あれから三年経った。 私、“筒塚珊瑚”は中等部に進学。 初等部にいた頃よりも任務として活動する事が多くなった。 といっても、中等部に回ってくる任務なんて高等部の後方支援とか、そんな程度。 かくいううちも、戦闘後の行方不明者捜索とか、負傷者の救出とか。 玩具を操作する事で“目”を増やせるから、色々探せるのだ。 捜しあてるのが、いつも“人”とは限らんけど。 中等部に上がって変わったのなんて、『そういうモノ』を見る機会が増えた。それくらい。 ……あ。代わりに凛先輩に会う機会が激減した。 中等部に上がれば、少しは近くになるかと思ったのに。 高等部を卒業したあの人はずっとネクストと戦っている。 会う事と言えば、たまの休日に押し掛けて強引に一緒に居るくらいで。 …迷惑というのも考えるけど、そんなものより会いたいと思ってしまう。 「しょうがないやん、うん」 「…独り言ですか?」 「うわっ!……なんや、祐介か」 「ひどいなぁ…」 同学年の“郷祐介”が話し掛けてきた。 何やら無意識に呟いとったみたいで。失態。……まぁ、祐介なら別に良いか。(どうでも) 「その様子だと先輩の事みたいだね」 「な、なんやっ…ええやろ、別に…」 「悪いとは言ってないよ」 そういって祐介は人懐っこい笑みを見せる。 …こう、人に言われるのは苦手。 女の子の友達と『コイバナ』を話してても、先輩との事をからかわれると黙り込んでしまう。 ……恥ずかしいやん。 “あの人”と居るとき、話してる時。 どんな事を言っても、あの人は真正面から受けて、考えてくれた。 だから、あの人にはどんな事でも言える。 できる。 ああ。会いたいなぁ。 「大丈夫ですよ、そのうちまた休みに会えますって」 「……うち、また出てた?」 「えぇ。顔に」 トカちゃんぶっ放したろか。 ポケットに伸びた右腕を理性で抑え込み、うちはそっぽを向いた。 からかわれている場合ではない。 実を言えば、先輩がもうすぐ休みが出るのを知っている。 何より、珍しく、物凄く、果てしなく珍しくその日は先輩からお誘いがあったのだ。 今の任務が終わって帰ってくれば、先輩にまた会える。 何着て行こ。 『中等部救助班、中等部救助班、至急出動用意せよ』 乙女の思考に割って入るように、いつもの出動要請がかかる。 年季の入ったマイクから聞き慣れた先生の声が聞こえる。 救助班。私の班だ。 あぁ、もうすぐ先輩帰ってくるのに。行き違いにならへんかったらええけど。 恨むで神様。 私はやる気の入らない身に渇を入れるように、両腕で体を起して席を立ちあがった。 『場所は都内○○市、ネクストとの交戦により、第2特攻殲滅隊が壊滅状態。至急救助に――』 私の腕が止まる。 聞き覚えがある。 だって。 腕が、体が震える。 頭が真っ白になって、崩れ落ちそうになる。 だって。 「……筒塚さん、ひょっとして、今の部隊名、って…」 祐介が何か言っている。 その続きを私は知っている。わかってる。 でも、“違う”。違う、違う、違―― 「―――三条先輩の部隊じゃなかった?―――」 祐介の言葉で我に返る。 いや、むしろ逆だったのかもしれない。 私は自分の椅子を蹴飛ばして教室を飛び出した。 怨むで、神様。 ○○市 いつも通りの景色だった。 人が住んでいたと思えない“ソコ”は、家が瓦礫になり、地面が灼けている。 嗅ぎ慣れた、ナニかの焼ける臭い。 『―――、――――――。―――ッ、〜〜〜!』 引率の先生が何か私たちに向かって指令を飛ばしている。 耳には入っているが、頭には届いていない。 どうせやる事は一緒。ならいつもの仕事をするだけ。 私の玩具たちが瓦礫を撤去していく。 機械的に仕事をこなしていく私の玩具たち。 私は、何も考えられなかった。 ――ピピーッ 不意に耳に届いた笛の音に、心臓が口から飛び出しそうになった。 この笛は玩具に与えている指令。『発見』の意味。 私は音がする方に駆け出した。 こんな事をする意味なんてない。だって、玩具の目から“ナニ”を見つけたかなんてわかるんだから。 それでも、私は頭の中で否定を繰り返しながら足を進めた。 音のする場所に駆け付ける。 