■東方大陸史■第六章「スペリオル朝暗黒帝国(中)」 「この年、ヴァンガード・スペリオルは暗黒神の祝福を受け帝冠を授かった。」 −−ラト・ラマウットス伯爵著『5代の賢帝』より−− 暗黒歴2005年。 帝都を奪回した新帝派は即時に行動を開始した。 まず皇后アビゲイルに旧帝派を非難する声明を出させた。 いわく「武力に訴え、私や諸侯を幽閉したバナジウム公は皇帝には相応しくない」 そして幽閉されていた新帝派諸侯には護衛の兵士を付け国元へと帰した。 これで主君不在の為と、兵の動員を断っていた者達も要請に応じる事になった。 最後にいよいよ新帝派は皇帝への道を歩みだす。 カナリア辺境伯ヴァンガード・スペリオルは帝都へと集結させた兵を三つに分けた。 一つは、大陸西部の旧帝派制圧の為と、アルベクス・ライトニング<ルテイン>公爵に軍を預け西へ。 一つは、南東部で孤立し窮地に立たされているミナーニャ王への援軍の為、ファルコ・トワイライト<ウインド>侯爵に軍を預け南へ。 最後に、皇帝即位の為、先帝の亡骸と帝冠を擁してカナリア辺境伯とカストフラン王の軍勢は東へと進んだ。 ちなみに暗黒皇帝即位の条件は色々あるが、絶対のものを簡潔に述べれば以下となる。 ・大陸西方の支配者である事。 ・諸侯の三分の一の支持を得ている。 ・皇帝を継ぐ者は、先代皇帝より冠を返上された暗黒神より改めて冠を授かる儀式を行う。 旧帝派は一見、西方の大半を支配しており条件は満たしているように見えるが 帝冠をカストフラン王が帝都から脱出する際に持ち逃げしていた為に、3つ目の条件を満たす事が出来なかったのだ。 そして、先帝の亡骸と帝冠は今、新帝派のものとなっている。 「カストフラン王、カナリア辺境伯を擁して神都入りすべく帝都より軍を発す。」 旧帝派カナン王は報告を受けると、カナリア辺境伯の神都入りを阻止すべく ランペル川付近の寒村ヴァレンテに陣を築いた。 ランペル川 東方大陸を南北に分断するこの川は、その以西をもって西部。その以東をもって中部とする 地理上の意味を持つと共に、戦略上の要衝としても知られる大河である。 新帝派軍は果敢に渡河を試みたが全てカナン王の水軍に阻まれ失敗に終わる。 時間だけが過ぎていく事に業を煮やしたカナリア辺境伯は、ランペル川に勢力を誇った水賊の一つを懐柔し配下に組み入れる。 ランペル川の水賊達は主君を持たず、昔ながらの土着信仰を捨てずにいた自由民であり 為政者達は幾度となく討伐を繰り返したが、水中戦に特化したSDロボを多数所有する彼等の討伐は容易ではなく 為政者は散々に苦汁をなめさせられる結果となる事が多かった。 勇敢にして誇り高き者達だったのだろう。だが反面、商人的な側面もあり多くの者が商売に従事していたのである。 そこに目をつけたのがカストフラン王配下ビジー・ベゼグ。 カナリア辺境伯への忠誠と暗黒神への改宗の代わりに、商売における特権三十を提示し キューベル水賊団を説得する事に成功。 この功でビジー・ベゼグはカナリア辺境伯の直接の配下として取り立てられ、子爵位を賜った。 キューベル水賊団を組み入れた新帝派軍は渡河を開始。夜襲を仕掛けた。 キューベル水賊団が瞬く間に旧帝派水軍を討ち破ると新帝派軍は上陸を敢行。 先に連敗を続けていた御蔭で旧帝派軍は油断しており、大混乱の中、カナン王はSDロボに乗る事も出来ずに敗死した。 この戦いの勝利が事実上のカナリア辺境伯の皇帝即位を決定付けたという。 事実、この頃には大陸西部の大半は新帝派のルテイン公爵が制圧し 同じく新帝派ウインド侯爵と合流したミナーニャ王が 旧帝派でカナン王に次いだ勢力を誇ったトト王を降伏させていた。 カナリア辺境伯はカストフラン王と共に暗黒神のいる神都ルシフェニアへと入城。 皇帝即位式が行われ、暗黒神が先帝の亡骸より帝冠をはずし、それを改めてカナリア辺境伯へと授けた。 「あなたはサイレンじゃないのね。わたしの子供でもないみたいだし、あなたはどこから来たの?」 「カナリア諸島です。暗黒神様」 「カナリア?あの明るい島から来たんだ。そっか、あそこも今はわたしの世界なんだね」 「暗黒神様・・・その・・・私語は式のあとにでも・・・」 「うん、わかった。  なんじ、スペリオルに皇帝の冠をあげます。がんばってね 」 「かの皇帝は軍事的才能、政治的才能が共に欠けていた。  