6.ハロウド=グドバイと愉快な仲間達  これを今読んでいる君が私の著作を今まで読んだ事がある人かもしれないし、そうでな いかもしれない。私の著作はそれなりに読まれているかもしれないが、全員が知っている とは限らない。そしてこれが私が生きている時に読まれているとも限らない。未来の学生 が図書館で司書にお願いしてレポートの参考文献にするため古い本でも我慢して読んでい るかもしれない――もしもそのような人がいて、それが天空城に関するレポートだとする のならば私の著作を読むよりもディライト=モーニング女史の『天空城考察』を読むとい いだろう、あれはとてもよく出来ている。ついでに我が友人、夢里皇七郎の『神代の天空 観』もいいかもしれない、私は読んでいないが。そしてもっともっと遠い未来、どこかか ら発見された書物として読まれている可能性だってある。しかし、もしそうだったとし ても私はいつだって誰にだってこう言うだろう。     ハロー  ――こんにちは。  今これを書いている私が表題にもついているハロウド=グドバイだ。魔物生態学者であ り冒険者でもある。さて前置きを書いたわけだが実はこの前置きリサイクルである。以前 この雑誌に頼まれてエッセイを書いた時もこれを使っており、今回書くことは前回のエッ セイの続きだから分かりやすくするためである。と言ったところで前回のエッセイが掲載 されたのは随分と前だから忘れている読者、知らない読者もいるであろう。要約すると私 は様々な要因が重なって天空城へと赴くことになったのだ。  この旅は有意義なものであった。これまで生態が謎に包まれていた魔物、「空に落ちる 命」の存在理由がほぼ明らかになったといっても過言ではない。もともとこの魔物は獣魔 種に分類されていたが近年の事典ではその他の魔物に分類されている。その理由はと言え ば……ここまでは前回のエッセイで明らかにしたのでそちらを読んでもらいたい。宣伝で はない、単にページ数を考慮してのことだ。  閑話休題。  私は天空城に赴くことになりそして天空城へと至った。そして私を待っていたのはなん と見たこともない魔物だった。天空人と呼ばれる亜人種――こう呼ぶのは嫌いなのだが最 も通じやすい言葉としてこれを使おう――が融合し新たに生まれたそれは魔法生命体とで も呼ぶべきなのだろうか、とにかく奇異な形をしていた。もっとよく調べようと近付こう とした時、あの二十四時の魔法使いの一人、ヘイ=ストによって飛ばされてしまった。  要約するとここまでが前回のエッセイの内容である。私にしては随分と短くさっくりと 纏められた方ではないだろうか。さて、ここからが続きだ。                ■ ■ ■ ■ ■  私が頭を押さえながら立ち上がるとそこにいたのは夢里皇七郎君とトゥルシィ=アー キィ君、そしてもう一人、ティル君が探していた青年――グレイシア君だった。辺りを見 回すとどうやらまだ天空城内らしい。入城してすぐに追い出されるとならず安心したのは 言うまでもない。ここはおそらく城内の廊下だろう。 「君達と同じところに飛ばされるとは偶然とは恐ろしいものだねえ」  勿論、それはグレイシア君に向けたものではなく残りの二人に向けたものだ。 「何言ってるんですか、狙って同じところに飛ばしたに決まってるでしょう」  皇七郎君は目を回しているグレイシア君を足蹴にしており、 「私としてはこのまま研究所まで飛ばしてくれた方がありがたかったのだがね」  アーキィ君に至ってはどこから取り出したのか椅子に腰掛けながら優雅に紅茶を飲んで いる。天空城ががくがく揺れていると言うのに優雅に見えるのはやはりその落ち着き払っ た態度故だろうか。このあたりを助手君――私のではない、アーキィ君のである。彼とは 数度あったことがあるが、まるで落ち着きが足りないのでもし今後の調査でアーキィ君が 彼を代理で立てるのならば本調査に出かける前にしっかりと基礎を叩き込まねばなるまい。 でなければ調査開始早々に死んでしまってもおかしくない――に是非見習って欲しいもの だ。とは言うものの瓦礫がぱらぱら落ちてくるここで紅茶を飲むのもどうかと思う。 「おや、アーキィ君はあれに興味を示さなかったのかね?」  