サイオニクスガーデンSS「シャドーダイバー」勝手にFSSS 「シャドウインマイボディー」 ■登場人物■ 呪井日影(のろい ひかげ) 20歳 男 陰陽術を操る青年。 若いながらも確かな実力を持った傭兵能力者で通称「影武者の日影」。 己の影を式神として使役する術を得意とする事が由来。 また影を踏む事でその影を作っている物の形や性質を自分の影に取り込む事が出来る。 これまで数え切れない数の影を取り込んできた彼の影は恐るべき戦闘力を有している。 黒髪黒目、華奢な体躯に女顔でハンチング帽を被りサスペンダーでズボンを吊っている。 肉体的な戦闘能力は低いが自分の影を外套にして羽織る事でそれを補っている。 それ故平時、彼には影が存在しないように見える。 ニール=エヴァンズマン サイオニクスガーデンの数学教師。30歳 銀髪オールバックでツリ目、淵の小さいメガネをかけている。長身痩躯 クールでニヒルな性格をしており、とにかく頭の冴えるインテリ男 寡黙で強面だが、いざ口を開くと鋭い発言が飛び出し、笑えば怪しい笑みを浮かべたりする 狩りが趣味で、その影響か「狙う」「獲った」などが口癖。好物は肉 感覚封印の超能力を持ち、発現すると触れた相手の五感のひとつを封じる事ができる 普段は問題を起こした生徒や児童に対するお仕置き的な使い方をしている しかしその光景が傍目には楽しそうに見える事から、そういう趣味があるのではと噂されている ----------------------------------------------------------------------------------------- 闇を消し去る純白の光に包まれる男。がらんどうの室内、男は拘束衣に縛られ、身動き一つとることが出来ない。 108のハロゲン球は一平方センチの影を形作ることすら許さず、拘束衣は自ら死する力すらも男から奪い去った。 高層建築に使用される強化ガラスは人間の力で叩き壊すことはほぼ不可能、その奥から照射される強い光は男の持つ異能力を封じる。 最早殺人鬼「呪井日影」に一片たりとも自由は残されていない。壊し奪い侵し尽くす事を無上の喜びとし、天に唾して生きてきた 男に、遂に裁きの下される時がやってきたのだ。数多の犠牲者の死骸の上で続けられてきた舞踏は、クライマックスに差し掛かっている。 社会に仇為し秩序を乱し、混沌をこよなく愛する一部の超能力者たち。 既存の公権力では裁ききれない彼らに鉄槌を下すために生まれた超能力者養成学校「サイオニクスガーデン」。 その敷地の深奥にこの無闇の部屋は存在する。 有形無形を問わず、己の意思の届かざるものを己の意思の儘に操る。これこそが普遍にして不変の、妖術の第一目的である。 原始社会においてシャーマンが、聞きえぬ大自然の言葉を耳にしたように… 中世ヨーロッパにおいて魔女が、手を触れずとも箒を動かしたように… 或いは現代、己に秘められた力に気づかぬ少女が、家中の食器を捻じ曲げたように… 目のくらむような光の中に唯一人蹲る、この呪井日影という男もまた、邪法に手を染めあるモノを操る力を手にした。 それは影。光と、それをさえぎる物のあれば、いつ何処においても発生しうる現象である。 イデアを語るまでも無く古来より人は影を、その発生源の二重存在として恐れ敬ってきた。 影は影単体では存在し得ない、それを作り出す元が必ず在る。そして影はあまりにもその主人に忠実である。 それゆえに影は、人や器物の魂そのものとして信ぜられるようになったのである。子供達ですら、影踏み遊びによって影を擬人化するのだ。 空に輝く天体ですらも、己の影を持つのだ。