―土曜日・PG男子寮・午後11時 「おかしい。絶対におかしい」 相部屋の赤星がベッドの上で握りこぶしを作ってこちらを見ている。 こいつの奇行はいつもの事なので無視する事にした。 椅子に深く腰掛けて雑誌に視線を戻す。 「お前だよ!お前の事だよ!お前しかいないよリンリン!」 「うっせーリンリン言うな」 わめき散らす赤星を無視してページをめくる。……あぁ、このジャケットは良いな。 「三条さー、最近初等部4年の筒塚珊瑚ちゃんとしょっちゅう一緒に居るんだろー。  何で進展してないの?あんな可愛い子に迫られて一緒に居て何で襲わないの!?おかしいよお前!」 「ロリコンのお前と一緒にすンな。……っつーか赤星、アイツ知ってんのか?」 「初等部に俺の知らない子は居ない!暇さえあれば顔出してるしな!」 何で捕まらないんだろうコイツ。 赤星はベッドに腰かけてくつろぎながら話しかけてきた。 「実際さ、どうなのよお前。あの子の事好きなの?」 「―――バカ言うな。ガキの気まぐれに付き合ってるだけだ。  よくあんだろ。大人に憧れたり、ヒーローに憧れたり。その対象が俺になってるだけだ。  あいつが飽きたら俺が解放されてオシマイ。…そんだけだ」 そう。それだけの事だ。 なのに赤星は興味津津だった表情を一変させて、俺を見る目が明らかに変わった。 「あぁ〜…。なるほどな、よくわかった」 「お前、自惚れてるだけだわ」 聞き慣れない声が聞こえた。 「……あ゛?」 思わず本を閉じて赤星を睨む。そんな俺を見慣れてるのか赤星は微動だにしない。 それどころか見下したような目で、聞いてもいない続きを話し始める。 「っつーかお前わかってて言ってるだろ?そんなんであそこまで出来るほどバカな子じゃないよ。  子どもってのは感情表すのがヘタクソで、真っ直ぐなんだ。  お前は珊瑚ちゃんの気持ちに浸って優越感感じてるだけだろ?」 気付けば椅子を跳ね飛ばして赤星に詰め寄っていた。 襟首を捕まえて、思い切り引き寄せる。 「――赤星、それ以上喋んな」 赤星を思い切り睨みつける。でも、あいつは動じなかった。 アイツはどこかで見たように、真っ直ぐに俺の目を見てきた。 「普段のお前なら、ウザけりゃ絶対近くに置いたりしないだろ。  ついでに。俺の知ってる三条は、そんな優越感のために無意味に人と居たりしねぇ」 「―――っ、アイツはタダのガキだろうが!」 「……誰に言い訳してんだ、お前?」 「ッ!」 気付けば殴っていた。思いっきり。 赤星は衝撃で思い切り壁に叩きつけられ、口の端からは血が出ている。恐らく唇を切った。 「アイツがしっかりしてんのは知ってんだ。俺が何かして傷つくのはアイツだろ。  …大人の俺がガキのアイツ傷つけてどうすんだ。アイツが飽きるまで付き合ってやるだけだ。  っつーか!お前には関係ねぇだろ!」 「あるね。チキンが移る」 「あ゛ぁ!?」 「テメェが気にしてんのはソコじゃねぇだろ。あの子が子どもだから?笑わせるなよ。  お前が傷つけてお前が傷つくのが怖いだけのくせに…珊瑚ちゃんを理由にして逃げてるだけじゃねぇか。  三条、お前本当にあの子の気持ち考えたことあんのか」 「――もう良い。赤星、表出ろ」 「上等。女の子弄ぶようなヤツは許せないね」 ―翌日・PG学園前・正午 「だから上着を脱いで目をうるうるさせて『ファックミープリーズ』って言うのよ」 お昼食べよう思うて休日の食堂に向かってたうちは、めんどいのに捕まった。 この間から五月はうちを見つけるたびに凛先輩との進展がないか根掘り歯掘り聞いてくる。 