引取り願おう。   私は何気なくを装い、地面に転がる石ころを拾い上げた。   そして、振り向きざまに気配がする方へと勢いよく弾いた。   指弾と呼ばれるこの技は、アルから教わったものだ。   石ころは弾丸のような速度で飛び、気配のする茂みに直撃した。 「ぐはッ」   四、五メートルほど離れた茂みから緑と濃い緑で模様を描いた奇妙な服を着ている人物が転がりだした。   気配だけして姿が見えなかったのは、どうにもこの衣服の所為らしい。同じ模様の覆面もつけている。   森に溶け込んで発見しづらい。   しかし、それもただの錯覚、原理がわかってしまえばどうという事はなく、石が直撃したらしい胸を  抑えてうめく人物の元に駆け寄るもう二人の人物を発見した。   明らかに機士達とは違う、“妖しい”人間達であることに間違いなさそうだった。   全員、倒しておくべきだろう。   判断を下すと相手が次の行動を取る前に私は竿を振った。   駆け寄ったうちの右側の人物に釣り針をひっかけ、左に振る。   腰を上げかけていた所に横からの力がかかり、左側の人物に倒れ掛かる。   私は竿を捨てると腰の剣を左手で逆手に引き抜きながら左側の人物のほうへ飛び込む。   左側の人物は右側の人物が倒れかかるのに巻き込まれるのとなく肩を掴むと引き倒して飛び越え、  肩からベルトで吊り下げていた黒い塊をこちらに向けた。   その黒い箱はこちらに向くと火を噴いて何かが左肩をかすめた。   私はそれが銃と呼ばれるものだと気がつく前に刃をそれにたたきつけた。   銃はそっぽを向き、噴いた火は背後で木にあたりだん、だんと音を立てた。   次の瞬間には手刀を相手の首筋に叩き付ける。相手の体が地面に打ち付けられるその上を飛び越えて、  竿にかかり体勢を崩した人物の背中の上に飛び乗る。   そのまま立ち上がることが出来ないように膝で押さえつけ、首筋に刃を突きつけた。   相手はうめく。体格や声からしてどうやら男らしい。 「お前達は何者だ」 「………」   相手は答えない。   少し剣に力を込める。少し首に突き刺さったのか、男はさらに呻いた。 「言え、さもないと…」   私は言葉に詰まる。さもないと、私はどうすればいいのだろうか。   殺すつもりはない。無闇にこの森を血で汚すべきではない。   ここから国境間警備の駐在所までは遠い。   アルは昨日から出かけている。今日の夕方に戻るといっていた。   この三人を連れて駐在所までゆけば、その間、家は留守になる。   私は家内だ。家を守る立場にある。   この人物らが何者であろうが、何を目的てしていようが、私達の生活に介入しないのならば、  どうでもよかった。   まさか、こんな辺境地に住まう老人と小娘なんぞに用はないだろう。    「…すぐにここから立ち去れ。次に見かけた時は切る」   言葉を発することなく、男はただ頷いた。   私は、剣を鞘に戻すと、男の衣服に引っかけた釣り針をはずし、竿を拾い上げる。   三人の様子を見ても起き上がる気配もないので、私は帰路に着いた。   私は林から抜け   畑の横を通り過ぎ、   家の扉を開けた所で――首筋に強い衝撃を感じて床に崩れ落ちた。   落下する視界の中に、まるで人形の様な魂のない瞳を持つ少女の姿を見た。   目が覚めたとき、既に夕方だった。   私は魔道ロボの立てる大きな物音で目が覚めた。   私がいるのは家の中で、体の自由はきかなかった。扉の側の壁にある窓から、  黒い狼のような魔道ロボが数機見えた。この位置からは見えないだけで、まだ他にもあるらしい。   頭を動かして状況を確認すると、私は椅子に縛られ体をしっかりと固定されていた。   