RPGSS的 ヨウル=プッキー これなんてエロゲ?シナリオ妄想  - 家族計画 - 「それでは、また折を見てお伺いさせて頂きましょう。わん」   真っ白毛の髭面で小柄な犬人の老人、が深々と私に向かって頭を下げた。   私もそれに合わせてお辞儀を返す。 「いえ、いえ、大臣殿。どうか私め等に頭を下げないで下さい。  こちらこそこんな立派なものを用意して頂いてどれほど感謝して良いのやら」   私もそれに負けぬように深々と頭を下げ返した。   彼は髭だらけの渋面(恐らくそういう顔なのだろう) 「お前たち、ヨウル殿をしっかりとお守り致すのだぞ。  ヨウル殿、この者達をご自由にお使いください」   そう云って老人は私たちが研究所(天文台)を歩き回りながら会話している間、扉に待たせていた二人の  犬人の女性を招きいれ、二人に目配せをして自身は下がった。   自己紹介は最初に済んでいる。   二人ともそれぞれ美しい犬人の女性騎士だった。   小柄でパピヨン種の犬人と思われる身の丈ほどの剣を背負った女性が、ピィェーニ=オラヴィスタ=ピヨンヌ。   人の女性ほどの身の丈で美しいモノクロの毛並で、極東人の衣装を着たのがヴォイマカス=フェルコ=シベリアス。   それにしても、食えぬ老人だ。   老犬人を乗せた犬そりが遠ざかってゆくのを見送りながら思った。   どうにも、「ご自由に」というのは“そういう”意味を含むらしい。※1   いらない気の使い方をしてくれる。そんな気の使い方をされるほど私は若くもない。   私をこの場に留めておきたいのはわかるが。   そりゃあただ護衛をつけて貰うにしても、男の顔を拝んでいるよりは女性の顔を拝んでいる方がいいので、拒否はしないが。   お陰様で、大層不服なのだろう、小柄なほうの――ピィエーニさんとやらは憎しみのこもった視線を私に浴びせかけてくれる。   やれやれ。番犬に噛み殺されては敵わないぞ。   せめて連れてくるのなら“そういう”事を抜きに連れてきてくれれば良い物を。   実際、彼女らは美しいので、それがなくともそれだけで十二分に価値がある。   大臣殿をお見送りした後に、彼女らの寝床についてや明日からの事、私の習慣や習性について面白おかしく話した。   しかしピィエーニは仏頂面をピクリとも動かさず、偶に「下らん(ぼそっ」と呟いていた。   その度にヴォイ(ピエニがそう呼んでいるので私もそう呼ぶことにした)はピエニを肘で小突く。   先が思いやられる。   まあ、私は研究に没頭できれば他は何だっていい。   彼女らについて断りきれなかったのは、(一応、最初に軽くはお断りした)そうする事によって彼らに利益が在るとは言え、  保護された身だからだ。   西国であの件(※2)により身を隠し、これも機と逃げるようにオーロラの見れるこの地――フィンワンドへとやってきた。   オーロラと魔力について以前から興味があった。   ある程度の知識を得るには至ったものの、文献だけでは不十分だった。   この目で確かめ、研究したい事が沢山あった。   命からがらの旅を続けながらこの地に偶然足を運んでいた友人(※3)と出会い、彼女に仲介して頂いて  内密に(※4)フィンワンドの天文学者と通じて保護を受けることが出来た。   さらには私のここでの研究概要を話すと強く関心を示し、研究費用まで賄ってくれ、研究所も用意してくれるといいだした。   まったく私は運がいい…のか悪いのか。   ともかくそんな立場であるので、気遣いを拒否しづらい状態だったという事だ。   護衛がいてくれるのは心強いのだから、ありがたく思う事にしておこう。   ヴォイの提案でこれから同居人になるわけで親睦を深める為に(これからは毎日の事になるのだが)昼食を三人で取ろう、  という事になった。   料理をしてくれるのはヴォイらしい。   彼女がキッチンに立っている間もピエニはかわらずの仏頂面で、その傍らに壁を背もたれにして立っていた。   今日というか、親睦を深めよう、と云ってお食事会をして貰っている以上この場を立って、  「できたら呼んでくれ」というわけにもいくまい。大人しくソファーに座って時折割烹着の後姿に話しかけたりなどをして  待っていた。   小一時間が経過し、料理は完成した。流石に仏頂面で微動だにしなかったピエニも料理を運ぶ事は手伝い、  机の上に並べていた。量はそれぞれあまり多くなく、色とりどり多彩な顔ぶれだった。   量より質という事だろうか? 『頂きます』   手を合わせて食事を始める。   ピエニは行儀が悪い、という事ではないが、ヴォイは一挙一動が非常に美しく、それだけで芸術と呼べそうな具合だった。    しかし何故、大臣殿は… 「お口に合いませんでしたか?」   何故、メイドを寄越してくれなかったのだろう。 「い、いやそんな…ははは! こういうのもありだね! グート“良し”!」   ヴォイ嬢の作ってくれた料理は、食べ始めて気がついたが、肉が一切入っておらず薄味だった。   美味しいといえば美味しいのだが、これでは今ひとつ食べた気がしない。   量の問題でなく。 「こ、これは何という料理なのかな?」   内情を悟られないように、お茶を濁す。 「本当は一品一品名はありますが、みんなまとめて精進料理というものどござりまする」 「しょうじんりょうり?」   私は聞きなれぬ言葉に聞き返す。 「極東の僧侶や修道士が主に食べる料理です。肉を使わず健康にもよく、それでいてレパートリーは多彩です。  フィンワンドで手に入る食材では作れる種類に限界があるのですが。それでも十分のの調理法があります。  とくに大豆。これを使えばミソやショーュ、アブラーゲ、ユヴァ、トーフなどが作れます。本当に同じ原料で、  これだけ味の違うものができるものかと舌を疑いますよ。ゼロから作るとなると時間がかかって昼食どころではなくなるので、  今はありあわせですが。とてもおくが深い料理ですよ」 「あれだね、禅、というやつだね」   私は突っ込みを期待して昔、知り合いの極東研究家の話に出てきたなんとなく憶えている単語を口にした。 「はい、そうなんです! そもそも禅とは」   しまった、と思ったときにはもう遅い。私は地雷を踏んだらしい。   ヴォイは禅についてくどくどと語りだした。   そこでようやく彼女は重度の極東マニアである事を嫌でも認識せざるをえなかった。   ピエニはと言うと静かに怒りを発しながらこちらを睨んでいる。   余計なことを言いやがってこのウスラトンカチ…とその視線が語っているのは尋ねなくても解る。   小心者の私は胃の痛い思いをしながら禅についての説明を受けていた。   