結果として、それは私の考えているものではなかった。 「……こちら、筒塚珊瑚。63-20にて遺体を確認しました、どーぞ」 私はレシーバーに向かって安堵とも焦燥とも苛立ちともつかない声で伝える。 すぐにレシーバーから回収班が向かうとの連絡が返ってくる。 そうだ。違うにきまってる。 彼がこんな所に居るはずはない。 だって、あの人はもうすぐ帰って、一緒に。 ――ピピーッ 二度目の笛が鳴る。すぐ近く。 でも焦る事なんてない。だってあの人は、ここには居ない。 私は発見した玩具の目を使って、発見した“モノ”を報告しようとレシーバーを口元にあてて玩具と同調して 私はすぐに、自分の愚行を後悔した。 「先輩!先輩!」 瓦礫をどけていく。全ての玩具をここに集めた。 任務などもう頭のどこにも残っていない。 玩具だけに任せてはいられず、私は瓦礫の山に飛びついた。 持ち上げられなどしない。それでも精一杯の力を込めて、瓦礫をどかしていく。 「せんぱ、っい…!はぁっ…!」 自分の玩具の倍以上の時間をかけて、ようやく一つ。 掌は、欠けたコンクリートが食いこんで血が滲んでいた。 それでも構ってなどいられない。 やがて半分以上の瓦礫を避け、先輩の。“三条凛”の上半身が自由になった。 私は飛びつき、先輩の首元に指をあてる。 「………っ、生きとる…!」 微かに、それでもちゃんと脈がある。胸も動いている。 私は玩具に指令を送る。玩具はさらに瓦礫の撤去を続けた。 「こちら筒塚珊瑚!生存者発見!場所は64-22……はよぉ来て!!」 レシーバーに向かって怒鳴りつけたあと、すぐにそれを放り投げた。 私は血塗れの先輩を抱き抱えると、揺さぶりながら叫び続けた。 「先輩!先輩っ!!しっかりして!うちの事わかるかっ!?」 「――――……ぁ、っ…。……あー…珊瑚、か…?」 「…っ、先輩…!?」 しゃべった。いつもの調子で、うちを呼んどる。 途端に我慢していたものが吹き零れ、瞳から落ちていくのがわかった。 「あー、頭がガンガンする……。お前がこんなトコ居るから天国かと思ったじゃねぇか…」 「勝手にうちまで殺さんといてよ、バカっ……」 「“まで”って、お前も俺殺してんじゃねぇか…」 そういって、先輩は苦しげに笑ってみせた。 そんな強がりが可笑しくて、私もつられる。 きっと、今泣きながら笑ってる。おかしな顔をしてる。 でもこの人だから、見られても、かまわへん。 「……お前、いっつも泣いてねぇか…。ほら、動く、なよ…」 先輩は弱弱しく腕を上げると、うちの顔の涙を乱暴に拭った。 前みたいに、コブシでぐしぐしとうちの頬を擦りつける。……でも、ほとんど力なんて入ってなかった。 「……あ?あれ、なんか余計汚れんな…お前ケガしてんのか…?」 不思議そうに私を見つめる。 その瞳は霞んでいて、私が映っているかどうかさえわからない。 不思議な事なんて何もない。 先輩が血塗れで。その血がうちについただけ。 そして。もうそれが先輩にわからない。 それだけ。 先輩が楽になるように、体勢を変えた。 膝枕。こんな時でなかったら、もっと何かちゃうのかもしれん。 「――先輩、もうすぐ救護の人来るから、待っといてな…」 「あぁ…。こりゃあ、休暇はベッドの上だな…」 「そんなんアカンよ、折角先輩から誘ってくれたんや…。行きたいとこ、いっぱいあってん…」 「はは…怪我人連れ回す気かよ…」 「容赦せんよ?水族館の割引券もろてん。新しく出来たレストランにも行きたいし、それからな…」 「今から眩暈がするな…。っつっても今もしてるけどよ」 「あはは……」 わかっとる。 そんなん無理やって。 だって、もう。 長くない。 「あーわかったわかった、連れてってやるよ…。だから、ちょっと、寝かせ――」 「――アカン、絶対アカンっ…!」 我慢が出来へん。 涙が止まらへん。 全部、落ちてまう。 「……珊瑚…」 「約束したやん…!今度一緒に遊ぼうて……!  大きなったら……さらってくれるて……っ」 「――――」 視界が全部滲んだ。 先輩が目の前でぐにゃぐにゃになってる。のに。困った顔をしとるのがわかる。 涙もなんも止められへんかった。 