魔道商人記 第4話 〜おてんば姫の行進〜 平原を2人の旅人が並んで歩いている。 一人はあまり旅なれていないのか、やや疲労の溜まった表情をしている。鎧兜は 身につけてはいないが、左腕全体を覆うような巨大な篭手を装備し、長剣を腰に 納めている。一般的な剣士の服装ではあるが、女性というのが異色とも言える。 もう一人は、あまりに場違いとも言えそうな、古臭いデザインの侍女服を着込ん でおり、巨大な篭手と鉄製のブーツで守りを固めている。 2人はしばらく歩き続けていたが、不意に侍女風の服装の女性が何かを見つけ、 地面に手をあてた。 「ファン、足跡ですか?」 剣士の服装をした女性が声をかける。 ファンと呼ばれた女性は、コクリとうなずき、言葉を続けた。 「ええ、姫。間違いなくゴブリンの足跡です。  この方向で間違いはなさそうです。  しかも、この足跡はつけられて何刻もたっていません。  今日こそは我らが魔剣を奪った憎き賊に追いつけるでしょう」 侍女風の娘は、ニコリともせずにそう言った。 しかし、姫と呼ばれた女性は疲労を払拭し、安堵の表情を浮かべた。 彼女の名はエール=バゥ=リバランス。正真正銘リバランス王国の姫君である。 10人中10人が讃える美貌と、並大抵の剣士に劣らぬ剣技を持ち、大胆不適な 人柄で知られる。今回の旅も、ゴブリンの盗賊に奪われた国宝『魔剣アウラム』 奪還のためなのである。 その大役を王族自ら買って出た、というよりも居てもたっても居られずに飛び出 して来たというのが真実に近いだろう。 追跡を始めて7日ほどが経っていた。 一時は情報が途絶え、諦めかけていたが、途中で立ち寄ったソムティキ村にて賊 の情報があり、さらに2日間さ迷い、ようやく足跡を見つけたのであった。 「良かった…  お父様は早く帰って来いなどとおっしゃられていましたが、国宝を奪われた事  を内心は苦々しく思っておられた事でしょう。  ようやく安心させてあげられそうですっ」 「姫、魔法鳩を飛ばします」 「お願いします。数日前に届いた魔法鳩の返事も一緒にね」 ファンは懐から竜皮紙とペンを取り出し、状況を書き込んだ。 さらに卵状の丸い宝珠を取り出し、小さな声で魔法をかけた。 するとオーブは光り輝き、真っ白な鳩の姿となった。 「さ、まっすぐリバランス城におゆき…」 鳩はファンの手元から空に飛び立ち、あっという間に見えなくなってしまった。 空を見上げていたエールは、ふと何かを思い出してファンに話しかけた。 「そう言えばファン。  この間の手紙の返事には何と書いたのですか?」 「というと、『商人が助けに行くよ』への返事ですか。  王には申し訳ないのですが、私には意図がわかりかねます。  我々の旅路に、果たして商人が何の役に立つでしょうか。  今は姫のご無事とゴブリンの捕捉のみを手紙にしたためました」 「わかりました。確かに商人に来られても困りますしね。  さぁ、あと一息、頑張ろうっ!」 「はい、姫」 平原とは言え、まともに街道も整備されていない土地柄であった。 獣道同然の道を歩きながらゴブリン達の足跡を確認し進む。 酷いヤブになっている箇所もあった。 沼地が広がり先に進めなくなっている所もあった。 もちろん、モンスターに襲われる可能性も十分にあった。 2人は細心の注意をはらいながら、先へ先へと進む。 すると数刻後、2人は小さな森へと突き当たった。 ファンはすぐさま地図を広げる。 この森の先には古戦場があり、そこを抜けるとポーニャンドやエルドクリアなど 無数の国に繋がる街道に出てしまうのだ。 「姫、急ぎましょう。  ここで捕らえねば賊を見失ってしまいます」 「でも、ゴブリンもここまでくればと油断してるんじゃないかしら。  奪還するには絶好の機会かも」 「そうであれば良いのですが」 「ダイジョーブ!  さ、森を抜けちゃおうっ」 猟師がつけたものであろうか。 森の中には細いながらも道がついていた。 うっそうと木々が茂ってはいるが、邪悪な気配は感じられない。 時折、鳥の鳴き声が響くが、それはモンスターの声ではない、ただの鳥だ。 日の光が天頂からやや暮れかけた頃、2人は森を抜けた。 そして、信じがたい光景を眼にした。 2人の目の前に居たのはゴブリンの盗賊団などではなかった。 完全武装した兵士を多数そろえた、ゴブリンの傭兵軍であったのだ。 それもただの傭兵軍などではない。 「信じられない…陣形を…整えている?」 ゴブリンの傭兵軍の様を見て、ファンが思わず口に洩らした。 ゴブリン達はリバランスからの追っ手に対して、陣形まで組める程に訓練された 兵を送り出していたのだ。普通のゴブリンならば、有り得ない話である。 「信じられないっ!  ゴブリンが陣形を組めるだなんて…  それにあれは『竜翼の陣』だよね…  レベッカの教えてくれた戦史で聞いた事があるよっ」 エールも信じがたいものを見た衝撃で、気が動転していた。 『竜翼の陣』とは、本陣を中心にして、左右両翼に部隊を伸ばす陣形である。 