魔道商人記 第3話 〜ローリング・ダイス〜 「着いた…やっと街に着いた…」 ゴブリンとの戦闘から数日が過ぎ、数度の休憩を繰り返し、ブレイブ達はついに リバランス王国の国境の町であるポントマリーの街にたどり着いた。 辺りはすっかり夕焼けに染まり、人々は夜を迎える準備に忙しそうだ。厳密に言 えば、この街を越えてようやくリバランス王国に入る事となる。 ポントマリーは人の出入りが多い事もあってか、数々の人間ドラマを生む街でも ある。つまり、モチリップ本市に輪をかけて、酒と女と、それにまつわる男と涙 の多い街なのだ。 リバランス王国の城にある蔵書室には、古くからの書物が大量にある。魔法国家 ミュラスを追放されたブレイブにとって『矢』の情報を集めるには、リバランス 王国に頼るしか方法が無かったのである。 モチリップとリバランス王国との関係は、歴史上長くて深いものである。小王国 ノストと同様に交通の要衝であるモチリップ市は、諸国から商人が大量に集まり 肥大化する事によって誕生した都市国家である。 そのため近隣諸国からは誕生時から疎まれており、軍事的に占領しようとする国 もあった。そんな折に、最初にモチリップを正式に国と認め、国交を持ったのが リバランス王国であった。 リバランス王はモチリップとの貿易を推奨し、王国の体制をとらないモチリップ を王国連合の一国として推挙し、自国の盟邦として扱ったのである。 現在のモチリップの主流通貨は『モチリン』であるが、これは実は国家成立の時 のリバランスの尽力を記念して作られた『モチリップ=リバランス国交記念共用 通貨』なのである。 ちなみに、ほぼ全国家で通用するのは『共通金貨』と呼ばれる大国同士で取り決 めた貨幣であり、王国連合内では、おおよそ『ガロッポ』と呼ばれる貨幣が主流 である。共通金貨の中でもランクがあり、ボレリアの物が最も価値がある。 リバランス王国は辺境に立地し、他国に比べて軍事・外交的にノンキだったせい もあってか、その後の発展は遅れ、大きくはないが小さくもなく、豊かでもない が貧しくもない小国となってしまったが、モチリップ市民の皆が、ブレイブ自身 も、この愛すべき隣国を敬まい続けているのである。 「あー、そンじゃオレはちょい情報集めに行ってくっから、  お前ら先に宿を探しといてくれ」 街に着いて早々に、ブレイブはそう言い放った。 ローラローラはキョトンとし、マオはあからさまに不満げな表情となったが、彼 にまっさきに抗議の声をあげたのはハンナであった。紫色の瞳を大きく見開き、 ほっぺたをプウと膨らませてまくしたてた。 「もう!また自分だけ楽しよ〜としてへん?  情報集めとか言いながら、どうせ酒場で飲んだくれるんやろ!  ウチらも一緒に連れていって欲しいわぁ」 「いいからさっさと探しといてくれ…」 ブーイングを背中に浴びつつ、ブレイブはその場を後にした。 旅立ってなお、ブレイブはハンナを同行させるのを渋っていた。出来ることなら ポントマリーで戦士を見つけ、ハンナをモチリップに帰らせようと考えていた。 冒険の基本心得の一つ、旅する冒険者や仕事の依頼や情報は酒場に集まる。 ブレイブは、そうそう都合良くいくハズは無いとも思っているのだが、現実には どこの街でもそういう『ルール』が何故か存在するので、この世界の『仕組み』 はそういうものなのだと、最近では割り切って考える事にしていた。 とりあえずはという事で、ブレイブはポントマリー最大の酒場『寡黙亭』に足を 運んだ。 『寡黙亭』の店内に入ったブレイブは、まずカウンター席に向かった。そこで、 ホットミルクを飲んでいる所を「おい、兄ちゃん。ママのオッパイをしゃぶって た方がいいんじゃねぇのかい?」などとイカツイ男にからかわれている、一見す ると冒険者には見えない優男を探した。そういうのが影の実力が高いのだ。 しかし残念ながらそういった人物はおらず、けして他人には背中を見せない凄腕 ハンター風の男などもいない。屈強な戦士の姿も無い。 酒場にいるのは自分と同じく商人風の男たちと、既に冒険団を結成しているであ ろう冒険者たち、それに酒場女とゴツい体格の店主くらいのものだった。 ブレイブはやや落胆しつつもカウンター席に座り、注文がてら店主に有能な戦士 が店にいるかどうか尋ねてみた。 「とりあえず腹の足しになるものと麦酒をくれ。  なあ、オレはこれからリバランスを抜けて西へ向かうつもりなンだが。  手ごわいモンスターと張り合えるような、戦士か剣士は居ないモンかね」 店主は、やや考えこんでから、クイっとアゴを店の奥に向けた。 やや暗がりとなっている店の奥には、二人の人物が椅子に腰をかけていた。 二人とも女性で、酷く落胆しているように見える。一人は信じがたいほどの美貌 でありながら、明らかに剣士と思われる格好をしている。もう一人はそこまでの 美貌ではないが、そこらの女は適わない、凛とした美しさを秘めている。 「あの二人は?」 ブレイブは思わず聞いていた。これ以上女性は連れて行きたくは無いが、二人は 明らかに只者ではない。興味が湧いたのだ。 「リバランス国近辺で最も強い方々だ」 強いのはわかる。身の内に秘めた気力のようなもの。満ち満ちた決意が、外見に 表れている。が、それと同時に焦燥感もにじみ出ているのだ。何かあったに違い ない。