「うちと凛先輩をなんやと思うてるん…。どうせならもうちょい実用性のあるの教えてーや」 「えー?そうだなぁ、じゃあ相手の部屋に行った時のとか」 「そうそうそれ、そういうの」 「まず上着を脱いで―――ふぎゃっ!」 言いかけた五月が何かにつまづくように思いっきりコケた。 あ、でもコケる前に悲鳴をあげたような。 「珊瑚にナニ吹きこんでんだテメェは」 「あっ!凛せんぱ…い?」 そこに居ったのはいつもの凛先輩。…のはず。 顔中絆創膏だらけで、ところどころに包帯巻いてる以外は。 「せ、先輩!?どないしたんそれ!だ、大丈夫…?」 「あ?あー……何でもねぇよ、気にすんな」 (赤星の野郎思いっきりやりやがって…くそっ) 先輩はそういうと上げていた足を降ろして頭を掻いて見せた。 あ、五月蹴ったんか。……って、五月の事はどうでもええ。 「ほ、ホンマに大丈夫なん…?」 「私は大丈夫じゃなーい!何すんのさ三条先輩!」 速攻で蘇った五月がうちと凛先輩の間に割って入る。 「自業自得って知ってるか渡良瀬。……あとアレだ、クリスマスの分」 「えーっ!?使ったでしょ!?」 「使うかドアホ!良いからもうあっち行け!しっ、しっ」 渋る渡良瀬を追い払う事に成功した俺だったが、正直ここから先は考えてなかった。 赤星とあんな事でケンカした昨日の今日でもある。…正直、まともに珊瑚の顔が見れない。 当の本人は知ってか知らずか、俺の腕の包帯やら絆創膏やらを心配そうに見ている。 今日、何でコイツに会いに来たのかまだわからない。が、それは断じて心配させるためではない。 「――珊瑚、お前、もう飯食ったか?」 「え?ううん、まだ食うてないよ。食堂行こう思うてん」 「そうか……」 突然話しかけられた珊瑚は、キョトンとした表情で俺を見上げている。 …いつもの調子ならここで『一緒に食べよー♪』とでも言ってきそうな感じだが…。 ――あぁ、くそ。俺が誘うしかないのか。 「…な、なぁ珊瑚。日曜だし外に食いに行かねぇか。まだ食ってないんだろ」 「……へ?うちと?」 「他に珊瑚が居んのか?」 「―――――」 珊瑚は俺を見上げたまま動かない。 ……コイツどっか悪いんじゃないか。いつもなら絶対―― 「なぁ先輩、何かあったん?」 「……ッ!?」 珊瑚は俺に歩み寄ると服の袖を掴んで、まっすぐ俺の目を見つめる。 なんだ。この目は知ってる。つい、こないだ…。 「嫌な事でもあったん?誰かとケンカしたん?  うちで良ければ何でも話してな。相談にもならへんかもしれんけど、でも――」 『お前は珊瑚ちゃんの気持ちに浸って優越感感じてるだけだろ?』 思い出した。こいつの目は昨日の赤星と同じだ。 違う、逆か。赤星が珊瑚と同じ目をしてたんだ。 「――先輩?」 「…え?あ、あぁ…。いや、ホントに何でもねぇんだ、気にすんな」 珊瑚が一層に心配そうな顔をして俺を見る。 そんな顔が見てられなくて、俺は珊瑚の髪をくしゃりと撫でた。 「飯、どうするか。何かリクエストあるか?」 「あ…うん、何でもええよ。先輩が食べたいもんは、ない?」 「――そうだな、薔薇院が美味い喫茶見つけたとか言ってたからな。そこ行ってみっか」 ―同日・都内オープンカフェ・午後1時半 結果的には大当たり。まぁ、多少値は張ったが…。 とりあえずは食事を終え、俺たちは人心地ついていた。 「なーなー凛先輩、ホンマにええの?」 「あ?……あぁ、デザートくらい好きに食え。しかしあんだけ食ってよく入るな」 「よー言うやん、甘いもんは別腹って。