■東方大陸史■第十一章「闇黒連合の発足」 「万億の暗黒に栄えを」 −−暗黒の国建国碑文より−− 暗黒暦2543年。 グローデア帝国は滅亡の危機に瀕していた。 別に戦争に負けたわけでも経済的に追い詰められたわけでもない。 むしろ、そちらはようやく安定しつつあった頃であった。 先年に行われた三国戦争では、暗黒神の援助を受け建造された 『アンスエル』『ダークエンヴレス』『ゾグゼヴ』の三大要塞※1を筆頭に 暗黒の眷属種や異界からの移住者達、それに臣民達の活躍もあり ついに戦争終結時には緒戦で失った国土を回復し、領土を一片も失わずに 終戦を迎える事ができた。 経済的には皇帝スカーレット9世による農政改革が成功を収めつつあった。 では何故滅亡なのか。 グローデア帝国皇帝スカーレット9世自身が病に倒れ、明日をもしれない状態となっていたのである。 いや、これでもまだ何故滅亡かわからないだろう。 スカーレット9世が死のうと、その後継者が帝位を継げば話は済むのだから。 だが、ここで問題なのはこの時点での帝位継承者が、彼の宿敵【暗黒皇帝ヴァンガード2世】であったという事だ。 先年の三国戦争ではスカーレットは緋色の悪魔を持って、ヴァンガードは黒鷲の名を冠し お互いに幾度も剣を交えた中であった。当然仲は悪い。 それでも公私を混同し臣民に迷惑は掛けまいと、三国戦争終結時に闇の国国王ラシードから提案された 三国婚姻案に従い、姉をヴァンガードの後妻に差し出し、自身はラシードの娘を娶り、 そしてヴァンガードは姪をラシードの王孫バルスへと嫁がせるという約定※2を。 これで三国は縁戚である。争いはやめて共に栄えようというわけである。 無論、これには各国の裏の思惑があり 暗黒帝国は、グローデアを切り取り難しと見て、標的を南の魔導王国へと向ける為に。 グローデア帝国は、未だ暗黒帝国には軍備で劣ると、西方再征服に必要な軍備増強の為に。 闇の国は、三国和平を主導した事で外交的な面目を保ち、暗黒帝国へ十分な恩を売る事に成功。 真の標的であった魔導王国を暗黒帝国と共に切り取る算段がついた為にと言われている。 しかしグローデア帝国の打算は皇帝の病という形で失われつつあった。 スカーレットには子供がなく、他に嫡流に近い男系は誰もいなかった。 グローデア帝国では男系の継承者が不在の場合、嫡流に最も近い女系の【夫】が帝位を継ぐ事となっており スカーレットが死ねば、彼の姉の夫であるヴァンガードがしゃしゃり出てくるわけである。 「父祖より続く仇敵たるあの黒鷲に私の国が乗っ取られてたまるものかッ!!」 スカーレット9世は病床でそう絶叫し、重臣達に断固としたヴァンガードへの継承拒否を告げた。 皇帝がそうであるように、我ら臣民もまた黒鷲を好まず。 グローデア帝国は国を挙げてグローデア家の男系継承者を探しまわったが 余りに時間がなさすぎた。 数ヶ月もせずにスカーレット9世は、ついに危篤に陥り 「黒鷲にだけは継がせるな」 そう最後に言い残すと彼は逝ってしまった。 グローデア帝国最後の皇帝スカーレット9世・グローデア・ミナーニャ崩御。 これで困り果てたのはグローデア帝国の遺臣達である。 とりあえずと皇帝の死を隠し善後案を練るが、彼らは何ら対策を練る事が出来ず 年月だけが過ぎてしまった。 そうこうしている内に、暗黒皇帝ヴァンガードの知るところとなり 最早一刻の猶予もなくなった時、グローデア帝国の将軍オンツォル=アーケストは 親交のあった暗黒神に仕える左神官スプンタに、来る神国滅亡の秋を嘆いた。 それを聞いた左神官はオンツォルに友人として、こう助言したという。 「将軍閣下。皇帝が絶えたのなら、神にお返しになればよろしいでしょう。」  神 代 回 帰 「神の代の昔、暗黒神は人々の統治を貴種たる人に任せた。 ならば、その頃に戻ればいい。 グローデアが持つ全ての統治権を暗黒神へと返却すれば グローデア帝国は消えてなくなるが 黒鷲に乗っ取られる事もなくなる。 そして、その後は全ての思考を放棄し暗黒神に全てを委ねれば良い。 もともと我々は神政保守を掲げ、黒鷲と袂を分けたのだ。 