異世界SDロボSS 『巨人の都へ集いし者達』  トントントントン……  穏やかな朝日の射し込む台所に野菜を刻む包丁の音が響いていた。  まだ顔にあどけなさを残した東洋系の少年が故郷の料理「味噌汁」を作っていたのだが、その光景が異様だった。  野菜を刻むのは少年本人ではなく一つ目の機械人で、切られている芋や大根も通常のそれとはケタ違いの大きさだったのである。  少年の名はサブロウ。バクフやチョウテイなど複数の政体を含んだ東の国ヒノモトからこの巨人の国ゼルドナへとやってきた。  切った野菜を煮立ったダシ汁の入った鍋(これまたサブロウから見れば大名が使う風呂のようなサイズ)に入れ、  野菜に火が通ったのを見計らって味噌とバターを加える。  サブロウも故郷を出てから間もない頃は異国の味に四苦八苦したが、今ではすっかり慣れたからこその隠し味である。 「んっ…おはようサブロウ……」 「おはようございますサーシャさ……ぶっ!!?」  気だるそうな声で台所に顔を見せた長い金髪と豊満な肉体の女性の名はサーシャ・フロイレス。  サブロウが面くらった理由…それはパジャマの上着が少しはだけて豊満な胸がわずかに顔を覗かせていた事であった。 「サ、サ、サ、サーシャさん! 胸! 胸!!」 「え…? あ……きゃーっ!! サブロウのえっちー!!!」  十数分後、落ち着きを取り戻して年不相応な少女趣味の服に着替えたサーシャとサブロウは朝食を摂っていた。  この日の献立は先の味噌汁とこれまた巨大な目玉焼きとサラダにトースト、そして牛乳。  まだ結婚こそしていないものの、家事の当番を決めて仲良く共同生活を営む二人であったが、  もちろんサブロウが同じ量を食べられるはずもないので、自分サイズの同じ献立と白飯を準備していた。  幸いゼルドナには外国籍市民も多く住んでおり、彼ら相手の市場や商店も充実している。  慣れてしまえば住むに不自由のない国であった。 「…ところでサブロウ」 「なんですかサーシャさん?」 「今日は城で国王陛下から重大な発表があるらしい……」 「重大な発表……まさか、陸続きのリーブス王国が戦を仕掛けてきたのでは?」 「おしゃべりのデリアが言うには他国からの使者が来るらしいが、戦争絡みの匂いがするな。 ……私の戦士としての勘がそう思わせる……」  故あって大きなリボンやピンク色の服といった年不相応な少女趣味に走り出したサーシャだが、  味噌汁をすすりながら見せる眼光の鋭さは、彼女の戦士としての魂が錆びついていない事を物語る。  それを見たサブロウもキリッと真剣な顔になり…… 「もしこのゼルドナが戦争になったとしても……ぼ、ぼ、僕はサーシャさんを……」 「サブロウ……わ、私もサブロウを…………」 「おはよーでござるっ!!」  サブロウとサーシャはお互い身を乗り出して見つめあっていたが、突然響いた脳天気な声にずっこける。 「あれ? どうしたのでござるか二人とも」  窓から半ば身を乗り出し、不意討ちのあいさつをかましたのはエリカ・ライトノーツ。  バクフ文化にかぶれており、何を勘違いしたのかな巫女服に陣羽織で腰に模造刀。  下着もさらしと褌、さらには青い長髪を黒く染めたポニーテールという徹底ぶりで、  巫女服がはち切れんばかりなゼルドナ産メロンのごとき巨乳は暴力的ですらある。  憧れの国バクフからやってきたサブロウが気になるらしく、やたらと彼につきまとう。  サーシャはそれが気が気でないらしく、サブロウに逆セクハラをかますエリカを涙目で睨むのは日常茶飯事であった。  朝食の片付けを終えたサブロウとサーシャ、そしてエリカの三人は王城へと続く道を歩いていた。  サーシャとエリカは徒歩だが、サブロウだけはゼルドナ巨人とほぼ同サイズのサイクロプスに乗っている。  最初はサブロウもサーシャの肩に乗ってあちこちに出向いていたのだが、サーシャが今のような服装をし始めた頃、  サーシャが急いだ拍子に彼女の胸元に落下してしまい、二人は死ぬほど恥ずかしいやら未知の感覚体験やらで大パニックとなった事がある。  それ以来、サブロウはサーシャと一緒に行動する際に遅れたくない時などはサイクロプスに乗るようにしていた。 「お、早いなおまえら」  城門で一行と顔を合わせた(ゼルドナ基準でも)大柄な男はペリシテ・フィリスティア。  平時は落ち着いているが(ボーっとしているとも)、戦時は屈強で知られるゼルドナ戦士の中でも猪突猛進の戦いぶりで知られる。   「おはようございますペリシテさん」 「サブロウは相変わらず小さいな、牛乳飲んで早く大きくなれよ」 「だからサブロウは私達と違うって何度も……」 「大丈夫、毎朝ちゃんと飲んでますよ!」  苦笑するサーシャだが、サブロウはこの純朴な大男の事が好きだった。    大広間にはすでにこの国の誇る戦士や高官達が大勢集まっていた。   「静かに! これより国王陛下が出御なされる!!」  凛とした声で国王出御を宣言した女性はミスリム・ゼルドナ。  国王ガルゴ=ゼルドナ16世の正妻で元エースだった。  王にプロポーズと称して決闘を申し込み、数時間に及ぶ激闘の末に受け入れられたと言う逸話は有名で、  今では前線で戦う機会こそ減ったものの、軍事面における王の片腕として活躍している。  そして、ガルゴ16世がその雄々しい姿を一同の前に現した。  玉座にゆっくりと腰かけたその巨躯に刻まれた多くの傷跡は、  彼が一戦士として数多くの戦いを制してきた証と言える。 「皆の者、ディオールとスリギィランドより使者が参られるそうだ」  おおーとどよめきが起こり、皆がさらに真剣な面持ちで王の次の言葉を待つ。 「おそらく、世界各地に戦乱の種を撒く闇黒連合との戦いに我がゼルドナを誘わんとする使者だろう」  ディオールとスリギィランド。地理的にはゼルドナと大きく離れているが、  共に世界に大きな影響力を持つ国で、それゆえに暗黒大陸に割拠する三国から成る闇黒連合の侵攻を受けていた。 「恐れながら、我が国は中立を保つべきかと!」  ある高官が不安げな面持ちで王に進言する。 「いや、連合と通じた火山の国やリーブス王国が国境付近で不穏な動きをしているとも聞く。 ここは先手を打ってゼルドナの力を見せつけるべきだ!」 「静まれ」  喧々諤々となった場を静かで厳かな王の声が静寂に包む 「近隣国が仕掛けてこぬ限り、我が国が武力を無闇に振るう必要はない。 まずは使者の持つ両女王からの書簡を見てからだ。 理のある喧嘩なら受けて立つが、さもなければ我が国は中立となろう」  若い頃から喧嘩好きな王として知られるガルゴ16世であったが、  国を統べる者としてはあくまで慎重、そして冷静であった。  その頃、ゼルドナの近海を進む一隻の軍艦があった。  風に揺られる白地の旗には王家の紋章を中央にした光十字が描かれている。  この旗こそが由緒正しきスリギィランドの国旗である。  スリギィ海軍は円卓騎士団のような派手さこそなかったが、その強さは海軍を保有する国の中でも指折りと噂されていた。 「もうすぐゼルドナに到着ですなユーウェイン卿」 「ええ、軍艦での長旅はお疲れだったでしょう教授」 「いやいや、この不穏な世情もあるし、むしろ安心して眠れましたよ……」  甲板で話をしているのはスリギィランド円卓騎士団の一人グロスター=ユーウェインと  同じくウルフガング=ウルフィウス…の息子で古生物学者の同U世であった。 「それに、あなたやフレンシス提督、マリン殿やギデオンもいて心強い限りです」 「わ、私や提督、そしてギデオンはともかく…あのバ…いえ、彼女に過度な期待はしない方が賢明かと思いますが……」  この教授ことウルフガングU世がなぜ同行しているかというと、近頃ゼルドナで恐竜の化石研究が活発化し、  世界的な恐竜研究の権威である彼の指導の元で調査を行いたいというゼルドナ側からの意向であった。 「う゛え゛え゛〜……」  船内から這うようにして顔を出した小柄な少女はマリン=アンブロジウス。  船酔いですっかりグロッキーだが、性格面での難を除いてはスリギィランド一の魔術師であり、  同国女王アゼイリア=グロリアーナ=スリギィランドの幼い頃からの友人でもある。 「もうダメ……グロスターさん……へ、へ、陛下に……アナニーのやりすぎは自重してくださいねと私の遺言を…………」 「たかが船酔いごときで死ぬタマかおめーは!? 船医殿の診断通り、大人しく酔い止め飲んで寝てろ!!」 「ユーウェイン卿……何もそこまで邪険に扱わなくてもいいのでは?」 