いただきまーす♪」 言うや否や、珊瑚は目の前に置かれたドデカいパフェにどんどんスプーンを入れていく。 ……こっち側から珊瑚が見えないくらいデカい。 見てて軽い胸焼けを起こしながら、俺も頼んだコーヒーを傾ける。 『普段のお前なら、ウザけりゃ絶対近くに置いたりしないだろ。』 そういえば気付けばいつも一緒に居る。…珊瑚と居るのは楽しい。 こいつは俺の事を好きだと言っていつも付き従ってくる。 珊瑚の事は『好き』だ。…でも、それは珊瑚の言う好きとは違う。違わなけりゃダメだ。 今だって、たかがパフェに隠れて珊瑚の顔が見えない。 『あの子が子どもだから?笑わせるなよ。』 それ以外に何があんだよ。 パフェの横から珊瑚がこっちを覗いている。…器と顔がほとんど同じ大きさだ。 あんなに小さいんだぞ。 触れたら、きっと壊れる。 「―――ぱい!凛先輩!コーヒー、コーヒー!」 「あ?……あ、熱っ!」 「あーあー、も〜」 珊瑚の声で我に返る。 口に流し込んだはずのコーヒーは盛大に俺のズボンに垂れ流されていた。 こんな時に限って色は白。……最悪である。 見兼ねた珊瑚はハンカチを取り出してこちらに駆け寄ってきた。 しゃがみ込んでズボンにこぼれたコーヒーを摘まむようにして丁寧に拭いている。 「ボーとして考え事でもしとったん?凛先輩も意外と抜けとるなぁ」 「…うっせ。お前だって口の端にパフェついてんぞ」 「え、ホンマ?」 「ほら、お前も動くな。取ってやるから」 「ん〜」 珊瑚が俺の方へ顔を突き出す。 クリームを取ろうとして、珊瑚の頬に手を当てた。 ―触れたら、きっと 俺がもし。ここで力加減を間違えたら。たった一歩踏み出せば。きっと一瞬で全て壊れる。 なのに何で。 「――先輩?」 「…………」 何でお前はそんなに俺に委ねられるんだ。 視界が徐々に集中していく。珊瑚のエメラルドグリーンの瞳に、俺が映っている。 俺は―― 「ちょっ、先輩…!ちかっ、近いって…!」 「…あ?」 珊瑚の声で我に返った。 はたと気付くと、すぐ目の前に珊瑚の顔があった。 その間、僅か数cm。 「うぉぉわぁ!さ、珊瑚!?」 「……流石にそこまで反応されたら傷つくんやけど…」 「…あ、あれ、俺か?」 「取ってくれるいうから待っとったら、先輩なんや動かへんし…。それどころか――」 「いや、良い。言うな。スマン。……店出るか、騒いじまったし」 今ので当然のようにカフェどころか通りの注目まで集めてしまった。 子ども足元に抱えてあそこまで顔近付けてる大人が居りゃあ、そりゃ見るわな。 …いつぞやのデジャヴを感じざるを得ない。いや、今回のは俺が悪いが。 「先輩、シミになる前に洗濯せな。それじゃ歩けんよ」 「あー、そうだな。寮に戻るしかねぇか」 「――あ、そうやね…それなら今回はお開きやな」 言ってから気付いたように珊瑚の顔が少し暗くなる。 …飯はもう食った。一緒に居る理由は、ない。 結局俺が何を言いたくてコイツを誘ったのか、それすらわからなかった。 でも気にする必要なんかない。珊瑚にも言ったじゃねぇか。 ゆっくり行けば良いんだ。俺もこいつも、時間なんて腐るほど―― 「珊瑚」 「え?」 「来るか?…部屋」 同日・PG男子寮『三条&赤星の部屋』・午後2時10分 部屋に帰って下を履き替える。汚れたヤツは洗濯かごに放り込んだ。 あとで共用の洗濯機に突っ込んで、ダメならクリーニングかな。 ……赤星は、居ない。今朝方目を覚ました時には既に姿は消えていた。 