思考をめぐらせ、何があったのかを思い出す。   家の名に入った途端、黒髪ショートカットで、灰色のボディースーツの少女に  手刀を首筋に叩き込まれて気絶した。   そして何より、 「気がついたか」   数人に囲まれている。    目の前にはその、私を気絶させた少女が立っている。   相変わらずの魂のない瞳で、わたしを見下ろしていた。   言葉を発したのはその少女ではなく、森で遭遇したあの迷彩の男達だった。    「何のつもりだっ! ここから去れと言ったはずだ!!」 「そういう訳にもいかなくてね。爺ぃはどこだ?」   問われて自分の浅はかさに気づいていらだつ。   アルはただの老人ではない。機聖だ。   ここから離れる事がないので外の事は何も知らず、機聖というものが  どこまで凄いものなのかはいまいちよくわかっていないし、アル本人も語った事はない。   挑みに門をたたく者たちだけがなんとなくそれを示していた。だが、私は他を知らないのだ。   そういうものなのかと考えていた。   狙われる理由として成立する程の称号だったのかもしれない。   今更気づいても遅い。 「…知らない。私は一人でここに住んでいる」   私が答えると、男は黒い箱、銃を私の顎下に押し付ける。 「しらばっくれてもここに住んでること位はわかる。あの爺ィは国外でも有名人だ。  隠してもばればれなんだよ。情報はダダ漏れだ。なにより部屋を漁ったらそれとわかる書状なんかも出てきたしな。  ちゃっちゃ言わんと痛い目見るぜ」 「………」 「おい、頼むぜ。俺らは仕事済まして早く帰らにゃならん」   私は沈黙を続ける。死んでも言うつもりはない。アルを、旦那を売る事などできるはずがない。   すると、男はため息を付いて銃を私から離した。   そして、一度私から離れ、次の瞬間、 「ぐっ!」   平手打ちが飛び、私の頬を直撃した。鈍い痛みが頬に残る。   私は男を睨み付けた。 「よくも…!」 「急いでるといったろう。俺達はここからさっさと…」 「隊長」   男が言葉半ばまで言いかかった時、少女が口を開いた。   瞳と同じで、魂の無い声色だった。   男は振り返る。 「どうした、リオナレオナ」    「一機の魔道機が接近中。進行速度はワルドーザーの最高時速とほぼ合致。  確証はありませんが、搭乗者はターゲットである可能性があります」 「手間が省けたな。よし、この娘の見張りに一人残れ。他は皆マナスレイブに搭乗しろ。  絶対に爺ぃを殺すなよ」 『ROG(了解)』   短く答えると少女と男達の内四人は扉を開け、外に出ていった。   開いた扉の隙間から、黒い狼だけでなく、灰色の体躯にゴーグル状の目を持つ魔道機、  全体的に黄色く、頭部が円盤状になった魔道機が見えた。黒狼は、全部で五機、   その内の一機だけは、角と肩に大砲が付いていた。   次の瞬間には扉は閉じていた。   独特の間延びした機械音が複数耳に入った。魔道機のハッチの開閉音と思われた。   家の中には、私と背後に感じる気配一つが取り残された。   私がどうやってここから脱出するかを考えているうちに、聞き覚えのある魔道機の音が耳に入った。 「旦那…」   ワルドーザーだった。そのむき出しの搭乗席には、アルが乗っている。    『機聖アルだな』 「はて、今日はうちでパーティーでもあるのかな?」   アルは飄々と答える。 『そんな所だ! もちろん主役はあんただ。  おい、やれ。さっきも言ったが殺すなよ。リオナ、お前は何もするな。ジェド、お前もだ。  すぐに終わっちまったら面白みが無い』 『ROG』   黒い狼が三機、ワルドーザーを囲む。   まずは一機目が腕部から伸びる鋭い手の爪で切りかかる。   