彼女たちはおそらく、重大な決意や使命感を持って何かにあたろうとして いるのだろう。 それに比べて自分ときたら、興味本位のお宝探しとは… ブレイブは少しだけ自分の性格に嫌気がさした。 「正直それなりの実力があればいいンだ。  男で戦士。いないか?」 店主は無言でかぶりを振った。 「そうか…世話かけたな」 ブレイブはここでの仲間探しを諦めた。いっそリバランス城下町の方が、人材は 揃っているかもしれないと、自分に言い聞かせたのだ。 それならば…少し休憩時間にしてもいいかもしれないと彼は思った。 ここは酒場。キレーなオネーチャンが山ほどいるじゃないか。 ブレイブはソワソワしながら辺りをキョロキョロと見回し始めた。 すると、小柄でちょっと浅黒い肌をした娘が、スッとブレイブの傍に来て、服の スソを引きながらこう言った。随分と若い。外見はまだ少女と言っていい。 店主の娘か何かなのだろうか。 「あの、それもう食べない?  お下げしてもいい?」 彼女はブレイブが食べかけのまま残していた惣菜を指差している。皿の上には、 何だかよくわからない肉料理が残っていた。それなりに各地方の郷土料理は食べ てきたつもりだし、創作料理も、いつもムチャクチャな味付けをしてくるハンナ の食事で経験値は多いつもりだったが、この惣菜が何の肉を使っていて、どんな 調味料を使っているのか、ブレイブには皆目検討がついてなかった。 マズくはないのだが、どうにも口に合わず、半分ほど食べて残していたのだ。 「あ…ああ。悪いな」 娘に皿を渡したが、娘はジーっと惣菜を睨みつけている。 「あの、これちょっと食べてもいい?」 「って、つまみ食いかよ。  まあいいさ。結構美味かったしな」 口に合わなかったとは言いづらい。 「えへへ。店長にはナイショにして下さいネ。  ハム…ハク…ハク…」 何だろうこの娘は。 ブレイブは心底不思議そうに娘を見つめていた。 というか、この料理は彼女の味覚に合わせて作られているのか? なら、この肉が何で、どんな味付けなのかを確認できるかもな。 ブレイブはつらつらとそんな事を考えていた。 「ああ…至福の味なの。  さて、アナタにおれーをします。  アナタの望んでいる人をご案内いたしますネ。  さっきから話は聞いてたよ」 (…ん?というコトは、キレイな姉ちゃんにご案内?) 娘が来る直前までは、遠くの席にいたグラマラス姉ちゃんのオッパイにすっかり 見とれていたブレイブは、思考停止状態でホイホイと娘のあとに着いて行った。 娘は、先ほどの二人組が居た部屋とは反対方向の奥部屋に向かった。 「ここの奥にアナタの望む人々がいます」 それだけを言い残し、再び他の客の接待に戻っていった。 が、段差に足をひっかけてハデに転んだのが見える。相当なドジだ。 「キレイどころがたんまり…か?」 ブレイブは部屋のドアをウキウキしながら開けた。 そこには3人の人影が見えた。 「ムホゥ゛!?何かしらアナタは?」 「ブッフゥゥン!ここはアタシたちガチムチ団の貸切部屋よ」 「…アラ?アナタもしかしてブレイブじゃなぁい?」 そこに居たのは、屈強な肉体を誇る戦士達であった。3人とも鍛え上げた筋肉が ハンパではない。そして、その熱気がムンムンしているのもハンパない。彼らは 酒場の一室を借り上げて、何やら宴を催しているようだ。 (…ガ…ガチムチ団!?何で…?) ブレイブは一瞬で何が起こったのかを理解した。 「男で戦士は居ないか」の注文にマスターがかぶりを振ったのは「よしておけ」 の意味であり、娘が言った「望む人々」とは、彼らの事だったのだ。 「あらホント。ブレイブだわ。お久しぶりじゃないの。  ハンナちゃんは元気かしら?」 「まさかアンタ、浮気なんてしてあの娘を泣かせてるワケじゃないでしょーね」 「アンタちょっとこっちに来なさい!  アタシたちの『嘆き岩』撃退記念祝賀会に参加なさい!」 言葉を放つたびに、上半身の筋肉がビクビクと脈打っているのがわかる。 冗談じゃない!ブレイブはすばやく逃げ出そうとした。 しかし、ガチムチ団はそれよりも速くブレイブを襟首で捕まえていた。 「お前ら…  地属性斧戦士なのに、何でそんなに速く動けンだよ…」 「あら?知らなかったのかしら?  この世には決して逃げる事の出来ない存在もあるのよ?  例えばア、タ、シ」 「細かい事はどうでもいいのよ!まずは飲みなさい!そして次に飲みなさい!」 「飲んで飲んで飲みまくりなのよー!」 これだから会いたくなかったんだ… ブレイブは自分の浅はかさに心底ゲンナリしていた。 こんなハズじゃなかった… 数刻ほどしてブレイブは、憔悴しきってカウンターにつっぷしていた。 今頃はキレイな姉ちゃんと、キャッキャウフフしながら楽しい酒を飲んでるハズ じゃなかったのか。それがガチムチ団に遭遇して酔い潰されて、こんなところで ダウンするとは。ていうかアイツらまだ飲んでんのか。信じがたい。 もう今日はここで酔い潰れて寝てしまおうか。ブレイブがグダグダとそんな事を 考えていた時だった。酒でかすんだ視界ながら、目の前に女性が立っていた。 ただの女性ではない。 褐色の肌に、ルビーのように紅く燃えた色をした髪の毛。 同じ色をした瞳。ピンと立った耳。スラリと伸びた手足。 何よりも、神話の女神かと見紛うばかりの美しさ。 間違いなくダークエルフか、先祖にその血が入った女性だ。 