それに目を付けぬ程に目の衰えた外法者がいるだろうか? この無闇の部屋はそのような外法者を無力化し拘束する、ただそれだけの為に作られた。 呪井日影もまた、影に魅入られ、そして影を支配した外法者の一人である。 陰陽術、西洋魔術を己の才覚で持ってアレンジしたその術は、彼の影を武器へと変貌させた。 うねる大海の如く自在に姿を変じ、他の影を飲み込むことによってその持ち主の特性を取り込み支配し、他者の記憶すらも自在に奪い取った。 或いは戦闘機に、或いは機関銃に、或いは鋭い牙の獣に、或いは殺意をぶつけ合う目の前に敵そのものに、影は姿を変え、 そして彼の行く手を阻むものを容赦なく排除していった。誰一人として見通すことの出来ぬ、彼の暗黒の精神を体現するかのように 彼の影もまた日に日に肥大し、あらゆる物を飲み込むブラックホールの如き凶暴さを増していったのである。 しかし、彼の略奪と陵辱と破壊の日々は、一人の少女によって幕を下ろされた。 少女の名は「影宮 千春」。あらゆる影に潜り込み、同化することの出来る稀有な能力者である。 日影は慢心していた。影を操ることの出来ぬ彼女に、闇の支配者たる彼が、遅れをとることなど無いと甘く見ていたのだ。 あらゆる欲望を影術によって満たしてきた彼は、その最大の弱点に気づいていなかった。影は、何時如何なる時も、彼の元から 離れることは無いということを。肥大化した己の影「影武者」に潜り込まれた彼は、影が消え去ることが無い故に彼女を 閉じ込めることも出来ず、影が己に寄り添うが故に麻酔銃を体に撃ち込まれ、この部屋に放り込まれることと成ったのである。 天井も、壁も、床すらも強化ガラス製のこの部屋では影がその形を成す隙間や物陰は何処にも無い。 己の体を利用して作り上げた影も、強化ガラス越しの強力な白熱光によって、己の手ほども伸びることなく掻き消えてゆく。 身を捩り、体をぶつけても強化ガラスにはヒビ一つ入らず、ハロゲン球が発する熱が徐々に徐々に封じ込められた者の 体力を奪ってゆく。便器すらないこの部屋では糞尿は拘束衣の中に垂れ流すより他無い、汚辱、屈辱、そして熱せられて充満する悪臭、 これに長く耐えることの出来るものなどそうはいない。泣いても叫んでも、誰も助けに来てはくれない。 消耗して死ぬことのないように、水分や栄養分は与えられるが、それは時折部屋に流される睡眠ガスで完全に意識を失ったときだけ。 万国の受刑者共通の、食事の喜びすらここには存在しないのである。緩むことの無い強烈な光で満足に睡眠をとることも出来ない。 完全な静寂は、聴覚を狂わせる。この過剰とも思える隔離は、閉じ込められた者に苦痛を与える為のものではない。 これだけしなければ、影を操るものを閉じ込めておくことなど出来ないのだ。その為の必要最低限の方法である。 常人なら一日と持たずに発狂するこの異常極まる隔離空間において、日影は悲痛な叫びを上げることも無く、 平然と二度の尋問を切り抜けてきた…。 「サイオニクスガーデン」には日本政府から与えられた特例が幾つも存在し、そのうちの一つに 「悪性超能力者を独自に保護拘禁し、必要であれば防護措置を行う」ことの出来る権利がある。 つまり公権力に出動を要請される前に現場に赴き、直ちに悪性超能力者を鎮圧することが出来るという事だ。 さらに警視庁特対課から引渡し要請が来てから一週間の間猶予があり、その間独自に行われた事情聴取の内容を 公的記録として残すことが出来る。「サイオニクスガーデン」が「日本政府公認の超能力者警察」と呼ばれるのはこのような事情からだ。 これでは特対課の面子が丸つぶれだと思われるだろうが、事実、ここ最近の急激な超能力者事件の増加に対して 公的機関の対応は一歩、いや二歩三歩と遅い。