ざわめきが体育館を満たしていた。  暗幕に陽の光は閉ざされ、場を照らすのは頭上の照明のみ。そのほのかな光が体育館を埋め 尽くす生徒たちの姿を浮かび上がらせている。その多くは高等部の生徒たちのものであったが、 中には中等部や初等部の生徒――さらには教員の姿も見受けられた。  ざわめきの主は彼ら。その心を占めるは高揚。その身より生ずるは熱気。  ざわめきと高揚と熱気が支配したその空間に日常の空気はない。あるのはただ、非日常を前 にした特有の空気のみ。  ブン……、と前触れもなく照明が落とされた。  暗闇に包まれた体育館の中でただ一箇所、壇上だけが煌々と照らされている。本来あるべき 演説台はなく、まっさらな空間にあるのは中央に置かれたマイクスタンドが一本だけ。  そこに、一人の男が歩み出た。  ざわめきが引く。しかし、高揚と熱気は消えない。静寂の中、なおも膨れ上がって空気を押 し上げていく。  そうして沈黙のヴォルテージが最高潮に達したそのとき。  壇上の男――緑川レオンはマイクを手にし、吼えた。 「レディ〜ス、アーンド、ジェントルメェン! 盛り上がってっかテメーらぁッ!!」  うおおおおおおおおおおお!! と歓声が応える。  窓ガラスを震わせるほどの大音量にしかし、レオンは耳に手を当て『聞こえません』のジェ スチャー。 「おいおい何だそりゃ? 全っ然、聞こえねえぞー? テメーらもっと気合入れやがれ! も う一回いくぜ! ――盛り上がってっかテメーらぁッ!!」  BOOOOOOOOOOO!! と罵声が応える。  鼓膜を破るほどの大音量で「うっせー!」「ひっこめー!」「調子乗んなボケー!」「上着 着てから出直して来いやー!」「このなんちゃってスケベー!」言いたい放題である。  しかし、レオンはその反応に満足だったのか、うんうんと頷く。 「ヒャハハァ! 何だよ、やりゃあできんじゃねーか。いいねいいねェ、いいカンジの盛り上 がりだねえ! あ、なんちゃってスケベって言ったヤツ、後で校舎裏来い」そこは譲れないら しい。  なおも止まない罵声と野次の中、レオンは、ウォホンと咳払い。 「さ〜て、それじゃあそろそろいくか。司会進行の大役を受けたこの俺、緑川レオンがお待ち かねの言葉を言ってやるから、テメーら少しだけ静かにしてろ」  その発言に、再び生徒たちが静まり返った。  レオンは眼下の生徒たちを見渡し、「オーケイ」と一言。  そして深く息を吸い込み、あらん限りの声で宣言する。 「――これより、『高山嵐vs三条凛/真剣勝負を賭けたチキチキ☆追いかけっこ対決!』の、 開会式を始めるぜェッ!!」  再び起きた歓声に、体育館が揺れた。