私の問いにはすぐ答えず、カップをソーサーに置いて目線を天井に向ける。その形状を 思い描き、また視線を戻してようやく口を開いた。 「あれとは……ふむ、天空人の融合体だったね。膨大な魔力が一つに統合されて片方は人 の形そのままに、そしてもう一方は肉体が変質して魔力タンクとしての役割を果たしてい るのだろう。しかし、一つ疑問なのだがあれは神代の人々が設計した作りなのだろうか」  その問いかけに答えたのは私ではなく、伸びているグレイシア君を足蹴にしていた皇七 郎君だった。 「それにしては造作が下品すぎましたね、あの時代のデザインから考えればありえない不 細工さですよ。おそらくあれはイレギュラーな存在でしょうね」 「本来であれば融合するものではなかった――と?」 「逆です、そもそも離れて存在し得るものではなかったと考えるのが適切だと思います。 創世神話の記述を信じるのならば本来一つであったものが分離した結果があの二人でしょ う。そして、彼女たちの意思で統合しなければならないのにそこに何らかの要因が混ぜ込 まれて――」 「あのようになった、と」  彼ら二人の話し振りを聞くにやはり、ティル君は天空人であったようだ。 「その要因はきっとあの最悪の魔導師だろうがね」  口を挟ませてもらう。 「双子石の融合は皇七郎君の言うとおりあの両人の間で合意があった場合のみに行われる のだろうが、何かしらを仲立ちとしてそれを無理矢理行ったのだね。神代の人たちが作る のであればもっとスマートだろうし」  最後の言葉には皇七郎くんにしては珍しく私の意見に大きく頷いた。その時大声が廊下 に響いた。 「ティ、ティルー!」 「あ、起きた」 「うるさい、ちょっと黙ってろ」  思わず耳を塞いでしまいそうな大声で叫びながらグレイシア君が目を覚ました、元気で 結構である。それにしても今の今まで足蹴にし続けていた皇七郎君は鬼畜だと今更ながら 再認識する。見た目に反してもはや矯正は不可能な年であるからすっかり諦めてはいるが。 当の本人はそんな私の考えなどお構い無しに目が覚めたにも拘らずグレイシア君を蹴り続 けている。起こすための足蹴が思考を中断されたいらつきの足蹴に変わったのだろう。そ んな理不尽な扱いを受けながら未だティル訓の名を叫びながらじたばたする彼は随分いい 人なのだろう。それに根性もありそうだ。 「皇七郎君、その辺りで勘弁してあげたまえ。折角目が覚めたのにまた意識を失ってしま うよ」  私の忠告に「それもそうですね」と答えて足蹴をやめるとしゃがみ込んで彼と視線を合 わせた。 「もう一度あそこまで案内するんだ、早く」  私の位置からでは見えなかったが皇七郎君の目が肉食獣のそれになっていたのだろう。 でなければ先ほどまでティル君の名前を叫んで興奮していた彼が背筋を伸ばして威勢良く 返事するとは考えられない。学生の時分論文の締め切り間際によく見たもので若かりし頃 の私はその目を向けられる度食べられてしまうのではないかと恐れたものだった。若い読 者諸君には想像も出来ないかもしれないが、私にだって若く可愛らしい頃もあったのだ。 それこそケツの心配をして後ろを気にするような頃が。  閑話休題。  グレイシア君が立ち上がりあたりを見回すとどこにいるのか把握したようで迷いなく歩 み始めた。あとで聞いた話であるが、彼は天空城の内部を熟知しているらしかった。私た ちもそれについて歩き始めると周囲が急に暗くなった。明かりが消えたとかそういうこと ではない、廊下は光ゴケの新種――時代を考えれば原種かもしれない――によって常に明 るく保たれている。ではどういうことかと言えば簡単な話である。我々の後ろから大きな 影が差したのだ。振り向けば間近にそれはいた。大きさとしては平均的な大人の背丈二つ 分、それほどまでに大きなものに影が差すまで気付けなかったのはおそらくとても静か だったからだ。しかし、ここで問題としたいのはそれが何であるかだ。このとき私には三 つの選択肢が浮かんでいた。一つはゴーレム、一つはガーゴイル、一つは機械兵。それが 腕を振りかぶるのを見てバックステップで攻撃圏内から離脱する。さきほどまでいた場所 の床板が砕けた。 「大きさに違わず力は強いようだね、そして早い。二人はどう見る?」 