十年前、超能力者組織による同時多発テロが世界を震撼させてから、世界各国は空港に PSI検出装置の設置を義務付けた。内、最も対応が早かったのがアメリカ合衆国で、東南アジアを凌いで最も対応が遅かったのが この日本である。成田・東京国際空港に設置されたのは三年前、二年前に中部、関西に至っては今年の四月である。 何故このように対応が遅れたのかについては、あらゆる人々があらゆる場所で議論を重ねているが、 超能力者事件が少なく且つ超心理学分野の研究の遅れていた日本では真っ当な危機意識が育つ土壌がなかった為、と言うのが 今のところ各所の共通の見解である。 結果として日本は、世界的悪性超能力者組織「NEXT」に付狙われることとなり、世界有数の規模の支部が設立され(本拠地不明) 僅か十年のうちに超能力犯罪者の温床となってしまったのである。 閑話休題 二度目の尋問からどれだけの時間が経ったのか、日影には解らない。 昼も無く夜も無く、延々と照射される強烈な光。時を刻むのは己の鼓動だけである。 することも無いし丁度もよおしてきたので、日影は体を震わせて拘束衣の中に小便を垂れ流した。 太ももに沿って流れる液体は生暖かく、辛うじて自分が生きていることを知らせてくれる。 感覚的に、閉じ込められてから二日は過ぎているだろうということは解る。あの少女と戦い気を失って、ここに閉じ込められてから 二度大便を漏らしているからだ。一度目は尋問中、二度目は眠らされて部屋を掃除された後。まさか己のお通じを把握していることが こんな所で役に立つとは思わなかった、日影のくぐもった笑い声が何も無い部屋によく響く。 今しがた小便を漏らした部屋の中央から、芋虫のように這いずって壁際に寄る。足も縛り付けられているのでロクに動くことは出来ない。 光で資格が麻痺し、体を自由に動かすことも出来ず、眠ることも、食べることも、排泄することさえ不自由な彼にとって唯一の助けは 皮膚感覚が残っていることだった。地球の重力を、破りようの無い堅牢な壁の硬さを、拘束衣の圧迫も、楽しみに変わっていた。 拠り所があるならば、まだ反逆を続けることが出来る、日影はそう確信する。 「今までに何人殺したのか?」「殺した相手の名前を覚えているか?」「自白すれば多少の自由は許すことが出来る。」 「何処で殺したのか?」「○○年前の殺人は君の犯行か?」「死体はどこかに隠したのか?」 答えるわけが無い。この絶望的な状況下においてさえ、彼は周囲を愚弄し嘲り、束の間の優越感を味わうことしか考えていなかった。 彼にとって一番に尊重すべきことは己の欲望である。自由を限りなく奪われた今、事件の情報を少しでも引き出そうと苦心する 連中を嘲り笑うことは目下最大の娯楽である。マインドスキャンも彼には通用しない、彼は過去に殺した相手のことなど記憶に残してはいないのだ。 正確に言えば、二日以上前に殺した相手の記憶を。 二人目の尋問官はマインドスキャナーの女性であった。声だけでわかる、美しく、それでいて可愛らしい声。 彼女はつい一昨日の大量殺人の記憶を読み取り、そのあまりの凄惨さに嘔吐して泣き出した。 スピーカーから響いてくる、吐瀉物が床を叩く音、悲痛な唸り声と荒い息。 それが聞けただけでも、彼にとっては充分な収穫だった。 幸いにして性器は戒められていない…。   *   *   *   *   *   *   *   *   *   * 「取り込み中かね、ミスターノロイ。」 絶頂に達する直前に部屋のどこかに埋め込まれたスピーカーから男の声が響いてきた。 「待っ、てっろっ…うおっ、ああっ…おおー…。」 床に己の性器を摩り付け、拘束衣の中に射精した彼は、全ての力を使い果たしたといった表情で仰向けになった。 「くっ、はっはっ。