途中から幾らか話がわかってきて、学者性分というのか、詳しく知りたくなり質問をしたり等をして数時間を潰し、  ピエニからは深く嘆息される羽目になった。   そんなこんなで二人の同居人を得てから一週間ほどが経過した。   私は自分は自分で好きなようにしているので、そちらはそちらで好きなようにしておいてくれ、という旨を伝えておいたので、  基本的には互いに生活に干渉しあう事無く過ごしていた。   ピエニは木かヴォイを相手に剣の練習に励み、ヴォイももっぱら刀を握っているか家事全般をしてくれている。   たまにピエニも手伝う事があるようだ。   共に過ごすのは食事の時か、オーロラ観測に表へ出るときだけである。   さすが犬人、黙って出ようとしてもすぐに察知し、気がつけば背後に二人がぴたりとついてくる。   私が記録をつけている最中、彼女らはうっとりとしてオーロラをみている。   あんなに美しいモノと睨みあいをしている人間なんぞ、オーロラ学者だけだろう。   素直にあれを楽しめない我々はなんと無粋な生き物か、と思うときも在る。   ともかくそんなで特に互いに衝突もなく日々を過ごしていた。   ただ、衝突はないのだが、 『………』 「………♪」   これではまるで隠遁生活を勤しむ僧侶だ。   スプーンで精進料理を食べながら思った。   確かに美味いのだがやはり物足りない。   しかし毎日これだけ嬉しそうに食べるヴォイ嬢を見て、私には「やめてくれ」とは言えなかった。 「ヴォイ…」   そう思っている所に、ピエニがぐるぐる巻きになりそうなほど眉頭を吊り上げ困惑した顔で、彼女を見あげながら口を開いた。 「どうしたの?」 「そろそろ、何か別の…その…いや、決してこれが不味いわけではないのだが…」   私の思っていることをそのまま口にしてくれた。正直に申し上げて、助かった、と思った。   が、彼女は気を悪くしないだろうかと反射的に視線を彼女に向けた。 「さすがに毎日だと飽きるか。ごめんね」   そういって舌をちろっと出して見せた。   安堵のため息を付く。彼女はどうにも気にしていなさそうだ。 「すまん…」 「そうね、じゃあ早速今晩は何がいい?」 「クリームシチューなんかどうかな。鶏肉の」   わたしは脳裏によぎった料理を口に出した。 「うん、いいな、鶏肉……ふん」   ピエニは同意しかけてそっぽを向いた。   たいそう私は嫌われているようだ。   まあ仕方ないのかもしれない。   どこぞの気心も知れぬ相手と共に暮らすことを命じられたのだ。   騎士である彼女らには死より苦痛かもしれない。   戦場に送り込まれても戦争が終われば故郷に帰れる。   この任務は終わりが見えないのだ。   適当にはぐらかしてお帰り願おうか、とも考えたが、来てもらってしまった以上彼女らを帰せば  私は彼女らでは満足しなかった、と受け取られるだけである。   それは彼女らにとって不名誉な事にもなる。   やはり、大臣の顔色を窺ったりはせずに、強引にでも最初に断るべきだった。   今更だ。 「わかりました、それじゃあシチューにしましょうか」   ピエニは頷く。私も頷いた。 「材料が多分足りてないので、町まで買い出しに行って来ますね」   多分とはどういう事だろう。食糧の管理はすべて彼女がしているというのに。   嫌な予感はしたがそれはまあさておいて、私も町(※5)へと降りる用事があった。 「私も一緒に行くよ。インクが切れてしまったんだ」 「それくらいの用事なら、申し付けていただければいいのに」 「なんだかそれも悪いしね。それに少し町も見てみたいし」 「わかりました。それじゃあ、一緒に行きましょう。ピエニも行く?」 「ああ」 「それじゃあ、出かける準備をしてくるよ」 「…町へ出ると言うのに、あのだるまのような格好でゆくのか?  貴方には恥じらいと言うものがないのか」   ピエニが鋭く突いてくる。 「私は元々寒がりだしこの通り、毛を剃られたプードルのようなものでね、寒くて耐えられないんだよ」 「なら毛を生やせばいいだけの事だ」   そんな無茶な。   返す前にピエニは表へ出てしまった。犬そりの準備に向かったのだろう。   私は部屋に戻ってしっかりと着膨れして外に出た。 「ちなみに…」   犬そりに乗り込むと手綱を握るヴォイが口を開いた。 「どうしたね?」 「私、シチューって、作った事ないんですよね」   そう云ってから、彼女は手綱を引いた。   …やれやれ。   どうしてメイドをよこしてくれなかったのだろう、あの老人は。   私は心の中で溜息をついた。   シチューに必要であろう食材を買い込み、インクを買い終えて家に戻ろうかと言う時だった。 「ニスクネイチ ラカスタ ターテア ヤ クウタ…」   遠くから女性の歌声が聞こえ、私は足を止めた。 「何かな、あれは」   聞いた事のない歌だった。 「この国に伝わる“愛の歌”ですね」   ヴォイが答える。ほう、と私は答えた。 「とても美しい歌声ですね。見に行ってみます?」 「うん、そうしよう。特に急ぐ用事もないからね」   私たちは歌声の聞こえる場所まで足を運んだ。   町を見回しながらなかなか良い所だなあ、とそんな事を考えていた。   小さい町だが、なかなか活気付いている。   住んでいるのが寒さをものともしない犬人達だからなのかもしれない。   人間がこんな寒い場所に住んでいたら、寒くて外に出ようとはしまい。   私たちが街頭の歌手を囲う群集の元へとたどり着いた時には、ちょうど歌が終わっってしまった。。   歌手は声援を受けながら投げ銭に打たれていた。   歌手はおっとりと優しそうな雰囲気の白い毛並みとでるとこでてて、ひっこむとこひっこんでる、  美しい女性で、それとは不釣合いなほどに少し薄汚れた身なりをしていた。   彼女は碗からこぼれる投げ銭に興味を示す事無く、次の歌のリクエストを聞いていた。 「わかりました。それでは、次は空すら絶える天に近いところで舞う機械仕掛けの少女、  サテラトスと龍の物語を歌いましょう」 「クーフェ・ニーザル(※6)か。粋な選抜だ」 「知っているのか?」   私の呟きにピエニが尋ね返す。 「吟遊詩人さ。とはいっても特殊な人物だ。  クーフェ女史は歌が歌えない。というのも、彼女は妖精で発声器官が人と異なるので人語を話すことは出来ないからね。  人語を話す妖精も多いが」 「ならばどうやって歌うのだ。歌えなければ吟遊詩人はできぬだろう」 「絵本にして見せ、BGMとして自分の歌声を使ったんだ。  どんな楽器にも出す事ができない、それはそれは美しいメロディだったと聞く」 「…詳しいな。