これ以上の答えが現状あるだろうか。いやあるはずがない。 我らセントラルは我らの始祖がそうであったように 今、神に全てを委ねるべきなのだ。 それでは、これより全臣民による決定投票を行う。」 暗黒暦2546年。 オンツォルは友人からの案をすぐに貴族会議にかけ 大多数の貴族の同意を得ると、すぐに全臣民へ事態を公表し 国民投票を決行。結果は93%という高い支持を得て 暗黒神への統治権返却が決定。 神代回帰は為り、暗黒神は神代より、再び統治者として表世界へと君臨した。 暗黒の国<<エルディニア>>の誕生である。 「皇帝は王と共に大いに南方を征服したが凶弾に倒れた。  後を争い、しばらく騒乱が続いたが  帝位を継いだのは見目麗しき姫君であった。」 −−暗黒帝国史−− 暗黒暦2546年。 真夜中の支配者にして死霊神、 暗黒少女、黒き幻想、黄昏よりも暗く血の流れより紅き者 夜よりも深き者、混沌の海、深遠より来たりし黒星、大陸守護者 全権保持者、月の刻印、光全根絶者etcetc 3千とも5千ともある称号くるっと纏めて彼女の信奉者は彼女を暗黒神と呼んだ。 暗黒神はこの年、グローデア帝国の遺領を継ぐと 政治と宗教は切り離さねばならないという世界の意思に従い 彼女はダークエルダーと名乗った。 旧グローデア帝国はダークエルダーを国家元首へと戴き 国家新生を宣言すると、自らの国名を【ダークエルダーの国】 という意味の【暗黒の国<<エルディニア>>】へと変更した。 これに暗黒帝国は激怒するかと思われたが 暗黒皇帝ヴァンガード2世は、意外にもダークエルダーの国家元首就任に祝辞を送り その祝辞の内容も、両国の平和と繁栄を願うものであった。 ヴァンガード2世という人物は切り替えが早く、現状ではこれを覆す事は無理と悟ると スカーレット9世の時と同様に、穏健な対応をとる事にしたのだ。 この対応に暗黒の国は、国家の仇敵と呼び復讐を誓った黒鷲への見方を大分和らげたという。 とうの暗黒皇帝は南の魔導王国を闇の国と挟撃している最中であり 暗黒の国にそれほど関心を払う気がなかった為なのだが、これによる効果は 後の闇黒連合誕生への障害を一つ消し去っていた。 これを機に両国の憎悪関係は解消へと向っていったのだ。 さて、グローデア帝国領の継承を放置してまで 魔導王国との戦争を優先させた暗黒皇帝ヴァンガード2世は 帝国の全力をあげて南進。次々と都市を奪取していった。 東からも闇の国が、魔導王国領ルーカ列島を陥落させ本土にせまり 魔導王国は悲鳴をあげてスリギィランドとカリメア合衆国に泣きついた。 潮時とみた暗黒帝国と闇の国は、魔導王国との和平のテーブルにつき 多くの領土を割譲させ平和条約を締結。 意気揚々と帝都へと凱旋した皇帝ヴァンガード2世は 臣民から熱狂的な歓待を受け、ベアトリス城へと向う途中 何者かの凶弾を受け、落命した。 あまりにも呆気ない指導者の死に多くの者は唖然と立ち尽くし ただただ、眉間から血を流し倒れる皇帝を見ていたという。 皇帝ヴァンガード2世の死によって強大な帝国は あっという間に内乱状態へと陥った。 ヴァンガード2世には娘が一人いたが、その子を後継者とは考えず 分家のジャック=スペリオル家からヴァイオレンという男子を養子にもらい その子を皇太子としたが、今回の魔導王国との戦争中に ヴァイオレンは失態を演じてしまい、皇帝はこれに激怒し彼を廃太子とした。 廃太子となったヴァイオレンは謹慎を命じられ、実家のジャック=スペリオル家に預けられた。 だが、その後にヴァンガード2世は新たに皇太子を立てずにいた事から 帰国後にヴァイオレンを皇太子に復位させるつもりだったと言われている。 ところが、ヴァンガード2世が凶弾に倒れた事により、それも立ち消えとなり 謹慎処分を解かれなかった彼は、順位的には第一継承者でありながら 新帝の処分待ちという不遇の身となってしまった。 もっとも有力な継承者が不在。 これによりスペリオル家の分家たるインフェリオル家を筆頭に インテリオル家、マイネオル家、ツィオル家、カラミティオル家などが 帝位の継承を争い、武力衝突を起こした。 