「珊瑚、もう入っていいぞ」 「し、失礼ひまっ…しますっ」 言葉の終わりと同時に、ドアが申し訳程度に開いた。 そこからひょっこりと部屋の中を覗き込む珊瑚。 ゆっくりとした動作で部屋に入ってきて、部屋中を見渡す。…犬みたいだ。 俺は自分のベッドに腰かけながらその様子を眺めていた。 「面白いモンなんてねぇだろ。……とりあえず、座ったらどうだ?」 「え?う、うん…せやね、じゃあ――」 そういうと珊瑚も俺のベッドに腰かける。……果てしなく端っこに。 ただそれだけの行動を申し訳なさそうにそわそわしている珊瑚に、思わず笑いがこぼれる。 「はは、そんな遠くでいいのかよ」 「う、う〜……」 笑っている俺を恨めしそうに睨む珊瑚が、ベッドの上を座ったままズリズリと近寄ってくる。 それがまた妙に可笑しく見えた。 なんだかんだで珊瑚は隣にまで移動してきた。 「お前、珍しくしおらしいな。いつもと全然違うじゃねぇか」 「そ、そりゃうちかて緊張するよっ。…好きな人の部屋来とるんや、当たり前やん…っ」 好きな人? ――ズキン 一瞬、頭痛がした。痛いのは頭のはずなのに、胸の奥の方から走ったような気がする。 『そんなんであそこまで出来るほどバカな子じゃないよ。』 じゃあ何か。こいつは本当にわかってて言ってるのか? 「……なぁ、凛先輩、今日変やで?  ご飯はええけど、部屋に入れるなんて、どないしたん?…ホンマになんかあったんじゃ――」 あぁ、わかってるんだな。じゃあ―― 「なぁ珊瑚。お前わかってて俺の部屋に来たんだな」 「え?」 言葉の意味を掴みかねた珊瑚はキョトンとしたまま俺の顔を見る。 俺は珊瑚の両手首を軽く掴みとり、体の力を抜き去る。それだけで、『ごく自然な体勢』ができあがる。 衝撃がベッドに吸収されて、反動であがった小さな風が頬を撫でる。 俺は、珊瑚を押し倒していた。 「――――――あ、え?り、凛先輩…?」 「好きな男の部屋に上がるってわかってたんだろ?  それがどういう意味で何が起るか、本当にわかってんだろ?」 だったら。 こいつがきずつくのは、おれのせいじゃない。 両腕を拘束し覆い被さる俺を、珊瑚は不安そうな顔で見つめる。その目には微かに恐怖の色が見える。 …さっきの痛みは、ない。 理解が追いつかないのか、俺を見つめるだけの珊瑚に向かって語りかける。 「怖ぇだろ、珊瑚。好きってのはこういう事だ。  ……お前がいっつも言ってるような軽いのと、俺たち大人の『好き』ってのは違う」 「ッ、違わへんよっ!うちはホンマに凛先輩の事――」 「じゃあいいんだな」 俺は最後まで言葉も待たずに、珊瑚に顔を近づける。 傷一つついていない白い肌。桜のような薄紅の小さな唇。…ただ俺の目を真っ直ぐに見つめる、大きな瞳。 それから逃げるように目を閉じて。 俺は珊瑚に唇を重ねた。 「あ――ンっ、ぷぁっ…せんぱ―――!?」 抗議の声を上げようと珊瑚が少し顔を逸らして口を開いた。 その瞬間を狙ったように、俺はそこに舌を滑り込ませた。 珊瑚は完全に予想外の出来事に目を丸くしてうろたえる。 その間にも俺の舌は珊瑚の口腔を犯している。 探るように舌を動かしていると、珊瑚の舌と触れあった。 「――やっ、せんぱ、い…!」 途端、反応するように珊瑚が体を震わせる。 俺は珊瑚の舌を絡め取ると、嬲るようにして舌と舌をすりあわせた。 その度に珊瑚が悶えるように、体を揺する。 水音と珊瑚の苦しげな喘ぎだけが鼓膜に響く。 唾液に甘さなんてないのに、脳髄が溶けるように甘く感じる。 珊瑚を組み伏せて支配しているという事実が、余計に俺を駆り立てる。 