今、彼女らの目の前には、ゴブリン盗賊団を取り囲むように守りを固めた本陣を 中心にして、左右に翼を伸ばすかのように2人をとり囲む軍勢がある。それも、 エールがざっと見渡した限りで言えば、その総兵数は100を越えるだろう。 自分たちの後ろには、ゴブリンが有利に戦えるであろう森が鬱蒼と茂り、正面に は重装備の敵多数、左右に逃げ道は無い。まさしく絶体絶命である。 が、2人とも何も諦めてはいなかった。 「姫、まずは左の2体を」 「わかったっ!」 ファンの声を聞き、エールは素早く左翼のゴブリンに突撃していく。数瞬間遅れ て、ファンが右翼の陣に突撃していった。 エールが突撃してくる姿を見て、ゴブリンの軍団全体が完全に浮き足立った。 完全武装して、陣形まで整えた『軍』に対し、たった2人の人間が、よもや本気 で戦いを挑んでくるとは思ってもみなかったのだ。 ある意味で、それが彼らの限界とも言えた。 「くっらえぇっ!」 ドスンという鈍い音が響き、同時にゴブリンの断末魔が響き渡る。 大型の篭手で完全武装した左半身で最左翼のゴブリン一体に体当たりをし、その 勢いで体勢を崩させて、一撃でなで斬ったのだ。 「次っ」 勢いを殺しきらずにクルリと身を反転させ、もう一体のゴブリンと向き合う。 慌てたゴブリンが槍を突き出した瞬間には、エールは懐に潜り込んでいた。 その首に、深々と剣を突き刺し絶命を確認すると、剣を引き抜く動作と同時に、 彼女の意識は次の獲物へと向かう。目の前にはもう一体、槍を持ったゴブリンが いた。ゴブリンは驚愕しつつも、エールに向けて槍を突き刺してきた。 (…非力な女性が剣の道で生き延びるにはっ!) エールは長剣を両腕でかまえなおし、剣の腹を槍に押し当てて穂先をずらしつつ ガリガリとこすりつけながら切っ先をゴブリンに近づけていく。 (…ただ速度っ!ひとえに速度っ!  最短距離で、最速の剣技で、最大の効果で敵を討つっ!) 切っ先は完全武装したゴブリンの、兜と面あての隙間を縫って眼に突き刺さる。 エールはすぐさま胴を蹴飛ばして剣を抜き、胴あての隙間に剣をねじ込んだ。 (…レベッカがそう教えてくれたっ!) ゴブリンは声をあげる事すらなく、その場に崩れ落ちた。 リバランス王国騎士団長レベッカ=ガーラントが、彼女の剣の指導者にあたる。 黒騎士の二つ名で知られる彼女が広めた剣技は、女性剣士がいかに生き延びるか を体現したものであった。それは、重い防具を捨て軽装にして身軽となり、要所 にだけ重装甲とする事が一つ。 そしてその身軽さを活かし、先陣を切って突撃し一撃を叩き込む事を基本として ただひとえに速度を重視して最短距離、最速の剣技で敵をほふるというものだ。 リバランス出身の冒険者、アルディエナ=グリーディア=ベルベディアも、こう いった戦技の持ち主である。ある意味でリバランスのお家芸とも言える剣技だ。  目の前のゴブリンの戦闘力を奪ったと判断したエールは、次の目標を定めるため に視線を周囲に向けた。 陣の反対側では、ゴブリンの首が無数に宙を舞うのが見えた。それは間違いなく ファン=ベル=メルの仕業だろうとエールは思った。 エール達の目の前には、いまだ無数のゴブリンがいるが、絶対に勝てぬ相手では 無いように思えてきた。斧をかまえたゴブリンがエールに立ち向かってきたが、 彼女は有無を言わさずに腕を切り落とし、その首を刎ね、血のついた長剣を掲げ ゴブリンの軍勢に向かって吼えた。 「次はどいつっ!  残り100でも1000でも、斬りまくってみせますっ!」 その時、後方でホルンシェルの音色が鳴り響き、ゴブリンたちはバタバタと後退 していった。軍の命令伝達でホルンシェルの音を使うのは、ゴブタニア地方伝統 の部隊運用法だ。その場に残ったのは、無傷のエールとファン、そして10数体 のゴブリンの遺体であった。ただ一度の激突で、ゴブリン軍は、その戦力の1割 ほどを失ってしまったのだ。これでは後退しても仕方がないとも言える。 「て…撤退したのかしらっ」 息を切らせながらも、エールは疑問をファンに投げかける。 「油断なさらずに、姫。罠かもしれません」 「ゴブリンが罠を?まさか」 「そのまさかです。  そもそもゴブリンが陣を組むなど想像もしてませんでした」 「ゴブタニアの内乱が長引いてるせいかしらね。  それでゴブリン達も知恵をつけたとか」 「関係はしているかもしれません。  どうも軍師がついているように思えます」 「それじゃあ、この撤退は何か策略のためなの」 「それは」 言葉を途中で止め、ファン=ベル=メルは虚空を睨みつけた。 古戦場の小高い丘の向こうから、うっすらと黒い影が飛んでくるのが見える。 耳を澄ませば、ヒョウヒョウという無数の風を切る音が聞こえる。 それが何かに気づいたファンは、咄嗟に昔ながらの呼び方でエールを呼んだ。 「エール!対空戦の型、用意!  全部叩き落とします!!」 「えっ、あっ、はいっ!」 ファンは両手の巨大な手甲を確認すると、高々と頭上に掲げた。 エールもまた、長剣とダガーをそれぞれ片手に持ち、頭上に掲げる。 