ワルドーザーはすっ、と回避すると、半ば体当たりをするように肩をぶつけた。   ハウンドドックは意外な程派手にすっころび、林の中に突っ込んで木をへし折った。 「ううむ、犬も歩けば棒にあたるものだな。気をつけるように云ってやりたいものだが  残念な事にわしは犬語が喋れん」 『ふざけやがって』   二機目は腕部に装備された銃を発射した。ワルドーザは移動しながらぐるりと一回転してそれを回避し、  遠心力をそのまま利用して鉄球を打ち当てた。 『オォっ!?』   そのまま二機目は三機目に激突し、絡まって地面に身を投げた。 『ほぉ。流石は機聖。ワルドーザーで無敗というのも嘘ではなさそうだ。  本当はもうちょい遊んで行きたいが俺は急いでる。リオナ、やれ。間違ってもターゲットを傷つけるな』 『ROG』   灰色の魔道機は高速でワルドーザーに接近すると右腕の刃を振るった。   ワルドーザーは後方に身を引いてそれを回避する。二の太刀、三の太刀も同じ様に回避していく。   しかし三の太刀の後に灰色の魔道機は急加速し、左手でワルドーザーの肩を捕まえると、  腹部に剣を突き刺した。刃はプリンを突き刺すようにあっさりとワルドーザーを貫く。    「旦那ァッ!」   思わず叫ぶ。ワルドーザーは爆発し、四散した。   しかしアルはそれに巻き込まれる前に飛び上がると剣を抜いて灰色の魔道機に飛び乗った。   そして?左腕の付け根に剣を突き刺す。 『ぐっ』   灰色の魔道機はアルを捕まえようと右手を肩に伸ばす。   アルは手をすり抜けて地面に飛び降りる。 「リオナ! レファーガで人間相手にするんじゃねえ!  殺しちまったらどーする! 降りて取り押さえろ!」 『ROG!』   レファーガは動きを停止し、胸部のハッチが開口した。中からはリオナと呼ばれる少女が飛び出した。   二人は向かい合う。   アルは既に剣を納刀していて、特に構える事も無く立っている。   先に動いたのは少女のほうだった。   彼女はアルの方に足を大きく踏み出して、何かを掴むように指を折り曲げた右手を伸ばす。   アルは彼女の右手の外側に避ける。その動きは滑らかで、ただ一歩足を踏み出したようにしか見えなかった。   リオナは振り返ると同時に裏拳を放つ。アルは放たれた甲を左手で掴んでぐるりと回して捻りあげる。   そしてそのまま、首筋に手刀を叩き込んだ。   リオナは、そのまま崩れ落ちて動かなくなった。失神したのだろう。 『ったくめんどくせーなぁ。おい、娘を連れて来い』   隊長の男の指示が下され、背後に立つ人物によって私は縛りつけられた椅子から外されると、  背中に回した腕だけを拘束された。    「立て。こちらの指示以外の行動をとれば撃つ」   背後に立つ男は、私にあの黒い銃を突きつけているらしかった。   言われて私は、立ち上がった。今はとりあえずいう事を聞くしかないと思った。 「扉まで歩け」   ゆっくり扉に向けて足を進める。   男は私が扉の前まで辿り着くと、銃を私に突きつけたまま半身を乗り出し、  扉を開けると、私の後ろに戻った。   アルの姿が見える。彼も私を見ていた。どこか哀愁を覚える、涼やかな微笑みえを浮かべていた。   駆け寄って無事を確かめ、抱擁したかった。   しかしそれは適わない。   こいつらを皆殺しにしてやりたかった。   角の生えた黒い狼の魔道機は私を見ると、肩部の大砲を私に向けた。 『大人しくしていろ、爺さん。余計な動きをしたら娘に撃ち込む。  避けるとか考えるなよ、小娘。飛びだすのは銃弾じゃない。グレネードだ。  家ごと燃え尽きる。おい、ボブ。