「これは動いていない状態を見ましたよ、ガーゴイルじゃないですか」  神代言語によって作り出した光の壁で飛んでくる床板の破片を飛ばしながら皇七郎君が 答えた。私よりさらに離れている為、戦うつもりは毛ほども感じられない。 「機械兵ではないのは確かだがね。彼らに特徴的な歯車による稼動の粗がない」  アーキィ君に至っては皇七郎君の光の壁の後ろで優雅に紅茶を飲んでいる。 「そ、そんなことより戦った方がいいんじゃないですか」  どうやら味方はグレイシア君だけのようである。どうにかしてギャラリームードの彼ら を引きずり出せないだろうか。 「とは言うがね、戦うのなら観察がまだ済んでいないから壊さない程度にお願いしたいも のだ。それが終わったらいくら破壊してもいいよ、スケッチだのなんだのは彼らがやって くれるだろうからね」  私自身無理を言っているのは分かるが動いていない状態を見ている二人と違って私はこ の"悪鬼を象っていない"ガーゴイルを見るのは初めてなのだ。少しくらい我が侭を言って もバチはあたらないだろう。 「とても無茶な注文ですね……分かりました。やってみましょう」  私たち二人の間に手刀が落ちてきたのを契機に左右に分かれた。グレイシア君はすらり と極東の剣――刀を抜き、左拳を避けながら駆けていく。それを横目に見ながら私も足元 へ駆け寄ろうとすると、ガーゴイルの手刀が薙ぐように床を削って私に迫ってくる。それ をジャンプして避け足に辿りつき材質を調べればやはり魔法銀だった。どうせこの材質な んぞは彼らも動いていない時に観察しているだろうから別にいい。出来ることなら動いて いないときにじっくりがっちり調べたかったものだがその機会はおそらくもう訪れないだ ろう。 「がッ――!」  色々見ているとグレイシア君の声が聞こえる。どうやら私が股の下にいるのに気付けず 標的が彼だけになったのだろう。刀でいなしてはいるがすごい殴られている。悪いことを した。白衣を改造したコートの下から鞭を取り出し、ガーゴイルが止めでも刺すつもりで 大きく振りかぶった腕を止めた。鞭がギリギリと音を立てている中、目でグレイシア君に 離脱するように促すと、通じるか不安であったが、どうやら分かってくれたようで皇七郎 君たちとは反対側に離脱した。挟撃できる位置関係。さてどうしようかと考えていると背 中ににやにやした二人の視線が飛んできている気がする。というか絶対にやにやしている に違いない。なんだかとても腹が立った。  腕に絡んだ鞭を解くとガーゴイルは一番近くにいた私に攻撃対象を変えて拳を飛ばして 来る。私はそれを受け止め―― 「君たちも仕事をしたまえ」  二人に向けて投げ飛ばした。  綺麗な弧を描いてガーゴイルは彼らのいる場所に飛んでいく。 「ぬわわー!」 「ぎゃー!」  ずどんと言う重たい音に悲鳴が混ざった。いい気味である。 「ちょ、ちょっとあれ大丈夫なんですか!?」 「わはははは! なに、彼らはあの程度じゃ死なないよ」  次の瞬間にはもう埃から飛び出してきた。それを見てグレイシア君は頭を抱えている。 なるほどこれが一般人の反応なのかと少し興味深かった。 「バカだバカだと思ってたけどあんた本当にバカだな!」 「今更なことを言うな、そんなこと何年も前から分かっていたことじゃないか。そんなこ とよりハロウド、投げてきたということはいらないと言うことだろ。もう動かないからな」  アーキィ君の言葉どおりガーゴイルはぴくりとも動かなくなっていた。 「ま、まさか――」 「破壊したよ」  簡潔に述べる彼をひっぱたこうかと思ったがやってしまったものはしょうがない。動き は大体見れたのでよいが少し肩を落としているとそれをがくがく揺さぶるものがいた。グ レイシア君だ。何事かと顔を上げればごろごろと何かが転がってくる音がして、アーキィ 君と皇七郎君は一点を見つめている。私もそちらを向くと大きな大きな――岩。 「ま、待て! 何で城の中で転がる岩のトラップが!」 「知りませんよ、ハロウドさんの呪いじゃないですか」 「その可能性は多分にあるな」 「喋ってないで走ってくださいよ!」  岩をじっと見ていると勝手に身体が動き出した。実際は動かない私たちを引きずってグ レイシア君が走り始めたのだが、随分力持ちなのだなと思う。