彼女も酒に酔っているのか、頬が夕焼けのように赤みがかっていた。 酷く酔ってグデングデンになったブレイブには、彼女が何を言っているのか耳に まったく届いていないが、エルフ独特の言葉に魔力を込めた声によって、彼女の 意図はブレイブの心に伝わってきた。 『大丈夫ですか?酷く酔っているようですが』 「ああ、だいじょうぶあ…うっぷ…あんたはよってないのか」 『私は平気です。アルコールには強い体質です。  それでも今日は少し、飲みすぎたかもしれませんね。  今日は友人に偶然出会ったものですから。  それよりも、こんなところで寝ていてはいけません。  旅は始まったばかりでしょう。わたくしが宿までお連れしますわ』 「あ…あんたのやど?」 『ええ。もちろん私達の宿ですわ。  同じ部屋でもかまいませんわよ。ウフフ』 「ああ、おなじへやね。うん。それもいいな。  いや、まずいな。またせてるのがいるんだ」 『待たせている方?  それは一体、どなたの事をおっしゃっているのかしら?』 「ああ…たびのなかまと…  あと、ハンナっていう…ウップ…」 『あらあらまあ。呑み過ぎですわ。ウフフ。  まずは宿まで一緒に行きますわ』 「ぜひそうして…うぷ…くれ…  さすがにきょうは…しっぱいだ」 『そのようですわね。さあ、宿に行きましょう。  今宵はあなたと私、同じ閨で過ごしましょう…』 そこから先、ブレイブの記憶は途切れる。 が、その夜、彼は随分と懐かしい夢を見た。 ミュラスという国がある。 王国連合の中でも小国ながら、確固たる地位と権威を保っている国だ。 それはこの国が最も『魔法』という概念への探求心を持った者が集まる国である からだ。故に、魔法国家の別名を持つのだ。 初代王ミュラスが数人の魔導師を引き連れて建国してのち、この国は魔法追求の 道を歩んだ。現在でこそ学術都市ウォンベリエや、皇国内にある王立魔法研究所 辺りが、魔法研究としての最先端を行く地となってしまってはいるが、王国連合 の圏域内においては、ミュラスはまだまだ影響力の大きさを示している。 それは長い歴史の中で築き上げた、知識としての魔法を指導できるという立場と 王国連合各国に魔法学校を建て、魔法使いの地位向上に務めた結果だと言える。 軍は最小限ではあるが、諸国の中でも稀有な存在である魔道騎士団を抱える。 特に騎士団長オルトルーズは『爆炎』の二つ名で知られる強者だ。 ミュラスで生まれ育った者は、まずは魔法使いとしての教育を受ける。 魔力適正の高い者は、そのまま魔法使いの道を歩み、そうでない者も魔法の知識 を学び、魔力が無くとも魔法の専門家としての道を歩む事ができる。 それがミュラスだ。 このオレ…自身はと言えば、若干ながら生まれついての魔力を持っていたので、 魔法使いとしての道を選ぶ事が出来た。まったく幸いだったと思う。 それにしても不思議に思うのは、なぜ人によってこれほどまでに、持って生まれ た魔力の絶対量が違うのだろうかという事だ。 例えば、ガトー=フラシュル氏の著書に『魔導・真理入門』があり、魂の欠片に ついての言及がなされているが、ならば魔力の不足しているものは、生まれた時 に魂の欠片が不足していたのだろうか。何故こうまで人は、まるで数値化された かのようにはっきりと魔力量が決まるのだろうか。 そして、それを越えるには、魂の欠片をかき集めるしか方法は無いのだろうか。 そもそも事の発端はと言えば、やはりその魔力の不足だ。 オレは魔道の名家に生まれたわけでもないし、両親が優れた魔法使いでもないし 生まれついての魔法の天才でもない。ましてや先祖に魔族や妖精族がいるべくも ない。素人に毛が生えた程度の魔力しか持っていない。 流行り病で父母を早々に亡くし、たよる親族も無いオレは、何としてでも魔法の 道を究める必要があったのだ。 初級魔法は問題なかった。 中級程度でもコツをつかんで何とかクリアしていった。 が、上級魔法から先は無理だった。 習得以前にまったく魔力が不足していたのだ。 何とかしなければ。オレの出した結論は、まず絶対に諦めない事だった。 とにかく属性を絞った。鑑定を受け、どうも雷属性だという事を知り、それ一本 で行く事にした。他の属性の魔法は、初歩のみ覚えて切り捨てたのだ。 雷撃高位魔法のいくつかは、単に中級の大出力発展系だと知り、式の組み換えを 行なった。魔法は自分の魔力を頼りに強引に組み立てる方法と(魔物の使う魔法 は、だいたいこの方式のようだ)、呪文、魔法陣、儀式、媒介物の使用、触媒の 利用、正確な魔法式の展開によって少ない魔力で魔法を組み立てる方法の二通り があり、オレは後者を突き詰める事にしたからだ。 この分類自体はミュラスのカビの生えた分類らしくて、ウォンベリエあたりでは 時代遅れだと笑われるって話だが… とにかく、オレは魔法石や龍鱗の魔力伝達などを駆使しながら、ごくごく初級の 魔法を起動魔法にして、中級魔法である雷精召喚魔法を組み上げ、それを足がか りにして上級魔法へと展開させるという、3段がまえの魔法を研究し、完成まで あと一歩のところまで来ていた。 当時のミュラスは、どちらかと言えば火属性が主流であり(発端はオルトルーズ 先生の影響じゃないかなと思っている)『炎術士』ジッポウ・ブレイズデル氏が ミュラスに滞在し、魔道火力機関の研究をしていた時期でもあったり、『赤猫』 クリム・レゾンドが腕試しに来て、火炎放射で街を1ブロック焼きつくした時期 でもあったりして、雷属性の研究など、ゴミ同然の扱いを受けていたのだ。 