中央の火の粉は地方へと降りかかり、帝国全土へとすぐに燃え広がった。 こうなってしまえば内乱は長期にわたり、国力減退は避けられないと考えられた。 が、突如としてヴァンガード2世の娘レヴィア・スペリオルが帝位継承を主張して トワイライトの地で挙兵すると、事態は驚異的な速さで収束へと向った。 分家一同がヴァンガード2世の娘という事から、彼女に従ったわけではなく レヴィアによってライバルたる彼らは武力制圧の憂き目にあったのである。 インテリオル、マイネオル、ツィオルの三家は一族一人残らず皆殺しにされ取り潰された。 インフェリオル家は当主が戦死し、後を継いだ若き幼君イヴ・インフェリオルは 慣例通り、片目をえぐり片腕を切り落とし、それらを捧げレヴィアに忠誠を捧げ屈した。 彼の姉は闇の国の王孫バルスに嫁いでおり、インフェリオル家救援の為に バルスが軍を率い国境近くまで来ていたが、イヴは既にレヴィアに降伏し忠誠を誓った旨を 義兄バルスに説明。バルスは義弟と戦う事ができなかった事を口惜しがったが仕方なく兵を退いた。 イヴが殺されなかったのはこれの為だったという。 そして最後にカラミティオル家は比較的に早い段階でレヴィアに降伏した為 当主の隠居と私領の没収だけに留まり、新当主にはレヴィア贔屓のヴォリス=カラミティオルが選ばれた。 骨肉の争いは、レヴィアの神速ともいうべき鎮圧劇により幕を閉じた。 皇帝を自称したレヴィアは女帝として帝国に君臨し 宰相に自らの教育係りだったゲゾブ・ベゼグを抜擢。 帝国体制の一新を命じられたゲゾブは苛烈ともいうべき 改革を断行。無能であれば誰であろうと首を刎ねられ 有能であればどんな者でも採用される実力の時代を向え 帝国の貴族制度はこの時点で崩壊する。 そしてレヴィアが帝国に絶対君主として君臨すると 暗黒帝国・暗黒の国の国家統合案が持ち上がった。 後の闇黒連合結成の第一歩が始まろうとしていた。 「闇黒よ。世界を統治せよ。」 −−闇黒連合発足を伝える新聞の見出し−− 暗黒暦2550年。 レヴィア・スペリオルが暗黒皇帝として君臨し 数ヶ月も立たない内に暗黒帝国、暗黒の国の両国では 昔のようにダークエルダーを象徴神へと戴き、スペリオルが皇帝として国家を統治する形をとり 国家合邦を果たそうという考えが広がっていた。 夢のような話であるが実現はしないだろうと誰もが思っていたが 「本来ならば、暗黒世界は暗黒皇帝が統治するものだったのにスペリオル家から不心得者が出た為に 暗黒世界を割ってグローデアが新たに暗黒皇帝となったが、それも絶えてしまい、信奉者達が望むので 仕方なしとダークエルダー様が国家統治者となって下さったが、これは仮の状態であり 本来の姿ではない。西の先帝ヴァンガードはダークエルダー様を無碍にせず その姿勢はかつて粛々とダークエルダー様を仰いだスペリオルの復活に見えた。 今、その子が西の皇帝となった。この皇帝が父帝と違わなければ 今こそ、暗黒世界を再び一つにする時ではないか!私の意に賛成の方々はご起立を!」 暗黒の国神議会議員エステル・イェーリがこう述べると 大喝采と共にほぼ全ての議員が起立。 神議会は暗黒帝国へ国家合邦を申し入れる旨を決定し、すぐに使者が帝国へと訪れた。 訪れた使者の申し出に暗黒帝国は沸き立ち 町という町で国家合邦がもうなったかのようなお祭り騒ぎが起こった。 だが、当の暗黒皇帝レヴィアはこの申し出に好感をもち、申し出を受けようとしたが 宰相ゲゾブの猛烈な反対を受け、帝国よりこの件は改善してから再度、暗黒の国へ案を上げる旨を伝え 使者はショボショボと帰国の途についた。 国家合邦自体は歓迎すべきものだったが、この申し出では形だけとはいえ ダークエルダーが国家元首となってしまい、スペリオルはその臣下という事になってしまう。 そこで宰相ゲゾブはレヴィアに両国は対等の同盟国となり レヴィアはダークエルダーと並び国家元首とし 徐々に政治・軍事的に国家を統一していくという案を提出。 対等というところが気に入ったのかレヴィアは、この案を暗黒の国へ通知。 