廊下の壁がどんどん変わっ ていくのにごろごろ転がってくる岩の大きさが変わらないのは見ていて新鮮だ。こういう トラップに引っかかった時は大抵逃げるのに必死で後ろを振り向いている暇が無いからだ。 それにしても自分で歩かないのは楽だがこのままでは靴の踵が擦り切れてしまう。引きず られていた足を動かすと私が自分で走り出したのに気付いたのか、掴んでいた襟を放して くれた。 「この先に丁字路があるので左に曲がってください。そこで岩も止まると思います」  抱えられるのが嫌で自分の足で走ろうとしてさっさとヘタった皇七郎君ともとより動く 気の無さそうなアーキィ君を肩に担ぎながらのグレイシア君の言葉に頷くと、すぐにその 丁字路に差し掛かり、言われたとおりに左に曲がると大きな音を立て、岩が壁にぶち当た って止まった。 「ふぅ、危機一髪だったね。城の中に岩を転がすだなんて一体何を考えていたのだろうか」  そんなことをしたら遺跡が壊れてしまうではないか。いや、もしかしたらこのトラップ はもう壊れてしまってもいい時に発動するものなのかもしれないが。 「止まったなら早く下ろしてくれないかい」  肩に担がれながら皇七郎君が文句を言っている。全く唯我独尊とは彼のためにある言葉 ではないだろうか。 「いや、やっぱり下ろさなくていい――走れ!」  はて一体何を考えているのだろうと彼の見ている先に目をやると、壁に当たって止まっ たはずの岩が私たちめがけて再度転がり始めたのだ。 「今更気付いたのだが先ほどからあの岩は坂でもないのに何故動く!」 「案外あの岩もガーゴイルなのかもしれない」  皇七郎君とは反対の肩に担がれたアーキィ君が呟いてふむと頷いた。なるほどではあの 岩は意思のある大岩だということか。ならば私たちに転がってくることも納得できる。し かしながらあの程度の役目であればゴーレムでも十分だろう。それはそれとしてあれを ガーゴイルとするのならば少しばかりガーゴイルという分類について再考察が必要かもし れない。ただ、ゴーレムにしろガーゴイルにしろあの大きさの岩が転がってくるのは厄介 だ。回転の力は様々な可能性を持っている。以前カーメン王国に訪れた時に見た騎士団の 中は回転の力を利用する戦士までもいた。矢にしたって羽を工夫することで回転させてそ の軌道を安定させる。何が言いたいかと言えば、遺跡で転がる大岩に追いかけられるのは セオリーであり、私にとって見れば軽いトラウマなのだ。  閑話休題。  大岩から逃れるべく全速力で走っていると前方に影を発見しまたガーゴイルかと身構え たのだが、なんとその影はハイド君だった。全身痣だらけで同じく全身痣だらけの男―― 以前私たちを襲い、ハイド君の召喚術で氷漬けにされた金髪の彼だ――を背負っており、 何があったのかは想像に難くない。しかし背後に迫る大岩のせいで止まっておしゃべりし ている暇はない。だから簡潔に叫んだ。 「走れ!」  岩が転がる音と私の声に気付いたのか彼も走り出し、それに合流する。 「ハロウドさん何やってんスか!」 「ははは、私は何もしてやいないよ。ただ岩に好かれてしまったようだ」  笑い話ではないが笑いを交えなければやっていられない。 「それよりも、それは? もしかしてティル君を追って?」 「いえ、なんか俺が狙いだったみたいです。見ての通り返り討ちにしてやりましたけどね」  その場を見ていない私はなんとも言えないが、ハイド君の目の泳ぎっぷりとその怪我だ らけの身体を見るによくて相打ちというところだろう。そしてたまたま彼の方が目を覚ま したのが早く、揺れてるので放置するわけにも行かず今ここに至ってるのだと思う。が、 彼の名誉のために私の推測は言わないことにしておく。ふと私を挟んでハイド君の反対側 にいるグレイシア君を見ると疑いのまなざしを向けている。ティル君を狙ってという私の 言葉が気になったのだろう。 「大丈夫、あのバカは僕らの味方のようだ」  肩に担がれたまま少し顔をキメている皇七郎君を見ていると思わず笑いが噴き出しそう になってしまうが何とか我慢する。是非あの表情は誰かに見てもらいたいものだが、グレ イシア君はあまりふしぎに思わなかったらしく、彼の言葉に頷いて走る速度を上げ私たち の前に出た。