おかげで残り一歩がまったく進まなくなってしまった。 独学ではそこで限界だった。 そんな時だった。オレはミュラス地下書庫の奥で、とんでもない書物を発見して しまったのだ。それがオレと、雷撃魔法最高峰の一つ<時業雷〜ジゴワット>と の出会いだった。 この魔法は本当にとんでもないものだった。 かなり古い書物らしく完全には解読できなかったが、要約するならば、雷魔法を 鍵として時空の扉を無理やりこじあけ、事象龍の魔力を『こちらの世界』に直接 引き出す事のようだった。 オレはこの魔法に独自で改良を加えた。 より使いやすく、より低魔力で発動できるようにだ。 こうして完成したのが、オレの会心作<ジゴワット弐式>だった。 オレは小躍りしながら教師陣に報告に行き、そして絶望を味わった。 禁呪に指定されたのだ。そして、その理由は一切説明されなかった。 どうもジゴワットの本質となるべき式に問題があるようなのだが、オレにはそれ が理解できなかった。正直言って、今でも理解できていない。 禁呪指定されたという事は、これを使えばミュラスの魔法学校からは放逐される 事になり、ミュラス王国にも二度と足を踏み入れる事ができなくなってしまう。 追放処分ということだ。 そして何よりつらいのは、二度と『魔法使い』の職業を名乗る事が許されないと いう<規定>の呪いをかけられるのだ。 その後のオレは多少荒れた生活を送っていた。 ジゴワットの禁呪指定は、自分で思う以上にショックだったのかもしれない。 雷撃魔法の修行だと言わんばかりに、路地裏での魔法勝負にかまけていた。 本当はこんな事をしても無意味なのは理解できていたが、ムカつきを抑え切れな かったのだ。 魔法使いくずれのチンピラ集団を雷撃魔法でボッコボコにする日々。 ボコにしすぎて、一時は街の治安が向上する始末だった。感謝状も貰った。 そんな生活を続けているうちに、オレはいつの間にか『悪夢の雷嵐公』などとい う恥ずかしい二つ名で呼ばれるようになった。 調子に乗ったオレは、とにかく暴れまくった。 鉄火教団のミュラス秘密本部へと乗り込んで、『轟雷』の魔法で建物ごと組織を 崩壊させたりもした。記念品として、連中がどこぞの古代遺跡から盗んできたで あろう『銃』をいただいたりもした。しかしそれがマズかった。彼らは酷く執念 深い連中だったようで、刺客を雇ってきたのだ。 最初は何かの冗談としか思えなかった。 その刺客は、どうみても10歳かそこらの少女だったからだ。 だから、軽い電気魔法で驚かせばそれでいいと思っていた。 牽制用の『雷光』や『閃光』でピカピカ光らせて驚かし、さっさと帰れと言えば それで終わり。そう思っていた。 が、彼女はそれに応じなかった。それどころか、酷く落胆した表情でオレに接近 してきて、いきなり殴りかかってきた。間一髪でそれを回避したが、彼女の拳は オレのすぐ後ろのレンガ壁を完全に崩壊させていた。 一瞬何が起こったか理解できなかったが、命の危険が迫ったという事だけは理解 した。オレは逃走しながら推理し、次の結論を出した。 彼女は大規模な魂の欠片を有した人間で、生まれながらにしての何らかの能力、 あるいは何らかの修行の末に、魔法を使わずに物体を破壊する方法を会得したの ではないか、と。 しかしそれが事実だとすれば、彼女はエルダーデーモン級、いやそれ以上の魔力 を、言うなれば魔王級の魔力を内封している事になるのだが… その後のオレは、一切の余裕が無かった。 否、彼女の猛攻がそれを許してはくれなかった。 生まれて初めて人間相手に雷属性高位<轟雷>の魔法を使った。 直撃すれば確実に死ぬ魔法だ。オレは殺人を犯す気で放った。 しかし彼女は、オレの放った高位雷撃魔法の全てをかわしきった。 空中に舞い上がって、無茶苦茶な起動で雷撃の隙間を縫って飛翔し続けたのだ。 理論は理解しがたいが、どうやら彼女は、空気を蹴飛ばすことができるらしい。 鍛え続けると、こうまで恐ろしい事が可能となるのか。オレは慄然とした。 この時点でオレの魔法力は、ほぼゼロとなっていた。 高位雷撃魔法を起動させる触媒が尽きたからだ。 「終わり?」 口数は少ないながらも、暗に彼女は自分の事をザコだと思っている事、「よくも その程度で『悪夢の雷嵐公』などと名乗る」とでも思っている事は、容易に想像 できる事だ。しかし彼女はにこやかで、心底楽しそうだった。 <轟雷>で町並みはグチャグチャになっていたが、彼女はそれを蹴飛ばし、押し のけ、近づいてくる。殺される。本気でそう思った。 一瞬だけ躊躇したが、命にはかえられなかった。 だからオレは、街中で『ジゴワット弐式』を使う決意をしたのだ。 禁呪を使ったら最後、二度とこの街には住めないのだと知りつつも。 「『雷電は真なる魔力なり。以ってその威力を示せ。ジゴワット弐式』!」 発動の瞬間、オレを中心に建物数十軒を巻き込んで、雷魔力の飽和が起こった。 これを雷と呼ぶのは間違いかもしれない。より純粋で高密度の雷霊子、雷の事象 存在とでも言うべきか。オレ自身はカウンターマジックの原理で、この雷撃や熱 の干渉を受けないでいられる。