それにしてもそれをどうやって歌うというのだろう」 「彼女の絵本は絵だけの無言劇だ。出版者が内容の粗筋を書き入れた物もあるようだがね。  それを歌うのだろうか。それは聞いてのお楽しみという所か」   我々が思慮めぐらせている間に、歌は始まった。   そらの 遥か彼方 事象の龍すらも ちから及ばぬ 白亜の砂漠 天のくうへ   遥かいにしへに ぜんまいじかけの 少女 打ち上げられました   その名は サテラトス 美しきひとがた ただこの今も てんのくうより 視線をおろすと言う      私はこの物語をしっている。まあ、その絵本を目にした事があるからなのだが。   彼女が妖精クーフェに会ったのかどうかはわからない。   私の様に絵本を見ただけの可能性のほうが高いだろう。   だが、彼女の声には妖精クーフェの魂を確かに感じた。   そんな力強くも雪空に消ゆ儚い歌声だった。   歌が佳境に入り、天空にいる出あった事もない人形の少女に恋をした龍が空へ舞おうという時に、  観衆がざわめき始め歌が中断された。   人相…犬相の悪い巨漢の犬人とひょりと背の高いモヒカン犬人が観衆を掻き分けて彼女の前に立ちはだかった。   これでは歌を中断せざるを得ない。観衆達は不安げにしながらも己に火の粉が飛び散らぬようにと  女性を見守っている。 「あ、あの、グルタクガさん、ルンガさん…歌を聴きにいらして下さったのなら、もう少し後ろに下がっていただかないと…きゃあっ」 「そんなわけねえ事くらいわがってんだろう、ラカスタさんよう」 「ほんまじゃい!グルタ兄貴をばかにしてんかコラァ!」   彼女の名前はラカスタというらしい。巨漢がグルタクガ、モヒカンがルンガか。 「お、お金は次の支払いの期日まで待っていただけると…」   可愛そうに、ラカスタさんはうすらでかい男二人に睨まれて震えてしまっている。 「おお? 次で何分の一の金を払ってくれるんだあ? どうせ全額は無理だろうよ?」 「つ、次で全額払えます。ですから…」 「なんだとう。それはつまらん…つまらんな…許せん…」   自分勝手なことを男は呟き青筋を立てている。   そして彼女の稼ぎが入った碗をわしっと掴むと懐へといれた。 「ま、待ってください。それはあなた方に返す分も、私と子供達の晩御飯の分も入っています。  今もって行かれては困ります!!!」 「どんだけお前が返すのを待ってやったと思ってんだぁ? 利子だ利子」 「こんだけで許したるなんて兄貴はほんま優しいお人やで…」   何より腹立たしいのは、歌の顛末を聞いて泣く準備をしていたのに、興を醒めさせられた事だ。 「ピエニ、ヴォイ、聞きたい事があるのだが」 「はい?」「なんだ」 「私は、君たちを自由にして良い、と言われた。どこまでしていいのかな?」 「何でも、ですよ。私たちに可能な事であれば」 「じゃあ、お願いしていいかな」   私はそう云って巨漢たち(やりとりを見るに借金取りらしい)に目を配った。   これだけ騒ぎになっても衛兵がこないという事はあてにはならん、という事だ。 「貴方に頼まれるまでもないさ」 「任せてください」   二人は頷く。   おお、なんとも頼もしい。   女性に荒事を頼む男と言うのは情けないが私は剣を握ったことはあるが振った事はない。   美しくとも勇ましい私の二人の騎士はラカスタ嬢の上前を跳ね立ち去ろうとする巨漢の前に  勇ましくも立ちはだかった。巨漢の方と二人の身長差は軽く倍以上ある。本当に大丈夫だろうか。 「なんじゃこのアマ犯したろぶぐぇっ」   モヒカンが汚い言葉を吐きながらピエニに掴みかかろうとしたが、言い終える前に拳を鳩尾に叩き込んだ。   ピエニが鳩尾にめり込んだ拳を抜くと同時にモヒカンは崩れ落ちる。 「お、おお!? 正義の味方気取りでしゃしゃり出て痛い目に合わされえのか?  俺たちぁ暴力を振るわれちまったんだから何したってぇ正当防衛だぜ。ぐへへ」   巨漢は涎をたらしながら卑しい視線を二人に向ける。 「私達の身を案じる前に己の身を案じろ、アホ面」 「さっさとかかってくるでござる。お主ごとき片手で用は足りる出ござるよ」   ヴォイはいつもとは違う変な口調で挑発し、頭にかぶった帽子を持ち上げるような仕草をして(※7)流し目を巨漢に浴びせる。 「ぶるおおおおおう! 犯して埋めてやるァァ!」   巨漢は拳を振り上げ、闘牛の様に激しい勢いでヴォイに突進する。   ヴォイは咥えた何かを吐く仕草をすると(※7)巨漢に対して半身を向けた。   一瞬にして双方の距離は縮まり、振るわれた巨漢の拳が彼女に当る、と思った瞬間だった。   ヴォイは軽くその手を掴んでひねった。   巨躯が宙を舞い、彼女らの背後に背中から落下した。   見覚えのある技だった。バリツ極東語で言う所の柔道というやつだ。   極東の格闘技の一つで、非力でもこつを掴めば巨漢相手でも投げ飛ばせる、という事で身に着ける学者も多い。   私も身に着けようと努力した事はあるが、どうにもセンスがないらしく直に諦めた。   少しの間、静寂が辺りを包んだ後、拍手が彼女らに浴びせられた。   そこへ遅れて警邏がやってきて観衆を追い払い、歌姫と二人の騎士に事情徴収を始めた。   二人が自分達は騎士団の人間であることを示すと、急に警邏は頭をへこへことさげ始める。   そして事情を話し始めようとして背後を振り返ると、既にそこから借金取りたちは姿を消していた。   身体に見合わず、逃げ足は速い。   事情を話し終え(私はただ遠目から眺めていただけだ)、私たちは帰路につこうとした。 「ま、待って下さい、騎士様方」   私たちは振り返る。   ラカスタ嬢は私たちに、というか彼女らに頭を下げた。 「本当にありがとうございました。お陰さまで助かりました」   二人は首を振る。 「ごろつきに制裁を加える事くらい容易いことだ」 「私たちは礼を言われるようなことをしていません。私達はこちらのさるお方の騎士で、  命じられた仕事をこなしたまでです」   ラカスタはさらに腰を低くして私に頭を下げた。 「さる高貴なお方、お心遣いに感謝いたします…」 「いやいや、本当に私は何もしていないよ。指一本動かしたくらいだね、ははは」   私は手を振る。というか高貴なのか、私は? むしろ小汚いのだが。 「お優しいお方…その、是非お礼をさせてください」 「いやいやははは、御代はもう先払いで頂戴したさ」 「え?」   彼女はきょとんとした表情を作る。 「素晴らしい歌声を聞かせていただいた。あまりにもの美しさにうっとりしてしまったよ」 「いえ、そんな。