元々は空から襲ってくる魔獣妖魔を撃退するために考案された型だ。 しかし、今回の相手はそういったものではなかった。 それは空を覆いつくさんというばかりの、無数の毒矢であった。 完全に罠にはめられたのだ。 「ゴブリンごときに何故こうまで…」 エールは驚愕のあまり、呆然自失していた。自分に元に何が向かって来ていて、 それが直撃すれば自分はどうなるのか、想像する事すら出来なくなっていた。 「エール!私達はまだ死ねないっ!」 ファン=ベル=メルが大声で叫ぶ。 その声を聞き、エールはようやく我にかえった。 「姫様、ゴブリンの矢には猛毒が塗り込められております。  1本残らず叩き伏せてくださいませ」 ファン=ベル=メルは今度は冷静に語りかけた。 「わかっています。ありがとっ、ファン」 数瞬間の後、数百本はあろうかという毒矢が全て、彼女達に襲いかかった。 が、二人はその全てを切り裂き、なぎ払い、叩き落とした。 その姿はまるで、4本腕の魔人でもいるかのごとくであった。 毒矢は全て叩き落とされた。ゴブリンの罠は失敗に終わったのだ。 策略が失敗し、ゴブリン達は怯えきっている事だろう。ならば、一層怯えさせて しまえばいい。エールはそう考え、チャキンとわざと大きな鍔鳴りをさせて長剣 をおさめ、高圧的な口調で叫んだ。 「さあ、穢れた魔物どもっ!  今すぐ出てきて我が王家の魔剣を返してもらおうかっ!」 ようやく剣を奪還する事が出来る。 エールがそう思った矢先の事であった。 「この魔剣は我らが真に必要としておるのじゃ。  そなたらのような田舎貴族の玩具にしておくわけにはいかぬ」 毒矢の飛んできた方角から女性の声がした。 いや、それは本当に人間の声なのだろうか。 それはまるで、魔力で心に直接語りかけるかのような声であった。 丘の上に立つ人影。それはゴブリンのものではない。 「貴様っ!何者だっ!」 エールはやはり高圧的な態度で問いかけた。 しかしそれは、先ほどのように計算されたものではなく、得体の知れない者への 恐怖ゆえであった。 人影はユラリと身をよじると、エール達に視線を向けた。黒のドレス、雄雄しい 冠、血塗られた杖、豪奢な赤髪、妖艶な笑み…そこには恐怖の権化が存在した。 「我が名はシス。大魔王シス。  大魔王バラニクと共に、新たな魔同盟の誕生を目指す者なり…」 そう言うと、大魔王シスは腕を上げ、振り下ろした。すると、再び大量の毒矢が エール達目掛けて放たれた。先ほどとは比較にならないほど大量に。毒矢は彼女 が魔力で作り出したものだったのだ。魔力が尽きなければ永遠に生み出される。 さらに、魔王であるが故にその魔力は無尽蔵であろう。 「しまった!」 気づいた時には遅かった。それは剣で回避できる量を超えていたのだ。 それでもエールは叩き落とす覚悟を決めていた。 剣を構え、矢の到来を待った。 が、そんな彼女の前にファンが立ちはだかった。 「無理です、姫。  私が盾になります。  姫。いえ、エール。  今までありがとう。  相手が悪すぎましたね。  どうか生き延びて…」 「ダメッ!ファン!ダメだよっ!」 毒矢は彼女達の目の前まで飛来していた。 その時であった。 ゴウッという轟音が鳴り響き、彼女達の目の前を巨大な火球と雷電が横切った。 あれだけ大量に飛来していた毒矢は、その一瞬で全て灰と化していた。 「い、一体何が?」 エールはそれらが放たれた方角を見た。 そこには… 「…で…出来ましたぁ…」 自分が行なった事に驚きを隠せない様子で、ローラローラは震えていた。 彼女は火属性魔法の中級である『火球』はマスターしていたが、その応用である 『大火球』は初めて成功させたのだ。 それも、極めて緊迫した状況で、である。 あまりの緊張からか、涙すら浮かべている。 「泣くほどの事じゃねェだろ。  手順をキチンと踏ンだら出来るって言ったろ?」 その傍らで魔道商人ブレイブがニヤついていた。 右腕に装備した竜鱗の篭手がブスブスと煙を吹いている。 雷精霊召喚を行なったためである。 「よーやっと追いついたみたいやね。  侍女服来た姉さんの服と篭手に、リバランスの紋章がついとるわ。  あの2人で間違いないようやよ?」 いつの間にかスッカリ自分のものにしてしまった、ブレイブ愛用の遠眼鏡を使い ながら、ハンナ・ドッチモーデがエールとファンの様子をうかがっていた。 これでブレイブ達の目的の半分は達成したも同然であった。 「やれやれ。ようやく追いついた。  それにしても…だ。  リバランス王はちゃんと手紙を出してくれてたンだろうかね。  合流するのに、こんなに手間がかかるとは想像してなかったぜ。  まあいいさ。無事に生きて会えたンだしな。  さて、と。マオー」 ブレイブは後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。 「あー、もう行ったってコトか。  相手が何者だろうがまずはブン殴るって感じかね。  『殴り姫』の面目躍如だな。  