「い、いいんですよ教授! こいつは甘やかしたらつけあがるだけですから!」 「見ロ、陸地ガ見エテキタ」  片言で陸地発見を伝えたのは、ウルフガングU世が同行させたウルフィウス家の客将ギデオン。  彼は大量の恐竜化石と共に眠っていた原始人の青年であり、元の時代に帰る手段を模索しつつ戦っている。  海兵隊員らが提督ドラーク=フレンシスの荒っぽくも的確な指示の下、  慌ただしく上陸の準備を進める中で一行はゼルドナの島影を緊張や期待が入り混じった表情で見据えていた。 「うぷっ…エチケット袋どこ〜?」  それどころじゃない一名を除いて……。 「でっけぇ……」 「噂に聞いてた以上だな……」  それから小一時間ほど後、雨の国プルレイニアとゼルドナの国境で巨人衛兵用の建物を見上げる二人の男がいた。  一人は緑の髪と眼帯の青年、もう一人は股間の黒丸以外は逞しい肉体を包み隠さず露出した年齢不詳の男である。 「ほらほら、ボサッとしてないで行くわよ。もうじきゼルドナの王様からの迎えが来るはずだから」  二人を急かすツインテールの少女はエヴァック=キャスカ=ディオール。  ディオールの第二王女で、今回は母である女王テレサの名代としてゼルドナ訪問と相成った。 「あれが噂のキャスカ様一行のようだな。行こうサブロウ」 「はい! 外国の王族をお迎えするなんて少し緊張します……」  王命でキャスカ一行の出迎えと首都までの護衛を命じられたサーシャとサブロウ 「キャスカ王女殿下ですね? 我が主ガルゴ16世からの命でお迎えにあがりましたサーシャ・フロイレスと申します」 「お、同じくお迎えにあがりましたサブロウと申しまする!」  ロボから降り、跪いてキャスカ達を迎えるサーシャ達。 「ありがとうございます。このたびは貴国を訪問できて嬉しく思いま……」 「「おっぱぁ〜いっ!!!」」  突如奇声を発して感涙にむせび泣くモフリ達二人。 「なっ…私の胸がどうしたのだ従者のお二人よ!?」 「くぅ〜っ……いろんな国を旅してきたが、あんたみてぇなお山の乳を持つ女は初めてだ!!」 「素晴らしい……挟まって窒息死したいっ!!」  ガシィッ!! ギュウゥゥゥーッ…… 「あんたら、アンジェラに〆られて窒息する?」 「か…か、かかぺぺぺぺぺぺp」 「し、死ぬ……冗談抜きで死んぢまうよキャス…かはっ」  キャスカ一行では日常茶飯事であるお仕置きに呆然とする二人であった。  キャスカ一行は巨大なゼルドナ馬の牽く馬車に乗り込み、  サーシャ専用ギガントスとサイクロプスをはじめとした数体のロボが馬車を囲むように護衛して首都へと向かった。  馬車とサーシャらの機体は通信で繋がっており、道中の雑談も可能である。 「キャスカ王女、乗り心地はいかがですか?」 「ええ、ちゃんと私達に合うサイズの椅子もあって快適ですわ。 景色が見えないのが少し残念ですけど……」 「サブロウとか言ったか…おまえ、バクフ人か?」 「はい! サイゾウ殿のお噂はこの国にも伝わっていますよ」 「ほう、俺もずいぶん有名になったもんだ」  まんざらでもないといった顔をするサイゾウ。 「キャスカ王女にしょっちゅう殴り倒される学習能力のない人だと……」 「てめぇ! ぶっ飛ばすぞコラ!!」 「ふふ……ホントの事じゃないのサイゾウ」 「うるせぇ! 一言余計な事抜かす栄養を胸に回しやがれ!」  サブロウらは幸運にも(?)アンジェラアタックが炸裂し、サイゾウが窓を突き破って吹っ飛ぶ様を生で見る事となった。  そしてゼルドナの王都に到着したキャスカ一行は思わぬ人物と出会う事になる。 「キャスカ様〜!」 「ポン・デ!? どうしてあなたがゼルドナに?」  それは独特なデザインの仮面をつけたメイドで、キャスカとは面識があるようだった。 「キャスカ、その人はいったい誰なんだい?」  モフリの質問に対し、キャスカは嬉しさを隠しきれない様子で彼女が古の封印から目覚めたメイドである事。  王族やメイド達にとっては馴染み深い存在で、メイド長のエマも彼女には一目置いている事などを語った。 「テレサ女王からキャスカ様への手紙をお預かりすると共に、キャスカ様の近況を直に確かめるようにとの命を受けて参りました。 ところで……そこのあなた、キャスカ様とおつきあいしていると噂のサイゾウ殿ですね? キャスカ様を泣かせたら、このポン・デ・フォン・デュが阿修羅となってお仕置きしますからね!」 「ちょっとポン・デ! サイゾウはただの旅の仲間でそんなんじゃないから!?」 「そ、そうだぜ! ワガママ姫さんのお守りでどんだけ苦労させられてるか……」 「ぬぁんですってぇ!?」  事前にちょっとしたハプニングがあったものの、キャスカらは国王ガルゴ16世との謁見を無事に終え、その夜は歓迎の晩餐会が開かれた……。  もちろん普通の人間と巨人ではサイズ差があるので、キャスカらは巨人の胸ほどの高さがある台の上で会食を行う。  無論、出てくる料理や給仕人も普通サイズである。 「あら〜、お久しぶりですキャスカ王女〜!」 「マリンさん…変わってませんね」 「あん? 知り合いかキャスカ」 「ええ、この間スリギィのロンドムに行った時にはいなかったけど、 あの国でもトップクラスの魔術師、マリン=アンブロジウスさんよ」 「ふふん…まっ、それほどでもあるけど! ところでキャスカ王女、そちらが噂に名高い恋人のサイゾウさん?」 「え、え? いやあのその……」 「こ、こ、こ、この野郎! 初対面でいきなり何言ってやがんだ……(今日はこんなんばっかかよ!?)」 「きゃはは! 二人とも赤くなっちゃってかわい(ポカッ!) へべっ!?」 「調子に乗んな! 純真なキャスカ王女をおちょくるんじゃねー!!」 「痛ったぁ〜い! いきなり何すんのよ〜!!」  キャスカとサイゾウをからかうマリンを軽く小突いたのはグロスターであった。  さすがに正装はしているものの、いつものノリで突っ込みを入れたのにハッとした後、  慌てて拳を引っ込め、照れ隠しの咳払いをして「失礼!」と言う。 「スリギィの奴らにも面白ぇ連中がいるんだな……」 「あんたは黙ってなさい! 大丈夫ですわ、私は気にしていません……」 「ありがたき幸せ……女王に代わり、非礼をお詫びいたします。 ほら! おまえも謝れっつってんだよ!」  親に叱られたいたずらっ子のように渋々謝るマリンに苦笑しつつも、キャスカらは引き続き宴を楽しみだした。  そこへ数人の妻を連れたガルゴ16世がやってきた……。 「キャスカ王女ご一行にスリギィからの使者の方々、我が国の宴は気に入っていただけましたかな?」 「はい! 身に余る光栄ですわ」  サイゾウとモフリも挨拶を終えた後、ガルゴ16世の妻らの胸から視線を離さず、おっぱい談議に花を咲かせていた。 「むぅ…なんとうらやましい……!! 一夫多妻制万々歳だな」 「山のようなでっけー乳がよりどりみどり! 極楽たぁまさにこの事だぜ。 …やっぱ俺はムチムチボインのミスリム殿がいいと思うぜ。でっけー事はいい事だ!」 「俺はティラミスさんもいいと思うな! 真面目に見えて好きそうな顔してるぜ!」 「「はぁ〜……おっぱいがいっぱい…………」」  ドグシャアッ!!! 「あんたら、あんまり恥かかせないでよね……」 「「はぁい……」」  他人の妻を品定めする二人に天罰とばかりにアンジェラアタックが炸裂するのであった。 「これは驚いた……」  ガルゴ16世の妻である半魚族出身のルリの肩に乗る、同じく妻である小人族出身の少女リリパを見てグロスターはつぶやく。 「小人族に会うのは初めてなのですか?」  ルリの問いにグロスターはにこやかに首を振る。 「いえ、故郷にいる友人(トリス・マックノーケ)に小人がおりまして……」  グロスターは小さくも心強い友人の少女騎士の話を二人に熱っぽく語る。  それを黙って聞いたリリパが少し意地悪な笑みを浮かべた。 「そのお友達に是非お会いしたいですわ……。 でも、それだけ熱心にお話なさるというのは、単なるお友達とは思えませんわね」 「そ、そうですか!? …コホン、つい年甲斐もなく熱くなりすぎました」 「人が人を好きになるのに、年齢は関係ありませんわ。 私も海難事故に遭った所を陛下の力強い腕で助けてくださったのに……ポッ」 「ははは……(いや〜、どこの王室も歳の差結婚が熱いねぇ!)」  自国も含めた世界各国の王家の歳の差結婚をあれこれ思い出し、内心苦笑するグロスターであった。  しかし、帰国したらゼルドナ土産でも持ってマックノーケ邸を訪ねてみようかとも考えていた。 