今の私には何もないので、これをお受け取りください…」   そういって差し出されたのは巾着袋だった。袋の形容の変化具合から中身が何かわかる。   硬貨だ。   しなし、中身は殆ど入っていない。   あの借金取りたちめ、どさくさに持ち帰ってしまったのだ。   彼女が持っている分は銭を受ける碗からこぼれた分の投げ銭のみである。 「いや、そんなもの受け取れないよ。それよりちゃんんとご飯を食べてまた明日も  その歌声をまた町に響かせておやりなさい。皆待っているだろう」 「あのアホどもがいい所で邪魔をしたからな…」   ピエニが舌打ちをした。 「いえ、大丈夫です。もうここ数日食べてませんか…ら」   ぐきゅるる。 「うほぉっ!?」   ラカスタは言い終えると同時に大きな腹の音を鳴らして、足元に崩れ落ちた。 「大丈夫かっ!」 「しっかり、ラカスタさん!」   二人が私が動くより素早く彼女を抱き起こした。   いくら呼びかけても彼女は反応しなかった。   当然、放置はしておけないし、彼女の引き取り手を私は知らない。   町の人に尋ねても彼女は知っていても家族については知らない様子だった。   どうにも彼女は流れ者で、元々この町に住んでいた訳ではないらしい。   とりあえず医者に連れて行くと案の定、栄養失調、と告げられる。 「ご飯をちゃんと食べさせてやりなさい」   食べさせようにも彼女は起きなかった。歌姫が眠り姫になってしまったのである。   起きたら今晩はもう料理店で済ませてしまおうという話になったが、幾ら待っても起きない。   彼女をとりあえず家に送り届けようという事になり、人に尋ねたり匂いをたどって  彼女の住まいの貸家を探し当てた。あまり人気の無い町外れ辺りに家はあった。   しかし扉は閉まっているし中に気配はするものの、幾ら呼んでもノックしても出てくる気配もない。   扉をぶちやぶる訳にもいかず、起きない彼女を放置もしておけない(例え家の前とは言え、  路地に美女を放置しておけばどうなるか、結果は目に見えている)。   隣家に頼もうかとしたが、偉い剣幕で夫婦喧嘩をしているのが聞こえてきたし、もう一軒は空き家だった。   もう次に廻るのが面倒になったのと我々にも生活があるので、彼女を連れて帰るのとにした。   起きれば犬そりで連れて帰ってあげれば良い。そう時間はかからない。   私たちが彼女を連れて帰り、二人がシチューを作る為に苦闘し始めた時だった。   私は彼女のことが気になって研究に戻るにも戻れずずっと看病をしていた。   …とはいっても、ただぼうっとその美しい顔を眺めていただけだが。 「は…! わ、わたしはここ、どこは誰!?」   目覚めるなり眠り姫は、錯乱してよくわならない事を口走った。   ぐきゅるる…   次の瞬間その腹から放たれた大きな音は厨房の二人を思わず振り返らせた。 「はっ、はう…私もうお嫁にいけないわ…」   ラカスタは赤面し顔を隠した。 「ご心配には及びませんよ、おぜうさん。この私めがおごっ」   振り返らずともわかる、ピエニからのツッコミが後頭部に入った。 「馬鹿なことを言っている暇があったら貴方も知恵を貸せ!学者だろう!」 「シチューの作り方なんて知るわけがないさ。学者とは言え、料理研究には一切携わった事がないんだよ、私は」 「シチューを作っているのですか?」   そう云ってラカスタ嬢が興味深そうに厨房の方へ視線を向ける。 「そうなんだよ。私たちの中には誰一人作ったことのある者がいなくてね」 「…私、作りましょうか?」 「おお、頼めるかい!」 「はい、喜んで!」   ラカスタが厨房に入ると、ピエニは「三人もいては邪魔だろう」と一人抜け、ヴォイと二人でシチューの準備を始めた。   彼女が目覚めた事で私は安心し、研究に戻った。一時間ほど研究に没頭していると、扉がノックされ、ピエニに名を呼ばれた。   どうやら食事ができたらしい。   私が食卓につくのと同時に、食事が運ばれる。ペンを握り机に向かっていた間もそうだが、鼻腔が膨らみ、胃が踊るこのにおい。   机の真ん中にパンのバケットが置かれて本日の晩御飯が揃い、四人が食卓について食事が始まる。 『いただきます』   スプーンで白濁を掬い口へ運ぶとこれのなんと美味い事。   中の野菜や肉もよく火が通ってやわらかく丁度よく味付けされていてほくほく美味い。   皆を見回すと、それぞれ至福の表情で目の前のそれを口に運んでいる。   色々と寄り道をした所為で遅い晩御飯となってしまっている。   我々も、彼女ほどとは言えないが腹がかなり減っていたようだ。 「久々にきちんとした暖かいものを口にした気がします」   一体どんな生活をしているのだろうか。借金取りに追われる様な生活だ、あまり豊かとはいえないだろう。   食材が買えなくては料理もまともにできまい。この料理の腕を振るわせずに置いているとは、非常に勿体無い事だ。 「これをあの子達にも…あの子達…あっ!」   ラカスタは突然声を上げて立ち上がった。   必然と私たちは彼女を見上げた。 「すっかり忘れていた。ご家族の事があったね。旦那さんも子供さんも心配している筈だ」 「いいえ、夫はいません。私と子供達だけです、ああ、あの子達お腹をすかしているに違いないわ。  急にですみません、私うちに帰らなくては」   なんとバツイチか。こんな天使ですらウットリしそうな女性を捨てるとはこの国の男はおうなっているんだ。   きっと借金も元夫に背負わされたに違いない。まったくけしからん。   などと私は勝手に考えて憤慨していた。(※8)   心底心配なのだろう、彼女は席を立ち扉に向かっていた。 「待ちたまえ、奥さん。子供達もお腹をすかしているはずだ、ヴォイ、急いでシチューを何か小さな鍋にでも移して差し上げておくれ」 「はい」   そういってヴォイは布で厳重にくるまれた丁度小鍋サイズの物体を差し出した。   どうやら鍋を保温の為に布をまいているらしい。   私が指図するより早く気がつき、準備したらしい。 「偉く早いね、ヴォイ。まるで以心伝心」 「ありがとうございます、助けていただいたばかりか、こんな事までして頂いて…」   彼女は鍋を抱えて涙ぐむ。 「さあさあ、それより、子供達がお腹をすかしているだろう。そりで送るから表へ」   騎士たちはそりの準備に取り掛かり、私は急いで厚着をして表へ出て用意されたそりに乗り込んだ。   そりは四人を乗せて走り出す。   そりはゆきのどっさりつもった夜の林を駆け抜けていく。   私はいつものクセで空を見上げ、星座を探し始めた。 「今日は“リギエルの心臓”がよく鼓動しているな」 「リギエルの…心臓?」   