娘からさっさと離れて爺ぃを拘束しろ」   ボブと呼ばれた男は、銃をこちらに向けたまま私の背後から離れ、アルに標的を切り替える。   アルは観念したように跪いた。   しかし次の瞬間、ボブと呼ばれた男は悲鳴を上げて銃を手から落とし、蹲った。   そして角の生えた黒狼のほうへと向いたアルは、握った拳の親指を弾いた。指弾だった。   ボブの腕を打ち貫いたのも、指弾だったのだろう。   放たれた指弾は、私に狙いをつけていた黒狼の大砲を撃ち貫いた。   大砲は爆発し、装着された右腕ごと落下した。角着きは体勢を崩し、  左手を着いて体を支える。 『くそがッ』   私はアルの方へと駆け出した。 「旦…あぅっ!?」   突然背後から現れた手に喉を掴まれ、私は止まらざるを得なかった。 「ナヘル…」   アルはこちらを向いて眉をしかめた。 「ぐっ…! うっ…! がっ…」   頭を振ってもがく。   しかし喉元に食い込んだ細い指が、がっちりと私を掴んで離さない。   呼吸をする事も困難で、意識が虚ろぐ。   視野から少女の姿が消えた事と人とは思えない冷たい細い指から、  相手が誰かは容易に予想がついた。リオナだ。 「機聖アル=シュヴァート=ターマン。動けばこの娘を殺す」   その時、隊長と呼ばれた男が、こちらにやってきた。   緑色の覆面は既に脱いでおり、頭だけ露出させていた。   堀が深く右眉に傷跡のある強面の男だった。  操縦席内で怪我でもしたのか、額から血を流している。 「くそが…よくやった、リオナ。さて爺ぃ、これ以上やらかしてくれたら、  即座に娘は死ぬ。わかったか?」 「………わしは、こんな娘、知らないが。可哀想だから離しておやりなさい」 「ほぉ! じゃあ殺そう。人質にすりゃならん無価値な娘だ。  俺は今イラついてるからな、腹いせに散々苦しんでから死んで頂こう。  リオナ、とりあえず指を一本づつ――」 「待てっ!」   アルが制止する。 「なんだぁ! 赤の他人だろう。無理して庇わなくていい」 「その娘は、私の…」 「ほぉ、誰なんだ?」   このままでは、アルが捕まってしまう。   『私はこんな人知らない。殺せ!』   そう云わなければならない。   私が死ねばアルはこいつらを… 「がっ…」   くるしくて、声が出ない。 「誰なんだ、早く言わないと殺すぜ」 「…妻だ」   涙が溢れた。   酷い。酷いじゃないか。   こんな事ってあるだろうか。      ようやく呼んでもらえたのに。   初めて妻と、彼は呼んでくれたというのに。   ようやく私を、妻としてくれたというのに。      私が彼の妻となったのは十五の時だった。   私はアルに対し、どうしようもない怒り、苛立ちを覚え、何事にも反発し、罵倒した時期があった。   彼は何を言い返すでもなく、困惑した表情で私にただ、すまない、と謝罪した。それにすら余計に腹が立ち、  無意味な暴言を繰り返した。   いわゆる、反抗期と云うやつだった。   私はある時、幾ら口滑ったとしてもこれだけは云うまいとしていた言葉を吐き出した。 「人殺し。お前は私の父を殺した。そしてもっとたくさんの人を殺してきたのだろう。  偽善者。軍人を止めて孤児を拾って都会から逃げて、それで赦されるとでも思ったのか」   彼はこれまでに見ない、哀しそうな目をして、云った。 「そうだ。私はより多くを殺した。ディオール人の中で最も多く殺し、最も栄誉ある名を得たのだ。  それでいて私はこの国一罪深い。そしてこの国一の臆病者だ。  最も栄誉ある名を授かっていながら、多く人を殺していながらにして、それが突如恐ろしくなった。  男を殺した。ただのごろつきの様な男ではあったが腕は確かで、勢いあまって殺してしまった。  