12月24日 世間は俗に言う“クリスマス・イブ”を迎えた。 授業が終わって外に出てみればサンタの恰好したオッサンにそこら中をくっついて歩くカップルばかりだ。 出掛けては見たものの、いつもよりも賑わう人の多さに嫌気がさしてさっさと寮の辺りまで帰ってきてしまった。 ……暇である。 「…あー、アイツらとの約束何時からだっけな…」 そう、“俺”こと“三条凛”とて予定がない訳じゃあない。 といっても、学園の男子寮のムサい男たちとの独り者パーティーである。 ……女子は女子で似たような事をやってるはずなのに、この敗北感はなんだろうな。 まぁそれは良い。 どちらにせよ約束までに暇な事に変わりはなく、また街に出るほどの用事も気力もないというのが重要なのだ。 無造作にポケットからケータイを取り出して電話帳を開く。 『どうせ暇だろコイツら』と思う名前の羅列を眺めながらも、通話ボタンを押そうとは思わなかった。 俺はケータイをポケットに押し込みながらボンヤリとコンビニにでも行こうかと考えた。 その次の瞬間。 「さぁんじょー先輩〜♪」 「げふぉっ!」 後ろから聞こえた声が一瞬で耳元まで移動した。 首へのすさまじい衝撃とともに。 「おまっ…!この前の初等部のガキか!」 後ろに手を回し、声の主の首根っこを鷲掴みにする。 その正体は予想通りだった。 「うちガキちゃうよっ。筒塚珊瑚ゆう名前あるもん」 俺の目の前にぶら下げられながらもガキ…珊瑚と名乗った後輩(?)は気丈に頬を膨らませて答えた。 ……個人的にはコートの内側の背中におぶられたトカゲの威圧感の方が気になる。 「……あー、それで、初等部のツツヅカサンが高等部の俺に何の用だ」 「今日クリスマスやけど先輩どうせ暇やろ?せやから後輩のうちが一肌脱いであげよー思うて」 「は?」 「だーかーらぁー!……いっ…、一緒にクリスマス過ごしたいなぁ…って」 ……最近のガキは進んでるって聞いてたけどな。 俺も捨てたモンじゃない。まさかこんな小さなお姫様からクリスマスのお誘いがあるとは思わなかった。 最後の方は声が小さくなっていってほとんど聞き取れなかったが、聞き間違えてはいないだろう。 返事を待ってるのか、筒塚は俯いたまま耳まで赤くしている。 勢いに任せたようだが相当の勇気を振り絞ったんだろうな…。 が。 あいにく俺にロリコンの気はない。 だってどう見たって初等部よ?どう見積もって3,4年生よ? 犯罪じゃねぇか。 年の差が許されるのは大人になってからだろ。 第一先約(男ばっかだが)がある。こんな所を知りあいに見つかっても何言われるか…。 「悪ぃけど先約があるしな…ほら、約束は先にした方が有効だろ?」 「……約束って…彼女…?」 筒塚がわずかに顔を上げてこっちを見――ちょっ、泣きかけてね? いや、そうだ。まず誤解を解こう。うん。 「い、いや。男連中ばっかなんだけどな、夜になってから男だけで騒ごうっつってて…。  あ、あぁ、そうだっ。何ならお前も来るか?赤星あたりは喜ぶかも――」 「――イヤやっ」 途中まで言いかけた処で妙にハッキリとした口調で拒絶された。 予想外の反応に呆気にとられ、思わず筒塚を見たまま動けなくなる。 筒塚はまた少し顔を上げるが、俺から少し視線を外した場所を、拗ねたように睨みながら呟いた。 「…………先輩と二人じゃないと…イヤや…」 「――ッ」 自分の顔が赤くなったのがわかった。……あっちぃ。 子どもとはいえここまで真っ直ぐに感情をぶつけられると…流石に、照れる…っつーか。 落ち着け俺。不意打ちをくらっただけだ。 ……とはいえ、ここまで言ってくれた筒塚を置いていくのは男としてどうか。 っていうか今男連中の事が一瞬どうでも良くなってしまった。許せ。 俺は一歩前に歩み寄り筒塚の前にしゃがみこんだ。