RPGSS的なパピ娘シナリオ妄想  - Pieni,Pieni,Pieni -  小さな、小さな、ピエニ 「それじゃあ、行って来ますね」 ラブラ(ラブラドール娘。仮名)がシェバ(柴わぁぃ仮名)とアイン(コーギー娘仮名)を 両脇に連れて扉の前に立った。 シェバとアインの戸籍上のうんたら…ともかくそんな手続きの為に街へ降りるのだという。 役所が近くにない所為だ。 「ようるー」 シェバはとてとてと両手を伸ばして私の足にしがみついた。 私はしゃがんで視線を合わせ、頭をなぜてやる。 「おお、おお、どうしたね。忘れ物かい」 「だいじょうぶー。ぼく、ちゃんとみた。ようる、ぼくさみしい。ようるもさみしい?」 首都への距離としては犬そりで半日以上かかる。 手続きにも時間がかかるらしく(役所ってやつはいつでも人員が足りないのモノらしい)一日で往復、 という訳にはいかない。護衛が着いてゆくとは言え、夜道は危険だ。そうなると帰ってくるまでに二、三日かかる。 私も一緒に行かないかと誘われたが(※)、論文が佳境に入っていて一気に仕上げてしまいたかったので 遠慮する事にした。 「寂しいさ。だから早く会える様にいい子にしているんだよ。お姉さん達のいう事を良く聞くようにね」 シェバは必死に頷いた。 全く愛らしい。 頭を撫でてやっていると別の視線に気付く。 アインがもじもじとしながら物欲しげにこちらを見ている。 自分も撫ぜられたいのだろう。 お姉さんとしてかわいらしい見栄を張っていつも我慢するのだこの娘は。 私は彼女に微笑みかけると手招きした。 「………」 遠慮がちに瞬きで返す。私は頷いて甘えなさいとアイコンタクトで伝えた。 アインは私に駆け寄って抱きついた。私は二人を抱きしめた。 たかだか二、三日の間だというのにここまで惜しまれるともうなんだか胸が一杯になる。 できるならばこの手をもう離したくない。 「うううむ、私はなんと幸せ者なのだ…と胸中呟いた…」 「口に出てますよ」 チョビ(シベリアンハスキー娘仮名)が私に突っ込んだ。 「おおう、失敗失敗」 「私も別れ惜しめばしてもらえるんですか?」 悪戯に彼女が言った。そんな事をしでかしたら私は色んな意味でタイヘンな事になるが、 「そりゃあ勿論さ!」 と、とりあえずそう答えた。 彼女らと住むようになって目覚めちゃいそうになってるからも大変になる。 「あら本当?」 私はチョビに向けて手を広げた。 「そうでなくとも私は全然ギャヒィ」 「調子に乗るな!」 後頭部に一撃拳骨を喰らせた相手を振り返る。 そこには眉をしかめたピエニが立っていた。 隣には私に蔑視を向けるブラマンシェ(ジャーマンシェパード娘仮名)が立っている。 小柄なピエニとは対照的に彼女はすらりと伸びる長身だ。 並ぶとその差がより顕著になる。 「…では、私も行って来ます」 「たはは、いってらっしゃい。君は研究本部で発表会だったね。行きは皆と同じだけど  帰りは一人だったか。気をつけて帰ってきなさい」※2 「はい」 彼女は頷くと視線を伏せて私の横を通り過ぎた。 「ブラマンシェ!」 気のせいか聊か哀愁を漂わせる彼女の背中に声をかけた。 緊張しているのかもしれない。 彼女はただびくりと身体を震わせてこちらに背を向けたまま動きを停止した。 今回の研究発表は彼女にとって重要なものとなるだろう。 もしやすると他所の天文台を任される事になるかもしれない。 そうなれば晴れて研究員から若手所長に昇格だ。 それだけの実力を彼女は持っている。 それにこんな田舎の片隅で一生を過ごすには聡明で若く美しい彼女には勿体無い。 是非がんばってもらいたい所だ。 そんな大事な場面だからこそ一応彼女の師匠として付き添ってやりたかったが、 論文のこともあるし、この分野で著明な私がいけば、変にプレッシャーを与える事になるだろう。 それは彼女に対してというだけでなく、彼女を批評する学会の教授達に対してもだ。 私がそんな事をしなくても彼女には十二分の力があるのだ。 