「しかし嬢ちゃん、おまえさんよく食うな……」  呆れ顔のドラークを尻目に料理をがっつくマリン。  彼女はどちらかと言えば小食な部類であったが、この日だけは別とばかりに次々と食べまくっていた。 「むぐむぐ……この国に来るまで、船酔いでろくに食べられなかったしね。 はぁ〜…巨人の国って大雑把な食べ物しかないと思ってたけど、意外に繊細で美味しいじゃなぁ〜い?」 「まったく…下品だぞ? 仮にも陛下の名代として来てるんだ、ちったぁ上品に振舞ったらどうだ」 「大丈夫大丈夫! あの原始人野郎に比べりゃ、私は十分お上品な部類だしぃ〜?」 「少シ、窮屈ダナ……」 「よく似合っているよギデオン。今からこの国の研究者の人達に君を紹介しようか……」  思いがけない光景を見たマリンは、口に含んでいたジュースをブバッと噴き出す。 「ちょっと! 誰よ!? あのワイルドなイケメン???」  マリンが原始人野郎と揶揄した当のギデオンは夜会服をキッチリと着こなしていた。  ウルフガングU世に連れられ、この晩餐会に招待されているゼルドナの学者達の元へと向かって行く。  彼が現代の作法も難なくこなして談笑しているのを見て、マリンは大きな瞳を丸くして驚くのみである。 「生まれ育ちと空気を読む能力は別物だな……お上品なマリンちゃんよ」  もうこうなってしまえば、さすがのマリンもただただ赤面して黙るしかない。 「…………(ちょ、ちょっとはお上品にしなきゃ……なんか悔しいけど……)」 「ところでキャスカ王女、余興としてサイゾウ殿とうちのサブロウを手合わせさせてみたいのだが、よろしいですかな?」  ガルゴ16世の申し出を聞き、上機嫌で酒を飲んでいたサイゾウの目つきが一瞬で真剣なものに変わる。 「……恐れながら、それがし手加減のできない性分。それでもよろしいのならばお受けいたしまする」 「ちょ、ちょっとぉ! 相手は酒場で絡んできた酔っぱらいじゃないのよ!?」  サブロウに怪我でもさせやしないかヒヤヒヤするキャスカの肩に、モフリがポンと手を置いて制する。 「まあまあ、サイゾウだけじゃなく蛮武ー丸も一緒だから大丈夫だよキャスカ。 ああは言っても宴会の余興だし、まさかサイゾウも本当に殺し合うわけないだろう」  決まりじゃな、とガルゴ16世はニヤッと笑い、  バルコニーから中庭の警備についていたサブロウにサイゾウと手合わせするよう告げた。 「サブロウよ、サイゾウ殿は手強いと噂じゃ。 日頃の訓練の成果、宴に集まった人々に存分に披露せよ!」 「は、はいっ!」  突然の王の命に戸惑いつつ、サブロウは愛機サイクロプスに乗り込むが、  晩餐会場の警備を担当していたサーシャは一連の流れを不安げな面持ちで見ていた。 「サブロウは大丈夫なのだろうか? 私が代わりに戦っても……」  そんなサーシャに気づいたのか、ガルゴ16世が声をかける。 「案ずるなサーシャよ。余がサブロウを指名したのはただサイゾウ殿と同郷だからと思うてか? 他国の人々にゼルドナの戦士として披露しても、恥ずかしくない力量を持つと認めるからこそじゃ。 そなたがサブロウを想う気持ちはわかるが、時には離れて見守ってやるのも愛と知れ……」 「……陛下のご深慮、よく理解できました……。 サーシャ・フロイレス、一戦士としてこの戦いを見守りとうございます」 「うむ」 「ほほう、サムライ同士の一騎討ちとは面白い余興じゃないか。 噂に名高いサムライのお手並み拝見といくか」  グロスターらスリギィの面々もこのサムライ対決には興味があるらしい。 「う〜ん♪ 名物ゼルドナメロンのシャーベットは上品な甘みとスッキリ後味がうんたらかんたらで……」  …そんなの知ったこっちゃないといった顔で食べまくるマリンを除いて……。  周囲の人々がバルコニーから見守る中、サイゾウは蛮武ー丸に乗り込んで中庭に飛び出した。 「カニ・サイゾウ見参!」 「同じく蛮武ー丸見参!」 「「いざ尋常に勝負なり!!」」 「ゼルドナが戦士サブロウ! いざ参る!!」  名乗りの後、相手に向かって一直線に突進する二体のロボ。  まずはサイクロプスが大太刀を(峰打ちだが)横薙ぎに一閃するが、  蛮武ー丸はそれを読んでおり、ジャンプでかわした後、槍の柄を使って棒高跳びの要領でさらに天高く飛翔する。 「まだまだっ!」  ところがサイクロプスはその鈍重そうな体格を感じさせない跳躍を見せ、  たちまち空中の蛮武ー丸の前に追いついた。  その動きは彼らの祖国で暗躍する忍者を彷彿とさせる。 「なるほど……そうでなくちゃ面白くねぇ!!」  両者は地面に向かって落ちながらも互いの得物を激しくぶつけ合う。  やがて轟音と共に着地し、しばらく睨みあううちにサイゾウが思わぬ行動に出た。  ザクッ、ポイッ  なんと、槍を地面に突き刺し、刀や水鉄砲といった他の武装も投げ捨てたのである。 「得物なしの力比べだ!! 行くぜ蛮武ー丸!!」 「心得たでゴザル!!」 「おうっ!! 望むところです!!」  サブロウもサイクロプスの大太刀を投げ捨てる。  丸腰になったロボ同士の格闘戦第二ラウンドが始まった。   「うおぉっ!!」  サイクロプスの剛腕が唸りを上げて蛮武ー丸を襲う。  蛮武ー丸はその拳を受け止めたものの、体格差で勢いを殺しきれず吹っ飛ばされて庭園の木々を派手に薙ぎ倒す。   「なんの! もっと根性出せ蛮武ー丸ーっ!!」 「おうっ!! ぬおおぉあーっ!!!」  負けじと突進する蛮武ー丸を太い腕で押さえつけようとするサイクロプスだが、  蛮武ー丸も渾身の力でそれをはねのけようとして激しい揉み合いとなる。  内部のサイゾウもサブロウも全身に汗をかいて凄まじい形相となっていた。 「足元がお留守だぜっ!!」  上半身に気を取られていたサブロウの隙を突き、サイゾウは蛮武ー丸に足払いをかけさせ、  態勢の崩れたサイクロプスの腕をつかみ、裂帛の気合いと共に背負い投げを仕掛けた。 「「ぬおりゃああああああああ────っ!!!!!!!」」  サイクロプスの巨体が飛び、轟音と共に庭園に飾られていた石像を破壊する。  しかし、サイクロプスは石像の破片を周囲に撒き散らしながら立ち上がり、再び蛮武ー丸に突進した。  サイゾウとサブロウは絶叫に近い雄叫びを上げて愛機の拳を突き出したのだが…… 「それまで!!!」  ガルゴ16世が二体のロボの間に割って入り、逞しい両腕でロボ二体の拳を顔色一つ変えず受け止めていた。 「噂に違わぬサイゾウ殿の武勇、存分に拝見した! サブロウもゼルドナ戦士の名を辱めぬ見事な戦いぶりである! この対戦、あくまで宴の上の余興にて、両者引き分けで決着とする!!」  戦闘態勢を解いた二体のロボは一礼の後、互いの健闘を称えて固い握手を交わす。 「なかなかやるじゃねぇか、同じバクフ出身者として鼻が高いぜ」 「僕もサイゾウさんほどの達人と戦えて感激です!」  バルコニーで観戦していた人々から一斉に拍手が上がる。 「二人ともいい根性してるな、立派な船乗りになれるぜ」 「ああ、サムライの強さは『ブシドー・ガッツ』とでも言うべき闘志にあると理解できた!」 「勇者ノ魂、時ヤ国ヲ選バナイ」 「私は戦いに関しては門外漢だが、素晴らしいファイトだったよ。明日からの発掘指導も彼らに負けず頑張ろう!」  スリギィの面々も口々に二人のサムライの健闘を賞賛するが… 「げぷ〜……あ〜食った食った……グロスターさん、つまようじプリーズ!」 「おめーはずっと食っとったんかい!!?」  マイペースなマリンに古典的ずっこけをかますスリギィ一同であった。 「サブロウー!」 「あっ、サーシャさん!」 「心配していたぞ……怪我はないか?」 「だ、大丈夫ですよサーシャさん……揺れた時にぶつけたかすり傷ですって」  サイクロプスから降りたサブロウを少し過保護気味に手当てするサーシャを見るサイゾウは少し不満げだった。 「ちっ、うらやましいぜ! 色気なしのキャスカじゃああは……」 「ああは……何かしら?」  キャスカといつものように憎まれ口を叩き合うサイゾウであったが、  突然何かを思いついたかのようにキャスカを制してサブロウに話しかけた。   「おいサブロウ、今夜はモフリと一緒におまえらの家に泊まっていいか?」 「いきなり何言い出すのよあんた……」 「おおっ!? バクフで流行りの『衆道』でござるな!!」  エリカが目を輝かせて茶々を入れたのに対し、その言葉の意味を知るサイゾウとサブロウは真っ赤になる。 「ぼ、僕にそんな趣味はありません!?」 「んなもん俺にもねぇーっ!!!  