「……ウソツキや、うそつき、うそつき…!」 もっと言いたいことがあるのに。 何を言うとるのか自分でもわからんかった。 あぁ、アホや。うちはアホや。 「――珊瑚、ちょっと、こっち、来い」 もう来とるよ。こんな近いやん。これ以上、どないせぇいうの。 もう何もわからんくて、余計に泣いた。 嫌や。嫌や、嫌や。 このままお別れなんて、絶対に嫌や…! 「珊瑚、いいからこっち来いって…」 「……無理、やって。泣いとるもん…見られとぉないもん…」 「…っ、いいから来い、このバカ…!」 弱々しい怒鳴り声。 でも、どこにそんな元気があったのか。 先輩はうちの襟首をつかむと力いっぱい引き寄せてきた。 「――――――」 「…!?………あっ…え…?」 時間が止まった気がした。 ゆっくりと体を起こして、自分の唇を撫でる。 指には血がついていた。当然、自分のものじゃない。 ……血の味がする。 「……お前は、ホンットにガラでもねぇ事させるな…」 先輩のバツの悪そうなぼやきが聞こえる。 ―ボン 頭の中で何が起ったか理解した瞬間、何かが爆発した。 き、ききキキ……キスされたん…? 「せ、せせせ、先輩?」 声が裏返る。 先輩は少し血の気の戻ったような顔で、うちには照れているように見えた。 「――嘘なんかついてねぇだろ」 「え?」 「お前が大きくなったから俺から誘ったんだ。……良い女になった、ぜ?」 「あ……」 『別に俺は逃げやしねぇよ。むしろ、お前が大きくなって良い女になったら俺から誘うぜ?』 ずっと昔のクリスマス。 泣いて駄々をこねるだけの子どもをなだめるため。それだけの約束。 この人は、それを叶えてくれた。 「大体、な。お前はもう少し男心っつーもんも考えろ。  ずーっと好き好き言ってくっついてくるヤツと一緒に居て3年我慢したぞ、俺は。  ……良いか。一回しか言わねぇからな。  俺はロリコンじゃねぇ。…お前が子どもなのがいけねぇんだ」 「――先輩、それって」 「……あー、もう良いだろ。しゃべって疲れた。今度こそ寝るぞ俺は」 うちが何を言おうとしたのか察したのか、先輩は恥ずかしそうに目を瞑った。 膝の上で、徐々に先輩の呼吸が遠くなっていく。 言い忘れたかのように、少しだけ先輩の口が動いた。 「今度の休みは、お前の…行きたいとこだ…、良いか…絶対行くからな…」 「――うん、楽しみにしとるよ」 「ちゃんと空けとけよ…。……あー、救護が来たら、起こして、くれよ…。  流石に…こんな姿見られたら、ハズいから、な…」 「ふふっ……いやや、自分で起きぃ…」 「――ったく、意地の悪いガキだな…」 そう言って、先輩はゆっくりと眠りについていった。 「待っとるよ…。おやすみ、先輩…」 私は指で先輩の顔を拭っていく。 抵抗はない。こんなに温かい。 私はゆっくり空を仰いだ。 天気は曇り。 ところにより、雨。 ・ ・ ・ 「と、いう夢を見たんよ」 「え?何俺死ぬの?」 先輩が怪訝な顔で腕にひっつくうちを見下ろしてくる。 「知らんーそこで目ぇ覚めてもうてん」 「それでお前朝イチで電話してきたのかよ…んな事で…」 「えー、だって心配するやん」 「というか俺はお前にツッコミを入れたい。  俺を出すな。殺すな。言わすな」 ツッコミと同時にうちのデコにリズムよくデコピンが入る。 「いったぁー!うちのせいじゃないもんー!」 「じゃあ誰のせいだよ。っつーか勝手に手を出させるな。ロリコンじゃねぇっつーの」 「わかっとるよー、うちが子どもなのがアカンねん!  せやから最近牛乳いっぱい飲んどってなー」 「知らねぇよ…っつーかさ…」 「ん?何?」 「………いや、良い」 先輩は一層不機嫌そうにうちの前を歩き始めた。 うちはそれが可笑しくて、先輩の後ろをついて歩く。 (最後の方の俺のセリフほとんど告白じゃねぇか…。男心を考えろ辺りは同意するが。  ………よく3年も我慢したな俺) (……とかどうせそんな事考えとるんやろなー。先輩可愛ぇなぁ。  でもな先輩、うち一つだけ言うてへんねん) 夢から目ぇ覚めたとき。 うち、泣いとってん。 でも、絶対に教えたらんよ。 「先輩、今日どこ連れてってくれるん?」