するとその男の娘がでてきて、恨みも、憎しみも宿らぬ目で私を見た。  そして、ついてきた。恐ろしかった。  もちろん解かっていた。敵を殺すという事がどういう事なのか。  私は「白い悪鬼」と呼ばれ憎み憎しみをこの身に受ける事によって、咎に対する贖罪を得ていたのだ。  だがその少女は恨みも、憎しみも、持ち合わせていないのだ…。  その時ようやく気づいた。私はただの一つも、赦されてなどいないのだと。  今まで殺した者、そしてその縁者達の思念とでも言うようなものが、ずっしりと重く一度にのしかかってきた。  私は罪悪感から逃れるように引退し、その娘を引き取った。  いつか私を憎み、剣で私を貫いてくれる日が来る事を願って」   彼の事をいままで善く知らずに十年近くの時を過ごして来た。   彼が私に抱いていた想いを知り、ショックを受けた。   ただの罪悪感から私を拾いながらも、少なからず幾らかは愛情を抱いているからこそ、  ずっと育ててくれているのだと思っていた。   ところが彼は、私を恐れ、私に殺される事を願っていたのだ。   私が捕まえた虫の事を優しく教えてくれたのも、あの寒い日に毛布を私に被せて抱いてくれたのも、  眠れない夜に物語を語り聞かせてくれたのも、美味しくも不味くもない料理をさしだし愛しげに見るあの瞳も、  料理を手伝おうとしてナイフで怪我をした私を酷く心配してくれたのも、全て嘘だったのだ。   私は自分が哀れになり、剣を握った。   本当に殺すつもりだった。   でも、彼はディオールの剣と呼ばれた男。例え老いていても小娘くらいは容易に退ける事が出来る。   だから殺せるとは思っていなかった。 「じゃあ今殺してやる」   どすっ。   剣は容易に彼の腹部に突き刺さった。 「な…」   彼は至福に満ちた表情のまま、血を吐き出して動かなくなった。   彼の魂が失われていく。   自然と涙がこぼれていた。   そこでようやく、私は大切な事に気づく。   彼は私のただ一人の家族で、私は彼のことを愛していたのだと。   私の手は力を失い、彼の腹から剣が抜けて床にごとりと落ちる。   同時に血がぶわあと噴出した。アルはその場に崩れ落ちた。   血はとめどなく溢れ、アルは意識を失い瞼を閉じる。   私は、彼を失うわけにはいかなかった。   私とアルは、大病も大怪我もしなかったし、医者にかかったことがなかった。   大抵の事は所持している書籍にある医術書等の手引きを元に彼が治療した。   だから医者を呼ぶという考えはなかった。   私はアルをベッドまで運ぶと、医術書や薬草の本を本棚からひっぱりだして、治療を施し始めた。   だが結局私程度にできる事はそれほどなく、内臓に傷が達していれば、助からないだろうという事がわかった。   毎日包帯を変えて傷口の縫い目を消毒し薬草を塗布する。彼は同時に高熱を発し、よくうめき声を上げた。   三日三晩眠れずにただ祈った。   三日目の晩に、ようやく彼は目を開けた。そして云った。 「…赦されなかったのか」   私は彼をきつく抱きしめて云った。 「赦してほしいのなら、俺と幸せに生きてくれ。そうしたら、世界中の全ての人がアルを憎んでも、  俺だけは赦してやる」      運よくか傷は内臓に達しておらず(彼は恰幅のよい体系であったので、それも関係しているのかもしれない)  傷は癒えた。   また私たちの日常は戻ってきた。実にくだらない私の反抗期も終わりを告げた。   その後に、採れた野菜を果物と交換する為、近くの村に行った時だった。   楽しげに手を取り合う夫婦、そして子を見た。   これこそが幸せなのだと、私は想った。   私はアルの子供がほしいと想った。