ひ、久しぶりにマトモな同郷の人間に会えたんだ、酒でも酌み交わしながら話がしたいと思ってな」 「陛下……」 「うむ、久しぶりに故郷の話でも語り合うがよかろう。 サイゾウ殿、この城は我が自慢の妻達を間男どもから護りし鉄壁ゆえ、 キャスカ王女の安全は心配せずともよい」 「長年ディオール王家に仕え、歴代王女をお守りしてきたこのポン・デもおります!」 「しかしなんで俺も? お城のフカフカベッドで寝た……あっ、なるほどな。 わかった、俺も一緒に泊まりに行くとしよう!」 「へへへ、これで決まりだな」 「(な〜んか企んでそうね……)」  ちょっと不安なキャスカであった。  こうしてサイゾウらはサブロウと共にサーシャ宅に宿泊する事となった。  ちゃんと普通サイズの風呂も設けられた浴室で汗を流し、サブロウの部屋で晩餐会場から失敬してきた酒を飲む。 「……おまえ、大名の子だったのか?」  サイゾウの問いにサブロウは照れ臭そうな笑顔を浮かべる。 「はは…僕は家督とは縁のない三男坊ですよ。 養子先もありませんでしたし、兄の厄介になるぐらいなら自分の可能性を試したいと思いまして。 色々な国を武者修行で回った後、このゼルドナに来ました」 「う〜ん、やっぱりサイゾウに比べると、どことなく品がある……」 「うるせぇ! ……それはともかく、足軽々に鎧を着せただけで蛮武ー丸と互角に渡り合えるとは大したもんだ」 「あれはロボアーマーといって、機械人と甲冑が一緒になったようなものです。 この国の人々はあれを着て戦うんですよ」 「それで足軽々には似つかわしくない豪力が得られたってわけか……。 だが、あの身のこなしはそれ頼りってわけでもないよな」 「あ、あれはこういった巨人用の住居で生活するうちに自然と身についたものです」  しばらくはゼルドナでの暮らしやお互いの故郷の話を続ける三人であったが、突然モフリが話題を変える。 「で、サーシャさんとはどこまでいったんだい」 「ブッ!!」  予想だにしない問いかけにサブロウは酒を勢いよく吹き出した。 「うわっ汚ねぇ!?」 「な、なぜいきなりそんな話を?」 「おいおい、さっきの城でのイチャイチャぶりを見せつけといてそりゃないぜぇ?」 「体格差カップルのあんな話やこんな話を聞かせてもらいたいな!」 「ぼ、僕とサーシャさんは……その……まだ結婚とかいう段階じゃないし……」 「なーに言ってやがんだ? 今の状態は結婚してるのと同じじゃねぇか!!」 「!!!」 「サイゾウ、あんまり純情な子をいじめてやるなよ……」 「そう言えばそうだ……今まで気づきもしなかった…………!!」 「まどろっこしいったらありゃしねぇ!  ……よぉし、このサイゾウ様がおまえを男にしてやる。ついてこい!」  サイゾウとモフリが半ば強引にサブロウを連れて行ったのは先の浴室であった。  シャンプーの容器の陰に陣取り、まだ帰宅していないサーシャが入浴するのを待つ三人。 「あのぉ……これが僕を男にするのと何の関係が?」 「俺達が巨人女性のヌードを観察したいか……もがっ」 「違うだろがモフリ!! いい若い男が、一つ屋根の下で女と同居して何もしないってのが異常なんだよ!! これで免疫と胆力をつけてだな、じきに行き着くとこまで行っちまえば御の字じゃねぇか」 「いや、その理屈はおかしいですよ。物事には順序ってものがありますし。 それに、こっそり覗き見するなんてやましい事は武士道に反しま……」 「「ぶわぁかやるぉぉぉぉぉぉーっ!!!」」 「!!?」 「好きな女の子の裸を見る!! いたって自然で健康的な欲求じゃあないかッ!! いやらしいと思うから邪な行為になるのだ!!」 「この際武士道は忘れろ!! 今のおまえは俺達普通の大きさの男の代表なんだ!! このままグダグダと現状維持を続けて、もし戦でくたばったら死んでも死に切れねぇだろうが!!!」 「そ、それはそうですけど……」  そこにサーシャが帰宅した物音がした。 「サブロウー? もう寝たのか……。 まあいい、私も汗を流して休むとしよう」 「(来たぜ来たぜ来たぜー!! いいか二人とも、物音を立てるんじゃねぇぞ……)」 「(OKサイゾウ!)」 「(あああ、どうしよう〜……見つかったらサーシャさん絶対怒るだろうな……)」  しばらくした後、生まれたままの姿となったサーシャが浴室に姿を現した。  タオルで身体の前面を隠しているので肝心な場所は見えない。 「(早く! 早く身体を洗うんだサーシャさん! 俺にギガトンサイズのおっぱいを見せてくれー!!)」 「(いや、でもタオルごしでもすげぇぞコレ……昼間見た服の時よりすげぇ。 形ならキャスカの母上殿だがよ、大きさならこっちのが完全に上……って、巨人だから当然か)」  ブバァッ!!! 「「何ぃぃーっ!!?」」  邪な欲望だらけの二人は平気だったが、純情なサブロウには刺激が強すぎたらしい。  興奮して噴き出したサブロウの鼻血がシャンプーの容器の陰から流れ出し、浴室の床を真っ赤に染める。  無論、サーシャがこの異変に気づかないはずがない。  すぐにバスタオルを身体に巻いて裸身を見られないようにした後、  シャンプーの容器を手で移動させ、サイゾウら三人の姿を丸見えにさせた。 「バ、バカ野郎〜!! てめぇのせいでバレたじゃねぇかよ!?」 「やあこんばんはサーシャさん、偶然だなぁ〜!」 「……サー……シャ……さん……ごめん……な……さい………(ピクピク)」 「………ふふふ……大体の事情は把握できた……覚悟はいいな?」 「いいながめ……」  こんな状況にも関わらず……いや、こんな状況だからか見上げた先にある絶景を、幸福そのものな表情で眺める二人だが……。  サーシャの怒りの炎に油を注ぐのは火を見るより明らかである。  プチッ 「「ぎぃやああああああああああああああああ────────っ!!!!!!!」」  風呂場にサイゾウとモフリの悲鳴が響いたのはいうまでもない。  その頃、入浴を終えたキャスカ達は……。 「何か聞き苦しい悲鳴が聞こえたような……。 それより、ポン・デに髪の手入れをしてもらうのは久しぶりね」 「はい、こうしているとお城での毎日を思い出しますわ……」  ツインテールを下ろしたキャスカが、その美しい金髪をポン・デに櫛で梳かしてもらっていた。  その中で母テレサをはじめとした家族の近況をポン・デから聞くキャスカであったが、  ポン・デはキャスカの旅立つ前と今の変化に内心戸惑っていた。 「あの……キャスカ様、つかぬ事をお伺いしますが、私と一緒にディオールへは戻られないのですか?」 「うん……最初の頃は早くお城へ戻りたいと思ったんだけどね、 バカでやかましいサイゾウや変態のモフリとの旅が楽しくなっちゃったの……。 それに、もっともっと旅で修業して強くなって、 ディオールに帰る時はお母様や機士団のみんなを助けられるようにならなきゃ!」 「……キャスカ様……しばらく見ないうちにたくましくなられましたね……」 「ごめんねポン・デ、お母様にもワガママな娘でごめんなさいと伝えて……。 あなた、お母様に私を連れ戻すように命じられてゼルドナまで来たんでしょ?」  ポン・デは優しい笑みを浮かべて首を横に振った。 「いえ、テレサ女王はキャスカ様を連れ戻せとは一言もお命じになっていません。 恐れながら、ディオールにお戻りになられてはと聞いたのは私の独断です。 キャスカ様がご自分の意思で旅を続けたいと仰るのならば、私がこれ以上申し上げる事はございませんわ」 「ありがとうポン・デ……。 でも、久しぶりにあなたに会えてよかった!」 「私もですわキャスカ様! テレサ女王にはキャスカ様のご成長をちゃんとお伝えいたします。 ささ、晩餐会でお疲れでしょうし、今日はもうお休みなさいませ……」 「ええ、おやすみポン・デ……」 ──翌朝、ゼルドナ王城で再び合流したキャスカ一行。 「……それで、あんたらはサーシャさんに半殺しにされたってわけね……。 大方そんな事だろうと思ってたわ! バカじゃないの?」 「おまえの魔法で手当てしてくれよ、体がバラバラになりそうだぜ……つつ……」 「知るか! 自業自得でしょ!!」 「サブロウには手を出さなかったあたり、サーシャさんは彼が本気でホの字みたいだな」 「ああ、だが今度ばかりは仲直りに時間がかかりそうだ。 サーシャ殿、朝飯の時なんて俺達どころかサブロウにさえ口を利いてくれなかったしな」 「あんたらのせいでしょうが!! あとでちゃんと責任持って二人に謝って仲直りさせなさいよね! じゃないと絶交だから!!!」 