おいデッチ、ナキムシ、とりあえず合流するぞ」 「はいな〜」 「…はい。あの、マオちゃんは?」 「マオか。マオならほら、あそこにいる」 ブレイブは反対側の丘を指差した。 そこでは既に、激戦が繰り広げられていた。 「何かよくわからん相手だけど、マオに任せときゃいいだろ」 マオはシスが姿を現した瞬間から、全速力で丘の上を目指していた。 久々の強敵だ。本能がそう告げていたからだ。 ブレイブとローラローラの魔法が着弾したとほぼ同時に、マオはシスに殴りかか っていた。それは、大魔王シスにとって信じがたいものを見る気持ちだった。 大魔王として覚醒して100余年。いわゆる勇者と呼ばれる者も何人も見てきた が、こうまで手ごわい人間を見るのは久々であった。恐らく『殴ること』に特化 した魂の欠片を持ったのであろうとシスは予想した。 が、あまりに極端な例である。先ほどから魔法障壁を連続して形成しているが、 ことごとく拳で粉砕されている。これまで魔法剣でもアンチマジックバリアでも 破られなかった魔法障壁が、いとも簡単に破壊されているのだ。まったく攻撃に 転じるスキが無い。そもそも魔法障壁を素手でブチ破るという事自体が、あまり に馬鹿げているのだ。シスの心に、少しづつ焦りが生じ始めていた。 次々に現われる障壁をものともせずに破壊しながら、マオはニッコリと微笑んで いた。「そろそろ諦めたら?」とでも言わんばかりの心底嬉しそうな笑顔だ。 「…えぇい忌々しい!  だが、『魔剣アウラム』はゴブリンどもが運んでおる。  そろそろ引き上げ時じゃの」 シスはほんの一瞬のスキを見つけ、『生還』の魔法を唱えた。マオの必殺の一撃 は空を切り、『生還』の魔法の効果でシスは上空高く飛翔していった。 マオは心底悔しそうに、だが不思議と楽しそうにつぶやいた。 「次は倒す」 その頃、ブレイブ一行とエール達は合流を果たしていた。 ファンは不信そうにしていたが、エールはそのような態度はとらなかった。 人と人の繋がりを何より大切にしようという、リバランス王家代々の教え、彼女 の信念がそうさせたのだろう。 「助けていただいて本当にありがとうございます。  私はリバランス王女、エール=バゥ=リバランスと申します。  リバランス王家はこの恩に報い、必ずやあなたがたに…」 ブレイブはそんな彼女の丁寧な姿勢にムズがゆさを感じるのか、エールの言葉を ヒラヒラと右手を宙に舞わせながら途中で遮った。 「あー、いや、恩に報いなきゃとかは別にいいンだ。  こっちも打算アリアリでアンタらを助けに来たンだからな。  つーか、リバランス王から手紙受け取ってないか?」 その言葉に、エールとファンは顔を見合わせた。 「手紙?」 「姫、もしや例の…」 「あっ!もしかして『商人が助けに行くよ』の人っ!?」 「あー、多分その人です。姫さん。  名前とか特徴とか記されてませンでしたかね?  こう…いや…変なデッチを連れて歩いてるのが行くとか」 「デッチ?書いてありませんよ?  お父様って、お人好しだし、どっか抜けてる所があるのよね。  特徴なんてそんな大切な事、書き漏らすに決まってます。  あ、目つきが悪いとだけは書いてあったわね。  それと、目つきが悪くて、薄汚い格好をした連中が行く。って。  あとは追伸の欄に…また目つき」 ゲンナリとするブレイブに、ハンナがチャチャを入れる。 「それだけでじゅうぶんやわ。  目つきの悪さは王国連合一なんは間違いないもの」 「ウルセェぞデッチ。  まあ、そんな感じなんで、国宝奪還の手伝いをさせていただきます。  本当はあとは俺達に全部任せてください、と言いたいトコなんだけど、さっき  のゴブリン軍と丘の上のアレを見ると、そうも言えないのが正直な所です。  奪還作戦の前衛攻撃、任せてもいいですか?」 エールとファンは顔を見合わせた。 やがてファンが地図を広げながら前に出て、ブレイブに現状を説明した。 エールが信頼を置くのなら、自分もそれにならおうというのだろう。 「それはかまいません。  が、その前に問題があります。  ここが現在地です。  ゴブリン達は恐らく街道に出て、宝物を持ち去ろうという魂胆でしょう。  ここでグズグズしていては見失ってしまいます。  と言うより既に…見失ったも同然かと」 「いや、それは大丈夫だと思うぜ。  ゴブリンに魔王までからむとなったら、行き先はココしかねぇかなと」 ブレイブは地図の一点を指差して言った。 「ポーニャンド領『氷色の塔』  ここからゴブタニアへの中継地点だし、何より太古の昔からの魔族の要塞だ。  一旦ここで体制を立て直そうとするンじゃねぇかな。  姫さんらで結構ゴブリンをぶっ倒したみたいだしさ」 「…それじゃあ次の目的地は  …ポーニャンド王国ですね…」 「どんな国なん?」 「まあ、行けばわかる。かなり特殊な国だ。  姫さんもいるし、国境は簡単に越えられそうだな。  んじゃ、まぁ、行ってみようか」 彼らは獣人の国ポーニャンドへと向かった。 ポーニャンドの国境付近は、荒れ果てていた。 