オレの内側とオレの外側には、魔力回廊が生じて いるからだ。それにしても、こうまで酷い結果を出すとは想像していなかった。 これじゃあ無差別大量殺戮魔法じゃないか。 オレがそんな事を考えていた時だ。 彼女は、この地獄のような世界で平気な顔をしていた。 蹴りで地面をえぐり飛ばし、拳で大気を殴りつけ、オレの魔力回廊に匹敵する物 を物理的に作り出していた。それも、にこやかな笑顔のままで。 万策尽きた…オレがそう考えた瞬間だった。 オレはジゴワットを支えきれず、崩壊させてしまった。 術を暴走させたのだ。オレは自らの術で命を落とした…ハズだった。 何が起こったのか、まったく理解できなかった。 白いモヤのようなものが視界を遮り、そこがどこかすらわからないでいた。 しばらくボンヤリしていると、目の前に一人の少女と、一振りの剣と、巨大な何 かがいるのがわかった。少女はこの世のものとは思えないほどに透き通った白い 髪をしており、幽玄的な白い薄手の服を纏っていた。剣もまた白く、莫大な魔力 を持っていることを示唆するような美しくも勇壮な装飾が施されていた。恐らく は魔剣だろう。巨大な何かをオレは直視する事が出来なかった。あまりに恐ろし かったからだ。 直感があった。ここは既に『この世』ではない。 これらは『向こう側』に属するものだ、と。 「弱いな〜」 少女が言った。 「然り」 剣が鳴動した。 「人の子なれど、我らの力を用いた以上、もう少しは戦えると思ったのだが」 巨大な何かが意識に訴えかけてくる。 「お前ら、一体何なんだ?」 状況がまったく飲み込めないまま、オレは彼らに聞いた。 「あたしは、ぐらに」 少女が言った。 「グラニエス」 剣が震えた。 「我が名、白雷のグラニエス。全ての雷を司る事象龍なり」 巨大な何か…事象龍が答えた。 事象龍!その時、オレは完全に理解した。 ジゴワットは事象龍の力を引き出す魔法だ。 その暴走により事象龍の力にアクセスしてしまったのだろう。 「オレは…死んだのか?」 聞いても無駄だろうとは思いつつ、確認だけはしてみた。 「死んだも同然だね」 「応」 「人の子よ。時業雷には課せられた制約がある。  式を書き換えたところで、その『制約』は役目を捨てぬ」 「制…約…?」 オレはマヌケにも、まったく理解しないままつぶやいた。 「そーだよ。『制約』だね。  事象への介入でゲームバランスを壊す魔法だからね。  本来ならキャンペーンシナリオじゃないと使えないんだからね。  でも使っちゃったし、GMに判定をさせるんだよね」 「ダイスの神に祈れ」 「時業雷は時を超え、因果すら逆転させる魔法。  こちらとそちらを結ぶには、それだけの力が要る。  因果を崩す力には、当然に絶大なる足かせが必要。  人の子よ、私は君から、君を成り立たせるモノをいただく。  それが『制約』だ」 俺はそれらが何を語っているのか、まったく理解できなかった。 だから、脳裏に浮かんだ言葉をそのままそれらに投げかけていた。 「ちょっと待ってくれ!何をいただくって!?  ゲームバランス?GM?  アンタらが何言ってるか、まったく理解できねェ」 「物分りの悪いニンゲンだなぁ。もっと具体的に説明するね。  ジゴワットを本来の目的で使用すると、ランダムで使用者のステータスシート  から、ひとつ情報が消失するんだよね。  知恵がゼロになって、アッパラパーになったら面白いね。  あ、生命値の基本値がゼロになったら、即座にロストだからね。  さて、何が出るかな?それはサイコロまかせよ…っとね」 白い少女は、有無を言わさずに、ふところから取り出したダイスを振った。正直 言って言葉の意味はわからなかったが、何かを奪われる事だけは理解した。 「…ふんふん。  まあ、これが無くなるってのも寂しいだろうけどね。  おい、安心しろ。生命値は元のままだぞ。死なずに済んだね」 「無念」 「人の子よ。時業雷を用いる時には覚悟せよ。  ただ魔力を引き出し、雷を呼ぶのみならば、我らも目を瞑ろう。  しかし、世界を繋ぎ我らを呼ぶのならば、相応のモノをいただくぞ。  今回は命を救った。次は命を奪うかもしれない。その覚悟は持て」 「おい、人間。  魔力は見えずとも、常に共にあるものだ。たとえ時空を隔ててもね。  それは雷も一緒だぞ。お前は制約を果たしたんだね。  タダの雷だったら、どんどん使え!」 「雷」 「目が覚めたら理解も出来よう。  自分が何を得て、何を失ったかを。さあ、そろそろ戻れ」 確かこんなやりとりだったと記憶している。 目覚めたオレの目の前には、刺客の少女がいた。 結局オレは死ぬ宿命なのだろうと思った。 「今の魔法は面白かった。  私も死ぬかと思ったゾ。  お前は何で死んでないんだ?  死んだあと、時間でも巻き戻したか?  私はマオ!マオ・ルーホァン。  お前、名前は何ていうんだ?」 無邪気な笑顔だった。死闘を繰り広げたのが楽しいとまで言った。 強い。こんな強い人間がこの世にいたのか。 自分は何て狭い世界にいたんだ。そう感じた。 「名前は?」 名前…名前は。何だっけ。 「ええと…チョイ待て。  待ってくれ…どういう事だ」 その時、オレが何を得て、何を奪われたのか理解できた。 俺は事象龍に命を救われたかわりに、名前を奪われた。 「名前は…無い。  オレは今日から、名無しの人間だ」 「そか。  