私が出来ることは応援する事だけだ。 「私が言えることは何もない。ここに来る前に学園都市や様々な大学で数多の生徒に  教えてきたが君ほど優秀な生徒はいなかった。  ただ、君の思っている事すべてを壇上からぶちまけてきなさい。それだけで十分なはずだ」 「…はい」 彼女はしっかり頷くと先に天文台から出て犬そりに乗り込んだ。 君ならできる。 私は心の中でエールを送った。 皆も続いてそりに乗り込んでゆく。 私は表へ出て皆を見送る。 「そろそろかしら?」 ラブラが言った。 「どうしたんだい」 「ノキア(さもエド娘仮名)ちゃんも一緒に行くんですよ。ブラマンシェの発表を聞きたいんですって」 「ほお…あの子はあの子で将来有望だ」 「おーはよーございまーす!」 「噂をすれば」 ラブラが指を刺す。 その先には全速力で駆けるノキアの姿。 「先生もみんなもおはようございます!遅れてすみまあーー!」 ノキアは言葉半ばで勢いよくこけた。しかも顔面から行った。 鼻水をたらしてなきそうな顔をゆっくり上げると鼻をこすりながらそりに乗り込んだ。 「せんせい、それじゃあ行ってきまずぅ…」 彼女はそう言うと鼻をこすったまま私に手を振った。 別れを惜しんでないてくれているのか鼻が痛いのかもはやよくわからない。 「う、うむ。気をつけてね」 「………」 私はソリが出発し皆が小さくなっていくのを眺めながら違和感にさいなまれていた。 「…ピエニ?」 「なんだ?」 「その…君はいかないのかい」 「私はお前の護衛に来ている。街に降りる理由はない」 それはそうだ。 「…私だと不満か。チョビに残って欲しかったと? 私だって居たくているわけではないのに…」 「いや、いや、不満だなんて。早まらないでおくれよ。 私は大歓迎だ!」 私は取り繕うように言った。本心から嫌な事は一切ないなだが。 「…何を馬鹿な事を言っている。へ…」 「へ?」 彼女が言い淀んだので聞き返す。 「ふ、二人きりだからって変な気を起こすなよ」 彼女はそういい残すと湖の畔の方へと足を向けた。 照れちゃったりしてるのだろうか。 言われてみると一つ屋根の下に二人きりだ。 年甲斐もなくどきどきしてきた。 ………まあ、彼女に限ってはないか。 というのも彼女は私の事が嫌いだからだ。 私は、ラボに戻って論文の仕上げに入ることにした。 論文が一息ついてラボから外に出た。 小腹がすいたし、そろそろ昼飯時なはずだ。 あの男勝りなピエニが料理を本当に作れるのかは少々疑問ではあったが 私が作るよりはましなものを作るだろう。 私は料理なんか一切できない。 生まれてこの方包丁を持った事すらないのだから。 初夏に入り、豪雪国フィンワンドからようやく雪が消える。 少しだけ。 とは言えこの時期だけは私もいささか薄着になる。 僅かではあるものの太陽が私に味方をしてくれるからだ。 それは普段見えない動物や昆虫たちも同じくのようで、 小鳥のさえずりが聞こえたり、蝶が舞うのが視界に入ったりする。 上半身を傾けて軽く体操などをしてみる。 「おほお!?」 バキバキッと体の節々が悲鳴を上げた。 普段使わない箇所を動かした所為だろう。 再度身体をひねる。 「おほお…!」 痛気持いい。 そも、私はマゾヒストの傾向があるからだ。 どうでもいいが。 そんな事を考えながら体を動かしていると、視野の端に黒い白交じりの塊が映った。 「ピエニ?」 視線を向けてから気付く。黒白の塊は草葉の上に伏すピエニの様だった。 呼びかけても彼女は地面に突っ伏したままで動く気配がしない。 昼寝にしては時間も早いし奇妙なポーズだ。 右手を伸ばし草を掻いている様に見える。 「パピ子やーい」 こう呼べば彼女は怒って剣に手をかける筈なのだが、 「………」 やはり動かない。どう控えめに見ても寝ているようには見えない。 そこでようやく、背筋に悪寒が走る。 ついでに足を彼女の元へと走らせた。 「ピエニ、ピエニ!」 彼女はこの己に与えられた名前が嫌いだと言う。 