私は空を指して星の群集を囲むように示した。 「そう。あそこにある星の群れが心臓…内臓でもあるんだけどね、丹田も含めて心臓、と呼ぶ。  あのあたりの星は一番善く瞬いて脈打っているように見えるから、星の事象龍リギエルの心臓と言われている。  星は全てリギエルの肉体の一部と考えられているんだ。だから多くの星座にはリギエルの名が冠されている。  あっちのYを描く星の流れはリギエルの杯。あっちにある円形はリギエルの皿」 「星を見るのは好きですが、初めて知りました。本当はそんな名前がついているんですね。  心臓と呼ばれた箇所は怒るヤマアラシ、杯は英雄グラーフの槍、皿は偽月神ヤーフェムの象徴」   私は少し耳を疑った。月を食らうヤーフェムが偽月神と呼ばれているとは。それともただの偶然か?   興味深い。この国の星についての文献を調べ直す必要があるな。(※10) 「いや、本当の名、なんてのはないさ。星に名をつけた人種は様々だ。  私が偉そうに述べたのは、そのうちの一つに過ぎないんだ。君の言う名も正しい」 「星にお詳しいんですね?」 「こうみえても天文学者なんだ。高貴な身分ではないただの、ね」 「そうなのですか…私の子達、星が好きなんです。機会があれば星について教えてあげて頂けませんか?」 「構わないよ。こちらこそ大歓迎さ」   私の星座にかんするうんちくが始まり、皆は黙ってそれを聞いていた。   しかし残念な事に、うんちくが導入に入る前にラカスタの家に着いた。 「今日は本当にありがとうございました。よろしかったらまた歌を聴きにいらしてください」 「もちのロンさ!」   ピエニとヴォイも頷く。 「それでは、子供達に早く食事を用意してあげておくれ。私たちは帰るよ。シチューを作ってくれてありがとう」 「いえいえ、お安い御用です。またいつでも作らせて頂きますよ」 「そうだね、その時は子供達も連れてきておくれ。それじゃあ」   そりが向きを変えて走り出す。彼女がいつまでも手を振っているので見ていると、  小さな影が扉を開けて出てきてラカスタに飛びついた。そして私のほうを見る。   彼女の子か。   更にその後ろからもう一つ影が出てきてこちらの様子を窺う。   私は小さくなってゆく彼らが見えなくなるまで大きく手を振り続けた。   次の日。日が暮れ始め、少し寒気がしてきたのでウイスキーでも飲もうかと思った時だった。   グラスに注いでソファに座ると尻に何かがめり込んで驚いて飛び上がった。   何かと見てみると、巾着袋だった。   直に思い出す、彼女の巾着袋だ。   硬貨が私の薄い尻めに食い込みやがったらしい。   昨日ソファに寝かせていた間に落としてしまったのだろう。   それほど入っていないにせよ、彼女は困っている筈だ。届けなければ。   私は立ち上がってひとつ思い立つ。   私は自室に戻り秘密の金庫を開けた。   そこには金貨やらが結構な量しまってある。   私の金だが私の稼いだ金ではない。   この国の民の血税と言えようか、大臣から渡されたものだ。   そこから大雑把に硬貨を握ると巾着袋に放り込んだ。   屋内の私から外出時の私のように巾着袋はまるまると太った。   それを届ける為に二人に声をかけようとしたが、 「ぎゃんぎゃんぎゃんっ!」   ピエニは床を走り回るねずみを追いかけるのに必死だった。   ヴォイはと言うと、割烹着で厨房に向かっている。晩御飯の用意をしているのだろう。   双方中断させるのはなんとなく悪い気がした。   さらに私の悪いクセである邪推が働く。   心の隙につけこんで未亡人を口説こうとしているように見えたりはしないだろうか。   さらには血税を使って、だ(現場を見られたわけではないが、渡す時にばれるだろう)。   まあ、金を渡して帰ってくるだけだ、わざわざ護衛をつっる必要もあるまい、と自分を納得させてこっそり表に出た。   しかし犬小屋に入ってから私はそりの準備…犬をそりにどうやって繋ぐのかわからない事に気がついた。   とりあえず見よう見真似で犬の首に縄をかけようかとした。 「うォっ!?」   急に犬は走り出した。しかも首輪に手袋がひっかかって外れない!   私は咄嗟に犬にしがみついた。それでも犬は減速する事なく走り続ける。 「ヒヒィィィ!」   そりで走る時の倍以上の速度が出ている。顔が尋常なく冷たい。氷水のシャワーでも浴びせかけられているようだ!   顔を必死に伏せて犬にしがみつく。   しばらくして犬は速度を落とし、やがて停止した。   急に走り出すせっかちさんではあるが、利口らしい。   彼女の家の前だった。 「よしよしよくやっ…あっ」   頭を撫でていると犬は踵を返して元きた道を駆け出した。   荷をおろした犬の全速力は恐ろしく早い。あっと言う間に見えなくなった。 「お、おぉ〜い…せっかちにも程が…」   私はどうやって帰ればいいのだ、と思った時だった。   彼女の家から皿の割れる音がした。   何事かと思いながら彼女の家に近づいた。   ラカスタ=カンタービレは街頭で歌を歌い終え、晩御の食材を買って愛しい子供達の元へと足を急がせていた。   先日、腹を満たした所為か、昨日よりは良い声が出せた。   そのお陰もあってか、観衆は昨日より多かったと彼女の目には映った。実際、投げ銭が普段より多かった。   それもこれも、あのチョビ髭の生えた体毛の少ない紳士と彼の二人の騎士のお陰だ。   今日は忙しいのだろうか、観衆の中にはいなかったようだった。   少し残念だった。また聞きにいらして下さるのはいつになるのかしら、と考えて、自分の内にある、彼に歌を聞かせたい、  という欲求に気付く。   私は彼に好意を抱いている? 一瞬だけ彼と、子供達とで暮らしている所を想像して直に打ち消した。   そんな、浅ましい感情だ。彼は天文学者だと言った。きっと見合った聡明な相手をお選びになるに違いないのだ。   私のような白痴な女にはどだい彼の妻など務まらないだろう。   そんな事を考えながら家にたどり着いた時、家の異変に気が着いた。   この嫌なにおい、借金取りのグルタクガ、ルンガ。   気がついたときには家の中に飛び込んでいた。 「もみじ、レイア!」 「ぐへへ、待っていたぜぞお」 「ヒッヒ!」   扉から入ってすぐ見える位置に、愛しのわが子はいた。   手足を縛られ、猿轡をかまされ、ルンガにナイフをつきつけられて震えている。その隣にグルタクガが立っている。   見た目に目立った怪我は見当たらない。無事を確かめに呼びかけようにも、恐怖と驚愕に、襲われて声が出せない。 