目線はこれで並ぶくらい。小さいモンだ。 筒塚は動かない。エメラルドグリーンの瞳に涙を溜めたまま、拗ねたような顔をしている。 右手を軽く筒塚の頭に乗せる。 ビクリと体を震わせたあと、大きな瞳がゆっくりとこっちに向いた。 ……可愛いんだろうな。髪サラサラだし。同学年に居たら惚れてたかもなぁ。 とりあえず、出来るだけ表情が硬くならないのを意識しながら話しかける。 (高山辺りにはいつも『リンリン顔怖いからなー』とか言われてたし。) 「さっきも言ったけど先約あんだ。悪いな、筒塚」 「…………」 「――でもまぁ、それまで時間空いててな。それまでで良けりゃ、俺と遊んでやってくれねぇか」 「ッ、ホンマ!?」 「ホンマホンマ」 やべっ、うつった。 「せんぱぁーい♪」 「うごふっ!」 本日二度目の首アタック。 今度は真正面から…。飛びついてきた拍子に回してきた腕が喉仏に直撃した…! 思いっきりむせそうになったが、こうくっつかれた状態でむせるのも…。 なんて思ってると今度は勢いよく離れて俺の腕を引っ張った。 「ほなはよ行こっ!はよせんと時間もったいないっ」 「あ゛、あぁ……。げほっ、どこ行くか…」 「どこでもええよ!ほら、先輩手ぇ繋ご〜」 「手ぇっ!?」 「せや、“恋人同士”は手ぇ繋ぐもんや。腕組むのはちょいツラいし」 おいおい、流石に…。 ……いや待てよ、こんだけ離れてりゃ普通に兄妹にしか見えねぇんじゃねぇか? 似てないっちゃ似てないが。むしろ全然似てないが。まぁどっちにしろここまで喜ばせといて引くのもアレだしな。 ここは男として腹を括―― 「何しとん?はよ行こっ」 「あっ、おい!」 考えているうちに筒塚にさっきよりも強く引っ張られて体勢を崩しそうになる。 筒塚は前とこっちを交互に見ながら、既に楽しそうに笑っていた。 ……つられて少しだけ頬が緩んでたのがわかる。 自分で言うのもなんだが、その。微笑ましいんじゃないか。 そんなこんなで、トカゲを背負った小さなお姫様に連れられて、俺は二度目の街に繰り出した。 某ゲームセンター 「今や!コ○ニー落とし!」 「ちょっ、お前そこ俺が居……アッ―!」 「おい見ろよ、DDRのスコアが更新されてるぞ」 「スゲェ、誰だこの『TDS』って」 「楽勝や♪」 「…………(筒塚珊瑚でTDSか…)」 「あ、見て先輩!あのぬいぐるみ可愛ぇなぁ」 「あ?……あの出来そこないの犬みたいなのか?何か邪な意思を感じる」 「えー、可愛いやん」 「取れなくもなさそうだな。うし、見てろ」 「……あ、先輩行き過ぎやって!戻って、戻って!」 「戻れるか!こうやって位置変えてんだよ!」 「……お、おぉ……おぉ〜〜っ」 「ッしゃ!どんなもんだ!」 なんだかんだで満喫してしまった…。 遊び始めてしまえば切っ掛けも他人の目も些細なもので。 ……若干一部からの視線が痛かった気がするが。 「〜♪」 行くあてもなく立ち寄ってみたゲーセンだったが、筒塚の方も楽しんだようだ。 ぬいぐるみを抱えてご満悦の表情だ。背中のトカゲも合わせてぬいぐるみサンド状態だが。 しかし…。 「もっと可愛げのあるヤツあったんじゃねぇのか?他にも取れそうなのはあったぞ」 「……先輩わかってへんなぁ、コレでええねん♪」 何が可笑しいのか、筒塚は一層大事そうにぬいぐるみを抱くと微笑んだ。 まぁ、嬉しそうにしてるなら問題はない、か? とりあえずまだ時間はある。筒塚もまだまだ元気そうだ。 「筒塚、まだ時間あるけどどっか行きたいトコでも――」 「―――」 そこまで言いかけて筒塚の方を見る。 するとさっきまでの表情が一変、筒塚は表情を暗くして黙り込んでしまった。 …このパターンは見覚えがっつーか、ついさっきもやったっつーか…。 どっかでマズい事言ったか…!? しかしここで下手な事を言えば余計に…どうする俺…。 