彼らの立ち寄ったポロト村も例外ではなかった。 それはこの国の、何度と無く崩壊し、それでもなお建国されるという稀有な歴史 のせいでもある。 (ブレイブの知る限り、この国は3度滅びていて、今は4次王朝である) その地の四方八方を強国、大国、魔境に囲まれていては、まともな国家を維持す るのは難しい。現在もポーニャンド周辺では、いくつかの小競り合いがある。 諸国でも「今のポーニャンドは何時まで持つのか」などという噂話が絶えない。 それは現在のポーニャンド国主の政治手腕などとは関係なしに、である。 ポーニャンドの最大の特徴である『獣人による国家』という点が、偏見に拍車を かけているのかもしれない。 「とりあえず今夜は、このポロト村で休養してだ。  明日は『氷色の塔』に突入してだ。  そして、魔剣アウラムと国王の冠を奪取する。以上」 ブレイブはどことなく疲れた声で宣言した。 無茶苦茶なスケジュールではあったが、誰も異論を唱えなかった。 なぜなら女性達は、今夜の部屋割についての議論に熱中していたからである。 ブレイブは彼女達の熱気についていけなくなったのだ。 商人見習いのハンナ、通称『殴り姫』武闘家マオ、魔法使いの卵ローラローラ、 そしてリバランスのエールとファン。 偶然なのか必然なのか、女性ばかりが5人も集まってしまったのだ。普通の感覚 ならばハーレム状態でウハウハなのだろうが、一癖二癖ある彼女らである。 ブレイブはここ数日、まったく心が休まるヒマが無かった。 「ていうか、いくら村やからって、宿が1軒しかないっちゅーんはどうなん。  しかも部屋は2人部屋が3室しか無いなんてもう!  あ、ウチは別にそのな、あのな、えぇと、ブレイブと一緒でもええんやけど」 プンスカしたり顔を赤くしたり、百面相状態でハンナがしゃべりまくっている。 マオはそれを見て、「どーでもいいよ」と言わんばかりの表情だ。 「…誰かがブレイブさんと同じ部屋に泊まる事になるんですね…  …できれば私は女性と一緒の方が…」 「うん。この部屋数はちょっと深刻ですわね。  あ!私、ブレイブさんに色々とお話をお聞きしたいのです。  同じ部屋でもかまわないですよっ」 「姫。仮にもブレイブ殿は男性です。  何か間違いがあっては、国王に会わせる顔が御座いません。  ここはご自重くださいませ」 「あー、いや、もうオレは馬小屋でもいいからさ、早く休もうぜ。  頼むから。もう眠たいんだよオレはー」 女性達の話について行く気の失せたブレイブは、完全に投げ遣りな態度になって いる。しかし、女性達はそんな彼に気づいてはいない。あげくには、宿屋の前の 通りで大道芸を始めた旅の者に気を取られる始末である。 最初に話題にあげたのは、ローラローラであった。 「…あ…猫さんの大道芸」 「あ、ホンマや」 「すごい!マネできるかな」 「ファン、あの黒猫さんのやってる芸は何っ?」 「あれは『鳴らず者』と呼ばれる者ですね。  ああやって鈴を垂らした糸の上を歩いても、物音一つ立てずにいられるのです。  ここまでの技量を持つ者を、私は見たことがありませんでしたが」 黒猫の獣人が、鈴を大量にぶら下げたロープの上を、音を鳴らさずに何度も往復 していた。しかもそこからの着地点は、なんと鋭利な刃物の上であったが、怪我 一つなくピタリと降り立った。その瞬間いつの間にか周りに出来ていた人だかり から、拍手の嵐が巻き起こった。 「ニャニャニャ!どーもありがとうにゃ  出来れば皆様、このニャハトの芸に拍手の他にもう一息頂ければ幸いですにゃ  おやおや、ここになぜか大きな帽子がございますにゃ。  ほれほれどうぞチリンと音を」 そのおどけた雰囲気は笑いを誘い、人々はコインを帽子に放り入れていく。 大きな帽子であったが、たちまちにコインで満杯となった。 「うにゃ〜感謝感激ですにゃ〜  それでは皆様、夜半は最寄の酒場でお会いしましょうにゃ」 気がつけば夕暮れ。太陽が辺りを赤く染めていた。 「あー、オレはもう寝るからな。  部屋は適当に決めといてくれ。んじゃ」 女性達からの抗議の声が聞こえたが、ブレイブは意に介さずに適当に1室を選び ベッドに倒れこんだ。体力は問題ない。疲弊しているのは魔力と精神力だ。 間もなくブレイブはグッスリと深い眠りについた。 いつの間にか目を覚ましていた。時間を確かめる。 部屋のドアを開ける音がして、なにやら荷物を大量にゴトゴトと置く音が部屋に 響く。その音でブレイブは完全に目を覚ました。 疲れが抜けきっていないためか、妙に不快な気分だ。 「ガタガタうるさいぞデッチ!  明日は早いんだから、さっさと寝ろよ。  あんまり騒ぐンなら犯すぞバカ!」 そういえば夕食を食い損なったな、ブレイブははっきりしない頭でそう思った。 「デッチとはハンナ様の事でしょうか。  申し訳ありませんが、あなたと同室になったのは私です」 あまりに意外な返答に、ブレイブの思考は混乱した。 その声が侍女のファンのものであると気づくまでに、やや時間を要した。 「あ…?