ろくなオカズも無しにオナニーすんの…ってかオナニーすんの自体久々だけどさぁ、これは予想外に良いよ。  オッサン、昨日の娘いないの?ねぇ、近くにさ。なんだったら連れてきなよ。ちょっと声聞かせてくれるだけでいいんだけど。」 「成る程、私が思っていた以上に君は下劣なのだな。いや、素晴らしいよ。感動すら覚えるほどだ。」 スピーカーから拍手の音が聞こえる。 「マジで?えってか、じゃあもっと感動させるからさ、こっから出せって。昨日の娘、めっちゃレイプすっから。オッサン特等席な。  あ、ゴメンだけどお客さんはおさわりNGね。ってか首だけあれば充分ッしょ。」 「消耗していないね。…いや、それでこそ、だ。」 男の声はあくまでも冷静そのものだ。一人目も二人目も、直ぐに嫌悪感を露にした声になったものだが。 「たりめーだろ、一日寝てんだから。オッサンみたいにお仕事に励んでないからさ。クソションベン漏らしても片付けてくれるし、  飯も食わせてくれるし、いい事尽くめだぜ?」 「そうか、羨ましいな。私も早く隠居したいものだよ、教師の片手間に尋問官をこなすというのは、非常に草臥れる。」 「オッサン外人?日本語発音微妙だけど。」 「君は耳が良いのだね、そして想像力にも長けているだろう。仰るとおり、私の名はニール=エヴァンズマン。アメリカ人だ。  ワイフが日本人なのでね、彼女と過ごす内に慣れたつもりだったが…。ふむ、まだおかしいか。」 覚えた、名前は完全に覚えた。自由になった瞬間の最初のターゲットはもう決まったようなものだ。 「へえ、奥さんいるんだ。日本在住?どっかで会ったらさー、レイプして刻んであげるわ。早いうちに子供作っといたほうが良いよな。  あ、なるべく女の子にした方がいいと思う、俺が親子丼で召し上がるから。」 「ハハッ、そこは親子丼で『頂く』だろう。日本語の使い方を私に教えられるようではいかんよ、ミスターノロイ。」 苦笑いすら交えて、男は軽く答える。このままでは何時まで軽口を叩いても男は動じないだろう。 嫌悪を引き出し、激昂した声を聞かなければ意味が無い。無論相手の質問にまともに答えるつもりは無いが、それでは引き分けだ、 それだけでは楽しくない。胸焼けするような怒りを覚え、その日一日は気分を悪くしてもらわなければ。 「あ、ねぇねぇ。親子丼で思い出したんだけど、ガキのマンコってさー、そんままだと入んないんだよね。  ほら、あいつら体小さいじゃん?マンコもちっせーの。最初どうしようかと思ってさー、悩んだ結果、俺どうしたと思う?」 「うーむ…何か器具を持ち出した、ではどうか。器に納まらぬなら、器を作り変えれば良い。」 「まぁ半分正解だなぁ!六十点くらい?俺の影って自由に形変えられるから、ちょっとドリルみたいにしてさ、こう、ちょっと掘ったのよ。  広げたって言うか。やべーぜ、あのしまり具合。超名器なの、ガキのクセに。血がローションみたいな感じでさぁ。」 「ほほお、それは随分と楽しかっただろう!」 まるで共感しているかのような調子、心底会話を楽しんでいるようにすら聞こえる。今までの二人とは全く違う調子に日陰は焦りを感じる。 もっともっとぶちまけてやらねば、という、半ば強迫観念にも近い気持ちが日影を突き動かす。 「やばいぜあれ、癖になるかと思ったもんね。その時まだそいつの両親生きてたからさ、俺達が愛し合ってるところを見せ付けてあげたわけよ。  そしたらオトーサン暴れるのなんのって、ハハッ、あの顔がもうやばいのね、真っ赤んなってもうタコそっくり!」 「解った、禿げ上がっていたのだね!?」 「そーそー!いやぁあの娘お父さんに似なくて良かったと思うぜーマジで。まじきっめぇから思わず殺しちゃったよね!」 