「あれ?珍しい組み合わせ」 不意に後ろから声をかけられて振り向いた。 その先に居たのは金髪を左右で止めたツインテールの美少…女? 見覚えがある。そう初等部で有名な女装趣味の変態ガキ…。 「渡良瀬……だっけか」 「そうそう、よく知ってますね三条凛先輩?」 お互い様だろう。というか俺はコイツと違って有名になった覚えはない。 「あれ、五月やん…。何してるん?」 「ん。芽衣と待ち合わせしてるんだけど来なくてねー。  そういうオフタリさんはデート中かなー?んー?」 「――――」 「………あー…」 黙り込む筒塚に思わず俺も唸るだけで返す。 こいつの登場で少しは場が軽くなるかと思ったが甘かったようだ。 「ありゃりゃ、ケンカ中かなー?……しょうがないなぁ、どうせ先輩が原因だろうけど」 お前はひょっとして見てたんじゃないのか。 だったら何が悪かったか教えてほしい。マジで。 「よし。サンゴちゃーん、ちょっとこっちおいでー、おねえさんがいいものあげるよ」 「五月は“お兄”やん…」 「ハッハッハ、襲っちゃうぞこんがきゃー。まぁ、はい、これ」 「何なん?…………ッ!」 渡良瀬に歩み寄った筒塚が何かを手渡された。と、同時に“ボン”と音を立ててその場で固まってしまう。 それを満足げに見届けた渡良瀬がこちらに近づいてくる。 俺の脇を通り過ぎようとした時に、俺にも手を出してきた。 「じゃ、先輩頑張って♪」 「あ?あぁ…」 訳もわからず返事をして、何かを手渡された。 渡良瀬は軽い足取りでスルリと通り過ぎていくと、人ごみに消えていった。 結局アイツ何よこしたんだ…。 掌に収まる何かをゆっくりと開いてみる。 「………は?」 俺の手にはあいつから手渡された“かぞくけいかく”が握られていた。 っていうか、ぶっちゃけコンドーム。 アイツ何でこんなもん持ってんだ…っていうか何考えてんだ! 言い表せない感情に思わずソレを握りつぶす。 そういえば筒塚も何か渡されてたな。どうもそれを見たまま動かないようだが。 この様子だとロクなもんじゃないだろう。 「おい筒塚」 「―――!!」 俺の声に大きく肩…訂正、飛び上がらんばかりに体を震わせる筒塚。 「…お前、何渡された?」 「…………。これ」 紙切れ? 俺は筒塚からそれを受け取ると目を通す。 『ラブホテル“LoveMagi” クリスマス割引券 同性同士でもお気軽に!美少年はさらに店長割引』 アイツ警察に突き出した方が良いんじゃないか。 「………」 思わず顔をヒクつかせる俺を下から筒塚が見上げていた。 目線が重なると顔を真っ赤にして視線をそらす。…まぁ当然だわな。 今度あったら渡良瀬はぶっ飛ばそう。そう思いながら優待券を破こうとした時―― 「先輩!」 筒塚が素っ頓狂な声を上げた。 突然の大声に俺の動きが止まる。というか、ここら一帯の動きが止まった。 街中の注目を集めている事に気づいていないのか、筒塚はさらに声を張り上げた。 「ホテル行こぉっ!!」 …街中が動き出した。主に不審者を見る目つきで。 代わりに俺は白くなった。 「おまっ…!意味わかって言ってんのか!?」 「っ、わかっとるよ!せやから…!」 釣られて大声を上げる俺に、周囲の目は一層好奇と不審の色に変わる。 とりあえずここはマズい…! 「あーもう!とりあえずあっちだ!離れるぞ!」 「あっ……」 俺は筒塚の腕を多少強引に引っ張ってその場を離れようとした。 筒塚の抗議の声も聞こえたが、とりあえず場所を変えなければ話にならん…! そして選んだのがここ。クリスマスセール中のデパートの屋上。 セールの間だけライトアップされるツリーがあるにも関わらず人影はまばら。 目に入るのは100円で揺れるだけの詐欺メカと物好きなカップルくらい。 何せほら。寒い。 