何故ならピィエニ、とはこの地の言葉で「小さい」という事を指す。 良心は小さく愛らしい彼女を見てそう名づけられたのだろうが、もとより犬人の中でも小型の パピヨン種の成犬にしても、少し小柄な事を気にする彼女にとっては忌まわしいモノにしか ならなかった様だ。 だからこの名前を嫌いな相手に呼ばれる事を嫌がった。例えば私のことだ。 「ピエニ、ピエニ」 ピエニの元に駆け寄り、身体を揺さぶる。 体温がやけに低い。氷をくるんだ布のようだ。 普段の彼女ならばこの手を払いのけるのだが、やはり動かない。 触れて気付いた事があった。 彼女は小刻みに震えていた。 流石に年中まったり進行の私も焦り始めた。 小さな彼女の身体を起こし肩を抱いてこちらに身体を向けさせた。 無抵抗…というより身体に力が入っていない。 顔も真っ青…の様に見え、唇が紫に変色し、小刻みに震えているのがよくわかる。 なにより奇妙なのは瞼を開けたまま焦点の定まらぬ瞳を虚空に向けている事だった。 「ピエニ!ピエニ!」 そこでようやくピエニは反応を見せた。 「ぁ…」 かすれた声を出して僅かにこちらを向き、右手で私の胸に触れた。 押しのけようとしたのだろう。 小さいながらに普段、力強い彼女が非常に弱々しく、不謹慎な感情ではあるが、可愛らしく見えた。 不意に彼女の口の中から何かが顔を除かせた。 私は女性に対して少々失礼な気が致しながらも失敬して指を彼女の口の中へと強引につっこみ、 それを取り出した。 指先ほどの大きさの、やけにカラフルな羽の虫だった。甲虫類に見える。 半ばえぐれた腹から紫色のいかにも毒々しい汁が流れ出している。 彼女の唇が紫なのはこれが原因らしい。 毒虫だろうか。読みもしないのでほこりを被っているが昆虫図鑑がある。 調べれば解るだろう。私は彼女を抱きかかえ、手には虫を持った状態でラボに戻った。 彼女をベッドに寝かせ、私は研究室の余り使わない類の書物が締めている生活雑貨の本棚から 昆虫図鑑を取り出した。 意外にこれが見つからず、数十分時間を要した。 占星術や天文関連の本ならば見たいページをすぐに開く事が出来るのだが。 そもそもその手の本は指紋がすりきれるほど読みつくし、頭の中に入っているのだが。 「ブレスティうんたら…」 舌をかみそうなほどややこしい名前だった。 手間なのでかいつまんで話すと尻の毒袋から毒液を噴射し天敵を追い払う虫らしい。 綺麗な甲羅を持つ煌びやかな虫の割にはなかなか強烈な特技である。 そして肝心な毒について。 成人にはさして害にならないらしい。ただ、乳幼児には害を成す事があるそうだ。 心拍を低下させ、生命の危機を及ぼす事もあるという。 対処法としては毒を洗い流し、身体を温め、水分をとらせて発汗、利尿を促す、というような 役に立つのか立たないのかよくわからない事が記されていた。つまりはデトックスか。 風邪ひいた時とかわらないではないか。 しかし藁にもすがる思いでそれを実行する事にした。元より他に方法がない。 私は暖炉へゆき薪をくべて火をつけるとソファを出来るだけ近くに寄せ、ピエニの元まで戻った。 か細く呼吸を繰り返している彼女を毛布でくるむと、ソファの上に寝かせた。 とりあえず、身体を暖めるようにとの事だ。あとは利尿を促す水分。 瓶に貯めた水は冷たく、そのままでは飲めたものではない。 口を洗い流すにしても、温めたほうがよい気がする。 やかんに水を汲むとキッチンに火をつけ湯を暖めにかかった。 「そういえば…」 私は毒の解説に心拍が低下すると記されていた事を思い出し、念のために彼女の鼓動を調べてみる必要があると 思った。 失敬して左胸の小さなふくらみに衣服の上からそっと触れた。 暖炉に当っているので幾分かマシとは言え、小さな胸はやはり驚くほど冷たい。 確かに言われる通り拍動のサイクルがやけに遅いのが掌を通してわかる。 一瞬停止しているのかと思うほどだ。 しかし湯が沸くには時間がかかる。