じゃ、私が名前をつけてやる。『ブレイブ』だ」 そう言い残して、刺客の少女マオは、いずこかへと消えていった。 それからだ。オレがブレイブを名乗るようになったのは… マオとの戦いで、相当な範囲の街が損壊した事、そしてそれが禁呪によるものと バレて、オレはミュラスの最高評議会に呼ばれ、当然のように追放処分を受け、 『魔法使い』の職を奪われた。 これに関して不思議なくらいに擁護の声はあがらず、実にアッサリと追放が決ま った。追放の日は、誰も見送りに来なかった。誰も彼も、日常のままだった。 まるでこの世から、オレという人間が消えてしまったかのようだった。 そしてオレは世界中を放浪した。職探しと居場所探しの旅だった。 が、どこもかしこも手ごたえが無かった。疲れ、死を決意した時期もあった。 行くあてもほとんどなく、最後の頼みの綱で商業都市モチリップに向かった時に ようやく転機が訪れた。冒険者ギルドでの斡旋。それがトレジャーハントの仕事 だった。オレはそこに活路を見出した。 ミュラスで得た知識は、そこで生かせるだろうと踏んだ。放浪の旅で得た土地勘 もあって、各地の財宝や骨董品をかき集め、オレはモチリップの裏路地に自分の 店をかまえた。それが『路傍庵』だ。 『規約』の呪いで『魔法使い』には戻れない。 『商人』…いや『魔道商人』ブレイブが誕生したってワケだ。 しかし、モチリップの商人ギルドからは疎まれた。ミュラスで何をしたのか情報 が入っているからだ。扱っている商品が商品という事もあって、オレの仕入れは 自力を強いられた。 ある日の仕入れの旅の途中の草原で事件は起きた。女性が魔物に襲われていた。 魔物の方は、恐らくはメイルデーモンだろう。 ああまで異形の鎧を着こんで、単独行動をする人間はいないだろう。 女性の方はと言えば、褐色の肌に、ルビーのように紅く燃えた色をした髪の毛。 スミレ色をした瞳。スラリと伸びた手足。何よりも神話の女神かと見紛うばかり の美しさ。要するに美人の姉ちゃんだという事だ。 即座にオレは女性を助けようとしていた。 本当に久々に魔法を使い、メイルデーモンを攻撃した。 2発、3発と<轟雷>がメイルデーモンに直撃し、これで終わりだと思った。 が、メイルデーモンは我関せずとばかりに動くのを止めなかった。 自分の手持ちの魔法で最高の攻撃力を誇る<轟雷>が通じないとあっては、もう 手の打ちようがない。死を予感したのは、かつてミュラスでマオ・ルーホァンと 闘って以来の事だ。 「スマネェな、お嬢さん。  せっかく助けに来たンだが、どうも勝てそうにない」 すると女性はこう答えた。 「かまへんよ。  ウチはもう行くとこが無い身やし、ここで死んでも誰も悲しまんわ。  最後の最後でウチの事を助けてくれた人がおっただけで、満足や」 その一言を聞いて、何だか無性に腹が立った。 まるで自分の事のように思えたからかもしれない。 何があっても生き延びて、この女性に居場所を作らなければダメだ。 そう思えた。 そのためには、このメイルデーモンをどうにかして倒さなければならない。 伝承が真実ならば、あの歪んだ鎧の下に本体がある。 いくらなんでも『轟雷』が効果なしってのにはタネがある。 鎧にマジックレジストの効果でも付加されてるってトコだろう。 その鎧をどうにかして貫通させて、魔力を本体にブチ込む。 しかし、それだけの魔法を使うための触媒は足りない。ならばどうする。 とその時、女性の荷物に目がいった。 「お嬢さん、その大量の荷物、一体何なンだ?」 「これ?商売道具や。  ウチ、一応商人なんやよ。放逐されたんやけどね」 「中身は?」 「何が売れるかようわからんから、色々や。  小麦粉、砂糖、フライパン、火薬、包丁、スパイス、これは傷薬やね。  あとは琥珀の宝玉と毛織物」 「いや、十分だ。これで勝てる」 オレは小麦粉袋と砂糖袋を手に取り、メイルデーモンに向かって投げつけた。 デーモンは反射的にそれを斬りつけたが、袋の中身が粉になって飛び散っただけ だった。粉はデーモンの周囲の空気中に満遍なく飛び散った。 「次っ!」 オレは火薬を手持ちの小さい筒に詰め込み、火竜精(サラマンドラ)召喚の触媒 にした。ミュラスで主流だったせいもあり、そこそこ練習してたおかげか、久々 でも何とか成功させる事ができた。  使い慣れない火竜精だから、命令は酷く単純なものだった。 メイルデーモンに突撃しろ、と。 火竜精がその身にまとった炎は、メイルデーモンの周囲にあった小麦粉と砂糖に 火をつけた。そしてそれは瞬時に連鎖し、大爆発を起こした。 鉱山などで見られるという、粉塵爆発だ。 その程度の爆発では、メイルデーモンにはダメージを与えられない。 しかし、確実に変化した事がある。それは、メイルデーモンの内部に続く、魔力 をともなわない炎の道が生じたという事だ。 「仕上げだ」 オレは琥珀の宝玉に毛織物を擦りつけた。 琥珀の中には雷精がいる。不思議と毛織物で顔を出すのだ。 ヒョイと顔を出した雷精をオレは見逃さなかった。即座に契約を交わし、魔力を 貸してもらう。 あの時はっきりわかった事がある。 勝手な改変など必要なかったのだ。白い少女が言っていた。 「『雷電は見えずとも常に我が傍にあり。時業雷<ジゴワット>』」 オレが呪文を唱え終えた瞬間、空が一変して暗雲に覆われ、空から無数の稲妻が 落ちた。