ああ、侍女さんかよ。  いや、アンタは姫さんと同じ部屋の方がいいンじゃねぇのか。  つーか、デッチはどうしたんだ?」 「私があなたと同じ部屋に居る事が、姫への害悪を排除するのに  最良の手段だと判断した上でのことです」 先ほどまでとはまったく違う、冷酷さを込めた声であった。 「あー、信用されてねぇンだな」 「当然です。国王陛下があなたを登用なさったのは、陛下の愛ゆえの事。  姫もまた、万人を愛する心の持ち主ゆえにあなたを信用なさっているだけ。  それは、わたしがあなたを完全に信用するに足る要素では御座いません」 「それで、いつでも寝首をかけるように同じ部屋ってワケか」 「察しは良いようですね。  ただし、肝心の部分で間違っています。  私の部屋はあくまでも姫と同じ部屋です」 「察しは悪ぃ方だよ。世の中サッパリだ。  特にマオは何を考えてンのか、今でも全然わかんねェ  デッチも付き合いはそれなりに長いけど、良くわかんねェな」 「あの方はまた特別なのでしょう。  不思議な星の下に生まれたご様子です。  あなただってそれに気づいているから傍に置いているのでしょう?」 「何の話だよそりゃ。デッチだろ?」 「…まあいいでしょう。  そもそもあなたは、何故リバランス王国に来たのです。  そして、何ゆえに『氷色の塔』を即座に推測したのですか。  返答次第では、ここで殺します」 冗談ではなかった。 ファンは先端鋭い手甲をブレイブの喉元に突きつけていた。 しかし、ブレイブはニヤつきながら答える。 「あー、いや、元々『氷色の塔』には用事があったンでね。  もっと正確に言えば、『氷色の塔』のさらに奥。  人外魔境もいいとこな、魔州アトエカ=ブイマに用事がある」 煙にまくつもりもあった。魔州を知る人間もそういないからだ。 が、ファンの答えはブレイブを驚かせた。 「随分と底の浅い嘘をおっしゃる。  一介の商人ごときが、魔州アトエカ=ブイマに一体何用でしょうか」 「アトエカ=ブイマを知ってンのか。  思った以上に博学だな。  とりあえず、あんたが何を警戒してンのか理解できた。  オレが魔族と手を結んで、リバランスに手を出そうとしてるって読みだな。  まったくのハズレだが、確かに警戒すべき要素ではある。  でも、さすがに読み違いだ。オレはそこまでバカじゃねェよ。  さて、商人は信用が第一だからな。こっちの情報は全部出すぜ。  これを見てくれ」 ブレイブは枕元に置いた袋の中から、例の『地図』を出した。 光点は輝き、素人目にもわかるほどの魔力を溢れさせていた。 「これは?」 ファンはいぶかしげに地図を凝視していた。 ブレイブは自慢げにそれらの解説を始めた。 「流れの品なンだが、ちょっと面白い事になってる。  コイツは『皆殺しの矢』と呼ばれている古代の武器のありかだ。  今じゃただの骨董品でしか無いけどな。  で、これが『皆殺しの矢』なンだけど、地図の光の色と対応してるだろ?  ここが現在位置で、ほかにも光がポツポツと。  この緑色の光が魔州アトエカ=ブイマにある『矢』だってことだな」 「理屈はわかりますが、疑問も残ります。  私が読んだ本の記述が確かなら、『皆殺しの矢』は骨董品ではありません。  それはれっきとした超古代の破壊兵器であるはずなのです。  一体あなたはそのようなものを手に入れ、何をするおつもりなのです」 「本だッて!リバランス王宮図書館の本か!?  ぃよっしゃ!リバランスに本がある!  これで全部集められるかもしれねぇ!  本のタイトルは?『箱舟の櫂』か?『事象の残滓』か?」 「ええ、まさしくそれらですが…  そんな事も知らずに『矢』を追い求めておいでなのですか。  まさか本当に骨董品として売りに出すつもりだったんでしょうか」 「もちろんだ。オレの職業は商人だからな。  高値で売れる骨董品が大量にあったらスゲェ!って事だ。  リバランス王は買い取ってくれねぇモンかな」 「ふぅ…やれやれ。私が警戒しすぎだったようです。  あなたのようなマヌケな商人が、魔族と手を組めるとも思えません。  王や姫の眼力は実に正確だという事なのでしょうか」 「マヌケは余計だよ。魔族なんぞと手を組む方が余程マヌケだ。  とりあえずこの手甲を引っ込めてくンねぇかな」 その一言で、2人の緊張がほぐれた。 ブレイブはニヤリと笑い、ファンも苦笑しつつ手甲を収める。 「それはそれとして、姫の寝込みを襲おうとしても無駄ですよ。  ましてや私を深夜に襲おうなどというのは論外です。  あなたの愚息があなたと離れ離れになるのは悲しいでしょう?」 「ッたく、やっぱり信用されてねぇンじゃねぇか。  襲わねぇよ。ンなワケねぇだろうが。」 「…そうですか?」 何故か少しだけ寂しそうに言うファン。 そしてブレイブは何故か慌てて意味不明な弁解を始めた。 「あ、いやその、あんたに色気が無いとか、そういう意味じゃねぇからな。  どっちかってーと、ヤリたい部類だ」 「それじゃあ、女性を口説く事にはなりませんよ。  