だから私は、彼の妻になる事にしたのだ。   しかしどうすれば子供が出来るのかも知らず、意を決して村の人に聞いた所、床を共にすれば良いと云われた。   私はアルに何を告げるでもなく、ただ、床を共にしていいか、とだけ聞いた。   彼は構わないと云ったので、その被から毎晩、子供を授かる事を夢見て彼の胸に抱かれて眠った。   それは後に知る事になったが、当然ながら、子供ができる事はなかった。   ともかく私はその日からアルの妻となり、来訪者に何者かと尋ねられたときはそう名乗った。   驚く来訪者にアルはいつもはぐらかして答えた。   妻と認められるにはまだ未熟なのだろうと私は家事に力を入れるようになった。   云われたとおりに毎晩床を共にしているというのに、何年経っても子供ができないのが  密かな悩みの種ではあったが、幸せだった。   彼は今初めて私を妻と呼んだ。   本来ならそれは、涙が出るほどに嬉しい出来事のはずだった。   だけど今は、ただ哀しいばかりだった。   彼が私を妻と認め、私が彼を夫として始めて、子供を授かる事ができるのだろうと、  心のどこかで信じこんでいた。   だのに今、目の前で引き裂かれてしまうのだ。 「ほう! そいつは面白い。機聖様はロリコンって奴か? えらい若奥様なことで。  まあそれはどうでもいい。かわいい奥さんに痛い目見せたくなきゃあ大人しくしていろ。  リオナ、もし俺に何かあったら必ずその娘を殺せ。作戦が成功しようがしまいが俺の知った事か」 「ROG」   少女は頷く。 「………」   アルは頷いた。   隊長格の男は、手馴れた手つきでアルの腕を縛り上げていく。   終えると、男はアルを引いた。アルは男を振り返った。 「ちょいと妻と話をさせてくれんか?  ついでにその鋼の腕で喉を鷲づかみにするのもやめてやっておくれお嬢ちゃん。  折れたらどうするんじゃ」 「何をする気だ? 下らない事をしたら愛妻は死ぬぜ」 「野暮な男よのう。別れの接吻とか遺言じゃ。どうせもう返すつもりはないんじゃろ。  それぐらい赦しとくれな」 「…いいだろう。くどいようだが、つまらん事はするな。  娘、お前もだ。爺いが無事な姿で連れ去られるのをみたけりゃ大人しくしていろ。  いざとなれば両足両腕もいで帰ってきてもいい、とこっちは云われているんだからな」   私の喉を掴む手が離れ、腕を握って捻りあげた。   空気が一気に肺に入るのを感じた。   アルが、優しく微笑を浮かべて私に顔を近づける。 「旦那、旦那ぁ…」   抱きたくても腕に自由は無い。 「…いい子だ、ナヘル。私はどうにも、約束を守れそうに無い…。  お前に子供をやれなかったのが、心残りだ。私には勇気がなかった」 「おい、早くしてくれ。あんたがぶっとばした部下も戻ってきてる。  恥ずかしい遺言ちんたら喋って時間稼ぎはよしてくれ。  俺はさっさと仕事を終わらせたいんだ」   云われて気がついた。アルによって派手に転ばされていた黒い狼達は立ち上がり、  リーダーの指示を待つように待機している。 「せっかちなやつじゃいな。お前さんが話す分をわしに話させてくれりゃあいいのに」 「うるせェ。もういいなら連れてくぞ」 「待て。最後に接吻が残っている」   アルは云うと、私の頬に――というより耳に口を近づけて囁いた。 「北西に師の住まう古い洋館がある。血の様に真っ赤な煉瓦の屋根だ。  そこへ行きなさい。私の事は忘れて生きるんだ」 「…嫌だ、そんな、俺は旦那と…」   巧く言葉がまとまらない。云いたい事はもっと沢山るというのに。   涙だけが溢れ続ける。   そうしている内に、アルは離れていった。 「もういいぞ。