暗黒の国ではダークエルダーが唯一の国家元首でないところに物議をよんだが 最終的には微調整のあとにこれをのんだ。【暗黒同盟の成立】 同盟成立の式典後、レヴィアとダークエルダーは会見し そのままレヴィアは帝都へとダークエルダーを招待し茶会を開いた。 両人は大いにお互いの時間を共有し、存分に楽しんだダークエルダーは笑顔で暗黒の国へと戻っていった。 レヴィアは楽しいひとときの終わりに溜息をすると宰相ゲゾブにこう告げた。  「世界中の人を招待してお茶会がしたいなぁ」 これを宰相ゲゾブは「世界中の国を滅ぼし哀れな愚民供を我が面前に跪かせよ」と読みとり 以降ゲゾブは、膨大な予算を軍事費にあて、世界征服実現を目指すようになった。 その一環として持ち上がったのが闇の国との国家合邦案であった。 闇の国はこの時点で世界第5位の軍事大国であり、 魔導王国と敵対しているという利害関係の一致と、文化的にも帝国に近い事から 可能性があるとふんだゲゾブは、闇の国へ国家合邦案を提示した。 だが、これを闇の国国王マアレシュ・ケムトサラームは一蹴。 交渉は難航を極めてしまった。 これを見かねた皇帝レヴィアは単身、自ら闇の国へと赴くと 得意のお茶菓子外交で、マアレシュとの会見に成功。 この会見自体は挨拶程度にとどめ、その後も定期的に会見が行われ ついには暗黒の国首都ルシフェニアでの三元首会見で闇の国は国家合邦を快諾した。 しかし、その中身は闇の国への譲歩に次ぐ譲歩であり 1.暗黒皇帝位はレヴィア死後に、闇の国の王孫マリクに継承させる。 2.スペリオル家及びその血筋は帝位の継承権を永久に放棄する。 3.ダークエルダーの娘を王孫マリクへと嫁がせる。 4.暗黒の国の国家元首位は、ダークエルダーの娘と闇の国の王孫マリクとの間に生まれた男子に継承させる。 5.以上の条件の代わりに闇の国は南部を暗黒の国へ割譲し、暗黒皇帝レヴィアを連合惣領と認める。 6.ただし暗黒の国へ割譲する闇の国南部領の税の徴収権と南部民の軍役負担は闇の国へ帰属するものとす。 最終的にはケムトサラームが全てを手にするという図式である。 帝国のスペリオル臣下の多くは、この条約に反発したが 宰相ゲゾブはいつもと変わらぬ無表情でいた。 彼はこの条約を破綻させるのは容易であると気づいていたからだという。 そして迎えた暗黒暦2552年。 暗黒帝国、暗黒の国、闇の国の三国は 帝都ベアトリスで【闇黒連合】の結成を宣言。 人口約34億人。 総兵力約1千万の超巨大軍事同盟の誕生に世界中が驚愕し その動きに警戒を強めた。 この同盟が魔導王国を狙ったものである事は明らかであり 魔導王国はカリメア合衆国など西方世界に助けを求めた。 世界の盟主を自称するカリメア合衆国はこの求めに応じ カリメア、スリギィランド、スコトラッド、オフランス、ディオール、 ザイクリンデ、エルフィーナ、イタリャーナ、カストリリャ の8国は魔導王国の独立を保障し、闇黒連合へ魔導王国との戦争は 世界との戦争となる事を警告した。 が、宰相がどうあれ暗黒皇帝レヴィアにその気などない。 戦争が始まるはずがなかった。 ところが事態は宰相ゲゾブの望むとおりになった。 魔導王国は皇帝レヴィアの暗殺を企て、数名の刺客を差し向けてきた。 見事に失敗。 1名のみを残し刺客は皇帝の親衛隊に討ち取られ事なきを得る。 これにレヴィア自身はまったく動じなかったが、国民はこの事件に怒り 魔導王国を滅ぼせと怒号が飛び交った。 宰相ゲゾブはレヴィアの命令で民衆の抑えにはいったが これを政府としては事態の沈静化を図ろうとしたが、民意には逆らえず魔導王国との開戦に至ったという形に もっていけという命令と解釈。 表向きは国民へ自重を促したが、裏では報道機関を工作し国民を開戦支持へと誘導した。 暗黒暦2554年。 ついに闇黒三元首会議において、魔導王国に対する宣戦布告が決定。 闇黒連合は滅ぼすか滅ぼされるかの世界へと その身を投じようとしていた。 次章予定「世界征服の前哨」 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