とりあえず毒を口から洗い流すべきだ。 「酒が適任か」 私は棚からコスケンコルヴァ(ウォッカ)を取り出すと、タオルを用意した。 そしてピエニの頭側に腰掛けると膝にタオルを敷き、頭をその上に乗せた。 顔を斜めに向けるとコスケンコルヴァを直に流し込んだ。 「ッぺぇーッ!!」 「うお!?」 ピエニは勢いよく酒を吐き出した。 彼女が普段飲んでいるものとは度数が違いすぎたのかもしれない。 「ピエニ、わかるかい?」 気付けにもなったらしく、焦点が定まってきた。 「護衛の私が…こんな様で…」 「いや、いいんだ。一応無事でよかった。君はあの虫を食べちゃったのかい? 一応確認だけ」 「………」 彼女は申し訳なさそうに頷いた。 「とりあえず休んでて居ておくれ」 「すま…」 そこまでいうと彼女は瞼を閉じた。とりあえずは一安心と言ったところだろうか。 その日は彼女にぬるま湯を飲ませオートミールを食べさせて終わった。 彼女の事が気が気でなく、論文には手がつかなかった。 というよりほぼ付きっ切りだったので机にすら迎えなかった。 それにしても私の作ったオートミールは何故か不味い。 粥を作るのにうまいも不味いもあったものかと思うだろうが、ラブラが朝出すものと比べると天と地の差だ。 底を焦がしてしまったせいかもしれない。 明日への課題として彼女の様子が窺える暖炉の傍で毛布に包まりその日は寝た。 次の日。 私は彼女がめそめそと泣く声と異臭で目が覚めた。 「どうし―」 ―た、ピエニ。とソファではなく床につぷして泣きべその彼女に聞くまでもなく事態を把握した。 独特の鼻を突くアンモニアの臭い、といえばわかるだろうか。 そう、彼女はオネショ…というやつをしてしまったのだ。 床にまでは気合で動いたようだったが。 私はうっかりしていた。彼女はまともに身体を動かせないらしかったのは昨日の時点でわかていた事だ。 何かあったら言ってくれと入ったものの女性である彼女が男の私に「小便がしたいから起きてくれ」とは 恥ずかしくていえるわけがない。 二十歳も過ぎてね小便してしまった事としてしまったからといってなす術もない事、 私にそれを見られる恥ずかしさも相俟ってかなりの屈辱を味合わされたに違いないのだ。。 非常に申し訳ないことをした。私は馬鹿ものだ。とはいえどうすればいいかわからないが。 おまるか、おむつか…どちらにせよ今は小便の始末が先だ。 タオルを取りに走り彼女の体と床を拭いた。 そして大桶を引っ張り出し、さめざめと泣くばかりで動かないピエニを抱いてその中に入れると やかんに用意しておいたぬるま湯を手に持つ。 「ピエニ、あらうよ。嫌だと思うが、我慢しててくれ」 体毛が頭と胸と局部程度の人間と違い、毛深い犬人である彼女の体から布きれだけで 尿を取り去るのは不可能だ。しかも彼女の股付近は綺麗な白毛だ。 放っておけば黄ばむだろう。再び寝かせる前に綺麗にしておくべきだろう。 彼女は何も言わずただ泣いていた。 そのままでいても仕方がないので確認を取らずに洗い始めた。 「あ、まり見るな…」 丹念に洗っていると、必死に目を瞑ってこの様から目をそむけているピエニが言った。 言われて気付く。彼女はうら若き女性だ。 私はうら若き女性の股を洗っているのだ。 今の今まで汚れた犬を洗っているような気分であったのに、非常に気になり始めた。 むしろ私が恥ずかしい。 不謹慎な心が面をもたげようとするのを必死に押さえつつ、大丈夫だ、と返した。 何が大丈夫なのかは不明だった。 とりあえずそのような山場を越え、彼女を再び寝かせた。 そして床を拭いた。こういう作業をしていると論文について色々思いつく。 はやく書上げたかったが、彼女から目を離すわけにも行かないだろう。 …と、考えていると申し訳なさそうにピエニが私の名を呼んだ。 「ヨウル…」 「ん? どうしたんだい」 「論文…仕上げるのだろう…?」 「ん? まあそうだがね」 「声は…出せる。