「言わなくても叫んだりしたらお前のガキはひどい目に合うぜ」   絶望と恐怖の他に、もう一つの感情が首をもたげる。   今まで色んな男にも女にも騙され、酷い目に合ったりタイヘンな思いをしてきた。それでも、人を憎む事はなかった。   今はただ、子供達の為にこの二人を殺したかった。   家に入ってすぐの場所にキッチンがある。その壁からぶらさがっている包丁を咄嗟に手を取ると、  怒りと恐怖に震える腕で双方の男に交互に切っ先を向けた。 「ほお!」 「こ、こどもを離して下さい! 私は、本気です!」 「ひひひ、子供の為に身を張るかあ、泣かせてくれるねえ。ほうら、俺を殺して見せろ、そうしたら借金はなくなるかもだ!」   男達は彼女が本気だとは知りつつも余裕の表情だった。   例え向かってきても、恐ろしさに震えるか弱い女の一太刀、楽にいなしてみせる自信が彼らにはあった。   実際、彼女が目を瞑ってグルタルガに突進したが、彼はひょいとその腕を捕まえて包丁を叩き落とした。   彼女は振りほどこうと必死に身体をひっぱるが、腕はびくとも動かない。 「どうして、こんな酷い事…!」 「簡単な事さ、俺はお前を抱きたいんだ」 「私が次の期日までにお金を返せなかったら、とお約束した筈です!」 「だから、返されちまったら、俺はお前とやれないだろう、俺はもう我慢できねえんだよッ」 「きゃあっ!」   グルタルガはラカスタの衣服を引き裂いた。彼女の下着姿が露になる。 「げひひ、本当にいい身体をしてやがるなあ、たまらんなあ」 「たす…むぐっ…!」   大きなごつごつとした手が彼女の口をふさいだ。 「お前、忘れたのか? 叫べばガキは三枚におろしてやるぞ。なあに、大人しくしていればすぐ済む」   グルタルガは巨躯を以ってして彼女が逃げられないように覆いかぶさった。   ラカスタは抵抗を諦め、一筋の涙を流す。   子供たちは必死にハハの痴態を見ないように、目を瞑っていた。   グルタルガの巨躯がラカスタに覆いかぶさった時、その頭が壁を突き、揺さぶった。   壁にかけられていた飾りの皿が、落下して割れ、くだけちった。 「ひひ、それじゃあいい夢みせてやる」 「キェーーーーッ!」 『!!??』 「キェーーーーッ!」   私はその腸が煮えくり返った程度では気がすまない情景を目にしながらも、意外なほどに冷静に事を運んだ。   叫び声はともかく。   扉をこじ開けるのに男たちが使ったと思われるバールを発見すると迷わず、彼女に覆いかぶさる巨漢ではなく、  モヒカンに狙いをつけて襲い掛かった。   先に救出すべきは子供達であると判断したからだ。   この男がすぐに彼女を殺すことはないが、子供は殺してしまう可能性がある。   いや、冷静にとは言いながらも抜け穴だらけで、無計画で無謀だ。   襲い掛かる私を見てモヒカンが子供に刃を向ける可能性もあるし、そもそも人質なのだから脅されれば私は停止するしかない。   しかし、彼は見た目どおり頭は悪かったらしい。 「ホォオオオーーッ!」   モヒカンは雄たけびと共に両手を頭上に挙げて構えた。   これは、噂に聞く(ヴォイに聞いた)真剣白刃取りと言う技だッッ!   そう悟った時には既に時遅し、私はバールを振り下ろしていた。 「ゲひょッ」   バールはモヒカンの頭に直撃した。そのままモヒカンは泡を吹いて倒れた。 「ルンガぁ、このまぬけめ!」 「あ、貴方は昨日のお方…! どうしてここへ!?」   そういえば、私は彼女の名前を知っているが、私は彼女に名乗っていないことを思い出した。 「私の名前はヨウル。ヨウル=プッキー。探偵だッ!」   探偵は少し無茶があったか。 「学者様では?」 「そうそう、憶えていてくれたね。ただの学者だよ」   そういいながら私はバールを巨漢に向けて構えた。   巨漢はそこでようやく身体を起こし、こちらに向けた。   青筋を立てている。切れてるなぁ、これは。   しかも、外から入る寒い空気が、巨漢の荒い吐息を氷龍のブレスの様に白く染め上げるので余計に恐ろしい、だが。 「てめえ、なにもんか知らねえが、邪魔した事を後悔させてやるぉううんッ!」   巨漢が拳を振り上げて襲い掛かってきた。   モヒカンを倒したことで私は調子付いていた。   私には、今追い風が吹いているッ!   バール神が私に味方をしているのだ。今ならやれる。   私はバールをふりかぶった。   バールは巨漢へと吸い込まれるように――接近する事はなかった。   振りかぶった勢いを私のもやし腕では留めることが出来ず、バールは私の手から離れて壁に向かって飛んだ。   やけにゆっくりと拳が近づいてくるのがわかる。   今、私はどんな顔をしているだろうか。おっそろしく変な顔をしているに違いない。   鏡が今手元にあるなら指を刺して笑ってやりたい所だった。 「ぎょぶぅッ」   私の体は枯れ枝のように飛び、壁に叩きつけられた。   そのまま、前のめりに崩れ落ちた。   左肩から壁へと直撃した為に、そこに激痛が走っていた。拳を受けた筈の頬の痛みがわからない程に強烈だった。   私は肩を抑えてもだえた。痛すぎて声も出ない。   男は巨躯を左右に振ってゆっくり近づいてくる。   どうやら私はここで死ぬらしい。   最後にだけ一生にただ一度男らしいことをして死ねるのだからまあ善しとするか。   脳の一部はパニくって思考がぐちゃぐちゃだというのに、やけに冷静な一部分でそんな事を考えていた。   男が留めの一撃を振り上げる。   さようなら、もう何年も会っていない父と母よ。まだ死んでいないはずだから先立つ不幸をお許しを。   私が心の中で十字架をきった時だった。 「がっ…」   巨漢は突然白目をむいて仰向けに倒れ、大きな音を響かせた。   巨漢の後ろから現れたのは、ピエニとヴォイだった。   後ろから一撃をくれてやり気絶させたらしい。   剣士が天使に見えた。そんな冗句が思い浮かぶほどに安堵した。   左肩の激痛にもだえながら。 「無事かばかものめっ!」   ピエニは私に飛び掛るように接近すると襟首を掴んで私をゆすった。私は首を横に振って無事でないことを伝える。 「貴方は本当にばか者だな! 私たちの首まで飛ばす気か!」   私はどうやら今のこの国では重要人物扱いされているので、確かに私が暴漢にやられたとなれば護衛についた彼女らの首は間違いなく飛ぶだろう。   ピエニが私にを叱責している間、ヴォイはラカスタに毛布を着せてやり、子供達の拘束を解いてやっていた。 「モミジ、レイア!」 「らすたぁ、らすたぁ!」「ラスターッ!」   