あなたはもう少し女性の気持ちを知る必要がありそうですね。  それでよく商人などという職に就く気になったものです」 「元々は魔法使いだったンだよ…  商人になったのは偶然だったンだ。  あれはいつ頃だったかなぁ」 その頃、ハンナ、エール、マオ、ローラローラの4人は、ローラとエールの部屋 に集まっていた。先ほどからずっと、ハンナの昔話が続いている。 ハンナはトレードマークのターバンは解いて、茶色がかった赤い髪を露出させて いる。ピョコンと飛び出た三角耳が可愛らしい。 「で、ウチがピンチになったところをブレイブの魔法が炸裂してやね。  鎧の化けモンは、あっちゅー間に黒こげになってしもうたんよ」 「それでっ?それでっ?」 「ほう」 「…どんな魔法だったんですか」 「魔法の事はわからんわ。カンニンな。  まあ何やね。ブレイブは魔法は凄いけど、商売はサッパリやね。  ウチがいなかったら今頃、破産しとるに違いないわ」 青銀の眼鏡をグリグリといじりながら、ハンナは好き勝手に話している。 「ところでっ!ハンナはブレイブさんのどこが気に入って付き合いだしたの?」 唐突にエールが跳ね起きて質問した。 王女とは言え年頃の女の子。今はまだ彼女には特定の好きな男性がいるわけでは ないが、色恋ざたに興味が無いワケがないのである。 「む?」 「…えと…お付き合いしているんですか?」 マオとローラローラが怪訝な表情をした。 エールよりもやや長く一緒に旅をしてきた彼女らには、ブレイブとハンナが付き 合っているようには見えなかったからである。 「付き合ってるっちゅーかね。なんやろね。いつも一緒やしね。  居てくれへんかったら困るゆーか、えと、なんや照れるわぁ  ほら、命の恩人やし、意外とあれで優しいんよ。  それにほら、結構可愛い顔してへん?」 耳をヒコヒコと動かしてハンナが力説するが、マオは「どう見ても凶悪なツラに 凶悪な目つきだ」とでも言わんばかりの表情になり、ため息をついた。 「…優しいことは…優しいですよね」 「くぅ〜っ!いいなっいいなっ!  私もステキな恋をしてみてーっ!  決めたっ!私、アウラム奪還したら、恋を探す旅に出るっ  それでハンナさんみたいな運命的な出会いをするのっ」 「…ステキな恋かぁ…」 「エールならきっと見つけられるわ。  でも、今は『お目付け役』がウルサそうやね。  ブレイブ大丈夫やろか」 「そうなのよね。ファンはちょっと気にしすぎなのよねっ」 「…なんかお腹すきませんか?…お夜食でも作りますか。  日中に珍しい香辛料を見つけたので、試してみたかったんです…  …マタタビって書いてあるんですけど…どんな味がするんでしょうね」 「太ってまうなぁ。まあええわ。  ローラちゃんよろしゅうな」 その夜、ローラローラの料理の評判が少しだけ落ちた。 マタタビの味は凶悪すぎたのである。 所詮は、ネコ獣人用の香辛料であった。 次の日の朝、スッキリした顔をしていたのはファンだけであった。 夜のマタタビ料理で心を痛めた4人娘は、やや気迫に欠ける様子である。 「いくぞー」 その掛け声にこたえられる娘はいない。 何だかどうにも陰気なノリで、ブレイブ達は『氷色の塔』に向け出発した。 途中、魔物の襲撃は一度とて無かった。 ブレイブは嫌な予感を隠せなかった。 仮にもかつての魔族の一大拠点である。 今でも目をこらせば瘴気を放つ毒の沼が散在しているような酷い土地柄で、魔物 がいないわけがない。つまり、このあたりの魔物は、片っ端から『氷色の塔』に 集結しているという事になる。 (…戦力、もう少し必要だったかもしんねェなぁ) 塔や迷宮といった狭い場所では、彼の得意魔法である雷属性魔法『轟雷』は危険 すぎて使用できない。ましてや『時業雷(ジゴワット)』など論外である。 よって、魔法の制約がつくのなら白兵戦が主となる。 前衛をマオ、エール、ファンにまかせて、後衛でブレイブとローラローラが支援 するという形となる。ここでも問題がある。彼の冒険団には致命的欠陥がある。 回復役がほとんど居ないという点である。 ありったけの回復薬をハンナに持たせたが、それを使い切ったらアウトである。 可能ならば、前衛の戦士をあと3人ほど連れてきたかったというのが本音だ。 (…だからってガチムチ団に来られても困るんだけどな) 地図とポロト村の人の話が正しければ、あと少しで氷色の塔』に到着する。 それくらいの距離にまで差し掛かった時である。 「あれ見てっ!誰かが魔物に襲われてるっ!」 最初にそれを発見したのはエールだった。 塔の入り口付近、旅人らしき軽装をした人物が、大量の空を飛ぶ魔物に襲われて いた。巨大なカラスのような魔物である。群れで旅人を小突きまわしていた。 散々いたぶったあとで喰らうつもりなのだろう。 「ヤバいな。ありゃ『夜多烏(ヤタガラス)』の群れだ。  あんな風に大騒ぎしてちゃ、むしろ逆効果だぜ」 「何でやの?」 「悲鳴をあげたりすると、本能でそれを弱者とみなして攻撃してくるンだ」 「…多い…まるで空が覆われているみたいです…どうしましょう」 「助けるさ。