かの皇帝は百戦に勝利しようとも常に劣勢であり  かの皇帝は百の諸侯を従えようと、次の日には十の諸侯の反乱に悩まされた。」 −−ラト・ラマウットス伯爵著『5代の賢帝』より−− 暗黒歴2007年。 皇帝の後継者争いは黒鷲ヴァンガード・スペリオルの皇帝即位で決着する。 スペリオル朝暗黒帝国の誕生である。 新帝に散々逆らった旧帝派諸侯の悉くが新皇帝に頭を足れ、 ある者は領地を、ある者は爵位を、ある者は親族を捧げ、新帝への忠誠を誓った。 だがヴァンガード・スペリオルによる帝国運営は最初から最後まで動乱続きであった。 暗黒歴2008年には、旧カナン王国領で亡きカナン王の遺児がカナン王国復興を掲げ挙兵。 これに続けとばかりに旧帝派諸侯が次々と反乱。反乱が鎮圧されたのは2013年。 6年にも及ぶ大反乱となった。 反乱の抑制の為にヴァンガードは諸侯の力を弱めるべく新条例を次々と行使したが これに悲鳴をあげた諸侯が新条例の撤廃を訴え反乱を起こす。 今度は元からヴァンガードを認めていなかった旧帝派の諸侯だけでなく 新帝派として共に戦場を駆け回った諸侯も多く、ヴァンガードは衝撃を受ける。 暗黒歴2016年には、この反乱劇は終わりを告げる。 カストフラン王フアナが反乱諸侯に寝返り、暗黒皇帝ヴァンガード・スペリオルを捕縛。 反乱諸侯が皇帝に勝利した。 新条例の多くが白紙に戻され、ヴァンガードは帝位を泣く泣く未だ幼い 第4子ヴィル=ヘルムズへと譲り、退位幽閉されてしまう。 新皇帝となったヴィル=ヘルムズだったが、幼い事を理由に政治権を取り上げられ 諸侯の合議によって帝国は運営された。 だが事態はさらに一転する。 幽閉されていた先帝ヴァンガードが、小ファルコ・トワイライト<ウインド>侯爵の手引きで脱出に成功。 ミナーニャ王国へと逃れるとミナーニャ王スカーレット4世を説得し帝位を奪回すべく挙兵。 かつて新帝派と称されたヴァンガードの支持者達はこの時点で、旧帝派となり カストフラン王を筆頭とするヴィル=ヘルムズ新帝を傀儡とする諸侯連合は新帝派となり 名称が逆転。後世の歴史授業で大いに学生達を悩ませる事態となる。 旧帝軍はカストフラン王が帰国している隙を突いて帝都へと猛攻をかけ、これを陥落。 「愛する陛下。どうか父にその冠をお返し下さい。」 「はい、お父様。まだ余にこの冠は不要です。お返し致します。」 ヴァンガードは息子ヴィル=ヘルムズと共に神都へ急行すると再度皇帝即位式を行い復位。 「2回もやりにきたのはヴァーちゃんが初めてだね。おめでとう」 と暗黒神から全然嬉しくない事を言われながらも、ヴァンガードは国元から戻ってきたカストフラン王を討ち果たすべく 帝都へと戻ると軍勢を率い進軍。 両軍はかつて出会ったアルギニンの地で戦い、そして皇帝ヴァンガードが大勝。 カストフラン王フアナは国元へと敗走したが、猛追撃を受けルタルの港で殲滅される。 「フアナよ。嗚呼、余の恐ろしき敵対者よ。余に逆らうからこうなるのだ・・・不忠者め。」 かつてヴァンガードが最も信頼したカストフラン王戦死の報に、ヴァンガードはこう愛憎入り乱れた発言を残したという。 ヴァンガードは主君無きカストフラン王国を滅ぼすべく、そのままカストフラン半島へと向おうとしたが 今度は魔導連合王国が反乱諸侯と結託して攻め上がってきたので断念する。 フアナの孫であるペクチンは暗黒帝国からの侵略を恐れ、カストフラン王となると 暗黒神の教えを捨て、光教へと改宗。オフランス王国と同盟を結び暗黒世界から離脱する。 戦いに次ぐ戦い。 争いを終わらせる事の出来ない皇帝に 諸侯だけではなく、臣民達までが失望する。 農耕用のSDロボにまで徴収令が及ぶと大規模な一揆が多発。 諸侯の反乱もさらに力を増し、魔導軍は帝都付近にまで北上してきており 止めにスリギィランドが帝国への宣戦を布告。カナリア諸島を制圧し東方大陸西岸への上陸を開始。 混迷の極みに達した暗黒歴2021年。 戦場の申し子と称された皇帝は殺され、その生涯を閉じる。 「愛するお父様。もうお休み下さい。あなたにその冠は重すぎた。」 殺した者の名はヴィル=ヘルムズ・スペリオル。 かつて傀儡として立たされたヴァンガードの実の息子であった。 次章予定「スペリオル朝暗黒帝国(下)」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ おまけ ■退場人物列伝■ ・皇后アビゲイル ルヒト・サイレン朝暗黒帝国最後の妻。 