もうヘマはしないから…何かあれば、お前の名を呼ぶ…」 「…それはありがたいが…」 「頼む…これ以上迷惑をかけたくない…可能な限り」 「わかった。それじゃあ、書斎のほうに居るから。声が聞こえるように扉は開けておく。 何かあったっら些細な事でも呼んでおくれ。合間合間に様子も見に来る」 「すまない…」 そう言うと彼女は眠り始めた。 これで論文に手がつくか…と思いきや、そうもいかなかった。 「ヨウルー、ヨウルーっ」 「おーう」 返事をして彼女の元までゆき、身体を起こそうとすると、いやいやとするように首を振った。 「ん? トイレじゃないのかい?」 そう聞き返すと申し訳なさ気に目を伏せた。 「…ら…」 なにやらぼそぼそと呟いている。 「ん?」 「居ないのかと思って…不安になったのだ…」 なんて可愛らしい事を言うんだ…普段がああなだけに余計にだ。 本当なら抱きしめてチッスの嵐をお見舞いしたい所だが本格的に軽蔑されそうなのでなんとか我慢した。 「大丈夫さ。書斎にいるのだから。呼べば直に参上致しますよ、マイ・レディ」 「うん…」 そう言うと安心したのか、すぐに寝入った。 私の冗談が通じないほどに弱っているらしい。 すぐ寝入るが、眠りが浅いらしく、すぐに目覚め、その度に私の名を呼ぶ。 意識が半ば朦朧としてるらしく、呼んでしまってから馳せ参じた私に申し訳なさそうな顔を見せてくれる。 嫌われている筈の彼女からここまで必要としてもらえるのは嬉しいが、 筆が進みかけるたびに中断させられるのは困った。 かといって呼ばれても無視するわけにもいかない。本当に何かあった時も大変だ。 私は一つひらめいて書斎から机を動かしソファの横まで移動させた。 彼女は何度も名前を呼びかけるが私をみると安心しすぐにまた眠りについた。 「よ…ヨウル」 「なんだい?」 名を呼ばれ、そちらを向かず筆を走らせていると、ピエニは黙った。 私はかなり論文の方に集中していたせいで呼ばれた事が頭から抜けそのまま筆を走らせ続けた。 「ョ、ヨウルッ!」 「は、はひ?」 そこでようやく私は彼女の方を向いた。 顔を寄せて私を睨んでいる。が、眉が頼りなく歪んでいるので困った顔にしか見えない。 むしろ困っているのだろうか。 しかし、その顔も素敵だ…。 「と、私は呟いた」 「な、何をわけのわからないことを言っているのだ…!ヨウルぅ…!」 その瞳は切に何かを訴えかけているが…。 「ああ、トイレかい」 「わ、わざわざ口に出すな!察せっ。」 「はいよ」 私は彼女を抱き上げて便所へと向かおうとした。 「ヨウル…便所は、寒い。できればその…」 また訴えかける視線。 寒いからとはいえ便所にいかねばどこでするのか。 この家は暖炉の前以外大体寒い。 だがそれで困るのは私だけだ。何故なら体毛が犬人のように生えていないからだ。 いいとこ髭が生えてる程度のものだ。 しかしながら犬人でも寒いものは寒いのかもしれない。 私だっていくら着膨れしていても外は寒いのと同じように。 とは言え、だ。寒いからと云ってここでする訳には… いやまさかそんな排泄プレイ? いやまてそんな。まてまて。 そう繰り返しながらも口元がにやけて来るのが自分でもわかる。 「は、はやく…!」 「へ? あ、ああ…」 彼女の視線の先には、シェバの使っているおまるがあった。 シェバはなかなか寝小便が直らないというのか、どうにもトイレが怖くていけないらしい。 その為に前街に降りた時、購入したものだった。 しかしそれはそれでマニアックというか、何も考えていなかったが、体を動かせない彼女を 私はどうやって排泄させれば? 考えている暇はない。彼女の限界が差し迫っている。私は彼女をおまるの元まで運び、 後ろから抱きかかえるようにしてそこに座らせる。 「うーっ、うーっ」 すると彼女は苦しそうに呻き出した。 「で、出そうかい?」 「ち、違う馬鹿者! こんな格好でしたら方向が定まらないだろう…!」 言われてから、犬は片足をあげて小便をする事を思い出した。 「うーっ!!」 