「(なるほど……確かにキャスカ様も仰る通り困った面もある人々だ……)」 「あ、あのぉ〜……キャスカ王女、お取り込み中申し訳ないのですが、 ゼルドナ大学の教授や学生達が待っていますので……」  キャスカとポン・デはサイゾウらを置いてウルフガングU世が発掘を指導する予定である化石発掘現場の見学へと向かった。 「あーあ、行っちゃった……」 「あの仮面メイドとかスリギィの連中もいるから大丈夫だろ。 キャスカのお守をしなくていいんだしよ、観光とでもシャレこもうぜ」 「サブロウ達はどうするんだ?」 「夫婦喧嘩は犬も食わねぇ! キャスカがギャースカ騒ぎすぎなんだよ!」 「……それ、ダジャレか? 『キャスカ』と『ギャースカ』って……」 「う、うるせぇ! 結構自信あったんだぞ!? それはどうでもいいが……もしダメなようなら、俺がサーシャ殿に土下座でもなんでもしてやらぁ!!」  それとほぼ同時刻、首都から少し離れた場所の上空に怪しげな影があった。 「……姉上、我がリーブスはこんな形でしか存在を証明できないのですか?」 「まだ迷っておるのか? 醜き下民の血が混じったおまえが手柄を立てる好機ではないか!!」  怪しげな影の正体は闇黒連合の移動要塞シャドーム。  漆黒に塗装されたドーム状の屋根と着陸用の脚部を持ち、  世界各地に侵攻の魔の手を伸ばす空中機動要塞ダークネス・フォートレスの廉価版と言える存在であった。   「ですが、罪もないゼルドナの民を傷つけるのは平和を愛した初代国王の御心に背きます!」 「黙れ!! 今を生きる我らが生き続けるには連合と共に歩むしかない!!」  言い争うのはドレスを着れば深窓の姫君と言っても通じそうな金髪の美青年と、  その姉と言うには少し……いや、かなり違和感のある風貌の女性であった。  この二人はリーブス王国の王子アルカ=ロイド=リーブスと、その腹違いの姉にあたるベラ=ドンナ=リーブス。  美醜の概念が逆転した風変りな国家リーブス王国は闇黒連合と同盟関係を結んでいた。 「ベラ女王の仰せの通りですわ……」  そこに現れたのは闇黒連合リーブス駐留部隊長の毒島シキミ。  他国侵攻軍の部隊長と違い、彼女は外交官的役割を担っているが、事実上の監視役と言っても過言ではなかった。 「今回の働き次第で、連合上層部はリーブスへの評価を大きく変える事になります。 ガルゴ16世の首を取れとまでは申しませんが、この大陸制圧の大きな障害となるゼルドナに少しでも打撃を……」  シキミが試すかのような笑みを浮かべて退出した後、姉弟の間に沈黙が続く。 「……わらわにはリーブスの民を守る義務がある……連合に抗えぬ以上、やむを得ぬのじゃ……」 「わかりました姉上……」  アルカは姉の気持ちを察し、そのまま一礼して退出した。  シャドーム内の格納庫へ向かい、白と紫を基調にした鎧を纏う騎士型魔道ロボ、クレマティスに乗り込む。  アルカの乗るクレマティスに続き、リーブス王国の兵士用SDロボであるバードヘルムもゾロゾロと降下口に集まる。 「これよりゼルドナ首都攻撃を開始する! 全員降下!」  ゼルドナ首都に向かって降下するリーブス軍!  その頃、地下でも怪しげな一団が蠢いていた……。 「もうじきゼルドナ首都の真下ですぜ陛下」  地下部隊に所属する兵士ガン・バーンが愛機マグディグダグを一旦止め、黒いロボに声をかける。 「さて、派手に焼きまくるとするか……」  黒いロボの主で、地獄の炎を彷彿とさせる邪悪な笑みを浮かべた赤毛と褐色肌の男は、火山の国の国王ガラキア=ザラマンディ。  孤立無縁の状況で王座についたものの、苛烈なまでの攻勢で反乱を鎮圧して国民を纏め上げた梟雄である。 「命令は三つ。殺せ、壊せ、燃やせだ」  戦時におけるガラキアの指示はこれだけで済まされる場合が多い。  だが、その言葉は圧倒的な力より来る自信と残忍さに裏打ちされていた。  空と地の底から迫りくる脅威がゼルドナ首都に迫る! 「キャスカ王女、これはディオールでも発見される恐竜と近縁種にあたる化石です」 「ディオールの博物館で見たものよりずっと大きい……。 ゼルドナには昔から大きな生き物がいたんですね」  キャスカは首都郊外の発掘現場で、ウルフガングU世の説明を聞きながら岩肌に露出した化石を見学していた。 「なぜ他の地域と同種の生き物がこの地で進化すれば大きくなるのか? それはまだ研究中ですが、解明されればこの国の人々の起源にも繋がる大発見でしょうな!」  少年のように目を輝かせて熱っぽく語るU世にキャスカは笑顔で頷く。  説明が一通り終わった後、タープの下にキャンプ用の椅子やテーブルを置いた簡素な休憩所で紅茶を飲むキャスカだったが……。 「いきなり何をするんだ君!? やめたま…ぐわっ!!」 「どけ!! 用があるのはキャスカ王女だけだ!!」  発掘の日雇い作業員として雇われていたゼルドナ外国籍市民の男が休憩所に駆け込んできた。  とんでもなく個性的な顔立ちで、それが殺気立っているのだからただ事ではない。  ちょうど次の作業の指示に向かおうとしていたU世と鉢合わせしたが、  ただならぬ気配を察して制止するU世を殴り倒し、キャスカに向かってくる。 「その人は国同士のケンカには関係ない学者さんよ! 乱暴はやめなさい!!」  キャスカはビームソード兼アンジェラの起動キーであるパンツァーシュナイダーを持って身構えた。  いつもサイゾウやモフリに守ってもらってはいるが、キャスカも王女としての教育の中で護身の為に剣術を学んでいる。  街のチンピラ程度ならば軽くいなせるが、おそらく訓練を積んだであろう相手に生身で事を構えるのは初めてなので一抹の不安があった。 「ガァッ!!」  そこに騒ぎを聞きつけたギデオンとポン・デが駆けつける。  ギデオンは両手で大柄な男を軽々と持ち上げ、積み上げられた荷物の山へ向かって投げ飛ばし、  ポン・デは崩れた荷物からフラフラと立ち上がった男をメイドとは思えない格闘術を駆使してボコボコにする。 「とどめよ!! メイドキィーック!!!」 「ぐはぁっ!!?」 「U世、大丈夫カ?」 「私なら大丈夫だよ。それよりキャスカ王女にお怪我は?」 「ありがとう、ギデオンさんにポン・デ。 教授も大したお怪我じゃなくて安心しましたわ」 「キャスカ様に手を出すとはとんでもない男ですわ! 流行りのストーカーかしら?」  ポン・デは襲撃者の男を縛り上げ、その目的を問い質していた。 「ふん! 痩せても枯れても任務を帯びた身、そうやすやすと口を割ってたまるか!!」 「くらえ! メイド・フラッシュ!!」 「ぎゃあーっ!!! 目が!! 目がぁぁぁぁぁぁ!!!!!」  ポン・デは男の顔をむんずと掴んで目を反らせないようにし、  仮面に包まれた顔を思い切り近づけた後に目から怪しい光を放った。  その光は恐ろしい幻覚を見せる魔法の一種らしく、男は凄まじい絶叫を上げて苦しむ。 「出た……ポン・デったら、お城ではたまにヘマしたメイドをアレでお仕置きしてたのよね……」  とりあえず怪しげな光の攻撃は一段落したが、男はヘロヘロで先ほどの強気はすっかり消え失せていた。 「どう? しゃべる気になりましたか?」 「ハァー……ハァー……」 「メイド・フラ……」 「言……言ひます……だからもうやめへ……」  男の正体はリーブスの兵士で、女王ベラの独断でキャスカを誘拐して火山の国をリードしようという策略であった。 「じゃあ今頃はゼルドナの首都を……」 「敵のロボ軍団が襲っている可能性は大いにありますわね」 「キャスカ王女! ギデオンをおつけしますので、すぐ首都へ向かってください! 他の皆の危険が危ない!!」 「ギデオンさんもロボを?」 「私の父が彼にプレゼントしました。さあギデオン! ネオ・ヴェナトールの力を今こそ見せる時だ!!」 「アウオオ────ッ!!!」  狼のような雄叫びを上げるギデオン。  その大音量にキャスカらは耳を塞ぎ、縛られているリーブス兵は耳を塞げず気絶した。  それと同時にギデオンが首からかけていた小型恐竜の頭骨を模した首飾りが光を発し、光が何かを形作る。   「きょ、恐竜?」 「その通り! これこそ我が父ウルフガングが太古の力を現代に蘇らせた恐竜型ロボ、ネオ・ヴェナトールです!!」 「急ゴウ、ぐろすたー達ガ心配ダ」 「ええ!」  キャスカもアンジェラを召喚し、ポン・デも専用ロボのメイドカイザーを召喚した。 「行くわよ!」 「ちょ、ちょっと待ってください!? お二人とも飛んでいくのですか?」 「何ですかこの緊急時に!? アンジェラも私のメイドカイザーも飛べるから当たり前です!!」 