■東方大陸史■第八章「第二次テネブリア独立運動」 「汝、人の子よ。自らの目で見よ。その世界は汝の心を理解せしめるだろう。  汝、人の子よ。自らの手で掴むがいい。その手に握るものは汝の全ての欲を満たすであろう。  汝、人の子よ。自らの足で立つがいい。さすれば汝は何ものよりも自由となろう。」 −−自立神ヴァジェト−− 第一次テネブリア独立運動から21年。 その間に、ディオール王国に対するテネブリア諸部族達の不信は決定的なものとなっていた。 諸部族の自治権の廃止。過剰な弾圧政策。SDロボの接収。テネブリア人による自由貿易の停止。 特にSDロボの接収は致命的なまでにテネブリア人の怒りを高まらせた。 SDロボを失った事で、全ての効率は激減。 商人は店舗を大幅に縮小。農民は荒れていく畑をただ見つめる事しか出来なかった。 第一次テネブリア独立運動の際、なぜ彼らは失敗してしまったのか。 今、答えは言うとすれば第一次独立運動は貴族や知識人・・・いわゆるインテリが主流であった。 その為、支持基盤はもろく、すぐに瓦解してしまったのだ。 新聞という手段で庶民にも広く訴えようという動きはあったが 当事の新聞は有料であり、一部の裕福な者しか見る事ができなかった。 しかし、今回は違った。 第二次テネブリア独立運動は、故郷に絶望し力なく萎えきっていたインテリ層を 商人や市民、農民などの下層の人々が責付き、そして始まったのである。 ケムト部族の族長を務めていたアサド・ケムトサラームも そんな責付かれて立ち上がった一人だった。 ケムト族は代々、土着神ヴァジェトを信仰する一族で典型的なテネブリア部族の一つに過ぎなかった。 土着神ヴァジェトとは、テネブリアに古くから土着していた蛇の神であり『自立』を司る神と云われている。 そのせいか、ディオールと暗黒帝国によるテネブリア支配が始まった年より 徐々に、この神を信仰する部族が増えていき、今やテネブリア部族の4分の1程度がその影響下にあった。 そしてアサドはこのヴァジェトの神子(みこ)でもあった。 普通、人々は神と直接面会など許されず、その神子を通じて神とやりとりをするもので 必然的に人々はアサドの元を訪れては、ディオールの圧政に対する恨み辛みを訴え ヴァジェト神に救いを求めるようになった。 しかし、ヴァジェト神はそれに対してアサドに一つの助言を述べるのみだった。 これがヴァジェト神がテネブリア唯一の信仰の対象とならなかった理由である。 この神は『自立』を司る神ゆえに『自立』を阻害する行動は一切取らない。 一つ二つの最低限の助言を人々に述べるだけに終わる事が多かった。 あまりに人々にとってご利益がないのである。 ただし、その助言は的確そのもの。 その助言を元に行動してきたケムト族は、確かにテネブリア最大部族にまで勢力を広げ 第一次テネブリア独立運動時に先代族長アルゴル・ケムトサラームが 運動に参加していた事を理由に処刑され、部族にも処罰が下るはずだったが ヴァジェト神の助言に従って動いた事により、奇跡的な処罰撤回に成功していた。 つまり、この神の利益は人々が自ら助言の真意を汲み、動かなければ意味をなさない。 しかし、現ケムト族長アサドに関しては心配する必要はなかった。 ヴァジェト神は彼にこう告げたと言われている。 「内外の力を持って事にあたるがよい」 お告げが出たのであればアサドが動かない理由はない。 彼はすぐに同じ思いを持つ同志を四方へと向けた。 アサドはテネブリア諸部族への根回しを行いながら 並行して南部テネブリア貴族達と接触し独立支援を取り付ける。 フェルディナント・フレスレイド<暗黒大公>を仲介として 暗黒帝国と交渉の末に、事実上の軍備提供条約ともいうべき暗闇秘密協約を結ぶ。 そしてテネブリアの惨状を諸外国へと知らせ、独立援助をとりつけるべく 各国マスメディアへの工作を開始。