それはまるで、天に雷龍が現れたかのような激しい稲妻だ。 稲妻は全てメイルデーモンに注がれ、鎧の隙間の炎の道を伝播して、鎧の内部に 魔力の雷が侵入していく。 雷が止んだ時、メイルデーモンは断末魔の叫びをあげていた。 「勝った…のか」 「す、スゴイわぁ。あんなバケモンを仕留めてしまうやなんて。  アンタ、ウチの命の恩人やわ。ホンマありがとな」 「あー、いや、こちらこそだ。  アンタの道具が無いと、オレもここで死んでた」 「あの、名前聞いてもええ?  ウチはハンナ。ハンナ・ドッチモーデや。  商人…の見習いってとこやね。  モーカリアで働いてたんやけど、ドジばっかりでクビになったんや。  えへへ。人生うまくいかんもんやね」 「オレは…ブレイブだ。職はアンタと一緒。  元は違ったンだが、オレもクビになったみたいなモンだな」 「そうなんや。なんかウチとブレイブはソックリやね。  あのな、もし良かったらなんやけど。一緒にモチリップに行かへん?  で、ウチと一緒に商人をやると。どやろ?」 「生憎だけど、オレはもう店を持ってンだよ」 「なら話はもっと早いわぁ。ウチを雇って欲しいんよ。  何でもするで。ブレイブは命の恩人やし」 「何でもったってなぁ…うちはまだ給料出せるほど稼げてないぜ。  丁稚奉公みたいになるけど、それでもいいのか?」 「かまわんよ。ウチ、ブレイブに恩をかえさなあかんと思うんよ」 「そうか…なら、好きにしてくれ」 「はいなっ!」 これが、オレと彼女…ハンナ・ドッチモーデとの出会いだった。 「って夢かよ!  あー…懐かしい夢を見たっつーか…何つーか…」 朝、目覚めたブレイブの目の前にあった光景は、見知らぬ宿の一室だった。ただ 良く見知った顔が同じ光景の中にあったので、彼は日常へと引き戻された。 彼のベッドの横には、ハンナがチョコンと座っていたのだ。 「よーやっと起きたん?お寝坊さんにも程があるよ。  昨日の夜は笑ったで。  まさかガチムチ団の皆がこの街にいるとは思わなかったわ。  ブレイブ、ガチムチ団に運ばれてここに来たの、覚えとる?」 「あー、いや、全然覚えてねぇ…  覚えてるのは、っと、いや、何でもない。  …待て。あの美女エルフ、まさかお前か?」 「フフン。ブレイブも酒に酔うたら評価が正しゅうなるんやね。  言うまでもなくウチや〜。  さて、ローラもマオちゃんも準備できとるよ。  出発準備できてへんの、ブレイブだけや」 「ああ、悪ぃ。今すぐ終わらせっから、外で待っててくれ」 「はいはい。酔い覚ましのスープ、テーブルに置いとくで。  ローラが作った特製品やよ?」 「ああ…アンガトな」 ローラローラ特性の酔い覚ましスープを速攻でかっ食らい、素早く身支度をして ブレイブが宿を出た時、街はすっかり目を覚ましていて、通りは色々な店で活気 付いていた。美味そうな匂いがただよっている。 どこかの屋台の名物料理だろうか。匂いの元を辿って見ると、何やら買い食いを している3人の娘がいた。串に刺した肉料理のようだ。タレを付けて火で炙った 物だろう。タレの焦げた香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。ただ、朝食にするには ややハードな気もするが。 「よーやっと出てきた。はよ行こや〜」 「遅い。グズ」 「…あの…スープの味…どうでした?」 「お前らなぁ。次はどこに行くとかわかってンのかよ。  つか美味そうだなオイ。どこで買ったンだよそれ」 ボグシッ! マオの鉄拳がブレイブの腹部に突き刺さり、彼はくの字に体が折れうずくまる。 マオは明らかにイラついていた。昨日の行為から既にイライラが積もっていたの だろう。 「遅れてスミマセン…次はリバランス城に行きます…」 「そか」 「…あの…スープ…」 「あ、うん。あれは美味かったぜ。  酔いがかなり引いた。助かったぞ」 「リバランス城ってあの城の事?もう目と鼻の先やん。  ここでモタモタしとったら昼になってまうよ。さ〜行くで!」 「おう!」 「…おー」 (…昨日の夜から、いいとこねェな。オレ) 勢いづいたハンナを先頭に、ブレイブ達はリバランス城を目指し、歩き始めた。 ブレイブ達は何だかんだで、昼頃にはリバランス城に到着していた。 当然、城の門番には止められたのだが、ブレイブが何か耳打ちすると、門番は道 を開けてくれた。城の中の案内役に連れられて、ブレイブ達は何とリバランス王 の謁見の間に通された。ほとんど素通りのようなものである。 「ちょっと、いくら何でも気さくすぎやない?  ウチらなんて、どう見てもアヤしい冒険団でしかないやんな」 ここまで警備が甘い王が居ていいものか。ハンナが困惑するのも無理は無い。 しかし、ブレイブはそれがさも当然であるかのような態度を取っていた。 「あー、いいンだ。  現王のリオン=ドナ=リバランス陛下は、もの凄い善王でな。  貴族様だろうが平民だろうが、身分はあんまり関係ないって人なンだよ。  ちょいお人好し過ぎなトコもあるけど、実にいい王様だぜ?」 まるで自分が善王であるかのごとく語るブレイブ。 そんなブレイブに、マオが目を輝かせて尋ねた。 「殴ってもいい?」 「いや、殴るな。頼むから。さすがに処刑される」 「ツマラン」 ローラローラはローラローラで、自分の薄汚れた衣服が気になるようだ。 