二人の子と母親が抱き合うのを安心しつつピエニに揺さぶられ、激痛にもだえるという高度な同時技を私は披露していた。   ヴォイは私に近寄ってピエニをどけると私の肩を具合を見た。   彼女が動かすたびに激痛が走る。 「…肩が外れてますね。運よく折れてはいないように見えますが。肩をはめますよ、痛いので覚悟してくださいね」   待っ、と言う暇すら与えず、悪戯に微笑むと彼女は私の体を抑えて、背中側へ一気に腕をひねり上げた。   火花と言うやつは本当に目の前で散るのだな、と思った。   痛みが少し落ち着いてから、ラカスタに事情を聞いた。   元夫が相手ではなかったが、ともかく騙されて保証人になり、失踪したその人物の代わりに借金を返すハメになっていたそうだ。   彼女は元は音楽団に所属している歌手だったが、営利を求めない、それどころか寄付することすらある、そんな組織からはもらえる給料は少なく、  とても返せない金額の借金を背負わされていた。しかも借金取りたちは音楽団にも姿を表し演奏の邪魔をすることもあった。   団長は我々皆で返そう、と云ってはくれたがぎりぎりの給料で妻子や両親を養っている団員も多くいることを彼女は知っている。   それに楽団は聞いてくれる皆の為にあるべきで、私の為に演奏をしたりしてはいけない。   彼女は黙って逃げるように楽団を抜けた。本当は、無責任であるとはわかっていたが、置手紙だけは残し二人の子はおいてゆくつもりだった。   この先自分の身はどうなるかわからない。つれていけるはずがなかった。そして、演奏会の忙しい間に、どさくさに紛れて一人  旅立ったのだが、 二人はそれを察知しついてきてしまった。戻るように言っても聞かないので共に行く事になった。   最初は宿屋等で地道に働いていたが、少しすると借金取りにみつかり営業妨害を受けた。   そうしている間に返済期限がやってくる。まともに働けないのだから、返す種もまともに貯まっていない。   なんとな返すから待ってくれ、返せなければなんでも言うことを聞くとその場の流れで約束させられてしまう。   約束はしてしまったものの働くに働けない。   仕方なく思いついたのが街頭で歌う事だった。   これなら場所を転々としながらできるのでなんとかなる。邪魔されても精々自分が困るだけだろう、と考えた。   これが当った。運よく借金取りには見つからず、普通に働くより多くお金が集まった。これなら提示された短い期間の間に返せる。   そう思っていた矢先の出来事が、先日の街頭での一件だった。 「それはタイヘンだったね…でも、これからどうするんだい?」 「こんな事になってはしまいましたが、私がお金を返さなければならないのは確かです。  お金をちゃんと返してから、自由の身になりたいと思います」   なんと芯の強い女性だろう。私には何かできないかと思った。   私が安直に、今すぐ私が代わりに金を返そうと提案したが、やはりそれでは納得がいかないらしい。   所詮は他人、私には何もしてやれぬのだ。少し消沈した。   もう夜も多くなってきていたので、借金取り二人はとりあえず縄で縛って町の真ん中に放置し、  私たちは私たちの家へと戻る事になった。   家に帰るなり、ヴォイが私に、平手をくらわせた(とは言え、なんら痛いというほどではない)。   しかしピエニならともかくヴォイから平手を頂くとは思っておらず、驚いた。   ピエニも驚いているらしい。 「私は、怒ってます」   素の顔で彼女は言った。 「あ、ああ」   私は間抜けに答えた。 「どうして私たちをちゃんと呼んでくださらなかったのですか?」   私は、黙った。言い辛い。理由は出かける前に考えた邪推そのままである。 「まあ、いいです。それ自体はさほど重要ではないです。  どうして私を、私たちを信頼して下さらないのですか?」 「信頼はしているよ」 「では何故いつもよそよそしく、赤の他人の様に振舞うのですか? 私たちの事がお邪魔ならそう仰ってください。消えます」   指摘されて気付く。私は彼女らを無意識に邪険にしていたのだろうか。   そうなのかもしれない。過去にあった様々な出来事から人を信用する事ができなくなったのだ。※9   でもそのことと彼女たちは無関係なのだ。 「もっと心を開いてください。  他人行儀の気遣いは、ヨウルさんの優しさの一つであるというのも解っています。  でもその度に、私たちがどう足掻いても“家族”にはなれないのだと痛感させられるんです」 「家族…」 「私たちがここに派遣されるというのは、どういう事かくらいはヨウルさんにもおわかりでしょう?」 「軍人としての将来を閉ざされるも同然、だね」 「私もピエニも戦争が好きというわけではありません。昇格が人生の指標でもありません。  ですが、騎士として軍に入ったというのにその力を戦争以外の、それも“女”という理由で  の任務に就く事になったのはやはりショックでした」   それはそうだろう。政治的な因果も在って仕方ないとは言え、やるせない。   この任務に己は騎士としてではなく女として選ばれたのである。   私自身、命を狙われているとはいえ、流石に西国もいくら遠く離れたココまで暗殺者を送り込んでくるような真似はしまい。   まったく騎士の腕を買われていないわけではないだろうが、女性騎士なら誰でもよかったのだろう。   いや、美しい彼女らだからこそ選ばれたのかもしれない。どちらにせよそれは騎士としての強さとは無関係な所だ。 「ですが、命じられた以上拒否もできません。  だから私たちは私たちなりに自分を納得させてここへきているんですよ。  私たちに同情しないで下さい。腫れ物の様に扱わないで下さい。  私たちを必要としてください、それだけでいいんです。必要とされない存在は無価値なんです。  これなら毎晩夜伽を命じられる方が気が楽です。少なくともその時は愛されていると解りますから」   犬人は鼻と耳が良い。それは物理的に発生する音を拾うだけでなく、心の敏感な動きも捉えてしまうのかもしれないな、と思った。 「すまない」 「料理がお口に合わなければ、そう仰って下さいね。私は鈍感ですから言われなければ気がつかないんです。  それくらいで傷付いたりはしませんから」 「すまない、その、美味しかったのは本当なんだが…」 「ピエニも、遠慮せずにもっと早く言ってくれれば善かったのに」 「…すまん…」   彼女にとっては自分の作ったものに不満を述べられるより、黙って我慢されていた事のほうがショックだったのだろう。   非常に申し訳ないことをした。 「すみません、偉そうに言ってしまって」 「いや、いいんだ。