「そこで親子丼に繋がるわけだね?」 「オッサンナイス勘、その通りだわ。俺あんまり熟女は好きじゃないんだけどさ、親子丼って言うシチュエーションがもう堪らんでしょ?  二人抱き合う感じに寝かせてさ、インアウトインアウト!って。もうオカーサンも女の子も泣く泣く、動物かっちゅーの。  んで締めはやっぱ串刺しの刑なわけよ、庭に二人連れてってさ、何されるかわかんないから超震えてんの。  『どっちが死にたい?かたっぽ助けてやるから』って聞いたらオカーサン自分が、って、女の子に覆いかぶさってマジ叫んでさ。  死にかけのぶっ壊れた子供守ってどうすんだよとか思ったけど、まぁそこは俺も紳士だから?  女の子から先に物干し竿に串刺しだよ。可愛い案山子のでーきーあーがーりー!やっべ、ちょっと勃起してきた。話中断してシコっていい?」 眩しさに充血した目を更に血走らせ、荒い息をつきながら問いかける。記憶を出来る限り遡って、一挙手一投足を鮮明に思い出すと、 まるで自分があの頃に戻ったかのような感覚を覚える。もはやあの時と同じように暴れることは出来なくても、やはり体は殺人の快感を 克明に記録しているのだ。ここから出たい、もう一度昔のように略奪と陵辱の限りを尽くしたい…。 今まで日影の話を一言も聞き漏らさず相槌を打っていた男は、急に黙り込んだ。 スピーカーは一切何の音も伝えては来ない。 怒張した日影の性器は静寂がもたらす緊張に耐え切れず萎んでゆく。 「成る程、あの一家惨殺が君の手によるものだとは思いもよらなかった。」 「…は?…あっ!」   *   *   *   *   *   *   *   *   *   * 声の主を苦しめるために、己の陶酔を深めるために、詳細に語ったそれは己の過去の悪行を自白する結果となっていた。 「君が語った事の全ては一ヶ月前の一家惨殺事件とぴったり一致する、当初は殺した母と娘の死体を弄んだと思われていたのだが、  事実はもっと酷かったようだね。いや、全く以って信じがたい。どのような思考回路であればこのような無残なことが出来るのか。」 「は…ははっ。なんだ、上手く乗せられてたって訳?あー、下手こいたな。」 仰向けのまま、溜息をつく日影。今まで二回とも絶対に過去の殺人については口を割らず、はぐらかして来たはずが、ここにきて 決定的な証拠をばらしてしまった。マンション内の大量殺人だけでも死に至る刑に服すには充分であるが、それに更に追い討ちをかけることと成った。 「いやぁ、君のような汚物…うむ、まさしく汚物…の話を聞いていると、本当に吐き気を催した。人を不快にさせるという点では  君は本当に天賦の才を持っている、私が保証するよ。自信を持っていい。」 「お褒め頂き光栄でございますよセンセ。」 声の主を不快に出来たこと、それ以外に彼の勝利と呼べるものはない。 「まぁ影術使いとしては二流半だがね、なにせ生徒にしてやられてしまった訳だから。未熟な生徒にすら負けてしまう、君のような  ハンパ者のことを、日本語でなんと呼ぶか知っているかい?ほら、お得意の日本語講座だよ?」 「知るかよ。」 「『三下』と言うのだよミスター日影。覚えておくといい。」 「糞喰らえ。ファックユー、だよな、あんたの国の言葉で。」 「では私の国の言葉で、返事を返そうか。Put a sock in your mouth motherfucker.最早君は二度とそのような暴言を吐くことは出来ないし  元の通りに影を操ることも出来ない。自由に歩くことも出来ないし、その内に息をすることも出来なくなるだろう。つまり殺されると言うことだ。  しかもごく近いうちに、だ。君が死んだら、僕は君を哀れむよ。無論、君が嫌がると知っているからだけれど。」 