「あ…あの…わた…わたし…その…  こんな格好で…失礼にあたるのでは…エグゥ…ヒック…」 「そういうのも大丈夫だ。  それに皆の格好見てみろよ。皆汚いぜ?  つーかこれくらいで泣くな。どんだけナキムシだお前は」 「そ…そうでしょうか…いいのかな」 「私語はそこまでに!リバランス王の御前であるぞ!」 執事の声が謁見の間に響く。ブレイブもさすがに姿勢はピッと整えた。 そんな彼の前に「やぁやぁ、待たせた」と、やたらフランクな態度で話しかけて くる、貧相な中年男が現れた。だがそんな彼こそがリオン=ドナ=リバランス王 なのである。 しかし、何故こうまでに貧相に見えるのか。理由は単純であった。何故か王は、 王冠をかぶっていなかったのである。王はにこやかに彼に話しかけてきた。 「いやいや、よく来てくれた。  まさかおふれを出して、こんなすぐに商人が来ると思わなかったぞ」 「…おふれ?」 「うむ?今朝方に国中の路地に出したんだがの。  いや、たいした事じゃあないんだけどね。  城の宝物庫に盗賊が押し入っちゃって。  で、お主に売ってもらった王冠を盗まれてしまったんだよ。  このままじゃ格好がつかないから、新しい王冠を売って欲しいと思ってね」 ブレイブ一行は、さすがに呆気に取られてしまった。 ようやく口を開いたのはハンナであった。 「たいした事あるやないの。  一体何があったんですのん?」 「いやぁ、恥ずかしながらね。  どうにも私はお人好しでいけない。  ゴブタニアからの観光客がいっぱい来たんで、  娘とファンに宝物庫を案内させたんだよ。  ところがどうやらその連中は盗賊団だったようでね。  王冠もその時に強奪されてしまったんだ。  いや、王冠はいいんだ。  またお主に売ってもらえれば済む話だからね。  問題なのは『魔剣』も盗られてしまった事でね。  娘のエールが酷く心を痛めているんだよ」 魔剣と聞いて、ブレイブが思わず大声を張り上げた。 「『魔剣』!?まさか魔剣アウラムですか?」 「ああ、知っていたか。そのアウラムだよ。  娘と侍女のファン=ベル=メルは責任を感じてるのかねぇ  昨夜のうちに捜索に出たのだけれど、どうやら発見出来なかったようでね。  今朝早くに絶対に取り返すと言って、出て行ってしまったんだよ。  どうにも心配でね。せめて王冠だけでも、お主から新しく買っておこうかと。  王冠はある。剣は諦めてもいいから帰って来いと、そう伝えようと思ってね」 王が話し終えると、ブレイブは一瞬だけ深く考え込み、何やら決意して言った。 「陛下。新しい王冠はお売りする事はできませン。  商人としてより、探索者としてすべき使命があるように思います。  『王冠』と『魔剣』の奪還を、お命じください。  必ずやゴブリンどもから取り返して見せます」 「そうか…そうか。あい判った。スマンな、ブレイブ。  娘のエール達は、北の街道へと向かったそうだ。  ポーニャンドかシルバニアか、エルドクリアかといったところだろう。  もし賊が本当にゴブタニアの者ならば、そこからさらに西に向かうだろう。  ブレイブ、娘の事をよろしく頼む。  剣技は人並みはずれているのは判ってはいるのだが…  いかんせん私はあれの父親なのでな。心配なのだ」 「おまかせを。閣下。魔道商人ブレイブ。  必ずや閣下の息女と『王冠』と『魔剣』を、無事に奪回します。  ああ、あと出来れば王立蔵書室への立ち入りを許可願いたいのですが」 「うむ。交換条件か、それでこその商人だな。  頼んだぞ。『王冠』と『魔剣』は、出来るだけ高値で買い取ろう」 そう言うと、リバランス王は朗らかに大笑いをした。 そしてブレイブは、王とは何と辛い立場なのかと痛感した。 ブレイブ達は、さらに北へと向かう。 目指すのは、リバランス王女エールとの合流。 そして、王冠及び、魔剣アウラムの奪還! 第4話に続く <登場人物>     魔道商人ブレイブ 〜本名は不明。男性。年齢は20代半ばくらい。かつては悪夢の雷嵐公とも呼ばれた程の               魔道高位者だが、職業は商人。モチリップ市の町外れで嫌々ながら中古品販売をしている。   ハンナ・ドッチモーデ 〜田舎から丁稚奉公に出たはいいが、あまりの商才の無さに放逐されてしまい、               冒険の旅にでたら魔道商人に拾われた19歳の女性。多分ブレイブが好き。     マオ・ルーホァン 〜武闘家。通称『殴り姫』酷く口下手で、話したり考えたりするより、殴る事を最優先する女の子。         ナキムシ 〜本名ローラローラ。14歳の泣き虫魔女。 地味目のローブに押し込まれたオッパイは一級品。               火属性と水属性の魔法がそれなりに使えるので、炊事当番が多い。 リオン=ドナ=リバランス 〜リバランス国王。ともすると国王どころか貴族、王族にも見られないような質素な身形をした中年男性               愚かではあるが善王。娘と同様、人と人との繋がりを何よりも大切に思っている エール=バゥ=リバランス 〜リバランス王女。10人中10人が讃える美貌と並大抵の剣士に劣らぬ剣技を持ち、大胆不適な人柄    ファン=ベル=メル 〜リバランス王家に使える侍女。文武両道才色兼備と侍女にしておくには勿体ない人物