「それは困った……ネオ・ヴェナトールに飛行能力はないんですよね……。 うちの父は変な所でケチるんだから!!」 「そんな事言われましても……(ちょっと! 冗談じゃないわよ!!)」  ポン・デはフゥーッと溜息をつき、失礼と言ってからアンジェラとネオ・ヴェナトールを片手で軽々と持ち上げた。 「ちょ、ちょっとポン・デ!?」 「急がねばなりません、私達が恐竜さんを持って飛べば時間のロス。 かと言って貴重な戦力をみすみす置いていくのも勿体ない。 となれば、メイドカイザーの脚力で一気に走った方が早い。 お二人とも、しっかり捕まっていてください……メイドダッーシュ!!!」  バビュンと一陣の突風が巻き起こり、休憩所のタープを吹き飛ばす。  U世やその他の人々が目を開けた時には三体のロボの姿は消え失せていた。 「行ってしまった……」  グロスターは王宮でメイドとして働くロボ格闘家センラ=ドナセルアの申し出を快諾し、  闘技場で若いロボ格闘家らと組み手に勤しんでいたが、突如遠方で火柱が上がるのに一同は驚いて手を止める。 「な、何だ? テロでも起こったのか!? 港にいる海軍の連中に状況を聞いてみるか……」  グロスターはナックルナイトに備えつけられた通信機でドラークに連絡した。 「こちらグロスター! 街で火柱が上がったが、そっちは異常ないか?」 「こっちはお客さんの歓迎に大忙しだ! そっちはそっちで何とかしてくれ!」  港では海から攻めてきたリーブス王国の別働隊とゼルドナ沿岸警備隊&スリギィ海兵隊が戦っていた。  ドラークは愛機エルドラコでリーブス王国の海戦用ロボ、テトロドンとの一騎討ちの真っ最中である。  グロスターからの通信を切り、目の前の敵に集中するドラーク。  敵機を操る男は先ほどリーブスの男爵テトロ・ドトキシンと名乗っていた。 「友人とのお別れは終わったかね? こちらも早々に別働隊と合流せねばならないのでね。手短に終わらせてもらうよ!!」  テトロドンはイカを模した三又槍を構え、エルドラコに突きかかるが、  ドラークは臆さずエルドラコの片腕の大砲から舟艇をも打ち抜く巨大銛を発射した。  ガキィッ!!    強靭な歯で巨大銛を受け止めたテトロドンは巨大銛についた鎖を引っ張り、そのままエルドラコを海中へ引きずり込もうとする。 「ほっほっほ、水中戦に持ち込めばこちらのもの……」 「海賊提督を舐めるなぁっ!!」 「フィンカイラ〜、マジカル・インフェルノ〜ッ!!」  グシャッ!!  力比べの真っ最中に響いた、間の抜けた声と共に発せられたハート型の魔力弾がテトロドンの顔面にめり込み、  制御が利かなくなったテトロドンは、口にくわえていたエルドラコの銛を放してフラフラと海に落ちた。 「提督! あれはマリン殿であります!!」 「魔法少女ミスティマリン、満を辞してただいま参上っ☆」  海兵隊員の一人、ヒューゴー・アシュトンが海兵隊仕様スリギィッシュ・アーミーを通じて指差した倉庫の屋上に現れた機影……。  それこそが魔導機フィンカイラの再生した姿、フィンカイラ・Rである!  先日のスリギィ本土における戦いで、マリンの主アゼイリアが急な腹痛で公衆トイレに駆け込み、  その間の時間稼ぎをしていたマリンであったが、話を聞かないスリギィ侵攻部隊長ジェラードの闇王騎カリブルヌスに斬られてしまう。  幸いマリンは転移魔法で脱出したはいいものの、フィンカイラ自体は大破してしまった。  そこでウルフガングの協力の元、残骸をベースに生まれ変わったのだが……。  マリンとウルフガングの暴走のせいで、その姿は魔法少女型となってしまった。  もちろん中の人マリンもいい歳こい……愛機に合わせてお色直しをした。もちろん変身シーンだって専用曲つきであるぞ!  魔力は以前の三倍になったはいいが、生真面目なマリンの母マリリンはお披露目の日にこの機体と娘の姿を見て卒倒し、三日間寝込んだという……。 「でもってぇ……」 「いや、もう解説はいいから降りてこい嬢ちゃん……」 「ちぇっ、これから盛り上がるトコだったのに!」 「それより敵はまだ大勢いる! ゼルドナの連中と協力してだな……」 「その必要はないみたいですよ提督」  海兵隊所属の少年兵パン・ジャンが愛機ドラムドラムから身を乗り出してウィンクしながら親指を向けた先には、  破壊されたテトロドンから脱出したはいいが、漏れ出た毒にモロに当たって苦しむテトロの姿であった。 「ぐ、ぐるじい……」  隊長がやられ、バードヘルムの多くも破壊されたリーブス別働隊はテトロを収容して逃げていく。 「自分の捲いた毒にやられるようじゃ世話ねぇやな!」  ゼルドナ・スリギィの両陣営からどっと笑いが巻き起こる。 「楽勝、楽勝!」 「よぉし、楽勝ついでに手伝いに行くぜ嬢ちゃん。さっきグロスターから通信が入ってな……」  ドラークは海や港の後片付けを命じた部下をゼルドナ沿岸警備隊の隊長に任せ、マリンと共に騒然とする市街地へと向かった。  サブロウとサーシャを含むゼルドナの戦士達も首都の各地に散らばって死闘を繰り広げていた。 「でぇい!!」  サーシャ専用ギガントスのランスが火山の国の量産機レッドレックスを貫き、  レッドレックスは損傷して暴走したアングリーシステムの影響で炎を噴き上げながら崩れ落ちる。  搭乗者の兵士は尻に火がつきながらも、焼け死ぬ前に悲鳴を上げて脱出した。 「次っ! 死にたい奴は前に出ろ!!」  今でこそサブロウの影響で少女趣味に走っているとは言え、サーシャの腕前に変わりはなかった。  その気迫に押されたのか、火山の国・リーブス混成部隊はサーシャ専用ギガントスを遠巻きにして見ているだけである。 「なるほど、ゼルドナの戦士は噂以上の強さだ……」  周囲の量産機が道を開ける中、アルカのクレマティスが姿を現した。 「貴様が指揮官か? 私はゼルドナの戦士、サーシャ・フロイレス!」 「僕はリーブス王国の王子、アルカ=ロイド=リーブス! 我が国が生きるには犠牲はやむを得ない……行くぞ!!」  クレマティスは両手に光を纏い、光の手刀でギガントスに斬りつけるが、  サーシャもランスによるリーチで牽制しつつ、スカートアーマーによって上がった推力で巧みに回避する。   「甘い!」  頭部ネコ耳バルカンが火を噴き、クレマティスはとっさに両腕を交差させてガードした。 「(今だ!)」  そのままランスを構え、サーシャは愛機を一直線に突進させた。  並みの相手ならばガードごと貫かれてジ・エンドのはずであったが、  サーシャはアルカが並みの相手ではない事をすぐに知る事になる。  クレマティスは瞬時にガードを解き、横へ向かって曲芸師のように側転して突撃をかわす。  そして爪先に手と同じ光線剣を纏わせ、カポエラのような動きでギガントスの胴を薙いだ。 「くっ!?」  サーシャも人並み外れた反応速度で蹴りをかわしたが、ギガントスの脇腹部分が斬り裂かれて火花を上げた。  幸いサーシャ自身に怪我はなかったが、崩れた態勢を見逃さずにクレマティスの猛攻が彼女を襲う。 「我がクレマティスの光刃は変幻自在……いつまでもかわし切れると思うなっ!!」 「サーシャさん! サーシャさーん!!」  サブロウはサイクロプスで首都に侵入した敵を斬り伏せながら、  敵味方の怒号が響き合う戦場でサーシャの行方を必死に探していた。 「サーシャさんはどこへ行ったんだろう? まさか敵にやられ……」 「「うおわぁーっ!!!」」  サブロウの目の前に火だるまになった蛮武ー丸が吹き飛ばされてきた。 「サイゾウさんっ!?」  サブロウはサイクロプスで近くにあった給水栓を殴り壊し、蛮武ー丸に水をかけるがどす黒い火炎は一向に消える気配を見せない。   「このままじゃラチが開かねぇ! 蛮武ー丸! ちょいと早いが月下武神だ!!」 「おうっ!!」 「オオオオオオァァァァァァァ…………!!!」  バキバキバキッ!!  以前バクフ国に一時帰国した際の戦いで覚醒した蛮武ー丸の新たな姿、月下武神蛮武ー丸。  まだ完全ではないものの、サイゾウと蛮武ー丸はその形態を自分達の意思で取る事が可能となっていた。 「すごい……昨夜僕が戦った時とはケタ違いの闘気を感じる……」 「はぁっ!!!」  気合一閃、蛮武ー丸の身体を覆っていた邪悪な炎はまばゆい緑色の気によってかき消される。 「サイゾウー! 早く来てくれー!!」  モフライガーはガラキアの黒いロボ…コクマオーに追い詰められていた。 「無駄だ、今度は貴様が消し炭になるがいい」 「そいつはどうだかな!」  ガキィン!!  