民間レベルではあったがディオールの印象は悪化していった。 これらの動きは、多くはディオール情報部に察知され逮捕者が続出したが それら全ての逮捕者が何らの情報も持たない末端の囮だった。 アサドはそれら囮役の者を徐々に減らしていく事で、ディオール情報部に事態の沈静化を印象付ける事に成功。 彼等が立ち上がるその日まで、ディオール情報部はついに独立運動の中枢を押さえる事ができなかった。 そして彼等は魔王に立ち向かう勇者のように立ち上がった。 暗黒暦2306年夏。 この年、テネブリアの住人アサド・ケムトサラームがテネブリアの独立を掲げ 自らが族長を務めるケムト部族を率い武装蜂起した。 この反乱にディオール上層部は予てからの少数の独立運動派が苦し紛れに蜂起したと判断し 現地に駐留していた第48師団(規模:1万3千機)に鎮圧を指令。 第48師団はケムト族の根拠地ケムトニアへと進発し 途上、燃料の補給の為にトレディアに駐留した。 これを待っていたとばかりにアサド率いる独立軍200機が夜襲を仕掛けた。 第48師団長ヴァイナー・キーナ子爵は戦力の規模から冷静に対応するよう兵に呼びかけたが 事態はそのように生易しいものではなかった。 確かにSDロボの数では圧倒的な戦力差を誇っていたが 彼等の敵はむしろSDロボではなく、人だったのだ。 この時、アサドとトレディア市民との間では既に密約が交わされており アサドが夜襲を仕掛けるとトレディア市民はこれに同調。 総勢23万人の市民がディオール兵達に襲いかかった。 ディオール軍の機体の多くが市民達に鹵獲され、乗機に成功した者も 敵味方がわからない中、同士討ちが多発し完全に自壊。第48師団は壊走した。 この夜起こった市民の蜂起はここだけではなく。 一夜にして戦火の業火はテネブリア全土へと広がっていた。 「村という村で、町という町で火の狼煙をあげよ。憎き侵略者達を血祭りにあげるのだ!!」 各地に駐留していたディオール軍は、次々と機体を奪われ血祭りにあげられ 続々と敗報が寄せられていく中。ディオール領テネブリア総督マラカイト・トーン公爵は 血の抜けきった青い表情で、本国へとこう連絡した。 「全テネブル人が反乱。至急、総軍を組織し鎮圧されたし。なお、その頃には現地ディオール人は誰も生きてはいないだろう。」 それから16日後、アサド率いる独立軍は各地の反乱軍を吸収し総勢10万の大軍でテネブリア総督府を包囲。 ディオール領テネブリア総督マラカイト・トーン公爵は最後まで徹底抗戦を貫き 最後は自らの心臓を短剣で刺し絶命する。 その死骸は八つ裂きにされ、総督府の城壁から捨てられたという・・・ 「戦って死ぬ事が最上である。戦わない生に一体なんの価値が見出せようか。  私はこの国の独立の為に戦い、その後はこの国の発展の為に戦い、そして今日この日に死ぬ。」 −−初代闇の国国王アサド・ケムトサラーム−− 暗黒暦2306年冬。 テネブリア総督府陥落の報から既に数ヶ月。 独立軍はテネブリア各地の要地を占領して行き、今やテネブリア領の大半が独立軍の制圧下に置かれ 残すは北岸最大の港湾都市グロスロード・Dのみとなっていた。 アサドは独立軍の優勢に慢心する事なく、グロスロード攻略の為に万全の体制を整えた。 暗黒帝国は暗闇秘密協約に従い、独立軍の資金によって帝国で生産された汎用型SDロボ・アルフート15万機と ジャンクーダB型2万機が、独立軍へと受け渡された。 さらに南部テネブリア貴族領からは、義勇兵5万が独立軍と合流。 独立軍の総兵力はこの時点で40万近くに膨れ上がっていた。 時は熟した。 独立軍はグロスロード攻略戦を開始。 5方向から一斉に城壁を襲撃し、大軍を生かし波状攻撃を仕掛けた。 