大人しくしとるかわりに条件がある。  妻を助けてくれ」 「わかった、わかった。よし撤退するぞ。リオナ、お前がじじいを連れていけ」 『ROG』   隊長の男はペンのようなものをアルの首に突き刺すと、スイッチを押した。   ぷしゅ、と音を立てた。   何かを打ち込まれたように見えた。   アルの体は次の瞬間力を失い、崩れ落ちた。 「だ、旦那を無事に運ぶと…!」 「無事に運ぶ為に眠ってもらっただけだ。死んでねえ。  一応俺達も無傷で連れて来いと云われてんだ。無闇に傷つけたりするかよ。  じゃあお嬢ちゃんはじっとしてな。案外タフそうだしな、自分で縄くらい切れるだろ」 「…隊長、俺は念の為に残りますよ」   アルの指弾で打たれた腕に包帯を巻いている男、確かボブという男が云った。 「…ったく、何が念の為だ。腕の痛みより性癖の方が勝るかエテ公。  好きにしろ。マズんなよ。責任は取らない」   私にはその時、彼らの云っている意味が善くわからなかった。 「へへへ、大丈夫すよ。それではすぐに後を追います」 「よし、撤退だ!」   ボブはリオナと役を代わって私の後頭部に銃を突きつけた。   そしてリオナは地面に崩れ落ちたアルを細い腕で軽々しく持ち上げると、そのまま己の魔道機へ搭乗した。   一機の黒い狼を残して、全ての魔道機は土煙を上げて走り去った。   ただ一人残った男の意図が掴めなかった。 「…もう目的は済んだんだろう…!  さっさとお前も消えてくれっ!」 「そう云うなよ。爺いがしてやれなかった事を俺がしてやる」 「何を云って…!」 「俺が子供を作ってやるって云ってるんだ、ヒヒヒ」   ボブは悪寒がする程に気持ちの悪い笑い声をあげた。   そして私の背中を押した。腕を縛られている私は当然ながら手を着く事もできず、  膝を着いてから地面に顔からつっこんだ。   雑草が私の顔を受け止める。   その上から男はのしかかってきた。 「ど、どけっ!! 離れろっ!!」   私が声を荒げると男は余計に強く押さえつけた。 「ひひひ、暴れなきゃあすぐに済むさ」   ボブはそう云って私の体を撫で回す。吐き気がした。   今すぐにでも殺してやりたかった。 「殺してやるッ」 「そうやって暴れられると余計に…うォッ!?」   私はボブを背中に背負ったまま顔から突っ伏すように前転した。   男は途中で私の背中から横に身を投げ出して難を逃れる。もしそのまま背負われていれば、  私の背中と地面に圧迫されていただろう。   私は前転の勢いをつけてそのまま立ち上がると、振り返って今にも立ち上がろうとしている男の鳩尾に  膝蹴りを入れた。男は息を強く吐き出し、そのまま綺麗に2メートルほど飛んで地面に激突し、動かなくなった。   私は男に駆け寄ると、手探りで胸に装着しているナイフを取り出し、腕を縛る縄を切断した。   そのままナイフを投げ捨て、男達がアルを連れ去って行った方向――南へと駆け出した。   離れ離れになった事を否定するように、旦那の名前を繰り返し呼びながら。 ―――二話へ続く ○やっちまってきすと ・主人公たち 一見関係の無い三人ですが、ミミルを本軸に全員がダークハイローに何かと絡んでいて 最終的に一つにつながります。 ・魔道機 マナスレイブを魔道機と呼んでますが、誤字ではありません。 ナヘちゃんは全ての魔道ロボは魔道機と呼ぶのだと思っています。 ・ろぼろぼしてない ロボの活躍しなさは異常 ・以前に出たナヘルSSとの相違 少しばかり追う順番が違ったりして…活かしきれなくて申し訳ない感がありありでごめんなさい ○設定ず ナヘル=ターマン 19歳 ディオールの機聖アル=シュヴァート=ターマンに育てられた娘。 黒髪長髪で小麦色の肌、目端が鋭い少女。