月下武神となった蛮武ー丸が愛槍「鎮竹凛(ちんちくりん)」でコクマオーに突きかかるが、  コクマオーは辛うじてそれを受け止める。   「連合の奴らから受け取ったお尋ね者リストには、こんな面白い情報は書いていなかったな……」  コクマオーの手からは相変わらずどす黒い火炎が放たれていたが、  鎮竹凛が帯びた緑色の気と相殺されてサイゾウらを焼き殺すに至っていない。 「面白い、久々に燃やしがいのある相手に出会えて嬉しいぞ? じっくりと骨の髄まで焼いてやる!!」 「サイゾウさん!! 僕も助太刀します!!」 「来るんじゃねぇっ!!!」 「…えっ?」 「サーシャ殿が向こうの路地で戦ってる……。 おまえが助太刀すんのはそっちだ、俺らの事なんざどうでもいい」 「……た、確かにサーシャさんは僕にとって大事な人です! でも、武士として第二の故郷を滅ぼそうとする敵から逃げるなん……うぉうわぁぁぁぁぁぁ────!!!?」  近くに転がっていた蛮武ー星が蛮武ー丸固定用の帯をサイクロプスの首に引っかけ、  サーシャが戦っている路地の方角まですっ飛んで行った。 「へっ、世話の焼ける野郎だぜ……」 「おいおいサイゾウ」 「あん? なんだよモフリ。せっかくカッコよく決めてんのに邪魔すんじゃねぇ……。 まさか、サブロウの助太刀がなきゃやだとか、ガキみてぇな事言うんじゃねぇだろうな?」 「いやいやいや、そうじゃなくて……。 サブロウって蛮武ー星の止め方を知ってたっけ?」 「あ……は、ははは……なるようになる……んじゃねぇの?」  青ざめるサイゾウとモフリに対し、ついにガラキアはキレた。 「おしゃべりもいい加減にするんだな貴様ら……!! まとめて焼き尽くしてくれる!!!」  黒炎を纏った拳が二人めがけて襲いかかる。  二人にはかわされたがその余熱だけで石畳が溶けてえぐれ、近くの巨人用住居のカーテンや木造部分から炎が上がり始めた。 「サブロウより、こっちの化け物をなんとかするのが先だぞモフリ!!」 「くっ! これ以上脱いで涼しくなれないのが悩ましい!!」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」  サーシャ専用ギガントスは、致命傷こそ免れていたが満身創痍の上にサーシャの体力や精神力も限界に来ていた。 「いいですぞアルカ王子ー!」 「そのまま切り刻んでください!」 「静まれ! 敵とは言え誇りある戦士を愚弄する事は僕が許さん!!」  アルカの一喝で黙る両国の兵士達。 「侵略者に誇りなどあるのか?」  サーシャの皮肉を聞きつつ複雑な表情で聞きつつ、クレマティスの歩みは止めないアルカ。 「わかっている……いや、わからぬはずがない。 だが、女王が進む道を決めた以上、我らはそれに従うしかないのだ!」 「……うわぁぁぁーっ!! 止まれ止まれ止まれーっ!!!」 「何者だ!」  超スピードでかっ飛んできた蛮武ー星から辛うじて脱出できたサイクロプスだが、  ギガントスとクレマティスの間に割って入ろうとしてバランスを崩し、頭から落下した。  蛮武ー星はそのまま近くの建物にぶつかり、半ば大破状態で停止する。 「サブロウ!? 大丈夫か!」 「いたた……僕なら平気です。それより大丈夫ですかサーシャさん?」 「す、すまない。みっともない姿を見せてしまったな……」 「再会を懐かしむ余裕はないぞ、君も戦士なら剣を取って僕と戦いたまえ! その女性にはこれ以上手出しはしないと、リーブス王族の名誉に賭けて約束しよう!」 「サブロウ! これは私の戦いだ……ううっ!」  アルカと戦う前に数十体もの敵機を倒してきたせいか、サーシャ自身もロボアーマーも限界に来ていた。 「………………」  サブロウのサイクロプスはサーシャ専用ギガントスを抱きかかえ、近場の建物にもたれかけさせた。 「このサブロウ、貴殿との一騎討ちお受けいたしまする!」  サイクロプスの大太刀とクレマティスの光線剣が激しく火花を散らす。  サブロウもアルカも人機共に万全な状態ではなかったが、お互い引くに引けない意地が疲れを凌駕していた。   「これをかわせるか!!」  クレマティスはある時は片腕、またある時は片足を軸にしての縦横無尽の回転斬りを舞うように繰り出す。  サイクロプスの剣技も得物の大きさにしては十分に速いが、正攻法を得意とするサブロウは変則的な動きに翻弄される。 「(どこから次の攻めが来るかわからない!?)」 「どうした! 防御するばかりでは勝利はおぼつかないぞ! ましてや大事な人を守る事すらできない!!」 「(くそっ! 確かにこのままじゃやられるのを待つだけだ。 中途半端な防御を捨ててでも奴に一撃入れなければ……ん、防御を捨てて……そうか!)」 「もらったぁ!!」  とどめの一撃とばかりに突きを繰り出すアルカ。  これまでのサブロウならば大太刀を盾に防ぐ所だったが……。  ザクゥッ!! 「いやぁぁーっ!! サブロウーッ!!?」 「バカな! 自ら貫かれに来ただと!?」  サイクロプスは自らの左腕をクレマティスの右手刀に貫かせていた。  分厚い装甲と太い腕に阻まれ、光線剣のエネルギーは出口を求めて異音を立てている。 「肉を切らせて骨を断つ! これがバクフ武術の真髄だぁーっ!!」  サブロウはそのまま外側にサイクロプスの腕を動かし、クレマティスの体勢を崩す。  そして渾身の力をこめ、動きの止まった敵めがけて大太刀を唐竹割りに振り下ろした。 「くっ…! なんという執念だ……!」  アルカはクレマティスの左手の手刀で右肘から先を切断し、辛うじてサイクロプスの一閃をかわした。  ボォン!!  ついにサイクロプスの左腕も行き場を失った光線剣のエネルギーで爆ぜ、周囲には腕パーツの破片が飛び散る。  サイクロプスとクレマティスはバランス崩して倒れた。  両者フラフラと立ち上がり、再び睨み合う。 「…………っ!」  まさに間一髪であった。  クレマティスの胸アーマーは斬り裂かれ、内部機構が露出して火花を上げていた。  幸いにもアルカがいる操縦席まで被害は及ばなかったものの、あと一瞬判断が遅れていれば確実に命取りになっていたはず。  それよりもアルカが驚愕していたのは片腕を失い、腕のあった場所から火花を上げつつもなお立ち上がろうとするサブロウの気迫であった。  ゼルドナの戦士はロボアーマーの機構上、機体の手足を失うのは己のそれらをも失うのと同じ。  サーシャへの愛が腕を切断された痛みやショックをも凌駕しているのだろうか?  ……アルカは単にサブロウが普通サイズの人間という事をまったく知らないだけだった……。 「僕は! 何があってもサーシャさんを守り抜く!! この命果てようとも!!!」 (大丈夫よアルカ、お母さんはどんなにいじめられてもあなただけは守るから……) 「母様……」  アルカの脳裏に、父であるリーブス先代国王キシンが遊びで抱いた事で自分を産んだ庶民出の母の言葉が蘇る。  彼女は王の火遊びの批判をかわすべく王宮に迎え入れられたが、その醜い風貌から待遇は最悪の一言で、メイドらからも嫌がらせを受ける始末であった。  王子であるはずのアルカも彼女譲りの風貌で散々煮え湯を飲まされてきたが、  どんな辛い目にあっても笑顔を忘れず自分を庇ってくれた母がいたからこそ、彼は歪まずに成長できた面がある。  アルカに迷いが生じた。母と同じく、愛する人を守ろうとする自分とさほど歳の違わない少年を自分が殺めていいのだろうか、と。 「うぉっ!? なんだ貴様らは……ひえぇーっ!!?」  そこに二人の戦いを見守っていた兵士らの悲鳴が響く。  ポン・デが少し方向を間違えたので到着が遅れたが、キャスカらが加勢に来たのである。  ネオ・ヴェナトールは人型形態で剣を叩きつけた後、ひるんだバードヘルム数体を恐竜形態に変形して尻尾の一撃で吹き飛ばす。  メイドカイザーは釘バットを振り回し、マグマシャスやレッドレックスを嬉々としてどつき回す傍若無人な暴れぶりを見せた。  そしてアンジェラは高速で飛び回りながら魔法を使って周囲の炎上した建物の消火活動に当たる。 「サブロウさん! サーシャさん! 大丈夫ですか!?」 「そのお声はキャスカ王女!?」 「私なら大丈夫です! それより上空に何かが!」  一同の上空にはいつの間にかシャドームが滞空しており、何かを投下した。  カァッ!!! 「きゃっ! アンジェラのカメラアイが!?」  それは殺傷力こそないものの、人やロボの目を眩ませる閃光弾だった。  その隙にアルカらはロボを失った者や怪我人を収容し、退却していく。 