くくっ、とくぐもった笑い声が聞こえてくる。しかしどうしようもなく物理的に隔絶された彼には、文字通り手も足も出ない。 男は今までよりも一層冷たい声でこう告げた。 「君は胸のむかつきを僕にプレゼントしてくれたね。ならば私も君にお返しをしなければいけないな。さぁ、受け取ってくれたまえ。」 男の声が途切れ、指を弾く音が聞こえるや否や、日影は己の皮膚が粟立つのを感じた。 そしてそれが、彼の感じた最後の皮膚感覚だった。 「あう、あ…ああ…あうあおああ!なんあおえ!」 何も感じない。 己を締め付ける拘束衣も、確かにそこにあるはずの床も壁も。 ただ視覚と聴覚と嗅覚だけがそこに取り残され、己の体が全て失われてしまったような浮遊感。 いや、浮遊ではない。確かに彼はそこにいる、床から照り付けられる照明も、ぴちゃぴちゃと音を立てる尿の水溜りもある。 ただ精神だけが残骸として床に漂っているような。確かに息をしているはずなのに残留思念になってしまったかのような。 「ああ…傑作だよ。本当に。君の気持ちが少しは理解できるかもしれないな。君が苦しむのを見て、私は今非常に愉快だよ。  呼吸は出来ているのかな?本当に?君の心臓は動いているだろうか?それも解るまい。どういう気分だね?  私は味わったことが無いから、興味深いよ。このまま放っておけば、君は確実に死ぬだろう。或いは発狂したまま、  元に戻ることは無いだろうな。本当はもう少し見ていたいのだが、生憎今日は家族でディナーに行く約束があってね。  ここで失礼するよ。さようなら、ええっと…なんという名前だったかな。ミスター三下、でいいか。Long good bye Mr.三下!」 「あお、あおう、おああ。くほあ、れめえ、ころしへある!ころしへ…ころしてやる!」 己の口がどのような形を作っているかもわからず、まともに口の動かぬまま、呪詛を吐く。 スピーカーのスイッチは、既に切られていた。   *   *   *   *   *   *   *   *   *   * その十二時間後、独房の中で呪井日影は息絶えていた。 死因は身体の「内部から」発生した無数の裂傷である。記録映像の最後には、日影が天井を見つめて叫んでいる様子が映されていた。 「ハッハ!なぁセンセー!知ってるかい、人は誰でも己の内に暗闇を、影を抱えてるんだぜ?」 「バカにすんなよな。詩人じゃねぇ、例えじゃあねぇ。事実を言ってんだ、俺は。」 「心の中?ハートの奥?くだらねえよセンセー。教えて欲しいかい、センセー。答えは…」  ・・・ 「ここだ。」 舌を出し、大きく口を開けて、日影はおぞましい笑顔を作った。 その瞬間、日影の喉の奥から無数の触手が溢れ出る。 光に照らされその殆どが塵と消えるが、影になった場所、つまり日影の体内ではまだ活発に蠢いている様だった。 拘束衣に包まれた日影の体が、陸に打ち上げられた魚のように跳ね回る。 真っ白な革素材の継ぎ目から鮮血が溢れ出てくる。 日影は己の体内の影を使って、自身の体内を切り刻んだのだ。 「おお…いてえ、いてえなぁ。」 「お前ら、に、は、裁かれねぇ、ぞ。」 「くそ、く、ら、え…」 血の海の中、日影は青褪めた顔に笑みを貼り付けたまま、ぴくりとも動かなくなった。 この時点ではまだ監視員は独房に到着していなかったようで、画面は一時停止したかのように固まっている。 エヴァンズマンは神妙な顔をして立ち会っていた、検視官の一人に顔を向ける。 「こういう時、彼に日本語でなんと言えばいいか、知っているかね?」 検視官は映像の中の日影を見て吐き捨てた。 「ざまぁ見ろ、ですね。」 人差し指を軽く振って、センセーは答える。 「ノウ。天晴れ、だよ。」 〜おわり〜