もう我慢の限界らしかった。私は苦し紛れに彼女の足ごと抱え、開脚させた。 ピエニから勢いよく放たれた黄金水は綺麗に放物線を描いておまるに命中した。 かなり我慢していたらしくかなりの激流だった。 用を達し終わったあと、 「もう死んでしまいたい…」 と彼女は呟いた。 …そんな危機を乗り越えながらも、晩の食事も終え、少し彼女は落ち着いてきた様子だったので 天体望遠鏡で星空を観測し、記録をつけた。 星空はやけに騒がしかった。 これから先に、近年の内に起こる(と、私は予見している)大戦をリギエルが感じ取って 胸騒ぎを起こしているのかもしれない。少なくとも良い夢はみていないだろう。 観測されるはずの星が輝きを失い、見えてはならぬ星が歪な輝きを放とうとしている。 思い過ごしであって欲しい、そう願うが、各地では私の予測した―星の示した出来事が 実際に起こっている。なんとかしてそれが食い止めることが出来ればよいのだが。 もしその大戦が起きれば、地上の全ての善意も悪意も全てが破壊しつくされる。 彼女達がただ笑って暮らしてゆけるような時代ではなくなる。 私は守りたい。彼女達を…そして、彼女を。 ソファまで戻ると、ピエヌが瞼を開いた。 「すまない、起こしてしまったかな」 彼女は首を振って、構わない、という意思表示をした。 「…今夜だけ」 「なんだい?」 「お前がいつも子供たちにするように、頭を撫ぜてくれやしないか…」 本当に、彼女は毒に置かされてしまったようだ。私にそんな事を申し出るとは。 断る理由はなかった。 私は何も言わず、彼女の頭側にすわり、ふっさふさに毛が生えた彼女の頭を膝に乗せて その艶やかで美しい黒と白の髪に櫛を通すように撫ぜた。 彼女は非常にご満悦そうな表情を見せてくれた。 しばらくそうしていると、彼女が口を開いた。 「今日は何か見えたか?」 「ああ。いつも通りの満天の星空だった」 少し嘘をついた。 「そうか…」 「うん」 「体が動くようになったら、私にも、あれを覗かせてくれ。 そして、星空の話を聞かせてくれ」 意外だった。 いつも皆と一緒に聞いてはいるが、興味なさ気にしていたからだ。 「ああ、いいよ。幾らでも話そう」 「…チョビが帰ってくるまでの間だがな」 「なにがだい?」 「私の解毒剤は全てあいつが持っている」 話がいまいち掴めなかった。 「何故彼女が?」 「私が持っていても、いざ毒にあたった時に自分で飲める状態とは限らないからだ」 「確かに」 「かと言って誰にでも託せるわけではない。いつも傍にいて、尚且つ信頼できる相手でなければ」 「そういえば彼女とはいつも一緒に居るね。ここにいてりゃ仕方ないか」 「騎士団に所属した時からずっと一緒なんだ。まあ、それが今、仇となってはしまっているが、  そのお陰で何度も助けられた。情けのない話だが」 「じゃあ、彼女の荷物を漁れば出てくるんじゃないのかい」 「出かけるときに、いつも通り入ったきんちゃく袋を腰から提げているのを見た」 動物人とは不思議なモノだ。 動物人と亜人は違う。広義で動物人も含めて亜人と呼ぶものも居るが、大きく違う。 例えば、猫の耳を持つ人は亜人になるが、猫に近い身体を持つ…猫人は動物人だ。 述べるまでもないがベクトルで書き記すと人間>亜人>動物人>動物となる。 猫人の他にこのフィンワンドの犬人やウサベキスタンの兎人などもその部類に入る。 見た目どおり、動物人の方が、動物の特徴を色濃く残している。 一対一で戦った場合、倍近くの体格を持つ人間でも戦えば及ばない。(一般人レベルの話である 極東好きのチョビから聞いた話であるが、極東に住まう牛すら軽がると一撃で殺してしまうほどの 力を持つ有名な強い格闘家が、「それでも本気を出した猫には敵うまい」と言うほどに動物の戦闘力は 計り知れない。  その反面、動物の欠点も色濃く残してしまう。  彼女の小さいものを追いかけてしまう、というのは当人には抑えられない理性を超えた行動である。  