もし失敗したら、白兵戦で救出に行く。マオ、頼む。  あとナキムシ。こないだと一緒だ。『大火球』の詠唱準備しとけよ」 そう言うとブレイブは、右腕の竜鱗の篭手に魔力を集中させはじめた。 「起動!雷精霊召喚」 篭手の鱗の隙間から、青白い竜のような光がバチバチと音を立ててあふれ出す。 「次!魔法陣展開!雷魔法上位公式の二!」 青白い竜はその声に呼応し、空中に複雑な文様を描き出す。 「最後!上位魔法発動!翼持つものを捕らえ掠めよ!縛雷網〈ウェボルト〉!」 ブレイブがそう唱えると同時に、地上から巨大な稲妻が上空に昇っていった。 そこから幾条もの電撃の帯が、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていく。 その蜘蛛の巣は、またたく間に『氷色の塔』の入り口付近を縦横無尽にくまなく 覆いつくした。多数の夜多烏が網の目に捉えられる。 流れる電流は粘着性を持ち、夜多烏はたちまち絡まりながら感電死していく。 「あー、5匹残ったか。あとは頼んだ。  …これはちょっと大魔法すぎた」 グラリと体制を崩すブレイブ。一度に魔力を使いすぎたのだ。 「…『大火球』!」 間髪を入れず、ローラローラが火球の魔法を魔物に放つ。 距離は遠かったが、火球は2匹の魔物を巻き込んだ。 それに乗じて、マオ、エール、ファンの3人が魔物目掛けて走っていった。 マオは一瞬で夜多烏を撲殺した。 「姫様。対空の型を」 「わかってるよっ」 エールとファンは、天にかざして敵に切りつけた。 夜多烏も最後のちからを振り絞って、その鋭いクチバシと爪で攻撃してくる。 が、二人の剣技によって攻撃はいなされ、少しづつ剣で切り刻まれていく。 「とどめっ!」 エールの5撃目が夜多烏の頭部に直撃し、それによって絶命する。 ほぼ同時に、ファンが残り1匹の首を跳ね飛ばした。 「ふわぁ、みんな強いわぁ  ブレイブ、こんなトコでへばってる場合やないで。  そのうち出番が無くなるんとちゃうの?」 「勝てばいいンだよ、勝てば。  つーか、本来は戦う必要すらねェんだ。  金が儲かれば、それで十分なんだからな」 「はいはい。それじゃ、みんなのところに行くで。  荷物くらいは持ったるわ」 旅人は酷く傷ついていたが、ハンナの持っていた傷薬で治療できそうだった。 その薬を塗るときに一同は、ほんの少しだけ驚いた。 旅人はポーニャンド人、つまり獣人だったからである。 「うう…申し訳にゃい…  私はニャルグランド=ニャンスというものです。  訳あってこの塔に乗り込もうとしたのですが、  あまりの大量の魔物に動転してしまい、このザマですにゃ」 「命が助かったから十分だろうよ。  ところで、アンタはこの塔の事を少しは知っているのか?」 「え、ええ。かつて調査に来たこともあります。  まさか、あなた達もこの塔に?  危険ですよ。今はこの塔には魔族が居座っているのですにゃ  大魔王シスという、そりゃ恐ろしいヤツが」 「ああ、知ってるよ。  つーか、調査に来てんなら話は早い。助けた恩を返して欲しいんだ。  塔の中の道案内してくんねぇかな?  オレら、その大魔王シスに用事があんだよ」 旅人はしばし唖然とした顔をしていたが、やがて表情を変えた。 「わかりましたにゃ。お任せ下さい。  必ずやアナタ達を大魔王シスのところまで案内いたしますにゃ」 第5話に続く <登場人物>     魔道商人ブレイブ 〜本名は不明。男性。年齢は20代半ばくらい。かつては悪夢の雷嵐公とも呼ばれた程の               魔道高位者だが、職業は商人。モチリップ市の町外れで嫌々ながら中古品販売をしている。   ハンナ・ドッチモーデ 〜田舎から丁稚奉公に出たはいいが、あまりの商才の無さに放逐されてしまい、               冒険の旅にでたら魔道商人に拾われた19歳の女性。多分ブレイブが好き。     マオ・ルーホァン 〜武闘家。通称『殴り姫』酷く口下手で、話したり考えたりするより、殴る事を最優先する女の子。         ナキムシ 〜本名ローラローラ。14歳の泣き虫魔女。 地味目のローブに押し込まれたオッパイは一級品。               火属性と水属性の魔法がそれなりに使えるので、炊事当番が多い。 エール=バゥ=リバランス 〜リバランス王女。10人中10人が讃える美貌と並大抵の剣士に劣らぬ剣技を持ち、大胆不適な人柄    ファン=ベル=メル 〜リバランス王家に使える侍女。文武両道才色兼備と侍女にしておくには勿体ない人物 ニャルグランド=ニャンス 〜猫人の冒険者、というのは仮の姿でポーニャンド王国重装猫騎士団の元・団長  ニャハト=ミャヨニャカ 〜ポーニャンド出身の黒猫シーフ。一切の音を発生させない 「鳴らず者」という特殊スキルを有する        シス=コン 〜大魔王。最初はただの魔術師だったが、妹の死によって発狂し、世界中を混乱の渦へと叩き落した