グロスロードに駐留していたディオール方面軍13万の将兵は昼夜休みなく防戦に徹し 暗黒暦2307年2月には、精神体力共に疲弊しきり、兵力は8万にまで減少。 降伏も時間の問題と思われ、独立軍も自らの勝利を信じて疑わなかった。 暗黒暦2307年3月、ディオール第3王女グレースを総司令官としたディオール第3総軍がグロスロードへと上陸。 その数、およそ90万。 ディオール王国総兵力の半分という大軍勢でテネブリアへと乗り込んできたのである。 「ただちにグロスロードへの包囲を解除。各拠点を焦土としつつ総督府まで後退せよ。」 アサド率いる独立軍は戦力の絶対的な差に動じる事なく、直ちにグロスロード包囲を解除し撤退を開始。 総督府以北の都市全てに住民退去後の破壊命令を下し、ディオール軍に対し焦土作戦にうってでた。 90万という大軍を現地物資の徴収なしでは維持できないとアサドは判断したのだ。 事実、ディオール軍はこの焦土作戦の為に餓死者が続出し、大いに苦しめられるが それはディオール第3総軍総司令官グレースも想定していた。 ディオール軍は補給という概念を放棄し、テネブリア各地を電撃的に急襲し陥落させていく。 補給もなく戦える期間はわずか1ヶ月。それまでに独立軍を討ち破り反乱を鎮圧するという考えだった。 総督府で迎撃体制を整えた独立軍に対し、ディオール軍は強攻策をとり 味方の屍の山を登り、ついに城壁へと到達。 10万近い大損害をこうむったが、これで補給の心配はなくなった。 ディオール軍司令グレースは総督府から軍をいくつかに分け、各方面の独立軍制圧を開始。 最大の拠点を失い各地へと四散してしまった独立軍にこれに抗う体力はなく 一時は40万という兵力を誇った独立軍は、今や総勢5万にも満たない。 独立軍危うし。 この窮地にアサドは最良にして最悪の手段を選択する。 「・・・我がテネブリアは帝国への従属と忠誠、さらにテネブリア全土の魔鉱石採掘権を帝国へ譲渡する用意がある。」 「了承した。それならば暗黒帝国はテネブリアの独立を公に支持する事を表明しよう。軍も速やかに派兵する。」 「戦後、我が国はスリギィランドに対して港湾都市グロスロードの永久割譲を約束する。」 「よろしい。我がスリギィランド海軍は、ディオール近海の制海権を握る事を約束しよう。」 アサドはテネブリアの完全独立への道を捨てたのだ。 暗黒帝国の属国としての独立。 それは、かつてメルカリアが辿った帝国への併合という結末を生みだしかねない危険な賭けであり また、そうでなくとも属国という立場は数々の負担をテネブリアに強いるだろう。 だが、ディオール統治の継続を彼等は絶対に良しとしなかった。 暗黒暦2308年。スリギィランド及び暗黒帝国は、ディオール王国へ宣戦を布告。 両大国の参戦によって、テネブリア独立戦争は泥沼の戦いと化した。 全土で一進一退の攻防が続き、独立軍は各地でゲリラ戦を展開しディオールに対し徹底抗戦。 暗黒暦2313年。この年、ディオール王国及びスリギィランド・暗黒帝国同盟軍との間に和平が成立。 この和平条約によってテネブリアは独立を認められ、その国名は帝国に配慮してテネブリアではなく 暗黒世界風に『闇の国』と名乗った。 だが、闇の国の前途は多難であった。 主だった産業は戦争で壊滅し、焦土作戦によって居住地を追われた人々は国の指示に従って 国外での傭兵稼業を余儀なくされ、さらには外交権を帝国に制限され 国家収入の半分は毎年、暗黒帝国へと貢ぐ事になっていた。 それでも人々の多くは信仰の自由と祖国の誕生に喜び 王家に選ばれたケムトサラーム家に忠誠を誓った。 闇の国が真の独立を手に入れるのはもう少し先の話となるだろう・・・ 次章予定「恋する皇帝は神の事を思うと軍勢を引き連れて・・・」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ おまけ ■廃止されました■