彼女の犬種特有の色濃い特徴の一つというという事だ。全く難儀な事だ。  動物人と人との境については諸説あるがどれも推察の域を出ないという。  彼らと密接に付き合っている私にとって、非常に興味深い分野である。  また暇が出来れば文献を読み漁ってみたいものだ。 「そういえばどうして騎士団に、もとい騎士になろうと思ったんだい」  女性騎士はさほど珍しくもないが、やはりその多くは男性である。  彼女は既に兄が数人いてなかなか腕も立つ武人だと聞いた。  彼女にわざわざ命の危険のある騎士になる理由はない。 「兄たちに影響を受けた、という事は大いにあるが…強くなりたかったのだ強く、大きく」 「どうしてだい」 「何故だったかな………そうだ」  彼女は少し唸ってから言った。 「“ほしのかけら”を守れなかったんだ」 「ほしのかけら?」 「綺麗に光る透明な石だった。小さい頃好きだった近所の男の子がそれを見つけたんだが」 「ほう」 「犬人は子供の頃から子供同士でコミュニティを作り、強いモノをリーダーとして認め、従う」  まあ、人間でもそんなものだ、と思った。話の腰を折りたくはなかったのでただ相槌を打った。 「このリーダーというものは絶対だ。リーダーだった奴も綺麗なものが好きだった。  ならばそれを謙譲するのが当然だ。犬人として」 「隠したりとかはしないのかい。自分だけの場所へ」 「しない。人間はそうするのかもしれないが」  面白いものだ。 「それは確かに、人間とは違うねえ」 「私はその子に持たせておきたかった。しかし、主に伏すのが犬人だ」 「じゃあ、それを謙譲するしかないわけだ」 「結果的にはそうなったがな。だが、それを免れるには一つだけ方法がある」 「ほう?」 「己がリーダーになればいい」 「なるほど。その子はリーダーに挑んだわけだ。ほしのかけらを守る為に」 「いや。その子は心優しい子だったが“へなちょこ”でな」 「もしや君が…?」 「お察しのとおりだ。結果も言うまでもないだろう」 「負けたわけだ」 「とは言え、惜しかったんだ。もう少しタッパがあれば勝てていた…」 「だから大きく?」 「そうだ。私が負けたのは名前の所為だ。こんな名前だから大きくなれなかったのだ」  そう言うと彼女は自嘲的な笑みを浮かべて鼻を鳴らした。 「夜空に見える星は、力強い輝きを発しているが、とても小さく見えるだろう」  私は彼女の顔を覗き込んで言った。彼女はいぶかしげにこちらを見上げた。 「ん? そうだな」 「本当は、とても大きいんだよ、あれは」 「大きい…私の頭くらいか?」 「いやいや、そんな規模の話じゃない」 「まさか、山ほど大きいのか? それなら、上から落ちてくるだろう。  私が何も知らないと思って馬鹿にしているのか?」  彼女はさらに胡散臭そうに私を見た。 「馬鹿にしたりなんてするもんか。  落ちてきやしないさ。ずっと遠くにあって、話し始めると長くなるからかいつまんで言ってしまうと、  宙に浮いてる」  私が嘘をついていないとわかると、彼女は目を丸くした。 「…では、一体どれくらい大きいのだ?」 「我々が住んでいる大地よりも」 「そんなものが…落ちないとわかってはいても、恐ろしいな」 「大丈夫さ。仮に落ちてきても、我々が、我々の孫の孫のそのひ孫のひ孫が死ぬ頃になっても まだ百分の一の距離も進んではいないのではないかな」 「そうなのか…偉く遠くにあるのだな。そんな所で輝いているものが、よくも私たちに見えるな。  偉く強く輝いているのだな」 「そう。だから…」  だから、君はその星の様にうんたらと続けかけたが、やめておいた。  気取りすぎて鬱陶しいし、彼女の精神衛生上よくないかもしれない。 「言っていいぞ」 「ほあ?」  虚を突かれて私は変な声を上げてしまった。  見ると、彼女は私の言葉を聞く態勢らしく、立派な蝶耳をふさりと動かした。 「ぐ………」  改めて言うとなると恥ずかしいものだ。何といおうとしていたのかも半ば忘れてしまっている。 