「(サブロウとやら、僕は君と違う形で出会いたかった……)」 「逃ゲラレタカ……」 「原始人さん、去る者は追わずです。 それより私と一緒にキャスカ様の消火活動のお手伝いをしてくださらないかしら?」  ポン・デはそう言ってサブロウらに視線を移す。 「サーシャさん……」 「サブロウ……」  片腕でしっかりとギガントスを抱きかかえるサイクロプス。  その周囲にはすっかりラブラブムードが漂っていた。 「やれやれ……若いってのはいいですね……」 「「うわぁぁぁーっ!!!」」  そこに月下武神蛮武ー丸が黒い炎に包まれて吹き飛ばされてきた。  しばらく地面を転がった後、先ほどと同じように気で炎を消して立ち上がるが、  体力と精神力を消耗しているせいか、炎の消える時間が長くなっていた。 「な、なかなか…やるじゃねぇか……二度目だぞオイ……」  コクマオーが炎を纏いつつサイゾウらを追ってくる。 「しぶとい奴だ、そうでなくては燃やす楽しみもないがな」  相変わらず傲岸不遜な態度のガラキアだが、コクマオーのボディには月下武神蛮武ー丸とモフライガーがつけたらしい無数の傷が目立つ。 「てめぇこそな……」 「サイゾウーッ! キャスカ達もいるのか!?」  サイゾウらを助けようと、モフリ&モフライガーも走ってくる。 「多少数が増えても同じだ、貴様ら全員消し炭にしてやろう!! まず手始めに……」  ガラキアは残虐な笑みを浮かべ、コクマオーに火炎弾を発射させた。  その先にいたのは……傷ついたサブロウとサーシャであった。 「てんめぇーっ!!!」 「いやぁぁーっ!!!」  サイゾウの怒号とキャスカの悲鳴が響き、その場にいたゼルドナに味方する者すべてがサブロウらを助けに動く。  サブロウとサイクロプスはサーシャ専用ギガントスを少し乱暴に後方に投げ、自らを盾として愛するサーシャを守ろうとした。   「(いかん、間に合わな……)」  モフリが諦めかけたその瞬間、大地を揺るがす轟音と共に地を裂く緑色の魔力がサブロウらの前を横切って黒い炎を吹き飛ばした。 「これはこれは……巨人王のお出ましか」  そこに現れた巨大な機体の名はキング・ティターン。  ガルゴ16世の駆る愛機で、神斧イディオムを用いた接近戦はゼルドナ最強クラスである。  キング・ティターンの後ろにはガルゴ16世の本妻ミスリム専用ギガントスをはじめとしたゼルドナの戦士達。  さらにはスリギィ勢も合流した大人数だった。 「その様子だと、我が部下やリーブスの連中はやられるか撤退したようだな」 「ガラキア王! 大いなるゼルドナは揺るがぬ!!  今ここで我と戦い死すか、降伏し闇黒連合との縁を切るか二つに一つだ……」 「ふっ、どちらも御免だな。 連合への忠誠を見せるという目的は果たしたし、コクマオーでこれだけ楽しめたのも久しぶりだ」  コクマオーの脚がズブズブと地面に沈み込む。  足元の石畳が高温で溶けているからだった。 「巨人の消し炭はいつでも作れる! 今回はほんの挨拶代わりと言っておこう!!」  コクマオーは黒い炎と共に激しく回転し、地面に沈み込んでいく速度を速める。  それと同時に溶岩が猛烈な勢いで周囲に巻き散らかされた。  OR化したアンジェラとフィンカイラ・Rが魔法バリアを張って溶岩による周囲への被害を防いだものの、  ガラキアとコクマオーはあっという間に逃げ去ってしまった。  ……数日後………。  今回の攻撃で被害を受けた首都も落ち着きを取り戻し、キャスカ一行とスリギィ一同がゼルドナを離れる日が訪れた。  キャスカ一行はスリギィの軍艦に乗せてもらい、途中停泊するオフランス王国から次の目的地へ向かうが、  ディオールへ帰国するポン・デとはそこで別れる予定だった。    「グロスターよ、今回はほとんど戦えなくて残念だったな」 「いいやフレンシス提督、市民を守るのも立派な戦いだぜ」  グロスターはあれから拳闘士ナックルナイトに乗ったままロボ格闘家のセリナ・リアゼルクらと協力し、市民の避難誘導や救助活動に専念していた。  市民に顔が知られているロボ格闘家らの心強さと、こういった活動に不慣れな彼女らにグロスターが的確な指示を与えたおかげで、  大きな混乱も起こらず避難や怪我人の収容ができた為、軽傷者が若干出たものの死者は出ずに済んだ。  その働きをガルゴ16世も大いに称え、スリギィとのさらなる強い結びつきを約束した。 「まったまた〜! 負け惜しみ言っちゃって! まっ、私がグロスターさんの分まで活躍したから良しとしましょ♪」 「おまえなぁ…! 本気と書いてマジで泣かすぞ!!」 「じょ、冗談だってば〜!」  グロスターが甲板上でマリンと追いかけっこするのを見たドラークは、これからの航海がまたやかましくなると思って肩をすくめた。  ウルフガングU世はギデオンの動かすネオ・ヴェナトールの手に乗せられ、見送りに来た学者一同と別れの挨拶をしている。  スリギィの面々から離れた甲板上では、キャスカとポン・デが潮風に吹かれながら話をしていた。 「ポン・デ、あなたも私達と一緒に旅をしない? あなたがいてくれると色々と心強いわ。 (サイゾウとモフリのお仕置き役を頼みたいのが本音だけど……)」 「恐れながら……キャスカ様にはもうこの私がついていなくても大丈夫ですわ! このポン・デ、多くの王族の方々のご成長を見守って参りましたが……やはり何度経験しても嬉しいものですね……」  仮面の目元に光るものが見える。  それを見たキャスカも、この忠誠心厚いメイドとまたしばらく会えない事にこみ上げるものを感じ、  涙を見られたくないと意地を張って無理に笑顔を作る。 「そ、そうだわ! サイゾウ達と今後の予定を話し合ってくるわね!」  船内に駆け込んでいくキャスカを優しい眼差しで見送りつつ、ポン・デは一人つぶやく。 「キャスカ様、寂しいのは私だって同じですよ……どうかご無事で……」 「サイゾウ、アレは買ってきたか?」 「おう、ゼルドナの土産と言えばやっぱ……」  船室でニヤニヤ笑う二人の男。彼らが同時に出したものは……。 「巨人サイズの女児用ぱんつ! これにくるまって寝るのが夢だったんだ〜♪」 「へへ、俺なんて大人っぽいレースのパンツだぜ!!」 「ねぇサイゾウにモフリ、次の目的地だけど……」 「「あ゛」」  変態二人の振る舞いに絶句し凍りつくキャスカ。 「むぁだ反省してないのか!! このポルノ野郎どもがァーッ!! アンジェラアタック!!!」  少々のハプニングはあったものの戦艦は無事に出港し、見送りに来たゼルドナの人々から色々な別れの言葉が飛び出す。 「もっともっと強くなるから、また手合わせしてくださいよーっ!!」  グロスターを見送りに来たセリナら若きロボ格闘家達が元気いっぱいの声を張り上げる。  それを見たグロスターはナックルナイトを召喚し、戦艦の上に滞空しながら大きな左手で手を振って返す。 「サイゾウさぁーん!! 同じバクフ人としてお互い頑張りましょうーっ!! ……あれ?」  サブロウも他の皆に負けじと船尾にいるサイゾウに対して大きな声を上げたが、反応が妙に弱々しい。 「サイゾウさん、お腹でも痛いのかな?」  その直前、サイゾウがモフリと一緒にアンジェラアタックでボコボコにされた事をサブロウは知らなかった……。 「行ってしまったな、サブロウ」  サブロウと一緒に見送りに来たサーシャも、風呂を覗かれたりしたものの、やはり寂しそうな顔をしている。 「ええ……僕、サイゾウさん達のようにもっと強くなる事にしましたよサーシャさん!」 「サブロウったら……」 「うむっ! サブロウよ、おまえはもっと強くなれるはずじゃ。 もっと精進せよ、そして我がゼルドナの盾となる大きな男となれ!!」 「「へ、陛下!?」」  ガルゴ16世もお忍びで見送りにやって来ていたのだが、下手な変装でバレバレである。 「そ、それはそうとサブロウ」 「ん? なんですかサーシャさん?」 「私と一緒にお風呂に入りたいのなら……その……遠慮なく言ってくれればいいのだぞ……」  ぶしゅーっ!!  サブロウの耳から湯気が、鼻からはおびただしい鼻血が噴き出した。  16歳の純情少年サブロウにとって、サーシャから直接こんな事を言われたら裸を直に見る以上のショックだったらしい。 「きゃーっ!? サブロウしっかりしてーっ!!」  そのやり取りを見ていたガルゴ16世は呆れたような顔で溜息をついた。 「そっちの面でもまだまだ、じゃの」  サブロウの成長はまだまだ未知数のようである……。                            ─終─