時間の感覚すらあやふやになり始めた頃、俺はゆっくりと珊瑚を解放した。 引き抜かれた舌からは混ざり合った唾液の糸が引き、珊瑚と俺の口周りを汚す。 呼吸すら満足に出来なかった珊瑚は、胸を大きく上下させ酸素を取り込んでいる。 「…はぁっ、はっ…せん、ぱい……今の、キス…?」 「……大人のな」 まだ呼吸が落ち着かないのか。荒いままに珊瑚が俺に問いかけてくる。 上気して息苦しそうにしている表情でさえ、誘っているようにすら思えた。 「わかるだろ珊瑚、『これだけ』でこんななってんだ。  …俺は止めねぇぞ。怖くねぇのかよ」 「――――――」 珊瑚は答えない。ただ息を整えながら、虚空を見つめる。やがてその視線がゆっくりと俺の目を追った。 視線が重なりながらも珊瑚は沈黙を守り続ける。 呼吸が落ち着いていくにつれ、部屋が静まりかえっていく。 珊瑚は何も言わずに、そのまま瞳を閉じた。 「………ッ!」 それは受け入れる意に他ならなかった。 拘束した腕にすら力は込められず、ただ身を任せるようにベッドに沈む。 「―――っ、良いんだな、知らねぇぞ…!」 俺は珊瑚の首元に顔を埋めると、そのまま体を倒して珊瑚の上に重なった。 『三条、お前本当にあの子の気持ち考えたことあんのか』 頭の中で誰かの声が響く。 もうどうでもいいのに。俺は、このまま。 『お前が傷つけてお前が傷つくのが怖いだけのくせに』 そんなの。 「――怖ぇに決まってるだろ」 「……先輩?」 耳元で呟いた言葉に、珊瑚が俺を呼んだ。久しぶりに、珊瑚から呼ばれた気がした。 重い体を持ち上げ、珊瑚を見つめる。 「お前を傷つけたい訳ねぇだろ…でも無理じゃねぇか…。  これだけじゃない。お前を好きになってお前と一緒に居れば、絶対にお前を傷つけるんだ。  今だって―――」 「凛先輩」 俯きながら声を荒げる俺を、珊瑚が呼びとめる。 珊瑚は俺の拘束からするりと腕を抜くと、俺の首元に回し、俺の体を引き寄せる。 まるで抱き留められるようにして、珊瑚の鼓動がわかる程に。俺は再び珊瑚の上に沈んでいた。 耳元で囁くようにして、珊瑚の声が聞こえる。 「うちは傷なんてついてへんよ」 「…何言ってんだ。俺はさっき――」 「うちな、先輩が好きや」 何度となく聞いた言葉。珊瑚はより強く俺を抱き締める。 「せやからな、先輩には何されてもええねん。それが先輩のしたい事やったらええねん。  うちはそれで傷ついたりせぇへんよ。…うちは、絶対に先輩を傷つけたりせぇへんよ」 「……なんでだよ、なんでそこまで言えるんだよ」 「言うたやん。うちが先輩を好きだからや。お父ともお母とも友達ともちゃうねん。  先輩のしたい事はさせてあげたくて、先輩のためになることがやりたくて。  …ほんで、ちょっとだけうちの事考えてくれたらそれだけで嬉しいねん。  ――先輩、うち子どもだから間違っとうかもしれんけど、これって大人の『好き』とちゃうんかな…?」 珊瑚の声には不安が混じっていた。 『アイツがしっかりしてんのは知ってんだ。』 『アイツが飽きるまで付き合ってやるだけだ』 悪ぃ、赤星。 俺が。俺だけが。わかってなかった。 「――珊瑚…」 ゆっくりとベッドと珊瑚の隙間に、腕を滑らせる。 珊瑚が気遣って体を少しだけ浮かせたお陰で、簡単に腕が珊瑚の背中に回った。 ベッドに沈みこんだまま、二人で抱き合って。 「好きだ」 そっと、境界線を踏み越えた。 同日・PG男子寮『三条&赤星の部屋』・午後2時40分 とりあえず落ち着けてから、俺たちはベッドに座りなおした。 