「ん?」  蝶耳が催促するようにふさふさと動く。  ここまで期待させておいて言わぬぬは男ではない。※3  「そうだね、上手くはいえないけど…」 「ああ」 「小さくとも力強く輝く煌めき達が、本当はとてつもない強大さを以って光を発しているように、  君が誰より小さくとも、とてつもない輝きを秘めて輝いている事を私は知っている」  しまった。これではまるで告白の言葉だ。  もしや私は…。 「………ヨウル」 「…はい」 「ヨウル…」  彼女はだんだん小さく、聞こえずらい声を出していった。 「はい?」  もう眠いのかもしれない。言葉を聞き取ろうと、彼女の口元に耳を近づけた。 「………」  耳に鼻息が触れたかと思うと、彼女の頭が少し動いて吐息が頬にかかった。  次の瞬間には彼女の鼻と唇が私の頬を突いた。 「頬にオートミールの食べ残しがついていたのだ…」  呟くような声だったが、耳元だったのでよく聞こえた。  微動だにせずいた私の耳に、次に入ってきたのは彼女の寝息だった。 「あーーーーっ!!」  私はシェバの大声で目が覚めた。 「…シェバ? なぜに…」  寝ぼけた頭を覚醒させようとしていると、ピエニが目覚めた。  私の胸元で。  一体全体どうなったのか、私は彼女を抱きしめて寝ていたらしい。 「う、あ…」  現状を理解し始めたピエニはうろたえ始めた。私もうろたえている。 「えーに、ぼくがいないあいだに、ずっとヨウルをひとりじめしていたんだ…」  その後ろからアインも同様に覗き込んで、顔を背けた。  この状態が、はたからみるとどういう状態になるのかを理解するほどにはおませさんらしい。 「ち、ちがう、ちがうんだ…」  必死に顔を振るわせるピエニ。しかし身体はまだ言う事を聞かぬらしく、私の体から離れようとはしない。  私からもすぐさま彼女を離せる状態ではなかった。  彼女の身体は私の体の上に乗っているのだから、放り出すと床に落ちる。 「あらあら〜?」  二人が居るという事は、ブラマンシェを除く皆がいるという事である。  ちなみに微笑ましい、とでも言いたげな声を出したのはラブラだ。  続いて、チョビ、ノキアが顔を見せた。 「先生、ふ、ふしだらけす!」  と顔を真っ赤にして言ったのはノキア。ちゃんと言えていないが。まるで私が節だらけのようだ。 「あら、ピエニも隅におけないね」  と云ってチョビは悪戯に微笑んだ。 「誤解だーっ」   その後、説明をしてなんとか誤解は解け、解毒薬のお陰でピエニの毒も解けた。   彼女らは今日の朝方早くに街を出立したようで(我々の事が心配だったようだ)、  意外にも早く昼に到着したそうだった。   我々はのんびりと寝すぎたらしい。   聞いたところによるとブラマンシェの発表会は大成功だったらしく、  研究本部で教授や上司達と色々話をした後でこちらに戻ってくるらしい。流石だ。まったく喜ばしい。   そんなで一人かけてはいるが、いつもの日常が戻ってきた。   少し違うのは、彼女――ピエニの私に対する態度だろうか。   相変わらずきつい突っ込みはいれるが、つんけんした対応を取る事はなくなった。   積極的に話しかけてくるようになり、よく笑ってくれるようになった。   なにかと子供たちを理由につけて外に出させたりと、スキンシップをとることも多くなった。   蝶耳を跳ね上げて子供達と遊びまわる彼女を、その笑顔を、何に変えても守ってやりたい、と強く思った。    ※ピエニのフラグが立っている時のみ「行く」か「行かない」か選択肢が現れる。  フラグが立っていなければ自動的に皆で街へ行くことになる。 ※2 一緒に街に行くと選択肢によってはぶラマンシェ確定ルートに入る 多分このシナリオ自体が結構終盤 ※3「言う」を選択するとピエニルート確定。 名前は都合上つけた仮名です。設定を思いついた人が名づけたらいいと思います! 犬っ娘失禁にデジャヴを感じたあなたは鋭いです 我否定己変態的人種