それを追うように走っていくと大きな扉を開いてその中に入っていく。そこ には長い螺旋階段があった。 「ここを登りきれば先ほどのところまで戻れます。岩も流石に階段は追ってこれないで しょう」  正直なところ、このとき私はその言葉を聴いて安心した。岩が階段を登ってこれるはず が無いとタカを括って。しかし即座にその考えが誤りであったと気付く。岩は私たちを追 ってこの部屋に入り、階段を上ってきた。流石に転がってではない。足が―― 「足が――生えているじゃあないか!」 「アーキィさんの言った通りガーゴイルっぽいですね」  おそらく体内にでも収納していたか何かだろう。坂でもないのに生きよい欲転がってき たのは足が地面に接した瞬間に加速していたからではないだろうか。しかし何とも……。 「古代人は趣味が悪いな!」  階段を死ぬ気で走りながらハイド君が見事に私の気持ちを代弁してくれた。いつもなら ここで皇七郎君の否定が入り延々と古代人の作ったものの精巧さについて聞かされるとこ ろなのだが、今回に限っては何も言えないようで、グレイシア君の肩の上で項垂れている。 そうなってしまうのも無理は無い。今私たちを追って階段を上ってくる足の生えた岩は明 らかに古代人が悪ノリしたか酔っ払って作ったものにしか見えないのだ。それに加えて生 えている足の脚線美が無駄に素晴らしいのがまた笑いを誘う。作った古代人は脚フェチで もあったのだろうか。だとすればフェティシズムは長い歴史を持つものなのだろう。ただ、 そんな明らかに頭の悪い代物でも仕事はしっかりとする。私たちを追いかけながらその加 重がかかった螺旋階段は砕けていく。やり過ごすことは出来ず、追いつかれたら踏み潰さ れる。最早上るしかない。螺旋階段を走る、走る、走る。グレイシア君に担がれていなけ れば皇七郎君は真っ先にあの冗談みたいなガーゴイルに踏み潰されていたところだろう。 「あと少しです!」  螺旋階段の終わりを確認し、一気に駆け抜けると少し先に扉が見えた。あの奥こそが最 悪の魔導師に飛ばされる前まで私達がいたところだろう。 「だああああーッ!」  後ろを向いたハイド君が叫ぶ、ガーゴイルも螺旋階段を抜け、足を仕舞って回転しなが ら我々に突撃してきた。 「なあ、ハロウド」  そこにそれほどまでずっと黙りきりだったアーキィ君がグレイシア君の方から降りなが ら呟くように口を開いたのだった。 「君たちも観察が済んだのなら破壊するよ。まぁ、駄目だと言っても破壊するがね。あん な嗤う石の出来損ないみたいなものにつぶされたらリコに笑われてしまう」  腰のレイピアをすらりと引き抜いて迫る大岩に立ちはだかる。そして風を切る音が聞こ えた次の瞬間に、突撃をひらりと避ける。私たちもそれを散り散りになってそれを避ける と扉にぶつかった。先ほどのようにもう一度動くことは無かった。 「目が疲れるな」  そんな風にぼやきながらレイピアを納めて笑うアーキィ君を見る。これこそが先ほども ガーゴイルを破壊してみせたアーキィ君の技である。動きの中核となっている部分を見破 る観察力に加え回転する岩にレイピアを持っていかれないほどの剣速、そしてそれらの根 幹に成り立つ岩をも穿つ剣の腕。これらが一つとして欠けても今の妙技は成り立たない。  ガコン、と音がして全員がそちらを振り返った。  岩が当たった衝撃で扉が開いたのだ。 「さて、行くか」  肩で息をする私とハイド君とグレイシア君を無視してアーキィ君と皇七郎君が真っ先に 扉の奥に消えていった。何ともずるい。息を整えるのもほどほどに負けるものかと部屋に 三番乗りすると先ほどと変わらず、より形の整ったそれがまるで城の主かのように――事 実彼女らが天空城の主であるが――存在していた。 「まさか、本当に戻ってこれるとは思いませんでした」  その魔物の中心に取り込まれているティル君が、取り込まれる前の彼女とは似ても似つ かない声で喋る。その時のグレイシア君の心中は複雑だっただろう。 「我が騎士はまだどこかに行ったままですか……まぁいいでしょう。この身体の最後の調 整は貴方達で行わせていただきます」  羽根のような触手を蠢かせ、虚ろな目でティル君が笑った。                      ■ハロウド=グドバイと愉快な仲間達(終)