口調もぶっきらぼう。 15年前、故郷がディオールに攻められた時、彼に父親を殺され、勝手についてきた。 アルはその直後に剣術、機操術指南役を降り、隠遁生活を始めた。自らアルの妻と 名乗り、家事や世話、農作業の手伝いをしている。彼から毎朝「朝の準備運動」と 称した剣術や機操の訓練に付き合っているために、剣士、ロボ操者としての腕は立つ。 アルの事を「旦那」と呼び、毎晩床を共にしているがアルにその気がない為に、 肉体関係はない。NI社のリスコルに人質にされ、研究体としてアルを誘拐される。 解放された後、アルが現役時代に乗っていた魔道ロボ『レーヴェン』に乗り、旅に出る。 アル=シュヴァート=ターマン 82歳 男 あご髭を蓄えたの恰幅のいい老人で、 先進国家ディオール在住の機聖と呼ばれた機士。 ロボの操術だけでなく、剣術においても右の出る者はないと言われていた。 その腕前は「ディオールの剣」とまで褒め称えられた。 長らくディオールの剣術師範を勤めていたが突如引退し、現在は田舎で農業を営んでいる。 それでも直、名前を聞きつけて勝負を挑む剣士や機士は後を絶たない。 挑戦者に対し、彼はワルドーザーを操り、軽くいなすという。 何故剣術師範を辞めたか理由は定かではない。 朗らかで温和な性格であり、すっトボケた人物。 リオナレオナ NI社が造り出した戦闘サイボーグの少女 黒髪ショートカットで、灰色のボディースーツを着ている 見た目は人間だが生身の部分はほとんど残っていない 戦闘に余分な人としての機能は取り払われている 元は心優しい少女だったが度重なる改造に耐えられず自我を手放してしまい、 命令を忠実に実行するだけの人形のようになってしまっている 乗機は単機殲滅を目的としたマナスレイヴ「レファーガ」 灰色のボディで目の部分はゴーグル状だが内部は複眼になっている 主な武装は右腕に装備された高周波ブレードとアサルトライフル、肩のアーマーに仕込まれたマイクロホーミング ミサイル コクピットには無数のチューブが蠢いていて、チューブに飲み込まれるような姿で自身とロボを接続し操縦する 神経が繋がっているためリオナレオナ自身の体のように動かすことができる ワルドーザー 雑魚の悪人が良く乗ってる量産型の破壊工作専用ロボ ごつい黄色い機体が特徴的で誰でも簡単に操作できる 単純な量産型なので大して強くは無いが、カスタマイズによっては中々の強さを誇る ハウンドドック NI社が次期量産型に設計しているモデル 全体的なフォルムは黒い狼をモチーフにしており、右手にはマシンガン、左手にはシールドを基本としているが装備によってその形 は違ってくる(もちろん指揮官用は角がついております)。 元々量産型前提なので結構万人に扱える仕様でありそれほど操縦が難しくないのが強みである。 が、装甲はそんなに熱くないので注意。 サンダール メタトールは高い情報戦能力と直接戦闘をもこなす多機能性が評価されるも、 整備の手間とコストの高さから、商品としては余り売れなかった 構造を簡単にすることで性能を殆ど落とさずに、 整備性の向上とコストを抑えることに成功した簡易量産タイプが開発されるも、 他のマナスレイブに比べればまだ高額であった 本機はその簡易量産型の更なる量産型であり、性能や機能を減らして低コストに抑えている 頭はメタトールより二回り程小さく、青、黄、オレンジの塗装となっている 腕は雷弾よりも強力なプラズマ光弾を発射できるレンズ・ハンド 電磁バリヤーの出力は落ちており、格闘戦が出来ず、総合的な戦闘力ではメタトールに及ばない しかし元々戦闘力がウリの機体ではなかったのでさほど問題にはされず、 売り上げも良好な結果が出ている