「…………」 ベンチに腰かけてから早10分。 筒塚は相変わらずこの調子。寒いのかマフラーをしっかりと巻き直している。 しかし人が少ないのは好都合ではあった。 「……もう大丈夫か?」 「……ん」 短く返事だけ返される。…会話が続かないがここで折れる訳にもいかない。 「さっきのはどうしたんだ…」 「…………」 返事はない。 しかしそれなら待つだけだ。 やがて筒塚は辛うじて聞き取れる程度の声量で呟いた。 「…だって。名字やもん」 「……は?」 「うちは“珊瑚”や。筒塚は…うちの事とちゃうもん」 そういえば、一度も下の名前では呼んでいない。 ……というか、まさか。 「さっき機嫌悪そうにしてたのはひょっとしてそれか…!?」 「だって普通、彼女の事名字で呼んだりせぇへんよ!  せやから…ほ、ホテ、ル…行ったら……」 頭が痛い…。というか、彼女ときたか。 上記したが俺はロリコンではない。 「……あのな。俺は、断じてロリコンじゃねぇし、お前はまだ子どもだ。  そういうのはもっと大きくなってから、そんときに好きなヤツと――」 「知っとるよ!!」 またも言葉が遮られる。しかし俺は言葉を続けられない。…声には涙が含まれていた。 屋上のカップルたちが迷惑そうな視線でこちらを見てくる。 しかし俺が睨みつけるとカップルたちはそそくさと視線を外した。…目つきが悪いのも役に立つもんだ。 筒塚は知ってか知らずか、俺が目線を戻してから続けた。 「――知っとるよ、うちが子どもなのも、先輩が興味ないのも。  ……でも見とって欲しいやん。好きな人には見とってほしいやん…!」 最後の方は言葉ごと涙でぐしゃぐしゃだった。 そうだ、一緒に遊びに行くのを決めた時もこいつは言葉で俺にぶつかった来た。 それはどれほどの勇気だったんだろう。 「“珊瑚”」 「……!」 名前を呼ぶ。“珊瑚”は泣きながら俺を見つめてくる。 「さっきロリコンじゃねぇっつったけどな。……別に、お前が嫌いな訳じゃねぇよ。  今日だって楽しかったしな。でもお前はまだ小さいから――」 「やから、うち……!」 「聞けって。…まださ、山ほど時間があるんだ、俺もお前も。  だから別に今じゃなくて良いじゃねぇか。ゆっくり行こうぜ」 「ゆっくり…?」 「おぉ。別に俺は逃げやしねぇよ。むしろ、お前が大きくなって良い女になったら俺から誘うぜ?」 「……ホンマ?」 「ホンマホンマ」 言いながら俺は珊瑚の涙を拭った。 …とはいえ、マンガみたいに指で拭うなんて意識したら恥ずかしいので、コブシで強引に。 「んぅ〜…」 抗議の声が聞こえるが無視してやった。 これは俺の照れ隠しも兼ねているのだから遠慮してやる必要はないのだ。 風が吹いてきた。 季節は12月。これ以上こんな所に居たら本格的に風邪を引くだろう。 「……時間もそろそろだな。珊瑚、そろそろ帰るぞ」 「な、なぁ。り…凛、先輩?」 「おぉ?」 「ホンマに……大きくなったら、誘いに来てくれる?」 「……あぁ。きっと悪いドラゴンが攫いに行くぜ」 「……先輩…!」 珊瑚は瞳を輝かせる。 ……正直、今のセリフを友人に聞かれていたのなら、俺は今すぐここから飛び降りる自信がある。 雰囲気ってスゲェ。 「凛先輩…」 珊瑚がゆっくりとこちらにすり寄ってくる。 結構な時間をここで過ごしたし、流石に寒かっただろうか。 なんて思っていると、珊瑚がこちらに顔を向け、瞳を閉じた。 「ん………」 「………ん?」     ・    ・    ・ 「何考えてんだこのマセガキャー!」 「ええやんちょっとくらいー!先行投資やって!んー!」 「んー!じゃねぇえええ!いいか!この際ハッキリ言っとくぞ!」 「俺はロリコンじゃねぇええええぇぇぇぇ………!」 “俺”こと三条凛の魂の叫びは、12月の寒空に消えていった…。