選帝会議では碌に会った事もないバナジウム公爵よりはと、娘の夫で親しかったヴァンガードを推薦。 挙兵したカナン王に幽閉され、後にヴァンガードに救出されたが衰弱しきっており 旧帝派への非難声名を行うとまもなく病没。 ・バナジウム公 本編には名前が出ていないが、名前はミマモという。 カナン王やトト王に擁立されたルヒト・サイレン家の血を引いた男系子孫。 トト王と共に大陸南部でミナーニャ王と戦っていたせいで、まったく本編に出る機会がなかった。 トト王の降伏後、本拠であるバナジウムの地でヴァンガードの皇帝即位の報を聞き 皇位継承権の放棄と公爵位の没収を条件に、ヴァンガードに許され家名を保った。 ・カナリア辺境伯ヴァンガード・スペリオル スペリオル朝暗黒帝国初代皇帝。贈り名は戦争皇帝。 皇帝の娘を妻にしていた事で皇帝候補に選ばれる。 威勢の良さだけで皇帝となったと言っても過言ではない戦争下手で カストフラン王やウインド侯爵、ビジー・ベゼグ子爵など有能な配下がいなければ 辺境の領主で終わっていたと言われている。 後年になる程、人間不信に陥っていき、政治的失策を重ね 自分を支えてくれていた有能な配下が次々と離れていき 最後には実の息子の手にかかり落命する。 ・アルベクス・ライトニング ルテイン公爵。 カナン王が挙兵すると、ともに新帝派諸侯の公邸を襲撃した旧帝派の主要人物で 戦略眼があったらしく、コーリンの会戦で新帝派軍を散々に討ち破っている。 だが、その後は二度の敗北を得て、新帝派へと寝返り 以降はヴァンガードに忠誠を誓い、忠実に各地を転戦した。 ヴァンガードの皇帝即位後に病没。子のボルト3世が皇帝に反乱を起こし 鎮圧されると公爵位を没収され、ライトニング家は庶民に落とされ没落する。 ちなみに子孫の一人がレヴィアの代に騎士に取り立てられライトニング家は再興している。 ・ファルコ・トワイライト ウインド侯爵。のちにはトワイライト公爵。 新帝派として旧帝派諸侯と戦い、周辺の敵対者を全て打ち倒すと ヴァンガードと合流し帝都解放戦に参加。以降、新帝派の主力として活躍する。 ヴァンガードが退位させられると、カストフラン王や一部の諸侯のみで政治が動かされるのに不満を持ち 幽閉されていたヴァンガードを救出して、カストフラン王打倒を進言した。 ヴァンガードの忠実な右腕として戦場を東西奔走したが、ヴァンガードが殺された日に ヴァンガードの子ヴィル=ヘルムズ・スペリオルに呼び出され銃殺された。 ・フアナ・グラン・フラン カストフラン王。 選帝会議で自らの封臣であったカナリア辺境伯ヴァンガード・スペリオルを推薦し 暗黒帝国におけるカストフランの発言権拡大を狙った。 ヴァンガードがもっとも頼りにした擁立者であり、事実ヴァンガードの皇帝即位までは 忠実に従っていたが、ヴァンガードの政策が自国の利益を阻害すると判断すると 反乱諸侯に通じてヴァンガードを退位へと追い込み、ヴィル=ヘルムズ・スペリオルを新帝に擁立。 帝国の実権を掌握するしたが、ヴァンガードの猛追ともいうべき巻き返しに最後はルタル港で溺死という最後を告げる。 ・カナン王 本編では名前は出ていないが、名前はアレクセイ・ヒュリフォゥという。 第三章でちょっと出たラッセリア王ラトギニ・ヒュリフォゥの子孫である。 旧帝派の事実上の盟主として新帝派を大いに苦しめたが 最後は油断という敵に破れ、SDロボに乗る事も出来ずに戦死する。 遺児のシロモモ・ヒュリフォゥはカナン旧臣を糾合して、皇帝となったヴァンガードに反旗を翻したが 敗れてしまい、ヒュリフォゥの家名は途絶えてしまったが 暗黒神の一声で遠縁の者がヒュリフォゥに復姓して、家名は再興された。 ・トト王 本編では名前は出ていないが、名前はダンツィッヒ・ネーデル。 カナン王と並ぶ旧帝派の有力者だったが バナジウム公と共に大陸南部でミナーニャ王と戦っていたせいで、まったく本編に出る機会がなかった。 新帝派のミナーニャ王をミナーニャ首都近郊まで追い詰めていたが 新帝派のウインド侯爵に奇襲を受け、散々に蹴散らされる。以降は劣勢にたたされ続け 最後には新帝派へと降伏した。領土の多くを削られた事に不満を抱き、カナン王の遺児シロモモが反乱を起こすと 同調して反乱を起こすが、ミナーニャ王にすぐに鎮圧され処刑された。