珊瑚がベッドに腰かける俺の足の間に座り込んで、嬉しそうに足を揺らしている。 「あんな事があったのに上機嫌だな、お前…。強姦未遂も良いとこだったろうに」 「あんな事があったからやん〜。先輩がうちの事『好き』って……えへへ〜♪」 珊瑚は両手を頬にあてながらイヤイヤするように喜んでいる。…ように見える。 正直足の間で暴れられるので、地味に怖い。あごとか。 「……まぁ一応釘刺しとくけど、今日の事とか人に言うなよ?捕まりかねんから」 「え〜〜〜、どないしようかなぁ〜」 珊瑚が俺の胸に頭を預けながら小悪魔のような笑みを向ける。 ニヤニヤしながら俺の顔を品定めするかのような目に、若干の寒気を感じる。 ……将来が怖い。 「せやなぁ〜、先輩の折角の弱みやし、これは相当のモンをもらわなアカンな」 「お前な…。まぁいいや、何が欲しいんだ?」 「……口止め料♪」 そういうと珊瑚は俺の方に顔を向けて、瞳を閉じた。 マセガキめ。 珊瑚の頬に手を添えて、軽く顎を上げさせる。 「――――――」 「……ん」 先程とは全く対照的に、優しく唇を重ねる。 今度はそのまま。重ねただけの『子どものキス』。 柔かさだけ確かめたあと、ゆっくりと顔を引き離した。 離れたところで、珊瑚がゆっくりと目を開いて俺の顔を見る。酔ったように赤みのさした頬。 そして直後に満面の笑みで飛びついてきた。 「あははっ、先輩とキスしたっ!初キスやっ」 くっつきながら照れ隠しのように俺に顔を埋めてくる珊瑚。 ……困らせたくなった。 「初って…さっきしたのは?」 「あんなん数えたらアカンっ、ノーカンや!」 「そうか。で、さっきのは口止め料だろ?……数えていいのか?」 「――むっ。……むぅ〜〜…」 「せ、先輩…」 「なんだ、珊瑚」 「―――もっかい」 同日同時刻・PG男子寮『三条&赤星の部屋』   の、前 「―――なぁんて今頃やってるんだろうなぁ、部屋に入りづらいったら」 「三条先輩が甘やかしてるのって微妙に想像できないなー、すっごい見たいです」 「やめといた方が良いよー、あいつ怒ると怖いし。こんなんなりたくないでしょ?」 部屋のドアを挟んで赤星と五月が壁にもたれてだべっていた。 赤星は凛以上に体中包帯まみれである。 「うわぁ、いったそー。…赤星先輩、負けたんですか?」 「しょうがないじゃん、姫様助け出すナイトのつもりが、その姫様は悪いドラゴンにゾッコンよ?出る幕なかったね」 「あー、見たいなー見たいなー」 五月が駄々っ子のように唇を尖らせる。 赤星は肩をすくめると、壁から背を起こし部屋から離れていく。 「あれ?赤星先輩?」 「初等部の門限って6時だっけ?それくらいまでは気ぃ利かせないとね」 「あれま、お優しい」 「ほっといてよ。……あーあ、良いよねぇー、あんな可愛い子捕まえてさー。  小4よ?光源氏計画も良いトコよ?珊瑚ちゃん目ぇつけてたのになー」 「今そんなカミングアウトしたら間違いなく殺されますね」 「――あーもうやってらんね。五月くん、カラオケにでもいかない?」 「奢りなら付き合いますよ」 トボトボと歩いていく赤星の背中に、五月がついていった。 「なぁ、凛先輩。うち、まだ子どもやし、先輩がしたいような…その―――」 「あぁ、心配すんな。今度はちゃんと待ってるよ、お前が大きくなるまでな。  ……5年くらいなら」 「――ホンマに大丈夫?無理せんでもうち…」 「…あのな、誤解があるようだから言っとくが、俺はロリコンじゃねぇからな、ホント」 「―――俺は、筒塚珊瑚が好きなだけだ」