私も言ってもらえなければ気がつかないほうでね」   昔付き合っていた女性に似たようなことを言われたのを思い出した。 「それじゃあ、家族の証として、私たちにハグしてください」   突然何を言い出すんだこの子は。   ピエニは身構えて首を振る。 「私は絶対しないぞ!」 「ピエニー?」   ヴォイが片目を瞑って目で諭すと、ピエニは蝶耳を垂らしてばつが悪そうにした。 「はぁ…」   ピエニは観念したようにこちらへ寄る。   だが、私には一つ考えがあった。 「今はその…無理だな…」 「そうですか…」   ヴォイはがっかりとした表情で視線を伏せた。 「明日でいいかな。今は肩が痛くてね」 「ぷっ。あはは…! そうですね、気がつきませんでした」   ヴォイは本当におかしそうに口元に手を当てて笑った。 「…そう、今はまだ早いんだ」   二人は私の言葉が何を含んでいるのか気付いたのだろう。   ヴォイは頷き、ピエニは方眉を吊り上げて口元で笑った。 「じゃあ、晩御飯にしましょう」   腹が減っていたし食事は弾み、会話も弾んだ。   そうか、家族とは良いものなのだな。   私は久しく忘れていた感覚を思い返していた。   次の日、私たちはラカスタの家に訪れていた。 「そんな、これ以上お心遣いを頂くわけには…」   ラカスタは私の提案に首を横に振った。まあ、慎ましい女性なので最初はそう言うだろうと予想はしていた。 「心遣いじゃないさ。我が家には家政婦がいないんだ。頼もしい騎士はいるがね。  小さな研究所ではあるけど家として見ると広い家だし、掃除するとなると結構大変なんだ。  料理はいつもヴォイが作ってくれるんだが、一人で作るより二人の方が楽しいのではないかと思うしね。  住み込みの家政婦としてうちに来ては貰えないだろうか。勿論子供と一緒にね。  そうすれば、子供達の事を心配しなくていいだろう?」 「ですがその…昨日の様にご迷惑をかける事になったら、申し訳が…」   そういって、包帯で吊った私の腕を見て言う。 「…まあその昨日の私の失態はともかく、やつらが迷惑をかける事などできると思うかい?」   私は背後に控える二人の騎士に視線を送る。   彼女は笑顔を作って涙ぐむ。そして俯いて堪えきれなくなった涙を袖で拭った。 「…ありがとうございます…」 「いやまあ、子供達もそれでも良ければだがね、どうかな?」   ラカスタの足元にぴったりとくっついてこちらの様子を窺っている二人の子を見て言った。   一瞬驚いたように二人は引っ込んだが、再び顔をのぞかせて小さな男の子の方…モミジが口を開いた。 「おじさん、ほしのこといっぱい知ってるの?」   ラカスタから私の事について聞いたのだろうか。私は頷いた。 「うむ、まあ星の事しかわからないんだけどね。ははは」 「ぼく、ほしがだいすき。ほしのこと、いっぱい教えてくれる?」 「ああ、勿論だとも!」 「やったー!」   モミジはラカスタの後ろから走り出て私の足にしがみついた。私は腰を落として彼の頭を撫ぜてやる。   撫ぜてやりながら、まだラカスタの背後からこちらを窺っている少女、レイアに微笑み掛けた。   レイアは恐る恐る口を開く。 「わたしも…教えて欲しい…」 「喜んで!」   そういうと彼女は嬉しそうにもじもじとした。       そして私たちは、六人で我が家へと戻り、まるで新居に移り住む時のような、不安と興奮に包まれながら抱き合った。        こうして、私たちは家族になった。    家族はまだこれ以上に増え、夜空に輝く流れ星にも負けぬほど美しい軌跡を描く流星群となる事を、一体、私達のうちの誰が想像しただろうか? ここでopが流れてゲーム開始>http://www.youtube.com/watch?v=11A4DHy8Atc 家族計画について…諸事情抱える他人同士が生活の為に寄り集まって家族になる(家族をする?)、というお話のエロゲーです。 edもいい曲だから聞いておくといい!http://www.youtube.com/watch?v=k8fBlDgw1GE&NR=1 ※1 彼女らは“女性だから”連れてこられた、というわけですね。    ピエニ嬢がヨウルに対して必要以上の嫌悪感を持つ理由のひとつ。    彼女は「男に生まれたかった」と考えているので、「女扱い」される事をあまり好まないので尚更。    ヴォイマカスはカンで「(ヨウルは)大丈夫」な人だとなんとなく思っているので気にしていない。(と後に語る)    ちなみに、彼に護衛をつけること事態は決定していたものの「そういう」事もさせようと考え手引きしたのは   大臣個人の判断によるもの。   ※2 あの件…ここでは詳しく語られない。ヨウルは各地の大学を転々としてフリーの教授をしていたが、   西国で教員をしていた時に、うっかり西国の教義(宗教的な)に反する発言をしてしまった為に捕らえられてしまった。    命の危険を感じ、占星術の導きによってなんとか脱出した。(っていう勝手な俺設定です!?) ※3 占星術師。ソディア=カレンダー http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/2183.html    彼にとって信頼に足る人物だった。 ※4 西国外にも西国教徒は多々おり、油断している所を何度も捕らえられかけた。    そんな出来事に幾度も遭遇したために、神経質になっている。 ※5 説明不足かもしれないので念のため…町は割と近所ですが、街(前のピエニシナリオで名前が出た)は遠いです。 ※6 吟遊詩人。クーフェ・ニーザル http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/495.html ※7 笠を被って笹を咥えているつもり。彼女にとっての侍のイメージ。 ※8 ヨウル先生の勘違い。ラカスタさんは婚暦なし。設定を見ている人はおわかりと思いますが念のため。    本来ならシナリオ内で語られるはず。 ※9 ヨウルは数々の過去の件により傷つき、人と接する事に嫌気がさしていた。陽気さに反して。    と言うところまでは考えたものの内容はうかびませんでして。んがんぐ ※10 注釈付け足し。というか妄想。ジャーマンシェパード娘の出現フラグというのか、彼女がヨウルの家に呼ばれるきっかけ。   注釈入れ忘れ リギエル http://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/1600.html ヤーフェムhttp://www23.atwiki.jp/rpgworld/pages/881.html